本書は,第一線で活躍する内外の数学者の論説を集めた Mathematics Un-
limited 2001 and Beyond の中から,いくつかの論説を選んで邦訳したもの である.論説は多数に及ぶため,分冊での出版となっている. 第 1 巻である本巻に収録されている論説 6 点について,その内容の概略を 述べよう. まず,ファルティングス氏による「ディオファントス方程式」では,整数 係数の多変数代数方程式の,整数解あるいは有理数解の存在(あるいは非存 在)を問題とし,それに対する現代的方法について簡明な解説がなされてい る.ディオファントス方程式は,その名の由来からも理解されるように, 「古 い」対象である.しかし,フェルマー予想のワイルズによる証明を見れば分 かるように,この問題を解くには,現代数学のすべてを必要としているので ある. グロモフ氏は, 「このさき数十年に起こり得る数学の動向」の中で,計算機 科学を含む数理科学に対する数学者の積極的役割を喚起している.グロモフ 氏自身の研究の方向をも示唆する内容は,これまでの「純粋」数学における グロモフ氏の貢献を考えると,極めて興味深い記事である.数学の将来を考 え込ませる内容である. 小林俊行氏の論説「非リーマン等質空間の不連続群論」は,リー群と不連 続群に関する氏自身の業績を中心にして,数学の他分野との接点が解説され ている.リーマン等質空間(対称空間)を超えて,非リーマン空間に踏み込 んだ研究は,小林氏の独壇場とも言えるものである.さらに論説では,将来 扱うべき問題に対する独自の観点も述べられている.
コンツェビッチ氏とザギエ氏の共著の論説「周期」は,数の持つ様々な様 相を,周期という概念で統一的に扱う壮大なプロジェクトの解説である.円 周率や楕円積分などの古典的な話題が,現代的「周期」理論の下でどのよう に料理されていくのかを,読者は目の当たりにすることになる. 「数の世界」 に誘う興味津々の内容であり,優れた論説と言えよう. 斎藤恭司氏も, 「原始保型形式」の中で, 「周期」を話題にする.しかし,斎 藤氏の「夢」は,周期全体のなす空間と,その上の「保型」関数理論である. それは未知の領域であり,まったく新しい数学分野の可能性を示唆している. 斎藤氏は,可能性の様々な「証拠」を挙げ,特に「原始形式」の概念を提出 することにより,可積分系,リー環論,特異点理論などとの係わりあいを論 じている.まさに「夢」多き論説である. 最後に,ツィーグラー氏の「ポリト−プについての問題」は,古代ギリシャ を源とする古典的対象である多面体(ただし高次元)に関する解説である.こ う言うと, 「古臭い」と考える読者がいるかもしれないが,実は組合せ論,代 数幾何学,アルゴリズムの問題など,多くの分野に直接間接に関連し,その 理論の深さは果てしがないといえる. 全般に渡ることであるが,各論説では,21 世紀の始まりを機会に,これか らの数学の発展を「予言」し,21 世紀に挑戦すべき問題をそれぞれの立場か ら解説している.数学者のみならず,数学に興味を持つ一般読者にとって,面 白く有益な内容であると確信する.
2002 年 5 月
砂田 利一
Translation of selected chapters Page 449, Gerd Faltings, Diophantine Equations Page 525, Mikhael Gromov, Possible Trends in Mathematics in the Coming Decades Page 723, Toshiyuki Kobayashi, Discontinuous Groups for Non-Riemannian Homogeneous Spaces Page 771, Maxim Kontsevich, Don Zagier, Periods Page 1003, Kyoji Saito, Primitive Automorphic Forms Page 1195, G¨ unter M. Ziegler, Questions About Polytopes from the English language edition of Mathematics Unlimited - 2001 and Beyond edited by Bj¨ orn Engquist and Wilfried Schmid c Springer-Verlag Berlin Heidelberg 2001 Copyright Springer-Verlag is a company in the BertelsmannSpringer publishing group All Right Reserved
G. ファルティングス 3
1. 序 この論説では,ディオファントス方程式について私が知っていることを簡 単に紹介したいと思う.フェルマー以来,このトピックはアマチュアを含め数 学者を魅了してやまない対象でありつづけている.その進歩をもたらしたの は,先駆者が残したことを改良することによってのみならず,むしろ,新しい 方法と洞察の導入によってもたらされた.クンマーの理想数の導入,ヴェイ ユの抽象代数多様体の発明,最近のモジュラー楕円曲線の導入などはこの例 である.このことは将来を予言することの難しさを意味しているものの,そ の予言がこの本の目的であるので,それについていくつかの意見を述べたい と思う.ともかく,その道のプロ達は,予言することの難しさを理由にして その試みを思いとどまるということはなかった(そしてその試みはときには失 √ 2
敗におわった).ヒルベルトのパリ問題においての,リーマン予想と 2
の
超越性の証明の難しさの評価は,それぞれ成功と失敗の有名な例である.こ れらの 2 つの問題についての我々の努力の位置づけは後生の読者に委ねるこ とにする.
2. 何がなされたか? ディオファントス幾何においては,多項式からなる方程式系の整数解,有 理数解,または,代数体でのその類似の解を求めることをする.こうした多 項式からなる方程式系 {Fi (T1 , . . . , Tn ) = 0} は整数環上のアファイン空間
An の部分スキームを定め,それは任意の可換環 R に値がある点をもつこと ができる.こうした点は多項式系 {Fi } の共通零点である.ちょうど多様体 が Rn の小さな開集合を貼り合わせてできるように,アファインスキームを 貼り合わせて,一般のスキームを定義することができる.たとえば,射影空 間 Pn は n + 1 個のアファイン空間 An の貼り合わせであり,n + 1 変数の同 次多項式系は射影部分スキームを定める. 我々の基本問題はそのようなスキーム X の整数点または有理点を求めると いう形に言い換えることができる.射影スキーム,さらに一般的に,固有ス キーム X に対して,整数点と有理点を区別する必要はない.
4 ディオファントス方程式 もちろん,この問題をこのような形で考えるのは,それを解くための一般 的なアルゴリズムが存在しないことを証明する数理論理学の立場でなければ, 一般的過ぎて役に立たない.より明快な結果を得るためには,X の選び方に 制限を設けるべきである.最初の試みとしては,次元の,より正確には,整 数環上の相対次元の制限である.次元が 0 の場合,多項式 F (T ) が有理数解 をもつかどうか調べる必要がある.そのような解の分母として可能なものは 簡単にわかるので,有限のリストを調べることだけになり,理論的に挑戦の しがいがある問題ではない. こうして,最初の興味ある場合は非特異曲線のときに生じる.非特異曲線 の最も重要な不変量はその種数,つまり,そのコンパクト化の複素数点のな す集合の位相的種数である.たとえば, (1 つの 3 変数 d 次同次多項式によっ て定められている)次数 d の非特異平面曲線の種数は (d − 1) · (d − 2)/2 で ある.特異点がある場合は,その種数は下がる. 伝統的に,楕円的,放物的,双曲的な場合に分類する.ここで,楕円的と は種数 0 の射影的な場合,または,そこから 1 点を除いた場合を意味し,放 物的とは種数 1 の射影的な場合,または,種数 0 の場合から 2 点を除いた 場合を意味する.それら以外が双曲的な場合である.楕円的な場合,整数点 をたくさんもつ傾向がある.たとえば,その場合,少なくとも 1 点の有理点 を持つ射影曲線は,射影直線と同型である.例として,直角三角形を作る上 で大切になる方程式 x2 + y 2 = 1 によって定められるものが挙げられる.す べての解は,t を有理数として,
x = (1 − t2 )/(1 + t2 ),
y = 2t/(1 + t2 )
の形で与えられる(ここで,t = ∞ になることも許す). 一般に,種数が 0 の非特異曲線には 4 元数環が対応しており,曲線が有理 点をもつための必要十分条件はその代数が分解することである.代数体上の ブラウワー群はハッセ原理を満たすので,種数が 0 の非特異曲線の有理点に ついても同様にハッセ原理をみたす.つまり,種数が 0 の曲線が有理点をも つための必要十分条件はすべての(または,1 つを除いてすべての)局所完備 化した体上で有理点をもつことである.言い換えると,そのような曲線を射 影平面の 2 次曲線として定義して,その 2 次式が零点をもつかどうか調べ
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る必要がある.ハッセ原理により,それはそれぞれの局所完備化したところ で調べればよいことがわかる.ヴェイユ予想により,標数が十分大きければ, 有理点を見つけられることがわかっており,残りのケースは具体的なアルゴ リズムでチェックすることができる.ここで,たくさんの有理点が存在する ので,統計を使うことができる.たとえば,高さが抑えられた有理点を数え ることができる.ここで,有理点 x = a/b(a と b は互いに素な整数)に対 して, (大きな)高さ H(x) とはベクトル (a, b) の長さであり, (小さな)高さ
h(x) とは H(x) の対数である.もちろん,どちらも代数体,多変数などの場 合に拡張することができる.さらに,関数 h(x) は座標系の取り方によるが, 別の座標系によるものは,妥当な意味で同値である. さて,楕円的な場合,その統計とは,高さ h(x) が定数 c で抑えられてい る整数点の個数は c に関して指数的オーダーで増大することであり,その具 体的な指数は他の関係する定数と同様に X の興味ある普遍量である. 双曲的曲線は代数群である.より正確には,代数群の主束である.すなわ ち,種数が 1 の曲線は射影平面の 3 次曲線である.そのような曲線の群法則 は,一直線上にある 3 点の和がゼロであるということで定義できる.他の場 合は 2 点を除いた種数 0 の曲線であり,それは乗法群である. そのような曲線上の整数点は,ディリクレの単数定理またはモーデル・ヴェ イユ定理により,有限生成な部分群をなす.さらに,高さ関数 h(x) は,こ の有限生成な群上で,本質的に多項式関数であり,高さ h(x) が c で抑えら れている点の個数は c に関して多項式オーダーで増大する.残念ながら,こ の主張は “非効果的” である.すなわち,この有限生成なアーベル群を計算す るための,つまり,生成元を見つけるための知られたアルゴリズムが存在し ないのである.もしバーチ・シーナトン・ダイヤー予想が正しいなら,次の ようにしてその階数を評価できる場合もある. その予想とは,楕円曲線の L-関数(Re(s) ≥ 2 となる右平面で収束するディ リクレ級数)は s 平面全体に解析接続される正則関数であり,その s = 1 での 零点の位数がモーデル・ヴェイユ群の階数に等しく,さらに,その先頭係数 は算術的普遍量と関係したある具体的な表示で与えられるというものである. このことを仮定して,まず,高さの低いすべての有理点とそれらの間のネロ ン・テート対を計算する.この対からできる行列の小行列式でゼロでないも
6 ディオファントス方程式 のがあるかどうかということは数値的に調べることができる.このようにし て,無条件であるがその階数の下限(r と書く)を求めることができる.希望 としては,この下限が階数に等しくあってほしい.Q 上の楕円曲線はモジュ ラーであり,その L-関数の s = 1 での高次の導関数は計算できる.もし r 次 の導関数がゼロでなければ, (バーチ・シーナトン・ダイヤー予想を正しいと 仮定して)階数が求められたことになる. モジュラーな楕円曲線に対して,有理点は,また,しばしばヒーグナー点か らも生じる.それらが消えないかどうか(グロス・ザギエの定理を使って)調 べることができ,もし消えないなら,有限指数を除いて,それらがモーデル・ ヴェイユ群を生成することがある. 最後に,双曲的な場合,整数点の個数はいつも有限であることがわかって いる.しかしながら,この結果はふたたび非効果的である.つまり,すべて の解を見つけたり,整数点 x の高さ h(x) の上限を求めたりするアルゴリズ ムは知られていない.できることは,可能な 1 つを除いたすべての解に対す る高さの上限を与えることである. 高次元の場合,その図式はより不透明である.一方,多くの有理多様体は 明らかに楕円的であり,その点を数えることができる.アーベルスキームは また放物的であり,有理点は有限生成なアーベル群をなす.最後に,アーベ ルスキーム(半アーベルスキームの場合も)の部分多様体に対して,有限性に ついての最良の結果がある.つまり,すべての有理点は,部分多様体に含ま れる部分群の平行移動の有限個の和の上にある.しかしながら,代数群が関 係しない場合,ほとんど何もわかっていない.たとえば,多くの面でアーベ ル曲面のねじれた形をしている K3 曲面はどこに分類すればいいのかはっき りしない.さらに,双曲的な場合として分類できそうな多くの候補があるが, その有理点に関する結果はほんの少ししか知られていない.たとえば,P3 の 十分高い次数の非特異的な超曲面は有理直線を含むので,無限個の有理点を 含む.
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3. 方法 これらの結果を証明するための方法として 3 つの主要な方法がある.最初 のものは,ベーカーによるもので,対数の線型形式に対する効果的な評価を 得るものである.この方法は,乗法群から半アーベルスキームまで拡張され ており,効果的な評価を与える.そのもともとの形は次のようなものである.
αj と βj を代数的数とし,対数 log(βj ) を選ぶ(2πi の整数倍の和の違いを 除いて定まる).もし線型結合
L(α) = α0 + α1 · log(β1 ) + α2 · log(β2 ) + · · · がゼロでなければ,その大きさは具体的に表示される数によって下から
|L(α)| ≥ c · H(α)−c
と抑えられる(ここで,c と c はいくつかの β のみによる具体的な定数であ る).たとえば,u と v を与えられた代数体 K における単数として,単数方 程式 u − v = 1 を解くことを考える.このとき,任意のアルキメデス的付値 での u と v の絶対値の大きさの範囲を以下のようにして求めることができる. もし |u| と |v| が大きいとき,差 log(u) − log(v) = log(u/v) は 1/|u| と同程 度に小さい.一方,ディリクレの単数定理により,u,v ,u/v は K の基本 単数 ε1 , . . . , εr の単項式で表すことができる.ベーカーの定理により,u/v を基本単数の単項式で表したときの指数の最大値は |u| または |v| の正の(分 数による)べき乗と同程度に増大しなければならない.アルキメデス的付値を 動かして,高さ H(u) または H(v) のべき乗を得る.しかしながら,これら の高さは(u または v に対する)指数についての指数関数的な増大をする.こ のことは,これらがいくらでも大きくなることはないことを示している.し たがって,解の個数の有限性が導かれる. 不幸にも多くの問題では,得られた限界値はあまりにも大きすぎるか,あ るいは,少なくとも,望んでいたものよりもオーダーが大きい.その理論は 楕円対数にまで拡張できる.
2 番目の方法は,ディオファントス近似である.基本の手続きはチュ・ジー ゲル・ロスの定理にさかのぼり,おおざっぱにいって次のようなものである. 代数多様体 X が無限個の有理点をもっていると仮定する.そのとき,それら
8 ディオファントス方程式 の高さは無限大に発散しなければならない.したがって,対数的高さ h(x1 ) とそ の比 h(x2 )/h(x1 ), h(x3 )/h(x2 ), . . . が大きくなる有限の列 (x1 , . . . , xr ) を見 つけることができる.このとき,多重次数が (d1 , . . . , dr ) であり,(x1 , . . . , xr ) で高い位数の零点をもつ多項式 P を構成する.ここで,次数 di は高さ h(xi ) と反比例しており,“高い位数” の定義のためには Xi 方向の導関数は重さ
1/di をつけて計る必要がある.P を構成するために,“ジーゲルの補題” を 用いる.これは,整数係数の線型方程式系は,もし,方程式の数が未知数の 数の固定された倍数(1 より本当に小さいもの)で抑えられているなら,(適 切に有界な)解をもつことを主張している.最後に,そのような P が存在し ないことを示す.この最後のステップが一番難しい.これの 1 つの例が,有 名な “ロスの補題” である. ジーゲルの補題がこうした考察のほとんどすべてにおける本質的な道具で あることを述べておくべきである.ジーゲルの補題のかわりに解を具体的に 構成することができる場合もあるが,通常,改良に結びつかない. 最近,この方法は “積定理” によって高次元の場合に拡張された.新しい特 徴は,帰納的手続きを与えていることで,有限回の繰り返しで矛盾が生じる. つまり,P が存在しないことを示す代わりに,部分多様体 Xi ⊂ X による直 積 X1 × · · · × Xr であって,その上で P が高い位数で消えるものを得る.Xi の次数と高さは抑えることができ,少なくとも Xi のうちの 1 つは X とは異 なる.曲線の場合は,その Xi が点 xi になるので,それで矛盾である.高次 元の場合は,さらにこの直積 X1 × · · · × Xr から出発して,このことを続け る必要がある.2 番目のステップで,少なくとも 1 つの Xi は次元の小さい 部分多様体で置き換えることができる.これを繰り返せば,このプロセスは, 次元は無限に降下することはないので,必ず止まる. アーベル多様体の部分多様体に対して,この方法はモーデル・ヴェイユの 定理を用いることで拡張できる(ボイタによるトリック).すべての有理点は 有限生成なアーベル群に含まれていることがわかるので,ある扇形領域内の 点に制限でき,その扇形領域の選び方による特別の豊富な直線束を用いるこ とができる. 最後に,3 番目の方法はガロア表現を用いる.代数体 K 上定義されたス キーム X に対して,l 進数に値をもつエタールコホモロジーは,ガロア群
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¯ Gal(K/K) の連続表現の系を定める.この系は,知られているか,もしくは, 少なくとも以下の意味で,半単純であり,矛盾がないことが予想されている. チェボタレフの定理により,半単純な l 進表現は,l を割らない素数におけ る X のよい還元でのフロベニウス作用の特性多項式で決定できる.実際は, そのトレースで十分である.これらの特性多項式は,l とは独立な整数係数 であるという意味で矛盾がない.これを仮定して,ヴェイユ予想,すなわち, ドリーニュの定理,あるいは,特性多項式の根の大きさのより自明な限界値 を用いることができる.結果として,この特性多項式の係数は,アプリオリ におさえられており,係数としてありうるのは有限個のみである.もし悪い 還元の場所もわかっているなら,矛盾のないガロア表現の系は有限個しか存 在しないことがわかる.これが,モーデル予想の最初の証明の重要なステッ プである.たとえば,2 等分点が有理点からなる楕円曲線に対して,その 2 進表現は 2 を法として自明であり,4 を法として指数 2 のアーベル表現であ る.よって,そのような 2 つの楕円曲線について,もしフロベニウス作用の トレースがある素数の有限個の集合上で一致すれば,2 つの楕円曲線は同種 である.この有限個の集合は,その中の 2 つと悪い還元の素数上でのみ分岐 し得る任意の 2 次拡大において,少なくともそれらの 1 つで分解しないとい う性質をもつ. ガロア表現は古いフェルマー予想の解決を導いたワイルズの大発見にも重 要な役割を演じた.ガロア側のほかの最近の進展は,基本群により双曲曲線 上の有理点を特徴づける望月の定理であった.すなわち,算術的基本群はガ ロア群の幾何学的基本群による拡張であり,分解の共役類は有理点に対応す る.これは,グロタンディック予想の特別の場合であり,いまのところ,ディ オファントス問題に何の応用ももたない.それにもかかわらず,プロファイ ナイトガロア群が有理点の離散集合をどのように定めるかということに興味 がそそられる.
4. 何をなすべきか 多くの興味あるディオファントス問題は abc 予想に帰着することができる ことがわかってきており,それは,射影直線から 3 点を除いた多様体の整数
10 ディオファントス方程式 点についてのよい限界値と関係している.この仕組みを見てみよう.
a, b, c は互いに素な整数で,a + b = c を満たしていると仮定する.導手 N を積 abc を割る素数の積として定める.このとき,予想は,任意の正の数 ε に対して,積 abc は(ε のみによる)数と N 6+ε との積で抑えられることを主 張する.より強い形は a, b, c の最大値が N 2+ε とある数の積で抑えられるこ とを要求する.これら 2 つとも P1 − {0, 1, ∞} における有理点 a/c を用い ることで別の形に書き直すことができる. ベリーの定理により,代数体上の任意の曲線は,射影直線上 3 点でのみで 分岐する被覆として実現できる.このことで,応用として,効果的モーデル 予想が abc 予想に帰着できることに注意しておく.ベリーの定理の例は,モ ジュラー曲線で,その被覆は j-関数で与えられる.つまり,楕円曲線を用い ることによる書き直しが可能である.たとえば,有理数体上,ワイルズ(とそ の他の者)の仕事を用い,そのような曲線がモジュラーである事実を使う試み は可能である.いまのところ,この試みは成功していない.というのは,導 手 N である楕円曲線に対して, (量のオーダーにおいて)約 N 程度のモジュ ラー形式が存在し,それらのうち 1 つのみが楕円曲線を一意化する.可能な 評価(たとえば,一意化の次数に対する)はヤコビ多様体全体のみに適用でき, また,個々の固有形式からの関与の和にも適用できる.もし個々の楕円曲線 が平均程度なら,これはよい評価を与える.しかし,今のところ,この楽観 的な期待を確かめるすべはない. 他の研究分野は,矛盾のないガロア表現の系と “モチーフ” に対する数値的 不変量の間の関係かもしれない.たとえば,楕円曲線またはアーベル多様体 に対して,L-関数がわかっているとして,その高さまたはその周期に対する よい評価を得たい.たとえば,虚数乗法をもつアーベル多様体に対して,コ ルメッツは(一部は証明されたが)その高さは導手と L-関数の(ゼロでの)導関 数の対数による線型結合で書けると予想した.一般に,これは l 進のものとア ルキメデス的な不変量に関連した疑問である.l 進表現は第 1 のカテゴリーに 属しており,一方,高さと L-関数は第 2 のカテゴリーに属している.フロベ ニウス作用の特性多項式は整数係数であるので,それらは関係している.こ れは,かなり間接的であり,用いるのは難しい.一般的に,これは,モチー フの l 進ドラム実現とホッジ実現を関連づける問題である.
2002年京都賞受賞.
M. グロモフ 13
ここでは,このさき数十年の間に起こり得る数学の動向について,簡単に 述べる.
1. 古典数学は,構造的調和の追究である.それは,我々の住む 3 次元連続 体が,物理世界の本質的性質である注目すべき対称性(回転群 O(3) と平 行移動群 R3 )をもつことを,古代ギリシャの幾何学者が理解したことか ら始まった(しかし,日常生活において,歩行などの機械的運動を通じて この対称性に出会い,しばしばそれを使うことがあっても,我々は真の 意味ではこの対称性に気づかずにいる.その理由は一つには,把握の困 難な O(3) の非可換性のためである).その後,より深い(非可換)対称性 が発見された.たとえば相対論におけるローレンツとポアンカレ対称性, 素粒子に対するゲージ対称性,代数幾何学および数論におけるガロア対 称性などがそれである.これらと比べて基本的とはいえないが,結晶,準 結晶の対称性,フラクタルの自己相似性,力学系や統計力学における対 称性,微分方程式のモノドロミーなどでも,非可換対称性が現れる. 世界の構造に関連する対称性や正則性の探究は,純粋数学や物理学の 「核」としてこれからも続けられるであろう.ときには(そして意外な形 で),数学者によって発見される対称なパターンは,理論的にも実用的に も応用されることがあるだろう.実際,過去にこのようなことが起こっ てきた.たとえば,積分幾何学は X 線断層写真技術(CAT スキャン)の 基礎となり,素数の理論は完全コードの構成に使われ,群の無限次元表 現は,効率的な大規模ネットワークの設計に関係する.
2. 数学本体が発展するにつれ,論理及び数学解析が数学自身の興味の対象 になり,数理論理学と理論的計算機科学の創造に導くことになった.後 者は,現在まさに進展中の分野であり,古典的数学からのアイディアを ∗
この論説は,元々“Report of the Senior Assessment Panel of the International Assessment of the
U.S. Mathematical Sciences”, National Science Foundation, March 1998 の中の付録 3 として 出版された.さらにこの付録は,Notices of the AMS 45, no. 7, 846–847(August 1998)にも 掲載された. ∗∗
ノート(校正中に追加):本論説の最初の版は,1998 年にフランス数学会に宛てた公開書簡で ある.よって,本論説は,そのときの私の観点を反映している.
14 このさき数十年に起こり得る数学の動向 吸収し,計算機ハードウェアの技術的進歩に促されて,理論的に構成さ れたアルゴリズムの実装につながっている. (高速フーリエ変換や高速多 重極展開アルゴリズムは,工学者によって日常的に使われる数値計算法 に対して,純粋数学が与えたインパクトの顕著な例である. ) さらに,論 理計算的アイディアは,量子計算機プロジェクト,DNA に基礎を置く分 子設計,生物学における形態生成,脳のダイナミックスなどの他の分野 とも相互作用している.このさき数十年のうちには,計算機科学は,よ り深い数学的レベルにおいてアイディアを発展させることになるだろう. そして,人工知能やロボティックスなどの,期待されて久しい産業界に おける計算機の応用に,革命的な前進をもたらすであろう.
3. 生物学,化学,地球物理学,医学など,主として実験科学に由来する広 いクラスの問題がある.そこでは, 「緩い」構造を持つ膨大なデータを扱 う必要がある.伝統的数学や確率論,数理統計学などは,データに構造 がないときには大変役立つ.(逆説的ではあるが,局所的なレベルでの 構造的組織や相関がない場合は,全体として高次の対称性が現れ,たと えば確率変数の和にガウス則が現れるのである. ) しかし,しばしば,古 典的確率論が役立たない構造的データに遭遇することがある.たとえば, 鉱物学的形成や生物組織の微視的な像は,考慮に入れるべき(未知の)相 関を含んでいる.(我々が通常「見る」ものは,真の像ではなく,光,X 線,超音波,地震波などの波の散乱の結果であることに注意しよう. )さ らに理論的な例は,パーコレーション理論,溶媒の中の高分子の鎖をモ デルとする自己回避的乱歩などに現れる.明白な対称性と純カオスの間 に渡るこのような問題は,新しいタイプの数学の登場を待っている.こ の方面で前進するためには,革命的な理論的アイディアと共に,数学理 論を手もちの実験データにマッチさせるために,計算機及び科学者との 共同作業における新しい方法が必要となるであろう. (信号や像のウェー ブレット解析,文脈依存の逆散乱法,幾何学的スケール解析,結晶化さ れた物質における高分子の X 線回折解析などは,この方向の可能性を示 唆している. ) この発展の理論および,産業におけるインパクトは,ともに膨大なもの
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である.たとえば,効率的な逆散乱アルゴリズムは,超音波装置を効果 的に使って,現在のX線解析以上の重大な効果を医療における診断学に もたらすであろう.
4. 計算機の能力が理論的限界に近づき,我々がもっと現実的な(したがって もっと複雑な)問題に眼を転じるとき,科学や工学の数値計算の成功の途 上に立ちふさがる「次元の呪い」に直面することになる.ここで,我々 は, (2),(3)で述べたアイディアと共に,計算機の機構とプログラミング における高次のレベルの数学を精密にすることが必要となる.もし,そ れに成功するならば,膨大なデータ列の計算を実行するのに理論的手段 を与えることになるかもしれない.
5. 社会に向けて,我々のアイディアを適切に教え,伝達することが必要で ある.現代数学のボリューム,深さ,構造的な複雑さは,数学上の発見 を社会に知らしめ,数学者でない人々が数学的アイディアにアクセスす ることを困難にしているが,これを容易にするように,新たなアプロー チを見出すことが緊急の課題である.現状では,我々数学者は,科学や 工学において現在起きていることをほとんど知らない.他方,実験科学 者や工学者は,多くの場合,純粋数学の進歩がもたらす絶好の機会に気 づかずにいる.この危険な不均衡は,数学者に対する科学教育を充実し, また数学の核を未来の科学者や工学者に触れさせることによって,修復 しなければならない.さらに,新しいカリキュラムと,基本的数学技術 及び(特にこの数十年に得られた)アイディアをより広い大衆に伝えるた め,数学者の側のさらなる努力を必要とする.このために我々は,純粋 数学と応用科学の間で仲立ちすることのできる数学的プロフェッショナ ルの育成を行わなければならない.分野を超えたアイディアの多産化は, 科学と数学の健全さを保つために重要なことである.
6. 我々は,数学研究の財政基盤を強化しなければならない.計算機の力を さらに利用し,科学と産業との協力関係を緊密にするなら,数学のダイ ナミックな発展を支援するために,さらなる財政源を求めなければなら ない.しかし,そうであっても,他の科学の分野に比べれば,我々の必
16 このさき数十年に起こり得る数学の動向 要とする財政的援助は,きわめて少なくてすむ.すなわち,投資に対す る利益の比率は,もし我々のアイディアを大衆化し応用する努力をすれ ば,他の分野と比べて格段に大きいのである.したがって,我々にとっ て,数学研究の有効性と,短期長期的な産業社会における数学の果たす 重大な役割を社会に気づかせることは,きわめて重要なことなのである.
1991年より にいたる.
小林 俊行
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まずこの論説のキーワードを直感的に述べてみることにする. 「同じ形」の 「タイル」で「敷き詰め」られた空間を思い浮かべてみよう.
ユークリッド平面におけるタイル張り
ポアンカレ平面における タイル張り
そこでは, 「敷き詰め方」を表す(非可換)対称性の代数構造が不連続群, 1 個 1 個の「タイル」がクリフォード・クライン形, 空間における「同じ形」という概念を規定するのが幾何構造 にあたる.従来のリーマン幾何での枠組みを超えた世界で,空間の局所的な 幾何構造と大域的な構造(不連続群)が織りなす新しい物語の序章を形にし, いくつかの未解決問題を提起して,物語のさらなる展開を読者に委ねたい. この論説で扱うクリフォード・クライン形とは,等質空間 X を離散群 Γ で 割って得られる多様体である.Rn を Zn で割った n 次元トーラスや,ポアン カレ平面をフックス群で割ったリーマン面などはその典型例である.
X がリーマン多様体であり,その等長変換群の等質空間となっている場合 (上の 2 例は実際そうなっている)のクリフォード・クライン形は,昔から多 くの分野にまたがって研究されており,離散群そのものを研究の対象とする 場合のみならず,数論や複素関数論や数理物理などが活躍する舞台ともなっ ている. もっと一般に,X 上にリーマン計量以外の幾何構造が定義され,X がそ の自己同型群 G の等質空間であるという状況を考えよう.この場合のクリ フォード・クライン形については,一般論としての研究が始まったのは,10 年あまり前のことである.それからのわずかな期間に,この新しい領域でい くつかの基本的で重要な問題が解明され,同時に,多くの新たな挑戦課題が
20 非リーマン等質空間の不連続群論 生まれた.その中にあって,次の未知なる世界への取っ掛かりとなるべき目 標を明らかにしたい.さらに,その先では,擬リーマン幾何における局所か ら大域への新しい理論の 1 つの方向が見えてくるかもしれない.また,高次 元でのタイヒミュラー空間論,ユニタリ表現論,保型形式の整数論などの新 たな進展を巻き込むものかもしれない. さて,X の幾何構造としてリーマン計量以外のものを考えると,その不連 続群論には,一部に質的な変革が必要になる.その根本的な原因は, (非リー マンの場合は)離散群 Γ で割った空間 Γ\X の商位相はハウスドルフになると は限らないということにある.したがって,たとえ G の離散部分群が豊富に 存在したとしても,X の不連続群(定義 1.3)は乏しいという現象が起こりう る(§3).また,高次元で剛性定理が成り立たないこともある(§5).大まかに いえば,非リーマン等質空間の不連続群,あるいはそのクリフォード・クラ イン形の研究は, 離散群そのものの研究
+
離散群の作用の研究
の 2 つから成り立っているといえる. たとえば, 「コンパクトな(あるいは,体積有限の)クリフォード・クライン 形をもつ非リーマン等質空間を決定せよ」という問題(§4)においては,後者 の「離散群の作用」が重要になる.1990 年代に入ってから,異なる分野の専 門家たちが,さまざまな観点から,この問題に参入し始めたが,この 10 年あ まりで開発された研究手法やそのアイディアは,リー群論や離散群論だけで なく,特性類,シンプレクティック幾何,エルゴード理論,ユニタリ表現論, 調和写像……など既に一人の数学者ではカバーしきれないほど多岐にわたっ てきている.数学において,1 つの問題のためにこれほど多くの異なる分野 の手法が用いられ,しかもそれが独立に役に立つということはかなり珍しい. この新しい研究領域のふところの深さを示唆しているように思われる.
§1. はじめに 集合 G が,C ∞ 級多様体と群の構造をかねそなえており,さらに群演算
G × G → G,
(x, y) → xy −1
小林 俊行
21
が C ∞ 級写像になっているとき,G をリー群という.
1900 年という節目の年に,ヒルベルトは 20 世紀の数学の進歩に役立つと 考えた 23 個の問題を提起した.その 1 つとして,リーの変換群論の基礎づけ を問題にしたのが「ヒルベルトの第 5 問題」である.それは,変換群論におけ る微分可能性の仮定が本質的なのか,あるいは議論の技術的な要請のために 付け加えているだけで本来は不必要なものなのかを問うものであった.1933 年フォン・ノイマンによって,この問題はより精密な形で定式化され [61],さ らに,グリーソン,モンゴメリ,ジッピン,山辺英彦らによって 1952 年ごろ に肯定的に解決された.一言でいうと,リー群を定義するにあたって用いる
C ∞ を C 0 ,C 1 ,. . . ,C ω(実解析的)に置き換えても実質的には同じ概念が得ら れるというのがその主定理である [34]. アーベル群 Rn ,円 S 1 = {z ∈ C : |z| = 1},一般線型群 GL(n, R) などは, リー群の例である.リー群論やその表現論は,20 世紀全体にわたって微分幾 何,関数解析,トポロジー,数論,微分方程式,代数幾何などの分野とさま ざまな相互作用をひき起こしながら発展してきた.そこには, コンパクト群 → 非コンパクト群 有限次元表現 → 無限次元表現 リーマン多様体 → 擬リーマン多様体 という大きな流れがあった.それらは単なる一般化ではなく,新たな困難を 克服するにあたって手法の質的な変革(ときには,代数的なアプローチを解析 的なものにかえる,あるいはその逆,というほどの)を伴うものでもあった. この論説は,3 つのリー群の組 (G, Γ, H) から生ずる幾何をテーマとする. より正確には H と Γ は共に G の閉部分群であり,Γ は離散群である.等質 空間 G/H の固定部分群 H がコンパクトとは限らないという一般的な状況 で生ずる新しい現象や未解決問題に力点をおいてクリフォード・クライン形
Γ\G/H にまつわる最前線の話題を解説しよう. クリフォード・クライン形を考える手始めに, (以下は,H がコンパクトに なる古典的な例であるが)向きづけ可能な閉曲面 M を考えてみよう.よく知 られている閉曲面の分類定理によれば,M は,S 2(球面),T 2(トーラス), 種数 g ≥ 2 の閉曲面 Mg のうちのどれか一つに同相である.この 3 種類の中 で T 2 は,直積 S 1 × S 1 の形でリー群の構造を入れることができる.一方,S 2
22 非リーマン等質空間の不連続群論 や Mg にはリー群の構造を入れることができない.しかしながら S 2 や Mg に も “対称性” がある.まず,S 2 に関して言えば,特殊直交群 SO(3) は回転群 として S 2 に作用し,この作用は推移的である.したがって,2 つのリー群の 組 (G, H) = (SO(3), SO(2)) を用いれば,S 2 は等質空間 G/H として表示 することができる.次に Mg (g ≥ 2) に関して言えば,Mg は 2 つのリー群の 組 (G, H) によって等質空間として表すことはできないが,3 つのリー群の組
(G, Γ, H) を用いればクリフォード・クライン形 Γ\G/H(定義 1.3 を参照)と して表すことができる.具体的には,G = P SL(2, R) := SL(2, R)/{±I},
H S 1 ,Γ π1 (M )(例 2.5 を参照)とすればよい.このように,3 つのリー 群の組 (G, Γ, H) を用いれば,両側剰余類 Γ\G/H として表示することので きる多様体の例は大きく拡がる(もちろん,群多様体は Γ = H = {e} の場合 に相当し,等質空間は Γ = {e} の場合に相当する).さらに,閉曲面 Mg を 3 つのリー群 (G, Γ, H) を用いて Mg Γ\G/H と表示することによって, (離 散群 Γ によって統制される)位相構造と,(複素構造,リーマン構造などポア ンカレ上半平面 G/H から誘導される)Mg 上の幾何構造を分離して理解す ることができる. この例でも分かるように,クリフォード・クライン形 Γ\G/H の研究は, 連結な群の組 (G, H) によって統制される局所的な幾何構造と,離散群 Γ に より統制される大域的な位相構造の両方が自然な形で関与するのである.
§1.1. 真性不連続な作用 最初に,いくつかの基本的な用語を準備しておこう.まず,離散群 Γ が連 続に位相空間 X に作用しているという設定を考える.X の部分集合 S に対 して,Γ の部分集合を
ΓS := {γ ∈ Γ : γ · S ∩ S = ∅} と定義する. ■定義 1.1
Γ の X への作用は,その作用の性質によって次のような名称が
付けられている.
1) X の任意のコンパクト集合 S に対して ΓS が有限となるとき,真性不連
小林 俊行
23
続な作用(あるいは固有不連続な作用)であるという.
2) 任意の p ∈ X に対して p における固定部分群 Γ{p} が単位元のみからな るとき,固定点を持たない作用(または自由な作用)であるという.
§1.2. 軌道空間の位相 さて,群 Γ が集合 X に作用しているとき,つまり,
x ∼ x ⇔ x = γ · x となる γ ∈ Γ が存在する という同値関係によって定まる X の同値類のなす集合を Γ\X と書く.Γ\X は X における Γ-軌道全体のなす集合とみなすこともできるので,(Γ の)軌 道空間と呼ばれる.さらに,X が位相空間ならば,Γ\X には,X の位相か ら誘導した位相(商位相)を入れることができる. 次のよく知られた補題を見れば,定義 1.1 の意義は自ずと明らかになろう. ■補題 1.2
離散群 Γ が[C ∞ 級,リーマン,複素,. . . ]多様体 X に連続
に[滑らかに,等長的に,双正則に,. . . ]作用しているとする.Γ の作用が 真性不連続かつ固定点をもたないならば,Γ\X はハウスドルフ位相空間にな り,しかも
p : X → Γ\X が局所同相[微分同相,等長,双正則,. . . ]になるような多様体の構造をい れることができる.さらに,このような多様体の構造はただ一通りである.
§1.3. 等質空間のクリフォード・クライン形 G をリー群とし,H をその閉部分群とする.すると右剰余類の空間 G/H は商位相でハウスドルフであり,多様体の構造は
G × G/H → G/H,
(g, xH) → gxH
が C ∞ 級写像になるようにただ一つ定まる.G/H は,等質空間,あるいは 等質多様体とよばれる. 次に,Γ を G の離散部分群とする.G は,等質空間 G/H に左から滑らか
24 非リーマン等質空間の不連続群論 に作用するので,特に G の部分群 Γ も等質空間 G/H に滑らかに作用する. 軌道空間 Γ\(G/H) は,両側剰余類の空間 Γ\G/H と自然に同一視できる. ここで Γ\G/H は,
g ∼ g ⇔ g = γgh なる γ ∈ Γ, h ∈ H が存在する という同値関係で定義される G の同値類の集合のことである. ■定義 1.3
Γ が G/H に真性不連続かつ固定点をもたずに作用するとき,Γ
を G/H の不連続群という.Γ が G/H の不連続群ならば,補題 1.2 により, 両側剰余類の空間 Γ\G/H は,G/H →Γ\G/H が局所微分同相になるよう な C ∞ 級多様体の構造を持つ.このようにして得られた多様体 Γ\G/H は
G/H のクリフォード・クライン形と呼ばれる.
§1.4. クリフォード・クライン形の例 ■例 1.4
1)(G, Γ, H) = (Rn , Zn , {0}) とする.このとき,クリフォード・
クライン形 Γ\G/H は n 次元トーラス S 1 × · · · × S 1 に微分同相なコンパク ト多様体になる.
2)n 行 n 列の上三角実行列 (aij ) で,対角成分が aii = 1 (1 ≤ ∀ i ≤ n) で あるような行列全体のなすリー群を G とする.G は単連結な冪零リー群であ る.G の部分群 H, Γ として
H = {e} Γ = {(aij ) ∈ G : すべての i と j に対して aij ∈ Z} と定義されるものを考えよう.すると Γ は G の離散部分群であり,H = {e} なので明らかに G/H への作用は真性不連続かつ自由である.得られたクリ フォード・クライン形 Γ\G/H はコンパクト多様体である.
3)(G, Γ, H) = (SL(n, R), SL(n, Z), {e}) とする.このとき,クリフォード・ クライン形 Γ\G/H はコンパクトではないが, (自然に定まる測度に関して) 有限の体積をもつ.n = 2 のとき,モジュラー群 SL(2, Z) の商として得られ る 3 次元多様体
Γ\G/H SL(2, Z)\SL(2, R)
小林 俊行
25
は,下図のように R3 内の三つ葉結び目の補集合と同相になる(例えばミル ナーの著書 [46]84–85 ページにあるクィレンの証明を参照されたい).
SL(2, )\SL(2, )
3
{ 三つ葉結び目 }
4)(G, H) = (SL(2, R), SO(2)) とすると,等質空間 G/H は,上半平面 H := {z ∈ C : Im z > 0} と双正則同型である.さらに Γ をねじれ元がなく,G の中で余コンパクトな 離散部分群とすると,クリフォード・クライン形 Γ\G/H は,種数 g ≥ 2 の 閉リーマン面 Mg になる(例 2.5 参照).
5)G = SL(2, R),H を G の任意の非コンパクトな閉部分群とする.このと き,G/H の不連続群は有限群に限る(これは,§2.6 や例 3.5 で後述するカラ ビ・マルクス現象の 1 例である).
§1.5. クリフォード・クライン形の基本問題 部分群 H がコンパクトならば,G の離散部分群の G/H への作用は自動的 に真性不連続になる.しかし,H が非コンパクトならば,離散部分群の作用 は真性不連続になるとは限らない.実際,両側剰余類 Γ\G/H の商位相はハ ウスドルフにならないことがある.一般に,リー群 G とその閉部分群 H が 与えられたとき,等質空間 G/H には無限位数の不連続群が存在することも あれば,存在しないこともある.すなわち,等質空間 G/H のクリフォード・ クライン形がどれ位豊富に存在するかは,リー群の組 (G, H) によって著し く異なるのである.現在,等質空間 G/H のクリフォード・クライン形に関 して,まだ解かれていない重要な問題がたくさんある. この論説では,等質空間に対する不連続群に関する未解決問題のうち,最 も基本的で重要だと考えられる問題を 3 つに絞って,それに解説をつけるこ とにしよう.一方,話が散漫になることを避けるため,これらの幾何を舞台 にした応用の可能性(たとえば,擬リーマン局所等質空間におけるアイゼン
26 非リーマン等質空間の不連続群論 シュタイン級数など保型形式や表現論の話題)についてはこの論説では触れな い(例えば,概説論文 [28] の最後の章に挙げられた未解決問題集を参照). ■未解決問題 A(真性不連続性の判定条件) 離散部分群 Γ が等質空間 G/H に真性不連続に作用するかどうかを判定する効果的な方法を見つけよ. ■未解決問題 B(コンパクトなクリフォード・クライン形の存在問題) コン パクトなクリフォード・クライン形 Γ\G/H が存在するのはいつか? その ような等質空間 G/H をすべて決定せよ. ■未解決問題 B(体積有限のクリフォード・クライン形の存在問題) 体積有 限のクリフォード・クライン形 Γ\G/H が存在するのはいつか? そのよう な等質空間 G/H をすべて決定せよ. ■未解決問題 C(不連続群の変形,モジュライ) 等質空間 G/H の不連続群
Γ の変形を記述せよ.
§1.6. 何がなされたか? —– H がコンパクトの場合 この論説の主な対象は,H が非コンパクトである場合の問題 A∼C である. 一方,H がコンパクトであるときには問題 A∼C は非常に古くから良く研究 されている.§1 を終えるにあたって,H がコンパクトのときの古典的結果を 手短かに復習することにする.
H がコンパクトのときは,問題 A の答えは簡単である. 問題 A の答(H がコンパクトの場合): H がコンパクトならば,G のいかな る離散群も G/H に真性不連続に作用する. この主張自身の証明はほぼ明らかである.H がコンパクトであるときとそ うでないときとの違いは大きい.このことは,§3.6 で後述する一般的な枠組 み(∼ と )を用いると,一層明瞭になるであろう. 次に,G を簡約リー群(定義は §2.1 参照)とし,K を G の極大コンパクト 部分群とする.(G, K) = (SL(n, R), SO(n)) はその典型的な例である.この とき,等質空間 G/K には,G-不変なリーマン計量が存在する.リーマン多
小林 俊行
27
様体 G/K はリーマン対称空間と呼ばれる.この設定のもとで,上記の問題
B と C を考えてみよう. 問題 B の答(H がコンパクトの場合): 1960 年代初頭,算術的部分群の理論 ([8], [48])を基盤として,ボレル [7] は,任意のリーマン対称空間 G/K に対 し,そのコンパクトなクリフォード・クライン形が常に存在することを証明 した.さらに,G が非コンパクト半単純リー群ならば,体積有限でありしか も非コンパクトなクリフォード・クライン形 Γ\G/H も常に存在する.その 後,算術的部分群以外の格子がどの程度存在するかという問題についてもモ ストウ,マルグリスをはじめとする種々の研究が生まれたが,算術性に関す る話題はこの論説では立入らない. 問題 C の答(H がコンパクトの場合): セルバーグ・ヴェイユの局所剛性定 理([56], [63])によれば,既約なリーマン対称空間 G/H のコンパクトクリ フォード・クライン形は,G/H がポアンカレ上半平面である場合を除いて局 所剛性(定義 5.5 参照)である(なお,局所剛性定理は,後にモストウ,マルグ リス,ジンマー等によって,さらに強い形の剛性定理へと拡張された).換言 すれば H がコンパクトかつ G/H が既約な対称空間の場合には,コンパクト クリフォード・クライン形 Γ\G/H の非自明な変形は,G/H が 2 次元のと き,すなわち Γ\G/H Mg (g ≥ 2) のときのみ可能である.この場合,ク リフォード・クライン形の変形は,可微分多様体 Mg の複素構造の変形に対 応する.複素構造の同値類の全体はリーマン面のモジュライと呼ばれ,数学 の中で伝統的に重要な話題の一つであるというだけでなく,弦理論や共形場 理論など数理物理においても近年頻繁に現れている.
§1.7. 何がなされたか? —– H がコンパクトでない場合 H がコンパクトでないときは,2 つのリー群の組 (G, H) が特別な場合で あっても,これらの問題を解くのは難しいことが多い.一般の等質空間に対 してこのような問題意識が提起されたのは比較的最近(1987∼1988)のことで ある.その後,数年経ったころからアプローチの方法が急激に増え,数学の さまざまな分野とのかかわりが現れはじめた.前述のリーマン対称空間と対
28 非リーマン等質空間の不連続群論 比するために,(計量が正定値とは限らない)擬リーマン対称空間 G/H を 考えてみよう.例えば,SL(n, R)/SO(n)(リーマン対称空間)を一般化して
SL(n, R)/SO(p, q)(p + q = n) (擬リーマン対称空間)を考えるのである. 擬リーマン対称空間の場合の未解決問題 A∼C の現状を手短に述べれば,次 のように要約される. 問題 A:完全に解決されている. 問題 B:部分的に解決されている(多くのアプローチがある). 問題 C:高次元でも「剛性定理」が成り立たないことがある. この論説では,擬リーマン対称空間よりもさらに広い設定で問題 A∼C を 取り扱ったり,あるいはもっと狭い設定に限定して掘り下げたりする.
§2 で初歩的な考察を行い,ウォーミングアップをしたあと,§3,§4,§5 で 順に問題 A,B,C の定式化やその背景および,どのような手法で現在どこ までわかっているかを具体例とともに説明しよう.
§2. クリフォード・クライン形における幾何構造 §2.1. 等質空間上の幾何構造 等質空間 G/H 上に G-不変な幾何構造(例えば,複素構造,擬リーマン構 造,共形構造,シンプレクティック構造など)があれば,同じ幾何構造が被覆 写像
p : G/H → Γ\G/H を通して,クリフォード・クライン形 Γ\G/H にもそのまま受け継がれる. 良く知られているように,等質空間 G/H 上の G-不変な幾何構造は次の基本 原理によって与えることができる:まず,o := eH における接空間 To (G/H)
g/h 上の H-不変なテンソルをとり,それを G の作用で移動する.ここで,g と h は,それぞれ G と H のリー環である.G の作用で移動したときに,移動 の仕方によらずに定義できることを保証するのが,出発点のテンソルの H-不 変性である.こうして得られた G/H 上の幾何構造は自動的に G-不変となる.
G が(実)簡約線型リー群,つまり,G の連結成分は高々有限個であり,G = G(すなわち tg ∈ G がすべての g ∈ G)が成り立つような GL(n, R) の閉部
t
分群として実現される場合を考えよう.以下の古典群
小林 俊行
29
GL(n, R), SL(n, R), O(p, q), Sp(n, R), GL(n, C), . . . などは簡約線型リー群の典型例である.簡約リー群 G の中心が 0 次元 (つまり離散群)であるとき,G は半単純リー群とよばれる.上の例では,
SL(n, R), O(p, q), Sp(n, R), . . . は半単純リー群である.この論説では簡約 リー群と半単純リー群の差は現れない. ■例 2.1(等質空間上の幾何構造)
1) 擬リーマン構造 まず,対称双線型形式 B : M (n, R) × M (n, R) → R,
(X, Y ) → Trace(XY )
を考える.
Symm(n, R) := X ∈ M (n, R) : tX = X o(n) := X ∈ M (n, R) : tX = −X
対称行列全体 交代行列全体
とおくと,双線型形式 B は Symm(n, R) 上で正定値であり,o(n) 上で 負定値である.さらに,Symm(n, R) と o(n) は B に関して直交してい るので,B の符号は
(dim Symm(n, R), dim o(n)) =
1 1 n(n + 1), n(n − 1) 2 2
となる.次に簡約リー群 G のリー環を g と書くと,G = t G なので g は g = tg を満たす M (n, R) の部分空間となり,したがって,B を g に 制限した双線型写像 B|g : g × g → R も非退化である.B|g の符号は
(d(G), dim g − d(G)) となる.ここで, d(G) := dim p,
p := g ∩ Symm(n, R)
とおいた. 簡約リー群 G の閉部分群 H が H = tH を満たすとき,等質空間 G/H を簡約型等質空間と呼ぶ.G = tG かつ H = tH ならば,対称双線型形 式 B を g × g や h × h に制限したときいずれも非退化であるので,商空
¯ が誘導される.このとき 間 g/h 上に非退化双線型形式 B ¯ : g/h × g/h → R B
30 非リーマン等質空間の不連続群論 は H-不変となる.そこで,g/h を o = eH における接空間 To (G/H) と
¯ を G で左移動すると,G/H に擬リーマン計量(定義は §2.6 同一視し,B 参照)をいれることができる.この擬リーマン計量は G-不変となり,そ の擬リーマン計量の符号は
(d(G) − d(H), dim g − dim h − d(G) + d(H)) である.簡約型等質空間は(最も主要な)擬リーマン等質空間であり,こ の論説でも主たる対象になる.
2) シンプレクティック構造 g の元 Z を 1 つ選び随伴軌道 Ad(G)Z := gZg −1 : g ∈ G を考えよう.
H := g ∈ G : gZg −1 = Z
とおくと Ad(G)Z は等質空間 G/H と微分同相になる.さて,反対称双 線型形式
ω : g/h × g/h → R,
(X, Y ) → Trace([X, Y ]Z)
は,g/h の代表元のとり方によらず定義され,さらに,H-不変である.
ω を G-移動することによって,G/H 上に G-不変なシンプレクティック 構造を定めることができる(一般に,リー群 G の g∗ への軌道,すなわち, 余随伴軌道にはシンプレクティック構造が存在する.G が簡約リー群の 場合では,非退化な B を用いて g と g∗ が同一視できるので,任意の随 伴軌道にもシンプレクティック構造が入るのである).
3) 複素構造(2)の設定のもと,さらに, ad(Z) : g → g, X → ZX − XZ が対角化可能であるとき,Z を通る随伴軌道 Ad(G)Z は半単純軌道とよ ばれる. (2)の記号を引続いて用いれば,このとき G/H は簡約型等質空 間になる.さらに ad(Z) の固有値が全て純虚数であるとき対応する随伴 軌道 Ad(G)Z は,楕円軌道と呼ばれる.楕円軌道 G/H には,G-不変な 複素構造が存在することが知られている([33], Lemma 6.1) (証明のヒン
小林 俊行
31
ト:楕円軌道が複素リー群 GC の一般化された旗多様体の開部分集合と して実現できることを示せばよい).ここで,G も H も,複素リー群で あることを仮定していないのに,等質空間 G/H には複素構造が入るの がポイントである.
上の例 2.1 では,等質空間上の 3 つの幾何構造(擬リーマン,シンプレク ティック,複素)を取り上げた.例えば,
(G, H) = (GL(n, R), GL(p, R) × GL(n − p, R)) は,(1)と(2)の例になっている.また,
(G, H) = (SL(2, R), SO(2)) は,(1),(2),(3)すべての例になっている.
§2.2. 幾何構造の自己同型群 逆に,幾何構造を持った多様体 M から出発して,3 つの群の組 (G, Γ, H) を用いて M をクリフォード・クライン形 Γ\G/H として表すことができる だろうか? できるならば,どのような状況においてそれが可能かを議論し よう.初等的な考察をまず述べ,その後に典型例を挙げることにする.
を M の普遍被 M を可微分多様体とし,J を M 上の幾何構造とする.M 覆多様体とする.被覆写像を
→M p:M 上にも同じ幾何構造 J を と書く.すると,局所微分同相写像 p を通じて,M 引き戻すことができる.
) と書かれ の微分同相写像全体のなす群(Diffeo(M さて,可微分多様体 M る)は,非常に大きな群である.その部分群として,幾何構造の自己同型群を
, J) = T ∈ Diffeo(M ) : T は J を保つ G := Aut(M とおく.
32 非リーマン等質空間の不連続群論 ■例 2.2
1)J が擬リーマン構造のときは,G は等長変換群と呼ばれる.
2)J が複素構造のとき,G は双正則変換群と呼ばれる.
§2.3. 自己同型群はリー群になるか? 幾何構造の自己同型群は,しばしば(有限次元の)リー群になる.H. カルタ ンが 1935 年に証明した定理「Cn の有界領域の双正則変換群はリー群になる」 はその原型となった最初の結果である.引き続いて,1939 年にマイヤーズと スティーンロッドは,リーマン多様体の等長変換群がリー群になることを証 明した.より一般に,擬リーマン多様体の等長変換群はつねにリー群になる ことが知られている.
, J) がリー群になるのかという どのような幾何構造 J に対して群 Aut(M 一般的な問題については小林昭七氏の著書 [23] を参照されたい.
§2.4. 幾何構造とクリフォード・クライン形 の点 o を 1 つ選び,o¯ = p(o) とおく.G の部分群 Γ 普遍被覆多様体 M とH を
H := {g ∈ G : g · o = o} Γ := π1 (M, o¯)
(固定部分群) (基本群)
で定義する.Γ が G の部分群となることをみるには,次のように考えればよい.
→M 基本群 π1 (M, o¯) は,被覆変換,つまり,p ◦ h = p なる微分同相 h : M → M を通じて M に作用する.被覆変換は,被覆写像 p : M 上 として,M への作用は効果 に引き戻した幾何構造 J を明らかに保つ.さらに,Γ の M 的である.よって Γ は自己同型群 G の部分群とみなせる(ただし,点 o のと り方には依存している).
への作用は真性不連続かつ固定 被覆変換の一般的な性質として,Γ の M は自然に M に微分同相となることに注意する. 点をもたず,軌道空間 Γ\M よって,次の命題を得る. ■命題 2.4
多様体 M に幾何構造 J が与えられているとする.自己同型群
小林 俊行
33
, J)がリー群となり,さらに M に推移的に作用すると仮定する. G := Aut(M すると,M は,以下の可換図式により,クリフォード・クライン形 Γ\G/H と自然に微分同相となる.
−→
G/H
−→
↓ M
ΓgH
−→
g·o
−→
g · o¯.
→
Γ\G/H
gH →
↓
M
命題 2.4 の例として,古典的結果を 3 つ列挙しよう.
§2.5. クリフォード・クライン形の例その 1 —– リーマン面の一意化定理 ■例 2.5
M をリーマン面とし,J を M 上の複素構造とする.クライン・ポ
アンカレ・ケーべの一意化定理(これはリーマンの写像定理の一般化である)
は,H または C または P1 C のどれか 1 つに双 により,普遍被覆多様体 M , J) は,それぞれ 正則同値である.双正則変換群 G = Aut(M Aut(H, J) P SL(2, R) = SL(2, R)/{±I}, Aut(C, J) Aff (1, C) = C× C
(半直積),
Aut(P1 C, J) P SL(2, C) = SL(2, C)/{±I} で与えられる.これらの作用は,1 次分数変換
z →
az + b cz + d
で与えられる (a, b, c, d は,z ∈ H のときすべて実数;z ∈ C のとき c = 0, d = 1
が H, C, P1 C いずれの場合にも,それぞれの と考えれば良い).普遍被覆 M に推移的に作用し,固定部分群 H はそれぞれ S 1 ,C× , 双正則変換群 G は,M C× C と同型な群になる.よって,命題 2.4 により,任意のリーマン面 M は (G, H) を上記のリー群の組の 1 つを用い,クリフォード・クライン形 Γ\G/H と双正則な多様体として(自然に)表すことができる.なお,M が種数 g のコ ンパクトリーマン面のとき,g の値に応じて
34 非リーマン等質空間の不連続群論 ⎧ ⎪ H ⎪ ⎪ ⎨ C M ⎪ ⎪ ⎪ ⎩P1 C
(g ≥ 2) (g = 1) (g = 0)
となる(ここで は双正則同値を表す).
α γ
β α β
α
β
γ δ
δ
γ δ
(g = 2)
Mg
H
α α β
β
β α
T2
C
P1 C
小林 俊行
35
§2.6. クリフォード・クライン形の例その 2 —– 擬リーマン球空間形 M を可微分多様体とする.命題 2.4 の 2 番目の例として,符号 (p, q) の (擬リーマン)球空間形を考えよう.はじめに,いくつかの用語を定義しよう. 各接空間 Tx M に非退化な対称双線型形式 gx で,M 上の任意の滑らかなベ クトル場 X ,Y に対して gx (X, Y ) が x の滑らかな関数になっているとき,
(M, g) を擬リーマン多様体と呼ぶ.対称双線型形式 gx の符号 (p, q) は,局所 的に定数である.(M, g) は,q = 0 のときリーマン多様体,q = 1 のときロー レンツ多様体という.どの測地線もいくらでものばせる(その時間パラメータ が R 全体で定義できる)とき,その擬リーマン多様体を完備であるという. リーマン多様体の場合と同様に擬リーマン多様体 (M, g) の断面曲率 KM は,非退化な Tx M 内の 2 次元平面 E に対して,
KM (E) :=
−gx (R(Y, Z)Y, Z) gx (Y, Y )gx (Z, Z) − gx (Y, Z)2
という式で定義される.ここで,{Y, Z} は E の基底であり,R は M の曲率 テンソルである.定義式の右辺は,E の基底 {Y, Z} のとり方によらない.
V が E における原点 0 の小さい近傍のとき,断面曲率 KM (E) は x にお ける 2 次元の部分多様体 Exp(V ) のガウス曲率になっている.この意味で, 断面曲率 KM (E) は古典的なガウス曲率の概念の拡張になっているといえる. ■例 2.6.1
M を符号 (p, q) の完備な擬リーマン多様体とする.断面曲率
KM が正の定数のとき,M を符号 (p, q) の(擬リーマン)球空間形,あるいは 簡単に,空間形と呼ぶ. (適当に計量を正の定数倍すれば,断面曲率を +1 と 正規化できる.また,計量を −1 倍すると,M は断面曲率が負の定数となる 符号 (q, p) の擬リーマン多様体になることに注意する.)符号 (p, q) の球空間 形の典型例は次のように与えられる.Rp+q+1 上の 2 次形式 Qp,q を
Qp,q (x) := x1 2 + · · · + xp+1 2 − xp+2 2 − · · · − xp+q+1 2 と定義する.超曲面 Rp+q+1 上の符号 (p + 1, q) の標準的な擬リーマン計量
ds2 = dx1 2 + · · · + dxp+1 2 − dxp+2 2 − · · · − dxp+q+1 2 を超曲面
36 非リーマン等質空間の不連続群論 X(p, q) := x ∈ Rp+q+1 : Qp,q (x) = 1 に制限して,X(p, q) に擬リーマン構造を入れる.このとき,擬リーマン多 様体 X(p, q) の符号は (p, q) となる.さらに,X(p, q) の断面曲率は正の定 数 +1 をとる.逆に,p = 1 のとき,任意の符号 (p, q) の球空間形の普遍被 覆は X(p, q) に等長同型であることが知られている(なお,p = 1 のときは,
X(1, q) は単連結ではない).2 次元の場合(すなわち p + q = 2)の X(p, q) を 図示しておこう:
X(2, 0)
X(1, 1)
X(0, 2)
不定値直交群 O(p + 1, q) は,
g ∈ GL(p + q + 1, R) : Qp,q (gx) = Qp,q (x) (∀ x ∈ Rp+q+1 )
によって定義される簡約線型リー群である.O(p + 1, q) は,擬リーマン多様体
X(p, q) に等長変換として自然に作用する.逆に,X(p, q) 上の任意の擬リー マン等長変換は O(p + 1, q) の変換として与えられる.O(p + 1, q) の X(p, q) への作用は推移的であり,X(p, q) 上の 1 点 (1, 0, . . . , 0) における固定部分群 は O(p, q) に同型である.したがって,命題 2.4 より,符号 (p, q)(p = 1)の 任意の球空間形 M はクリフォード・クライン形
Γ\X(p, q) Γ\O(p + 1, q)/O(p, q) と等長同型な多様体として表示できる.ここで,Γ は基本群 π1 (M ) と同型な
O(p + 1, q) の離散部分群であることが分った. 注意 q = 0 および p = 0 の場合は,X(p + q) の擬リーマン計量は定数倍に
小林 俊行
37
なり,したがってリーマン多様体となる.この古典的な場合を含めて知られ ている結果を簡単にまとめておこう.
1)(q = 0.G も H もコンパクトの場合) X(p, 0) は p 次元球面 S p に標 準的なリーマン計量を与えたものにほかならない.符号 (p, 0) のすべて の球空間形を求める分類問題は,クラインの 1890 年の論文 [21] で提起 され,キリング [20] によって “クリフォード・クライン空間形問題” と 命名された.この問題は「O(p + 1)/O(p) に固定点をもたずに作用する
O(p + 1) のすべての有限部分群 Γ を分類せよ」という問題と同値であ る.これはさらに, 「単位元以外の元は +1 を固有値として持たないよう な O(p + 1) の有限部分群をすべて分類せよ」という有限群の問題に帰 着できる.この問題は,ホップの 1925 年の論文 [19] やウォルフの著書
[66](最新版は 1984 年)などで詳しく扱われている. 2)(p = 0.G が非コンパクトで H はコンパクトの場合) p = 0 の場合, 擬リーマン計量を −1 倍すると,X(0, q) は双曲多様体と呼ばれる負の定 曲率のリーマン多様体になる.ときにロバチェフスキー幾何とも呼ばれ る双曲幾何は,19 世紀のボヤイ,ガウス,ロバチェフスキー等による非 ユークリッド幾何のモデルに端を発し,20 世紀後半の 3 次元多様体のト ポロジーや幾何に関するサーストンの仕事 [60] や双曲群の理論などの最 近の論文に至るまで長い研究の歴史と膨大な文献がある.
3)(q = 1.G も H も非コンパクトな例 1) 相対性理論にもとづいた宇宙 論の物理では,時空の連続体として,4 次元のローレンツ多様体 M が 採用される.これにちなんで,符号 (p, 1) の球空間形は相対論的球空間 形,あるいはド・ジッター空間とよばれる(宇宙論的な視点からはホーキ ング・エリスの著書 [17] を参照).カラビとマルクスは, 「任意の相対論 的球空間形は非コンパクトであり,その基本群は有限になる」という驚 くべき現象を発見し,1962 年の Annals of Math. 誌で発表した [9].群 論的に言うと,彼らの結果は次の形に再定式化できる. 「O(p + 1, 1)/O(p, 1) の任意の不連続群は有限群である」
38 非リーマン等質空間の不連続群論 任意の不連続群が有限群になるような等質空間の例は 1960 年代にいく つも発見された.このような現象は,発見者の名前をとってカラビ・マル クス現象と呼ばれている(カラビ・マルクス現象については例 3.2.1,定 理 3.8.1 を参照).
4)(p = 1.G も H も非コンパクトの例その 2) 符号 (1, q) の球空間形は 反ド・ジッター空間と呼ばれる.§4 で述べるように,q が偶数のとき,そ してそのときに限り,コンパクトな反ド・ジッター空間が存在する(下記 の予想 2.6.2 において p = 1 の欄を参照).
5)(p > 0, q > 0.G も H も非コンパクトの一般的場合) 擬リーマン多様体 の符号 (p, q) がどのようなときにコンパクトな球空間形が存在するかとい う問題は未解決である.次は,§4 で後述する予想 4.3 を O(p+1, q)/O(p, q) に適用したときの特別な場合である. ■予想 2.6.2(空間形予想) (p, q) が以下のリストに入っているとき,そし てそのときに限り,コンパクトな符号 (p, q) の擬リーマン球空間形が存在す るであろう.
p
N
0
1
3
7
q
0
N
2N
4N
8
(p, q) が上の表にあるときにコンパクトな球空間形が存在すること(十分条 件)はボレル・クルカルニ・小林によって証明されている(そのアイディアは
§4 で後述する.このうち,15 次元のコンパクトな球空間形((p, q) = (7, 8) の 場合)は 1990 年代になってから発見された([28]).逆に,コンパクトな球空 間形が存在するような擬リーマン多様体の符号 (p, q) は上の表に出てくるも のに限られると言う予想(必要条件)はまだ証明されていない.さらに一般的 な場合については例 4.4.2 で触れることにする.
§2.7. クリフォード・クライン形の例その 3 —– アファイン平坦な多様体 命題 2.4 の 3 番目の例として,アファイン平坦な多様体を考える.すなわ
小林 俊行
39
ち,幾何構造 J としてはアファイン接続を扱うのである. ■例 2.7
M を曲率テンソルと捩率テンソルが恒等的に 0 であるような完備
なアファイン接続を持つ n 次元多様体とする.このとき M は,完備で(ア ファイン)平坦な多様体と呼ばれる.1955 年のアウスランダーとマルクスに
は標準アファイン空間 Rn に同 よる定理 [4] により,その普遍被覆多様体 M 型である.一方,アファイン変換群
, J) Aff (n, R) = GL(n, R) Rn Aut(M
(半直積)
Rn に推移的に作用する.よって,命題 2.4 より,任意の完備でアファ はM イン平坦な多様体 M は,クリフォード・クライン形 Γ\Aff (n, R)/GL(n, R) として表示できる.ここで Γ は基本群 π1 (M ) と同型な Aff (n, R) の離散部 分群である.次はその基本群 π1 (M ) に関する未解決問題である. ■予想(アウスランダー予想) M を完備でアファイン平坦な多様体とする.
M がコンパクトならば,基本群 π1 (M ) はほぼ可解群である. ここで,“ほぼ可解群” というのは,有限指数の可解部分群を含んでいると いう意味である(無限群を扱っているので,有限指数程度の差は気にしない). この予想は,等質空間 G/H = GL(n, R) Rn /GL(n, R) の不連続群の文 脈では次のように再定式化できる. ■予想(アウスランダー予想の群論的定式化) クリフォード・クライン形
Γ\Aff (n, R)/GL(n, R) がコンパクトならば,Γ はほぼ可解群である. ミルナーは [45] において,“M はコンパクト” という仮定を落として同じ 結論を予想したが,その数年後にマルグリスは 3 次元の場合に反例を与えた
[42].一方,この(離散群に関する)予想と類似の命題を連結な群に対して考 えると,コンパクト性の仮定なしに成立する.つまり L が Aff (n, R) の連結 な部分群で Rn に真性(proper)に作用しているならば,L は,ほぼ可解リー 群(amenable),すなわち可解リー群のコンパクト群による拡大として表され るリー群である([25],[41] 参照).§3 では,もっと一般の設定の中でこの例を 振り返ることにしよう(例 3.2.2(1)参照). なお,アウスランダー予想はアファイン接続がリーマン構造のレビ・チビ
40 非リーマン等質空間の不連続群論 タ接続のときは成立する(ビーベルバッハ,1911 年).また,ローレンツ構 造に対しても成立する(1984 年のゴールドマン・神島の論文 [13] やそれを 一般化した 1990 年のトマノフの論文 [59] も参照).群論的にいえば,元来 のアウスランダー予想は離散群 Γ ⊂ GL(n, R) Rn に関する予想である. リーマンあるいはローレンツ多様体の場合には,Γ ⊂ O(n) Rn あるいは
Γ ⊂ O(n − 1, 1) Rn という仮定をつけ加えていることになる.接続がレ ビ・チビタ接続とは限らない一般の場合には,アウスランダー予想は n > 6 に対しては未解決である(n ≤ 6 については,1999 年にアーベルス・マルグ リス・ゾイファー [1] が解決したことをアナウンスした).
§2.8. (G, X)-構造 これまで,G が,与えられた幾何構造の自己同型群であるときの命題 2.4 の例をいくつか説明してきた.より一般には (G, X)-構造という概念(例え ば,サーストンの著書 [60] を参照)から説明することもできる.その文脈 ではクリフォード・クライン形が以下のように自然に現れる.リー群 G が 滑らかに多様体 X に作用しているとする.X に値を持つようなアトラス
(Vα , φα ) によって,M に多様体としての構造が与えられており,さらに変換 関数 φβ ◦ φ−1 α : φα (Vα ∩ Vβ ) → φβ (Vα ∩ Vβ ) が G の X への作用の形で与 えられているとき,多様体 M には (G, X)-構造が定められているという.こ
にも自然に (G, X)-構造が定義される.さらに, のとき,普遍被覆多様体 M から X への (G, X)-写像 アトラス (Vα , φα ) を拡張して,普遍被覆多様体 M が一意的に定義できる:
→ X. dev : M この写像 dev を展開写像と呼ぶ.さらに,ホロノミー写像と呼ばれる群準 同型 π1 (M, o¯) → G が存在し,ホロノミー写像を通して展開写像は π1 (M, o¯)同変になる.展開写像が全射であるとき,M を完備な (G, X)-多様体という. 多様体 M がクリフォード・クライン形として表示されるための内在的な 条件を (G, X)-多様体の言葉で以下のように述べることができる. ■命題 2.8
等質空間 G/H が単連結であるとする.X = G/H とおく.M
小林 俊行
41
が完備な (G, X)-多様体ならば,展開写像によって M とクリフォード・クラ イン形 Γ\G/H との間に自然な微分同相が誘導される.ここで,G の離散部 分群 Γ は,ホロノミー写像による基本群 π1 (M, o¯) の像である.
§3. 真性不連続な作用の判定条件 §3.1. 判定条件は何を目指しているか? この節では次の問題について議論する. ■問題 A(§1.5 参照) 離散部分群 Γ が等質空間 G/H に真性不連続に作用 するかどうかを判定する効果的な方法を見つけよ. 位相空間における真性不連続な作用の定義そのものは(少なくとも外見は) 簡単である.しかし,一般にリー群 G の離散部分群 Γ が与えられたとき,等 質空間 G/H への Γ の作用が真性不連続かどうかを実際に判定することは容 易ではない.問題 A における “判定条件” は,たとえば,次のような問題に 答えられるほど具体的な判定条件であることが望ましい. ■問題 A-1
等質空間 G/H を与えたとき,基本群が無限位数となるクリ
フォード・クライン形は存在するか. ■問題 A-2
等質空間 G/H を与えたとき,非可換自由群はその不連続群に
なりうるか.
§3.2. 不連続群の大きさ まず,問題 A-1 と A-2 について,現在どの程度まで解き明かされているか を示す例をいくつか挙げよう.以下では,最も一般的な形で定理を記述する かわりに,典型的な例を挙げることにする. ■例 3.2.1(無限位数の基本群の存在問題)
1) 3 次元以上の相対論的球空間形 G/H = SO(n, 1)/SO(n − 1, 1) に対し ては問題 A-1 の答は No である(カラビ・マルクス [9],1962 年).
42 非リーマン等質空間の不連続群論 2) 擬リーマン対称空間 GL(n, C)/GL(n, R) に対しては問題 1 の答は No で あり,SL(n, R)/SO(p, q) (n = p + q ≥ 3) に対しては Yes であること が知られている(より一般の結果は定理 3.8.1 で述べる).
3) 可解な等質空間 G/H ,すなわち,G が可解リー群であり H は連結かつ 閉であるような真部分群であるときは,問題 A-1 の答は常に Yes である ことが知られている(1993 年の小林の論文 [27] によって証明された.G が可解リー群の場合の不連続群については,リップスマンの論文 [41] も 一読されたい). ■例 3.2.2(非可換自由群)
1) アファイン平坦な多様体 (GL(3, R) R3 )/GL(3, R) R3 に対しては 問題 A-2 の答は Yes であることが知られている(マルグリス [42],1983 年).これは,§2.7 で述べたミルナーの予想 [45] に反例を与える結果で ある.
2) 擬リーマン等質空間 G/H = SL(3, R)/SL(2, R) に対しては問題 A-2 の 答は No であることが知られている(ベノア [5],1996 年). 一般の簡約リー群の組 (G, H) に対して,問題 A-1 は小林の 1989 年の論 文 [24] において実ランク条件による必要十分条件が証明されて解決し(定理
3.8.1),また,問題 A-2 はベノアの 1996 年の論文 [5] によって解決した.こ れらの結果は簡約リー群に対する問題 A の答として統合される(§3.7 で説明 する). なお,アファイン変換群 Aff (n, R) = GL(n, R) Rn のように簡約でない リー群 G に対しては,問題 A は,依然として未解決である.
§3.3. 1 次元の例 問題 A の微妙な部分を初等的な例からはじめて,徐々に明らかにしよう. ■例 3.3
以下の(i), (ii)のように,離散部分群 Γ := Z の多様体 X := R へ
の 2 通りの作用を考える:
i)
Γ × X → X,
(n, x) → x + n.
小林 俊行
ii)
Γ × X → X,
43
(n, x) → 2n x.
このとき,(i)の作用は真性不連続かつ固定点をもたない.得られる商空間
Γ\X は,円 S 1 に微分同相である. 一方(ii)では,商空間 Γ\X はハウスドルフ空間でない.実際,商空間 Γ\X は,S 1 ∪ { 一点 } ∪ S 1 が連結になる(!)ような位相を入れた空間と同相であ ることがわかる.ところで,原点 0 における固定部分群 Γ0 は Z に等しく,し かも x が 0 でない限り x を通る Γ-軌道は閉集合でない.次の補題 3.4 で述べ るように,これらはいずれも Γ の作用が真性不連続ではないことを意味して いる.
§3.4. 真性不連続性のためのやさしい必要条件 例 3.3(ii)の作用が真性不連続でない理由をもう少し丁寧に見てみよう.次 の補題の証明は,位相空間論の簡単な演習問題程度である. ■補題 3.4(真性不連続性のための必要条件) 離散群 Γ が局所コンパクトハ ウスドルフ空間 X に真性不連続に作用しているとする.このとき次の(1), (2)が成り立つ.
1) 任意の x ∈ X に対して,x における固定部分群 Γx は有限群となる. 2) 任意の x ∈ X に対して,x を通る Γ 軌道は X の閉部分集合となる.
§3.5. 2 次元の例 残念ながら,補題 3.4 は真性不連続性の十分条件ではない.以下に述べる
2 次元の例は,補題 3.4 だけでは到達できない微妙な部分 —– これが問題 A の本質的な難しさであるが —– を示唆している. ■例 3.5(集積点が存在しないにもかかわらず,真性不連続ではない作用) 離散群 Γ := Z の多様体 X := R2 \ (3.5.1)
Γ × X → X,
0 0
への作用を
(n, (x, y)) → (2n x, 2−n y)
によって定義する.このとき任意の点で固定部分群は {0} であり,任意の Γ-
44 非リーマン等質空間の不連続群論 軌道は X で閉集合である(図 3.5.1 参照).したがって補題 3.4 で述べた 2 つ の必要条件は満たされている.
S γ·S
図 3.5.1
図 3.5.2
しかし,この作用は真性不連続でない.そのことを確かめてみよう.S を 単位円周とする.このとき γ · S は任意の γ ∈ Γ に対して内部の面積が一定 の楕円になる.図 3.5.2 から 任意の γ ∈ Γ に対して
γ · S ∩ S = ∅
がわかる.したがって,S がコンパクトであるにもかかわらず
ΓS = Γ
(無限群)
となり,作用が真性不連続でないことが示された. 上記の作用によって得られる商空間 Γ\X はハウスドルフでない.実際,商 空間 Γ\X は,以下の図 3.5.3 に連結な(非ハウスドルフ)位相を与えた空間 を底空間とする S 1 -束と同相である.
図 3.5.3
小林 俊行
45
この例を群論的な立場から説明すると次のようになる.
n 1b 2 0 :n∈Z G = SL(2, R), H = : b ∈ R ,Γ = 0 2−n 01
とおく.このとき G は
X := R2 に推移的に作用する.H は点 o :=
1 0
0 0
∈ R2 における等方部分群に一致する
ので,次の同相写像が得られる.
G/H − →X, gH → g · o. ここで,左移動による Γ の G/H への作用は,(3.5.1)における Z の X への 作用と同等であり,それゆえ,Γ の G/H へ作用も真性不連続でないことが わかる. 例 1.4(5)で述べたように,G = SL(2, R),H を非コンパクトな閉部分群 としたとき,等質空間 G/H に,無限位数の不連続群は存在しない.上記の 例は,この特別な(しかし,もっとも核心に触れた)例になっている.
§3.6. 群であることを忘れた不連続性 (特定の)等質空間 G/H に対する不連続群の旧来のアプローチは,等質空 間 G/H そのものを研究対象とし,個別の等質空間 G/H が持つ特有の性質 を使うものであった(このために,G/H がランク 1 の対称空間の特殊な例で あっても,離散群の作用が真性不連続かどうかを確かめるのに膨大な計算が 必要になっていた.1980 年代後半になるまで,高いランクの擬リーマン対称 空間の不連続群の研究が行われていなかった背景には,カラビ・マルクスの 定理の悲観的な影響が残っていたと同時に,等質空間 G/H そのものの上で 解析を行うという従来の手法では計算量が限界にきていたという事情もあっ たのかも知れない).1989 年に一般の擬リーマン対称空間に対して問題 A を 解決するにあたって,筆者は(等質空間 G/H を直接扱うのを避けて)群 G の 中で Γ と H を対等に扱うという方針をとった [24].そして,(有限次元表現 の)行列要素として表される G 上の関数の漸近挙動を用いて,真性不連続性
46 非リーマン等質空間の不連続群論 をとらえた.群 G の表現論を用いることによって,通常の意味での真性不連 続性の幾何学的直観は通用しにくくなる反面,群 G 上の関数空間や表現論と のかかわりが増した.このアイディアはカラビ・マルクス現象の解決だけで なく,最近の,簡約リー群の等質空間に対する不連続群の研究(例えば,[4],
[5],[29])においても使われている. さて,真性不連続性の判定条件を考えるにあたって,記号や設定を最大限一 般的な枠組みにして系統的に説明しておこう.ここでの定式化は,簡約リー 群の場合以外に対しても,将来役に立つかもしれない.以下の定義に述べる この枠組みのポイントは,固定部分群に対応する H と離散部分群に対応する
L のいずれの群構造までも忘れてしまうことにある(これによって,例えば定 理 3.7 で述べるような函手的な対応が可能になる.そのかわり,G/H はもは や空間として定義できない). ■定義 3.6.1([29]) G を局所コンパクト群とし,H ,L をその部分集合と する.
1) G のコンパクト集合 S で,L ⊂ SHS かつ H ⊂ SLS を満たすものが存 在するとき,L ∼ H と書くことにする.このとき,∼ は G の部分集合 の間の同値関係を定める.
2) G の任意のコンパクト部分集合 S に対して L ∩ SHS が相対コンパクト であるとき,組 (H, L) は G において真性(proper)あるいは固有である といい,L H と書くことにする.
3) G の部分集合 H に対して, (H : G) := {L : L は G の部分集合で,L H を満たす } と定義し, (H : G) を不連続双対と呼ぶ. 群 G が可換ならば,∼ や の関係式は著しく簡単になる. ■例 3.6.2
H と L を可換群 G := Rn の部分空間とする.
1) H ∩ L = {0} のとき,そしてそのときに限り,G において H L である. 2) H = L のとき,そしてそのときに限り,G において H ∼ L である.
小林 俊行
47
また,定義に戻って考えれば,次の例は明らかであろう. ■例 3.6.3
H がコンパクトならば,G の任意の部分集合 L に対して L H
が成り立つ. なお, という記号は微分幾何において部分多様体が横断的に交わるとい う意味で用いられることが多いが,ここでは全く違う意味でこの記号が使わ れている事に注意しよう.
∼, を何のために定義したのかを明らかにするために次の命題を述べよう. ■命題 3.6.4
H, H , L は G の部分集合とする.
1) H ∼ H とすると,H L と H L は同値である. 2)(双対原理)H L と L H は同値である. 3) L を G の離散部分群,H を閉部分群とすると,G において L H であ ることと,L が G/H に真性不連続に作用することは同値である. 我々の本来の目標は離散群の作用が真性不連続であるかどうかを具体的に 判定することであった.この目的のためには, (3)により, を理解すればよ いことがわかる.さらに, (1)により,∼ の差は考慮しなくてもよいので,思 考の節約になる. 簡単な注意だが,例 3.6.3 と命題 3.6.4(3)から分かるように,H がコンパ クト部分群ならば G の任意の離散部分群は G/H に真性不連続に作用する. したがって,真性不連続性が問われるのは,H がコンパクトでない場合特有 の問題であることがわかる. いまや,問題 A はより一般的な形で再定式化される. ■問題 A
H ,L を G の部分集合とする.G において L H であるための
判定条件を求めよ. 逆に,部分集合 H は,G において L H となるような部分集合 L たち によって完全に特徴づけられるのだろうか.より正確に述べると次のように なる. ■問題 A
G をリー群とする.G の部分集合 H は,同値関係 ∼ の分を除
48 非リーマン等質空間の不連続群論 いて,不連続双対 (H : G) によって決定されるか?
G が簡約線型リー群の場合には,問題 A は 1996 年に発表された論文 [29] で肯定的に解決された.実際,部分集合 H は(同値関係 ∼ の分を除いて)不 連続双対 (H : G) から復元できるという不連続性の双対定理が成り立つ(こ の定理は,問題 A の証明においても重要な役割を果たす).一方,G が簡約 リー群でない場合には,問題 A の解答は知られていない.
§3.7. 真性不連続性の判定条件 問題 A は三つ組の簡約リー群 (G, H, L) に対しては 1989 年に小林によっ て解決され [24],1996 年の論文でベノアと小林によって H ,L が簡約とは 限らない任意の部分集合の場合に一般化された([5],[29]). (このように一般 化しておくことによって,たとえば,離散群を変形したときに真性不連続性 がどの程度保たれるかを調べることができる([31],[55])).この判定条件を
G = GL(n, R) に限定して簡潔に紹介する事にしよう. 正方行列 g ∈ G に対して,行列 tgg は正定値対称行列である.その固有値 を大きい方から順に並べて λ1 ≥ · · · ≥ λn (> 0) と書く.このとき,
ν : G → Rn ,
g → (log λ1 , . . . , log λn )
と定義する.すると,G = GL(n, R) に関する問題 A の解答は次のように なる. ■定理 3.7(判定条件) H ,L を GL(n, R) の部分集合とする.
1) GL(n, R) において H ∼ L であることは,Rn において ν(H) ∼ ν(L) で あることと同値である.
2) GL(n, R) において L H であることは,Rn において ν(L) ν(H) で あることと同値である. 可換群 Rn に対しては や ∼ の関係式の意味は簡単である(例 3.6.2 参照). したがって,定理 3.7 が判定条件として役立つのである.
G が一般の簡約リー群の場合には,p の極大可換部分空間 a をとる((2.1)
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参照).と,カルタン分解 G = K exp(a)K を用いてカルタン射影
ν:G→a を定義することができる.カルタン射影 ν を用いれば,GL(n, R) のかわり に任意の簡約線型リー群 G に対して定理 3.7 と同様の結果を述べることがで きる.a の次元は G の実ランクと呼ばれ,R- rank G と書かれる.例えば,
R- rank GL(n, R) = n,
R- rank O(p, q) = min(p, q)
が成り立つ. ■注意(不連続性の判定条件について)
1) 定理 3.7 の(1)における ⇐ と(2)における ⇒ は自明である. 2)(1)における ⇒ は行列を摂動させたときの固有値の一様な誤差評価に 関連している.これに関しては,古くからさまざまな結果が知られてい るが,その原型となるのはワイルによる次の不等式である.すなわち,
A,B をエルミート行列としその固有値をそれぞれ,α1 ≥ · · · ≥ αn と β1 ≥ · · · ≥ βn とするとき, max |αk − βk | ≤ |A − B|. 3) 不連続性の双対定理(問題 A )を用いることによって(1)における ⇒ が 証明できる.
§3.8. 擬リーマン幾何における局所と大域 カルタン射影の像 ν(H) が小さいほど,G/H に多くの不連続群が存在す るというのが定理 3.7 の大まかな意味である.ν(H) が最も “小さくなる” の は,ν(H) がコンパクト,つまり H がコンパクトなときである.このときは, すでに見たように G の任意の離散部分群は G/H に対する不連続群になる. 一方,逆に ν(H) が最も “大きくなる” のは ν(H) ∼ ν(G) のときである.こ のときは,G/H に対する無限位数の不連続群は存在しない(カラビ・マルク ス現象).リー群の組 (G, H) が簡約(reductive)の場合にこれは必要十分条 件になる.すなわち,次の定理が成り立つ.
50 非リーマン等質空間の不連続群論 ■定理 3.8.1(擬リーマン等質空間におけるカラビ・マルクス現象の必要十 分条件,[24])(G, H) を線型簡約リー群の組とする.このとき,擬リーマン等 質空間 G/H に無限位数の不連続群が存在する事と ν(G) ∼ ν(H) は同値で ある.さらにこの条件は,R- rank G = R- rank H とも同値である. リー群論の結果に幾何的な別証明を与えるというのは面白い試みだろう. リー群論の強力な手法によって発見された新しい現象や豊富な実例が,擬リー マン幾何の未知の定理の発見や予測につながるということも考えられる.定 理 3.8.1 の典型的な例を “摂動” することによって,次のような予想を提起 する. ■予想 3.8.2
p ≥ q > 0 とし,M を符号 (p, q) の完備な擬リーマン多様体
とする.断面曲率 KM の下限が正であるとする.このとき,以下を予想する.
1) M は常に決してコンパクトにならない. 2) p + q ≥ 3 ならば,基本群 π1 (M ) は常に有限群である. この予想は断面曲率 KM が一定ならば成り立つ.なぜならば例 2.6.1 によ り M は等質空間 O(p + 1, q)/O(p, q) のクリフォード・クライン形となり,そ こで定理 3.8.1 の判定条件を計算すれば
R- rank O(p + 1, q) = R- rank O(p, q) は min(p + 1, q) = min(p, q) と同値であり,それはつまり,p ≥ q であるか らである.符号 (n, n) の擬リーマン等質空間 SL(n + 1, R)/GL(n, R) の任 意のクリフォード・クライン形もまた,予想 3.8.2 の結論を満たす.この場 合は,断面曲率は正であるが定数ではない.
20 世紀の幾何学の発展において,リーマン幾何では「局所 ⇒ 大域」の研 究が大きな流れになったが,その流れに乗り遅れた感のある擬リーマン幾何 における大域理論はこれからのテーマであろう.予想 3.8.2 は擬リーマン多 様体に関して, 「局所 ⇒ 大域」の 1 つの側面を扱うものである.この予想は, スカラー曲率が正のリーマン多様体におけるマイヤースの有名な定理 [49] と 好対照になっている.なお,予想 3.8.2 において「断面曲率」を「スカラー 曲率」にゆるめると反例がある.
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§3.9. カルタン射影の像の具体例 定理 3.7 を実際の問題に適用するときには,カルタン射影 ν の像を決定す ることが重要となる.そこで,いくつかの実例を挙げよう. ■例 3.9
G = GL(n, R),n = p + q ,p ≥ q > 0 としたとき,
1) H = GL(p, R) ならば, ν(H) = {(a1 , . . . , ap , 0, . . . , 0) : a1 ≥ · · · ≥ ap ≥ 0} となる.
2) H = GL(p, R) × GL(q, R) ならば, ν(H) = {(a1 , . . . , an ) : a1 ≥ · · · ≥ an } となる.
3) H = O(p, q) ならば, ν(H) = {(a1 , . . . , aq , 0, . . . , 0, −aq , . . . , −a1 ) : a1 ≥ · · · ≥ aq ≥ 0} となる.
4) H が,任意の i に対して aii = 1 となる上三角行列 (aij ) からなる冪零 部分群ならば,
ν(H) = {(a1 , . . . , an ) ∈ Rn : a1 + · · · + an = 0, a1 ≥ · · · ≥ an } となる. 上の例はすべて H が G の連結な部分群の場合のカルタン射影 ν(H) を書 き下したものである.最近(2001 年∼),イオジ,オウ,ウィッテらは,H が 連結な場合にカルタン射影 ν(H) の多くの計算例を与えている([15],[52]). 一方,G の離散部分群 Γ に対してカルタン射影 ν(Γ) がどのような集合であ るかを近似的に評価するという研究はまだあまり行われていないが,それが できれば有用であろう.Γ がそのザリスキー閉包 Γ 内で 余コンパクトなら ば,この問題は例 3.9 のようにリー群論的手法を用いてアプローチできるが, そうでない場合が面白くかつ難しい.
52 非リーマン等質空間の不連続群論
§4. コンパクトなクリフォード・クライン形の存在問題 §4.1. どのようなアプローチがなされたか? この節では問題 B について論ずることにしよう.§1.5 で述べた様に,コン パクトなクリフォード・クライン形の存在問題は,リーマン対称空間 G/H (H はコンパクト)に対しては 1960 年代の初頭にボレルにより肯定的に解 決された.それとほぼ同じ時期に,カラビとマルクスが擬リーマン対称空間
G/H = O(n, 1)/O(n − 1, 1) の場合に否定的な答えを得ていた.すなわち G/H の不連続群はすべて有限群に限る,というものであった. 1980 年代後半になって,非リーマンの等質空間 G/H ,特に (G, H) が一 般の簡約リー群の組の場合(たとえば,G/H が半単純対称空間)に対してコ ンパクトなクリフォード・クライン形の存在問題の研究が筆者により開始さ れた.この問題には 1990 年代に入ってさまざまな分野の数学者が参入し,活 発に研究されてきたが,まだ最終的な解決には至っていない.ここに最近用 いられてきたアプローチの代表的なものを挙げておこう(問題 B に対する必 要条件).
i) カラビ・マルクス現象,真性不連続性の判定条件 [5],[24],[29],[51]. ii) 離散群のコホモロジー,さまざまな部分群同士による比較定理 [26]. iii) 特性類 [33]. iv) シンプレクティック形式の構成 [6]. v) エルゴード理論,ラトナーの軌道閉包定理 [39], [40], [68]. vi) ユニタリ表現とその表現の制限の理論 [43], [50].
コンパクトなクリフォード・クライン形の存在問題について,最近の発展 に関する概説や文献は著者のヨーロピアン・サマースクールにおける講義録
[28] やラブリの概説記事 [38] を参照されたい.また最新の参考文献としてオ ウ・ウィッテの共著論文 [51] とマルグリスによる概説 [44] を挙げておこう.
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§4.2. 非コンパクトな部分群とムーアのエルゴード性定理 Γ\G/H がコンパクトなクリフォード・クライン形であったとする.H が 非コンパクトであるならば,それに応じて Γ は G において相対的に小さいこ とを注意しよう.これは Γ の G/H への作用が真性不連続であるという要請 からくるものであり,実際,命題 3.6.4 を用いると次の定理を簡単に証明す ることができる. ■定理 4.2.1
Γ\G/H が等質空間 G/H のコンパクトなクリフォード・ク
ライン形としよう.すると Γ が G で余コンパクトであることと H がコンパ クトなことは同値である.
Γ が G の格子(たとえば G の算術的部分群)ならば,たとえ Γ が G におい て余コンパクトでなくとも,G/H への Γ の作用は真性不連続とはほど遠い
“悪い” 作用になる.1966 年に発表されたムーアの古典的なエルゴード性定 理による特殊な場合もその一例である. ■定理 4.2.2 ([47]) H を G = SL(n, R) の閉部分群とする.すると,
SL(n, Z) の G/H ヘの作用がエルゴード的であることと H が非コンパク トであることは同値である. ここで,群 Γ の測度空間への作用がエルゴード的であるとは,どんな Γ-不 変な可測集合も測度 0 を除いて全体か ∅ のいずれかであることを思い出して おこう.
§4.3. コンパクトなクリフォード・クライン形の構成 §4.2 における考察から,比較的小さい離散群 Γ のみが H が非コンパクト な場合の等質空間 G/H の不連続群の候補になりうることが分かる.一方,Γ があまり小さすぎると,両側剰余類 Γ\G/H の商位相はコンパクトになりえ ない.つまり,Γ は大きすぎても小さすぎてもいけないわけである.この議 論をきちんとつめれば,等質空間 G/H のコンパクトなクリフォード・クラ イン形を(ある場合に)構成することができる([24]).すなわち,G の部分群
L,Γ で以下の 3 つの条件を満たすものを考える.
54 非リーマン等質空間の不連続群論 i)L が G/H に真性(proper)に作用する(すなわち G において L H ). ii)両側剰余類 L\G/H がコンパクトである. iii)Γ はねじれ元をもたない離散部分群であり,L において余コンパクトで ある. このとき,Γ は,G/H に真性不連続かつ固有点をもたずに作用しており クリフォード・クライン形 Γ\G/H がコンパクトになる.したがって,(i), (ii), (iii)を同時に満たすような部分群 L と Γ が存在すれば,等質空間 G/H にはコンパクトなクリフォード・クライン形が存在するというわけである.も し L が簡約線型リー群ならば,ボレルの定理により(iii)を満たす Γ が必ず存 在する(SO(n, 1) のように算術的ではない Γ が存在するときは,それを用い てもよい).よってこの場合には条件(i)と(ii)を同時に満たす(連結な)部分 リー群 L の存在のみを考えればよい.条件(i),(ii)それぞれに対する(検証 可能な)判定法は 1989 年の小林の論文 [24] により得られた.この方法によっ てコンパクトなクリフォード・クライン形をもつことが証明された等質空間
G/H の一覧表は,概説記事 [28] に挙げられている.その一覧表にはクルカ ルニ [37] による球空間形 G/H = O(p + 1, q)/O(p, q) の例 p = 1, 3 が特別 な場合として含まれている. さらに,条件(iii)のかわりに
iii) Γ はねじれ元をもたない離散部分群であり,L において体積有限である. という条件を考えれば,有限な体積を持つクリフォード・クライン形 Γ\G/H を構成できることにも注意しておこう. また,上述の構成法においては,Γ にねじれ元がないという仮定をつけた が,この仮定を落とすと(佐武の)V -多様体(これはサーストンが後に導入し たオービフォールドと同じ概念である)が得られ,それはまた別の意味でも興 味深い幾何的対象である. 逆に,コンパクトなクリフォード・クライン形の存在に関して,筆者は以 下の予想を提起した([28]). ■予想 4.3
(G, H) を簡約リー群の組とする.もし擬リーマン等質空間 G/H
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にコンパクトなクリフォード・クライン形が存在するならば,条件(i)と(ii) を同時に満たす簡約部分リー群 L が存在する. 現在,コンパクトなクリフォード・クライン形の存在が知られている全て の実例で(リーマン対称空間の場合や,群多様体の場合も含めて)予想 4.3 は 成り立っている.また,コンパクトなクリフォード・クライン形の存在のた めの必要条件に関する種々の結果 [5], [6], [9], [10], [24], [25], [26], [28], [33],
[37], [38], [39], [40], [43], [50], [51], [64], [65], [66], [68] は上の予想 4.3 を特 別な場合に裏づけている. なお,予想 4.3 を「任意のコンパクトなクリフォード・クライン形が条件 (iii)を満たす離散部分群によって得られる」という(強すぎる)主張と混同し ないように注意されたい.この主張には反例がある(§5).予想 4.3 の類似が どの程度成り立つかを,リー群が簡約でない場合に研究するのも面白いかも しれない.この方向で,冪零リー群については,リップスマンの研究 [41] が ある.
§4.4. コンパクトなクリフォード・クライン形をもつ 擬リーマン対称空間の例 §4.3 の議論によって,コンパクトなクリフォード・クライン形が構成でき る等質空間 G/H(H は非コンパクト)のいくつかの例を挙げよう. ■例 4.4.1
擬リーマン対称空間 G/H = SO(2n, 2)/U (n, 1) にはコンパク
トなクリフォード・クライン形が存在する.実際,前述の構成法において
L = SO(2n, 1) ととるとよい.この等質空間 G/H には G-不変な擬ケーラー 計量の入った複素多様体の構造も存在するので,コンパクトな擬ケーラー多 様体 Γ\G/H が構成できたことになる(この等質空間 G/H は楕円軌道として 実現できるので,例 2.1(3)で述べたように,G-不変な擬ケーラー多様体の 構造をもつのである). 次も擬リーマン対称空間の例であるが,パラメーターが i, j, k, l と 4 つも 入っているので,コンパクトなクリフォード・クライン形の存在問題を考え る上で良いテストケースになっている.
56 非リーマン等質空間の不連続群論 ■例 4.4.2
以下では i ≤ j, k, l としても一般性を失わないので,そう仮定す
る.不定値グラスマン多様体
G/H = O(i + j, k + l)/O(i, k) × O(j, l) を考える.このとき イ) i = l = 0 ロ) (i, j, k, l) = (0, 4, 2, 1) ハ) (i, j, k, l) = (0, 8, 1, 7) ニ) (i, k, l) = (0, 1, 1),j ≡ 0 mod 2 ホ) (i, k, l) = (0, 1, 3),j ≡ 0 mod 4 のいずれかならば,コンパクトなクリフォード・クライン形が存在する. それぞれの場合に §4.3 の条件(i)と(ii)を同時に満たす部分群 L をどのよ うに選べばよいかは [28] の一覧表に与えられている. なお,上の(イ)∼(ホ)のいずれにおいても i = 0 という条件が課されてい ることを読者は既に気づかれたかもしれない.実際,i > 0 ならばコンパク トなクリフォード・クライン形が存在しないことが定理 4.7 によって証明で きる(例 4.8(4)参照).
§4.5. 必要条件 —– ヒルツェブルフの比例性原理を用いるもの コンパクトなクリフォード・クライン形 Γ\G/H が存在するかどうかは, 等質空間 G/H 上にどのような G-不変な幾何構造が存在するかに影響される. 例えば,擬リーマン構造について考えてみよう.どんなパラコンパクトな可 微分多様体にもリーマン計量を入れることができることは良く知られている (たとえば 1 の分割を使えばわかる).一方,擬リーマン計量を入れることが できるとは限らない.最も簡単な例を 1 つ挙げておこう. ■例 4.5.1
2 次元球面上にはローレンツ計量を入れることができない.
証明のスケッチ
2 次元球面 S 2 にローレンツ計量が存在したとすると,各
点で長さが正の接ベクトルを選ぶ(滑らかに変化するように選ぶ)ことによっ て,どの点においても消えないベクトル場を構成することができる.ところ
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57
が,S 2 のオイラー類がゼロでないので,これはポアンカレ・ホップの定理に 矛盾する.故に,例 4.5.1 が証明された. 同様の議論とガウス・ボンネの定理を使うことによりクルカルニ [37] は次 の奇数定理を証明した. ■命題 4.5.2
pq が奇数ならば,コンパクトな球空間形で符号が (p, q) のも
のは存在しない. さらにもっと一般の擬リーマン等質空間に対し,小林・小野 [33] は,特性 類に関するヒルツェブルフの比例性原理([18])を一般化し,それを使うこと により,コンパクトなクリフォード・クライン形が存在するための必要条件 (ランク条件によって記述される)を発見した.実例として次の奇数定理を挙 げる. ■例 4.5.3
jkl が奇数ならば,不定値グラスマン多様体 O(j, k + l)/(O(k) × O(j, l))
にはコンパクトなクリフォード・クライン形が存在しない (命題 4.5.2 は k = 1 の場合に対応している).
§4.6. SL(3, C)/SL(2, C) の例 ボレルの定理(§1.6)の逆は真ではないが,その連想から,コンパクトなク リフォード・クライン形をもつような等質空間 G/H では,部分群 H は,何 となくコンパクトに近いであろうと,予期するかもしれない.この感覚は(あ る意味で)正しい.その一つの定式化として H と別の部分群を比較してみよ う.そうすることによってコンパクトなクリフォード・クライン形の存在の ための強力な必要条件が得られる.定理を述べる前に低次元の場合でそのア イディアを示しておこう. ■例 4.6
SL(3, C)/SL(2, C) にはコンパクトなクリフォード・クライン形
が存在しない. 証明のスケッチ
G := SL(3, C) で H := SL(2, C) とする.H と別の部分
58 非リーマン等質空間の不連続群論 群 L := SU (2, 1) を比較してみよう.位相的には等質空間 G/H は球面 S 5 上 の R5 -束に同相であり,等質空間 G/L は複素射影空間 P2 C 上の R4 -束に同 相である.コンパクトな底空間 S 5 や P2 C は(ここでは)どうでもよく,ポイ ントは G/H のファイバー R5 は G/L のファイバー R4 よりも “より非コンパ クト” であることである.このことから Γ\G/H がコンパクトならば,Γ L が G において成り立つことが示される.ところで,Γ\G/H がクリフォード・ クライン形ならば,Γ H が成り立つ.一方,群論的考察により H ∼ L が
G で成り立つ.すると,命題 3.6.4(1)より Γ L となり,これは Γ L に 矛盾する.
§4.7. 必要条件 —– 離散群のコホモロジーを用いるもの 上の議論は,離散群のコホモロジー次元(セールの論文 [57] を参照)を用い, 非コンパクト性の数値による評価をすることと不連続性の判定条件を用いる ことによって正当化できる.次の結果は筆者によって 1990 年に証明された ([25],[26]). ■定理 4.7
G ⊃ H を簡約線型リー群の組とする.G において簡約な部分
群 L で L ∼ H かつ d(L) > d(H) を満たすものが存在するならば,等質空間
G/H にはコンパクトなクリフォード・クライン形が存在しない. 例 4.6 において,d(G)−d(L) = 8−4 = 4 で d(G)−d(H) = 8−3 = 5 はファ イバー R4 と R5 の次元にそれぞれ対応している.したがって,d(L) > d(H) は,G/H のファイバー R5 が G/L のファイバー R4 に較べて “より非コン パクト” であることを表現している.一方,L ∼ H は定理 3.7 により(群論 的考察で)容易に確かめることができる.
§4.8. コンパクト商をもたない非リーマン等質空間の種々の例 定理 4.7 の応用として,以下の実例を挙げておこう. ■例 4.8 (小林,1990 年 [25])
1)特にコンパクトなクリフォード・クライン形をもつような半単純軌道に
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は必ず不変な複素構造が入る(用語は例 2.1(3)参照).
2)等質空間 SL(n, R)/SL(m, R) ( n3 > [ m+1 2 ]) にはコンパクトなクリフォー ド・クライン形が存在しない.
3)不定値スティーフェル多様体 U (p, q; F)/U (i, j; F) (p ≥ i, q > j, j ≥ i > 0), (F = R, C, H) にはコンパクトなクリフォード・クライン形が存在しない.ここで,体
F = R, C, H 上の不定値ユニタリ群 U (p, q; F) は, U (p, q; R) = O(p, q), U (p, q; C) = U (p, q), U (p, q; H) = Sp(p, q) とも書き表される簡約リー群である.
4)もし i > 0 あるいは k + l > j ならば例 4.4.2 における不定値グラスマン 多様体にはコンパクトなクリフォード・クライン形が存在しない. 非リーマン等質空間のコンパクトなクリフォード・クライン形の存在問題 に関しては, 1987∼1990 年ごろの筆者による研究(十分条件 [24],必要条件
[24],[25],[26],[33])の後,1992 年ごろからフランスやアメリカなどでも研 究が行われはじめた.たとえば,最近の論文 [5],[6],[10],[38],[39],[40],
[43],[50],[51] ,[58],[68] では, 「コンパクト形が存在するための(必要)条 件を解明しよう」という 1 つの目標をめざしながらも,そこで開発された手 法は,それぞれ相異なる分野の技法に基づいている.こうして種々の必要条 件が発見されつつあるが,それぞれの手法に応じて,適用できる非リーマン 等質空間の適用範囲が広かったり狭かったりする.予想 4.3 は未解決であり, すべての場合に適用できるオールマイティな手法はまだ知られていない. 例えば,最も重要なクラスの 1 つとして,コンパクトな局所擬リーマン対 称空間の存在問題を考えよう.すなわち,擬リーマン対称空間 G/H にコン パクトなクリフォード・クライン形が存在するための必要条件を考える.これ までに知られている手法では,離散群のコホモロジーを用いる定理 4.7 が対 称空間に対しても最も強力で適用範囲が広い(これはカラビ・マルクス現象か
60 非リーマン等質空間の不連続群論 ら生じる必要条件も含んでいる.適用例は [25],[26] の一覧表を参照された い).また,適用例はかなり少ないが,定理 3.7 の判定条件に基づいたベノア
[5] の方法,および特性類を用いた小林-小野の定理(例 4.5.3 参照)も定理 4.7 とは独立の条件を与えている.一方,この 3 つの手法以外の判定条件(ベノア, ラブリ,モーゼス,マルグリス,ジンマーなど [6],[39],[40],[43],[68])は, そのいずれもが何らかの特殊な仮定を置いているため,残念ながら対称空間 には適用できないようである. 一方,ある種の非対称等質空間(例えば SL(n, R)/SL(m, R) など)に対し ては全く異なった複数の方法論でコンパクトなクリフォード・クライン形の 存在問題を議論できる場合がある.下の諸例で見られるように,現時点では 既に述べた定理 4.7 の特殊な例に含まれてしまうことがしばしばあるけれど も,(表側に現れた部分だけでなく)これらの異なる手法を比較検討するのは 興味深い,というのもクリフォード・クライン問題を通じて異なる数学の領域 の間で何かが生まれるかもしれないからである.というわけで,上記の例 4.8 のうち,(1),(2),(3)に対する種々の異なるアプローチを検討してみよう.
1)ベノアとラブリは 1992 年の共著論文 [6] において,群論的手法によって 証明された定理である例 4.8(1)に幾何的な別証明を与えることに成功 した.彼らの証明において鍵になるのは,シンプレクティック幾何であ り,そのために彼らが用いた主な仮定は,等質空間 G/H の固定部分群
H が非コンパクトな中心 R を含んでいる,ということである. 2)ジンマーは n > 2m という仮定の下で,SL(n, R)/SL(m, R) にコンパ クトなクリフォード・クライン形が存在しないことを証明し,1994 年の
JAMS 誌に発表した [68].これは例 4.8(2)に完全に含まれる結果であっ たが,エルゴード理論という異質の分野のアイディアを取り入れた別証 明であった.すなわち,彼は,G における H の中心化群が半単純リー 群 SL(n − m, R) を含んでいるということに着目し,SL(n − m, R) の 右から Γ\G/H への作用を考え,コサイクルに対する超剛性定理やラト ナーの軌道閉包定理を用いた([39],[40] も参照).ただし,今のところ, ジンマーの手法を非リーマン等質空間 G/H に適用するためには,部分 群 H が G の中で “片隅でおとなしくしている”(正確にいうと,G にお
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61
ける H の中心化群が実ランク 2 以上の半単純化リー群を含んでいる)と いう人為的な仮定が本質的に必要であり,例えば対称空間や随伴軌道な どの自然な空間にはその仮定を満たす例は存在しない.
3)コレットは ICM-94 における招待講演 “調和写像,剛性,ホッジ理論” に おいて四元数体上の不定値スティーフェル多様体 Sp(n, 2)/Sp(m, 1) は
n > 2m ならばコンパクトなクリフォード・クライン形をもたないという 定理を発表した([10],[11]).この結果も例 4.8(3)に完全に含まれてい たが,調和写像の理論に現れたアイディアを用いる別証明のようである. なお,この結論を導くためにコレットが用いた仮定 n > 2m や,体が四 元数体であるという仮定は,定理 4.7 を用いれば実は不要である.この ことは,例 4.8(3)において F = H,(q, j) = (2, 1) とすれば分かる.
4)ベノアは m が偶数かつ n = m+1 という仮定の下で SL(n, R)/SL(m, R) にコンパクトなクリフォード・クライン形がないことを証明し,1996 年 に Annals of Math. 誌に発表した [5].これは例 4.8(2)に含まれず,新 しい定理を与えている.ベノアの証明方法は,§3 で説明した真性不連続 性の判定条件(定理 3.7)を用いるものであり,非リーマン等質空間 G/H において,部分群 H が G の中で “指一本残してぎちぎちに詰まってい る” ような場合に効果的に適用できる.
5)マルグリスは 1997 年の論文([43])において等質空間 SL(n, R)/ϕ(SL(2, R))
(n ≥ 5)
にはコンパクトなクリフォード・クライン形が存在しないことを証明し た.ここで,ϕ は (n − 1) 次の対称テンソル表現である.したがって,例
4.8(2)とは違うタイプの等質空間を扱っている.マルグリスはユニタリ 表現を非コンパクトな部分群に制限したときの行列要素の漸近挙動に着 目するというアイディアを用いた.マルグリスの手法もまったく新しい 証明方法であり,非リーマン等質空間 G/H において部分群 H が G の 中で “薄く広がっている” 場合に適用できる(適用例はオウの論文 [50] に 詳しい).
6)シャロムは 2000 年の Annals of Math. 誌の論文 [58] において,m ≥
62 非リーマン等質空間の不連続群論 4, n = 2 の場合に,SL(m, R)/SL(n, R) にはコンパクトなクリフォー ド・クライン形が存在しないことを証明した.この例も実は例 4.8(2)に 完全に含まれていたが,証明方法は異なる(ユニタリ表現論を用いる).
§4.9. ユニタリ表現の部分群への制限と分岐則 直前で説明したように,マルグリス(1997 年),オウ(1998 年),シャロム (2000 年)らは,非リーマン等質空間のコンパクトなクリフォード・クライン 形の存在問題をユニタリ表現論の手法で研究した.ユニタリ表現を部分群に 制限する問題とコンパクトなクリフォード・クライン形 Γ\G/H の新しい関 係について触れてこの節を終えることにしよう.そのアイディアを大まかに 言うと,離散群 Γ が位相空間 X に真性不連続に作用しているならば,その 作用の性質(真性不連続性)が X 上の関数空間への Γ の表現に影響を及ぼす はずである,ということである.X が等質空間 G/H であるという設定を考 えよう.群 G の G/H 上の正則表現,すなわち,G/H 上の関数空間への G の作用を部分群 Γ に制限することによって Γ の表現が得られる.群作用に関 する双対原理(命題 3.6.4)から連想されるように,制限にも 2 つの場合が考え られる.つまり G ↓ Γ と G ↓ H の場合である.
¯ ) 例 4.4.1 の設定を思い出そう.そこでは G/H は擬リーマン 1) (G ↓ Γ 対称空間 SO(2n, 2)/U (n, 1) であった.群 G の既約ユニタリ表現 π が, 正則表現 L2 (G/H) の部分空間に実現されているとき,π を G/H の離 散系列表現という.G/H の任意の離散系列表現 π を Γ のザリスキー閉
¯ SO(2n, 1) に制限すると,制限公式(分岐則)において連続スペク 包Γ トラムが存在しないことがわかる.このことは,より一般に,ユニタリ 表現の分岐則の連続スペクトラムが存在しないための判定条件(1998 年 に発表された [30] の第 II 論文)を用いて証明することができる.連続ス ペクトラムが存在するかどうかの判定条件と真性不連続性の判定条件(定 理 3.7)とは,少なくとも外見上は驚くべき類似性を持っており,またそ の実例も今述べた例のように共通の設定で得られることがしばしばある. しかし,この論説を書いている時点では両者を直接に関係づける幾何的
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63
な定式化はまだ見つかっていない.
2) (G ↓ H ) マルグリスは前述したように 1997 年の論文 [43] でもし n ≥ 4 で ϕ が n 次元既約表現ならば SL(n, R)/ϕ(SL(2, R)) はコンパクトなク リフォード・クライン形をもたないことを証明した.彼の方法は G のユ ニタリ表現をその部分群 H に制限して,G/Γ 上の関数空間の中に実現 される G のユニタリ表現のうち,行列要素の漸近挙動の最も悪いものを 調べる,というアイディアに基づいている.この方向でオウは,無限次 元表現論を使ってさらに精密に研究をすすめている([50]).
§5. クリフォード・クライン形の変形とモジュライ §5.1. 剛性定理と擬リーマン幾何 この節では次の問題を論ずる事にしよう. ■問題 C(§1.5 参照) 等質空間 G/H の不連続群 Γ の変形を記述せよ.
H がコンパクトの場合,§1.6 で見たように,3 次元以上の既約リーマン対称 空間 G/H の余コンパクトな不連続群 Γ には本質的な変形は存在しない(局 所剛性定理). ところで,H が非コンパクトな場合にはこのような剛性定理は存在するの だろうか? 例えば,擬リーマン対称空間でも「剛性定理」は成り立つのだ ろうか? さて, 「剛性定理」は,基本群が(局所的な)幾何構造を決定してし まうというタイプの主張であると見ることもできる.このような見方をする と, 「剛性定理」を,リー群論を離れて幾何的に一般化するという方向も考え られるが,その際に,計量の正定値性が議論の技術的な要請のために付け加 えられているのかあるいは本質的に必要なものか,という疑問が浮かぶ. もし,擬リーマン対称空間のコンパクトなクリフォード・クライン形に対 しても「剛性定理」が成り立つならば,さらにそれをモデルにして, (計量の 正定値性を仮定せずに)幾何的な剛性定理を模索することができるかもしれ ない.逆に,もし高次元の擬リーマン対称空間において「剛性定理」が成り 立たないことがあれば,その不連続群の変形を記述することによって,高次 元のタイヒミュラー理論への道が開けるかもしれない.いずれにしても,非
64 非リーマン等質空間の不連続群論 リーマン等質空間の「剛性定理」をきちんと定式化して,その真偽を確かめ ておくことは,今後の研究の第一歩になると思われる. この問題に関しては,現時点では,それほど多くのことはわかっていない が,H がコンパクトではない場合,リーマン対称空間の場合の剛性定理とは 対照的な現象が発見されている.すなわち,いくらでも高い次元の(既約)な 擬リーマン対称空間であって,自明でない変形が可能な余コンパクトな不連 続群をもつものが存在するのである([27],[31]).その例は定理 5.6 で述べる. そこで,問題 C は H がコンパクトでない場合に,このような高次元のク リフォード・クライン形 Γ\G/H の変形をきちんと定式化し,それを理解す ることを目指すものである.
§5.2. どのように定式化するか? さて,不連続群の変形の記述には 2 つの問題が含まれている. 問題 C-1 群 G 内で離散部分群 Γ の抽象群としての変形を記述せよ. 問題 C-2 離散群 Γ を G 内で変形したとき,その G/H への作用が真性不連 続性を崩さないような変形パラメータの範囲を決定せよ. 上記の 2 つの問題 C-1,C-2 を念頭に置いて,不連続群の変形の集合を抽 象的に記述してみよう.
G をリー群,Γ を有限生成群とする.Γ から G への準同型写像全体のなす 集合を Hom(Γ, G) と書くことにしよう.Hom(Γ, G) には,各点収束による 位相を入れる.Γ の有限個の生成元 {γ1 , . . . , γk } をとると,次の単射な写像 によって,Hom(Γ, G) を直積 G × · · · × G の部分集合と同一視することがで きる.
Hom(Γ, G) → G × · · · × G,
ϕ → (ϕ(γ1 ), . . . , ϕ(γk )).
ここで Hom(Γ, G) の位相は直積 G × · · · × G の相対位相を考えればよい.ま た,Γ が有限表示可能な場合,Hom(Γ, G) の像は実解析的な多様体になるこ とに注意しておこう.
H を G の閉部分群とする.既に説明したように,H が非コンパクトなら ば,G の離散部分群は必ずしも G/H に真性不連続には作用しない.そこで
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Hom(Γ, G) の部分集合 R(Γ, G, H) を以下のように定義する. R(Γ, G, H) := {u ∈ Hom(Γ, G) : u は単射であり,しかも u(Γ) は G/H に真性不連続かつ自由に作用する }. このとき,各 u ∈ R(Γ, G, H) に対しクリフォード・クライン形 u(Γ)\G/H が得られる. すなわち,両側剰余類 u(Γ)\G/H は u ∈ R(Γ, G, H) をパラ メータとするクリフォード・クライン形の族を形成している.“パラメータ” についてより正確に記述するため,G と Γ の自己同型から生ずる本質的でな い変形をあらかじめ理解しておく必要がある.
§5.3. 変形空間とモジュライ空間 まず,群 G は,内部自己同型によって集合 Hom(Γ, G) に次のように作用 している: 各 g ∈ G に対して
Hom(Γ, G) → Hom(Γ, G),
u → ug .
ここで ug : Γ → G は
ug (γ) = gu(γ)g −1 によって定義される群準同型写像である. この作用は Hom(Γ, G) の部分集合 R(Γ, G, H) を不変にする.すなわち
u ∈ R(Γ, G, H) ⇔ ug ∈ R(Γ, G, H) が成り立つ.さらに u と ug に対応するクリフォード・クライン形は以下の 微分同相により,互いに自然に同型になる.
G/H
− →
G/H
− →
u (Γ)\G/H
u(Γ)xH
g
−→
gxH
−→
ug (Γ)gxH
→
u(Γ)\G/H
↓
→
↓
xH
したがって,u と ug は本質的には “同じ” パラメータとみなすのが自然で ある.そこで,この G-作用に関する商集合として変形空間を定義しよう.
66 非リーマン等質空間の不連続群論 ■定義 5.3.1(変形空間)
T (Γ, G, H) := R(Γ, G, H)/G. すなわち,変形空間とは,R(Γ, G, H) において G による内部同型の無駄を 省いた集合である. 次に,Aut(Γ) を離散群 Γ の自己同型群とする.Aut(Γ) は,Hom(Γ, G) に 次のように作用する.
(T · u)(γ) := u(T −1 γ),
T ∈ Aut(Γ), γ ∈ Γ, u ∈ Hom(Γ, G).
この作用は R(Γ, G, H) を不変にして,さらに前述の G の作用と可換である. よって Aut(Γ) は T (Γ, G, H) にも作用している.この Aut(Γ) の作用に関す る商集合としてモジュライ空間を定義しよう. ■定義 5.3.2(モジュライ空間)
M(Γ, G, H) := Aut(Γ)\T (Γ, G, H) Aut(Γ)\R(Γ, G, H)/G. こうして,問題 C を以下のように定式化する準備が整った. ■問題 C
変形空間 T (Γ, G, H) とモジュライ空間 M(Γ, G, H) を(局所的
あるいは大域的に)記述せよ.さらに,その幾何構造を調べよ.
§5.4. 古典的な例 トーラス T 2 上の複素構造のモジュライという簡単な,そして良く知られ た古典的な例を通して,上の定義の意味を検討してみることにする. ■例 5.4.1
T 2 上の複素構造 G = Aff (C) = C× C とその部分群 H = C×
によって得られる等質空間 G/H C(例 2.5 参照)を考える.抽象群 Γ := Z2 の生成元をとり,e1 = (1, 0) ,e2 = (0, 1) と選ぶことによって Hom(Γ, G) を直積 G × G の部分集合として以下のように同一視する.
Hom(Γ, G) {(g1 , g2 ) ∈ G × G : g1 g2 = g2 g1 } ,
u → (u(e1 ), u(e2 )).
もし,u(Z2 ) が G/H C に対し真性不連続に作用しているならば,u(Z2 ) は
√ G の閉部分群 1C に含まれることが分かる.さらに,u(ej ) = (1, aj + −1bj )
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(j = 1, 2) と書けば,u(Z2 ) が離散的なので (a1 , b1 ) と (a2 , b2 ) は,線型独立 a a2 b2
になることもわかる.したがって,Au := ( b11
) は可逆行列になる.この
対応は次の全単射を導く: (5.4.1)
R(Γ, G, H) GL(2, R),
u → Au .
R(Γ, G, H) から GL(2, R) への全単射(5.4.1)を通して G = C× C と Aut(Z2 ) GL(2, Z) の R(Γ, G, H) GL(2, R) への作用を書き下すと, 以下の同型を得る.
T (Γ, G, H) GL(2, R)/C×
{z ∈ C : z ∈ / R} ,
M(Γ, G, H) GL(2, Z)\GL(2, R)/C× SL(2, Z)\SL(2, R)/SO(2). さて,各 u ∈ R(Γ, G, H) はコンパクトな複素多様体 u(Z2 )\C を定めてお り,その基底となる滑らかな多様体は 2 次元トーラス T 2 に微分同相である.
T (Γ, G, H) はトーラス T 2 のタイヒミュラー空間であり(ここでは向きづけ は考慮に入れていない),M(Γ, G, H) は T 2 上の複素構造のモジュライ空間 に他ならない. ■例 5.4.2
Mg 上の複素構造 G = P SL(2, R),H = SO(2)/{±I}, Mg を
種数 g ≥ 2 の閉曲面とし,Γ = π1 (Mg ) とする.したがって,Mg Γ\G/H が成り立つ.そのとき,変形空間 T (Γ, G, H) は Mg のタイヒミュラー空間 であり,M(Γ, G, H) は Mg 上の複素構造のモジュライ空間に他ならない.
§5.5. 非リーマン等質空間における局所剛性の定義 上の例 5.4.1 や例 5.4.2 のように変形空間 T (Γ, G, H) は 1 次元以上の空間 である場合もあれば,0 次元の場合もある.変形空間 T (Γ, G, H) が 0 次元の とき局所剛性であるという.すなわち,局所剛性は変形空間 T (Γ, G, H) の 点における “孤立性” として以下のように定義することができる. ■定義 5.5
準同型写像 u ∈ R(Γ, G, H) が等質空間 G/H に対する不連続群
として局所剛性であるとは,u を通る G 軌道が R(Γ, G, H) において開集合に なること,あるいは同値であるが,u を含む同値類 [u] が変形空間 T (Γ, G, H) の商位相で開集合になることである.
68 非リーマン等質空間の不連続群論 H がコンパクトならば,(離散部分群の G/H への作用は自動的に真性不 連続になるので)この用語は従来から用いられている「局所剛性」という用 語(例えばヴェイユ [63] 参照)と一致する.
§5.6. 高次元対称空間でも不連続群は変形できる? ! G を非コンパクトな単純リー群として,K を極大コンパクト部分群とす る.より高い次元において,変形が自由にできるか(すなわち局所剛性の “や ぶれ”)について H がコンパクトなときとそうでないときとを比較する準備 が整った.次の定理は,リー環のコホモロジーと不連続性の判定条件(定理
3.7)などを用いて証明することができる. ■定理 5.6(局所剛性定理:リーマンの場合と非リーマンの場合の比較)
1) (H がコンパクト.セルバーグ・ヴェイユ [63]): (G, H) := (G , K ) と する.G/H が 2 次元のとき,またそのときに限り,ι ∈ R(Γ, G, H) が 局所剛性にはならない余コンパクトな離散部分群 ι : Γ → G が存在する (G/H が 2 次元であるということと,G が SL(2, R) に局所同型である こととは同値であることに注意する).
2) (H が非コンパクト.小林 [31]): (G, H) := (G × G , diag(G )) とする. G が SO(n, 1) または SU (n, 1) に局所同型なとき,またそのときに限 り,ι × 1 ∈ R(Γ, G, H) が局所剛性にならない余コンパクトな離散部分 群 ι : Γ → G が存在する. 局所剛性にならないような不連続群に対し,その変形空間が(ある程度)詳 細に研究されているのは現在のところ次の場合である.
1)ポアンカレ円板 G/H = SL(2, R)/SO(2). 2)G/H = G × G / diag G ,G = SL(2, R)(ゴールドマン [12], サラン [55]). 3)G/H = G × G / diag G ,G = SL(2, C)(ジス [14]).
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これらの場合の変形を幾何的に言い直す(§2 参照)と,それぞれ,(1)は閉 リーマン面 Mg (g ≥ 2) の複素構造の変形,(2)は 3 次元多様体上のローレ ンツ構造の変形,(3)は 3 次元複素多様体上の複素構造の変形に対応してい る.さらに, (2)と(3)は,定理 5.6(2)で n = 1, 2, 3 のときに相当している. 実際,
G = SL(2, R) ≈ SO(2, 1) ≈ SU (1, 1), G = SL(2, C) ≈ SO(3, 1) というリー群の局所同型写像があるからである.高次元のクリフォード・クラ イン形 Γ\G/H の変形空間 T (Γ, G, H) の研究はまだほんの入口の段階([31],
[55])であり,高次元のタイヒミュラー空間につながる研究は今後の課題である.
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M. コンツェビッチ,D. ザギエ 75
序 数学を始めるときはさまざまな数を順々に学んで行く.まず最初に自然数
N = {1, 2, 3, . . . } を覚える.それに零と負の数を加えて整数
Z = {. . . , −2, −1, 0, 1, 2, . . . } を得る.次に既約分数が加わって有理数
Q=
p p ∈ Z, q ∈ N, g.c.d.(p, q) = 1 q
となり,有理数列の極限として実数を得る.最後に i2 = −1 をみたす記号 “i” を実数に形式的に加えて,複素数
C = {x + i · y | x, y ∈ R} に達する.複素数を導入することによる利点は,とりわけ,ガウスによる代 数学の基本定理「任意の複素数係数多項式に対して,方程式
a0 + a1 x + · · · + an−1 xn−1 + xn = 0, n > 0 は解 x ∈ C をもつ」にある.特に,有理数係数の代数方程式をみたす,すべ ての x ∈ C の集合を考えることができる.こうして得られた集合を代数的数 の集合とよび,ふつう Q ⊂ C と書く.有理数でない実代数的数の最も簡単な ものは
√
2 = 1.4142135 . . . であり,これが無理数であることはユークリッド
の『原論』の中で証明されている.三角関数の有理数の角度における値もま た,代数的数である.例えば,sin(60◦ ) =
3/4 , tan(18◦ ) =
√ 1 − 2/ 5
のように. 伝統的に数は次のような体系に分類されている.
N
⊂ Z
⊂ Q
⊂ Q
∩
∩
R
⊂
(0)
C
代数的でない数を超越数という.代数的数と超越数の集合の大きさには大き
76 周期 な違いがある(カントール,1873).代数的数全体の集合 Q は可算であり,超 越数全体の集合は非可算である.これは,“一般的な” 超越数を有限の言葉で 述べることはできないことを意味する.超越数はふつう無限の情報を含む.ま た,もし代数的であることに目に見える理由がない数があったなら,その数 は超越数であると思うのが自然である. しかしながら,さらに重要な数の類が存在する.それは Q と C の間にあり, 上の分類には欠けているものである.この “新しい” 数の類,これを周期とい うが,これは数論的性質からみて,数の体系の中で,これから最も重要なも のになると思われる.周期全体は可算であるが,いくつかの点で上の “一般 的な” 原則と矛盾している:周期はふつう超越数からなるが,それらは有限 の情報で述べることができ,有限の情報のみを含み,そして,アルゴリズム 的に識別することができる(と少なくとも予想できる).周期は驚くほどひん ぱんに,さまざまな公式や数学の予想に現れ,そして異なる分野からの問題 たちをつなぐ橋渡しをする.この解説論文では周期とは何かを説明し,それ らが現れる多くの場所のいくつかを述べる. ■注意 この論文は第一著者が 1999 年にフランス数学会年会で行った同じタ イトルの講演とその折に配布された『数学と物理』中の文章を拡充したもの である.拡張された部分は,より多くの例を挙げたこと,微分方程式関連の 章を加えたこと,そして,バーチ・スウィンナートンダイヤー予想をより詳 しく論じたところである.最後の章は第一著者のみによるものであるが,こ のテキストのほかの部分に比べより進んだものであり,より思弁的なもので ある.
1 主要諸原理 1.1 定義と諸例 次が周期の初等的な定義である. ■定義 ある複素数が周期であるとは,その実部と虚部が,有理数係数多項 式の不等式で与えられる Rn 内の領域上での,有理数係数有理関数の絶対収
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 77
束積分の値になっていることである. 周期全体の集合を P と書く.これは明らかに可算である.上の定義で “有 理関数” と “有理数係数” を “代数的関数” と “代数的係数” に置き換えても 得られる数の集合は変わらない.例えば,有理数でない代数的数
√ 2 =
√ 2は
dx
2x2 ≤1
と表すことができ,同様に,被積分関数に現れる代数的関数は,より多くの変 数を導入することにより有理関数に置き換えることができる.実際に,任意 の実数値関数の積分はそのグラフの下の面積に等しい,という事実を用いる と,任意の周期は,有理数係数多項式の等式で定義された領域の体積として 書けることがわかるので,定数関数 1 より複雑な関数を積分する必要はない. しかし,実際には,次のようにより自由にしたほうが扱いやすいことも多い. すなわち,X を滑らかな準射影多様体とし,Y ⊂ X を部分多様体,そして ω を X 上の閉代数的 n-形式で,Y 上で消えているものとする.これらはすべ て Q 上定義されているとする.また C を境界が Y (C) に含まれる X(C) 上 の特異 n-チェインとする.そのとき積分
ω は周期になる.(大まかにいう
C
と,一見するとより一般的に見える定義が,以前与えた素朴なものと等しい 理由は,C は半代数的チェインに変形でき,さらに,それは代数的境界を持 つ Rn 内の開領域へ全単射に射影できる小片の中に分解できるからである. ) 代数的でない周期の最も簡単な例は直径 1 の円の円周の長さ,π である:
π = 3.1415926 . . . . この数は数学で最も有名な定数であり至るところに現れる.例えば,3 次元 単位球の体積は 43 π(アルキメデスの結果)である.また π は高次元の球,球 面,円錐,円柱,楕円体などの体積の公式に現れる.三角関数は周期 2π の 周期性を持つ.π は次の積分たちを用いて周期として表現できる:
π=
dx dy = 2
x2 +y 2 ≤1
1
−1
1 − x2 dx =
1 −1
また,代数的数 2i をかけると,線積分
2πi =
dz z
√
dx = 1 − x2
∞
−∞
dx (1) 1 + x2
78 周期 で表すこともできる.積分は複素数平面内の z = 0 の周りで行う.π の超越 性はリンデマンが 1882 年に証明した. その他の特別な記号を持つ二つの有名な数は自然対数の底
1 n e = lim 1 + = 2.7182818 . . . n→∞ n
とオイラー定数
1 1 γ = lim 1 + + · · · + − log n = 0.5772156 . . . n→∞ 2 n
である.しかしこの二つの数は周期ではない(と思われる). (ただし,§4.3 を 見よ. ) e は超越数であることが分かっている(エルミート,1873). しかしながら, π や代数的数以外の周期の例も,たくさん存在する.例え ば,代数的数の対数は周期である.例えば,
2
dx . x
log(2) = 1
同様に,長径と短径が a と b の楕円の周の長さは楕円積分
b
2
1+ −b
a 2 x2 dx − b2 x2
b4
で与えられるが,それは a = b, a, b ∈ Q>0 のとき π を用いて代数的に表す ことはできない.多くの初等的な式の無限和も周期である.例えば,
ζ(3) = 1 +
1 1 + 3 + · · · = 1.2020569 . . . 23 3
は次のような積分としての表示を持つ:
ζ(3) = 0<x
dx dy dz . (1 − x)yz
(2)
そしてより一般的に,リーマンゼータ関数
ζ(s) :=
1 ns
n≥1
の整数 s ≥ 2 でのすべての値は周期になる.近年広く研究されている “多重 ゼータ値”
ζ(s1 , . . . , sk ) :=
0
ns11
1 · · · nskk
(si ∈ N, sk ≥ 2)
(3)
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 79
([32] を見よ)も同様である.超幾何関数や多くの他の微分方程式の解の代数 的な変数での特殊値は,周期である(§2.2).適当な場所での保型形式の特殊 値も周期であり(§2.3),それらに付随するさまざまな L 関数の特殊値も周期 ±1 (対 である(第 3 章). ローラン多項式 P (x1 , . . . , xn ) ∈ Q[x±1 1 , . . . , xn ] の
数的)マーラー測度
···
μ(P ) =
log |P (x1 , . . . , xn )|
|x1 |=···=|xn |=1
dx1 dxn ··· x1 xn
(4)
も周期である.また,周期は環をなすので,既知の二つの元から和や積をと ることで新しい周期を得る. 超越的関数の積分が “偶然に” 周期になることもある.例として,読者は次 を確かめてみられたい.
1
x (5) 1 dx = log 2 . log 0 1−x 1 (ヒント: 置換 x → 2x − x2 を 2ε−ε2 (log(1 − x))−1 dx に用いよ. ) 同様に, 変数 s が有理数値のときのガンマ関数
∞
Γ (s) =
ts−1 e−t dt
0
の値は周期と密接に関係している.
q Γ p/q ∈ P
(p, q ∈ N) .
(6)
(これはベータ積分を用いた Γ (p/q)q の表示から従う. ) 例えば,Γ (1/2)2 = π であり Γ (1/3)3 = 24/3 31/2 π
1 0
√ dx 1−x3
である.一般に,無限和や超越的関
数の積分が,周期かどうか説明する普遍的な方法はないように見える.その たびごとに,与えられた超越的表示が,周期であることを証明する新しい方 法を作らなければならない. 代数幾何学の大部分は(何らかの意味で)多変数の有理関数の積分の研究で あると言って差しつかえない.それゆえ数学を実行するために次の原理を提 案する. ■原理 1 新しい数と出会い,そしてそれが超越的であったなら(そう自分で 確信したなら),それが周期かどうかを計算してみようと試みよ.
80 周期
1.2 周期間の等式 導入の中で,最もよく知られた数の類をいくつか挙げた.これらをまとめ ると表(0)のようになり,この表の二つの行には大きな違いがあった.すなわ ち,一行目の集合は可算であり,それらの元は有限の情報で述べることがで きた.それに対し,二行目の集合の元は一般にそのような記述はできない.実 際,この理由のために,数学者の中にはこれらの集合は扱うに値しない,と 言う人 [27] さえいる! 周期に関してはこの状況はそれらの中間であり,完全 に明瞭なわけでもない.一方では,集合 P は可算であり,その元は有限の情 報(すなわち,周期を定義している被積分関数や積分領域のことである)で述 べることができる.他方では,複素数を積分として表す方法は本来たくさん あり,そして,明示された積分で与えられる二つの周期が等しいか異なるか をどうやって調べるか,明瞭ではない.二つの異なる周期が数値的にとても 近くなりうるという事実が問題を悪化させる.例として
π
√
163 3
と
log(640320)
があり,両方とも小数に展開すると 13.36972333037750 . . . となる.さらに 驚くべきことに,二つの周期 [23]
π√ 3502 と 6 √ 1071 + 92 34 , x1 = 2
4
2 xj + xj − 1 log 2 j=1
√ 1553 + 133 34 , 2 √ √ 627 + 221 2 x3 = 429 + 304 2 , x4 = 2 x2 =
は,数値的に小数点以下 80 ケタ以上一致するにもかかわらず異なるのである! もちろん,代数的数に対してもまた,同じ数が一見異なる形をしているこ とがある.例えば
√ √ √ √ √ 11 + 2 29 + 16 − 2 29 + 2 55 − 10 29 = 5 + 22 + 2 5
([22])である.しかし,この等式は簡単に示すことができる.その方法とし
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 81
ては,それぞれの数を根とする多項式を見つけ,その最大公約多項式を計算 するか,または,それぞれの数を数値的に十分に高い精度まで計算し,与え られた次数と高さを持つ整数係数代数方程式の二つの異なる解は,お互いに あまり接近できない,という事実を用いるかすればよい. 周期に対しても何か似たようなことはできないのだろうか? 初等的な解析 からいくつかの変換法則,すなわち,積分間の等式を証明する方法,を得る. 一変数関数の積分に対して,そうした変換法則は次のようである.
1)加法性(被積分関数や積分区間に対して): b b (f (x) + g(x)) dx = f (x) dx + a
b
f (x) dx = a
a c
f (x) dx + a
b
g(x) dx ,
a b
f (x) dx . c
2)変数変換: y = f (x) を可逆な変数変換とすれば, f (b) b F (y) dy = F (f (x)) f (x) dx . f (a)
a
3)ニュートン・ライプニッツの公式: b f (x) dx = f (b) − f (a) . a
高次元の積分の場合,法則 2)では可逆な座標変換のヤコビアンを用いて,
3)では,ニュートン・ライプニッツの公式の代わりにストークスの公式を用 いる. 経験や類推,そして,希望的観測の賢明な組み合わせに基づいて次のこと がらが広く信じられている. ■予想 1 ある周期が二つの積分表示を持つならば,関数や積分領域が Q 係 数で代数的である場合の法則 1),2),3)のみで一方から他方へ変形できる.
言い換えると,三つの単純な法則を用いて証明できない二つの代数的関数 の積分の奇蹟的な一致はないだろうということである.このホッジ予想に類 似する予想は,代数的独立性や超越数についての主要な予想の一つであり,現
82 周期 代の数論的代数幾何の結果や考え,そして,モチーフ理論の多くに関係して いる. 予想 1 は §1 の最後に述べた原理に次のように付け加えると有用であるこ とを示唆する. ■原理 2 二つの実数が一致すると予想し,それを証明したいなら,まず,そ れらを周期として表そうと試みよ(原理 1).そして,法則 1)– 3)によって一 方を他方に変形しようと試みよ. この原理の最初の部分が適合するとき,すなわち,二つの周期間の等式を 証明するためにすでに積分表示ができていて,“単に” 予想 1 の部分を証明 すればよいとき,接近可能等式と呼ぼう. この節の最後に簡単な例を一つ与 え,後にいくつか別の例を挙げる. この節の最初に議論した問題に戻ることにして,次を提案しよう. ■問題 1 二つの与えられた P の元が等しいかどうかを決定するアルゴリズ ムを見つけよ. 予想 1 が証明できたとしても,すぐにこの問題を解決するわけではないこと に注意しよう.なぜなら,予想 1 は周期間の任意の等式は初等的な証明をもつこ とのみを言っていて,それを見つける方法は与えないであろうから.それゆえ, 問題 1 は現在のところ全く手のつけられない問題であり,今後も長い間そうで あろう.それでも,もっと尋ねることができる.有理数や代数的数の類に対して は,すでに述べたように,その類の与えられた二つの元が等しいかどうか調べ ることができるだけでなく,数値的にだけ分かっている与えられた数が,その 類に属するか否かアルゴリズム的に調べることができる. (与えられた実数 ξ が 数値的に有理数かどうか見分けるためには,それの連分数展開を計算し極めて 大きな部分商を持つかどうかを調べる.あまり大きくない整数係数の n 次多項 式の根になっているかどうかを調べるためには,次のようなアルゴリズムを用 いる.それは,十分小さい正数 ε に対し,ベクトル (a0 , . . . , an ) ∈ Zn+1 {0} で二次形式 (an ξ n + · · · + a1 ξ + a0 )2 + ε(a20 + · · · + a2n ) を十分小さくする ものが存在するか否か決定するための “LLL” のような,ある格子還元アル ゴリズムである. ) これとの類推によって,たぶん途方もなく難しい問題を
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 83
提案できる. ■問題 2 数値的に十分精密に分かっている実数が,ある簡単な周期に(その 精密さの範囲内で)等しいかどうか決定するアルゴリズムを見つけよ. ここでの “簡単さ” は — 代数的数の場合の高さの類似であるが — その周 期を定義している積分の次元や,被積分関数や積分領域に現れる多項式の複 雑さによって決められるべきである. (または,もし望むなら,単に積分を書 き出すために必要なインクの量や TEX のキーを打つ回数によって決める. ) 最後に,ある意味で問題 2 と逆である問題を述べよう. ■問題 3 P に属さない数を一つでもいいから例示せよ.
P は可算なので,もちろんそのような数は存在する.問題 3 を解くことは 19 世紀のリュービルの仕事の類似である.彼はそのとき超越的な数の最初の 明白な例を構成した.もちろんよりいっそう望ましいことは,エルミートや リンデマンの成果を習い特別の興味深いいくつかの数,e や 1/π のようなも の,が P に属さないことを証明することである. これらの問題はいずれもとても難しく思われ長い間解決されないであろう. 原理 2 から得られる状況の簡単な例,すなわち,1734 年にオイラーが示した 公式 ζ(2) = π 2 /6 を与えることにより楽観的にこの節を終えよう.ζ(2)(等 式(2)を参照せよ)と π は共に周期であるので,これは一つの “接近可能等式” である.ここでは(わずかに異なる積分表示から始め)それを証明する.その ために,法則 1)– 3)のみを用いることによるカラビの証明を書き直した論文
[5] を再現しよう.
1
I = 0
0
1
1 dx dy √ 1 − xy xy
とおく.1/(1−xy) を幾何級数として展開し,項別積分をすると,I = 1 −2 2)
∞
n=0 (n+
= (4 − 1)ζ(2) を得,これは ζ(2) のもう一つの “周期としての” 表現を
与える.いま,変数変換
x = ξ2
1 + η2 , 1 + ξ2
をする.このとき,ヤコビアンは
y = η2
1 + ξ2 1 + η2
84 周期
√ 2 2 d(x, y) = 4ξη(1 − ξ η ) = 4 (1 − xy) xy d(ξ, η) (1 + ξ 2 )(1 + η 2 ) (1 + ξ 2 )(1 + η 2 )
であり,
I = 4
dξ dη = 2 1 + ξ 2 1 + η2
ξ, η>0, ξ η≤1
∞ 0
dξ 1 + ξ2
0
∞
dη 1 + η2
を得る.最後の等式は変換 (ξ, η) → (ξ −1 , η −1 ) を考えることにより得られ, これと(1)の最後の積分を比較することにより I = π 2 /2 を得る. 異なる例として,次の接近可能等式を法則 1)– 3)のみを用いて証明してみ るとよい.
11 μ x + y + 5 + 1/x + 1/y . μ x + y + 16 + 1/x + 1/y = 6 ここで μ(P ) は §1.1 で定義した(対数的)マーラー測度である.
2 周期と微分方程式 定義より,周期は代数的に定義された微分形式を代数多様体のあるチェイ ン上で積分した値である.もしその形式やチェインがパラメーター付きなら, 積分はパラメーターの関数として考えたときに,代数的な係数を持つ線型微 分方程式を満足することがよくある.このとき周期は変数の代数的値におけ るその微分方程式の解の特殊値と思える.これは周期の研究と線型微分方程 式の理論の間に魅力的な,そして,たいへん実り多い相互作用を導く.ここ ではこの大きな主題を扱うことはとてもできない.そこでいくつかの一般的 な性質や例を与えるのみとする.より詳しくは広範囲を扱う文献,例えば [1], を参照されたい. 今示した筋道に現れる微分方程式は(一般化された)ピカール・フックス型 微分方程式またはガウス・マニン系(の元)とよぶ .強調すべき第一の点は この微分方程式は非常に特別なものであり,一般に与えられた(Q[t] 係数の) 線型微分方程式がピカール・フックス型かどうかを決定する方法は知られて いないということである.予想される判定法ならいくつかある.ここでは言 葉の定義なしに,簡潔に三つの判定法を述べる.一つ目は,ボンビエリとド ヴァークによるもので,選んだ(有理数の)基点 t0 におけるすべての解のベキ
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 85
級数展開が分子分母が高々指数的な増大度の係数を持つ(いわゆる “G-関数” である)ような方程式であるというものである.もう一つ(ジーゲル,ボンビ エリ,ドヴァーク)は,その微分作用素がほとんどすべての素数 p に対し,ベ キ零な p-曲率を持つという必要十分条件として与えられる.三つ目は,この 微分方程式は確定特異点のみを持ち,また,SL(n, Q) に含まれるモロドロ ミー群を持つべきであるというものである.ここで n は方程式の階数とする. しかし,これらの判定法は証明されてないだけでなく,与えられた微分方程 式に対し,これらが成り立つかどうか決定するための一般的なアルゴリズム が存在するかどうかも明らかではない. ここでピカール・フックス型方程式の例と周期との関係をいくつか挙げよう.
2.1 例 1: 楕円曲線族 これは上で述べた状況の,最も簡単で古典的な例である.E を C 上の楕円 曲線,すなわち f (x) を三次式とするとき y 2 = f (x) という方程式で与えら れるものとすると,E(C) 内の閉曲線上の正則 1-形式 dx/y の積分はその閉 曲線のホモロジー類のみで決まるから,H1 (E(C); Z) ∼ = Z2 の基底を選ぶこ とによって二つの基本的な周期積分を得る.f (x) が有理的にパラメーター t に依存するなら,それらは SL(2, Z) に含まれるモロドロミー群を持つ二階の 微分方程式の解になる.例えば,ワイエルシュトラス族
EtW :
y 2 = x3 − 3tx + 2t
に対し,この周期積分は微分方程式
t (t − 1) W (t) + t(2t − 1) W (t) + 2
(t ∈ C)
1 3t + 16 36
W (t) = 0
をみたす.もう一つのたびたび出会う族はルジャンドルの方程式
EtL :
y 2 = x(x − 1)(x − t)
によって与えられる.その周期積分
1
Ω1 (t) = t
dx , x(x − 1)(x − t)
(t ∈ C)
∞
Ω2 (t) = 1
dx x(x − 1)(x − t)
(7)
(8)
86 周期 は微分方程式
t(t − 1) Ω (t) + (2t − 1) Ω (t) +
1 Ω(t) = 0 4
の解である.三つ目の例は位数 2 の点 (0, 0) を持つ楕円曲線の族
y 2 = x3 − 2x2 + (1 − t)x
EtP :
(t ∈ C)
であり,その周期積分は √ 1− t
P1 (t) = 0
dx , P2 (t) = 3 x − 2x2 + (1 − t)x
0
dx 3 x − 2x2 + (1 − t)x −∞
で与えられ,微分方程式
t(t − 1) P (t) + (2t − 1) P (t) +
3 P (t) = 0 16
をみたす.
2.2 例 2: 超幾何関数 オイラー・ガウスの超幾何関数
F (a, b; c; x) =
∞ (a)n (b)n n x (c)n n! n=0
|x| < 1, (α)n := α(α+1) · · · (α+n−1)
をみたす微分方程式はパラメーター a,b,c が有理数のときピカール・フッ クス型になる.先ほど与えた三つの微分方程式の後ろの二つはこの型である. 例えば,P2 (t) の定義式に x = − cot2 θ を代入し,二項定理を用いて展開す ると
P2 (t) = 2i 0
= πi
π/2
∞ 2n tn π/2 4n = 2i sin θ dθ n 4n 0 1 − t sin4 θ n=0 dθ
n ∞
2n 4n t = πi F 14 , 34 ; 1; t n n 2n 64 n=0
|t| < 1
を得る.また同様に Ω2 (t) = πF ( 21 , 12 ; 1; t) となる. したがって,これらの例では,代数的変数における超幾何関数の値は周期
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 87
の 1/π 倍となっている.a,b,c を任意の有理数としたとき F (a, b; c; x) に 対しても同様のことが言える.これを見るためには,オイラーの積分表示
Γ (c) F (a, b; c; x) = Γ (a) Γ (c − a)
1
ta−1 (1 − t)c−a−1 (1 − xt)−b dt
0
から始め,相補公式 Γ (x)Γ (1 − x) = π/ sin πx とベータ積分を用いて
1 a sin(πa) sin(π(a−c)) Γ (c) = · · Γ (a) Γ (c−a) π sin(πc) とすればよい. (別証明は,関数 (c−1)(1−xz)
−a
1
0
1 P π
0
(1−t/z)−b (1−t)c−2 dt の
1
t−a−1 (1−t)a−c dt ∈
z = 0 における留数として F (a, b; c; x) を表し,その留数をコーシー積分とし て表示すると分母に 2πi が現れることから得られる. ) また,F ( 21 , 12 ; 2; 1) =
4π −1 が π −1 P に属するが,(おそらく)P には属さないことに見られるよう に,因子 1/π は実際に必要である.一般化された超幾何関数に対してもま た同様のことが言える.多くの目的のためには以前の定義を広げ拡大周期環
P = P [1/π](= P [1/2πi])の元を考えると便利である.モチーフ的視点(第 4 章を参照せよ)からすると,とにかく P より P を考えることが自然である. なぜなら 2πi のベキをかけることは,対応するモチーフの “テイトひねり” を 行うことに対応していて,そのようなひねりは基本的なずらしと考えること ができるからである. 変数の代数的値における超幾何関数の特殊値はふつう超越的であるが,時々, 予期されない代数的値をとることがある.例えば [7] による
1 5 1 1323 , ; ; F 12 12 2 1331
=
3√ 4 11 4
である.この例をより驚くべきものにするのは,その超幾何級数が(1323 =
33 72 なので)7 進数体の中でもまた収束し,その値が
1 4
√ 4 11 となっているこ
とである [4] !(似たようなふるまいをする簡単な例は,超幾何級数 ∞
n!2 3n n=0 (2n + 1)! √ で与えられ,これは R 内では 4π/3 3 に,Q3 内では 0 に収束する [31]. ) 同様に,超幾何関数はふつう超越的な関数であるが,時々代数的になること がある.古典的なガウスの超幾何関数 F = 2 F1 に対してこれがおこる状況
88 周期 は 1873 年にシュワルツにより決定された.そして,一般化された超幾何関 数 n Fn−1 に対しての対応する値もボイカースとヘックマンにより決定された
[6].例としては次の三つの関数 A=
∞
(6n)!n! xn , 2 (3n)!(2n)! n=0 C=
B=
∞
(10n)!n! xn , (5n)!(4n)!(2n)! n=0
∞
(20n)!n! xn (10n)!(7n)!(4n)! n=0
がある.これらは代数的である.しかし,対応する方程式はかなり複雑である. 例えば,B がみたす方程式は Φ(1 − 3125x, B 2 ) = 0 である.ここで Φ(X, Y ) は X 12 Y 15 +
15 11 14 4 X Y
+
3 11 128 (15X
+ 266X 10 )Y 13 + · · · となる多項式で
ある.
2.3 例 3: 保型形式 保型形式はこの論文の中の残りの例の多くで重要な役割を果たす.定義を 思い出そう.k ∈ Z に対し,重さ k の保型形式とは,複素上半平面 H = {z ∈
C | (z) > 0} 上定義された関数 f で SL(2, Z) や SL(2, Z) の指数有限の部
分群 Γ に属するすべての行列 ac db の作用のもと f ((az + b)/(cz + d)) = (cz + d)k f (z) の式に従って変換されるものである.また,適当な正則性や有 理型性条件,そして,無限大における増大条件をみたすと仮定する.保型関 数とは重さ 0 の保型形式のことである.すなわち,H 上正則または有理型な 関数で Γ の作用のもと不変なものである.19 世紀の終りから分かっている のに,その分野の驚くほど多くの専門家達にさえよく知られていない基本的 な原理は次のとおり. ■事実 1 f (z) を重さ k > 0 の(正則または有理型)保型形式とし,t(z) を 保型関数とする.そのとき,F (t(z)) = f (z) により定義された多価関数 F (t) は代数的係数を持つ k + 1 階線型微分方程式をみたす. ここでは短い証明を与える.i についての帰納法により簡単に次が分かる. →
D = t (z)−1 d/dz(“= d/dt”)とし, f : H → Ck+1 を,成分 z n f (z)(n =
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 89
k, k − 1, . . . , 0)を持つベクトル値関数とするとき,任意の i ≥ 0 に対して, →
元 γ ∈ Γ の Dif (z) への(重さ 0 での)作用は定数行列 Symk (γ) となる.よっ → て,k + 2 個のベクトル Dif(i = 0, 1, . . . , k + 1)間の線型関係の係数は Γ 不変な z の関数であり,ゆえに,t = t(z) の代数的関数であることが分かる. これが欲しかった微分方程式である.また,この微分方程式の解全体が関数
z n f (z)(0 ≤ n ≤ k)で張られる空間となること,そして,モノドロミー群 が k 次対称テンソル表現 SL(2, R) → SL(k + 1, R) における Γ ⊂ SL(2, R) の像であることが分かる. このことを説明しているいくつかの例を与え,特殊値に対応する命題や §2.1 で考察した楕円積分との関係を述べよう. モジュラー群 SL(2, Z) 上の最も単純な保型形式は重さ k のアイゼンシュ タイン級数
Ek (z) =
1 2
1 (mz + n)k
m,n∈Z m,n 互いに素
である.ここで k は整数 4,6,. . . である(k > 2 はこの級数を収束させるた めに,k が偶数であることは 0 にさせないために必要である).保型性の定義 は周期性 f (z) = f (z + 1) を含むので,任意の保型形式は q = e2πiz のベキ 級数としてフーリエ展開を持つ.最初の二つのアイゼンシュタイン級数に対 して,そのフーリエ展開は
E4 (z) = 1 + 240
∞ n=1
n
σ3 (n) q ,
E6 (z) = 1 − 504
∞
σ5 (n) q n
n=1
となる.ここで σν (n) は n の正の約数の ν 乗の和を表す.(同様の式がすべ ての Ek に対し存在する. ) もう一つの有名な保型形式は重さ 12 の判別関数 ∞ 1 E4 (z)3 −E6 (z)2 = q (1−q n )24 = q −24q 2 +252q 3 −· · · 1728 n=1 である.そのフーリエ展開 τ (n)q n は,フーリエ係数が n に関して乗法的で
Δ(z) =
あるという驚くべき性質を持っている(例えば,τ (6) = −6048 = τ (2)τ (3)). この性質を持つ保型形式は,ヘッケ固有形式と呼ばれるものであるが,保型 形式全体の空間を張ることが知られており,そして,第 3 章で論じる L-関数
90 周期 についての予想で重要になる.最後に,最も簡単でよく知られている保型関 数の例として j-関数 j(z) = E4 (z)3 /Δ(z) = q −1 + 744 + 196884q + · · · が ある.いま,f (z) =
4 E4 (z)(これは多価であり,ゆえに真の保型形式では
ないが,事実 1 はまだ適合する)と t(z) = 1728/j(z) とおくと,そのとき事 実 1 で決まる F (t) は 19 世紀から 20 世紀への変わり目にフリッケとクライ ンにより与えられたように超幾何関数
4 E4 (z) = F
1728 1 5 , ; 1; 12 12 j(z)
である. 二つ目の例として,法 2 で単位行列と合同な行列
a b c d
∈ SL(2, Z) から
なる部分群 Γ (2) を考える.ここでは f (z) として重さ 1 の保型形式 θ(z)2 を とることができる.ここで
θ(z) =
2
eπin
z
= 1 + 2q 1/2 + 2q 2 + 2q 9/2 + · · ·
n∈Z
は古典的なテータ関数である. (これの保型性はポアソンの和公式からの帰結 である. ) また t(z) として λ-関数,
λ(z) = 16
η(z/2)8 η(2z)16 η(z/2)16 η(2z)8 = 1 − η(z)24 η(z)24
= 16q 1/2 − 128q + 704q 3/2 − · · · をとることができる.ここで η(z) = Δ(z)1/24 = q 1/24
(1 − q n ) はデデキ
ントのイータ関数である.そのとき,事実 1 のもう一つの例として f (z) =
F ( 12 , 12 ; 1; λ(z)) が分かる. 注意深い読者なら θ(z)2 を λ(t) に関連付ける超幾何関数 F ( 21 , 12 ; 1; t) は
§2.2 で述べた π −1 Ω2 (t) の t = 0 の近傍におけるベキ級数展開で与えられる ものと同じものであることに気付くであろう.ここで Ω2 (t) は(8)で定義さ れた楕円積分である.これは偶然の一致ではない.任意の z ∈ H と楕円曲線
C/(Zz + Z) は同一視することができる.SL(2, Z) の作用で同値な二つの z の値は同型な楕円曲線を与える.よって,楕円曲線の任意の不変量は自動的 に保型関数となる.(7)により与えられた楕円曲線の “t” は,その楕円曲線 の不変量とは言えない.なぜなら,この曲線に対するワイエルシュトラス方
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 91
程式に現れる三次式の根の順序によるからである.しかし,それは SL(2, Z) の指数 6 の部分群 Γ (2) に対する保型関数にはなっており,よって λ(z) に他 ならない.これは Ω1 (t) と Ω2 (t) により生成される格子が z と 1 により生 成される格子に相似(すなわち,定数倍を除いて等しい)であることを導く.
z = Ω1 (t)/Ω2 (t) として格子の基底を選ぶと,モジュラー群の下での変換の性 質から,Ω2 (λ(z)) が重さ 1 の保型形式であり,実際には,それが πθ(z)2 であ ることがわかる.同様のことが任意の他の楕円曲線の族に対しても適合する. 例えば,§2.1 の族 EtP は t = 64Δ(2z)/(Δ(z) + 64Δ(2z)) および,SL(2, Z) の元
a b c d
で c が偶数のものからなる部分群 Γ0 (2) 上の重さ 2 のアイゼンシュ
タイン級数の平方根 P2 (t) というモジュラーパラメーター表示を持つ.読者 は演習として,族 EtW のモジュラーパラメーター表示を見つけよ. 事実 1 は関数レベルのことを述べていた.特殊値レベルのことについても 類似の事実がある.それを述べるために,さらに定義が必要である.保型形 式や保型関数が C の部分体 K 上定義されているとは,そのフーリエ係数が すべて K に属することを言う.このとき次を得る. ■事実 2 f (z) を重さ k > 0 の保型形式,t(z) を保型関数とし,共に Q 上 定義されているとする.そのとき,t(z0 ) が代数的になる任意の z0 ∈ H に対
に属す. し,f (z0 ) は P 実際,π k f (z0 ) は P に属する.この段階での証明は以下のように自明であ る.重さ 1 の保型形式 f1 (z),例えば θ(z)2 ,を選ぶ.また保型関数 t1 (z),例 えば λ(z),を選ぶ.これらがこの主張をみたすことはすでに知っている(こ の場合,t0 = λ(z0 ) が代数的なら,そのとき πf1 (z0 ) は周期 Ω2 (t0 ) に等し いからである).任意の二つの保型関数は代数的に従属なので,f (z)/f1 (z)k と t1 (z) は t(z) の代数的関数であり,f ,t,f1 そして t1 がすべて Q 上定義 されていることから,この代数的従属性の係数はすべて Q に属することが分 かる.ゆえに f (z0 )/f1 (z0 )k と t1 (z0 ) は Q に属し,したがって,πf1 (z0 ) と
π k f (z0 ) は P に属する.同様の論法は事実 1 の別証明を与えるために使うこ とができる.まず,θ 2 と λ の場合に §2.2 で証明したように,一つの組(f1 ,
t1 )に対しては確認できている.したがって,F1 (t) が代数的係数の二階線型 微分方程式をみたすなら,F1 (t)k は代数的係数の k + 1 階微分方程式をみた
92 周期 すことや,後者の性質は t を t の代数的関数に置き換えても,関数 F1 (t)k に
t の代数的関数をかけても変化しないことを観察することにより,一般の場 合が従う. 事実 2 のある特別な場合は注意しておく価値がある.点 z0 ∈ H が CM(虚 数乗法)点であるとは,それが Q 係数の二次方程式の解になっていることで ある. (これは対応する楕円曲線 C/(Zz0 + Z) が,ある複素数,すなわち,虚 二次体 Q(z0 ) のある整環の元,をかけることにより与えられる非自明な自己 準同型を持つということである. ) この場合,虚数乗法の理論によって j(z0 ) が代数的であることが知られている.したがって,Q 上定義された任意の保 型関数 t に対し t(z0 ) が代数的である.よって事実 2 は,任意の Q 上定義され た(正の)重さ k の保型形式 f に対し,π k f (z0 ) は周期になることを言ってい る.この場合,この周期の値に対し明示公式(すなわち,チャウラ・セルバー グの公式, [26] を参照)がある.これは周期を代数的数と π のベキを除いて, 有理数変数におけるガンマ関数の値の有理数ベキの積として表すというもの である.例えば,Δ(i) = 2−24 π −18 Γ (1/4)24 . [訳注:「レルヒの公式」と呼 ぶのが正確である. ]
2.4 例 4: アペリの微分方程式 1986 年に,アペリは ζ(3) = 1 + 2−3 + 3−3 + · · · の無理数性を証明する ことによりセンセーションを引き起こした.より正確には,彼が行ったのは 二つの数列
a0 = 1,
a1 = 5,
a2 = 73,
b0 = 0,
b1 = 6,
b2 =
351 , 4
a3 = 1445, b3 =
62531 , 36
a4 = 33001, . . . b4 =
11424695 , ... 288
を構成したことである.これらは次の性質を持っている. (i) すべての n ≥ 0 に対し,an ∈ Z,Nn3 bn ∈ Z である.ただし Nn =
l.c.m.{1, 2, . . . , n} . (ii) ある A > 0 とすべての n ≥ 0 に対し,0 < an ζ(3) − bn < Aα−n .た
√
だし α = 17+12 2.
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 93
Nn3 は e3n 程度で増大(素数定理より)し,α > e3 なので,これら二つの主張 から ζ(3) が有理数でないことがすぐに導かれる.アペリは主張(i)を自明に みたす二項係数による明示式(例えば,an =
n2 n+k2 k
k
k
.bn に対する式
も同様であるがより複雑である)によって,数 an と bn を与えた.そのとき 彼はこの二つの数列が漸化式
(n + 1)3 un+1 = (34n3 + 51n2 + 27n + 5) un − n3 un−1
(n ≥ 1)
(9)
をみたすことを証明した.主張(ii)はこれから簡単に導かれる. ((9)の任意の 解は Cα±n /n3/2 程度で指数的に増大,または減少しなければならない.そ して,明示式は bn /an → ζ(3) を示している. ) しかし,明示式により定義 された数列が漸化式(9)をみたすことの証明は複雑でわかりにくいものだっ た.程なく,ボイカースは,今論じている考えの流れに沿ってはいるが,よ りはっきりとした証明を二つ見つけた. 第一の証明は,直に周期積分と §1.2 で述べた原理を用いることを土台とし ている.n ≥ 0 に対し
In
1 = 2
1 1 1 0 0 0
pn (x)pn (y) dx dy dt 1 − t + txy
とおく.ただし pn (x) = (d/dx)n (xn (1 − x)n )/n!(本質的には n 次ルジャン ドル多項式)とする.0 から n の間の整数 k と l に対し,直接的な(しかし, 上手な)計算によって が
Nn3
1 2
xk y l (1 − t + txy)−1 dx dy dt が δk,l ζ(3) と分母
の約数である有理数との和になることがわかる.よって,pn は整数係
数であるので,In は性質(i)をみたす an と bn を用いて,an ζ(3) − bn の形を していることになる.一方,§1.2 のように計算の法則を適用して(明確には,
x に関して n 回部分積分をし,それから適当な変数変換をした後,y に関し て n 回積分する),
1 1 1 2In = 0 0 0
xyz(1 − x)(1 − y)(1 − z) 1 − (1 − xy)z
!n
dx dy dz 1 − (1 − xy)z
を得る.そして(ii)の下での評価 In = O(α−n ) は,括弧中の式の最大値が
1/α であることから導かれる.
94 周期 より良い第二の証明は,数列 {an } と {bn } に保型形式的解釈を与えること を土台とする.ここでは,{an } に関してどうなるかだけを述べる.これは
§2.3 の “事実 1” の直接の適用例となる.いま, 12 η(z) η(6z) t(z) = = q − 12q 2 + 66q 3 − 220q 4 + · · · η(2z) η(3z) (η(z) = デデキントのイータ関数)と
7 η(2z) η(3z) 2 3 4 f (z) = 5 = 1 + 5q + 13q + 23q + 29q + · · · η(z) η(6z)
とおく.これらはそれぞれ,c が 6 で割れる SL(2, Z) のすべての行列 からなる群 Γ0 (6) 上の(実際は Γ0 (6) に行列
√ 0 −1/ 6 √ 6 0
a b c d
を付け加えて得ら
れるわずかに大きい群 Γ0∗ (6) 上の)保型関数と重さ 2 の保型形式となる.そ のとき事実 1 が述べていることは,f (z) を(z = i∞ の近くで)t(z) により 表現するベキ級数 F (t) = 1 + 5t + 73t2 + · · · は階数が 2 + 1 = 3 の(この場 合)多項式係数を持つ線型微分方程式をみたすことである.この微分方程式を 明確に計算すると,F (t) の係数が漸化式(9)をみたすことが分かる.そして
f (z) と t(z) が整数係数の q-展開を持つことからそれらの整数性は明らかで ある. 第二の証明はこの章の始めに述べたピカール・フックス型方程式の側面を, この微分方程式の類の(推測による)特徴づけ,すなわち,高々指数的に増大 する(分子と)分母のテイラー係数を持つという “G-関数” の性質,として目 立たせる.漸化式(9)は明らかに Q 上線型独立な二つの解を持つ(Q 内で u0 と u1 の任意の初期値を取りそこから続ける).しかし,前の二項から un+1 を計算するときに,(n + 1)3 で割らなければならないので,それらが共に n!3 くらい,すなわち,指数増大度より急激に増大する分母(ゆえにまた分子)を 持つことが推測される.この,実際はどちらの解も共に高々Nn3 の(指数的に 増大するだけの)分母を持ち,一つの解 {an } が全く分母を持たない(つまり 整数になる)ことさえあるというアペリにより見つけられた性質は驚くべきも のであり,アペリの証明の核心である.この型の性質は非常に珍しい.例え ば,著者の一人は漸化式
u0 = 1,
(n + 1)2 un+1 − An(n + 1)un + Bn2 un−1 = λun
(n ≥ 0)
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 95
を 108 個以上のパラメーターの組 (A, B, λ)(B(A2 − 4B) = 0)について調 べてみたが((A, B, λ) = (11, −1, 3) の場合は ζ(3) の証明とちょうど同じよ うな ζ(2) の無理性の証明に現れる漸化式である),un が整数になるのは 6 通 りのみだった.予想されている特徴付けと合致し,この 6 個は,実際にすべ てピカール・フックス型であり,そして,事実,§2.1 の楕円曲線の族に関連 している. アペリの証明に関連する最後の注意として,無理数性や超越性のほとんど すべての証明とは言わないまでも,多くの結果は周期やそれに関連する微分方 程式を何らかの形で用いていることを述べておこう.顕著な例として,1983 年のヴュストホルツの定理(先行する超越性のいくつかの結果を特別な場合と して含んでいる)を挙げておく.それはリーマン面上の任意の有理型 1 形式 の任意の閉サイクル上の積分は 0 か,さもなければ超越数になるというもの である.(ただし,リーマン面も有理型 1 形式もともに Q 上定義されている とする. ) また,もう一つの例として,π ,eπ そして Γ (1/4) が代数的に独 立であるというより最近のネステレンコの定理がある.その証明の本質は保 型形式の特殊値を周期積分として表すことである.
2.5 応用 §1.2 で定式化した原理(まず,周期間の等式として “接近可能” な形にそれ を書き直し,それから,そのような積分の変換法則を適用することにより等 式を証明すること)が,ピカール・フックス型方程式をみたす関数の段階で 適用できること(まず,それを微分方程式を満足する関数の値間の等式として 書き,それから,共に同じ境界条件を持つ同じ方程式をみたすことを示すこ とによって等式を証明する)を実証する簡単な例によりこの章を終える.都合 のよい場合,すなわち,余分に変数を取ったことによる自由度が単に変数の 固定された値を見る場合には証明がより簡単になる.考える例は和(3)のある 特殊値についての公式
2 π 4m ζ(1, 3, 1, 3, . . . , 1, 3) = " #$ % (4m + 2)! 2m 個
(m ≥ 1)
96 周期 である.この等式は,[32] の中で予想されたものであるが,接近可能であるこ とがわかる.なぜなら,多重ゼータ値と π のベキは共に周期であるから.し かし,§1.2 で与えられた変換法則を適用することによってこれを示すことは 全く明らかではなく,数年間は未解決のままであった.それはその後ブロー ドハーストにより証明された.その方法は,わかりやすくすると次のように なる.まず,|x| ≤ 1 と任意の t に対し,
1+
∞
m=1 0
(−4t4 )m xbm = F (t, −t; 1; x) F (it, −it; 1; x) a1 b31 · · · am b3m
が成り立つ.なぜなら,両辺は 1 + O(x2 ) で始まる x のベキ級数であり,微
d 2 d 2 x + 4t4 を施すと 0 になるからである.そこ dx dx で,x = 1 とおき,F (a, b, c) に対するガウスの公式を用いると,
分作用素 (1 − x)
1+
∞ m=1
ζ(1, 3, 1, 3, . . . , 1, 3) (−4t4 )m " #$ % 2m 個
=
∞ sin πt sinh πt 2 π 4m = (−4t4 )m πt πt (4m + 2)! m=0
が得られる.
3 周期と L-関数 数論に周期が現れる最も顕著な方面は L-関数の特殊値との関連である.こ の関連は,まだほとんどが予想であるが,最近数十年の数論と数論的代数幾 何の統一テーマの一つであり,これからもずっとそうあり続けるであろう.こ の章ではそれをある程度詳細に議論したい.この章の最初の二つの節で,数 論に現れる L-関数やそれらのある場所における特殊値と周期の予想されてい る関係の概説を与える.続く三つの節で代数的整数論や保型形式の理論から 来る多くの例を述べる.§3.6 ではバーチ・スウィンナートンダイヤー予想に ついてかなり詳しく議論し,そして,それが Q 上の楕円曲線の L-級数の導 関数に対して与える予想式の “右辺” が,どうしてこの曲線の周期積分で書 けるのかを説明する.最後の節では,L-関数のテイラー展開の最初の係数に
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 97
ついての予想を特殊点におけるテイラー展開の第二項についての陳述に拡張 したコルメッツによる予想について述べる.
3.1 L-関数 前世紀の最も重要で不思議な発見の一つは,数論の多くの基本的対象— 代 数体,ガロア表現,代数多様体,そして,保型形式 — を結びつける L-関数と 呼ばれるある解析関数である.これは,その対象の性質や対象間の関係をあ る深い方法で組み込んでいる.この関数は次のような性質を持つディリクレ 級数 L(s) =
(i) L-関数は
an n−s((s) 0 で収束する)である.
p
Pp (p−s )−1 の形のオイラー積を持つ.ここで,積はすべて
の素数 p をわたる.また Pp (T ) は(代数的)整数係数を持つ固定された 次数 n(次数が下がっている有限個の p は除く)の多項式であり,それ は標数 p の有限体上の数論的対象のふるまいをある方法で述べている. (ii) L-関数は (s の整数値において,有限個の極のみを持ち)有理型関数に解 析接続できること,そして,ある正整数 k に対し L∗ (s) = ±L∗ (k − s) の形の関数等式を持つことが(知られているか)予想されている.ここ で,As
n
j=1
Γ ( 12 (s + αj ))(A > 0,αj ∈ Z)という形の “ガンマ因
子”γ(s) に対し,L∗ (s) = γ(s)L(s) である. (より一般的に,関数等式 は L∗1 (s) = wL∗2 (k − s) の形をしていると思われる.ここで L1 と L2 はガロア表現とその反傾のような双対的な数論的対象の L-関数であり,
w は絶対値 1 の代数的数である.しかしこれから挙げる例では L1 と L2 は常に一致する. ) (iii) L-関数は局所的リーマン予想,すなわち,Pp (p−s ) の零点は直線 (s) =
(k − 1)/2 上にある,を(みたすか)みたすと予想される. (iv) L-関数は大域的リーマン予想,すなわち,L(s) の零点は整数か直線
(s) = k/2 上にある,をみたすであろうと予想されている.
98 周期 (v) L-関数は s の整数値において,周期と関連がある興味深い特殊値を 持つ. 最後の性質がここで我々が関心を寄せているものであり,この章の残りで議 論するものである.しかし,まず最初に L-関数やその性質の例をいくつか述 べる. もちろん,最初の例は “リーマン” の(実際はオイラーの)ゼータ関数 ζ(s) である.この場合は(i)は n = 1 とすべての p に対し Pp (T ) = 1 − T として 成り立つ(オイラー).(ii)は k = 1 と γ(s) = π −s/2 Γ (s/2) として成り立つ (リーマン).局所的リーマン予想(iii)は自明であり,一方,大域的リーマン 予想(iv)は 100 万ドルの賞金のかかった問題である.そして(v)で述べてい る特殊値は次の表現
ζ(2) =
π2 , 6
ζ(4) =
π4 , 90
ζ(6) =
π6 , 945
ζ(8) =
π8 , ... 9450
(10)
そして(ζ(s) の解析接続の後)
1 ζ(0) = − , 2
ζ(−1) = −
1 , 12
ζ(−3) =
1 , 120
ζ(−5) = −
1 , ... 252 (11)
である.これらはそれぞれ 1734 年と 1749 年にオイラーにより発見された. 代数的整数論からくるリーマンゼータ関数のさまざまな一般化,特に(一般 性の増える順序では),ディリクレ指標 χ に関連する L-関数 L(s, χ)(ここで は n = 1,k = 1),代数体 F のデデキントゼータ関数 ζF (s)(n = [F : Q],
k = 1),そして, Gal(Q/Q) の表現 ρ に付随するアルチン L-関数 L(s, ρ) (ここで n = dim ρ,k = 1)などを含むものが,19 世紀から 20 世紀はじめ に発見され研究されてきた.§3.3 でそれらの関数の特殊値に関係する結果や 予想を論じる.
20 世紀の数論における主要な発展は,上記の数論的 L-関数が代数多様体 に関連するより一般的なディリクレ級数の 0 次元の場合にすぎないことを示 した点にある.X を有限個の Q 係数多変数多項式の根の集合として与えられ る,Q 上定義された滑らかな射影多様体とする.X に付随するゼータ関数を
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 99
−rs r p ζX (s) := exp N (p ) r
(12)
p 素数 r≥1
とおく.ここで,ほとんどすべての素数 p と r ≥ 1 に対し,N (pr ) を位数 pr の有限体上の X の定義方程式の解の個数により定義する.もし X を f (x) = 0 により定義される 0 次元多様体,ただし f は有理数係数の既約多項式,とす ると,そのとき ζX (s) は f の根を Q に添加して得られる体のデデキントゼー タ関数に一致する.X が 1 次元多様体(曲線)ならば,(X が楕円曲線のとき のハッセの結果と任意の種数 g の X に対してのヴェイユの結果より)ζX (s) は ζ(s)ζ(s − 1)/L(X, s) の形をしている.ここで L(X, s) は,X のハッセ・ ヴェイユ L-関数 であり,(i)で述べた形のオイラー積を持ち(ここで k = 2,
n = 2g ),そして,局所的リーマン予想(iii)をみたす.X が任意の次元 d な らば,ヴェイユ,グロタンディーク,ドヴァーク,ドリーニュなどの業績によ り ζX (s) は交代積としての標準的な表示
ζX (s) = L0 (s)L1 (s)−1 · · · L2d−1 (s)−1 L2d (s) を持つことが知られている.ここで各 Lj (s) は上の(i)と(iii)の性質をみたす オイラー積を持つディリクレ級数で,k = j + 1 であり,n は X の j 次ベッ チ数と等しい.より一般的に,代数体のデデキントゼータ関数を分解して原 始的部分であるアルチン L-関数が現れることに対応して,モチーフ的 L-関 数 L(M, s) を定義することができる.これは X のコホモロジーの任意の自 然な直和因子 M(“モチーフ”)に対し,性質(i)と(iii)をみたすオイラー積を 持つ. たった今与えられた性質が個々の因子,すなわち, (12)の r についての和を とることを正当化する.それに反して,オイラー因子をかけること,すなわち, (12)の p についての和の正当性は,ほとんどすべてが推測によるものである. なぜなら,期待される性質(解析接続,関数等式,リーマン予想,あるいは, 特殊値)のどれもが,次元が 0 でない多様体に対しては一般的に証明できな いからである.しかし,大域的な性質がいくつか確証される L-関数の第二の 類,すなわち,保型 L-関数が存在する.この場合の原型は §2.3 で定義した保 型形式 Δ(z) =
∞
m=1
τ (m)q m に関連するディリクレ級数
∞
m=1
τ (m)m−s
である.この関数は n = 2 と Pp (T ) = 1 − τ (p)T + p11 T 2 として(i)のよ
100 周期 うなオイラー積を持ち(これはラマヌジャンにより予想されモーデルが証明 した),k = 12 と γ(s) = (2π)−s Γ (s) として(ii)のような関数等式をみたし (ヘッケ) [訳注:これはウィルトンの結果である],そして,局所的リーマン 予想(iii)をみたす(ドリーニュ).任意のヘッケ固有形式 f (z) = から作られるヘッケ L-級数 L(f, s) =
∞
m=1
∞
m=0
am q m
am m−s に対しても,同様の
性質が成立する(ここで n = 2,k は f の重さと等しく,そして,Pp (T ) =
1 − ap T + pk−1 T 2 である).また,二次対称ベキ L-関数 L(Sym2 f, s)(これ は n = 3,Pp (T ) = (1 − pk−1 T )(1 − (ap2 − pk−1 )T + p2k−2 T 2 ) のオイラー 因子を持つ)や高次対称ベキ L-関数のような他の L-関数も f に付随する.そ れらはすべてアデール上の代数群 G の保型表現に付随する一般的なラングラ ンズ L-関数の G = GL(2) という特殊な場合に対応する.この分野における 主要な予想はラングランズプログラムであり,それは大ざっぱには,モチー フ的 L-関数の類と保型 L-関数の適当な類がちょうど一致すべきであるとい うものである.このプログラム(予想)のうち成り立つことが知られている場 合は数少ないものの,20 世紀の数論の最も深い結果をいくつか含んでいる. その結果とは,類体論,重さ k のヘッケ固有形式 f のヘッケ L-級数 L(f, k) はモチーフ的であるという定理(k = 2 の場合はアイヒラーと志村が,k > 2 の場合はドリーニュが,そして k = 1 の場合はドリーニュとセールが証明し た),そして,ワイルズと共同研究者により証明された Q 上の任意の楕円曲線 の L-級数は重さ 2 の保型形式のヘッケ L-級数に等しいという定理(以前は谷 山・ヴェイユ予想)である.ラングランズプログラムは数論のすべての主だっ た流れの重要な統一を与えるだけでなく,性質(i)–(v)を直接は証明できない いくつかの L-関数に対する確認も提供する.特に,ヘッケ L-級数に関する 局所的リーマン予想(iii) (“ラマヌジャン・ペーターソン予想”)の証明は,そ れらとモチーフ的 L-関数を同一視することによってのみ証明されているし, モチーフ的 L-関数の関数等式が証明できる場合はモチーフ的 L-関数が保型
L-関数であることを示すことによってのみできている.
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 101
3.2 特殊値: ドリーニュとベイリンソンの予想 オイラーが発見した ζ(s) の特殊値に関する式は既に述べた等式(10)と(11) である.ディリクレ級数 L(s, χ) に関する類似の結果は 19 世紀に証明され,総 実体のデデキントゼータ関数に関しては 1960 年代に証明された(クリンゲン・ ジーゲル定理).異なる方向では,1960 年代に,アイヒラー,志村,そしてマニ ンの結果が,重さ k の保型形式のヘッケ L-関数 L(f, s) の s = 1, 2, . . . , k − 1 における値を記述する式を導いた.そして,その後の数年で二次対称ベキ L関数 L(Sym2 f, s) や,ある高次対称ベキ L-関数のある特殊値に関する類似の 結果が証明されるか,さもなければ,実験的に得られた.1979 年には,ドリー ニュ[13] がそれらすべてを特別な場合として含む,非常に一般的な予想を立 てた.彼はどこでその型の特殊値が期待されるべきかを問うことから始めた. (10)と(11)に表れる変数は (s = 0 を除く.これは ζ(s) の関数等式において極
s = 1 に対応していて,ゆえに例外である. )正の偶数と負の奇数である.言い 換えれば,この種の良い公式を持たない値は負の偶数と正の奇数である.ζ(s) の関数等式が ζ ∗ (s) = ζ ∗ (1 − s) の形,ζ ∗ (s) は ζ(s) と γ(s) = π −s/2 Γ (s/2) の積である,を持つことを思い出すと,禁じられた整数はちょうど γ(s) か
γ(1 − s) の極であることがわかる.このことや他の例に基づき,ドリーニュ は γ(s) も γ(k − s) も極を持たない整数 s を(モチーフ的)L-関数 L(s) の臨 界値と定義した.ここで γ(s) と k は前節の(ii)のように定義されたものであ る.そして,彼は任意のそのような臨界値における L(s)(または L∗ (s))の 値は,周期を成分とするある行列式に 0 でない代数的な数を掛けたものにな るという予想を立てた.この予想の実際の陳述は,はるかに正確であり,そ の周期成分の行列を正確に(そのコホモロジー群,あるいは L-関数を定義し ているコホモロジー群の一部上のホッジフィルトレーションにより)記述する だけでなく,その未知の代数的因子がどの代数体に属すのか,Q の Q 上のガ ロア群の作用の下どのように変換するのかを明確に述べている. ドリーニュの予想は多くの場合に証明されたり,実験的に確かめられてい る.それらのいくつかは次の二つの節で述べられるだろう.一方,この状況 に含まれない L-関数の特殊値についてのいくつかの結果,とりわけ,代数体 のデデキントゼータ関数の s = 1 における留数を記述したディリクレの類数
102 周期 公式や,Q 上の楕円曲線の L-級数の s = 1 における最初にゼロにならない微 分係数を記述したバーチ・スウィンナートンダイヤー予想がある.それら二 つでは,問題の値に対しての証明された公式,または予想された公式は,あ る正方行列(第一の場合は単数の対数であり,後の場合は有理点の高さを成分 とする)の行列式として定義される “レギュレーター(単数規準)” と呼ばれる 量を含む.1980 年代の初めに,ベイリンソンはドリーニュの予想の膨大な一 般化をした.それは二つの特別な場合を含むだけでなく,すべての整数変数 でのモチーフ的 L-関数の値や,0 でない最初の微分係数(テイラー展開の最 初の係数)の値も含まれる.このことは,それらの値(ガロア群の下のふるま いだけがわかる 0 でない代数的数を決定することはできないが)をその L-関 数を定義する多様体上の周期や,ディリクレの類数公式やバーチ・スウィン ナートンダイヤー予想のものを一般化したレギュレーターで与えることによ るのである.数年後,ショル [21] はこのレギュレーターを周期として表現で きることに気づいた(また,部分的にはブロックとベイリンソンのより早い結 果によりわかっていた).これはベイリンソン予想の改良を導く.この改良は あまりに専門的であり,ここに述べることはできないが,その本質は次の美 しい(予想の)主張により把握できるであろう.これを広く普及することがこ の論文を書くことの主な動機の一つであった. ■予想(ドリーニュ・ベイリンソン・ショル) L(s) をモチーフ的 L-関数,m を任意の整数,そして,r を s = m における L(s) の零点の位数とする.そ
. のとき L(r) (m) ∈ P 次の二つの節でドリーニュとベイリンソンによる予想の説明を与え,§3.5 でショルによる改良をバーチ・スウィンナートンダイヤー予想の場合に詳し く説明する.
3.3 代数的整数論からの例 既に,等式(10)と(11)でリーマンゼータ関数の特殊値に関するオイラーの 公式を与えた.ディリクレ L-関数 L(s, χ) の場合も,臨界値が χ が奇指標(す なわち χ(−1) = −1)のときに正の奇数と負の偶数となる点が,ζ(s) や偶指
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 103
標に対して臨界値が正の偶数と負の奇数となることと違うだけである.なぜ なら,この場合ガンマ因子 γ(s) は As Γ (s/2) ではなく As Γ ((s + 1)/2) の形 をしているからである. 次の場合は代数体 F ,すなわち,α は既約多項式 f (X) ∈ Z[X] の根とし
F = Q(α),のデデキントゼータ関数 ζF (s) である.このゼータ関数は(f の 判別式を割らない p に対して)pr 元体内での方程式 f (x) = 0 の根の数を
N (pr ) とする式(12)によって §3.2 で定義した.f が法 p で Fp [X] 内の次数 n1 , . . . , nr の既約多項式の積に合同なら,簡単な計算により,それは ζF (s) が Pp (T ) = (1 − T n1 ) · · · (1 − T nr ) とする §3.1 の(i)で与えられた形のオイ ラー積を持つことと同値である.同様に,ζF (s) の p-オイラー因子は F 内で の素数 p の分解を述べており,それはこの関数に付随する興味深さを説明し ている.ζF (s) の関数等式はヘッケにより証明された. (ヘッケの方法はゼー タ関数をテータ関数のメリン変換として表すというリーマンの方法にならっ たものであるが,モチーフ的 L-関数の関数等式は,保型形式やその一般化に 基づいているという §3.1 の終りの主張に合致している. ) この場合は,k = 1 であり As Γ (s/2)r1 Γ (s)r2 の形のガンマ因子を持っている.ここで r1 と 2r2 は,それぞれ,多項式 f の実と虚の根の個数である.それゆえ,F が総実 (r2 = 0)ならリーマンゼータ関数のときと同じ臨界値(すなわち,正の偶数と 負の奇数)を持ち,それ以外なら臨界値を持たないことが分かる.前者(F が 総実)の場合,前節のクリンゲンとジーゲルの定理が式(10)と(11)の類似を 与える.特に,ζF (s) の s が負の奇数での値は 0 でない有理数である. 最初の非臨界値は s = 1 である.ここでは前節で述べたディリクレの類数公式 が,ζF (s) の留数を π r2 と各成分が F の単数の対数の (r1 +r2 −1)×(r1 +r2 −1) 行列の行列式であるレギュレーターの積の代数的数倍(実際は,有理数の平方 根)として表現している.この代数的因子も正確に知られており F の類数を 含み,それゆえこの定理の名前となっているのであるが,ここでは立ち入ら ない. ディリクレの定理は 19 世紀の中ごろに証明された.それは二つの一般化 を持っているが,どちらも特別な場合を除いては予想である.一つは ζF (s) をアルチン L-級数 L(s, ρ) に置き換えることである.ここで ρ は F のガロア 群の既約表現である.(デデキントゼータ関数は有限個のアルチン L-級数に
104 周期 分解し,逆に,アルチン L-級数 L(s, ρ) はあるデデキントゼータ関数の因子 であるので,これは ζF (s) を見ることよりもより改良されている.L(s, ρ) の 有理型接続と関数等式は知られているが,一方,その正則性は一般には予想 のみされている. ) このときのディリクレの公式の一般化はスターク予想で ある.これは L(1, ρ) はいつでも代数的数と,π のベキ,そして,単数の対数 からなる行列の行列式の積として表示できるというものである.(詳しくは,
[24] と [25] を参照せよ. ) この予想はいくつかの場合に証明され,その他の 多くの場合には数値的に確かめられているが,一般的な証明はまだまだ遠い. 知られている主な場合はクロネッカーの極限公式であり,これは虚二次体に 関連するある二次元表現に対して問題の主張を証明するために,保型形式の 理論からの方法を用いて示される. 異なる方向の一般化としては,ζF (s) を再び,しかし今度は非臨界値 s = m (すなわち,F が総実のときは正の奇数であり,それ以外では任意の正の整 数である)において見ることができる.ここでは,ζF (m) の代数的 K-理論か らくるレギュレーターとしての表示が 1975 年にボレルによって発見された
[10].前節の最後に説明した一般的な段取りに従うと,この表示は周期であ るが,あまり明示的ではない.なぜなら,体の高次の K-群に対してはアル ゴリズム的記述が知られていないからである.特殊値 ζF (m) に対する,より 計算しやすい,しかし予想である公式は,著者の一人 [30] により,m 次多重 対数関数 Lim (z) =
∞
n=1
z n /nm の代数的変数(より正確には,F に属する
変数)における特殊値によって与えられた.ボレルのレギュレーターと多重 対数関数の値は環 P に属すので,この予想はいくつかの具体的な場合におい て,§1.2 の意味で,“接近可能” であることが分かる.この予想は m = 2 と 3 の場合に証明されており(後者の結果は,より大変で,ゴンチャロフによる), そして,多くの例で数値的に高い精度まで調べられている. それら類数公式の二つの一般化を,アルチン L-関数の整数値 s = m > 1 に おける値を見ることにより,組み合わせることができる.そして,それは再 び多重対数関数からなる行列の行列式によって表示できると予想される.ク ロネッカーの極限公式に対応する場合には,この命題ははるかに明確にでき, そして,整数係数の正定値二元二次形式 Q に付随するエプシュタインゼータ 関数
ζQ (s) =
x, y ∈ Z
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 105
1 Q(x, y)s
(13)
の s = m における値が(代数的因子と π のベキを除いて)m 次多重対数関数 の(Q により定義される虚二次体のアーベル拡大に属する)ある代数的変数に おける値に等しいことを予測することができる.典型的な例として,
x, y ∈ Z
1 (2x2 + xy + 3y 2 )3 & ' 64π 3 1 3 = 5/2 Li3 (α) − Li3 (α3 ) + Li3 (−α4 ) + Li3 (α5 ) (14) 3 2 23
がある.ここで α = 0.75487 . . . は α3 + α2 = 1 の実数根である.この予想 は多くの場合が調べられ,m = 2 の場合はレビンにより証明されている. (詳 しくは [33] を見よ. )
3.4 保型形式からの例 再び,臨界値をまず扱う.既に §3.2 で述べたように,それらは [13] 内の予想 に対しての主な動機付けを与える例である.重さ k の保型形式 f (z) =
an q n
(例えば,モジュラー群 SL(2, Z) 上の保型形式とする)を考える.f はヘッケ固 有形式であると仮定すると,その L-級数 L(f, s) =
∞
n=1
an n−s は §3.1 で述
べたようなオイラー積を持つ. (読者は f = Δ,k = 12 の場合を考えるとよい. ) 関数等式は L∗ (f, s) = ±L∗ (f, k − s),ただし L∗ (f, s) = (2π)−s Γ (s)L(f, s) の形をしているため,ドリーニュの意味での臨界値は s = 1, 2, . . . , k − 1 である.(アイヒラー,志村,およびマニンによって発展した周期多項式の 理論を用いるか,あるいはランキンの方法によって)f に対して二つの実数
C+ ,C− が存在して,次の性質をみたすことを示すことができる.L∗ (f, s) の s の偶数値(奇数値)における値は C+(C− )の代数的数倍であり,積 C+ C− は f のペーターソンノルムの平方 (f, f ) =
H/Γ
|f (x + iy)|2 y k−2 dxdy の
代数的数倍である.例えば,f = Δ に対し二つの定数 C+ = 0.046346 . . . ,
C− = 0.045751 . . . を得る.また C+ C− = 211 (Δ, Δ) である. s L (Δ, s) ∗
6
7
8
9
10
11
1 30 C+
1 28 C−
1 24 C+
1 18 C−
2 25 C+
90 691 C−
106 周期 [13] で,ドリーニュは彼の予想によってこうした結果が導かれることを,C± が Δ に付随するある周期積分になることを用いて示しただけでなく,彼の予 想からは,任意の r ≥ 1 と r によって決まるある有限集合に属する s に対し て,L(Symr Δ, s) の特殊値がある明確に与えられた π ,C+ ,そして,C− の 単項式の有理数倍になるであろうことが予言されることも示した.これらの 結果は r = 2 に対しては知られている.このとき臨界値は s = 12, 14, . . . , 22 で,数 L(Sym2 Δ, s) は π 2s−11 C+ C− の有理数倍である.しかし,より高い
r に対しては計算された例がなかった.その後の r = 3(この場合,臨界値は 3 s = 18, 19, . . . , 22 であり,特殊値は π 2s−11 C± C∓ に比例する)と r = 4(こ 3 3 C− に比例する)に対して の場合 s = 22, 24, . . . , 32 で L-関数値は π 3s−33 C+
の数値計算はドリーニュの予想を高い精度まで確認し,その予想の正当性に 納得の行く証拠を与えた. ドリーニュが初期に行った L-級数 L(Δ, s) がモチーフ的であることの証 明は L(Δ, s) をレベル 1 のモジュラー曲線上の普遍楕円曲線の 10 次ファイ バーベキとして定義される久賀多様体と呼ばれるある(複素)11 次元代数多 様体の 11 次コホモロジー群のある 2 次元部分の L-関数と捉えていた.よっ て,彼の一般的な予想に従うと,数 C± は,この多様体の適当な(実)11 次 元サイクル上の 11 形式の積分となるはずである.これは複雑に聞こえるが, 実際には,全く初等的な方法で書くことができる.これを行うために,積分 表示 L∗ (Δ, s) =
∞ 0
Δ(iy) y s−1 dy から始める.§2.1 で議論した楕円曲線
の族の一つ(きちんとさせるために,例えば,等式(7)により与えられる二番 のもの)を選び,それをモジュラー曲線のパラメーターを定め直すために用 いる.§2.3 で見たように,(8)の t に保型関数 λ(z)(z ∈ H)を代入すると,
Ω2 (t) = πθ(z)2 と Ω1 (t) = zΩ2 (t) となる.ここで θ(z)2 は重さ 1 の保型形 式である.関数 Δ(z) は,重さ 12 の保型形式であるが,θ(z)2 の 12 乗と λ(z) (= t)の有理関数(これは t2 (t − 1)2 であることが分かる)の積で書ける.同 様に,重さ 2 の保型形式 dt/dz は (θ(z)2 )2 と別の t の有理関数の積であり, これを用いると明確な周期表現
1 L (Δ, n) = n−1 11 i π ∗
1
Ω1 (t)n−1 Ω2 (t)11−n t(1−t) dt 0
がわかる.同様な代入により,また,
(n = 1, 2, . . . , 11)
. (Δ, Δ) =
C
C
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 107
dμ(x) |x(x − 1)(x − t)|
10
|t|2 |1 − t|2 dμ(t)
を得る.ここで dμ(x)( = dx0 dx1 もし x = x0 + ix1 ならば)は C のルベー
.
グ測度であり,= は Q× π Z 内の計算可能な因子を除いて等しいことを意味す
を示している. る.これははっきりと (Δ, Δ) ∈ P 今度は非臨界値を考えよう.次に述べるのは §3.2 の予想の特別な場合であ るが,その分野の専門家達にさえ良くは知られていないと思われる. ■定理 f を Q 上定義された重さ k ≥ 2 の保型形式とする.そのとき,すべ
と ての m ≥ k に対し(0 < m < k の臨界値に対しても同様に)L(f, m) ∈ P なる. これは m = k = 2 の場合にベイリンソン [2] がランキンの方法とコホモ ロジー操作を組合せて証明し,一般の場合はデニンガーとショル [14] が同様 な方法を拡張して証明した.ベイリンソンの証明を書き下せば(全く明らかな
b
演習問題ではないが),L(f, 2) が,π のベキを除いて,
a
log |A(x)| B(x) dx
の形をした積分の有理数係数の線型結合として表されることがわかる.ここ で A(x), B(x) ∈ Q(x) かつ a, b ∈ Q である.他方では,二変数ローラン多 項式 P (x, y) のマーラー測度 μ(P )((4)を参照せよ)もまたこの形の積分と 等しい(μ(P ) は二重積分として定義されるが,この二つの積分の一つはイエ ンゼンの公式を用いて実行することができる).多項式の零点が Q 上の楕円 曲線になっていると,その多項式のマーラー測度は,π のベキを除いて,こ の曲線の L-級数の s = 2 での値の有理数倍に等しいということが §1.2 の終 りに与えた二つの例を含む多くの場合に成り立っている.読者は詳細とこの 美しい関係の数多くの例について [11] および [20] を参照されたい.
k = 1 に対しては,ベイリンソンの方法は適用できない.なぜなら,それ は,n を L(f, s) の臨界値とするとき,L(f, m)L(f, n) の積分表示をランキ ンの方法で得ることから始めるのであるが,そもそも,重さが 1 のときは臨 界値が存在しないのである.もし f を重さ 1 の固有形式とすると,ドリー ニュとセールの定理は L(f, s) が 2 次元ガロア表現 ρ のアルチン L-級数に等 しいことを言っている.ゆえに,§3.3 の状況に戻ると,そこで議論された予 想は L(f, m) が m 次多重対数関数の代数的変数における値によって表現で
108 周期 きるべきであると言っていることになる.等式(14)はこれの一つの例である. なぜなら,左辺に現れる数は重さ 1 のテータ級数 f (z) =
2
x,y
q 2x
+xy+3y 2
のちょうど L(f, 3) の値になるからである.一般に,保型形式 f が二元二次 形式 Q に付随するテータ級数で,L(f, s) = ζQ (s) のとき(それらはいわゆ る CM 形式であり,GL(2, C) 内の像が二面体群になる 2 次元表現 ρ に対応 している)は,いつでも [33] の §7 で述べられている計算によって L(f, m) を
β α
E2m (z) Q(z)m−1 dz の形の積分の和として書くことができる.ここで α
と β は CM 点であり(§2.3 を見よ),E2m (z) は重さ 2m の正則アイゼンシュ タイン級数である.そのとき L(Δ, n) に対して上で用いたのと同様の方法に よりこの積分を明確に周期として書き直すことができる.このことはこの型 の保型形式に対する上の定理を証明するのと同様に,前節で論じた高次のク ロネッカーの極限公式が,まだ予想ではあるが,§1.2 の意味で “接近可能等 式” であることを意味している.
f (z) が 2k 変数の二次形式に付随するテータ級数の場合に上の定理(または k = 1 のときは上の議論)を適用することにより,次を得る. ■系 Q(x1 , . . . , xn ) を Q 係数の偶数個の変数を持つ正定値二次形式とする. そのときエプシュタインゼータ関数
ζQ (s) =
x1 ,...,xn ∈ Z
1 Q(x1 , . . . , xn )s
に属す. のすべての整数 s > n/2 での値は P ■問題 これは奇数個の変数の二次形式に対してもまた成り立つだろうか? 特に,数
x, y, z ∈ Z
(x2
1 + y 2 + z 2 )2 = 16.532315959761669643892704592887851743834129 . . .
に属しているか? はP 最後の例として,偶数の重さ k のヘッケ固有形式の L-級数 L(f, s) が関数 等式の中心点 s = k/2 で 0 になっている場合を考える.これはバーチ・ス
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 109
ウィンナートンダイヤー予想(§3.5 を参照せよ)の場合の中で特に興味深い. ここでは k = 2 であり,零点の位数は考えている楕円曲線のモーデル・ヴェ イユ群のランクに等しいと予想されている.しかし,L(f, s) の関数等式が符 号 −1 を持つなら任意の重さの場合に現れる.この状況の下,次を得る. ■定理 f を偶数の重さ k のヘッケ固有形式とし,L∗ (f, s) = −L∗ (f, k − s)
とする.そのとき L (f, k/2) ∈ P. この定理ははっきりとは述べられてはいないが,[15] の結果から導かれる.
[15] の主な目的は L-級数の零点の位数とモーデル・ヴェイユのランクが共に 1 のときの楕円曲線に関するバーチ・スウィンナートンダイヤー予想の公式 を有理数倍を除いて証明することである.しかし,証明の解析部分は任意の 偶数の重さ k の保型形式に適応し,そして,L (f, k/2) を代数的値の対数と より高い重さのグリーン関数 Gk/2 (z1 , z2 ) の CM 点における特殊値の有限和 としての表示を与える.それらの特殊値は周期となることもわかる.このこ とから,ちょうど今述べた定理以外の結果もでる.[15] と [16] で,重さ k の カスプ形式が存在しない場合には,グリーン関数の任意の CM 点における値 が代数的数の対数に代数的数を掛けたものになるだろうという形の予想を立 てた.これらの値が周期として表現できるという事実は,この予想を “接近 可能” にする.これの一つの例(この例の左辺と右辺はモジュラー群に関する
√ √ −G2 (i, i 2)/ 2 の証明された値と予想された値に相当する)は,予想され る等式
20G + 1728π 2 π
∞
√
2
√ 27 + 19 2 E4 (iy)Δ(iy) 2 ? √ (y − 2) dy = log E6 (iy)2 27 − 19 2
である.ここで G = 1 − 3−2 + 5−2 − · · · はカタラン定数(それ自身は周期) である.L(Δ, n) の臨界値に対して用いたものと同様な変換 t = λ(iy) によっ て,この公式の左辺の積分を周期積分
0
√ 3− 2
t2 (t − 1)2 (t2 − t + 1) Ω1 (t)2 + 2Ω2 (t)2 dt 2 2 2 (t + 1) (t − 2) (2t − 1)
の簡単な倍数として表すことができる.ここで Ωi (t) は(8)のように定義す る.したがって,少なくとも第 1 章で議論したような計算の法則のみを用い て,初等的な証明を与えようと試みることができる.
110 周期
3.5 バーチ・スウィンナートンダイヤー予想 バーチ・スウィンナートンダイヤー(BSD)予想は,もともと,数値実験に 基づいて 1960 年代中ごろに定式化されたものである.この予想は,数論に おいて最も美しく,最も興味をそそる未解決問題の一つであり,既に §3.2 で 述べたように非臨界値における L-級数についての一般的なベイリンソン予想 に対するスタート地点であり,動機を与える例となった.この節 — この論 文で最も長く,そして,唯一完全な証明を含む節 — では,その主張を思い 出し,それがどのように周期のみを含む形に書き直せるかを示す.そのため に,§3.2 で述べたショルによるベイリンソン予想の一般的な再定式化の具体 的な場合を説明する.この節の計算は,BSD 予想のブロック版([8])の初等的 で明確な実現と見ることもできる.初等的定式化の可能性を示したゴンチャ ロフに感謝したい. まず BSD 予想の古典的形から思い出そう.E を Q 上定義された楕円曲線 とし,A, B ∈ Z なるワイエルシュトラス方程式 y 2 = x3 + Ax + B により 与えられるものとする.その L-関数 L(E, s) は (s) >
3 2
で
p
Pp (p−s )−1
の形のオイラー積により定義される.ここで(有限個を除くすべての p に対 し)Pp (X) を 1 − (Np − p)X + pX 2 とする.ただし,Np は y 2 = x3 + Ax + B を法 p で見た解の個数である.r をモーデル・ヴェイユ群 E(Q) のランクと すると(モーデルの定理によって E(Q) が有限生成であることは知られている ので,r は有限である),この予想が主張するものは,関数 L(E, s) の s = 1 における零点の位数はちょうど r であること,そして, ?
L(r) (E, 1) = c · Ω · R である.ここで Ω =
E(R)
(15)
dx/y は実の周期,R(レギュレーター) は
E(Q)/(ねじれ)の Z-基底に関して後で定義するハイトペアリング ( , ) の行 列式であり,そして,c はある 0 でない有理数で,それはこの予想により明 確に述べられているが,ここでは略そう.もちろん,この予想を意味のある ものにするために,まず,始めは (s) >
3 2
で定義されていた L(E, s) がす
べての s(少なくとも s = 1)に正則に接続されることを知らなくてはならな い.もし楕円曲線 E がモジュラーであるならこのことは保証されている.ま
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 111
た,楕円曲線がモジュラーかどうかは与えられた曲線ごとに初等的な方法で 調べることができるのだが,今ではワイルズ達の定理のおかげですべての楕 円曲線がモジュラーであることが知られている. 証明したい命題は次である. ■定理 (15) の右辺は P に属す. 左辺はどうであろうか? 次を定式化する. ■問題 4 f を偶数の重さ k のヘッケ固有形式,そして,r を L(f, s) の s = k/2 における零点の位数とする.そのとき L(r) (f, k/2) ∈ P であることを示せ. 前節で述べた結果は,r = 0 と r = 1 の場合を示している.もしこれを一 般に証明できたなら— 手の届くところにあるのかもしれない — ,それと上 の定理を組み合わせることは,第 1 章の意味で BSD 予想の等式を “接近可能 等式” にし,そして,このように証明ではないとしても,少なくとも各々の 楕円曲線に対して予想された等式の正しさを確認する方法を与える.数値的 に高い精度まで調べられている場合は多いにもかかわらず,これまでに(15) が正確に分かっているランク r ≥ 2 の楕円曲線は一つもないことを強調して おこう. 定理を証明する前に,数値例を挙げて説明する.E を導手 37 の楕円曲線
y = 4x3 − 4x + 1 とする.これは無限のモーデル・ヴェイユ群を持つ最 2
小導手の曲線である.明確に言うと,E(Q) は無限巡回群であり,生成元は
P = (0, 1) であり,いくつかの始めの元として次の点を含む. n nP
2 (1, 1)
3 (−1, −1)
4 (2, −5)
5 ( 41 , − 14 )
6 (6, 29)
7 (− 95 , 43 27 )
レギュレーターは (P, P ) = 2h(P ) と等しい.ここで,h(P ) は,標準的なハ イト(高さ)であり,limn→∞ (log Nn )/n2 として定義される.ただし,Nn は
nP の x 座標の分子と分母の絶対値の大きい方である.(ハイトペアリングの より便利な定義は定理を証明した後で与えることにしよう. ) 数値的に,
Ω = E(R)
dx √ = 5.98691729 . . . , 3 4x − 4x + 1
R = (P, P ) = 0.0511114082 . . .
112 周期 を得,そして,バーチ・スウィンナートンダイヤーの公式(この場合は証明さ れている)は,
L (E, 1) = Ω R = 0.305999773 . . . を述べている.前に言っていた周期としての(15)の表現は,ここでは,
0 dx √ 3 −1 4x − 4x + 1 Ω R = 2 dx √ 3 − 4x + 1 4x 1
1 dx 1− √ 4x3 − 4x + 1 2x −1 2 1 dx 1− √ 4x3 − 4x + 1 2x 1 0
(16)
により与えられる. さて,証明に戻る. (15)のレギュレーターは r × r 行列 (Pi , Pj ) の行列式と して定義される.ここで,{Pi } は自由 Z-加群 E(Q)/(ねじれ)の基底である. 多少ひねくれているが,この格子を R と L という文字(Regulator Lattice, または,Right と Left を考えている)により表す.そして,ハイトペアリン グ ( , ) を,これは対称であるが,L × R から R への写像として考える.こ
とR (に拡 のような非対称性を導入するのは,L と R をより大きな格子 L とR (は,L と R に対しては 張するためである.ここで,L 0 → Z → L → L → 0 ,
(→R →0 0→Z→R
(17)
×R (→R によって関連し,そして,お互いには拡張されたハイトペアリング L とR ( は(標準的には)お の存在により関連し,そして,この新しい格子 L 互いに同型ではない.目標とすることは,上で与えられた定理の主張よりも
とR ( の Z-基底に関しての拡張さ より正確になるが,(15)内の積 ΩR が L れたハイトペアリングの行列式として定義される拡張されたレギュレーター
に等しいことを示すことである. R まず,ふつうのハイトペアリングの定義を思い出す.今後ずっとねじれを無 視して,L = R を Q 上定義された次数 0 の E の因子群 Div0 (E/Q) の,そ
の主因子の部分群 Prin(E/Q) ∼ = Q(E)× /Q× による剰余群として書くこと
ni (xi )(ni ∈ Z,xi ∈ E(Q),すべての σ ∈ Gal(Q/Q) に対して D = D)と D = j nj (xj ) が次数 0 の二つの因子ならば,簡
ができる.D =
i
σ
単のため互いに素な台を持つと仮定するが,そのとき,(大域的)ハイトペア
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 113
リング (D, D ) は局所的ハイトペアリング (D, D )v の和に等しい.ここで,
v は Q の素点,すなわち,有限素点と “無限素点”,をわたる.局所的ハイ トペアリングは D と D について対称であることと,E の p 進位相,また は,複素位相で xi の連続関数に拡張され,そして,D = (f ) が主因子なら ば式 (D, D )v =
ni log |f (xi )|v によって与えられる.最後の式は,もし 因子の一つが主因子ならば(積公式 v | · |v = 1 により)和 (D, D ) が 0 にな i
り,それゆえ,レギュレーター格子 L = R 上定義可能であること,また同 時に,局所的ペアリング ( , )v は一意的であること(なぜなら,任意に二つ を選び,その差を考えると,それはヤコビアンの p 進または複素の点,すな わちコンパクト群,から R 内への連続な双線型関数であり,ゆえにゼロにな るからである)を示している.存在することを示すためには,この条件をみ たす局所的公式を見つけなければならない.このことは,有限素点に対して
(D, D )p = (D · D )p log p ∈ Z log p(ここで (D · D )p は,局所交点数であ り,D と D の点が法 p や p のベキでお互いに合同であるのはどの程度であ るかを測る整数であり,有限個の p を除いてゼロになる),そして,無限素点 に対して (D, D )∞ =
j
nj GD (xj ) と置くことにより与えられる.ここで,
GD (x) は D に付随するグリーン関数であり,xi の近傍の局所座標において GD (x) = ni log |x − xi | + O(1) をみたす E(C) |D| 上の唯一の(D とのペ アリングをとると無くなる付加定数のちがいを除く)調和関数として定義され る.GD (x) は
x a
ωD として構成することができる.ここで,a ∈ X(Q)
は任意の基点であり,ωD は X 上の有理型 1 形式(微分)で次をみたすもので ある. (i) ωD は xi で留数 ni の 1 位の極を持ち,他に極を持たない. (ii) ωD は R 上定義されている. (iii)
E(R)
ωD = 0 .
最後の条件は,条件(i)と(ii)において ωD は ω0 = dx/y の実数倍を加える自 由度があり,
の条件は,積分
ω0 E(R) x ωD が a
= Ω = 0 であることから可能である.そして,そ ω の半整数倍のちがいのみを除いて定義さ E(R) D
れるため(これは(ii)と,E(R) のホモロジー類は H1 (E(C), Z) の複素共役に
114 周期 より固定される部分の生成元の 1 倍か 2 倍であることによる),必要であり, 我々にとって重要なものである.それは,x ∈ E(Q) に対し,GD (x) が Ω −1 P ∗ に属することを意味する.実際に,ωD を条件(i)と “R” を “Q” に置き換えた
条件(ii),このことは D が Q 上定義されているため可能であるが,をみたす
を後で定義するとき,もし,単なる Q 上の 二つ目の有理型 1 形式とする. (L ベクトル空間というより格子を得たいなら,実際に,ωD をネロンモデルで Z 上定義されているようにせねばならない.しかし,これは些細な点であり,無 視することにする. ) そのとき,以前述べたことにより,ある λ ∈ R に対し, ∗ ωD = ωD + λω0 となる.係数 λ は
E(R)
∗ + λΩ = E(R) ωD = 0 ωD
により計算され,ゆえに,要求されたように,
x ω ω0 1 1 a E(R) 0 P GD (x) =
∈
x ∗ ∗ Ω Ω ω ω D D a E(R)
if x ∈ E(Q) (18)
である.このことは,(D, D ) が有限個の項 GD (x) と log p の和と書けるの で,Ω −1 P に属することを示している.
とR ( ,そして,それらのペアリングを構成する.L とし いま,格子 L て,Q 上(または,むしろ Z 上)定義され留数が整数の一位の極のみを持つ有 理型 1 形式のなす群を f ∈ Q(E)× なる 1 形式 df /f の部分群により割った
→ L は 1 形式 ω に付随する因子 Res(ω) = ものをとる.(17)内の写像 L
ni (xi ) ∈ Div0 (E/Q) により与えられる.ここで,{xi } は ω の極であり, {ni } は対応する留数である.一方,写像 Z → L は 1 に ω0 を対応させるも i
( を,R 上定義される(すなわち,複素共役でホ のとする.もう一つの格子 R モロジー不変な)E(C) 上の(向き付けられた)1 チェイン C で境界は Q 上定 義されているもののホモロジー類群を “切断” からなる部分群により割った ものとして定義する.ここで,C が “切断” であるとは,E(C) |C| 上の正 則関数 ϕ で,その値が重複度 m の C の成分を(すべてが向き付けられてい るとして,左から右へ)横切るとき m だけ飛越し,そして,f = e2πiϕ が E 上有理型になるものが存在するときを指す.そのとき,f は因子 ∂C を持ち, ゆえに,∂C は主因子である.そして逆に,任意の f ∈ Q(E)× /Q× はホモロ ジー的に一意的な付随する切断をもつ.ゆえに,実際,境界写像 C → ∂C は
→ E(Q)/(ねじれ) = L を与える.残りの写像 ちゃんと定義された写像 L
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 115
( →Rは Z → L は 1 → E(R) により定義され,そして,ペアリング L × R (ω, C) =
C
ω + Res(ω), ∂C f
により定義される.ここで,(D, D )f =
p (D, D )p
(19)
∈ log(Q>0 ) は二つの
因子 D と D のハイトペアリングの有限部分を意味する.このペアリングの 定義がうまく行っていること(すなわち,ω = df /f または C が切断であるな
とR ( の基底に関する行列式が ら,それは 0 になること)と,(18)から,L (正規化からくる単純な有理数倍のちがいを除いて)Ω と R の積に等しいこと を確かめることは読者にまかせよう.これで定理の証明は終りである.(16)
×R ( ) のペアリングで, (19)での有限の高さの寄与が消えるよ の行列は,(L の基底を ω0 = dx/y と ω1 = ((y − 1)/2x)ω0 ,R (の うに注意して選び,L 基底を [−3P, P ] と [2P, −4P ] とした特別な場合である. 最後に注意を二つ与える.一つ目は,上で述べたすべてのことは,E を任 意の種数 g の曲線に変えたとき,(17)の Z が Zg に変わり,ゆえに,この場 合の拡張されたレギュレーターが (r + g) × (r + g) 行列の行列式になるこ と以外は変化せずにうまくいくことである.二つ目は,数 Ω =
E(R)
ω0 は,
より一般に臨界値における L-関数値に関するドリーニュ予想の式に現れる周 期行列の成分は,“純周期” であり,一方,(16)の行列要素は,より一般に, 非臨界値における L-関数値に関するベイリンソン・ショル予想の式に現れる 周期行列の成分は,“混合周期” であるということである.ここでの “純” と
“混合” という言葉は,その問題の数がそれぞれ,純粋な,そして,混合され たモチーフの周期であることを意味している(§4.2 の終りでの注意を参照せ よ).それらを初等的な方法で正確に定義することはやや難しい.§1.1 の例 の中で,数 π ,楕円積分,そして,Γ (p/q)q は純周期であり,一方,代数的 数の対数,多重ゼータ値,そして,マーラー測度は(一般には)混合周期であ る.周期が純周期になるための必要な,しかし,十分ではない条件は,それ が Q 上定義された滑らかな代数多様体の閉代数的微分形式の閉サイクル(す なわち,境界を待たないチェイン)上の積分として表せることである.
116 周期
3.6 第二係数: コルメッツ予想 ベイリンソン予想は L(s) の整数値 s = m ∈ Z におけるローラン展開の第 一係数のみを扱っている.一般に,第二係数に対しては興味深い数論的性質 は全く期待されない.それにもかかわらず,いくつかの注目すべき例外が存 在する.例えば,
1 ζ(s) = − + log 2
1 √ 2π
· s + O(s2 ), s→0
または,より示唆的な形として,
log ζ(s) = log − 12 + log(2π) · s + O(s2 ) である. ■予想 [12]
ρ : Gal(Q/Q) → GL(n, Q) を絶対ガロア群の表現で
ρ(複素共役) = −1n×n なるものとする.そのとき,アルチン L-関数 L(ρ, s) の s = 0 における対数 微分は,虚数乗法を持つアーベル多様体の周期の対数たち有限個の Q 係数の 線型結合である.
K2 を総実な代数体 K1 の総虚な二次拡大とすると(すなわち,共役はすべ √
て負であるようなある代数的数 α に対し,K1 = Q(α) かつ K2 = Q( α)), そのとき,デデキントゼータ関数の比 ζK2 (s)/ζK1 (s) は上の予想で考えられ た形の L-関数である.この場合,s = 0 における対数微分はただ一つの周期 の対数である.K1 = Q に対して,これは §2.3 の終りに述べたチャウラ・セ ルバーグの公式の結果である. コルメッツはアーベル表現の場合の予想を(予想に現れるすべての体が円 分体のとき)自ら証明した.本質的には,それを有理数におけるガンマ関数の 値と周期との既知の等式に帰着させたのである.今日,任意の非アーベル表 現に対してコルメッツ予想によって予測される等式を証明するアイディアを
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 117
持っている人はいないと思われる.ごく最近,吉田敬之がコルメッツ予想を 改良し,さまざまな非アーベルの場合での,いくつかの非常に自明ではない 数値的確認を行った [28,29].
4 周期とモチーフ 4.1 抽象周期の環 この論文の最後の節では,周期の観点から,モチーフに対する初等的な処 理法を提示する.これをするために,第 1 章で与えた周期の定義よりもより
“科学的な” 定義が必要である. X を Q 上定義される次元 d の滑らかな代数多様体,D ⊂ X を正規交叉 を持つ因子(すなわち,局所的に D は座標超曲面の集合のように見える),
ω ∈ Ωd (X) を最高次数の X 上の代数的微分形式(ゆえに,ω は自動的に閉), そして,γ ∈ Hd (X(C), D(C); Q) を因子 D(C) 上に境界を持つ複素多様体
X(C) 上の特異チェイン(のホモロジー類)とする.積分
γ
ω ∈ C を四つ組
(X, D, ω, γ) の周期とよぶ.Q へのスカラー制限関手と標数 0 での特異点の 解消を用いることにより,代数的数体 Q 上定義される半代数的集合上の代数 的形式の収束積分は上のような形式に帰着することができる. ■定義 有効周期の空間 P を次の関係を法とする上の四つ組の同値類を表す 記号 [(X, D, ω, γ)] により生成される Q 上のベクトル空間として定義する. (1) (線型性)[(X, D, ω, γ)] は ω と γ の両方について線型である. (2) (変数変換)f : (X1 , D1 )→(X2 , D2 ) が Q 上定義されている対の射で あり,γ1 ∈ Hd (X1 (C), D1 (C); Q),そして,ω2 ∈ Ωd (X2 ) ならば,
[(X1 , D1 , f ∗ ω2 , γ1 )] = [(X2 , D2 , ω2 , f∗ (γ1 ))] . ˜ によって D の正規化を表す(すなわち,局所的 (3) (ストークスの公式)D ˜ は D の二重点からく にそれは D の既約成分の直和である).多様体 D ˜ 1 を含んでいる.このとき,β ∈ Ωd−1 (X) と る正規交叉を持つ因子 D γ ∈ Hd (X(C), D(C); Q) に対して,
118 周期 ˜ D ˜ 1, [(X, D, dβ, γ)] = [(D, β|D˜ , ∂γ)]. ˜ ˜ 1 (C); Q) は境界作 ここで,∂ : Hd (X(C), D(C); Q)→Hd−1 (D(C), D 用素である. そのとき,P から C への付値準同型 [(X, D, ω, γ)] →
γ
ω の像は,まさ
に,数値周期の集合 P に等しく,そして,§1.2 の予想 1 は次と同値である. ■予想 付値準同型 P → P は同型である. (既知の)事実は,この予想とドリーニュ 例えば,数 π が超越的であるという の重さ理論から導かれる. 積分の積は再び積分になるため(フビニの公式),有効周期の全体は環をな す.有効周期の環を,C 内での付値が 2πi である元を形式的に反転させた,
に拡張すると便利である.略式には,抽象周期全体の環 P は より大きな環 P P[(2πi)−1 ] であると言うことができる. 内の可逆元で その対数がコルメッツ予想に現れる周期は拡張された環 P ある.
4.2 モチーフ的ガロア群 は Q 上無限生成であるが,有限生成の部分環の帰納極限と書ける.こ 環P が Q 上の有限次元アフィンスキームの射影極限であるこ のことは Spec(P) が Q 上のプロ代数的トルソーの構造を持つことを示 とを意味する.Spec(P) そう. 与えられた集合 S 上の集合論的なトルソー(すなわち,群 G の主等質空間) の構造とは,
(x, y, z) → x · y −1 · z なる写像 S 3 →S のことである.ただし,S と G-集合 G とを同一視している.
X がプロ代数的トルソーなら,そのとき,X 上の三重積は関数の環 O (X) 上の三重余積を生じる.
上の三重余積を述べよう.(X, D) を,共に Q 上定義 さて,抽象周期の環 P された,滑らかな代数多様体と X の正規交叉を持つ因子の,上のような対と
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 119
する.簡単のため,X はアフィンであると仮定してよい. (ジョアノローの手 法 [19,Lemme 1.5] を用いることにより,いつでもこの場合に帰着できる. ) ∗ 代数的ドラムコホモロジー群 Hde
Rham (X, D) ∗
は,このとき,D 上 0 になる
X 上の代数的微分形式からなる複体 Ω (X, D) のコホモロジー群として定義 することができる.対 (X, D) の周期行列 (Pij ) は H∗ (X(C), D(C); Q) の基 ∗ 底 (γi ) と Hde
Rham (X, D)
の基底 (ωj ) をわたるペアリングからなる.代数
幾何からのいくつかの結果を用いることにより,この周期行列が P 成分の正
√
Q× · (2πi)Z≥0 に属することを示すことができる. = P[(2πi)−1 ] に係数を持つこと このことは,この逆行列が拡張された環 P
方行列であり,行列式が を意味する.
内の三重余積を,任意の周期行列 (Pij ) に対し,式 今,P Δ(Pij ) :=
Pik ⊗ (P −1 )kl ⊗ Plj
k,l
で定義する. 例として,X = A1Q {0} と D := {1, 2} ⊂ X の対を考えることにする.
H1 (X(C), D(C); Q) の基底は,0 の周りの小さい半径の反時計回りの経路 γ1 1 と,区間 γ2 := [1, 2] のホモロジー類からなる.Hde
式 ω1 = z
−1
Rham (X, D)
の基底は形
dz と ω2 = dz のコホモロジー類からなる.ここで, z は X = A1 & ' 2πi 0
上の標準座標である.周期行列は
となる.これから,三重余積
log(2) 1 に対する次の式を導くことができる: 1 ⊗ 2πi , Δ(2πi) = 2πi ⊗ 2πi
log(2) 1 ⊗2πi − 1⊗ ⊗2πi + 1⊗1⊗log(2) . Δ(log(2)) = log(2)⊗ 2πi 2πi でちゃんと定義されたものになっているかは,三重余 三重余積がなぜ環 P
の定義関係式をみたすことが自明でないために,明らかなものではな 積が P い.しかし,これは最近ノリにより証明された次の結果から多少とも自動的 に導かれる.
は二つのコホモロジー理論,ふつうの位相コホモロジー ■定理 Q 上の環 P 理論
120 周期 ∗ HBetti : X → H ∗ (X(C), Q)
と,代数的ドラムコホモロジー理論 ∗ ∗ ∗ Hde Rham : X → H (X, ΩX )
との間の同型のなすプロ代数的トルソー上の関数の環である. ベッチ実現 GM,Betti 内のモチーフ的ガロア群は,ベッチコホモロジーの側
に作用するプロ代数的群として定義される.類似して,ド 面から,Spec(P) ラムの場合の GM,de Rham を定義できる.モチーフの圏はモチーフ的ガロア 群の表現の圏として定義される.両方の実現から作られる圏は,標準的に同 一視できるため,どの実現を選ぶかには関係ない.次の初等的な定義も,モ チーフの圏と同値な圏を与える.
係数を持つ可逆な (r × r) ■定義 ランク r ≥ 0 の枠付モチーフとは,環 P 行列 (Pij )1≤i,j,≤r で,任意の i, j に対し,等式
Δ(Pij ) =
Pik ⊗ (P −1 )kl ⊗ Plj
(20)
k,l
をみたすものである.一つの枠付モチーフからもう一つへの射(これは行列
P (2) ∈ GL(r2 , P) P (1) ∈ GL(r1 , P), に対応している)の空間は
T ∈ Mat(r2 × r1 , Q) | T P (1) = P (2) T により定義される.
Q 上の多様体のコホモロジー群はモチーフの圏の対象として考えることが できる.代数幾何の比較同型から,モチーフの l 進実現(これにはガロア群
Gal(Q/Q) が作用する)が存在することが導かれる. ⊗ Q での等式(20)の解として定 Q 係数の(枠付)モチーフを,Q 上の環 P 義できる.数論におけるすべての L-関数全体は,Q 係数のモチーフの圏のグ ロタンディーク群 K0 から C 上の有理型関数の乗法群への準同型として考え ることができる.
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 121
もともと,グロタンディークは,いわゆる “純モチーフ”,つまり,非特異 射影多様体のコホモロジー空間の自然な直和因子,を導入したのであった.す べての純モチーフはある重さ j ∈ Z (対応するコホモロジー群の次数)を持 つ.重さ j の純モチーフに付随する L-関数の局所因子は,直線 (s) = j/2 上に零点を持つ.純モチーフの圏は半単純であること,および,それは簡約 pure
可能プロ代数群 GM
の表現の圏と同値であることが予想されている([18] の
解説を見よ). これとは対比的に,非コンパクト多様体もしくは特異多様体のコホモロジー 空間,または多様体の組のコホモロジー空間は,付随次数片が純モチーフで あるような自然な重さフィルトレーションを持つ “混合” モチーフとなるはず である.混合モチーフに対しては,グロタンディーク流の良い定義はないが, それらが上で与えられた予想の記述の一つであるプロ代数群の表現により与 えられるだろうと考えられている.混合モチーフに対するモチーフ的ガロア pure
群 GM は,純モチーフの簡約可能モチーフ的ガロア群 GM
のプロベキ単群
による拡張であると期待される. 純モチーフの周期を閉サイクル上の閉形式の積分として表すことができる ことを §3.5 の終わりで述べた.これはジョアノロー手法ですぐ出る系であり, また,抽象周期に対しても意味を持つ.一般に,閉周期を閉サイクル上の積 分に対応する抽象周期として定義する.閉周期がちょうど滑らかな非コンパ クト多様体のモチーフの周期であることは簡単に分かる.純周期は閉周期で あるが,すべての閉周期が純周期であるわけではない.すなわち,一般には 混合周期になる.しかし,閉周期のみを考えることにより,すべての混合周 期全体を論じ尽くすことはできないようである.つまり,滑らかな非コンパ クト多様体のモチーフの部分商(部分モチーフの剰余モチーフ)として実現で きない混合モチーフが存在する.特に,§1.2 で提起された問題と同じ精神に より,次を提起する. ■問題 5 予想 1 を仮定しよう. (または,同じことだが,抽象周期で考えよ う. ) 数 log 2 や,n ∈ Z に対し π n log 2(に対応する抽象周期)でさえも,閉 サイクル上の閉代数的形式の積分として表せないことを示せ. 現在では,アーベル圏ではなく,単に,“混合モチーフの複体” からなる三
122 周期 角分割圏を与えるボエボドスキーの理論がある.(有理数係数の)ボエボドス キー圏が,この章で導入されたモチーフ的ガロア群の表現の導来圏に同値で あるかどうかは明らかではないが,少なくとも,その芯が GM の表現の圏と 同値である t-構造を持つべきである.
4.3 指数周期 モチーフ的ガロア群とモチーフの定義をまねて超越数のより大きな類を考 えることができる.それを指数周期とよぶ.それらの数は,また,ブロック とエスノールトによるプレプリント [9] でも考えられている. ■定義 指数周期とは,実半代数的集合上で代数関数と代数関数の指数関数 の積の積分として得られる絶対収束積分である.ただし,定義に現れるすべ ての多項式は代数的数の係数を持つとする. 三つ組 (X, D, f ) に対し,指数周期からなる周期行列を定義する.ただし,
(X, D) は上のように与え,そして,f ∈ O (X) は X 上の正則関数とする. (X, D, f ) に対し,ベッチホモロジー空間は対 (X(C), D(C) ∪ f −1 ({z ∈ C | (z) > C})) の特異ホモロジーとして定義される.ここで,C ∈ R は十分に大 きいとする.ドラムコホモロジーは,微分が df (ω) := dω−df ∧ω と与えられた 複体 Ω∗ (X, D) のコホモロジーとして定義される.三つ組 (X, D, f ) に対する周 期行列の要素は,積分
γi
exp(−f ) ωj である.ここで,γi はベッチホモロジー
の基底を表す実解析的チェインであり,ωj はドラムコホモロジーの基底を表す. それらの周期行列は正方行列であり,その行列式は
√
√ Q× · ( π)Z≥0 · exp(Q)
に属すことを示すことができる. 単純な例として,X = A1 ,D = ∅,そして,f (x) = x2 とすると,そのと き,周期行列は 1 × 1 の大きさであり,唯一の要素は
√ π =
+∞
exp(−x2 ) dx −∞
である. 指数周期全体の環は,数 e,すべての e の代数的ベキ,ガンマ関数の有理数
M. コンツェビッチ,D. ザギエ 123
での値,ベッセル関数値などをはじめとする,多くの良い数を含んでいる.指 数ガロア群の単位元の連結成分の可換部分は,いわゆる谷山群と,アンダー ソンにより考えられたその拡大群に密接に関係している.§1.2 の予想 1 は, 適当な方法により,指数周期の場合に拡張できる. なお指数モチーフ的ガロア群をさらに拡張できるという最近の示唆がいく つかある.それには新しい周期として,オイラー定数 γ が加わる.これはつ いでながら ζ(s) の s = 1 における定数項である.このように見ると,適当な 意味で,すべての古典的定数は周期となる.
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斎藤 恭司
127
数理物理学と数学,特にその幾何学の領域において,非可換構造や高次の コホモロジーの役割をもっと要求する,目覚ましい相互作用が起きているよ うに見える.そこに登場する鏡像対称と呼ばれる双対性を説明するには,空 間概念の革命的拡張が必要となろう.私自身は,その全体像を語る立場には ないが,その 1 つの側である複素幾何学,もっと具体的には消滅サイクル上 の積分の周期の研究を通して自らかかわりあった特別な部分に限って書いて みる.もっとも,できていることはなく,問題提起になってしまったが. 大きな数学の問題を攻撃するに当たり,2 通りの方法が考えられる:
1)元の問題が自然かつ当然に見えてくるような問題の一般化を行い,新し い一般的理論の枠組や言語を発展させること,または
2)元の問題の特別な,そして意味ある(と思われる)切り口を深く調べ,そ れに対し,精密かつ面白い解答を与えること. この論説で私が採用するのは第 2 の方法の試みである.1 つには,それによ り,問題のある側面を理解する理論の原型が与えられることを期待するから であるが,他方,それ自体のもつ面白さにもよる.数学の世界は一般的な理 論のみでなく,興味ある個別の存在からも成り立っている(Siegel).2 つのア プローチは相互に影響しながら 1 つの大きな流れを形成していくのであろう.
第I部
原始形式
1.動機 私は,算術的本性と超越的本性が密接に結び合っているような数学的対象 にひかれてきた.それらのものに対するある直感的な感覚はあるが,それを 何であるか定義するのは難しい.そこで,いくつか典型的な例を見てみよう. 最初の例は超越数 π および e である.あるいは同じ内容であるが,三角函 数及び指数函数といってもよい.それらは確かに超越的ではあるが,いろい ろな算術的特性,たとえば加法性,をもっている.更なる例としては,楕円 ∗
当論説は翻訳に当たり,英語版では説明不足であった部分を補い, 新たにいくつか問題を書き 加えた.年来抱いてきた問題意識を出版する機会を与えてくれた当企画に感謝するものです.
128 原始保型形式 積分とかかわるような函数:即ち,楕円函数 p や楕円保型函数 j ,保型形式
E4 , E6 , Δ, . . . などがある. これらの例は何百年もの歴史をもつような古典的なものであるが,将来に 渡っても新鮮な魅力をもち続けると思う.それどころか,経験からすると, たとえばモンスター群から楕円保型函数に映った月影(moonshine,ここでは
McKay の観察に始まり,Thompson や Conway-Norton が予想し Borcherds が解決するに到ったモンスター群の表現にかかわる一連の数学を指す [Bo], 本文 I.2 定理 2 参照)のように,これらの函数が将来再度新しく美しい数学を 生み出すことを期待することもおかしなこととは思えない. これらの函数の例は,2 次ないし 3 次曲線の弧の長さを表す積分に由来を もつ.このことは代数的な対象を積分をすることにより興味ある超越的対象 が得られるのではないか,またそのような道をたどって新しい数学に到達で きないかというアイデア又は期待を引き起こす(しかし,ことほど左様に簡単 でない.たとえば,なぜ π のベキがゼータ函数の整数値に現れるのか.なぜ
3 次曲線であるところの楕円曲線が月影と関係するのか · · · 等々.素朴に考 えると数えきれぬほどの問いが湧いてくる). 曲線の弧長の積分の研究の高い種数へのある自然な発展としては,すでに
19 世紀に確立したアーベル積分の理論及びテータ函数によるヤコビの逆問題 への解がある.今世紀のホッジ構造の理論はその高次元多様体への発展とい える.実際,現在高次元の(Siegel)保型形式や混合ホッジ構造などの研究は大 きく発展してきているし,数学の中でも重要性を増してきている.にもかか わらず,私は,ある種の当惑感をも抱いてきた.元来知りたかったのは,種 数 g (> 1) の曲線上の積分の周期( ヤコビ多様体)全体のなす 3g − 3 次元 の周期領域上の函数であったにもかかわらず,Siegel モジュラー函数やテー タ零値などの函数はそれよりはるかに大きい g(g + 1)/2 次元の種数 g のアー ベル多様体全体のなす空間上に定義されている.定義域を制限しなければ周 期領域上の函数にならないが,制限した函数は零になってしまうかもしれな い.いつ零になるのか決定するのは重要な課題であるが,必ずしもよくわか らない.それならいっそのことできることなら,楕円積分のとき成功したよ うに,曲線上の積分の周期全体のなす空間上で直接に(保型)函数を構成して みたい.自然な問題には自然な解答があるはずであろう(はたして,このよう
斎藤 恭司
129
な問題意識がどの位,妥当なものであるかいまだ自信がないが). 当論説の第 I 部では,このような考えにより導かれた楕円積分論の別の一 般化である原始形式とその積分の説明をする.
2. 楕円積分 後に説明することの原型として,古典的な Weierstraß形での楕円積分論の 復習をしよう.P (z, g) := 4z 3 − g2 z − g3 を 2 次元のパラメータ g2 , g3 をも つ複素変数 z の 3 次多項式とし,Δ := 27g32 − g23 をその判別式とする.この とき,第 1 種及び第 2 種の楕円積分はそれぞれ次式で与えられる.
I1 (g2 , g3 ) =
P
−1/2
dz
および
I2 (g2 , g3 ) :=
γ
P −1/2 zdz
(I.1)
γ
積分路 γ は各固定したパラメータ g に対し方程式 F (w, z, g) := w2 −
P (z, g) = 0 で C2 内に定まる複素曲線 Eg(楕円曲線と呼ばれ,Δ(g) = 0 の 時穴あき実 2 次元トーラスと同相)に含まれる閉じた道 γ(g)(サイクル,g に 連続に依存)をとる.積分値はパラメータ g の多価正則函数となり,次の全微 分方程式を満たすことは積分表示式の形式的な計算でわかる.
)
dI1 dI2
*
) =
*) * I1
1 d log Δ − 12
ω
1 g2 ω − 12
1 12 d log Δ
ここで,係数の d log Δ 及び ω =
−3g2 dg3 +(9/2)g3 dg2 Δ
I2
(I.2)
は Δ = 0 に対数極1 を
もつようなパラメータ空間 S = C2 = {(g2 , g3 )|g2 , g3 ∈ C} 上の 1-微分形式 全体のなす加群の基底となっている.それらと双対基底となる対数的ベクトル ∂ 場 E := 13 g2 ∂g + 12 g3 ∂g∂ 3(オイラーベクトル場)及び X := 6g3 ∂g∂ 2 + 13 g22 ∂g∂ 3 2
を用いると,(I.2) より第 2 種積分は第 1 種積分の対数微分で表され
I2 = XI1 .
(I.3)
これを用いて (I.2) において I2 を消去すると,I1 の満たす 2 階の方程式系 1
対数極とは,一変数の微分形式 d log x = dx/x のある高次元化である([S2]).
130 原始保型形式 1 1 2 u=0 X + g2 u = 0, E + 12 12
(I.4)
が得られる.この方程式系は,ガウス・ルジャンドルのいわゆる超幾何微分 方程式と同値なものである(ここでは I1 を未知函数 u に置き換えた). 方程式系 (I.4) の一次独立な 2 つの解 ω1 (g), ω2 (g) は 1 次独立なサイクル
γi (g)(i = 1, 2)上の第 1 種積分 ωi (g) =
+
γi (g)
1
p− 2 dz により得られる.γi (g)
のことを消滅サイクルと呼ぶ.なぜなら,パラメータ g を 0 に動かすと曲線
Eg はカスプ E0 = {w2 = z 3 } に退化し,それに伴ってサイクル γi (g) は 1 点につぶれてしまうからである.一次独立な解を並べて得られる写像:
˜ := {(ω1 , ω2 ) ∈ C2 | Im(ω1 ω g ∈ S\D → (ω1 (g), ω2 (g)) ∈ H ¯ 2 − ω2 ω ¯ 1 ) > 0} を周期写像と呼ぼう.ここで,D := {g ∈ S = C2 : Δ(g) = 0} はディスク リミナントと呼ばれる超曲面であり(点 g ∈ D においては Eg,reg は C また
˜ はある非退化楕円曲線のある一次独立な周期 は C× に退化してしまう),H の組 (ω1 , ω2 ) の全体からなる集合であり,周期領域と呼ばれる.周期写像は 局所的双正則写像となることも,ガウス・ルジャンドル方程式より容易にわ かる.ここで,周期写像の逆写像を考えることにより,古典的な次の定理(た とえば [Si, cha.1] を見よ,後半は [Bo] 参照)を得る.
˜ → S\D は 1 価であり,その座標成分 定理 1. 周期写像の逆写像 H
1 60 g2
及び
1 1 m,n∈Z (mω1 +nω2 )4 及び E6 = 140 g3 はそれぞれ次の Eisenstein 級数 E4 = 1 m,n∈Z (mω1 +nω2 )6 で与えられる.判別式への代入 Δ(60E4 , 140E6 ) はカス 2 プ形式と呼ばれる周期領域の有理境界点 = {(ω1 , ω2 ) ∈ C2 | ω ω1 ∈ Q ∪ {∞}} で値が零となる保型形式のなすイデアルの生成元を与える.
√
(フー 定理 2. ω14 E4 及び ω16 E6 は q := exp(2π −1ω2 /ω1 ) の非負ベキの級数 リエ級数)に展開でき,その係数は初等整数論的に記述できる.また,楕円曲 線 Eg の絶対不変量と呼ばれる j := −1728g23 /Δ のフーリエ展開の係数は, モンスター群の既約表現の次元の正整数線型結合である非負整数で与えられ る(モンスター群の月影と呼ばれている). このように,三次多項式という代数的な対象から出発して,楕円モジュラー 形式やカスプ形式と呼ばれる超越的なものや,モンスター群の月影という思
斎藤 恭司
131
いもよらぬものに到達した2 .繰り返しになるが,以上の話の要約を与えよう.
1)任意の楕円積分(特に,第 2 種積分)は,第 1 種積分を微分することによ り得られた.このような,第 1 種積分の性質を原始性と呼ぼう.
2)パラメータ g = (g2 , g3 ) の次元 2 は,γ1 と γ2 で生成された消滅サイク ルのなす加群のランク 2 と一致した.よって,周期写像の定義領域であ
˜ とは同次元となり,更にそ るパラメータ空間 S と値域である周期領域 H れは局所双正則であった.この性質を同次元的と呼ぼう.
3)Eisenstein 級数 E4 と E6 は,周期写像の逆写像の成分を記述する保型形 ˜˙ とパラメータ (g2 , g3 ) ∈ S とを結びつけた. 式として周期 (ω1 , ω2 ) ∈ H 特に,周期領域の有理境界点とパラメータ空間内のディスクリミナント
D とが対応する.
√ 4)このようにして得られた保型形式や保型函数を q = exp(2π −1ω2 /ω1 ) でフーリエ展開するとその係数は,月影という新たな数学的意味をもった.
3. 原始形式とその周期積分 前節で見た楕円曲線のワイエルストラス族 F (z, w, g) = 0 を,本節ではカ スプ特異点 F (z, w, 0) = w2 − z 3 のパラメータ g による普遍開折3 と解釈す る.楕円曲線族に代わって,特異点とその普遍開折に着目し,楕円積分の一 般化を考えてみる.説明が煩雑になるのは気にせずに読み進めてほしい. まず,出発点として複素 n + 1 変数 x の多項式 f (x) であって,その零面
X0 := {x ∈ Cn+1 |f (x) = 0} のなす超曲面は原点 x = 0 に孤立した特異 点をもつものを考える(以下,その特異点の周辺のみで考察を行う.いちい ちそのことを断らない).F (x, g) = f (x) + g1 ϕ1 (x) + · · · + gμ ϕμ (x) をパ ラメータ g = (g1 , . . . , gμ ) ∈ S := Cμ によるその普遍開折とする.方程式 2
同様のプロセス(注 5. iii 参照)を二次多項式に適用すると,逆写像として指数函数を得る.
3
元の多項式 f (x) にパラメータ g を係数とする x に関して低次の項を加えて“ 変型 ”した
F (x, g) を開折という.更に,他の任意の開折 G(x, h) に対して写像 g = ϕ(h) があって, G(x, h) = F (x, ϕ(h)) と(原点 x = 0 の近傍で)表せるとき,F (x, g) を普遍開折という.詳 しくは [T] 及び II.6 を見よ.
132 原始保型形式 F (x, g) = 0 は各 g ∈ S ごとに複素 n 次元超曲面 Xg を定める(時には超曲 面の族 π : X := {(x, g) ∈ Cn × S|F (x, g) = 0} → S のことをも X0 の普 遍開折という).f に比して ϕi の次数が低いので位相的には Xg¯ は無限遠方 では X0 と変わらないが,有界の領域では X0 が変形する.つまり,g に応 じて X0 の特異点が滑らかになったり,やさしい特異点に分解する.例えば, ワイエルストラス族でいうと,元のカスプ特異点 E0 が,滑らかな楕円曲線
Eg や高々二重点しか持たない有理曲線に変形した様なものである. 集合 D := {g ∈ S| Xg は特異点をもつ } はディスクリミナントと呼ばれ,
F (x, g) の判別式 Δ(g) の零面で与えられる.ここで,g ∈ S \ D に対する滑 らかな曲面 Xg 内のサイクル(∈ Hn (Xg , Z))でパラメータ g を連続的に 0 に 特殊化したとき,X0 の孤立特異点に潰れるものが消滅サイクルである.Xg に含まれる消滅サイクルの全体(Hn (Xg , Z) の部分加群)は点 g によらない加 群 Q となり,S \ D 上の局所系となる.一方,Xg (g ∈ S \ D) 上の n 次閉微 分形式 ζg に対し,積分:γ ∈ Q →
γ
ζg ∈ C は,Q 上の線型形式を与える.
更に詳しく,ド・ラムの双対定理によると,Xg 上のある n 次閉微分形式の (適当な同値類の)なす C-ベクトル空間で Q ⊗Z C の双対空間となるものがあ ることがわかる.それをひとまず Q∗C,g と書こう. ここで注目すべきことに,消滅サイクルのなす加群 Q のランクは普遍開折 のパラメータ (g) = (g1 , . . . , gμ ) の次元 μ と等しい([Mi]).そこで,X 上の
n 次微分形式 ζ に対する一見突飛とも見える次のような要請を考えよう. 原始性:ζ をパラメータg による共変微分したもの([O-K],大雑把に言って 微分形式 ζ の係数をg で微分したもの)∇
∂ ∂gi
ζ (i = 1, . . . , μ) を曲面Xg に制
限したものたちは,ド・ラムコホモロジー類群Q∗C,g を張る. つまり,ζ はド・ラムコホモロジー類群 Q∗C,g の“ 原始母函数” あるいは“ ポ テンシャル” みたいなものである.はたして,このような虫のよい ζ は存在 するのであろうか.詳しく説明しないが,実はこの要請は ζ のある意味での
“漸近展開” の初項 = 0 という条件であり,それを満たすものは残りの無限項 の自由度をもって存在するのである.更にこの時,その “漸近展開” のすべて の項が互いに直交することを要請する無限個の双線形条件が存在する.原始 形式とはこの要請を満たす X 上の微分形式のことである([S2]). この論説ではその双線形方程式系の詳細に立ち入らないが,次節以下原始
斎藤 恭司
133
形式のいくつかの例とそれらのもたらす帰結について述べてみる 4 . まず,このようにして定まった 1 個の原始形式 ζ を n 次元消滅サイクルの なす加群 Q の基底 γ1 , . . . , γμ 上の積分した値の組 (
+
γj (g)
ζ)j=1,...,μ により得
られる写像を原始周期写像 と呼ぼう.それは S \ D から Cμ = Hom(Q, C) 5
の中へ局所的に双正則となる多価写像となる(なぜなら,写像のヤコビ行列 ∂ ( ∂g i
+
γj (g)
ζ)ij=1,...,μ = (
+
γj (g)
∇gi ζ)ij=1···μ は定義より非退化だから).す
なわち,原始周期写像は第 1 種楕円積分のもっていた(1)原始性や(2)同次 元性を保持している.では,逆写像の大域的記述を求める(3)はどうであろ うか. 残念ながら,後出のいくつかの例 (次節及び II 6. 参照)を除いて現在のところ 原始形式は原点の近傍に局所的に存在することしか知られていない([SaM]). そこで,まず少々漠然とした素朴な意味での逆問題を問うことから始める. ■問題 適当なよい設定の下に(その意味条件を明らかにすることも含め)
1. よい原始形式の大域的な存在を示し,そのよい表示式を与えよ. 2. 上記の原始形式に対する周期写像に対し,周期領域及び Eisenstein 級 数の概念を一般化することにより,逆写像の大域的記述を与えよ.
3. 判別式の平方根
√ Δ は周期領域上の反不変式(半整数重みの保型形式)
の生成元を与えるか?判別式 Δ は適当な意味での(後出)原始保型形式 環の中でカスプ形式全体のなすイデアルの生成元を与えるか? 4
原始形式の満足すべき双線形方程式系は, 相対ド・ラムコホモロジー群上定義される剰余類双 線形形式により記述される.その方程式系は,原始形式のパラメータ g による共変微分のホッ ジ分解成分が純次元的であることを要求している([Mat],[O],[S2],[SaM] 参照).その帰結とし て,原始形式の積分の満たすべき全微分方程式や Gauß-Legendre 方程式(4)の類似を得る.
5
この周期写像の説明は,次の 3 点で不正確である([S2]).(i)原始形式全体のなすモジュライ の中で有理点と呼ばれる原始形式でないと,その積分は S 上大域的に意味ある周期写像を定 義しない,(ii)消滅サイクルの次元を可想的に 0 次元または 1 次元とする操作(次の 4 節の 後半参照)をしないと“ よい ”周期写像にならない,(iii)モノドロミー作用により固定され る消滅サイクルが存在する場合(それは,消滅サイクルの加群 Q 上定義された内積 I が退化 することと同値)周期写像は周期積分のみならず一般化されたガウス‐ルジャンドル方程式系 の 1 次独立な解の系により与えねばならない.更には,(iv)周期積分を局所的消滅サイクル のみでなく,大域的なサイクル上行った方がよい例(むしろその方が一般的現象か?)がある:
(a)Seiberg-Witten 積分 [Ta2], (b)14 個の例外的 1‐モジュラー特異点の周期写像(本稿 II.9, (ii)).
134 原始保型形式
4. Al , Dl 及び El 型の例 この節では,問題 1 が 2 通りの表示式により解答される例をとり上げる. それは原始形式,半単純リー環及び可積分系の間の密接な関係を示している.
Γ を Al , Dl または El 型のルート系のディンキン図型とし(II7.1 の図,以下 ルート系,リー環に関連する事項については [B], [Mats] を参照),gΓ , hΓ 及び
WΓ を対応する単純リー環とそのカルタン部分代数及びワイル群とする.gΓ の随伴リー群の作用による商写像を πΓ : gΓ → gΓ //GΓ hΓ /WΓ =: SΓ とする(ここで gΓ //GΓ と hΓ /WΓ の同一視はシュバレイの定理と呼ばれる
[ibd]).写像 πΓ による原点の逆像 NΓ は gΓ のベキ零元全体のなすベキ零 “多様体” で原点 0 を中心に高次元の有理特異点を大量に含んでいる.随伴商 写像 πΓ は以下のようにベキ零多様体 NΓ の普遍開折みたいなものである.
McKay 対応 [Mc] として,SU (2) の有限部分群 G の共役同値類に対し,あ る Al , Dl または El 型のディンキン図型 Γ を与える対応が知られている. 幾何学的には,この対応は次のよう
2
にも実現される.G が自然に C2 作
/G
用しているので商特異点 C2 /G を 考える.するとそれが次の様に,対 応する Γ -型のリー環のベキ零多様 体 NΓ の生成的な特異点となる.す
NΓ 0
なわち,NΓ と横断的に 2 次元で交 わる一般の位置にある gΓ のアフィ ン部分空間 XΓ を考えると,その
XΓ
交叉 XΓ ∩ NΓ は C2 /G と同型と なり(概念図参照),商写像 πΓ の制
πΓ
限 πΓ |XΓ : XΓ → SΓ は C /G の 2
普遍開折となる(Brieskorn [Br1]).
SΓ =
Γ /WΓ
0
これらの C2 /G の普遍開折に対する原始形式は,以下のように例外的に代 数的に求まる.まず,F (x, g) を C2 /G の普遍開折を与える擬斉次多項式と する(II.3, 6 参照).すると,ポアンカレ剰余形式 Res[dx/F (x, g)](II.6.(i) 参照)は原始形式を定める双線形方程式系を満たすことが次数の条件より容易
斎藤 恭司
135
にわかり,原始形式となる([S2]).これを原始形式の第 1 表示と呼ぼう.他 方,πΓ の各ファイバー( 随伴群のオービット)ごとにシンプレクティク構 造を与える Kostant-Kirillov 形式と呼ばれる 2 次微分形式がある.それらを g について一斉にとった gΓ 上の微分形式を ζ とおくと,次数の条件から ζ は 原始形式の第 1 表示と一致することがわかる.即ち,Kostant-Kirillov 形式は 原始形式となる.これを原始形式の第 2 表示と呼ぼう([Y1])6 . 以上の例では原始形式は大域的に与えられたのであるから,その周期写像 とその逆写像がどうなるか見てみる.これまで説明をしなかったが,以下に 述べるように,一般に 1 つの原始形式に対し偶次元と奇次元 2 つの周期写 像が定義される.偶次元周期写像はこの例では簡単である.商特異点 C2 /G の消滅サイクルの加群は Γ で生成されるルート束 Q(Γ )(−1) と同一視され ([Br]),周期写像は逆写像 S = h/W → h で与えられることもわかる.よっ
√
て,周期写像の逆写像は商写像 h → h/W となり, Δ は W -反不変多項式 の基底となる.前節の問題 2, 3 に対する解答は有限鏡映群に関する結果より 初等的に導ける.更にこの周期写像の記述の一つの帰結としてパラメータ空 間 S = h/W に新たな構造( = 平坦構造 = フロベニウス多様体構造)が附加 されるのであるが,それは次の 5 節で説明する. 次に,奇次元周期写像を説明する.その研究はシンプレクティク幾何とも かかわり,ずっと難しい.逆問題は一般にはいまだ(ほとんど)解けていない. 対称二次形式による内積をもつ偶数次元の消滅サイクルのなす加群を反対称 二次形式による内積をもつ奇数次元の消滅サイクルのなす加群に変換し,また その逆の変換も行う操作 ∗S 0(= 0 次元の球面との結)であって (∗S 0 )2 = −1 となるものがある.普遍開折族 F (x, g) = 0 の消滅サイクルの加群 Q に対し
Q ∗ S 0 を考えるという事は,新たに 1 つ独立変数 z をつけ加えて得られる 1 次元大きい族 F (x, g) + z 2 = 0 の消滅サイクルを考えることと同じといって もよい.このような操作を“ 仮想的 ”に行って消滅サイクルの次元を上げた り下げたりして,最終的に興味あるものとして残るのが,仮想的に 0 次元の 6
第 2 表示が原始形式の条件である双線形方程式系を満たすことを直接示すのは,興味ある未 解決問題である.この例では原始形式は定数倍を除いて上記表示のものが唯一であり,有理的 となっている.ここでは πΓ のファイバの 2 次のド・ラムコホモロジー群のみを考えた.高 次のド・ラムコホモロジーは 2 次から積によって生成されるのであろう.
136 原始保型形式 消滅サイクルを積分して得られる偶次元周期写像(既述)と仮想的に 1 次元の 消滅サイクルを積分して得られる奇次元周期写像なのである [S2]. では,有限ルート系のルート束 Q(Γ ) に対して定まる仮想的 1 次元消滅サ イクルのなす加群 Q(Γ ) ∗ S 0 を与える幾何的な曲線の普遍開折族があるだろ うか.実はそのような曲線の族 F (x, y, g) は簡単に書き下せ(それは特異点
C2 /G の定義方程式が二次の項をもつことによる)その族に対し,先の例で 述べた第 1 表示 ζ = Res[dxdy/F (x, y, g)] が原始形式となることもわかる. したがって,その場合の周期積分
+
γ
ζ で定義された奇次元周期写像は,古典
的なアーベル積分を用いて書ける.たとえば,Al 型のルート系に対応する奇 次元周期写像は普遍開折 y 2 = xl+1 + g2 xl−1 + · · · + gl+1 に対し定まる超楕 円積分
γ
dx/y で与えられる. これらの場合について,問題 2 への解答であ
る周期領域の形状や逆写像を与えるべき Eisenstein 級数の一般化などについ ての一連の予想は与えられている([S7, §7]).しかし,そのことが確認されて いるのは次の古典的な場合のみである. すなわち,ランクが 1 及び 2 のルート系 Γ は,それぞれ,A1 型及び A2 , B2 =
C2 ,G2 型となるが([B]),それに対する奇次元-普遍開折族 FΓ (x, y, g) はそ れぞれ以下に見るような二次曲線または三次曲線の族となっている.
A1 :
xy = g2 ,
A2 :
y 2 = 4x3 + g4 x + g6 ,
B2 -C2 :
y 2 = x4 + g2 x2 + g4 = 0,
G2 :
x3 + y 3 + g1 xy + g3 = 0.
すでに見たように,これらの族に対する周期写像の逆写像(原始保型形式)は,
A1 型では指数函数 A2 型では楕円 Eisenstein 級数で与えられる.しかし,B2 型,G2 型の場合でさえカスプ形式 Δ が(長短 2 種のルートに応じてそれぞ れ)どのようなフーリエ展開をもつのかは興味ある未決着問題である.
5. 更なる構造:平坦構造と無限次元リー環 一般の原始形式に対する原始周期写像の設定に戻ろう.以下に,その逆写
斎藤 恭司
137
像を大域的に設定するのに役立つと思われる構造を 2 つ説明しよう. ■平坦構造: 原始形式の一般理論によると,普遍開折のパラメータ空間 S =
{(g)} には平坦構造と呼ばれるある平坦な計量 J と,あるアフィン線形な座 標系が(線形変換の任意性を除いて)入る([S2])7 .よって,周期写像に対する 逆写像はその斉次座標成分(平坦座標と呼ぶ)に分解して書けば,1 つ 1 つの 成分は周期領域上の函数としてモノドロミー群に対する“ 保型形式 ”になる. これらの成分のことを原始保型形式と呼ぼう.それらで生成された S 上の多 項式函数環を周期領域に引き戻した函数環が,原始保型形式環である. 本稿では平坦構造の一般論には立ち入らないで,4 節の例に対する平坦計 量を対応するコクセタ変換 [B] のみを用いて構成してみる [S7]. まず,普遍開折のパラメータ空間 SΓ は商空間 h/W = Spec(S(h∗ )W ) で 与えられていたことを思い出そう.ここで,S(h∗ )W は h 上 W 不変な多項式 函数のなす環の事であり,シェバレイによれば代数的に独立な斉次多項式系
P1 , . . . , Pl(deg(P1 ) = 2 < · · · < deg(Pl ) = h とおく)で生成される.する と,判別式 Δ = ( lα )2(lα は W の中の鏡映元の鏡映面を定義とする 1 次 式)はその生成系を用いて Δ = A0 Pll + A1 Pll−1 + · · · + Al と表せる(Ai は, 全次数が hi となる P1 , . . . , Pl−1 の多項式). 一方,コクセタ変換 c ∈ W は W の単純鏡映元の積として定義され位数
h をもつが,その著しい性質として 1 の原始 h 乗根 ω に対する固有ベクト ル ξ はいかなる鏡映面にも含まれないこと(ξ は W に関し正規という)が知 られている [B]8 .すると,最初の l − 1 個の不変式については deg Pi < h なので,Pi (ξ) = Pi (cξ) = Pi (ωξ) = ω deg Pi Pi (ξ) より Pi (ξ) = 0 がわか る.一方,ξ の正規性により Δ(ξ) = 0 なので,A0 = 0 かつ Pl (ξ) = 0 7
更に詳しく述べると,原始形式 ζ はパラメータ空間の接区間 TS,g と普遍開折族のファィバー のド・ラムコホモロジー類群 Q∗,g との同一視を与える.このことより,接空間は 3 つの構 造: (可換)環構造,リー代数構造,平坦計量をもつ事となり,その結果平坦計量はポテンシャ ルをもつこととなる.このような構造を平坦構造という [S2].同様な構造は 2 次元のトポロ ジカル場の理論にも発見され,フロベニウス多様体構造と呼ばれている [Db],[Ma]
8
√
更に,コクセタ変換の固有値を exp(2π −1mi /h) (i = 1, . . . , l) として 0 < m1 < · · · <
ml < h とおいたとき,m1 , . . . , ml をベキ指数(exponent)というが,deg Pi = mi + 1 (i = 1, . . . , l) なる関係が成り立つこともよく知られている [B].
138 原始保型形式 が出てくる.すなわち,判別式 Δ は Pl に関して l 次のモニック多項式と なる.h ( h∗ ) 上のキリング形式 I(x, x) は h の余接空間の内積とみなす ことにより h/W の余接ベクトル dPi(i = 1, . . . , l)の内積 I(dPi , dPj ) =
∂Pi ∂Pj m,n ∂xm ∂xn I(xm , xn )
を引き起こす.この内積はディスクリミナントに
沿って退化することは det(I(dPi , dPj ))lij=1 = Δ となることよりわかる.そ こで,微分 D :=
∂ ∂Pl(これは,定数倍を除いて一意的に定まる,原始ベクト
ル場と呼ぶ)を用いて h/W 上の余接ベクトル間に新たな内積
J(dPi , dPj ) := DI(dPi , dPj )
(I.5)
を定義する.これが求める平坦計量である.すなわち,
i) det(J(dPi , dPj ))lij=1 = A0 = 0 がわかり,したがって J は非退化, ii) J は P1 , . . . , Pl のとり方によらず h/W の余接空間の計量として定まる, iii) J は h/W の余接バンドル上の平坦計量である9 . 特に,以上の結果 h/W のある座標 Q1 , . . . , Ql が存在して,J(dQi , dQj ) は 定数となることがわかる.このような座標系のことを平坦座標系と呼ぼう. たとえば,楕円曲線のワイエルストラス族 F (z, w, g) の座標系 g = (g2 , g3 ) は A2 型ルート系の平坦座標系であり,したがって,A2 型の原始保型形式は
Eisenstein 級数 E4 と E6 ということになる.(ほかにも,Painleve VI 型方程 式のパラメータには H3 型の平坦構造が入ることも知られている [Db]. ) ■無限次元リー環: 商特異点 C2 /G に対し,リー環 gΓ を対応させた McKay 対応のように,一般の特異点に対しその普遍開折や原始形式の大域的記述を 与えるようなリー環を見つけたい.この計画は,特別な場合については現在 進行中である([S3], [S-T], [S-Y], [S VI], [Sl 1,2], [H-S]). ここでは,ルート系の概念を一般化するアプローチを解説する.ルート系 (歴史的には有限またはアフィンの場合)は元々リー環やリー群,更にはワイ ル群等の情報がコードされている組合わせ的な対象物である [B].まず我々 9(iii) はキリング形式
I に対するレヴィ・チビタ接続 ∇ が可積分であるということから,J に
対するレヴィ・チビタ接続も平坦となることより導かれる [S7].脚注 5 における同一視によ り,この ∇ 及び I とガウス‐マニン接続及び消滅サイクルの加群上の交叉二次形式と同一視 される.その際,計量 J は普遍開折族に対するド・ラムコホモロジー群上定義された剰余内 積と同一視される.それらはまた,トポロジカルな場の理論における湯川内積に対応する.
斎藤 恭司
139
の幾何的目的にかなうようにルート系の公理系を一般化しよう. 対称な双線形形式 I(それをキリング形式と呼ぼう)をもつ実ベクトル空間
F の部分集合 R がルート系であるとは,次の 5 公理を満たすこととする. 0)任意の α ∈ R に対し,I(α, α) > 0, 1)R で生成される F の部分加群 Q(R) は,F 内の最大ランクの束となる, 2)任意の α, β ∈ R に対し,2I(α, β)/I(α, α) ∈ Z, 3)任意の α ∈ R に対し,wα (u) := u − I(u, α∨ )α で定まる鏡映変換 wα は 集合 R を保存する,
4)R は互いに直交する部分集合の合併に分解しない(R の既約性). この公理系は古典的な Killing, Cartan の場合を含んでいる.すなわち,R が有限ルート系となる必要十分条件は二次形式 I が正定値となることである. さて,偶数次元の孤立特異点に対し,その普遍開折の超曲面 Xg の中の原 始的消滅サイクル10 のなす集合 R は,Q ⊗ R とその交叉二次形式 I に関して 上記ルート系の公理系を満たす.よって, { 孤立特異点 } → { ルート系 } な る対応が定まる.すでに見た McKay 対応はこの特別な場合とも思える.な ぜなら特異点 C2 /G に対応して定まったダイアグラム Γ は有限ルート系 RΓ の単純基底([B])を与えており,RΓ は容易に Γ により復元できる.しかし更 に重要なことは基底 α ∈ Γ に対する鏡像 wα の積としてコクセタ変換 c が定 まる.すなわち,McKay 対応は上に述べた対応より強く,特異点に対しある 種の基底付きルート系を対応させており,その基底よりコクセタ変換と平坦 構造が定まるのである. 実は,一般の特異点に対応して定まるルート系もこの単純基底によく似 た素性の基底(strongly distinguished basis)をもつ(Brieskorn[Br2, Appendix],
Ebeling[E1])ことが知られている.しかし,現在の所,それ等の基底の理論 的解明にはほど遠い.このことは,次に述べる第 2 の逆問題11 を惹起する. 10
ここで,原始的消滅サイクルとは,超曲面 Xg の n 次元ホモロジ−群の原始的元(すなわち, 他のサイクルの倍元とならないもの)であって,g を連続的にディスクリミナント D の生成点 に動かしたとき潰れてしまうような元のこと([Br2, Appendix] を見よ)である. (g を連続的に 原点まで動かすと潰れてしまうような元のことを消滅サイクルと呼んだことを思い出せ).
11
原始形式の代数幾何的表示及び群論的表示をそれぞれ第 1 表示及び第 2 表示と呼んだように, 逆問題も第 1 及び第 2 と呼んでみた.
140 原始保型形式 ■問題 特異点などの幾何を離れ,抽象的にルート系に対し次のことを問う.
4. 次に述べる性質(a),(b)をもつ R の部分集合 Γ からなる Q(R) の基底 を単純基底と呼ぶことにする.単純基底つきのルート系を分類せよ12 . 特異点の消滅サイクルに由来する単純基底つきルート系を特徴づけよ.
a)α ∈ Γ に対応する鏡映変換 wα の適当な順番の積 c :=
α∈Γ
wα ,
(一般コクセタ元と呼ぶことにする)は,有限位数 h である.
b)1 の原始 h 乗根に対応する c の固有ベクトル ξ は,W に関し正規 である(すなわち,ξ は W のどの鏡映面に含まれない).
5. 任意の単純基底付のルート系に対し,以下の(i),(ii)及び(iii)を構成 せよ.
i) R の鏡映で生成された Weyl 群 W (R)(一般には無限群)に対し,正 ˜ 則函数による W (R)‐不変式の理論及び商空間 Bh/W R 上の平坦 構造.
ii)リー環 g(R)(一般に無限次元)及びその上への随伴リー群 G(R) の ˜ ˜ 作用及び随伴商写像 Bg(R) → Bh/W (R).13 iii)随伴商写像に対する Kostant-Kirillov 形式 ζ . 6. 上記の Kostant-Kirillov 形式 ζ(または,その単元倍か? II.6 の注参照) が原始形式となることを示し,その積分により定まる偶及び奇次元の 原始周期写像と,その逆写像成分である原始保型形式の記述を与えよ.
6. 双対な対象は何か? 指数函数や楕円函数が二次曲線や三次曲線の特異点への退化を記述したよ 12
もしある一般化されたルート系のここの意味でのコクセタ変換が条件(a)を弱めて準ベキ単(特 に,有限位数)であるならば,そのキリング形式 I のヴィット指数(= μ0 + μ− )は偶数でなけ ればならない.このことより,アフィン・ルート系やハイパボリック・ルート系は除外される
(II.7 及び 8 参照).条件(b)は,I が退化のときは 1 に対する固有ベクトルにする必要がある (II.9 参照).特異点に由来するルート系の基底については,エベリングの仕事を見よ([E1]). 13
˜ は周期領域を定めるための未定義の操作である.特別な場合については,II.9 を参 ここで B 照せよ.楕円特異点については問題 4,5.(i)は楕円ルート系とその不変式論 [S3], [Sat1,2] で 解けている.リー環 (R) は頂点作用素を用いて構成できる [S-Y].しかし, (R) に対する 随伴商写像及び原始形式の構成は楕円リー環の場合も含めて今後の研究を待たねばならない.
斎藤 恭司
141
うに,私には,一般に原始保型形式は空間の何らかの退化を記述する算術的 ないし超越的手段のように見える.鏡像対称性の立場から見れば,これはこ との一面である複素幾何側しか見ていない.では,原始保型形式は双対モデ ル側すなわちグロモフ‐ウィッテン不変量などのケーラー幾何学側の何を現 しているのであろうか.これは楕円積分の場合,すなわち A2 型の場合でさ え今のところ答えがない(月影もこの件にかかわっているだろうか).という のは,双対モデルの仮想的次元が分数となってしまい相手が存在しない.現 在我々のもっている空間概念はそのような双対性を許すにはせまいのである. 原始保型形式のフーリエ展開とその係数の意味づけも興味ある.元々,原 始保型形式は周期写像に対する逆写像の平坦座標成分という複素幾何的意味 から出発したものであるが,それを越えて,フーリエ係数に新たな数学的意 味づけが可能になるなら,非常に魅力的な研究テーマである 14 . そもそも指数函数が A1 型の原始保型形式であったこと及びディスクリミ ナント D の一般的点 g に対応する Xg は A1 型の部分ルート系の退化を起こ していることを思い起こせば,フーリエ展開は A1 型の展開の理論と呼べる. それならば一般に,与えられた原始保型形式を,ディスクリミナントのもっ と退化した境界成分に対し定まる部分ルート系に対応する原始保型形式で展 開することが考えられる.A1 型ルート系の階数は 1 であるが,次に,階数 2 となる正定値ルート系は A2 , B2 -C2 , G2 型のみである.対応する原始保型形 式は楕円モジュラー形式で与えられていた(I.4 参照).また,ディスクリミナ ントの生成的特異点では Xg は A2 , B2 = C2 又は G2 -型の退化を起こしてい る.そこで,双対性の 1 つの現れとして次のことを問おう. ■問題
7. 任意の原始保型形式を,A2 , B2 = C2 または G2 型の原始保型形式で 展開せよ.その展開(係数)の新たな数学的意味づけを求めよ. ここでいう,数学的意味づけは現時点ではあまりに茫漠としていてどのよ うな予想を立てるのが適切か想像することもできない.双対モデル側の理解 14
楕円型平坦不変式の特別な場合について,ヤコビ形式を用いてその具体形が求められている
(Satake [Sat 1, 2]).フーリエ係数は非負整数となるが,その意味づけははっきりしない.
142 原始保型形式 には,最初に述べたように,テンソル積とその逆算等を許すような新たな空 間概念を必要とするのであろう.それには 21 世紀の数学の発展を待とう.
第 II 部 正規ウェイト系 第I部では原始的周期写像に対する逆問題 1∼7 を提起した.そこでは,有 限ルート系の場合でさえ,奇数次元の消滅サイクルに対する原始保型形式を 記述すること,また,部分ルート系による原始保型形式の展開を求めること は魅力的な未解決問題であることを見てきた.当第 II 部の目的は,これらの 古典的な場合より広いクラスの,しかし,これらの逆問題が何らかの意味あ る答えをもつことが予期される原始周期写像の可能性を提案することにある. 大雑把にいって,古典的な場合はキリング形式 I が正定値となるような有限 ルート系のみを扱ってきた.我々は,探求の範囲を半定値二次形式や不定値 二次形式に対応する無限ルート系に拡大したい.しかし,ルート系一般では 対象が拡大しすぎて収拾がつかない.では,どのようにしてよいものを見つ けるのであろうか. 新しい対象は正規ウェイト系(以下の第 II 部全般に関し [S4,6,8] を見よ)に より導入される.与えられた正規ウェイト系に対し,以下さまざまな数学対 象,すなわち特異点とその消滅サイクル,平坦構造,リー環,原始形式と原 始周期写像,等々を考える(または考えたい).それらの記述は断片的であり, 時に思わぬところがつながるなど,全体としてむしろパズルめいて雑然とし ている.というのは,我々はいまだ全体像を知らないし,これから多くのこと を明らかにしなければならないからである.にもかかわらず,それら全体は 探求するに値する豊穣な数学的世界を形成しているように思える.そのゴー ルは,当論説の表題が示すように,正規ウェイト系に対する原始保型形式の 研究なのである.
斎藤 恭司
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1.正規ウェイト系 初等的算術から始める.条件 0 < a, b, c < h 及び gcd(a, b, c) = 1 を満たす
4 つの整数の組 W = (a, b, c; h) が正規ウェイト系であるとは,次の有理函数 χW (T ) := T −h
(T h − T a )(T h − T b )(T h − T c ) (T a − 1)(T b − 1)(T c − 1)
が T = 0 以外には極をもたないこととする.そのとき,χW のローラン展開 は面白いことに非負整数を係数とする事が証明でき [S4],従って単項式の和
χW (T ) =
μ
T mi
i=1
と与えられる.ここで,mi ∈ Z をベキ指数と呼ぶ.最小のベキ指数 = a +
b + c − h を ε(W ) と書く.ベキ指数の個数 μ = μW := χW (1) = (h − a)(h − b)(h − c)/abc を W の階数,h = hW を W のコクセタ数と呼ぶことにする.
2. 分類 正規ウェイト系を導入する最初の動機は,次の 1 対 1 対応があり,従って, 古典的有限ルート系への新たなアプローチを与えるからである.
{Al , Dl または El 型の有限ルート系 }
{ ベキ指数がすべて正となる正規ウェイト系 }
Al
←→
(2, b, l + 1 − b; l + 1),
Dl
←→
(2, l − 2, l − 1; 2(l − 1)),
E6 , E 7 , E 8
←→
(3, 4, 6; 12), (4, 6, 9; 18), (6, 10, 15; 30)
この対応関係は,両側のベキ指数が一致することにより定まる(左側のベキ指 数は脚注 8 で説明した).すべての場合について最小ベキ指数 ε(W ) = 1 と なり,かつ h は対応するコクセタ変換の位数となる.これらのウェイト系を 古典的と呼ぶことにしよう.以下,ベキ指数がすべて正という条件を外すこ とにより古典的な場合を越え,どのようなウェイト系があるのか見てみる. すべてのベキ指数が非負でかつ最小ベキ指数が 0 となるような正規ウェイ
˜7 : (1, 1, 2; 4), E ˜8 : (1, 2, 3; 6) がある.これ ˜6 : (1, 1, 1; 3), E ト系は 3 種類,E
144 原始保型形式 らのウェイト系は ε(W ) = 0 で特徴づけられ,楕円的と呼ぶ.それは,対応 する幾何学が楕円曲線と深く関わるからである(次節参照). 最小ベキ指数 ε(W ) が −1 となる正規ウェイト系は全部で 14 + 8 + 6 + 3 種 類ある(4 つの類別はベキ指数として 0, 1 を含むか含まないかで分けてある). 特に,最初の 14 種はベキ指数として 0, 1 を含まない簡単な場合で,暫定的 に e-ハイパボリック(e は elliptic の略,II.7 を見よ)と呼ぶことにする. 任意の負の整数 ε に対し,ε(W ) = ε となる正規ウェイト系は有限個であ る.どの正規ウェイト系もそれぞれ独特の個性と面白さをもっていて楽しい のであるが,ここではその詳細に立ち入らない([S4,6,8]).
3.商特異点 正規ウェイト系の別の特徴づけを与えよう.まず,任意の 4 つの正整数 の組 W = (a, b, c; h) に対し,三変数多項式 fW (x, y, z) であって,各変数 に重み deg x = a, deg y = b, deg z = c を与えると総次数が h となるもの を考えよう(すなわち,fW (x, y, z) =
la+mb+nc=h cl,m,n x
l m l
y z ).する
と,W が正規ウェイト系となる必要十分条件は,ある多項式 fW があって その定義する超局面 X0 := {(x, y, z) ∈ C3 |fW (x, y, z) = 0} は原点に 孤立特異点をもつことである.実際,X0 が孤立特異点をもてばヤコビ環 W JW := C[x, y, z]/( ∂f , ∂fW , ∂fW ) は有限次元であり,そのポアンカレ多 ∂x ∂y ∂zd 項式 PJW (T ) := dim(JW,d )T は T −ε(W ) χW (T ) となるので W は正規
ウェイト系となるが,逆は証明を必要とする.
i)W が古典的(ε(W ) = 1)の場合,X0 は有理二重点或いは単純特異点と 呼ばれる特異点となっている.X0 \ {0} の基本群 G が有限群となることが
˜ 0 → X0(第I部 4. 参照)よりわかり(Mumford, [Mu2]),結 特異点の解消 X 果として SU (2) の有限部分群 G があり X0,C C2 /G なる表示を得る.更 に G は正多面体群の二重被覆群として,次の表示をもつこともよく知られて いる.
G = !x, y, z | xp = yq = zr = xyz"
(II.1)
ここで p, q 及び r は 1/p + 1/q + 1/r > 1 となる正整数である.かくて,
斎藤 恭司
145
有限ルート系のディンキン図型 Γ ⇒ コクセタ変換とその巾指数
⇒ ベキ指数の母函数 χW (T ) ⇒ 正規ウェイト系 ⇒ 特異点 X0 = {x ∈ C3 |f (χ) = 0} ⇒ X0 \{0} の基底群 G という論理の路順をたどることにより McKay 対応:G ⇒ Γ の逆対応ができ たことになる15 .それでは,W が非古典的なウェイト系の場合に同じ論理の 路(の一部)をたどったら,どのような群 G を得るのか見てみる.
ii)W が楕円的(ε(W ) = 0)の場合は,特異点 X0 の解消の例外集合が楕 円曲線 E となることが容易にわかる.したがって,X0 \ {0} は E 上の主
C× ‐と同型となるため,その基本群 G は次の完全列 1 → π1 (C× ) = Z → π1 (X0 \ {0}) = G → π1 (E) Z2 → 1 を満たす.すなわち,G は Z2 の Z による中心拡大群で,ハイゼンベルク群と呼ばれる.逆に,ハイゼンベルク群
G を C2 に作用させて X0 \ {0} C2 /G と表示できる([S3, II, Appendix]). 未確認であるが,群 G は 1/p + 1/q + 1/r = 1 となる正整数の組に対し(3.1) なる表示を持つ様である.この場合,X0 特異点は単純楕円特異点と呼ばれ,
˜7 及び E ˜6 , E ˜8 と名づけられている16 [S1]. 3 つのウェイト系はそれぞれ E iii)W を ε(W ) = −1 となるウェイト系とし,X0 = {fw = 0} を対応す る特異点とする.すると第一種フックス群 Γ ⊂ P SL(2, R)(不連続部分群 15
上記の McKay 逆対応の最終段階 X0 ⇒ G := π1 (X0 \ {0}) において,基本群という“ 超越 手段 ”を用いたことに当惑を覚える読者もいるかもしれない.しかし,この段階も次の意味で 算術的である.すなわち,ε(W ) > 0, = 0, < 0 に応じて群 G はそれぞれ球面 1 ,平面 双曲面
,
に作用する余コンパクトな不連続群なので,G は商リーマン面の種数と群作用の固
定点の共約類における固定群の位数から決まってしまう.しかるにそれらは,W から算術的 に定まる集合 A(W )([S8])となっているのである.これに対し,McKay 対応 G ⇒ Γ の非 古典的ウェイト系への一般化は X0 の消滅サイクルとその幾何的に定まる基底をとるという “ 超越幾何的手段 ”以外に,筆者は今のところうまい手段を知らない(II. 7参照). 16
˜6 , E ˜8 型の単純楕円特異点の定義方程式 fW (X, Y, Z) と第I部 5 で ˜7 及び E 3 つのタイプ E 見た階数 2 の G2 , B2 = C2 及び A2 型有限ルート系の半整消滅サイクルに対応する無限開折 族 FΓ (x, y, g) との間に fw (X, Y, Z) = X h FΓ (Y /X b , Z/X c , g) となる関係がある(ここ で,W = (a, b, c; h) とし X はウェイト a = 1 の座標とする).このことはウェイト a = 1 のため,X : 1 が線形系を定め特異点の 1 上の楕円ファイブレーションを定めることに由来 するのであるが([S8]),それにしても,3 つの楕円ウェイト系と 3 つの 2 階有限ルート系と の間のこのような対応関係は不可思議である.(5 節の楕円ウェイト系のエータ積の項参照).
146 原始保型形式 で Γ \P SL(2, R) がコンパクト)が存在し,その二重被覆群 G ⊂ SL(2, R) の
˜ ˜ := {(u, v) ∈ C2 | Im(u/v) > 0} への自然な作用により X0 \{0} H/G H と表せる.[Dl,1∼3].一般の ε(W ) = −d < 0 の場合にも似た表示があるが 煩雑なので略す [S4].特に,ウェイト系 W が 14 種の e-ハイパボリックの時 は G は 1/p + 1/q + 1/r < 1 なる正整数の組が存在して表示(3.1)を持つ.実
˜ 際,Dolgachev[Dl,1 2] はこの様な (p, q, r) の組で H/G が超曲面となる場合 が丁度 14 の場合になる事を示している. なお余談ながら,上記の三つの場合にわたって群 G はまとめて三角群と呼 ばれ詳しく調べられている([Mg]).その P1 及び H への作用の基本領域の体 積は h/abc で与えられる.
4.双対性 本節と次節では多少寄道をして,ある特別の正規ウェイト系の間に成立す るある双対関係とエータ積との関係に触れる.何か非常に暗示的な感がする が,その本当によってきたるところは何なのか,今のところわからない. 正規ウェイト系 W に対して定まる写像 fW : C3 \ X0 → C \ {0} のモノド ロミー変換の特性多項式17([Mi])は,次式で与えられる.
ϕW (λ) :=
μ
√ (λ − exp(2π −1mi /h))
i=1
これは円分多項式なので,適当な整数 eW (i) ∈ Z により,次のように分解 する.
ϕW (λ) :=
(λi − 1)eW (i) i|h
ここで,2 つの正規ウェイト系 W と W ∗ が互いに双対であるとは,(例外を 除いて)両者のコクセタ数が一致し h := hW = hW ∗ かつ,すべて h の約数 i に対し等式 eW (i) + eW ∗ (h/i) = 0 が成り立つこととしよう([S6],[Ta1]).何 でこの様な定義をするのか不思議であろう.それは,次の例の為にである. 17
後で ϕW はルート束 QW に作用するコクセタ変換の特性多項式と同一視される(II.8 参照).
斎藤 恭司
147
例 1. Al , Dl , El ‐型の古典的ウェイト系はすべて自己双対である. 例 2. 14 個の e-ハイパボリックなウェイト系の集合上には対合対応 ∗ が定まり,
W と W ∗ は双対となる.この対合が Arnold による 14 個の例外 1‐モ ジュラー特異点の間の奇妙な双対性(strange duality [Ar])を引き起こす. 例 3. ε(W ) < 0 となるような階数 μW = 24 の正規ウェイト系は(全部で 12 個ある),すべて自己双対である. 以上の例 1,2,3 で述べたウェイト系が,単純散在群であるコンウェイ群の自 己双対元の共約類と奇妙な関係をもつことも知られている18 .このことは何 か意味しているのだろうか? 他方,楕円ウェイト系のように 0 をベキ指数にもつようなウェイト系は,双 対なウェイトをもち得ない.一般に,双対なウェイトをもつウェイト系はま れなのである.すべてのウェイト系とその双対を含むような何らかの一般化 された幾何的ないし,組合わせ的対像物のカテゴリーはあるのだろうか?
5.エータ積 更に先に行く前に,前節の双対性を別の言葉で書き改めてみる. 1
まず,η(τ ) = q 24
∞
n=1 (1
√ − q n ) を変数 q = exp(2π −1τ ) (τ ∈ H) に対
するデデキントのエータ函数と呼ぶ.正規ウェイト系 W に対しエータ積19 を
ηW (τ ) :=
η(iτ )eW (i)
i|h
と定義する.すると,2 つのウェイト系 W と W ∗ が双対となるのは 18
コンウェイ群 ·0 の共約類の特性多項式であって上記の意味での自己双対となるものは,4 つ の例外を除いて,次の 3 種のいずれかになる([S6], [E2]):(i)古典ウェイト系の適当な直 和(Niemeier の場合),(ii)e-ハイパボリックウェイト系 W とその双対 W ∗ の直和,(iii)
ε(W ) < 0 かつ μW = 24 なるウェイト系.ここで最後の,ε(W ) < 0 かつ μW = 24 な るウェイト系の特異点 X0 の開折 Xg のコンパクト化は Picard 数の大きい曲面を与えている ([S6, App.]). 19
このエータ積は,ルート束 QW の対称テンソル S(QW ) 上へのコクセタ変換の作用のポアン カレ級数として自然に定義できる.他方,この S(QW ) は特異点に対して定まるリー環(I.5 及び II.7,8 参照)の頂点作用素を用いた構成要素になっている [S-Y].
148 原始保型形式 ηW (−1/hτ ) · ηW ∗ (τ ) ·
dW = 1
なる関係が成り立つことである.ここで,dW = dW ∗ =
i|h
ieW (i) は W の
ディスクリミナントと呼ばれる有理数である. さて,ηW の ∞ 点におけるフーリエ展開を
n
c(n)q n とおく.このとき,
ηW は ∞ 点で正則(または,零値)となるとは,c(n) = 0 が n < 0(または,n ≤ 0)に対し成立することであるが,このことは更に νW := − i|h i · eW (h/i) が非正(または負)であること,そして ηW が正則(カスプ形式)となることと 同値である.この係数 c(n) はオイラー以来,いろいろな意味づけをされてき たが,かなり莫大なコンピュータ実験をした結果,次の予想に達した([S6]). ■予想 正規ウェイト系 W に付随したエータ積 ηW のフーリエ展開係数 c(n) がすべて非負となるのは,ηW がカスプ形式でない,すなわち νW ≥ 0 と なることである. 実際 νW = 0 のとき,上の命題は容易に示せるので,本質的な場合は νW = 0
˜l , l = 6, 7, 8 に対するエータ積 ηW は のときである.楕円型ウェイト系 E νW = 0 となる非カスプかつ正則となる最初のエータ積となる.この場合は 予想通り c(n) が非負となることが,ηW のメラン変換であるところの L-函 数:LW (s) :=
∞
n=1
c(n)n−s を以下のようにオイラー積に分解を与えること
により証明できる([S3,V]). 1 1 1 = LE6 (s)= p −s )2 −2s −s )(1−p−s ) (1−p 1−p (1− p 3 p=3 p≡1(3) p≡2(3) LE7 (s)=
LE8 (s)=
1 4 1 4
p≡1(8)
1 (1−p−s )2
1 (1−p−s )2
p≡1(12)
p≡5,7(8)
1 1−p−2s
1 1−p−2s
p≡7,11(12)
p≡3(8)
1 − (1−p−s )2
1 (1+p−s )2
1 − (1−p−s )2
1 (1+p−s )2
p≡5(12)
p≡3(8)
p≡5(12)
他方,V. Kac によると上記のエータ積は対応する階数が 2 の G2 , B2 -C2 , A2 型のルート系(脚注 16 参照)のルート束の或る拡大の Θ 函数となっているこ とから非負性を示せる([S3,V]).このことの納得いく説明はいまだない.
斎藤 恭司
149
6. 普遍開折,判別式そして原始形式 多項式 fW の普遍開折とは,重みつき h 次擬斉次多項式 FW (x, y, z, g) で以下の条件(0)∼(iii)を満たすもののこととする(I.3 脚注 3 参照). (0)g = (g1 , . . . , gμ ) は μ 次元開折パラメータで,各々の座標の重みは
deg gi = mi + ε(W )(1 ≤ i ≤ μ),(i)FW (x, y, z, 0) = fW (x, y, z),(ii) ∂ ∂gμ FW (x, y, z, g)
∂ = 1,(iii)∂g FW (x, y, z, g)|g=0(i = 1, . . . , μ)はヤコビ環 i
JW := C[x, y, z]/(fW x , fW y , fW z ) の基底を与える20 . さて,SW := {(g) ∈ Cg } を開折のパラメータ空間とする(その座標のうち 最も高い重みは mμ + ε(W ) = h,最も低い重みは ε(W ) + ε(W ) である). 普遍開折 FW (x, g) の零面の定める多様体 XW := {(x, y, z, g) ∈ C3 × SW |
FW (x, y, z, g) = 0} は SW への射影 π により SW 上のファイバー空間にな る.すなわち,点 g ∈ SW の逆像 π −1 (g) を Xg と記すとそれは 2 次元の超曲 面 {(x, y, z) ∈ C3 | F (x, y, z, g) = 0} となる.とくに,原点上のファイバー
π −1 (0) は元の特異点 X0 になっており,一般の Xg はその“ 変型 ”であるとみ なそう.ここで,点集合としてのディスクリミナント DW = {g ∈ SW | Xg は特異点をもつ } は,SW の超曲面としてある単独の方程式 Δ = 0 で与えら れる.Δ は FW より代数的に導けるし,平坦構造を記述するのに重要な役割 を果たすが,ここでは立ち入らない. さて,幾何学的にはディスクリミナント DW は次の 3 種類に分解する.
20
普遍開折の概念は Thom [T] による.それは原点近傍における局所解析的な概念であり,ここ に述べた条件では FW は一意的に決まらない.実際,異なる普遍開折のパラメータ空間の間 は大域的には有限多価の対応関係がつく.このことは 2 種類のディスクリミナント DW,0 及 び DW,− に対応する 2 つのモジュラー群 Γ0 及び Γ− に関する原始保型形式の異なるレベル の存在に対応しており微妙な問題を引き起こすと思われる.しかし,現時点では,これ以上立 ち入らない.また,開折のパラメータ (g1 , . . . , gμ ) は内在的な変数ではないが,後に平坦座 標(I.5 脚注 7 参照)により一意化することにより,自然なパラメータが得られる.DW,− に現 れるサイクルを無限遠方より来るサイクルと呼ぶことにすると,それらの生成する加群は FW によらないのではないかと思われる.
150 原始保型形式 DW,+ ={g ∈ SW | Xg は孤立特異点をもち, そこに消滅するサイクルは X0 においても消滅する.}
DW,0 ={g ∈ SW | Xg は非孤立特異点をもつ.} DW,− ={g ∈ SW | Xg は孤立特異点をもち, そこに消滅するサイクルは X0 において消滅しない.} ここで,DW,0 ∪ DW,− は FW のとり方に強くよる(脚注 20 参照). 以上の設定の下で I.3 で述べた原始形式がどのような第 1 表示をもつのか, いくつかの例で見てみる.すると,元々局所的にしか定義されていなかった 原始形式がちょうど DW,0 ∪ DW,− を境界とする大域的多価微分形式である こと,その原始形式を一意化するには DW,0 ∪ DW,− で分岐する SW の被覆 空間をとらねばならないことが見える.
i)古典ウェイト系. すでに第 I 部で見たように開折空間 SW は商空間 hΓ /WΓ と同一視され,ディスクリミナント DW は正の部分 DW,+ しかない.原始形 式は,定数倍を除いて次のポアンカレ剰余形式で与えられる.
ResXg
dx ∧ dy ∧ dz FW (x, y, z, g)
!
ここで,ポアンカレ剰余記号は,素朴には,Xg の各点 x 毎に x を通り Xg に横断的な複素直線 l をとり l 内で x を一周する曲線 γ に沿っての積分
1 √ 2π −1
γ
dxdydz FW (x, y, z)
を考える事により定まる Xg 上の 2 次微分形式を表わす.
ii)楕円ウェイト系. 普遍開折のパラメータのうち重みが 0 = 2ε(W ) となる もの g1 が 1 つある.アフィン超曲面 Xg は,g1 のみで決まるある楕円曲線 Eg1 を境界としてコンパクト化できる.ディスクリミナントは DW = DW,+ ∪DW,0 と分解する(ここで, , DW,0 , は楕円曲線 --Eg1 が退化するような点集合である). すると,ResEg1 ResXg
dx∧dy∧dz FW (x,y,z,g)
は Eg1 上の第 1 種微分となる.そこ
で,更に Eg1 上の(複素係数の)サイクル a を 1 つ選び
ResXg
! !! dx ∧ dy ∧ dz dx ∧ dy ∧ dz / ResEg1 ResXg FW (x, y, z, g) FW (x, y, z, g) a
斎藤 恭司
151
とおくと,これが原始形式となる.特に,a として(DW,0 のある点で消滅す る)整係数のサイクルをとると,有理的原始形式として,大域的な周期写像を 定める([S2], 脚注 5 の(i)及び(ii)参照).そのような a をマーキングと呼ぶ.
iii)e-ハイパボリックウェイト系.普遍開折のパラメータのうち,重みが負 = 2ε(W ) = −2 となるもの g1 が 1 つある.ディスクリミナントは DW = DW,+ ∪ DW,− と分解する.ファイバー Xg (g1 = 0) 上のサイクルで DW,− で消滅するもの(要するに無限遠方より来るサイクル)がちょうどランク 1 だ けあるので,その生成元を 1 つ選んで γ とおく. ■予想 e-ハイパボリックウェイト系に対する原始形式は(定数倍を除いて)
ResXg
! ! dx ∧ dy ∧ dz dx ∧ dy ∧ dz / ResXg FW (x, y, z, g) FW (x, y, z, g) γ
なる表示をもつ.一般に,ε(W ) ≤ 0 なるウェイト系 W に対する原始形式 は上記(ii)または(iii)と同様の表示をもつだろうか?21
7. 消滅サイクルとルート系 滑らかな超曲面 Xg (g ∈ SW \ D) 上の他のサイクルの倍元とならないサ イクル γ ∈ H2 (Xg , Z) であって,パラメータ g をディスクリミナント DW,+ (または,DW,− )の生成点へ近づけるとつぶれてしまうもの全体のなす集合 を RW(または RW,− )と記そう(脚注 8 参照).それらは交叉形式 I に関し て互いに直交するルート系となることは容易に示せる.RW で生成される 消滅サイクルのなす加群(= ルート束)QW (−1) := ZRW は階数が μW と なる.交叉形式 I を QW に制限したものの符合を (μ+ , μ0 , μ− ) とすると,
μ0 := 2#{1 ≤ i ≤ μ | mi = 0}, μ− = 2#{1 ≤ i ≤ μ | mi < 0} となる. 21
上記の原始形式の第 1 表示において古典的ウェイト系以外では,ポアンカレ剰余類をある積 分の周期となる単元で割る必要があった.この事は今にして思うと,物理の弦理論の模型の立 場からは自然なことであった.では,この単元の役割は問題 6 の原始形式の第 2 表示におい てはどうなるのであろうか.筆者の印象では,リー環の随伴剰余写像を定義するときに,すで にマーキングなどの単元に関するデータは組み込まれていて,Kostant-Kirillov 形式はそれを 折込済であり,第 2 表示の中に単元は明示的に出てこないのでないか.
152 原始保型形式 よって,二次形式 I の Witt 指数 μ0 + μ− は偶数になる. ウェイト系 W が古典的なときには,McKay 対応により定まる ΓW はルー ト系 RW の単純基底を与えている.そこで,一般のウェイト系 W に対し,問 題 4 でいうところの RW の単純基底を求めよという問題(答は 1 つとは限ら ないが)が考えられる.この問題に対しては,SW \D の基本群の基底の集合 の上への作用を用いる W. Ebeling [E1], Gabrielov などの研究がある.ひとま ず ΓW のいわゆるディンキン図型表示([B] 参照)を,例に則して見てみよう.
i)古典ウェイト系.ルート束 QW は正定値となり,RW は有限ルート系と なる.古典的によく知られているように([B]),ΓW は次の表示を得る. q
p r
ここで,枝の長さ p, q, r は,不等式
1 p
+
1 q
+
1 r
> 1 を満たす.
ii)楕円ウェイト系.ルート束 QW は正半定値で,ラディカルの次元 = 2 と なる.そのような RW は,楕円ルート系と呼ばれる 6 節(ii)のマーキン グ a を 1 つ選ぶことにより単純基底 ΓW が次のように定まる([S3, I]).
˜6 : ◦ E
◦ ◦ ◦ HH @@ ◦ ◦
◦
◦
◦
◦
◦
◦
◦
◦
◦
˜7 : ◦ E HH @@
◦
ここで,枝の長さ p, q, r は
1 p
+
1 q
+
1 r
◦
◦
◦
◦
◦
◦
˜8 : ◦ E HH @@
◦
◦
◦
= 1 を満たしている.
iii)e-ハイパボリックウェイト系.ルート束 QW の符合は (l + 2, 0, 2) とな る.そのようなルート系 RW を e-ハイパボリックルート系と呼ぼう.ガ ブリエロフによると,次のように単純基底をとれる [E1]. q
p r
ここで,枝の長さ p, q, r はガブリエロフ数と呼ばれ, p1 + 満たす.
1 q
+
1 r
<1を
斎藤 恭司
153
興味あることに上記の(i),(ii)及び(iii)において図式の枝の長さ p, q, r は既 に II.3 で見た三角群のインデクスの三整数と一致している.更には, (おそら く, (ii)の場合も W ∗ をうまく拡張定義することにより(II.4 参照))これら枝 の長さ p, q, r は双対ウェイト系 W ∗ から純算術的に求まるシグネチュア集合
A(W ∗ ) と呼ばれる整数の組([S6 §10,12],脚注 15 参照)と決まってしまう. このことは次の問題が意味あることを示唆しているのであろう.
■問題
8. 与えられた正規ウェイト系 W とその原始形式の第 1 表示を与えるサ イクル γ(II.6 参照)に対して,ルート系 RW の 1 つ(または複数)の単 純基底 ΓW であって,そのコクセタ変換の特性多項式が ϕW となるも のを代数的に見つけよ.これはルート系を表わすある種の導来圏の中 で純な代表元(すなわち,次数 0 のところのみに台をもつ複体)を探す ことを意味するのであろう.
8. コクセタ変換の固有ベクトルと平坦構造 コクセタ変換に注目する理由は I.5 で見たように,有限ルート系の場合,コ クセタ変換のみを用いて(リー環やその随伴商写像にふれることなく gΓ //GΓ 上の平坦構造を),ワイル群による商空間 hΓ /WΓ 上の平坦構造として記述で きたからである.そして,問題 5.(i)はこの事実を一般の単純基底つきルー ト系に対して拡張せよというものであった.では,ウェイト系 W に由来す るルート系 RW は,この問題にどの位答えるか以下に順次見てみる.
i)古典ウェイト系.この場合は RW は有限ルート系であり,既に I.5 で構 成してみた通り,hW /WW は有限ワイル群商空間としての平坦構造が入る(こ こで,hW := HomZ (QW , C)).
ii)楕円ウェイト系.この場合,RW は楕円ルート系と呼ばれるラディカル が 2 階のルート系となる.その 2 階のラディカルが,楕円曲線のホモロジー 群と同一視される.前節 7 で見た単純基底がとれ,それにより定まるコクセ タ変換は有限位数 hW となる.このとき,次のように楕円的平坦構造が古典
154 原始保型形式 的場合を拡張する形でコクセタ変換のみを用いて構成される22 .([S3,II], 佐 竹 [Sat2] 参照.この平坦構造へのモジュラー群 Γ0 の作用については [Sat1] を見よ.周期写像との関連は [Lo1] を見よ.)この辺の事は共形場の理論や 各種の可積分系の理論に楕円モジュラー函数が出てくる事の “自然な説明” (G.Segal の’90 京都講演,Cherednik,他)と密接に関連しているらしいが, 著者には納得のいく説明は未だない.リー環論的に原始形式を構成するとい う第 2 の逆問題については,現在研究が進行中である([H-S], [S-Y], [S-T],
[Y2], [S3,VI,VII]).それ等の楕円的原始形式のリー環論的理論ができ上がっ た上で,もう一度共形場の理論や,種々の可積分系の理論を見なおしてみた ら,何か見えてくるのかもしれない.
iii)e-ハイパボリックウェイト系.ルート束 QW の符合は (l + 2, 0, 2) で, l + 4 = μW となる.交叉形式は非退化なので,周期写像は原始形式(II.6.(iii) で予想した)を μW 個の独立な閉じた消滅サイクルのなす可群 QW の基底上積
˜W := {ϕ ∈ HomR (QW ⊗ 分することにより得られる.また,その周期領域は B R, C) | ker(ϕ) > 0}0 で与えられる(未公表セミナー・ノート 1991).このと き問題 4.(b)は次のように肯定的に答えられることが,計算機により確認され
√
ている(未公表ノート 1985). 「コクセタ変換の固有値 exp(±2π −1/h) に対 応する 2 つの固有ベクトルはそれぞれ,上記の周期領域またはその向きづけを 逆にした連結成分に含まれ,それぞれ,ワイル群 W のいかなる鏡映面にも含
˜W は束 QW に対して自然に定まる IV 型対称 まれない」.ここで,周期領域 B 領域を 1 次元拡張したものと 見なせる.他方,その(1 次元上った)IV 型対称 22
この場合,ランク 2 のラディカルに応じて,コクセタ変換は固有値 1 を 2 個もつ.対応する 周期写像は( II.6.(ii) で述べた)原始形式の閉じたサイクル上の積分の周期のみでは記述でき ずに,ガウス・ルジャンドル方程式の解となるような,ある開いたサイクル上の原始形式の 積分を 1 つ用意する必要がある( 脚注 5.(iii)参照).それに応じて,周期領域は複素半空間
:= {ϕ ∈ Hom (QW ⊗ , ) | ker(ϕ) > 0}0(ここで,> 0 とは正定値空間となるとの 意味であり,下つきの 0 はラディカルの向きづけより定まる連結成分の意味)の 1 次元拡張し
˜ が ˜ に作用するが,問題 4.(b)を た領域 ˜ となる.このとき,ワイル群 W の中心拡大 W 補正する形で命題「コクセタ変換の 1-固有値空間に対応する ˜ の部分空間はワイル群 W の いかなる鏡映面に含まれない」が成立する.その結果 I.5 で行った /W 上への平坦構造の構
˜ に平坦構造が入る. 成とよく似た構成法により ˜ //W ここで行った構成は,加群 QW の二次形式 IW が退化したために原始周期写像は GaussLegendre 方程式系の解系で定義したことに由来する(脚注 5(ii)及び [S2] を参照).
斎藤 恭司
155
˜ W が以下のように自然に定まる.すなわち,II.7 で述 領域となる二重被覆 D べた無限遠方からのサイクル RW,− を用いて,束 LW := QW ⊕ ZRW,− (−1) を考えよう.その符合は (l + 3, 0, 2) となるので,それに付随する IV 型領域
˜ W := {ϕ ∈ HomR (LW , C) | ϕ · ϕ = 0, ϕ · ϕ¯ > 0}/C× を考える(ここ D で,”·” とは交差形式 I から定まる双対空間上の内積とする).定義域の制限
˜W ˜W → B ϕ → ϕ|QW はワイル群 W (RW,− ) Z/2Z 作用に関する商写像 D となる.II.6 の原始形式の大きい束 LW 上の積分はディスクリミナントの余
˜ W への写像を引き起こし,その逆写像 D ˜ W → SW が 集合 SW \ DW から D 定義される. ここで特筆すべき事は,W の双対ウェイト系 W ∗ に対し定まる Borcherds 積(説明略,[Bo])がディスクリミナント Δ の表示を与えている様に見える. すると,先に述べたコクセタ変換の 1 の原始根に対する固有ベクトルの性質
˜ W 上の原始保型形式の環が定まるはずであろう. から,SW 上の平坦構造と D しかし,VI 型領域やその拡張領域上での保型形式の構成法がよく知られてい ない現時点では,このプログラムは実行されていない.唯一の例外として次 の代数的元が知られている.すなわち,I(x, x)/2 は二次形式として SW 上 座標の中で唯一負の重み −2 をもつ代数的原始保型形式となる([S6]).その
˜W 上から引き戻しで得られるが,おそらくは 他は W (RW,− )-不変となり B QW に対する IV 型領域上の保型形式の引き戻しとして得られるのであろう (同上,セミナ・ノート).これらの保型形式の研究は現在進展中である(青木
[Ao], Zagier).また,周期写像などの幾何学的記述は [Lo2] を参照されたい. また,I.5 で議論したリー環 g˜(R) の(基本)表現に対する character と平坦座 標との関連も気になるが,いまのところ何かを説明できるほどの材料はない.
iv)一般のウェイト系W に対し定まるルート系 RW に対し問題 4.(a)の性 質をもつ基底が存在することは,さほど難しくなく示せる.すなわち,幾何学 的に構成される strongly distinguished basis(Brieskorn [Br2, App.], Ebeling
[E1], Gabrielov)などがそれである.しかし,それら全体には組み紐群 B(μ) の作用する任意性があり,どの基底が適切かわからない(あるいは,特別の基 底はないのかもしれない).また,平坦構造を構成する際に決定的重要であっ た(b)の性質はこの方法ではわからない.にもかかわらず次の事実は,事態解 明の大切な第一歩のように見える.すなわち,任意の正規ウェイト系は1 ま
156 原始保型形式 たは−1 をベキ指数にもつ([S6]).したがって,コクセタ変換の特性多項式
√ √ ϕW は必ず 1 の原始根 exp(2π −1/h),または exp(−2π −1/h) を根にも つ.そこで改めて,次の固有空間の正規性を問おう. ■問題
9. 正規ウェイト系 W が 0 をベキ指数にもたないとき,HomZ (QW , C) √ √ 内におけるコクセタ変換の exp(2π −1/h) または exp(−2π −1/h) に対する固有空間はいかなる α ∈ RW の零面 Hα := ker(α) に含まれ ない.
9. 終わりに 本稿の後半は,ウェイト系なる概念を導入する事により,意味ある原始形 式のカテゴリーを拡げようという目的であったが,残念ながら,話があちこ ちに飛び羅列的な記述になってしまった.もっともっと 1 つ 1 つのウェイト 系に即して堀り下げて,その個性を際立たせるべきであったろう(実際,その 方がやっていて楽しい). さて,いざ書いてみると,何か肝心なものがするりとぬけ落ちて,群盲象 をなでるの感がする.他にも気になることは未整理のままでいろいろあるが, 残念ながら,目的地である原始保型形式とその平坦構造が明瞭な形で求まっ ていない現状では,これ以上雑多なことを書き連ねるよりひとまず筆を置く ことにしよう. 本稿のつたない断片を超えて,この未知の世界である原始保型形式の探求 へ向かう読者が現れれば筆者の喜び,これに過ぐるものはない.
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G. M. ツィーグラー 161
なぜポリトープを研究するのか? それは,ポリトープが美しく,興味深く, 重要であり,しかも,ポリトープについての非常に多くの興味深い問題が研 究,解決されるのを待っているからである. この答えは多分正しいだろうが,これはもちろん多くの疑問を残す.特に, 何がポリトープのようなテーマを “重要”とし,何がポリトープに関する問題 を “興味深い”ものとするのか? これから見ていくように,ポリトープに関す る多くの基本的な問題は,ポリトープの理論の “外部から”与えられたもので, これらの問題の多くは明確な解答を未だ待っている.それで,ポリトープの 理論についての以下の概観(これは 2000 年に書かれた)では,中心的で重要 「誰が尋 かつ美しく興味をそそるに違いない精選された 7 つの話題に関して, ねているのか?」を問う.これらの話題や問題は,きっとしばらく我々を虜 にし,魅了し,解答を与えようと努力させるであろう. ポリトープの理論はこれまでに一度も “空集合についての理論”であったこ とはない.実際,あらゆるところに面白い例があり,また,鍵となる例(key
example)についての研究が,しばしば,興味をそそる現象や驚くべき影響へ, そして最後には問題の解答へと導いてきた.したがって,7 つの話題のそれ ぞれについての我々の 2 番目の質問は「よい例を挙げることができるか?」と いうものである. 各話題について,私が提起したい第 3 の質問は, 「我々はどこへ向かってい るか?」ということである.たとえば,この分野を確定した Gr¨unbaum の古 典的な書 [23] が刊行されてから 50 年記念に当たる 2017 年には,この分野 の理論はどのようになっているのだろう.もちろん私にはわからない.それ でも私は,研究する価値のあると思われるいくつかの方向を示してみるつも りである.
1. 対称性 ポリトープの理論は,古典的なギリシャ数学に確固としたルーツをもって いる.“プラトン立体”の発見/構成はユークリッドの『原論』XIII まで遡る ことができ [3],その美しさと普遍性についての議論はプラトンまで遡ること
162 ポリトープについての問題 ができる. 「これらの多面体についての初期の歴史は古代の闇の中に失われて いる」[13, p. 13] のだが.プラトン立体は,我々が現在 “正則で凸の 3 次元 ポリトープ” と呼ぶところのものである.すべてをリストアップすると,四 面体,立方体(現実の 3 次元空間の基本的な構成ブロック),8 面体,12 面体,
20 面体である.双対性の概念もギリシャ人たちに負っている.四面体はそれ 自身と双対であり,立方体は 8 面体と双対であり,12 面体は 20 面体と双対 である.また,これらの美しい多面体に関連して “元素”や惑星等と 1 対 1 に 対応づけるいろいろな神秘主義もギリシャ人たちによる. 「正則なポリトープの対称群は何か?」これは非常に自然な問いであり,多 くの方向から尋ねられ,それゆえ多方面に発展した.今から思うと奇妙なこ とだが,群の概念はポリトープの研究からではなく,当初は多項式の方程式 の根号による解法に関連して,体の対称性(ガロア群)のために開発されたの である.それにもかかわらず,今日の学部学生のための教科書では,群につ いての議論は,5 次方程式の根に関する話でなく,8 角形や立方体の対称群の 例で始まっている! すべての正則なポリトープの分類は,スイスの天才幾何学者 Ludwig Schl¨afli によって 1852 年頃に成し遂げられた.“自明な”正則ポリトープ,すなわち,
d 次元立方体と d 次元クロス・ポリトープ(つまり,それぞれ,Rd の ∞ ノル ム, 1 ノルムに関する単位球)とプラトン立体の他には,4 次元において 3 つ の例外的な例 —– 24 胞体(24 個の 8 面体が facets),120 胞体(120 個の 12 面 体が facets),および 600 胞体(600 個の四面体が facets)—– がある.正則ポ リトープを,解析幾何における “奇妙な対象”と思う人もいるかもしれないが, 今では,正則ポリトープについては見かけ以上のものであることを我々は知っ ている.たとえば,コクセター群として知られている,鏡映で生成される既 約な有限群を考えてみよう.これらはすべて,正則ポリトープの対称群とし て生ずるか(コクセターダイアグラムが線形のとき),ルート系のワイル群と して生ずるか(コクセターグラフの weights が {2, 3, 4, 6} に含まれるとき), あるいはその両方である.後者はまた,単純リー代数の分類を与え,したがっ て単純複素リー群とコンパクト実リー群の構造理論を与える.両方が重なる 場合には,“usual suspects”(d 単体と d 立方体の対称群 Ad−1 と BCd )と,1 つの例外である対称群 F4 をもつ 24 胞体がある.この 24 胞体は注目すべきも
G. M. ツィーグラー 163
ので,多くの点から見て興味深い.たとえば, (単体以外には)24 胞体が唯一 の自身と双対な正則ポリトープであるという事実は,F4 -buildings について 生ずる特殊な結果の原因かもしれない.正則ポリトープの理論で,鍵となる 例を求めるなら,これは確かに調べてみるべきものの 1 つである.(Coxeter の本 [13] は正則ポリトープに関する古典的文献である. ) 誰が問題を提起しているのか? 特に,結晶学および結晶学者によって提起 された次のような問題がある.“自然界に”生ずる可能な対称性を分類せよ.結 晶の対称群を分類せよ.空間を敷き詰めるポリトープを分類せよ(結晶学者が 特に興味をもつのは 3 次元空間のタイリングである),など.これらの問題 の多くは,ずいぶん前に満足のいく解答が得られている.3 次元,4 次元に おける結晶学的空間群の分類などがそうである.しかし,これらを,データ ベースとしてアクセス可能となるような統一的な方法によって,扱うのに必 要なアルゴリズムとともに “我々の手に”入れたのはごく最近にすぎない.一 方,3 次元空間の可能なタイリングの問題は,これまでのところ完全には解 決されてなく,まだ研究されるべき魅力的な問題が残っている.この中には 次のようなものがある.
• 3 次元空間を合同な凸多面体を面と面が完全に接するように敷き詰めると き,用いられる凸多面体の面数の最大値はいくらか. (これについての現在 の記録は Engel(1981)による 34 面体である. )
• d 次元空間の単一ポリトープの平行移動によるタイリングに対して,格子 の Dirichlet-Vorono¨ı セルとしてタイルが生ずるようなスカラー積が常に存 在するか. (この Vorono¨ı の “geometrization conjecture”(1908)は 4 次元ま で —– そこでは,我々は lattice タイリングをよくわかっている —– および, いくつかの特殊な場合には正しいことが知られている.しかし,一般には まだ解決されてない. ) 離散幾何と結晶学の境界上にあるもう 1 つの問題 —– 正確な “数学的問 題”として定式化するのは容易ではないが —– は,“化学的実在”(chemically
realized)が可能な 3 次元空間のタイリングは何かを問う.実際,新しいこの ような構造は,コンピュータの中で,そして実験室で見つけることができる. この方面の最近の “第 1 面ニュース”については,[15] を参照.
164 ポリトープについての問題
図 1.1: 正則 3 ポリトープ
図 1.2: 24 胞体の “Schlegel ダイアグラム”
G. M. ツィーグラー 165
2. 面を数える 凸の 3 次元ポリトープの頂点(vertex)の数,辺(edge)の数,面(face)の数 を結び付けるオイラーの多面体公式
v+f =e+2 はいろいろな場面で,“数学の 10 大定理”の 1 つに挙げられる.この公式には 面白い歴史 [18] があり,また,この公式はさらなる豊かな発展の出発点でも あった.この公式をまず次のように書き直そう:
f0 − f1 + f2 = 2 ここで fi はポリトープの i 次元の面の個数を表す.これの d 次元への “自明 な拡張”は,d 次元ポリトープのいわゆる f ベクトル (f0 , f1 , . . . , fd−1 ) の成 分についての次の関係式である:
f0 − f1 + f2 − · · · + (−1)d−1 fd−1 = 1 + (−1)d−1 この公式もまた Schl¨afli によって 1852 年に発見された.しかし,Schl¨afli の 証明は完全ではなかった.それは,現代の用語でシェリング(shelling)と呼ば れる,面の “よい順序づけ”に依存していて,その存在は 1970 年に Bruggesser と Mani によって確立されたのである.上の関係式の確かな証明はポアンカ レによって与えられ,これが現代の代数的位相幾何学の出発点となった.
“d 次元凸ポリトープの f ベクトルとしてはどんなものがあり得るか?” こ の質問は 2 次元,3 次元では容易に答えることができる.d = 2 のとき,f ベ クトル (f0 , f1 ) は条件 f0 = f1 ≥ 3 を満たせばよい.d = 3 のとき,答えは
Steinitz(1906)によって得られていて,f ベクトル (f0 , f1 , f2 ) は,オイラー の公式以外に条件 f2 ≤ 2f0 − 4 と f0 ≤ 2f2 − 4 を満たせばよい.これらの 条件を満たす整数ベクトル (f0 , f1 , f2 ) がすべて実際に 3 次元ポリトープの f ベクトルになることを示すのは格好の練習問題である. 次のステップは次元が d = 4 の場合に同じ質問に答えることであろう.し かし,これについては多くの研究がなされているが,未解決である.[7][8] を 参照.これまでに,4 次元ポリトープの f ベクトル (f0 , f1 , f2 , f3 ) が満たす
166 ポリトープについての問題 べき条件はたくさん知られているが,本質的な “条件が欠けている”.今のと ころ,2 つの側面から見て,我々はこの問題の完全な解決にほど遠い状態に あるようだ.1 つには,我々が知らない,あるいは少なくとも証明できない, たとえば次のような不等式が存在する:
f1 + f2 ≤ 6(f0 + f3 ). もう 1 つには,興味深い 4 次元ポリトープを構成する十分よい方法を我々はま だもっていない.問題は,容易に “書き下す”ことができるポリトープのほと んどが単純(simple)ポリトープか,単体的(simplicial)ポリトープ(その facets が一般の位置にあるか,またはその頂点たちが “一般の位置”にあるポリトー プ)である,ということだ.おそらく,我々は 4 次元以上で生ずる真の複雑さ や退化を理解さえしてないのかもしれない.これについてもっと熱心に研究 しなければならない! 単体的ポリトープ (すべての facets が単体)の場合に注目すると,状況はずっ とよい.実際,単体的凸ポリトープの f ベクトルの特徴づけは,近年のポリ トープ理論のめざましい成果である. 単体的ポリトープの場合の極値的な例(extremal example)は具体的に記述で きる.Barnette の “下限定理”(1971)によると,頂点数 n の単体的 d ポリトー プで facets の個数が最小のものは,単体から n − d − 1 回の星状細分(steller
subdivision)を繰り返して得られる任意の “stacked ポリトープ”で実現され, その facets の個数は (d + 1) + (d − 1)(n − d − 1) である.もう一方の極値 は McMullen の “上限定理”(1970)により,facets の個数の最大値は,任意 の $ d2 % 個の頂点が face をなすような “neighborly”ポリトープで実現される.
neighborly ポリトープはたくさんの facets をもつ.その個数は,正確には n − 1 − $ d−1 n − $ d2 % 2 % + fd−1 = & d2 ' & d−1 2 ' である.組合せ的には “超指数的に多くの”異なる neighborly ポリトープがあ る(Shemer 1982)が,“閉じた形式”で構成できる無限クラスの例は,cyclic ポ リトープのクラスだけのようである.位数 d の曲線 γ 上に n 個の異なる点を とると,その凸包
G. M. ツィーグラー 167
図 1.3: cyclic ポリトープ C3 (6) と stacked ポリトープ
Cd (n) := conv{γ(t1 ), γ(t2 ), . . . , γ(tn )} が cyclic ポリトープである.位数 d の曲線として “モーメント曲線”
γ(t) := (t, t2 , . . . , td ) をとることができ,その組合せ論(“Gale’s evenness criterion”)は Vander-
monde の行列式から導かれる.あるいは,偶数次元の場合 —– この方が興味 深いケースとなるが —– γ として次の形の trigonometric curve をとることが できる:
d d γ(t) := (cos(t), sin(t), cos(2t), sin(2t), . . . , cos( t), sin( t)) 2 2 すると,回転対称な頂点推移的群をもつような対称的ポリトープが得られる! これらの 2 つの極値間の単体的ポリトープの f ベクトルの完全な特徴づ けは “g-定理”として知られている.それは,4 つの異なる部分からなり,そ れぞれが本質的,驚異的で,独自の難しさをもっている.第 1 の部分は,線 形および非線形不等式からなる複雑な系が完全な特徴づけを与えるはずだと いう予想,すなわち McMullen(1971)の “g-予想”であった.第 2 のステップ は Billera と Lee(1980)による構成で,それは,McMullen の条件を満たす ベクトルが実際に単体的 d ポリトープの f ベクトルとなるということを確 立した.そのために,Billera と Lee は異なる f ベクトルをもつ “多くの” 単 体的 d ポリトープを作らなければならなかった.彼らは作ってしまったので ある! 彼らは,cyclic ポリトープの shadow-boundary として —– あるいは, 同じことだが,(d + 1) 次元 cyclic ポリトープの d 次元の中心射影(central
projection)として,彼らのポリトープを構成した.第 3 のステップは Stanley
168 ポリトープについての問題 (1980)によって達成された.彼はトーリック多様体とのリンクを確立した. 各単体的ポリトープに対して,“適当に滑らかな”トーリック多様体を付随さ せることができ,その有理ベッチ数が f ベクトルの線形関数として与えられ る.Stanley は,McMullen の条件の正当性が,このようなトーリック多様体 に対する “hard Lefschetz theorem”から導かれることを確立した.第 4 部はこ の “hard Lefschetz theorem”を証明することであった.これは予想外に難しい ことが判明した.最初の証明は間違っていたし,2 番目の証明は極端に技巧 的で難しいものであった.3 番目の証明 —– McMullen(1993)による —– は 入り組んだ凸幾何の方法を用いて,代数幾何における結果を確立した. . . そし て決定的に “単純な”証明(おそらく “star convex”ポリトープについてもまた 成り立つであろう)はまだ現れてないようだ. 単体的な場合以外でも “面の数え上げ”の分野は,多くのよい未解決問題を 呼び物にしている.その中に次のものがある:
— 4 次元ポリトープの f ベクトルを特徴づけよ. — 中心対称な(centrally-symmetric)単体的ポリトープの f ベクトルを特徴づ けよ.
— 立方体的ポリトープ(すべての面が組合せ的には立方体)の f ベクトルを特 徴づけよ. ポリトープの f ベクトルは,ポリトープの組合せ的 “サイズ”や複雑度に関し ても多くの情報を含んでいる.これについて,我々が実際にはほとんど何も 知らないというのは非常に奇妙である.たとえば,すべての凸ポリトープに ついて
fi ≥
1 min{f0 , fd−1 } (0 < i < d − 1) 1000
が成立するかどうかさえ,今のところは,答えられない.あるいはいい換え ると,凸ポリトープは実際に “くびれたウェスト”をもつことができるか?
3. パス 線形計画法は数学的プログラミングの非常に重要な部分を占めている.そ
G. M. ツィーグラー 169
れは商業上重要というだけではなく,多くの他のルーチン(たとえば,組合せ 最適化)が効率のよい解法を線形計画法に依存しているためでもある.線形計 画法の問題を幾何学的に述べれば,いくつかの半空間の共通部分(つまり,有 限個の線形不等式の解の集合)として与えられるポリトープや多面体の(ある 線形の高さ関数についての)最も “高い点”を求めることである.線形計画法 におけるシンプレックス法(simplex algorithm)—– 主として George Dantzig によって 1947 年から開発が進められた —– は,まず多面体の実行可能な頂 点(feasible vertex)を見つけ,そこから多面体の辺に沿って,線形の目的関数 が増加するように進んでいくものである.線形計画法の理論(たとえば [32] を参照)は一般的な問題を,特殊な性質,すなわち,
– 多面体が有界である(ポリトープである), – 次元いっぱいである(d 次元空間の d 次元ポリトープ), – 単純である(各頂点からちょうど d 本の辺が出ている), – 目的関数は generic である(目的関数が 2 つの頂点で同じ値をとらず,どの 辺も目的関数に関して “水平”でない) をもつ “よい”問題の研究に帰着させる多くの方法や変換を与える.以下,多 面体の 1 つの頂点が “出発点”として与えられていることも仮定しよう.この 頂点は多面体の最も低い頂点としてよい.シンプレックス法は “頂上に到達 する” ために次々に “それに沿って進む”辺を選んでいく.しかし,どうやっ て辺を選べばよいか? これは,線形計画法からポリトープ理論に提起された問題である.実際,主 要な問題は 3 つあり,今までのところどれも満足がいくように答えられてお らず,いずれも興味深いものである:
–「常に “短い”パスが存在するか?」 –「単調なパスはどのくらい長くなり得るか?」 –「ランダムな単調パスは短いか?」 この中の,“短い”とか “長い”ということの意味は,入力ポリトープのサイズ (次元 d,facets/不等式の個数 n)に関連する.
170 ポリトープについての問題
図 1.4: シンプレックス法で選ばれた “頂上”へのパス
最初の問題はおそらく 1957 年の会議で Warren Hirsch によって提起され,
George Dantzig の基礎的な本 [14] に載っている. 「各頂点から他の任意の頂点 への短いパス(特に,たかだか n − d 本の辺を通るパス)が常に存在するか?」
Hirsch の予想は,n 個の facets をもつ単純な d ポリトープの組合せ論的直径 が n − d 以下であることを主張する.この予想は熱心に研究されてきたが今な お未解決である [28].この予想はベストなもので,すべての n > d ≥ 8 につ いて,直径が n − d のポリトープの例がある. (Holt& Klee 1998; Fritzsche&
Holt 1999)しかしながら,n と d の多項式で表される上界さえわかってな い.現在までの最良の結果は Kalai と Kleitman(1992)による上界 n1+log d である.
Hirsch の予想は非常に重要である.それはシンプレックス法の複雑度(complexity)に密接に関係するからである.特に,直径に関して多項式で与えら れる上界が存在しなければ,シンプレックス法は線形計画法のための多項式 的な方法を提供できない.しかし Hirsch の予想の肯定的解決は,短いパスを 見つける方法を与えてくれるかもしれない.したがって,我々は線形計画法 の複雑度の問題自体 [10][32] とかかわっているのである.
2 番目の問題「単純なポリトープにおける単調なパスは最悪の場合,どれだ け多くの辺を含み得るか?」というのは,尋ねられた問題と最終的に用意さ れた解答が実際には適合しないという,数学の歴史上のみごとな例の 1 つで ある.解答にいたる途中で Gale(1963)は多くの頂点をもつ cyclic ポリトー
G. M. ツィーグラー 171 3
2
1
図 1.5: 3 次元の Klee-Minty 立方体
プの双対を発見/構成した.上の問題に対する答えは 2 つの部分からなる:
– 単調なパス上にある頂点の個数はポリトープの全頂点の個数で抑えられる. – n 個の facets をもつ d ポリトープの頂点数は,上限定理により,cyclic ポ リトープ Cd (n) の facets の個数で抑えられる. いずれの上界もぎりぎりのものである —– 2 番目の上界は cyclic ポリトープの 双対に対するものであるし,最初の上界は,たとえば,Klee と Minty(1972) による変形立方体の列に対するものである.Klee-Minty 立方体はすべての頂 点を通る単調なパスがあるように “変形された”ものである.長い単調パスを もつポリトープの例が他にも多数あるが,それらはすべて Klee と Minty の
“変形積(deformed product)”のアイディア [1] によるものである. しかしながら,もとの問題に答えるためには,2 つの上界が同時にぎりぎ りとなることがあるかどうかを見極めなければならない.cyclic ポリトープ の双対に対して,すべての(あるいはほとんどの)頂点を通る単調なパスがあ り得るかどうかははっきりしない.したがって,上限定理で与えられる上界 と変形積によって実際に構成することができる単調パスの長さの間にはまだ 大きな開きがある. . . .
3 番目の問題に移るとして,多面体の最も低い頂点から頂上の頂点までのラ ンダムパスをとるとそれはどのくらいの長さになるのだろうか? Klee-Minty 立方体からわかるように,指数的に長いパスが存在する.しかしながら,適 当に選ばれたランダムパスの平均長は n, d の多項式,あるいは 2 次式にさえ
172 ポリトープについての問題 なる可能性がある.もしそうなら,これは線形計画法に(ランダム化された) 多項式的な方法を与えるであろうし,線形計画法の複雑度に関する疑問 —– 確率的方法を許容するようないかなるモデルの複雑度についても —– を解決 するであろう.しかしながら, 「(目的関数が)増加するような次の辺をランダ ムに選ぶ方法」というのは記述するのはやさしいが,解析するのは厄介なよ うである.記述するのは難しいが,解析するのは容易な確率的方法 [25] が他 にある.重要な点は,純粋に組合せ的な策略/議論は問題の解決に十分では ないらしいということであり,むしろ,役に立つような純粋に幾何学的な議 論や性質 [20] を得ることができるかどうかを我々は見る必要がある. ポリトープのパスに関するこれら 3 つの基本的な問題はすべて重要である が,現在我々はこれらの問題に答えることはできない.解決には,数学の他の 分野からの新しい道具が必要であろう.一方, (ランダム・ピボットをもつ)シ ンプレックス法を確率過程とみなすやいなや,確率論がかかわってくる.こ れを解析せよ!
1 つの異なる見方として,ポリトープはさまざまな方法で “丸い”とみなす ことができる.適当な座標変換で “細い”ポリトープや “平たい”ものを消すよ うに計算でき,我々のポリトープは “丸い”と仮定できるのだ.大きな複雑な ポリトープについては,適度に滑らかな凸体上のパスの凸幾何版が適用でき るかもしれない [30].また,曲率の離散バージョン([19] を参照せよ)もあり, それによるとポリトープの境界は正,あるいは非負に曲がっている可能性も あり,それは期待どおりに小さい直径をもつことを意味するかもしれない.
4. 0/1-ポリトープ 組合せ最適化は,巡回セールスマン問題や最大カット問題のような(NP-) 困難な最適化問題の大きな実例について厳密な解を求めるのに顕著な成功を おさめてきた.この成功は, 「多面体の組合せ論(polyhedral combinatorics)」 の研究,つまり,巡回セールスマン・ポリトープやカット・ポリトープなど のような特別なクラスの 0/1-ポリトープの(特に facets の)組合せ論的研究, に基づいている.
G. M. ツィーグラー 173
図 1.6: 正則な 0/1-四面体と非正則な 0/1-8 面体
0/1-立方体 [0, 1]d = conv({0, 1}d ) は非常に基本的な単純 d ポリトープで ある.0/1-ポリトープは 0/1-立方体の頂点集合の部分集合の凸包として,す なわち,部分集合 V ⊆ {0, 1}d の凸包 conv(V ) として現れる.0/1- ポリトー プのいくつかはまったく入り組んだもので,極端に複雑な構造をもっていて, 多くの難しく面白い問題を提起している. これまでの 10 年間で我々は 0/1-ポリトープの極値的性質をよく概観でき た.これからの 10 年間は,典型的な 0/1-ポリトープのいい記述を,極値的 な 0/1-ポリトープに関しても面白いパラメータや性質による記述を,与えて くれるはずだ.
“典型的な”0/1-ポリトープとして,ランダム 0/1-ポリトープをとることが できる.つまり,d 次元の 0/1-立方体の頂点集合から等確率でとり出した頂 点をもつ 0/1-ポリトープをとることができる.ランダム 0/1-ポリトープは, 単純でも単体的でもないランダム・ポリトープの自然なモデルとなるという 理由で,特に興味深い.頂点数は前もって固定しておく.たとえば,2d, d2 , または 2d/2 個と決めておく.このような頂点数の決め方は必然性がないと不 満に思うかもしれない.まったくその通りである.しかし,我々が本当に理 解したいのは,ランダム・ポリトープの進化なのである.頂点数が d + 1 か ら 1 個ずつランダムにつけ加えられて 2d まで増えていくとき,パラメータ の平均値がどのように発達していくのかが知りたいのである. (これまでによ く知られているランダム・グラフの進化をそのモデルとして考えてもよい. ) したがって,これまでに我々が知っている 0/1-ポリトープに関する興味深 い極値的な結果の各々は,ランダム 0/1-ポリトープの進化に関してずっと難
174 ポリトープについての問題 しい問題になる.ここでは,ほんのいくつかを述べるが,参考文献と詳細に ついては [34] を参照のこと.
0/1-ポリトープはたくさんの辺をもち得ることが知られている.たとえば, 指数的に多くの頂点をもつカット・ポリトープで 2-neighborly である(すな わち,任意の 2 頂点が辺で結ばれている)もののような例がある.また,O.
Aichholzer によって発見された例から,頂点の次数が 2d−1 ,あるいはそれ以 上となることがあることが知られている.
0/1-ポリトープの facet を決める整数係数の不等式は巨大な係数をもち得 ることが知られている.0/1-行列式に適用されたアダマールの不等式で与え られる上界は本質的にぎりぎりなのである(Alon & V˜u 1997). 最も際立ったものとして,次の根本的な問題を考えてみよう. 「d 次元の 0/1ポリトープはどのくらい多くの facets をもち得るか?」これは,たとえば,巡 回セールスマン・ポリトープに関する Gr¨otschel と Padberg(1998)の論文に 現れている.彼らはその論文で巡回セールスマン・ポリトープに関してアプ リオリ評価を尋ねた.ごく最近になって,我々は納得できる答えに近づいた.
1 つには,Fleiner, Kaibel & Rote(2000)による,およそ (d − 2)! という上界 がある.他方,B´ar´any & P´or(2000)はかなりの大きな(指数的な)頂点数を もつ適切なランダム 0/1-ポリトープの個数についての最初の超指数的な下界 を出した.彼らの研究は,これらの 0/1-ポリトープの幾何に関する多くの情 報(“高い確率で”ランダム 0/1-ポリトープに入る点に関する正確な記述など) を含んでいる. 「組合せ最適化における興味深い例,たとえば巡回セールスマン・ポリトー プやカット・ポリトープのような例は,本当にランダム 0/1-ポリトープに “似 ていて”,それと同じように “振る舞う”のだろうか?」これら 2 つの例は実は まったく異なる振る舞いをする.これらは 2 つとも次のような構成で得られ る.頂点数 m,辺数 d =
m 2
の完全グラフを Km で表す.Km の d 個の辺を
d 個の座標 1, 2, . . . , d とみなすと,Km の辺集合の部分集合たちは長さ d の 0/1-ベクトルの集合,つまり,[0, 1]d の頂点たちに対応する.巡回セールス マン・ポリトープ Tm は Km の巡回セールスマン・ツアーに対応する 0/1-ベ クトルたちの凸包として定義される.一方,カット・ポリトープ Cm は Km のカット・セットとなるような辺集合に対応するような 0/1-ベクトルの集合
G. M. ツィーグラー 175
の凸包として定義される. これらのポリトープについてどんなことがいえるのか? 非常に多くのこと がいえる.たとえば巡回セールスマン・ポリトープ Tm の次元は
m(m−3) 2
で,
それは非常に対称的(頂点推移的な対称群をもつ)で,非常に多くの facets を もち(facets のクラスの多くは具体的に記述できる),そして非常に複雑であ る.これは,すべての 0/1-ポリトープが巡回セールスマン・ポリトープの面 (face)として現れるという Billera と Sarangarajan(1996)の結果から非常に 明白である.したがって,これらのポリトープの完全な記述や,完璧な解析 の望みはない.それにもかかわらず,これらのポリトープの組合せ論的研究 で発見された多くの事実(特に facets のクラスに関する)は,実際に用いられ てきた.cutting plane procedures に組み込まれて,10000 を超す頂点をもつ ような巡回セールスマン問題の厳密な解 [2] のような,はなばなしい成功を とげてきた. では,カット・ポリトープはどうか? カット・ポリトープは次元いっぱい で,また(定義からまったく明らかというわけではないが!)非常に対称的で, (m ≤ 9 についての具体的な計算からわかるように)非常に多くの facets をも ち,そしてかなり neighborly である.どの 2 頂点も辺で結ばれていて,どの
3 頂点も三角形の面をなす.したがって,低次元の面の組合せ的タイプは非 常に限られている.低次元の面はすべて単体である! そして,また,カット ポリトープの facets のクラスの多くが —– 有限距離空間の研究への “関数解 析的関係”[16] を通して —– 記述され,実際に現れる最大カット問題の解決 に用いられて成功している. これはポリトープに関するサクセス・ストーリーで,強力な最適化法の基 礎を与えている.でもあまり興奮しないでおこう.まだ,大きな挑戦が残っ ている! 1 つだけ挙げるなら,大きなサイズの巡回セールスマン問題や中サ イズの最大カット問題は今日では首尾よく解くことができるが,独立点集合 問題や彩色問題ははるかに難しい.これらは,計算上(computationally)まっ たく扱いにくいようである.そして,これらの彩色問題に関連する 0/1-ポリ トープ —– stable set ポリトープのようなもの —– があり,ポリトープ理論の 観点からの研究が期待されている.
176 ポリトープについての問題
5. 整数点 「ポリトープに含まれる整数格子点の個数をどうやって数えるか?」ポリ トープ内の格子点の個数を数えるのは難しい問題 [6] である.思ったよりも複 雑ないくつかの答えからわかるように,この問題は思っているよりはるかに 複雑である.たとえば,頂点 (0, 0, 0), (a, 0, 0), (0, b, 0), (0, 0, c) をもつ直交四 面体 Δ[a, b, c] をとり上げてみよう.この四面体の体積は 16 abc で,a, b, c が 大きいとき,その中の格子点の個数はだいたい 16 abc くらいと予想できる.そ の通りであるが,正確な個数を求めるのは容易ではない.さらに,complexity の理論と組合せ最適化から知られているように,次元が固定されてなければ, ポリトープの中の格子点の個数の計算は極端に難しい. ガウスの頃から,ポリトープの中の整数格子点の個数に関する幾何学的議論 は数論的研究のための (うまくいく)手段として研究された. (1900 年頃に)“数 の幾何学” と呼ばれる分野すべてを作り出したのはミンコフスキーである.そ れは,凸体の幾何学を —– 特にポリトープを —– Rd の整数格子点との関係 で扱う.ミンコフスキーの古典的定理によると,中心点以外に格子点を含ま ない中心対称な凸体は 2d より大きい体積をもつことはできない.内部に格子 点を含まないような凸体を見ると,それはある格子方向に平たくなければな らないことがわかる.これは,ヒンチン(1948)の古典的な定理である.しか し,正確にはどのくらい平たくなければならないかは,明確でない.最新の 結果(Banaszczyk et al. 1998)は凸体を含むような隣接する格子超平面の個数 について d3/2 のオーダーの上界を与えているが,我々は
{(x1 , . . . , xd ) ∈ Rd : xi ≥ 0 for all i, x1 + · · · + xd ≤ d} で与えられる格子幅が d の例しかもってないようだ.この流れの多くの研究で はまったく一般的な凸体を扱っている.しかし,数の幾何学は格子ポリトープ (すべての頂点が整数格子点であるようなポリトープ)に関する特殊な結果も 生み出している.頂点がすべて格子点という制限を追加することによって,四 面体でさえも興味深いものとなる.たとえば,White(1964)による結果 —– その後何度も再発見され,再証明されたが —– は,頂点以外に格子点を含ま ないような格子四面体の “幅は 1”でなければならないと述べている.それは
G. M. ツィーグラー 177 3
( p, q, 1) = (4, 3, 1) (0, 0, 1)
2
(0, 0, 0)
(1, 0, 0)
1
図 1.7: White の四面体 Δ(4, 3)
2 つの隣り合う格子平面から頂点をとることによって構成できる.したがっ て,それは “高さ 0”の点 (0, 0, 0), (1, 0, 0) と,0 < q < p かつ gcd(q, p) = 1 なる p, q について “高さ 1”の点 (0, 0, 1), (p, q, 1) をとることによって得られ る四面体 Δ(p, q) と同じである. 高次元では,格子点を含まない空の格子単体の完全な分類はできていない し,また,その最大幅も我々は知らない [24].
Demazure(1970), Mumford et al.(1973)[27],および他の人たちによって 創始されたトーリック多様体の理論は,格子ポリトープの研究を復活,強化さ せた.その理由はトーリック幾何は格子ポリトープに興味深い複素代数多様体 を付随させ,これらの多様体に関する単純なまたは微妙な疑問がすべて,しっ かり確立された辞書 [17] によって,格子ポリトープの問題に翻訳できるからで ある! この関係を用いて,Pommersheim(1993)は四面体 Δ[a, b, c] 内の格子 点に関して,a, b, c と数論的関数 —– デデキント和 s(ab, c), s(ac, b), s(bc, a)
—– による,注目すべき公式を発見した.Pommersheim の公式は付随する トーリック多様体の Todd 特性類から導き出される:
#(Δ[a, b, c] ∩ Z 3 ) =
ここで s(p, q) =
ab + ac + bc + a + b + c abc +2+ 6 4 (ab)2 + (ac)2 + (bc)2 + 1 + 12abc − s(ab, c) − s(ac, b) − s(bc, a)
q
pi i i=1 (( q ))(( q )) で,x
x ∈ Z のとき ((x)) = 0 である.
∈ Z のとき ((x)) = x−&x'−x− 12 ,
178 ポリトープについての問題 格子ポリトープとトーリック多様体の間の辞書からまた格子ポリトープに 関する新しい問題,たとえば,ユニモジュラー単体分割の研究に関する問題 が導かれた. 「どんな格子ポリトープが,最小体積の(行列式 1 の)格子単体に 単体分割できるか?」すべての 2 次元格子ポリトープはこのような単体分割 をもつが,多くの 3 次元ポリトープはそうでない.たとえば,p > 1 のとき, 空の格子単体 Δ(p, q) はこのような単体分割をもたない.Knudsen, Mumford
& Waterman [27] は,どんな格子ポリトープも,適当に大きい整数因子で拡 大したらユニモジュラー単体分割をもつという興味深い定理を得ている.こ の定理は,今まで一度も磨かれたこともなく,十分な明かりのもとで陳列さ れたこともない宝石で,当然そうされる値打ちのあるものである! さらに我々 はいくつかの疑問に答えるべきである.たとえば,
– 十分に大きな整数因子なら大丈夫か? – 3 次元では 4 倍すればいつでも十分か?(k ≥ 4 のとき kΔ(p, q) がユニモ ジュラー単体分割をもつことが知られている. )
–どんな次元 d においても,d 次元格子ポリトープすべてに通用するような 整数因子が存在するか? 一方,Bruns, Gubeladze & Trung(1997)は,すべての格子ポリトープ P に ついて,k が十分大きいとき,拡大したポリトープ kP はユニモジュラー単 体による被覆をもつことを(きわめて容易に)示した. 物理学者もまたこれを背景とした問題を提起している.物理学者たちは “弦 理論”の構築に関して,いわゆる Calabi-Yau 多様体を必要とする.このよう な多様体の例はトーリック多様体の generic な超曲面として構成できる.辞 書はこのようなトーリック Calabi-Yau 多様体が “reflexive 格子ポリトープ” に対応することを教えてくれる.これらは格子点を頂点にもち,原点を内部 に含み,各 facet が原点を通る格子超平面に隣り合う格子超平面を決定するよ うなポリトープである.同じことだが,格子ポリトープでその極双対(polar
dual)がまた格子ポリトープとなるようなものを考えているのである.数の幾 何学の一般的な結果から,このような reflexive ポリトープの例は各次元で有 限個しかないことが出てくる.2 次元では 16 個の同値でないタイプがある.
Kreuzer と Skarke [29] は 3 次元と 4 次元の reflexive ポリトープを分類した.
G. M. ツィーグラー 179
それぞれ,4319 個,473800776 個ある.これらの “膨大な”例のなかで,本当 に魅惑的なものがいくつかある.たとえば,彼らは,その分類において,24 胞体の注目すべき対称的な座標(そのポリトープとその極双対の双方が整数座 標となるような)を発見した!
6. 組合せ的タイプ 「n 頂点をもつ d 次元ポリトープの組合せ的タイプをすべて数え上げるこ とはできないのか?」もちろん原理的には可能である.各 n, d に対して有限 個の組合せ的タイプしかないのは簡単にわかることだから.しかし,どのく らい多くのタイプがあるのか? はじめに,小さい n, d について,正確な答えを見てみよう.d = 2 の場合 は実際に興味深いものではない.すべての n > 2 について,ちょうど 1 個の 組合せ的タイプ,凸 n 角形がある.d = 3 の場合,すでに状況は複雑である.
n = 4 だと四面体があり,n = 5 については,四角錐と三角形上の bi-pyramid がある.n = 6 については,7 つのタイプがあり,n = 7, 8, 9, 10 については, それぞれ,34, 257, 2606, 32300 個のタイプがある.(正確な個数は n = 17 まで計算されているが, ) 正確な個数よりもっと啓発的な,組合せ的タイプ の個数の漸近値は,ポリトープ理論とグラフ理論の間の実りある相互関連か ら引き出された.グラフ理論の問題への変換は古典的な Steinitz の定理によ る.3 ポリトープの組合せ的タイプは 3 連結な単純平面的グラフで与えられ る.Tutte, Bender および他の人たちは “根つき地図(rooted maps)”の個数に ついての美しい公式を生み出し,これから組合せ的タイプの個数についての 精密な漸近式を得た.たとえば,
N (f0 = n + 1, f2 = m + 1) ∼
1 2m 2n 972mn(m + n) n + 3 m + 3
は,Bender と Wormald(1988)による,頂点数 n+1, facets 数 m+1 の 3 ポリ トープの異なる組合せ的タイプの個数についてのすぐれた近似値である.小さ い次元についてはこのくらいにしよう.“小さい余次元(small co-dimension)” についても正確な答えが得られる.実際,n − d が小さい場合は,線形代数が 役に立ち,(Perles [23] で開発された)Gale ダイヤグラムの方法を提供する.
180 ポリトープについての問題
図 1.8: 6 頂点をもつ 7 つの 3 次元ポリトープ
これから,n = d + 1 のときは d 単体しかないことが得られ,n = d + 2 の 2
ときは,ちょうど & d4 ' 個の組合せ的タイプがあることがわかる.n = d + 3 の場合でさえも Gale ダイヤグラムの助けを借りて,ポリトープの組合せ的 タイプを完全に数え上げることができる.しかし,n = d + 4 の場合は真 に興味深いものとなる.n = d + 4 は “反例についての閾値(threshold for
counter-examples)”である.次元 d = 4 だと n = 8 の場合であり,Altshuler と Steinberg(1985)は 8 頂点の 4 次元ポリトープの組合せ的タイプの完全な 分類を行った.ちょうど 1294 個の組合せ的タイプがある. この結果は膨大なコンピュータ作業に基づくが,興味深い理論的な基礎にも 基づいている.その 1 つは有向マトロイド(oriented matroid)の理論 [9][11] で,それはポリトープのタイプの組合せ的記述と,その “内部構造(internal
structure)” を与える.これは,数え上げのための組合せ的な根拠で,この根 拠から,生成されたタイプが “実現可能”かどうかを我々は決定しなければな らない.この,ポリトープのタイプや有向マトロイドについての実現可能性 の問題は難しく,多くの挑戦的問題を —– 特に,ポリトープが単純でも単体 的でもない “non-uniform”な場合に —– 提供している.Richter-Gebert の 4 ポ
G. M. ツィーグラー 181
リトープに関する universality 定理の結果により,球面のポリトープとしての 実現可能性問題は,事実,計算上困難(computationally difficult)である.こ れは実数解の存在論(existential theory of reals, ETR),つまり,実係数の多 項式からなる方程式,不等式の系が解をもつかどうかを決定する問題と同値 である.それにもかかわらず,Bokowski によって開拓された,ポリトープの 実現可能性問題への有向マトロイドによるアプローチは非常に成功している
[12]. 「n と d が大きいとき,頂点数 n の d 次元ポリトープの組合せ的タイプは どのくらいあるか?」正確な答えは期待できないが,漸近的な解答を得る努 力はできる.再び,有向マトロイドの理論と,ポリトープの内部構造を考慮 に入れて得られるその “拡大鏡”は多少精密でちょっと驚くような答えを与え る.主な結果は,Goodman と Pollack(1986)の論文のタイトルを引用する と, 「漸近的にはポリトープの個数は我々が思っているよりはるかに少ない. 」 この結果も,それを得る方法も面白い.主な点は,ポリトープの組合せ的タ イプが,ポリトープの頂点の (d + 1) 個組で作られる行列式の符号系がわかれ ば決定されるということである.したがって,1 つのポリトープの組合せ的 タイプは,Rdn の
n d+1
個の行列式関数による層別の,1 つか数個の層に対
応する.層の個数については,その上界を与える,Oleinik, Petrovky, Warren,
Milnor, Thom による古典的な定理がある.これから Alon(1986)は n 頂点 のポリトープの総数は(どんな次元においても!) 3
2n
+O(n2 )
で抑えられることを導いた.ここで,O(n2 ) はたかだか n の 2 次式の速さで 大きくなる関数を表す.この結果はなぜ興味深いのか? それは,この結果が ポリトープとして実現できないような単体的球面の組合せ的タイプが非常に たくさんあることを意味するからである.実際,Kalai(1988)はこのような 単体的球面たちの次のような非常に簡単な構成を見つけた.まず,十分大き な頂点数をもつ cyclic (d + 1) ポリトープをとり,非常に多くの d 次元ボー ルをその境界上に組合せ的に構成する.これらの d 次元ボールはシェラブル (shellable)であることが示され,その境界は piecewise-linear な単体的球面と なる.このようにして
182 ポリトープについての問題 n/3
22
より多くの異なる,n 頂点の単体的球面が得られ,そのほとんどは実現不可 能なのである.このギャップは,g-定理のような結果の一般化を怪しくするか もしれない.それが単体的ポリトープに対して真であることを知っていると して,同じ主張が単体的球面のようなはるかに大きいクラスについても真で あるかもしれないと考えるために,どれだけ多くの根拠を我々は実際にもっ ているのだろうか?
7. アルゴリズム 「ポリトープが与えられたとき…」というのは多くの異なることを意味す る.たとえば,それは,0/1-ポリトープの場合のように,ポリトープの頂点 が与えられたことを意味するかもしれない.この場合,通常は facets を計算 する,つまり,facets を決める不等式の全リストを求めることを望んでいる. また,不等式のリスト(線形計画法のときのように,必ずしも facets を決める とは限らない)が与えられていることを意味するかもしれない.この場合は, 線形計画問題のように,“最も高い頂点” を求めているかもしれないし,ある いは遠慮せずに,ポリトープや多面体の頂点の全リストを要求しているかも しれない.
2 つの計算上の問題, 「頂点集合が与えられたとき,すべての facets を計算 せよ」と, 「facets が与えられたとき,すべての頂点を計算せよ」というのは 本質的に同値であることがわかり,凸包問題(convex hull problem)として知 られている.ひとたびポリトープの頂点集合と facets が得られたら,“残り” を計算することができる.余分なものを除くことができ,頂点-facet の接合 関係を計算でき,これらから,ポリトープのグラフ,直径,f ベクトル,図, などの組合せ的性質をすべて引き出すことができる.したがって,凸包問題 は解決されなければならない重要な計算上の問題である.凸包問題は,“実例 を計算”しようとするときいつも現れ,いろいろな方向からいろいろな問題の ために提起され,研究されてきた. 次元 d を固定されたものと考えると,理論的には,この問題は “解決されて
G. M. ツィーグラー 183
いる”.次元 d が固定されている場合,頂点集合が与えられたとして,facets を nd/2 に比例する時間 —– これは,出力として得られる facets /頂点 の最 大数に比例する(Chazelle 1993)—– で計算することができる(あるいはその 逆も可能である).しかし,次元 d を固定されたものとみなさないなら,我々 は多項式時間のアルゴリズムをもっていない.我々は,凸包問題の答えが非 常に大きくなり得ること,実際に入力サイズの指数的な大きさとなり得るこ とを知っている.だから,我々が望むのは,出力の facets /頂点 を 1 つずつ,
“1 つにつき”n と d の多項式時間で,出していくようなアルゴリズムとなる. しかし,Avis, Bremner & Seidel [4] で示されたように,これまでに凸包問題 のために提案され解析された多くの興味深いアルゴリズムは,どれもこれを 本当に保証しないようだ.さらに悪いことに(実際は,同値なことだが)我々 は, 「頂点集合と facets のリストが与えられたとき,このリストが完全である かどうかをチェックせよ!」という問いに多項式時間で答える,“検証アルゴ リズム”をもっていない.もしこの問題を解く効率のよい方法をもっていたら, それを凸包問題の出力-多項式アルゴリズムを作るためのサブルーチンとして 使えただろう. なぜ凸包問題を解決できないのかに関する 1 つの理由は,たとえ一定の次 元においてでも,ポリトープの複雑さを本当は理解してないことだと私は思 う.これは 2 次元,3 次元の問題ではない.そこでは,複雑さを理解してい て,我々は凸包問題を効率的に解くことができる.このことは,計算幾何や コンピュータ・グラフィックス,ロボットの動作制御などにおける応用のた め,特に重要である.しかし,次元が 4 となると,我々は物事がいかに “複 雑”になるかを本当には理解してない.n 頂点,m facets の 4 次元ポリトープ が与えられると,どれだけ多くの頂点-facet 接合関係があるか? どれだけ多 くの辺,2-face があるか? いい換えると 4 次元ポリトープについて,次の比
intricacy(P ) :=
f03 f1 + f2 と fatness(P ) := f0 + f3 f0 + f3
は本当に有界か? これは,“入り組んだ” “fat-lattice”4 ポリトープ [4] につい ての問題である. しかしながら実際上は,我々は “うまく働く”いくつかのアルゴリズムお よび有効な実装を手近にもっている.したがって,“手ごろなサイズの”ポリ
184 ポリトープについての問題 トープの実例については,計算し研究することができる.Gawrilow & Joswig
[21,22] の polymake ソフトウェアフレームワークがあり,コンピュータ上 で実例を用いて研究することができる.polymake は実例を作るのに役に立 ち,そして —– それが凸包問題を解決できるとして仮定して —– パラメータ を計算し,ポリトープを解析し,また最後に,大事なことであるが図を作り 出す.だから私はポリトープ理論の新しい命令は「実験せよ!」だと信ずる. コンピュータ上で実例を構成し,数え上げ,計算し,視覚化する能力は確 実にポリトープ理論を変えた.それは,古い問題を図解する例を導き,これ らのいくつかの解を導き,新しい問題 —– 簡単なもの,簡単そうに思えるも の,私がこの行を書いている間にも,そのいくつかは証明され,いくつかは 壊されている —– へと導いた.離散幾何の分野は非常に生き生きしている.
■謝辞 貴重なコメントと議論に対して,Lou Billera, Peter Gritzmann, Michael Joswig, Marc Pfetsch, Ricky Pollack, そして J¨urgen Richter-Gebert に感謝します.Michael Joswig と Marc Pfetsch には,ポリトープの polymake/javaview による作図につ いても感謝します.計算幾何のコミュニティーに感謝します.そのサポートが私に “We should ...”で始まる文を書く勇気を与えてくれました.
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この論説の中で言及されたその他の文献は,下記で参照可能である.
http://www.math.tu-berlin.de/˜ziegler/
監修者の恩師である志賀浩二氏によれば,学問には「進化」するものと「深 化」するものの 2 種類があるという.数学は後者に属す.それは,数学の歴 史を振り返れば容易に分かることだ.例を挙げよう.ターレスに始まりユー クリッドにより完成された古代ギリシャの幾何学は,空間の「等質・等方性」 (合同の公理)と「平坦性」 (平行線の公理)を大前提としている.しかし,既 にユークリッドの時代から,数学者は「等質・等方性」が「平坦性」を導く のではないかと疑い,実に 2000 年以上に及ぶ「証明」の試行錯誤がなされ てきた.そしてついにガウスにより, 「平坦性」は「等質・等方性」とは独立 であることが宣言され, 「平坦」でない空間(非ユークリッド空間)が数学的 実在として認識されたのである.実は,合同の公理を「等質・等方性」,平行 線の公理を「平坦性」と読み替えること自身が,数学が到達した「深さ」を 言い表している.さらにガウスとリーマンにより, 「平坦」からのズレは曲率 という量で表されることが示され,20 世紀には,曲率は空間の大域的位相構 造を規定することが分かってきた.現代幾何学の勃興である.それだけでは ない.非ユークリッド空間(平面)は,ポアンカレ,クライン,ワイルの仕 事を通して数論,代数幾何学に関連することになり,ワイルズによるフェル マー予想の証明にも繋がった.さらには,21 世紀に残された最大の未解決問 題であるリーマン予想にも深い関係がある.この古代数学から現代数学への 道筋は,空間の理解と数の理解の「深まり」の過程であり,人類の「精神活 動」の発展・深化を象徴する事柄なのである.そして,その出発点であった 古代ギリシャの幾何学は,現在でもその輝きを失ってはいない.我々数学者 は,このことを誇りに思う.
本書に取り上げた論説で扱われる話題も,すべて人間精神の「深化」を物 語っている. 「数」と「形」と「関数」の世界に潜む美しい「構造」を見出す努 力は,古くなったものを捨て去っていく「進化」とは全く異なる道程であるこ とが,本書を読み進めることにより理解されるだろう.過去の数学は「博物 館」に収められる遺物ではなく,常に装いを新たにして,研究の現場に登場 するのである.しかも,伝統的な数学的対象や概念のみならず,数学の「外」 で育まれた概念を取りこむことによって,数学の「世界」はこれからさらな る「深化」を遂げようとしている.本書の日本語版監修者として,数学とい うユニークな学問を読者に知らしめることができる喜びとともに,監修者自 身が本書収録の論説を読むことにより, 「義務」という感覚を超えて,この素 晴らしい数学に対する気持ちを新たにしていることを告白しよう. 砂田 利一
索
引
◆欧字先頭
abc 予想, 9 amenable, 39 Calabi-Markus 現象, 50 Calabi-Yau 多様体, 178 CM(虚数乗法)点, 92 cutting plane procedures, 175 cyclic ポリトープ, 167 Dirichlet-Vorono¨ı セル, 163 Eisenstein 級数, 89, 130, 133, 136 fat-lattice 4 ポリトープ, 183 f ベクトル, 165 Gale’s evenness criterion, 167 Gale ダイヤグラム, 179 (G, X)-構造, 40 g-定理, 167 g-予想, 167 hard Lefschetz theorem, 168 Hirsch の予想, 170 Klee-Minty 立方体, 171 Kostant-Kirillov 形式, 135 K3 曲面, 6 lattice タイリング, 163 L-関数, 97, 148 McKay 対応, 134, 145 neighborly ポリトープ, 166 polymake, 184 Pommersheim の公式, 177 reflexive 格子ポリトープ, 178 shadow-boundary, 167
stable set ポリトープ, 175 stacked ポリトープ, 166 Steinitz の定理, 179 universality 定理, 181 V-多様体, 54 ◆和文 アイゼンシュタイン級数, 89, 130,
133, 136 アファイン平坦な多様体, 39 アファイン変換群, 39 アペリの微分方程式, 92 アーベルスキーム, 6 アルチン L-関数, 98 イオジ, 51 ウィッテ, 51 ヴェイユ, 68 ヴェイユの抽象代数多様体, 3 ヴェイユ予想, 5, 9 エータ積, 147 エプシュタインゼータ関数, 104 エルゴード性定理, 53 エルゴード的, 53 オイラー積, 97 オイラーの多面体公式, 165 オウ, 51, 63
190
索 引
(大きな)高さ, 5 小田忠雄, 133 小野薫, 57, 60 オービフォールド, 54 ガウス・マニン系, 84 ガウス・ルジャンドル方程式, 130 可解リー群, 42 拡大周期環, 87 下限定理, 166 数の幾何学, 176 カット・ポリトープ Cm , 174 神島芳宣, 40 カラビ・マルクス現象, 38, 50 カルタン射影, 49 ガロア表現, 8 完備, 35 完備な (G, X)-多様体, 40 簡約型等質空間, 29 簡約(線型)リー群, 28 幾何構造, 19 擬ケーラー多様体, 55 奇数定理, 57 擬斉次多項式, 134 軌道空間, 23 基本群, 145 球空間形, 35 鏡像対称, 127 局所剛性定理, 27 局所的リーマン予想, 97 曲率の離散バージョン, 172 虚数乗法, 92 擬リーマン球空間形, 35 擬リーマン対称空間, 28 擬リーマン多様体, 35, 50 クィレン, 25 空間形, 35 空間形問題, 37 空間形予想, 38 クリフォード・クライン形, 19, 24 クルカルニ, 38 グロス・ザギエの定理, 6 クロス・ポリトープ, 162 グロタンディック予想, 9 クロネッカーの極限公式, 104
群であることを忘れた不連続性, 45 クンマーの理想数, 3 計算幾何, 183 月影(ムーンシャイン), 128, 130 結晶学的空間群, 163 ケーべ, 33 原始形式, 127, 131, 132 原始性, 131 弦理論, 178 剛性定理, 27 コクセター群, 162 コクセター変換, 137, 153 コホモロジー次元, 58 固定点を持たない, 23 固有不連続, 23 ゴールドマン, 40, 68 コルメッツ, 10 コレット, 61 混合モチーフ, 121 コンピュータ・グラフィックス, 183 彩色問題, 175 最大カット問題, 172 佐武一郎, 54 算術的部分群, 27 シェリング, 165 ジーゲルの補題, 8 自己回避的乱歩, 14 ジス, 68 指数函数, 136, 141 指数周期, 122 実数解の存在論, 181 実ランク, 49 シャロム, 62 周期, 76 周期写像, 130, 133, 135 周期積分, 131 周期領域, 130, 154 自由な, 23 種数, 4 巡回セールスマン・ポリトープ Tm ,
174 巡回セールスマン問題, 172 純モチーフ, 121
索 引 上限定理, 166 消滅サイクル, 130, 132, 135, 151 人工知能, 14 真性, 46 真性不連続, 23 シンプレクティック幾何, 60 シンプレクティック構造, 30 シンプレックス法, 169 ジンマー, 60 随伴軌道, 30 スカラー曲率, 50 スキーム, 3 正規ウェイト系, 142, 143 整数格子点, 176 正則ポリトープ, 162 積定理, 8 接近可能等式, 82 セルバーグ, 68 0/1-ポリトープ, 173 0/1-立方体 [0, 1]d , 173 線形計画法, 168 双曲多様体, 37 双曲的, 4 双正則変換群, 32 相対論的球空間形, 37 双対性, 146 大域的リーマン予想, 97 対称性, 13, 19, 163 タイヒミュラー空間, 67 タイリングの問題, 19, 163 楕円軌道, 30 楕円曲線, 129 楕円曲線族, 85 楕円曲線の L-関数, 5 楕円積分, 78, 129 楕円的, 4 多重ゼータ値, 78 多重対数関数, 104 谷山群, 123 単純ポリトープ, 166 単純リー代数, 162 単体的球面, 181 単体的ポリトープ, 166
191
断面曲率, 35, 50 (小さな)高さ, 5 チェボタレフの定理, 9 チュ・ジーゲル・ロスの定理, 7 超幾何関数, 86 超剛性定理, 60 調和写像, 61 ディスクリミナント, 130, 149 ディリクレ L-関数, 102 ディリクレの単数定理, 5, 7 ディンキン図型, 134, 145 ディンキン図型表示, 152 テータ級数, 108 デデキントのゼータ関数, 103 デデキントのイータ関数, 90 デデキント和, 177 展開写像, 40 等質空間, 23 等質多様体, 23 等長変換群, 32 独立点集合問題, 175 ド・ジッター空間, 37 凸体の幾何学, 176 凸包問題, 182 トーリック多様体, 168, 177 ドリーニュの定理, 9 ドリーニュの予想, 101 胞体, 162 24 √ 2 2 の超越性, 3 根つき地図, 179 脳のダイナミックス, 14 ハイトペアリング, 112 パーコレーション理論, 14 旗多様体, 31 バーチ・シーナトン・ダイヤー予想,
5, 102 ハッセ・ヴェイユ L-関数, 99 ハッセ原理, 4 半単純軌道, 30 半単純対称空間, 52
192
索 引
半単純リー群, 29 反ド・ジッター空間, 38 非可換対称性, 13, 19 ピカール・フックス型微分方程式, 84 ヒーグナー点, 6 ビーベルバッハ, 40 120 胞体, 162 ヒルツェブルフの比例性原理, 56 ヒルベルト, 21 ヒルベルトのパリ問題, 3 フェルマー, 3 フェルマー予想, 9 フォン・ノイマン, 21 複素構造の変形, 27 不定値グラスマン多様体, 56 不定値スティーフェル多様体, 59, 61 不定値直交群, 36 不定値ユニタリ群, 59 普遍開折, 131, 134, 149 ブラウワー群, 4 プラトン立体, 161 フーリエ展開, 130, 141, 148 不連続群, 19, 24, 145 不連続群として局所剛性, 67 不連続性の双対定理, 48 不連続双対, 46, 48 フロベニウス多様体, 135, 137 分岐則, 62 分子設計, 14
ホップ, 37 ボレル, 27 ホロノミー写像, 40 マイヤース, 50 マーラー測度, 79, 107 マルグリス, 39, 61 ミルナー, 39 ムーア, 53 無限次元リー環, 138 モジュライ空間, 66 モジュラー群, 24, 89 モジュラー楕円曲線, 3, 6 モストウ, 27 望月新一, 9 モチーフ, 10, 117 モチーフ的 L-関数, 99 モチーフ的ガロア群, 118 モーデル・ヴェイユ群, 5, 110 モーデル・ヴェイユ定理, 5, 8 モーデル予想, 9 モーメント曲線, 167 山辺英彦, 21 有向マトロイド, 180 ユニタリ表現, 62 ユニモジュラー単体分割, 178
平坦構造, 135, 137 ベイリンソン予想, 102 ベーカー, 7 ベキ指数, 137, 143 ヘッケ固有形式, 89 ベノア, 60, 61 ベリーの定理, 10 変形空間, 65 変形積, 171
余随伴軌道, 30
ポアンカレ, 33 放物的, 4 保型 L-関数, 99 保型関数, 88 保型形式, 88
リー群, 21 離散系列表現, 62 リップスマン, 42, 55 リーマンゼータ関数, 78 リーマン対称空間, 27
ラトナーの軌道閉包定理, 60 ラブリ, 52, 60 ラマヌジャン・ペーターソン予想,
100 ラングランズプログラム, 100 ランダム 0/1-ポリトープ, 173 ランダム・ポリトープの進化, 173
索 引 リーマン多様体, 35, 50 リーマン面の一意化定理, 33 リーマン面のモジュライ, 27 リーマン予想, 3 量子計算機プロジェクト, 14 理論的計算機科学, 13 臨界値, 101 ルート系, 139, 151 レギュレーター(単数規準), 102
ロスの補題, 8 600 胞体, 162 ロバチェフスキー幾何, 37 ロボットの動作制御, 183 ロボティックス, 14 ローレンツ多様体, 35
ワイル, 49 ワイルズ, 9, 10
193
編
者
B. エンクウィスト (Bj¨ orn Engquist)
W. シュミット (Wilfried Schmid)
Princeton University, USA
Harvard University, USA
日本語版監修者 すなだ
としかず
砂田 利一(明治大学教授) 著
者
G. ファルティングス (Gerd Faltings) M. グロモフ (Mikhael Gromov) こばやし
としゆき
小林 俊行 (Toshiyuki Kobayashi) M. コンツェビッチ (Maxim Kontsevich) D. ザギエ (Don Zagier) さいとう
きょうじ
斎藤 恭司 (Kyoji Saito) G.M. ツィーグラー (G¨ unter M. Ziegler) 訳 もりわき
森脇
者 あつし
淳
すなだ
としかず
砂田
利一
てづか
かつき
手塚
勝貴
ま の
げん
真野
元
よしの
たろう
吉野
太郎
くろかわ
のぶしげ
黒川
信重
まえはら
ひろし
前原
濶
すうがく
さいせんたん
(京都大学大学院理学研究科教授) (明治大学教授) (京都大学数理解析研究所博士課程在籍) (京都大学数理解析研究所博士課程在籍) (京都大学数理解析研究所研究員) (東京工業大学大学院理工学研究科教授) (琉球大学教育学部教授) せいき
ちょうせん
数学の最先端 21世紀への 挑 戦 volume 1
Mathematics Unlimited 2001 and Beyond
定価 (本体 2,200 円+税)
行 2002 年 7 月 10 日 初 版 2005 年 10 月 11 日 初版 4 刷 編 者 B. エンクウィスト,W. シュミット 日本語版監修者 砂田 利一 発 行 者 深田 良治 発 行 所 シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社 〒113-0033 東京都文京区本郷 3 丁目 3 番 13 号 TEL (03) 3812-0757 (営業直通) 印 刷 所 日経印刷株式会社 発
<検印省略>許可なしに転載,複製することを禁じます.落丁本,乱丁本はお取り替えします.
ISBN 4-431-70962-2 C3041 c 2002 Springer-Verlag Tokyo Printed in Japan
http://www.springer-tokyo.co.jp