ま えがき
本 書 は 、 自 然 と いう 言 葉 が示 唆 す る不 確 定 な 領 域 を め ぐ る、 違 和 感 の産 物 であ る。
と、 つぶ や く も の が いた 。 年 を 重 ね る に つれ て違 和 感...
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ま えがき
本 書 は 、 自 然 と いう 言 葉 が示 唆 す る不 確 定 な 領 域 を め ぐ る、 違 和 感 の産 物 であ る。
と、 つぶ や く も の が いた 。 年 を 重 ね る に つれ て違 和 感 は ま す ま す 大 きく な った 。 し か し 、 な にが 、
私 の心 の中 には 、 人 び と が日 常 的 に自 然 と 呼 ぶ領 域 に つ いて 、 か な り 以前 から 、 ち が う 、 ち が う
ど う ち が う と いう の か 、 そ の声 を て い ね い に聞 き、 付 き 添 いき って み よ う と いう 決 断 は、 つか ず に いた 。
そんな とき、 ﹁ 書 き な が ら 、 歩 き な が ら 、 考 え て みな い か﹂ と 誘 っ てく だ さ った の は、 信 濃 毎 日
新 聞 文 化 部 で あ る。 暮 ら し は多 忙 を 極 め、 歩 き き れ る自 信 も な か った の に、 私 は そ のご 厚 意 に甘 え 、
週 ご と に エ ッ セイ を 書 き つな ぐ 、 二 年 間 の ︿ 違 和 感 ハン テ ィ ング の旅 ﹀ に出 てし ま った も の だ 。
予想 ど お り 散 策 は難 航 で、 言 葉 と し て捕 捉 で き た成 果 に大 き な 自 信 は な い。 し か し 、 違 和 感 の生
息 す る心 の領 域 に つ い て地 形 の概 要 ぐ ら いは 見 え て き た 。 同 様 な 違 和 感 を自 覚 す る 環 境 主 義 者 や 、
ナ チ ュラ リ ス ト 仲 間 が 、 過 去 ・現 在 の世 界 に、 た く さ ん い る こ と も わ か って き た 。 そ し て さ ら に私
が た ど った た ぐ い の探 検 に は、 思 考 ス タ イ ル自 体 と し て ︿環 境 革 命 ﹀ に 共 振 す る 共 同 的 な意 味 も あ
る のだ と、 わ か って き た 。 難 儀 の末 の エ ッ セイ 群 を ま と め、 あ え て本 書 を 上 梓 す る ゆ え ん で あ る。
自 然 と いう領 域 に関 す る ︿違 和 感 ハ ンテ ィ ング ﹀ を進 め る 上 で 、 私 が指 針 とし た ガ イ ド は 二 つあ った 。
一つは、 自 然 像 あ る い は自 然 イ メ ージ に関 し て、 少 な く と も 三 つの領 域 を 区 別 す る こ と 。第 一は、
自 然 科 学 や 産 業 社 会 の日 常 の常 識 に な って いる よ う な 自 然 把 握 、 自 然 イ メ ージ の領 域 。 第 二 は 、 そ
れ に違 和 を 感 じ て し ま う 私 自 身 に固 有 と 思 わ れ る自 然 了 解 の領 域 。 そ し て第 三 は 、 持 続 可 能 な 社 会
を め ざ す ︿環 境 革 命 ﹀ の同 伴 者 とな る に ふ さ わ し い未 来 の共 同 的 な自 然 イ メ ー ジ の領 域 で あ る。
当 然 の こと な が ら 、 思 考 のか な り の部 分 は、 第 二 の領 域 に集 中 し た 。 自 然 科 学 や 産 業 社 会 の常 識
と は、 ず れ が 目 立 つと 自 覚 さ れ て し ま う 私 自 身 の自 然 了解 の姿 を 、 と に か く言 葉 やイ メ ー ジ で捕 捉
し な け れ ば な ら な か った ので あ る。 そ ん な 過 程 で 把 握 さ れ た (と 思 わ れ る) 私 自 身 の自 然 了 解 の 姿
を 、 日常 的 な 自 然 イ メ ージ や 、 科 学 的 な 自 然 像 や 、 文 化 ・宗 教 、 あ る いは私 自 身 の思 い出 な ど と つ
き あ わ せ る時 間 も あ った 。 系 統 的 な 見 通 し が あ った わ け で は な い。 締 め切 り に恐 怖 し つ つ、 し か し 結 局 のと こ ろ い つも 心 の赴 く ま ま わ が ま ま に考 え た と いう の が本 当 だ 。
第 二 の指 針 は 、 探 検 の おも な領 域 と 順 序 に関 す る 目安 だ った 。 ま ず 、 私 自 身 の ナ チ ュラ リ ス ト 暮
ら し の日 常 を 記 述 す る こと 。 つ いで 、 生 き も の と進 化 論 の関 連 を 思 考 の テ ー マと す る こ と。 そ し て
地 球 や 大 地 のイ メ ー ジ に注 意 を 絞 って考 え て み る こと 。 ︿ナ チ ュラ リ ス ト ﹀、 ︿進 化 論 / 生 き も の ﹀、 ︿地 球 / 大 地 ﹀。 そ ん な ふう に 並 べ て み た のだ 。
本 文 の エ ッ セイ 群 は こ の 目安 で 分 け て あ る。 厳 密 な 区 分 で は な い。 エ ッ セイ のな ら び は 思 考 の時
間 系 列 そ のま ま で あ り 、 第 二 の指 針 にそ って そ の流 れ を 三 区 分 し た ま で の も のだ 。 第 二 の指 針 は お
お よ そ の進 行 表 。 第 一の指 針 は随 時 登 場 可 能 な 主 要 な テ ー マ の メ ニ ュー と考 え て いた だ い て よ い。 * * *
自 然 と は、 私 に と って な に よ り も ま ず 大 好 き な 生 き も の た ち で あ り 、 そ ん な 生 き も のた ち の暮 ら
し を 載 せ て足 も と に広 が る、 水 系 や 、 丘 陵 や 、 雑 木 林 で あ る。 誤解 を お そ れ ず に いえ ば そ れ は 、 私
と いう 文 化 的 な 生 き も の に お いて 、 科 学 的 な 自 然 理 解 や 、 文 明 の実 利 的 な自 然 理 解 よ り も深 い次 元
に、 そ れ ら への抵 抗 感 のよ う な も のを と も な い つ つ、 現 存 し て い る領 野 で あ る。
そ の程 度 の見 当 だ け は つけ て探 索 に で た のだ が、 私 の思 考 は 、 はた し て ど こ ま で う ま く進 ん だ ろ
う か 。 そ の行 程 が、 自 然 の賑 わ いと と も にあ る未 来 の エ コ ロジ カ ルな 文 化 、 未 来 のす ま い感 覚 を 探 る 方 向 に、 開 か れ て いれ ば 、 幸 い であ る 。
山 野 河 海 ︱︱4
ラン ド スケ ー プ
実 利 論 の限 界 ︱ ︱31
生 物 多 様 性 論 ブー ム︱︱2
小 網 代 の冬 ・ 小 さな いのち満 ち る ︱︱ 111
生 き も の の 賑 わ い11
23
20
20
7
14
交 流す る感性 の回路
もう ひとつの常 識 ︱︱15
思 い出 ︱︱14
ナチュラリスト の 一日 ︱ ︱13
ナ チ ュラ リ ス ト
オオタカも 危 機 ? ︱︱12
ヨコハマナガゴミムシ︱ ︱11
危 機 の流 域 に春 ︱︱10
鶴 見川
一人 一人 の自 然 像 ︱ ︱9
産 業 文 明 の自 然 像 ︱︱ 8
畏 怖 すべき自 然 ︱︱7
7
57
54
51
8 4
8 4
44
4 1
38
38
34
32
29
自 然 へのま な ざ し [ 目次]
ランドスケープ ・ エコロジ ー ︱ ︱5
25
バクの流 域 ︱︱ 165
ま えが き1
ランドスケープ 保 全 への注 目 ︱ ︱ 6
29
[ 1 ] ナ チ ュラ リ スト
さまざ まな自 然 像
保 全 への動 き ︱︱ 2 3
アカテガ ニ産 卵 ︱︱ 22
小 網 代 の 夏 ・1 9 9 4
物 語 、神 話 、 そ して進 化 論 のち から ︱︱21
生 き も のたち を 図 鑑 にしな い︱︱ 20
生 きも のの感 触 ︱︱ 19
生 き も の への 共 感
自 然 と交 流 す る能 力 ︱︱ 18
知 識 と行 動 ︱︱ 17
8 0
77
74
7 4
7 1
68
66
66
6 3
6 0
社 会 の領 域 で
利 己 的 遺 伝 子 説 の啓 発力 と難 し さ ︱︱3 3
利 己 的 遺 伝 子 論 はナチ ュ ラ リスト の道 具 ︱︱32
種 の維 持 論 の崩 壊 ︱︱3 1
科学 の領 域 で
利 他 行 動 の利 己 的 遺 伝 子 的 解 釈 ︱︱ 30
遺 伝 子 の利 己 性 は コピー 率の高 さ ︱︱ 29
遺 伝 子 の乗 り 物 ︱︱ 28
利 己的な 遺 伝子
自 然 選 択 の解 釈 ︱︱ 27
110
106
3 10
1 01
101
8 9
95
93
93
90
110
真 夏 の干 潟 ・ 心 の小 宇 宙 ︱︱ 24
流 行 現 象 が誤 用 ・ 悪 用 を 誘 発 ︱︱ 34
113
8 5
ひとは 単 純 な 生 存 機 械 ではな い︱︱37
人間 と利 己的 遺伝 子
22
19 1
119
6 11
利 己 的 遺 伝 子 流 人 間 学 の流 行 ︱︱ 35
進 化 論 への 関 心
8 5
ミームの支 配 、複 雑 な 文 化 ︱︱ 38
[ 2 ]進 化 論 / 生 き も の
ナチ ュ ラ リストと 生 物 学 者 の間 ︱︱ 25
8 7
混 乱 す る利 己 と 利 他 の定 義 ︱︱ 36
す べての生 き ものは親 戚 であ る ︱︱26
1
生 存 と繁 殖 の葛 藤 ︱︱ 46
続 ・ 共 感 的な 世 界
煩 悩 的 な存 在 ︱︱45
生き も のと生 存 機 械 ︱ ︱44
私 に似 た ものと して ︱︱4 3
生 きも のは共 感 的な実 在であ る
今 西 進 化 論 の自 然 観 ︱︱ 42
闘争 ・ 進 歩・ 発 展 論 と の混 同 ︱︱ 41
存 在 の偉 大 な る連 鎖 ︱︱ 40
卓 越 す る 自 然 像 と現 代 進 化 論
祖 先 たち の婚 姻 形 態 ︱︱ 39
148
145
145
142
140
137
137
133
131
8 12
8 12
125
転 換
環 境 革 命 の時 代 ︱︱ 57
人 口増 加 に急 ブ レーキ 必 要 ︱︱ 56
ま だ まだ 安 泰 な のか︱ ︱5 5
限 界
地 球 イ メージ の転 換 ︱︱54
地 表 人 た ちの地 球 ︱︱ 53
宇 宙 からの地 球 像 ︱︱ 52
地 球
8 1 3
8 1 3
18 0
177
174
170
7 16
6 1 5
16 5
6 1 0
進 化 の被 害 者 と いう感 覚 ︱︱ 47
150
環 境 倫 理 学 の指 針 ︱︱ 58
進 化 生 物 学 のは たす べき 仕 事 ︱︱51
共 感 的 に開 かれて いること ︱︱ 48
154
イ ンパクト 方 程 式 ︱︱59
188
[ 3 ]地 球 /大 地
ナ チ ュラ リ ス ト と 進 化 論
154
地 域 からの環 境 革 命 ︱︱60
174
チ チブ の繁 殖 習 性 を し らべた ︱︱49
157
86 1
雌 雄 逆 転 型 の不 思 議 な ハゼ ︱ ︱50
地 域
固 定 的 でな いのが適 応 的 ? ︱︱6 3
人 のす み場 所 感 覚 に定 型 はあ るか ︱︱62
生 きも のたちは す みわけ る ︱︱ 61
心 の地図
201
201
197
195
192
192
地 球 人 への 道
かわ せ み の 谷 ・泉 ひ ろ ば ︱︱ 7 5
いる か 丘 陵 ・ば く の流 域 ・
大 地 への 共 感 を 開 く 川 歩 き ︱︱ 74
源 流 ・泉 ひ ろ ば ︱︱ 73
続 ・流 域 思 考
239
234
231
228
8 22
245
人 工化 ・ 個 室 化 し てゆく す み場 所 感 覚 ︱︱ 64
一人 一人 の 物 語 の な か に︱︱ 78
248
239
210 エピ ロー グ ︱︱ 7 9
自 然 の賑 わ い が 見 え て く る こ と ︱︱ 76
川 と の 出 会 い︱︱ 67
213
253
204
探 検 は 川 にそ って ゆ く ︱︱ 68
6 21 あ とがき
大 地 に広 が るす み場 所 感 覚 ︱︱ 65
流 域 発 見 ︱︱ 69
219
6 2 3
242
流 域 思 考
219 補注
68 2
だ れ と ど こ に 暮 ら す の か ︱ ︱ 77
鶴 見 川 流 域 を 歩 き 始 め る ︱︱ 70
221
索引
6 20
鶴 見 川 流 域 ネ ット ワ ー キ ング ︱ ︱ 71
224
210
生 態 ・文 化 地 域 主 義 ︱︱ 66
行 政 の 動 向 と も 連 携 す る ︱ ︱ 72
川
装 幀⋮ ⋮ ⋮
武 内理能
川畑 博 昭
カバー写真 ⋮ ⋮ ⋮
[ 1] ナ チ ュラ リ ス ト
秋 の谷間
生 き も のの賑 わ い
小 網 代 の冬 ・ 小 さ な い の ち満 ち る ︱ ︱ 1
気 が つく と 、 ジ ュリ ジ ュリジ ュリ と いう 、 優 し いさ え ず り の中 に いた 。 ア オ サ ギ の休 む海 辺 か ら
小 川 に沿 って 湿 原 を のぼ り 、 谷 の中 央 に 張 り 出 す 大 き な 尾 根 の南 斜 面 の雑 木 林 に達 し た と こ ろ で、 エナ ガ の群 れ に囲 ま れ た のだ 。
足 も と に は 緑 濃 いシ ダ の群 落 。 満 開 の ヤ ツデ 。 ま っ赤 な 実 を つけ た ア オ キ の や ぶ 。 日 だ ま り の ヤ ブ ニッ ケ イ の若 木 の葉 に、 黄 色 い アブ が 一頭 と ま って いる 。
ア ズ マネ ザ サ の斜 面 か ら す っく り 伸 び る コナ ラ の樹 冠 の小 枝 に は、 紅 葉 し た葉 が ま だ ま ば ら に残
る 。 そ の間 を 、 ま る で軽 業 師 のよ う に自 在 に めぐ り な がら 、 十 五 羽 ほ ど の エナ ガ た ち が移 動 す る。
小 枝 を た た き 、 カ ラ ス ザ ン シ ョウ の実 の房 を つ つき 、 何 を 探 し て いる のだ ろう 。 シジ ュウ カ ラを 一
回 り 小 さ く し た 体 に、 柄 杓 の柄 のよ う な長 い尾 を つけ 、 ち ょん と突 き出 し た だ け の小 さ な く ちば し
の、 す ば ら し く 愛 ら し い鳥 だ 。群 れ の中 には 一羽 、 小 さな コゲ ラも 混ざ る。 抜 け る よう に青 い空 。
メ ジ ロの群 れ の鳴 き声 も す る 。
こ こ は神 奈 川 県 三浦 市 小 網 代 。 三 浦 半 島 先 端 部 に近 く 、 相 模 湾 に向 か って開 か れ た百 ヘク タ ー ル
ほ ど の海 辺 の谷 だ。 長 さ 一キ ロほ ど の浦 の川 と いう 小 川 が 刻 む こ の 谷 は 、 一面 の雑 木 林 と 湿 地 に お
お わ れ、 谷 全 体 が自 然 の状 態 にあ る。 関 東 地 方 で は 唯 一、 森 と 干 潟 と 海 が 自 然 の状 態 で連 続 し た 、
希 有 な流 域 生 態 系 で あ る。 そ の谷 の保 全 活 動 に加 担 し て、 十 年 目 。 時 間 を 作 って は谷 に 通 う 。 海 か
ら 、 山 ま で 、 ひ と ま と ま り の流 域 で、 賑 わ いこ ぼ れ る多 彩 な 生 き も のた ち に出 会 え る のは 、 私 にと って無 上 に贅 沢 な時 間 で も あ る。
太 平 洋 に突 き出 し た 岬 の先 端 は冬 も 意 外 に暖 か い。 し か し そ れ で も 十 二月 の末 だ 。 昨 日 は大 陸 生
ま れ の巨 大 な 移 動 性 高 気 圧 が 列 島 を縦 断 し て寒 風 が ふ き ま く り、 今 朝 、 快 晴 の湾 口 の正 面 に鎮 座 す
る富 士 は 中 腹 ま で 雪 模 様 にな った 。 谷 の日 陰 の湿 地 に は霜 柱 と薄 氷 が は る 。 そ ん な 谷 の、 生 き も の めぐ り の休 日 だ 。
エナ ガ の雑 木 林 を 離 れ て川 辺 を 行 く 。 ハン ノ キ の林 の奥 に、 濃 緑 色 の セ キ シ ョウ の湿 地 。 枯 れ た
ア シ の群 れ か ら 、 カ シ ラ ダ カ が低 く 飛 び 出 し 、 自 動 的 に姿 を追 ってし ま う 私 の目 の奥 に、 尾 の白 線
が ス ッ と残 像 を ひく 。 ホ オ ジ ロ、 ア オジ 、 カ ワ ラ ヒ ワ、 コジ ュケ イ 、 ジ ョウ ビ タ キ 。 野 鳥 にく わ し
いわ け で は ま った く な い私 に も 、 冬 の鳥 た ち の賑 わ い は、 押 し 寄 せ る よ う に伝 わ って来 る。 数 年 前
の冬 、 こ の あ た り で友 人 と低 空 飛 行 す る ハヤ ブ サ に遭 遇 し た 。 今 日 は、 ノ ス リ で も 登 場 し て く れ た ら最 高 、 と 思 う 。
ひ だ ま り の休 息 時 間 は 、 思 わず 脇 の エゴ の枯 木 の樹 皮 に手 が のび てし ま った 。 樹 皮 の下 に は鮮 や
かな カ メ ム シ が 一頭 、 眠 って いた 。 背 中 に黄 色 い鮮 や か な 紋 を つけ 、 両 肩 を い から せ て 角 突 き出 し
た ツ ノ カ メ ム シ の仲 間 だ 。 こ れ が自 然 観 察 会 な ら 、 ︿エサ キ モ ン キ ツ ノカ メ ム シ、 冬 眠 中 ﹀ な ど と 、
仲 間 のま ね を し て い って し ま う と こ ろ だ 。 実 のと こ ろ私 は 、 エサ キ モ ン キ ツ ノ カ メ ム シ を ち ゃん と 判 別 で き る わ け で は な い。
源 流 部 で、 ス ギ や ク ヌ ギ の大 木 の茂 る礫 質 の小 さな 谷 に入 る。 こ こを の ぼ り 切 れ ば 小 網 代 の谷 の
頂 点 に出 る。 あ た り の冬 の林 床 は、 大 き な シダ に敷 き詰 め ら れ、 意 外 に も鮮 や かな 緑 の世 界 で あ る。 急 斜 面 の小 道 で 、 来 秋 開 花 す る はず の ラ ン の仲 間 の若 芽 を 見 た 。
森 を 抜 け 、 台 地 の縁 か ら 見 渡 す と、 眼 下 に広 が る冬 の雑 木 林 。 林 は 岬 の照 葉 樹 の塊 に つな が り 、
そ の先 に輝 く 相 模 湾 が 広 が る 。 湾 岸 に熱 海 や小 田 原 の街 。 伊 豆 、 箱 根 、 丹 沢 の山 並 が視 野 い っぱ い
に展 開 し 、 そ の背 後 正 面 に巨 大 な 富 士 山 が あ る 。 や や 右 手 の丹 沢 山 塊 の隙 間 か ら か す か に見 え た 、 い ぶ し銀 の精 悍 な 山 並 は、 南 ア ルプ ス 北 岳 の山 塊 だ った ら し い。
野 辺 を 行 き 、 水 辺 を 歩 き、 街 を 歩 い て生 き も の の賑 わ いを 感 じ て い る の が 、 私 は好 き だ 。 遠 出 は
苦 手 だ。 季 節 は い つでも か ま わ な い。 体 は明 ら か に水 辺 が 好 き だ が 最 近 は雑 木 林 に ひ た り き る の も
気 に入 って いる。 ダ ンゴ ム シも 、 エノ コ ログ サ も 、 ヘク ソ カ ズ ラ も そ れ ぞ れ に あ り が た く 、 街 の 雑
木 林 で ク ワガ タ ム シな ど に出 会 え ば 、 相 当 に う れ し い。 と は い え、 職 業 を 忘 れ れ ば 、 いや も う 忘 れ
かけ て い る か も し れ な いが、 生 き も のた ち の賑 わ い が学 術 研 究 の対 象 であ る 必 要 は な い。 標 本 で あ
2
れ 写 真 で あ れ 、 マ ニア ッ ク な収 集 癖 は な い。 生 き も の の賑 わ い の中 で 、 日 々生 き 、 働 いて いた い。
生 物多様 性論ブー ム︱︱
︿生 物 多 様 性 ﹀ と いう 言 葉 が あ ち こち の出 版 物 に登 場 し は じ め て い る。 科 学 雑 誌 、 地 球 環 境 問 題 の
著 書 、 環 境 保 全 関 連 の市 民 や 行 政 の諸 文 書 を 眺 め れ ば 、 す ぐ に わ か る傾 向 だ 。 も ち ろ ん 職 業 的 な 生 態 学 者 た ち の論 議 の領 域 も 、 生 物 多 様 性 論 が ブ ー ム の よ う だ 。
宇 宙 に星 は無 数 にあ る 。 し か し生 き も の の世 界 が知 ら れ る の は 地 球 ひ と つ。 私 た ち の暮 ら す 星 は、
生 誕 四 十 五 億 年 、 生 命 の登 場 以 来 三 十 七 億 年 の歴 史 を へて、 奇 跡 的 に も な お生 き も のた ち の 賑 わ い
に満 ち て いる 。 田 ん ぼ の畦 の タ ンポ ポ 、 ヨ メナ 、 雑 木 林 の カブ ト ム シ、 バ ス停 留 所 の スズ メ ノ カ タ
ビ ラ 、 川 辺 のア シ やジ ュズ ダ マや 、 オ タ マジ ャ ク シ や 、 ドジ ョウ や フ ナ も 、 み ん な こ の地 球 に賑 わ う生 き も のた ち の 一部 で あ る 。
釧 路 湿 原 や 、 白 神 山 地 、 南 ア ルプ ス や 、 尾 瀬 、 屋 久 島 、 南 西 諸 島 の素 晴 ら し い自 然 。 新 旧 大 陸 の
熱 帯 林 や 、 ア フ リ カ の サ バ ンナ や 、 シ ベリ ア の大 針 葉 樹 林 帯 が 、 生 き も の た ち のさ ら に 巨大 な 領 域
で あ る のは 、 いう ま でも な い こ と だ。 花 咲 き、 虫 賑 わ い、 鳥 や 哺 乳 類 暮 ら す 星 ・地 球 は そ う し て で
き あ が って いる。 そ ん な 地 球 の、 生 誕 四 十 五 億 年 の時 を、 三 十 七 億 年 の旧 知 た ち と生 き て い る のだ
から 、 生 き も の仲 間 の暮 ら し の事 情 に、 私 た ち は 大 い に関 心 が あ って い いと 思 う 。
し か し 、 実 のと こ ろ そ ん な 関 心 は あ ま り 切 実 で は な か った 。 生 物 多 様 性 の 一番 単 純 な把 握 は、 何
種 い る か 、 と いう こと だ が 、 そ も そ も これ が よ く わ か ら な い。 私 の 職 場 に は 二十 ヘク タ ー ル規 模 の
緑 地 があ る 。 十 年 ほ ど か け て 、 同 僚 た ち と の ん び り 調 査 を続 け て き た が 目 立 つ生 き も の だ け です で
( 菅 野徹 氏 ) の例 が あ る 。 小 さな 森 も 生 きも の の賑 わ い の コス モ ス な のだ 。
に千 三 百 種 ほ ど に な った。 同 じ 横 浜 で は 、 一ヘク タ ー ル規 模 の林 に千 六 百 種 を越 す 生 き も のた ち を 見 つけ て し ま った先 達
日 本 で ど う か、 地 球 で ど う か 、 とな る と 、 全 体 像 は霧 の中 と いう のが 実 状 だ ろ う 。 世 界 で 発 見 さ
れ る 全 生 物 のデ ー タ ベー ス が完 備 さ れ て い るわ け で はな いか ら 、 いま わ か って い る生 き も のが 何 種 か と いう こ と も 、 実 は 推 定 す る し かな いは ず な のだ 。
そ れ で も、 各 種 の推 定 か ら、 いま 地 球 上 に暮 ら す 生 き も のた ち は、 千 万 か ら 一億 種 と いわ れ る。
生 物 多 様 性 研 究 の リ ー ダ ー の 一人 で あ る、 ア メ リ カ の昆 虫 学 者 、 E ・O ・ウ ィ ルソ ン の近 著 、 ﹃生 命
( 花 を つけ る ふ つう の植 物 類 の総 称 ) 二 四 万 八五 〇 〇 種 、 す で に多 様 性 の概
の多 様 性 ﹄ に よ れ ば 、 そ の う ち名 前 が つ いて い る の は 、 一四 一万 三 〇 〇 〇 種 。 内 訳 は 昆 虫 七 五 万 一〇 〇 〇 種 、 被 子 植 物
要 が判 明 し て いる はず の脊 椎 動 物 四 万 種 ほ ど を 含 め、 昆 虫 以 外 の動 物 が 二 八 万 一〇 〇 〇 種 、 等 々 と 、 推 足 さ れ る。 種 数 で見 れ ば 、 地 球 は ま さ に花 と 虫 の惑 星 だ 。
そ ん な 生 物 多 様 性 の領 域 が 脚 光 を 浴 び 始 め た の は、 人 類 が突 然 ナ チ ュラ リ スト 化 を 始 め た か ら で
は な い。 生 態 学 理 論 の内 的 な 発 達 の必 然 で も な い。 直 接 の背 景 は いう ま で も な く 地 球 環 境 問 題 だ 。
も う 忘 れ て いる人 も いる が 、 一九 九 二 年 六 月 、 ブ ラジ ル のリ オデ ジ ャネ イ ロで 、 国 連 の地 球 サ ミ ッ
ト (﹃環 境 と 開 発 に関 す る 国 連 会 議 ﹄) が 開 催 さ れ た 。 いま 私 た ち の産 業 文 明 は、 資 源 利 用 、 生 産 、
廃 棄 、 自 然 破 壊 、 人 口規 模 のあ ら ゆ る領 域 で 地 球 の 限 界 と衝 突 し は じ め て い る。 こ のま ま 放 置 す れ
ば 、 二 十 一世 紀 以 降 の 子 孫 た ち や 、 人 間 以 外 の生 き も の た ち に、 安 らぎ のあ る、 お だ や か な地 球 環
境 を 残 す こ と は 不 可 能 にな る。 そ ん な 深 刻 な 危 惧 に対 応 す る 、史 上 最 大 の国 際 会 議 だ った 。
そ の会 議 で 二 つ の条 約 が ま と ま った 。 一つは ︿気 候 変 動 枠 組 条 約 ﹀。 地 球 温 暖 化 を 抑 制 す る た め
に化 石 燃 料 の使 用 等 を 国 際 的 に制 御 し て ゆ こう と いう 趣 旨 の条 約 だ 。 も う 一つ の条 約 は ︿コ ン ベ ン
シ ョ ン ・オ ン ・バ イ オ ロジ カ ルデ ィ バ ー シ テ ィー ﹀。 地 球 に展 開 す る生 き も の た ち の多 様 な 世 界 を 、
生 態 系 の レ ベ ル、 種 ( 生 物 集 団 の基 本 単 位 ) の レ ベ ル、 そ し て遺 伝 子 レ ベ ルで 保 全 し 、 公 平 に活 用
し て いき た いと いう 条 約 であ る 。 こ れ を 日 本 語 で は ︿生 物 多 様 性 条 約 ﹀、 あ る い は ︿生 物 多 様 性 に
関 す る条 約 ﹀ な ど と呼 ぶ 。 生 物 多 様 性 論 議 の流 行 は、 良 く も 悪 く も 、 こ の条 約 を と り 包 む世 界 の動
き と 関連 し て い る の だ 。 日 本 は、 いず れ の条 約 に も 、 す で に調 印 ず み で あ る 。
と こ ろ で バ イ オ ロジ カ ルデ ィ バー シ テ ィー や 、 そ の略 称 と し て は や り は じ め た バイ オ デ ィ バー シ
テ ィ ーを 、 人 と 生 き も の の交 流 す る次 元 で 訳 せば 、 生 物 多 様 性 で は な く ︿生 き も の の賑 わ い﹀ が い
いと 、 私 の体 の感 覚 は 主 張 し て い る。 英 語 の語 感 は 、 ど ち ら に近 いも のだ ろ う 。 来 世 紀 か ら 振 り返
った ら、 一九 九 二年 人 類 は、 生 物 資 源 利 用 条 約 で も 生 物 多 様 性 条 約 で も な く 、 ︿生 き も の の 賑 わ い 条 約 ﹀ を 作 り か け た と見 え て ほし い。
実利論 の限界 ︱ ︱ 3
私 は、 一つ覚 え の よ う に、 生 き も の の賑 わ いと いう 表 現 を連 発 す る こと があ る 。 足 も と の大 事 な
自 然 の多 様 性 を 、 他 人 ご と で な い言 葉 にし た く て 、 使 って し ま う 。 浮 い てし ま う か と心 配 も し た が、
当 人 は そ こそ こ に な じ み、 恥 ず かし が ら ず に使 う よ う に な った 。 生 物 多 様 性 と いう 突 き放 し た 表 現
への抵 抗 と 、 生 き も の の賑 わ いと いう 密 着 し た表 現 への別 の抵 抗 が、 同 じ 私 の中 にあ って 、 おも し ろ い。
地 球 環 境 問 題 に関 連 し た は や り の生 物 多 様 性 保 全 論 の つら い と こ ろ は 、 主 張 の根 拠 が実 利 的 関 心
に固 ま る こと だ 。 な ぜ 生 物 多 様 性 を 保 全 あ る いは保 護 し な け れ ば な ら な い の か 。 な ぜ 生 物 多 様 性 は
大 切 な の か 。 そ ん な 疑 問 に端 か ら 紋 切 り 型 の実 利 的 な 回 答 が 用 意 さ れ て い る。 た ぶ ん今 は 、 実 利 主 義 の限 界 を こ そ、 考 え な け れ ば な ら な い の に ⋮ ⋮ 。 実 利 的 な生 物 多 様 性 擁 護 論 の筆 頭 は 、 ︿資 源 と し て の価 値 ﹀ 論 だ ろ う。
一見 無 価 値 に見 え る 生 き も のも 、 将 来 エイ ズ や ガ ン の特 効 薬 にな る か も し れ な い。 画 期 的 な 品 種
改 良 の素 材 と な る か も し れず 、 さ ら に ど ん な 遺 伝 子 資 源 が隠 れ て いる か わ か ら な い。 だ か ら 多 様 性
を 守 って お こう と いう 論 理 に な る。 私 た ち の社 会 で は こ れ は 一般 論 と し て説 得 力 を も つ。資 源 価 値
の高 そ う な 生 物 群 や 、 安 価 で 広 大 な自 然 域 を 守 る に は有 効 な 理 由 と も な る の だ ろ う 。 し か し 、 都 市
近 郊 の地 価 の高 い雑 木 林 の保 全 な ど に は 、 ど れ ほ ど 役 に た つの だ ろ う か 。 足 も と の自 然 の保 全 に は 案 外無力 な主張 であろう。 も う 一つ の実 利 論 は ︿生 態 系 への貢 献 ﹀ 論 だ 。
人 間 の健 全 な生 活 に は生 態 系 の適 切 な 機 能 が 必 要 だ 。 そ の機 能 維 持 の た め には 多 様 な生 物 の複 雑
な連 携 プ レイ が必 要 であ る。 森 の生 物 群 集 は、 土 壌 を 育 て 、 保 水 機 能 で水 循 環 を 穏 や か にす る。 干
潟 や 葦 原 の生 物 相 は 汚 染 を除 去 し 、 物 質 循 環 を 円 滑 に す る 。 だ か ら 森 の生 物 多 様 性 を守 れ 、 干 潟 や
湿 原 の生 物 相 を 守 れ と いう よ う な 主 張 にな ろ う 。 こ れ は第 一の実 利 論 よ り か な り 複 雑 な 視 点 で あ り 、
専 門 研 究 者 た ち が 大 いに擁 護 す べ き主 張 だ ろ う 。 具 体 的 な 分 析 に支 え ら れ た ケ ー ス で は 、 き わ め て
有 力 な力 を 発 揮 す る はず の議 論 だ 。 し かし こ れ も 、 紋 切 り 型 で援 用 す れば 、 情 け な いほ ど 無 力 にな
る。 雑 木 林 を 団地 にし た ら生 態 系 が崩 壊 す る と 主 張 し て 、 は た し て林 は守 れ る か。 そ も そ も 本 当 に 生態系 は、崩壊 す るのか。
実 利 論 は有 効 で あ る。 保 全 の た め の活 動 で 、 事 実 私 も多 用 す る 。 し か し そ う 認 め た う え で、 や は り実 利 論 は底 抜 け と も 感 じ る。
地 球 の生 物 多 様 性 は な ぜ 、 ど う し て守 ら れ る べ き な の か。 答 え は い つも わ か り や す い実 利 に還 元
で き る と いう のだ ろ う か 。 街 の雑 木 林 の生 き も の の賑 わ いを 守 った り、 川 辺 の湿 地 の生 き も のた ち
を 保 全 す る の に、 資 源 価 値 や 、 生 態 系 の保 全 機 能 に い つも 言 及 す べ き だ ろ う か。 研 究 上 の価 値 、 観
光 資 源 と し て の価 値 、 教 育 上 の価 値 等 々、 生 物 多 様 性 の 一般 的 な 効 能 を さ ら に列 挙 し て も、 実 利 論
は目 のあ ら いザ ル の よう に、 肝 心 な答 え を す く え ず に いる と、 私 は 思 う 。 そ う いう 議 論 に言 及 せ ず
とも 、 ご く 当 然 のよ う に多 様 性 を 尊 重 す る、 も っと明 快 な 対 応 法 が あ る の で は な いか 。
必 要 な の は実 利 計 算 を 実 行 す る 土 台 あ る いは 枠 組 み自 体 の転 回 だ ろう 。地 球 上 の 、 そ し て身 のま
わ り の自 然 への 、 文 明 的 な 視 点 の転 換 。 近 所 の雑 木 林 の保 全 に も 、 地 球 環境 問 題 に も 同 じ よ う に向
け ら れ て、 し か も 生 き も の の賑 わ いを 飛 躍 的 に大 切 に す る新 し い実 利 計 算 を 可 能 に す る よう な ま な
ざ し 、 あ る いは 世 界 の見 え 方 を 育 て る こ と 。 そ ん な も ので は な い のだ ろ う か 。 私 は答 え を 知 ら な い が、 課 題 の構 造 は そ う な って いる と 思 う の だ 。
あ る 推 計 に よ れ ば 私 た ち の文 明 は 、 三 十 七億 年 の歴 史 を い っし ょ に地 球 で 暮 ら し てき た生 き も の
た ち を 、 毎 年 数 万 種 の規 模 で 現 に絶 滅 さ せ て い る か も し れ な いと いう 。 そ ん な 産 業 文 明 の構 造 自 体
を 、 根 本 的 に 、 し か し穏 や か に変 換 さ せ る のは 、 私 た ち の体 や意 識 を 自 然 に つな ぐ 、 な お未 分 化 な
心 的 領 域 に連 動 す る作 業 と 思 わ れ る 。 実 利 論 が だ め な ら 倫 理 で いく 、 あ る いは 二 刀流 で ゆく と いう よ う な 勇 ま し いや り 方 も 、 私 に は あ ま り な じ みそ う にな い。
生 物 多 様 性 と いう 言 葉 で は な く 、 生 き も の の賑 わ いと いう 言 葉 で自 然 と 対 応 す る と き 、 私 には 、
科 学 で も 、 従 来 の実 利 主 義 で も な い窓 が少 し 開 いて い るよ う な気 が す る 。 そ れ が単 な る錯 覚 な の か、
あ る い は問 題 の作 業 領 域 に いさ さ かな り と も 触 れ て い る の か、 私 は歩 き な が ら 考 え る の だ ろ う と 思 う。
ラ ンド スケ ープ
山野河海 ︱ ︱
4
私 た ち の世 界 には 、 た く さ ん の生 き も の た ち が 暮 ら し て いる 。 そ し て そ ん な 生 き も のた ち の暮 ら
す 山 や 、 野 や 、 川 や 、 海 辺 が 賑 や か に展 開 し て い る。 し か し 、 私 た ち が 日 々 そ の よ う に世 界 を鮮 明 に認 識 し て いる かど う か は 、 疑 問 な の だ。
私 の大 切 な 記 憶 の中 に、 子 ど も 時 代 の素 朴 な 言 葉 遊 び が あ る 。 ︿大 宇 宙 ・銀 河 系 ・太 陽 系 ・地 球 ・
北 半 球 ・ユー ラ シ ア ・東 ア ジ ア ・日 本 列 島 ・本 州 ・関 東 平 野 ⋮ ⋮ ﹀ な ど と 、 呪 文 の よ う に列 挙 し て
ゆ き 、 自 宅 や 、 学 校 や、 友 だ ち の住 所 に いた って終 わ る と いう代 物 で、 も ち ろ ん長 く な る ほ ど偉 い の だ 。 あ ん な遊 び が な ぜ おも し ろ く 、 印 象 に残 って い る の だ ろ う か 。
そ う 懐 か し く 思 い返 し て、 実 は お か し さ に気 が つ いた 。 そ の呪 文 で は 、 た と えば 関 東 平 野 か ら 先
が、 い つも神 奈 川 県 ・横 浜 市 ○ ○ 区○○ な ど と 急 に行 政 区 分 にな った の で あ る。 宇 宙 の区 分 か ら 地
球 の区 分 に移 った の だ か ら 、 そ の先 は当 然 、○ ○ 丘 陵 と か、 ○ ○ 川 流 域 と か、 自 然 の構 造 配 置 に つ
な が る の が地 球 的 ( あ る い は地 理 学 的 ) 整 合 性 と いう も の だ ろ う 。 な ぜ 足 も と 近 く の領 域 は 、突 然 自 然 を 離 れ、 行 政 区 分 に 転 じ た か 。
自 明 な 理 由 は 郵 便 局 だ 。 年 賀 状 にそ ん な住 所 を 書 く こと も あ った の だ 。 し かし そ れ だ け で は な い。
自 然 の配 置 で最 後 ま で進 む の は む ず か しす ぎ る 。 関 東 平 野 か ら わ が 家 ま で のあ いだ にど ん な自 然 の
配 置 が あ る か、 私 た ち に は さ っぱ り わ か ら な か った は ず な の だ 。試 み に同 じ 課 題 を 都 市 の大 人 た ち に出 し た ら、 き っと 大 半 は 同 じ よ う に頓 挫 す る と 思 う 。
宇 宙 や 、 地 球 や 、 日 本 列 島 な ど と いう 大 模 様 は 、 だ れ で も 概 形 を 知 った つも り で いる 。 し か し 、
さら に細 かく 自 然 的 な 帰 属 の区 分 を 貫 く に は 、 日 々 の暮 ら し を 包 む 中 間 規 模 の自 然 の配 置 、 つま り
身 の ま わ り の山 や 、 野 辺 や 、 川 ( 流 域 ) や、 海 な ど の配 置 に つ い て、 か な り 鮮 明 な 、 し かも 総 合 的
な 把 握 が な け れ ば な らな い。 狭 い経 験 か ら言 い切 って し ま う が、 都 市 市 民 には 、 そ し ても し か す る
と現 代 の非 都 市 市 民 の少 な く な い部 分 にも 、 これ は難 事 中 の難 事 で あ ろ う 。
って いる の が当 然 と いう 文 化 があ っても い いか ら だ 。 私 た ち は ど う や ら そ ん な 文 化 の中 に は いな い。
し か し 、 考 え て見 れば お か し な 話 で あ る と も い え る 。自 分 が ど ん な 自 然 の配 置 の中 に いる か 、 知
私 た ち の文 化 は 、 自 然 の配 置 が不 明 で も 、 む し ろ 少 し も 不 安 で な い、 そ ん な 文 化 な のか も し れ な い。 そ れ は 、 かな り奇 怪 な 文 化 な の で は な い か 。
足 も と に広 が る 中 規 模 の自 然 の ま と ま り や 、 そ の配 置 が 見 え にく い文 化 。 そ れ に関 し ても う 一つ 気 に な って いる こと があ る 。 言 葉 の不 在 に関 す る 疑 問 だ 。
私 た ち には ︿生 き も の﹀ と いう 日常 的 な 言 葉 が あ る 。 そ の お か げ で私 た ち は 、 ﹁森 に ど ん な 生 き
も の が いる か ﹂ と質 問 さ れ れ ば 、 カブ ト ム シ や 、 ク ワ ガ タ ム シな ど を容 易 に想 起 す る こ と が で き る 。
そ う 自 問 自 答 す る こ と も で き る 。 し か し 、 ﹁あ な た の 町 に は ど ん な ○ ○ が あ る か﹂ と 問 わ れ て、 周
囲 の川 や 、 丘 陵 や 、 湖 や 、 海 辺 を 一括 し て鮮 や か に想 起 で き る よ う な 、 や さ し い普 通 名 詞 が 、 私 た ち の 日常 会 話 に は な いの で あ る。
生 態 系 で は抽 象 的 す ぎ る 。 自 然 域 も かた い。 山 河 と いう よ い言 葉 も あ る が や や 大 仰 だ 。
先 日 、 網 野 善 彦 氏 の ﹃日本 史 の視 座 ﹄ と いう 本 で見 つけ た ︿山 野 河 海 ﹀ と いう 言 葉 は 、 直 接 的 で
わ か り や す く 、大 地 が いま にも 踊 り 出 す よ う な 賑 や か な 香 り と色 合 い が あ る 。 し か し 、 あ な た の町
に は ど ん な 山 野 河 海 があ り ま す か 、 と 口 に出 し 、 ま た 、 生 き も の の賑 わ い のま ね を し て、 山 野 河 海 の賑 わ いな ど と い って み て、 も つれ て し ま う のが 残 念 だ 。
山 や 、 川 や 、 森 や 、 海 辺 を 一般 的 に代 表 す る よ う な 、 や さ し い日 常 語 を も た な い私 た ち は 、 中 間
規 模 の自 然 の構 造 を 、 個 別 の生 き も の の よ う に鮮 明 に認 識 す る 作 法 を も た な い文 化 を 生 き て い る の か も し れ な いと 、 私 は 思 う 。
大 人 の忘 れ た 小 さ な遊 び に は 、 子 ど も た ち が地 球 に定 位 す る 位 置 を さ ぐ る真 剣 な 探 索 活 動 の要 素
が含 ま れ て いた 可 能 性 だ って あ る 。 私 た ち の文 化 は 、 そ ん な 探 索 を 励 ま す か た ち にな って いな いよ う に、 思 わ れ る の だ 。
ラン ド スケ ー プ ・ エ コ ロジ ー ︱
︱ 5
大 地 の構 造 単 位 や 、 配 置 の よ う な も のを 一般 的 に指 示 す る や さ し い日 本 語 は な い。 外 国 語 の世 界
は ど う か 、 私 は よ く 知 ら な い。 し か し 専 門 家 た ち のあ いだ で 流 通 す る 特 殊 用 語 が 、 欧 米 で も 日 本 で
( INTECOL) と いう 名 称 の
も 注 目 さ れ は じ め て い る の は知 って いる 。 ラ ンド スケ ープ (l andscape)と いう 言 葉 だ 。 猛 暑 の 一九 九 〇 年 夏 、 横 浜 の海 辺 の大 ホ テ ル で、 国 際 生 態 学 会 議
国 際 会 議 が開 か れ た 。 生 態 学 のさ ま ざ ま な 領 域 の研 究 ・討 議 が 行 な わ れ た が、 特 別 新 鮮 だ った の は、
ラ ンド ス ケ ープ ・エ コ ロジ ー (一般 に は 景 観 生 態 学 と 訳 さ れ る ) と呼 ば れ る生 態 学 の ニ ュー ウ エー
ブ が 大 いに 目 立 った こと だ った 。 以 後 、 わ が 国 の生 態 学 の領 域 で は、 生 物 多 様 性 論 議 と と も に、 景 観 論 議 が 勢 いづ い た観 が あ る。
( 景 観 ) を 把 握 し 、 研 究 す る 。 そ の景 観 と は何 か と い う と 、 こ れ が少 々 や
景 観 生 態 学 は 生 物 群 集 と 環 境 の関 係 を 分 析 す る いわ ゆ る生 態 系 生 態 学 に に て いる が 、 生 態 系 で は な く て、 ラ ンド ス ケ ープ
や こ し い。 同 じ 河 川 流 域 も 、 生 態 系 と み れ ば 生 態 系 、 景 観 と み れ ば 景 観 と な る。 や や 乱 暴 に感 覚 的
に いえ ば 、 物 質 と エネ ルギ ー の動 き や 、 詳 細 な 生 物 ・環 境 分 析 の視 点 で み れ ば 生 態 系 、 地 理 的 な 構
造 や生 物 多 様 性 の相 互 連 関 を 重 視 し 、 場 合 に よ って は 人 間 社 会 と の関 わ り ま で 多 彩 に視 野 に 入 れ て
全 体 的 ・総 合 的 に地 域 を み れ ば 景 観 。 そ ん な感 じ があ る 。 生 き も のた ち を物 質 ・エネ ルギ ー の変 換
装 置 と み る のは 生 態 系 生 態 学 的 、 生 物 多 様 性 自 体 を重 視 す る と 景 観 生 態 学 的 。 そ ん な 対 比 も あ り そ うだ。
つい で に いえ ば 生 態 系 生 態 学 は ア メ リ カ ・イ ギ リ ス の影 響 が 強 く 、 景 観 生 態 学 は ドイ ツ の影 響 が
強 い。 か つ て全 盛 を 誇 った生 態 系 生 態 学 は 、 分 析 過 剰 、 物 理 化 学 的 な 専 門 化 、 さ ら に数 理 的 抽 象 化
な ど が際 立 ち 、 現 実 の地 域 の総 合 的 な 研 究 か ら か な り遠 の い て し ま った 印 象 も あ る。 景 観 生 態 学 は 、
も う 一度 、 現 実 の総 合 的 な自 然 に復 帰 し た い生 態 学 者 の衝 動 を う ま く 把 握 し は じ め た と も 、 いえ る のだ ろ う 。
も ち ろ ん そ の 上 げ 潮 に は 、 地 球 環境 問 題 や 、都 市 計 画 に お け る生 態 学 的 視 点 の重 視 と いう よ う な 、
社 会 的 な 力 が決 定 的 に効 い て い る 。事 実 、 開 発 ・保 全 に係 わ る先 端 的 な 行 政 や コ ンサ ルタ ン ト 、 さ
ら に市 民 活 動 の領 域 で は 、 ラ ン ド ス ケ ー プ 把 握 が す で に必 須 の課 題 にな り つ つあ る 。
( 景 観) ととらえ る
と こ ろ が ま た し て も言 葉 の問 題 が あ る。 流 域 や 、 丘 陵 や 、 田 園 な ど の自 然 の構 造 的 ・空 間 的 な 単
位領域 は、英語 で表現 すれば、 エコシステム ( 生 態 系 ) よ り、 ラ ンド ス ケ ープ
の が適 当 だ ろ う 。 山 野 河 海 は ラ ンド ス ケ ープ と いう こ と に な る 。 と こ ろ が そ の ラ ンド ス ケ ープ に は、
地 理 学 の伝 統 で す で に景 観 (あ る い は景 域 ) と いう 訳 語 が あ る 。 し か し景 観 と いう 日 常 語 には 、 風
景 、 美 観 、 み てく れ の景 色 と いう よ う な 、 さ ら に表 層 的 な 意 味 群 が 粘 着 し て いる事 実 が あ る 。 そ も
そ も 原 語 (l andscape) も 日 常 的 な使 用 で は 、 風 景 ・美 観 ・眺 望 の意 味 が 圧倒 的 だ 。
こう な る と も つれ た糸 は ほ ぐ し が た い。 日 本 の ラ ン ド ス ケ ー プ ・エ コ ロジ ー の拠 点 を 支 え る 東 京
大 学 の武 内 和 彦 氏 は 、 景 観 の訳 語 を 退 け て ︿地 域 ﹀ の 訳 語 を 使 い、 事 実 上 は む し ろ英 語 そ の ま ま の ラ ンド ス ケ ープ で 押 し通 し た い意 向 の よう だ 。
( 水 系 ・流 域 ) や 、 丘 陵 や、 台 地 や 、 田 園 や 、 海 岸 や 、 場 合 によ って は 市
こ う し て ま た 、 専 門 世 界 の自 然 への視 野 と 、 日 常 世 界 の自 然 への視 野 が 、 混 乱 と分 裂 を 重 ね て い く の は 困 った も のだ 。 川
街 地 そ のも の が 、 自 然 ・社 会 の複 合 的 な 領 域 と し て、 そ れ ぞ れ 明瞭 な ま と ま り とし て、 研 究 者 にも
市 民 にも 同 様 に 見 え る よ う にな る こと は、 人 と 自 然 、 人 と 地 球 の未 来 を 考 え る 上 で、 決 定 的 な重 要
性 を も つはず な の に、 そ ん な も の と し て地 域 を 呼 ぶ適 当 な 言 葉 が 、 日 常 語 にな く 、 専 門 語 で も統 一 さ れ な い と いう事 態 な の だ 。
し つ こ いよ う だ が 、 こ れ は 文 化 の問 題 な の だ と 思 う 。 山 野 河 海 を 、 広 が り を も ち、 変 化 と安 定 の
相 を も ち 、 生 き も の の賑 わ いを 支 え 、 人 と全 体 的 に交 流 す る こ と も でき る よ う な 構 造 的 な ま と ま り
と し て尊 重 す る文 化 で は な く 、 む し ろ 人 の都 合 にそ って ひ た す ら分 断 把 握 す る よ う な私 た ち の文 化
が 、 存 在 と し て の山 野 河 海 と よ う や く 衝 突 し は じ めた のだ 。 さ て ラ ンド ス ケ ープ ・エ コ ロジ ー の流
6
行 は、 そ ん な 文 化 の様 態 に変 化 を 迫 る 力 を も つか 。 さ あ お た ちあ い、 と いう こと だ ろ う 。
ラン ド スケ ー プ 保 全 への注 目 ︱ ︱
生 物 多 様 性 の保 全 と 、 ラ ンド ス ケ ープ の多 様 性 保 全 の あ いだ に は 、密 接 な 関連 が あ る 。 生 物 多 様
性 を 保 全 す る に は、 生 き も の た ち の賑 わ いを 支 え る 地 域 的 な構 造 の確 保 が 必 要 だ 。 そ れ は地 理 ・地
形 的 な 広 が り を 基 礎 と し た ラ ンド ス ケ ープ の保 全 と いう 課 題 の中 で検 討 さ れ る のが 順 当 だ ろ う 。
た と え ば 一九 九 三年 の暮 れ に発 効 し た 生 物 多 様 性 条 約 は 、 生 物 の多 様 性 を 、 生 態 系 、 種 、 遺 伝 子
の三 つの レ ベ ル で把 握 し て いる 。 こ の う ち 、 生 態 系 レ ベ ル の多 様 性 保 全 の課 題 が 、 ラ ンド ス ケ ープ
の多 様 性 保 全 に相 当 す る の だ と 見 て お き た い。 私 た ち の暮 ら す 世 界 に、 山 野 河 海 の賑 や か な ラ ンド
ス ケ ープ を 確 保 ・保 全 し 、 生 き も の た ち の賑 わ いを 守 る 。 言 葉 で いえ ば そ ん な こ と が課 題 であ る 。
し か し 、 現 実 的 な 課 題 で いえ ば 、 生 き も の の多 様 性 保 全 の課 題 と 、 ラ ン ド ス ケ ープ の多 様 性 保 全
の課 題 に は、 か な り 大 き な 隔 た り も あ る。 最 も 単 純 な 相 違 を 一つあ げ れば 、 生 き も のた ち に は す て
きな 図 鑑 や 図 書 や 映 像 や 、 フ ァ ンた ち が そ こ そ こ に いる 。 全 体 か ら み れ ば な お 少 数 派 だ が 、 生 き も
の の 賑 わ い の世 界 を 知 る ナ チ ュラ リ スト は そ こそ こ の社 会 的 な力 も も つ。 一方 、 ラ ンド ス ケ ープ 保
全 の領 域 は、 ラ ンド ス ケ ープ と いう 枠 組 み を 認 知 す る ナ チ ュラ リ スト も な お 少 な く 、 日 常 会 話 に登
場 す る頻 度 も 低 く 、 そ も そ も 存 在 のア ピ ー ル から 始 め ね ば な ら な い こ と が多 い と いう ハ ンデ ィが あ る。
だ から 、 ま ず は、 山 で も 、 野 で も 、 川 で も 、 海 辺 で も い い。 ラ ン ド ス ケ ープ を 認 知 し 、 暮 ら し の
会 話 の中 に定 着 さ せ る 工 夫 か ら始 めな け れ ば な ら な い の が実 状 だ ろ う 。 実 は こ こ十 年 ほ ど、 私 は そ ん な 工 夫 に加 担 す る こと が多 い の であ る 。
工 夫 と い って も、 別 に新 開 発 の機 械 や ア ク ロバ ット があ る わ け で は な い。 身 近 にあ る し か る べき
サイ ズ の森 や、 谷 や 、 流 域 や 、 丘 陵
(つま り ラ ン ド ス ケ ープ ) を フ ィ ー ル ド と し て、 細 部 よ り は 地
形 的 な全 体 配 置 を 強 調 し つ つ、 ひ た す ら 歩 き、 遊 び 、 保 全 活 動 も す る。 ポ イ ント は ラ ンド ス ケ ープ
の全 体 像 を い つも ア ピ ー ルし つづ け る こ と。 そ し て、 ラ ンド ス ケ ープ の存 在 を 認 知 す る 地 域 文 化 の よ う な も のが 育 って 欲 し いと 願 う ば か り だ 。
私 のば あ い工夫 の焦 点 は川 だ 。 正 確 に いえば 、 川 そ のも の で は な く 、 川 に 雨 水 を 送 り 込 む 範 囲 で
定 義 さ れ る流 域 (表 面 水 の流 域 ) だ。 身 近 な川 の流 域 を 確 定 し 、 そ の流 域 を ラ ンド ス ケ ープ の モデ
ルと し て 、 流 域 地 図 を 作 り、 流 域 を 歩 き 、 流 域 祭 り に も加 わ り 、 生 き も のを 訪 ね る観 察 会 も す る 。
そ ん な 活 動 を 通 し て 、 私 た ち の生 活 空 間 に は、 川 を 軸 と し て多 彩 な自 然 地 形 、多 彩 な 生 き も の、 そ
し て さ まざ ま な 人 間 の暮 ら し を 載 せ る ︿流 域 ﹀ と いう 大 地 のま と ま り (つま り ラ ン ド ス ケ ー プ ) が あ る と いう こ と が 、 地 域 文 化 の中 に定 着 し て ゆ く のを 応 援 す る 。
川 は、 治 水 や 河 川 環 境 整 備 を 焦 点 に 、行 政 や地 域 の市 民 活 動 の焦 点 にな り や す い。 川 のイ ベ ン ト
や 、 流 域 視 野 の街 づ く り 、 あ る い は環 境 保 全 活 動 は 、 行 政 にも 民 間 にも す で に さ ま ざ ま な動 向 があ
る 。 そ ん な勢 い と も 呼 応 し な が ら 、 ラ ンド ス ケ ープ と いう 大 地 のま と ま り を ア ピ ー ルし 、 生 き も の た ち の賑 わ いを 要 と し た そ の自 然 保 全 を考 え よ う と いう 行 き方 だ 。
ラ ン ド ス ケ ー プ の応 援 団 は、 ま だ 少 数 だ 。 生 き も の の名 前 覚 え は得 意 で な いが 、 流 域 歩 き や 、 丘
陵 歩 き は大 好 き だ 、 と いう よ う な 人 び と が 、 い っそ ラ ン ド ス ケ ー プ ・ナ チ ュラ リ ス ト な ど と名 乗 っ
て新 し い流 行 を つく って く れ て も い い。 蝶 や 鳥 や、 公 園 ・行 楽 地 の図 鑑 や 案 内 に な ら って、 都 市 河
川 流 域 図 鑑 と か、 丘 陵 ラ ンド ス ケ ープ 図 鑑 な ど と いう も の が 登 場 し は じ め た ら な お お も し ろ か ろ う と 思 う。
川 の流 域 と いう ラ ン ド ス ケ ープ は、 互 い に連 接 し て大 地 を お お う 。 源 流 域 は 丘 や山 が普 通 だ か ら 、
流 域 の頂 点 を つな い で ゆ く と 、 丘 陵 や 山 岳 地 域 と いう 一レ ベ ル上 位 の ラ ンド ス ケ ープ が 見 え て来 る。
いま私 が 暮 ら す の は、 鶴 見 川 と いう 川 の流 域 だ 。 流 域 頂 点 は多 摩 丘 陵 の主 尾 根 に至 る 。 多 摩 丘 陵 の
主 尾 根 は 南 で 三 浦 半 島 ・太 平 洋 に いた り、 西 で 関 東 山 地 に つな が る 。 そ の関 東 山 地 は 関 東 地 方 を 抜
け、 北 で越 後 山 脈 、 南 で 八 ケ 岳 そ し て南 ア ルプ ス に つな が る の だ 。 いま な ら ば 私 は 、 ︿大 宇 宙 ﹀ か ら は じ ま る 子 ど も の住 所 遊 び を、 足 も と ま で自 然 の配 置 で完 成 で き る。
さま ざま な自 然 像
畏怖す べき自然︱ ︱
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こ の (一九 九 四 年 ) 二 月 の半 ば 、 東 京 は 雪 に な った 。 積 雪 二十 五 セ ンチ 。 東 京 で は 数 十 年 振 り の 大 雪 だ った。
自 宅 のあ る多 摩 丘 陵 は 、 倒 れ る樹 木 あ り 、 つぶ れ る竹 林 あ り 、 バ スも 電 車 も 大 混 乱 。 市 街 は雪 道
で転 倒 す る人 が 続 出 と ニ ュー ス は伝 え た。 そ の日 、 私 は 郊 外 の 団地 か ら急 用 で駅 に向 か った。 坂 道
で動 け な く な る 車 が 相 つぎ 、 降 り 続 く 雪 の中 で え ん え ん と 渋 滞 が 続 く 。 ﹁自 然 に ゃ か な い ま せ ん
よ ﹂。 タ ク シ ー ド ラ イ バ ー は あ き ら め る よ う にそ う い った 。 大 災 害 と いう わ け で は な い の に、 そ の 日 の雪 に は、 東 京 を 畏 怖 さ せ る迫 力 が 、 確 か に少 し あ った と思 う 。
霊 を 含 み 畏 怖 す べき も の と し て の自 然 と いう 感 覚 、 あ る いは イ メ ー ジ (ア ニミズ ム、 あ る いは
物 活 論 と いう 表 現 も あ る ) は 、 し ば し ば 神 話 的 な 香 り を 伴 って私 た ち の心 の中 に な お生 き て いる自
然 像 の 一つだ ろ う 。 そ の 了解 に よ れ ば 、 自 然 は 人 為 を 超 越 し た 勢 力 、 あ る いは 運 命 の よ う な も ので
あ り 、 無 力 な 私 た ち は 、 畏 怖 し 忍 従 す べき 存 在 で あ る。
自 然 保 護 活 動 を 揶 揄 す る際 の紋 切 り 型 の 一 つに、 ﹁自 然 保 護 な ど お こ が ま し い﹂ と いう 非 難 が あ
るが 、 そ ん な 発 言 の背 景 に は 、 実 は大 書 き さ れ た 畏 怖 の文 字 が あ る こと もあ る 。
人 は 、 恐 れ る も のを ま じ ま じ 観 察 し た り は し な い。 畏 怖 す べ き自 然 のイ メ ー ジ は、 鮮 明 で 日常 的
な 自 然 像 と は あ ま り 密 接 に つな が ら な い。 そ の視 線 の中 の豪 雨 、 旱 魃 、 大 地 震 、 津 波 、 火 山 の爆 発 、
そ し て疫 病 ・害 虫 の大 発 生 な ど、 いわ ゆ る 天変 地 異 の諸 現 象 は 、 む し ろ そ の背 後 に仮 設 さ れ た神 々
( 龍 ? ) や 、 地 震 の鯰 を 想 起 し て いる 。 そう いえ ば 、
や、 精 霊 や、 運 命 な ど の イ メ ージ によ って こそ 鮮 明 な存 在 とな った の で は な い か 。 も ち ろ ん私 は 、 大 地 を 踏 み荒 ら す ス サ ノ ウ や 、 豪 雨 で 怒 る 水神
ナ ン バ ー で呼 ば れ る台 風 よ り も キ ャ サ リ ンと かジ ェー ン と呼 ば れ る台 風 の方 が、 存 在 感 が強 か った はず だ 。
神 々 や精 霊 の世 界 は 、 私 た ち の心 の働 き を 介 し、 畏 怖 す べき も の の複 雑 な 象 徴 体 系 を 作 り 上 げ る 。
穏 や かな 秋 の野 辺 に咲 く 野 菊 への、 痛 烈 な 哀 切 の情 な ど と いう も の さ え 、 荒 れ 狂 う 暴 風 雨 の連 想 ぬ
き に はあ り え ま い。耽 美 的 ・叙 情 的 に注 目 さ れ る花 鳥 風 月 も 、 も と を た ど れ ば 巨 大 な 畏 怖 の体 系 を 活 性 化 す る 象 徴 群 の 一端 な のか も し れ な い。
つ いで に いえば 、 畏 怖 す べき 自 然 と 、 畏 怖 す る 人 間 は、 真 摯 な祈 り で交 信 で き る と いう 了 解 も 、
一般 的 で あ った は ず だ 。 私 の母 は、 板 張 り の小 さ な 家 一つを 守 る た め に、 台 風 や 洪 水 を ひた す ら 恐
れ る人 だ った。 そ の母 は 、 も し 人 び と す べ て が 真 剣 に神 仏 に祈 る な ら 、 山 河 や 町 を 破 壊 す る暴 風 は
消 え さ り 、 人 も生 き も の も す べ て安 ら ぐ 大 地 にな る と信 じ て いた 。 水 辺 で生 き も の と遊 ぶ こ と の大
好 き だ った 小 学 生 の私 は、 ﹁ 川 が 氾 濫 す れば 水 た ま り に ヤ ゴ が 育 って ト ンボ は 幸 せ。 人 と ト ンボ の
幸 せ は 一つに な ん かま と ま ら な い。 す べ て の生 き も の に 優 し い仏 様 な ど あ り え な い﹂ と無 敵 の理 屈 で 応 戦 し 、 優 し い母 を 泣 か せ た も の だ 。
畏 怖 す べき 自 然 のイ メ ー ジ は 、 天 変 地 異 に さ ら さ れ た太 古 の採 集 狩 猟 民 や 、農 耕 社 会 の暮 ら し に
お い て鮮 明 な も の が あ った のだ ろう 。 し か し、 科 学 ・技 術 文 明 の展 開 で 、 神 々 は 色 あ せ た 。 災 害 も
世 俗 化 さ れ 、 いま や お お か た神 々 で は な く 、 行 政 の責 任 と な る。 こ のた び の東 京 の雪 は確 か に畏 怖
も 喚 起 は し た が、 そ のも た ら し た 渋 滞 は 、 も ち ろ ん 道 路 整 備 の不 行 き 届 き や、 チ ェー ンを 携 帯 し な いド ライ バー な ど の責 任 で な け れ ば な ら な い。
人 び と の視 野 の焦 点 は都 市 の人 工 秩 序 に慣 れ切 って、 自 然 は 遠 い思 い出 や 、 わ ず か な愛 玩 生 物 や、
華 道 、 茶 道 、 そ し て遠 隔 地 で の非 日 常 の自 然 享 受 等 々 に収 斂 し て いく のだ ろ う か 。 も ち ろ ん 天 変 地
異 は 消 え て いな い。 現 実 の地 球 は 、 近 年 、 異 常 気 象 の連 続 だ 。 し か し こ れ ら も、 畏 怖 す べき自 然 の
責 任 ば か り で は な い可 能 性 が あ る 。 た と え ば こ れ ら気 象 異 変 の原 因 に、 わ が 産 業 文 明 の吐 き 出 す 莫
大 な 量 の 二酸 化 炭 素 や メタ ン に よ る、 温 暖 化 効 果 が あ る の で は な い か と危 惧 さ れ て い る。 こ れ が 本
当 な ら 、 先 日 の東 京 の大 雪 を 含 め 、 天 変 の背 後 にあ って恐 怖 さ れ る べき も の は、 実 は 私 た ち自 身 の
暴 走 と いう こ と にも な る 。 私 は あ ま り 好 き で は な いが 、 虚 無 で な く 謙 虚 を促 す も のな ら ば 、 そ ん な 形 で新 し いア ニミ ズ ム を自 覚 す る のも 悪 く は な いの か も し れ な い。
産 業 文 明 の自 然 像
︱︱
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産 業 革 命 以 来 の私 た ち の文 明 は 、 科 学 ・技 術 を 推 進 力 と す る 産 業 文 明 で あ る。 そ の産 業 文 明 の 二
十 世 紀 末 の自 然 イ メ ー ジ の基 調 は 、 自 然 科 学 の自 然 像 と考 え る のが 常 識 だ ろ う。
そ のイ メ ー ジ の中 で 、 自 然 は 測 定 し う る さ まざ ま な 可 能 性 の広 が り のよ う な も のだ 。 そ こ に は さ
ま ざ ま な 作 用 ・法 則 のも と に 、 さ ま ざ ま な 物 が存 在 し 、 自 然 は 絶 えざ る 変 化 の過 程 に あ る 。 総 括 的
に い えば 、 科 学 は そ の諸 要 素 を 記 載 ・測 定 、 分 析 し 、 要 素 間 の関 係 を 把 握 す る 作 業 だ 。把 握 さ れ た
要 素 や関 係 の妥 当 性 は、 事 実 と 論 理 の検 証 にさ ら さ れ、 仮 説 、 理 論 、 モデ ルな ど と し て 膨 大 な文 書
に記 録 さ れ て ゆ く 。 そ の膨 大 な 蓄 積 や 、 諸 理 論 の前 線 や 、 周 辺 の妥 当 な 、 あ る いは歪 曲 さ れ た啓 蒙
的 な イ メ ージ な ど が 、 学 校 を 介 し、 書 籍 や、 映 像 を 通 し 、 権 威 あ る も の と し て私 た ち の精 神 空 間 に
位 置 を占 め、 二十 世 紀 末 の自 然 ( 世 界 ) イ メ ー ジ を 強 く 性 格 づ け て いる のだ ろう と 思 わ れ る。 こ の自 然 イ メ ー ジ に は 大 き な特 徴 が いく つ かあ る 。
第 一は、 日 々感 性 的 に把 握 し う る個 人 的 な 世 界 の姿 と し ば し ば 深 く断 絶 す る こ と だ ろう 。 生 き も
の の種 類 や地 理 が 話 題 な ら 科 学 の話 も な じ みや す い。 し か し、 進 化 論 や 生 態 系 、 遺 伝 子 、 分 子 、 素
粒 子 と な り 、 力 学 の基 礎 方 程 式 や 、 エ レク ト ロ ニク ス の諸 理論 、 宇 宙 論 の基 礎 モデ ル と な る と も う
わ け が わ か ら な く な る の が普 通 だ ろう 。自 然 科 学 の自 然 像 の焦 点 は 、 現 象 把 握 の階 層 性 に沿 って 日
常 世 界 を ま す ま す 離 れ 、 抽 象 化 さ れ る傾 向 が あ る。 し かも 、 現 実 の自 然 の予 測 や コ ント ロー ル に は、
そ ん な 抽 象 的 な 理 論 群 が 大 いに威 力 を 発 揮 す る。 ボ ー ル の軌 跡 を 予 測 す る に は た く さ ん のボ ー ルを
知 って い る よ り 運 動 方 程 式 の理 解 が 有 効 だ し 、 生 き も のた ち の基 本 的 な 習 性 を 理 解 す る に は 、 生 き も の た ち と遊 ぶよ り、 進 化 の基 礎 理 論 の 理解 が 有 効 な のだ 。
し かし 、 科 学 ・技 術 の専 門 書 に記 載 さ れ た 理 論 的 な 自 然 像 を 、 現 実 の感 性 的 な 世 界 に つな げ る作
業 は 、 事 実 上 、 専 門 家 た ち の秘 技 に近 い。 そ の秘 技 を 抜 き に、 D N A や 、 素 粒 子 を自 然 の焦 点 と し
て学 校 で習 う 私 た ち は 、 日 々感 性 的 に接 し う る個 人 的 な 自 然 のイ メ ージ と 、 権 威 あ る自 然 像 のま す ま す 深 ま る亀 裂 に さ ら さ れ て いる 。
第 二 の特 徴 は 、 イ メ ー ジ の中 の自 然 が 、 加 工 や操 作 の素 材 に見 え て く る こ と だ 。 私 た ち の産 業 文
明 は 、 物 質 を変 化 さ せ 、 機 械 を 作 り 、 生 物 を 改 造 し 、 大 地 の配 置 を 変 え 、 巨 大 な交 通 ・通 信 シ ス テ
ム や 、 都 市 シ ス テ ム を 作 り 、 宇 宙 進 出 を 企 て る。 そ の到 達 点 を マン ガ的 に極 論 す れ ば 、 世 界 のす べ
て の素 材 ( 資 源 ) 化 と 、 生 産 物 す べ て のリ サイ ク ル (つま り再 素 材 化 ) と で も いう べき だ ろ う か。
も ち ろ ん 太 陽 の操 作 や 、 す べ て の人 び と の遺 伝 子操 作 な ど 、 到 底 不 可 能 な こ と だ か ら 、 素 材 化 さ れ
な い要 素 も無 限 にあ る 。 し か し、 私 た ち の産 業 文 明 のも と で は 、 人 も、 自 然 も、 人 工 物 も、 素 材 化
期 待 のま なざ し を 逃 れ る わ け に ゆ き そ う にな い。 人 も 人 工 物 も す べ て含 ん で自 然 と 呼 ぶ な ら 、 潜 在
( 世 界 イ メ ージ ) は 人 を 異 様 な 主 体 にも す る。 素 材 化 のプ ロセ ス は 、 世 界 の要 素 に く
的 に 、 自 然 は素 材 と同 義 語 で す ら あ る。 こ の自 然 像
ま な く素 材 の名 前 を 付 け て ゆ く 作 業 に相 当 す る 。 や が て 作 業 は、 作 業 者 自 身 の肉 体 や 、 精 神 の内 容
に さ え容 赦 な く拡 大 さ れ 、 残 る の は 、 不 断 に名 前 を 付 け 続 け る 、純 粋 孤 立 の私 だ け と いう こ と にな
る。 いう ま で も な く 、 こ れ は 、 近 代 を 開 いた デ カ ルト の ︿我 ﹀ に近 いの で あ る。
そ ん な ︿我 ﹀ に、 物 質 的 な 欲 望 し か 応 援 団 が な か った ら 、 さ て 文 明 は ど う な る の だ ろ う 。 デ カ ル
ト こ そ地 球 危 機 の元 凶 、科 学 技 術 は 必 然 的 に人 と自 然 の破 壊 を 招 く 、 と いう 類 いの 主 張 に、 私 は 同
調 す る気 が な い。 し か し 、 世 界 の す べ て の素 材 化 を 許 容 ・促 進 す る私 た ち の産 業 文 明 の自 然 把 握 に、
人 と 人 、 人 と自 然 の和 や かな 共 生 の未 来 を自 動 的 に託 そ う と いう の は愚 か であ ろ う 。
シ モー ヌ ・ベイ ユ の言 葉 を 借 り るな ら ﹁科 学 が与 え るも のは 三 つの益 し か な い。 そ の 一は 技 術 的
な応 用 。 そ の 二 は チ ェス の試 合 。 そ の 三 は 神 への道 。 チ ェス の試 合 は コ ン ク ー ルや 賞 金 、 メ ダ ル な
ど によ って面 白 み を添 え ら れ る ﹂。 科 学 そ の も の と産 業 文 明 は別 と いう 正 論 を 、 百 も 承 知 で いう の
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だ が 、 自 然 イ メ ージ の世 俗 化 と素 材 化 を 深 め る科 学 の周 辺 そ のも の か ら 、 そ れ に抗 す る試 み が 必 要 な のだ と、 思 わ れ る 。
一人 一人 の自 然 像 ︱ ︱
類 型 化 さ れ た自 然 像 は、 そ れ 自 体 が 平 均 的 で 抽 象 的 な し ろも のだ 。 畏 怖 す べき 自 然 のイ メ ージ は 、
た し か に私 の 心 の中 に な お 微 か に生 き て いる よ う な 気 が す るし 、 素 材 ︱ 生 産 物 、 あ る い は、 対 象 ︱
コ ント ロー ル のま な ざ し で自 然 に対 す る自 然 科 学 的 な 自 然 像 も 、 や や ぼ け 気 味 で は あ れ 、 な お私 の
中 に根 づ いて い る と思 う 。 し か し 、 現 実 の私 は、 さ ら に別 の焦 点 を も ち 、 別 の価 値 づ け の中 で 自 然
と対 応 し て いる 。 畏 怖 す べき 自 然 のイ メ ー ジ も 、 自 然 科 学 的 な自 然 の イ メ ー ジ も、 私 固 有 の視 野 の 中 に 、 独 自 の色 合 いで収 ま って い るよ う に思 わ れ る 。
私 の心 の中 で 、 自 発 的 な 関 心 の焦 点 (心 の ホ ー ムポ ジ シ ョ ン! ) に位 置 す る こ と の多 い自 然 は、
( 山 野河海)
天 変 地 異 や、 宇 宙 の配 置 や 、 D N A や 、 ア フリ カ のサ バ ン ナ な ど で は な く 、 日 々暮 ら し 、 散 策 す る
多 摩 丘 陵 や、 鶴 見 川 の流 域 や 、 神 奈 川 県 三 浦 半 島 な ど の生 き も のや 、 ラ ンド ス ケ ープ た ち で あ る。
豪 雨 や 地 震 が あ れ ば 、 創 世 記 や 古 事 記 の神 話 を 思 い出 し 、 瞑想 的 な時 間 に は レイ チ ェ ル ・カ ー ソ
ン の海 辺 の イ メ ー ジ を思 い出 し た り す る こ と も あ る。 授 業 や、 研 究 の都 合 のた め には 、 遺 伝 子 頻 度
の公 式 を 思 い出 し た り、 ラ ン ド ス ケ ー プ の 専 門 書 や、 図 鑑 の類 の世 界 に も 入 る。 汚 染 問 題 の 話 題 を
理 解 し よ う と 、 忘 れ た化 学 の知 識 を 参 考 書 で 確 認 し た り す る こ と も あ る 。 し か し、 リ ラ ック スす れ
ば 、 私 の自 然 像 の焦 点 は ま た 足 も と の、 多 摩 丘 陵 や、 通 勤 経 路 で も あ る鶴 見 川 ぞ いや 、 三 浦 半 島 の
自 然 にも ど って し ま う 。 破 壊 を 日常 的 に心 配 し 、 保 全 の工 夫 を す る領 域 、 友 人 や家 族 と 歩 く領 域 も 、
ほ と ん ど こ れ ら の足 も と の生 き も の の賑 わ いや 、 ラ ンド ス ケ ープ ば か り な のだ 。
ど う し て そ う な る の か と い わ れ れ ば 、 差 し 当 た り は 、 そ れ が私 の心 に安 ら ぐ 形 だ か ら 、 と いう ほ
か な い。 世 界 の秘 境 探 検 を 想 像 し ても 、 私 は あ ま り幸 せ でな い。自 然 を 畏怖 す る哲 学 の類 いを 読 ん
でも 、先 端 的 な バイ オ テ ク ノ ロジ ー や 、 東 京 の巨 大 未 来 開 発 の構 想 を 聞 か さ れ て も、 私 は ほ と ん ど
感 動 し な い。 先 日 届 いた N A S A のビ デ オ の宣 伝 には 、 ﹁宇 宙 ホ テ ル の窓 か ら青 い地 球 を 眺 め ら れ る 日 も遠 く な い﹂ とあ り 、 私 は思 わ ず 震 え てし ま った 。
そ の代 わ り 、今 年 も 小 網 代 で ア カ テ ガ ニ の放 仔 に会 お う と想 像 す る と う れ し いし 、 二週 間 後 は 多
摩 丘 陵 の 一角 で 野 外 観 察 会 が あ る と 思 えば ワ ク ワ ク す る。 足 も と の鶴 見 川 が 汚 染 か ら 解 除 さ れ 、 流
域 に生 き も の の賑 わ いを 支 え る た く さ ん の自 然 拠 点 が 保 全 さ れ る と 想 像 す れ ば 大 い にう れ し いし 、
さ ら に流 域 を 単 位 と し た 自 然 重 視 の都 市 計 画 が 全 国 的 に流 行 し 、 子 ど も や 老 人 に も 優 し い都 市 整 備 の き っか け にな れ ば 、 ま す ま す う れ し いと 感 じ る ので あ る。
大 雑 把 な い い か た を す れ ば 、 一人 一人 の自 然 像 は 、 当 人 の興 味 や 、 価 値 の意 識 や 、 個 人 史 の独 自
の経 験 や 、 教 育 や 、 宗 教 や 、 時 代 の文 化 が さ ま ざ ま な 形 で影 響 を 及 ぼ し て、 あ る 内 容 を 備 え て いる
と み て い いだ ろう 。 そ し て そ れ は 、 個 人 の安 らぎ のか た ち や 、 社 会 や仕 事 への適 応 、 あ る い は意 欲
のよ う な も のと も た ぶん 複 雑 に関 連 す る の であ る 。 現 実 に存 在 す る のは 、 そ の よ う な 、 無 限 に多 様
な 一人 一人 の自 然 像 で あ り、 ア ニミズ ム 的 自 然 像 や ら 、 自 然科 学 的 自 然 像 、 ま し て や さ ら に抽 象 的
な あ れ こ れ の ︿自 然 観 ﹀ な ど と いう も の で は な い の であ る 。 当 た り前 の こ と な のだ が、 人 と 自 然 の
関 係 を 考 え る 上 で 、 こ の事 実 こそ 、 いま 肝 に銘 じ て おく べき も の と 、 私 は思 う 。
そ し て 、 こ れ も 乱 暴 を 承 知 で 機 能 主 義 的 に い ってし ま え ば 、 人 と自 然 の関 係 の大 規 模 な 転 換 は 、
時 代 の課 題 に対 応 し や す く、 し か も同 時 に個 人 の心 の安 らぎ を 支 え る よ う な自 然 イ メ ー ジ の卓 越 化
と 、 密 に 関連 す る は ず であ る 。 時 代 の 転 換 に都 合 のよ さ そ う な 自 然 像 を 教 育 や倫 理 で強 制 し ても 、
安 ら ぎ の な い自 然 像 は 、 た ぶ ん 心 に死 蔵 さ れ る 。 逆 に、 ど ん な に個 人 に安 ら ぎ を 与 え る自 然 イ メ ー
ジ で も 、 時 代 の課 題 や 必 要 に対 応 す る構 造 のな いも の な ら 、 こ ち ら は私 蔵 で よ いで は な いか 。 す わ
地 球 危 機 と 、 世 は 環 境 論 議 が 賑 や か だ が 、 ま ず は 私 た ち 一人 一人 が 、 ど ん な 自 然 イ メ ー ジ 、 ど ん な 自 然 交 流 で安 ら ぐ か 、 静 か な自 己 確 認 か ら 始 め る のが よ いよ う に思 う 。
過 日 の大 雪 の翌 日 は 、 日 曜 日 、 晴 れ 。 私 は ナ チ ュラ リ ス ト仲 間 と久 し 振 り の銀 世 界 と な った 地 元
の丘 を 散 策 し 、 オ オ タ カ にあ った 。 タ カ は 下 方 か ら 近 づ く カ ラ スを 牽 制 し な が ら 、 午 後 の太 陽 を 横
切 り 、 悠 々 と 西 の 丘陵 地 に消 え た 。 あ のタ カ の眺 望 す る ほ ど の自 然 を友 だ ち に し て 、 楽 し み 、 世 話
も や いて、 暮 ら し た い。 私 は 、 いま 、 ど う や ら そ ん な 生 き も の であ る ら し い。
◎ ア ブ ラハ ヤ
鶴見川
危 機 の流 域 に春
︱ ︱
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そ ろ そ ろ繁 殖 期 の気 配 に誘 わ れ は じ めた の だ ろ う か 。先 日 、 掃 除 で訪 ね た 水 源 の泉 の下 手 の流 れ
の淵 に、 アブ ラ ハヤ の姿 が増 え た 。 そ の下 手 で 流 れを 縁 ど る梅 の林 は、 薄 桃 色 の花 の帯 。 田 ん ぼ の
あ ぜ は ホト ケ ノ ザ 、 カ キ ド ウ シ、 ヒ メ オ ド リ コソ ウ な ど 、 咲 き競 い、 ヤブ カ ンゾ ウ の芽 生 え の緑 が 、 本 当 にま ぶ し いほ ど だ。
谷 戸 のや ぶ で ウ グ イ ス の初 鳴 き 。 ひ だ ま り には 越 冬 を終 え た キ タ テ ハ、 ア カ タ テ ハ舞 う 。 コナ ラ
の根 元 に シ ュン ラ ン の蕾 あ り 。 谷 戸 の ど ん ず ま り の名 物 の コブ シ の巨 木 は 、 も う て っぺ ん が白 い花 群 に包 ま れ て いた 。 多 摩 丘 陵 ・鶴 見 川 源 流 に、 ま た、 春 が や ってき た。
東 京 都 と神 奈 川 県 を 区 切 る川 は 、 多 摩 川 と いう こ と にな って い る。 山 梨 県 の笠 取 山 に発 し 、 羽 田
空 港 わ き で東 京 湾 に そ そ ぐ 一三〇 キ ロほ ど の 一級 河 川 だ 。 そ の南 に沿 って 八 王 子 の高 尾 山 付 近 か ら
横 浜 市 への び 、 さ ら に三 浦 半 島 の基 部 に いた る五 〇 キ ロほ ど の丘 陵 が多 摩 丘 陵 。 多 摩 川 の南 隣 に あ
って 、 そ の多 摩 丘 陵 を 内 側 か ら刻 む の が、 全 国 一〇 九 本 の 一級 河 川 の中 で も 最 も小 規 模 な グ ルー プ
に属 す る鶴 見 川 で あ る。 東 京 都 町 田 市 の源 流 の泉 か ら横 浜 港 の ベイ ブ リ ッジ 手 前 ま で 、 全 長 四 二 ・
五 キ ロ。 町 田市 、 川 崎 市 、 横 浜 市 にま た が る そ の流 域 は 、 そ っく り 首 都 圏 中 央 の市 街 地 に囲 ま れ 、 文 字 通 り の都 市 河 川 と い って よ い。
見 の京 浜 工 業 地 帯 、 新 幹 線 の止 ま る新 横 浜 、 いま 大 造 成 中 の第 四山 の手 都 市 ・港 北 ニ ュー タ ウ ン、
都 市 河 川 の宿 命 で 、 二 三 五 平 方 キ ロの そ の流 域 は全 面 的 な 市 街 化 に見 舞 わ れ て いる 。 横 浜 市 ・鶴
東 京 近 郊 の ア メ リ カ 西 海 岸 風 文 化 圏 と し て し ば し ば 話 題 にな る多 摩 ・田 園 都 市 の住 宅 域 な ど 、 ど れ
も 鶴 見 川 流 域 に含 ま れ る 。流 域 人 口 、 一七 〇 万 人 。 す で に流 域 面 積 の八 〇 パ ー セ ン ト が 市 街 化 さ れ 、 将 来 は九 五 パ ー セ ント に達 す る見 こ み と いう、 と ん で も な い流 域 だ 。
と こ ろ が 、 そ ん な 数 字 か ら は 意 外 な こと に、 流 域 に は な お素 晴 ら し い自 然 域 も 散 在 し て い る。 私
の暮 ら す 町 田 の源 流 域 に は 一〇 〇 〇 ヘクタ ー ルを 越 す 田園 地 域 が あ り 、 オ オ タ カ も 、 キ ツネ も 、 オ
( 河 川 敷 ) や、 流 れ の縁 に は 、 な お在 来 の植 物
オ ム ラ サ キ や 、 丘 陵 の清 流 を 走 る アブ ラ ハヤ も暮 ら し て い る。 横 浜 市 の中 流 域 の流 れ は 、 広 い田畑 に囲 ま れ、 解 放 的 な 谷 間 を く だ る。 堤 防 や 、 高 水 敷
群 落 も 生 いし げ り 、 キ リ ギ リ ス鳴 く く さ む ら や、 オ ギ 、 ヨ シ、 ガ マ の群 落 も あ る 。 も ち ろ ん 汚 染 や
ゴ ミ 投 棄 も き び し い流 れ で は あ る が、 水 辺 の野 鳥 も 賑 や か で 、 各 種 のカ モ類 、 サ ギ 類 、 カ ワ セ ミ、 そ し て キジ や 、 セ ッカ や 、 オ オ ヨ シ キ リ や 、 ヒ バ リ の暮 ら す 草 原 が あ る 。
今 年 (一九 九 四 年 ) の正 月 、 源 流 の町 田 市 田中 谷 戸 の泉 か ら 、 横 浜 ・生 麦 ( 幕 末 の生 麦 事 件 で知
ら れ る町 ) の河 口 ま で 、 野 鳥 を 調 べ な が ら 降 り た 際 の記 録 によ れば 、出 会 った鳥 は 二日 間 で 四 五 種
一九 七 七 羽 。 一見 、 町 だ ら け な の に、 な お、 生 き も の た ち の賑 わ い に満 ち る 。鶴 見 川 は パラ ド キ シ カ ル な流 域 な の だ 。
し か し 、 そ の鮮 や かな 生 き も の た ち の領 域 に、 いよ いよ 危 機 の季 節 が 近 い。 源 流 の田 園 地 域 は 、
大 東 京 の ベ ッド タ ウ ン で あ る 多 摩 ニ ュー タ ウ ン に隣 接 し て お り、 つい に そ のビ ル群 が分 水 嶺 を越 え
始 め る 。 源 流 市 街 地 の汚 水 き び し く 、 ハグ ロト ンボ も全 滅 し た 。 河 川 環 境 の有 効 利 用 が 注 目 さ れ て、
中 ・下 流 の高 水 敷 に は、 知 ら ぬう ち に スポ ー ツ広 場 が 広 が って いる 。 そ し てな に よ り 治 水 対 策 の枠
組 の も と で、 上 流 の東 京 部 分 を 中 心 に、 河 道 の直 線 化 、 コ ンク リ ー ト 護 岸 の拡 大 強 化 が 急 ピ ッチ で
進 ん で い る。 雑 木 林 は団 地 に な り 、 水 田 は 畑 に、 畑 は 宅 地 に変 わ り 、 流 域 の保 水 力 は 減 るば か り 。
開 発 と 治 水 のイ タ チ ご っこ は や ま ず 、 悲 惨 な 洪 水 の歴 史 を 重 ね てき た鶴 見 川 は、 さ ら に徹 底 的 な 治 水 対 策 を 逃 れ る わ け にも ゆ か な い の で あ る 。
流 域 の ナ チ ュラ リ ス ト た ち は 、 だ か ら いま 、 生 き も の た ち の最 後 の 賑 わ いを 守 る た め にあ り った
け の智 恵 が 必 要 と、 そ ろ そ ろ腹 を 決 め て い る。 い い つの らず 、 穏 や か に、 し か し 手 は抜 か ず 、 生 き
も の の賑 わ う 川 辺 や 雑 木 林 の フ ァ ン も 育 て つ つ、 流 域 の自 然 の危 機 と 付 き 合 う ネ ット ワ ー ク 活 動 が 続 い て いる 。
そ の ネ ット ワ ー ク の小 さ な 集 ま り に出 か け る 暖 か い朝 、 団 地 の調 整 池 の谷 上 の道 で、 キ ュル ル ル
ル と いう 美 し い声 に遭 遇 し た 。 急 ぎ 見 下 ろ す と 、 枯 れ た ガ マ の群 落 の端 の、 池 の中 央 の水 面 に、 カ
イ ツブ リ が 二 羽 、 本 当 に気 持 ち よ さ そ う に泳 い で いた のだ 。 コガ モも 、 マガ モも 、 さ ら に た く さ ん
って いた 。
のカ ルガ モも 、 春 風 に誘 わ れ て池 を 去 り、 いま 池 は 、 す べ て カ イ ツブ リ た ち の カ ップ ル の世 界 にな
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鶴 見 川 流 域 に、 生 き も のた ち の春 、 和 や か に進 め 。
ヨ コハマナ ガ ゴ ミ ム シ ︱ ︱
自 然 の危 機 を め ぐ って 、 に わ か に話 題 の多 く な った鶴 見 川 流 域 に、 一九 九 四 年 一月 、 さ ら に象 徴
的 な 問 題 が持 ち 上 が った 。 地 球 で た だ 一箇 所 、 鶴 見 川 中 流 の岸 辺 にし か生 息 し な い昆 虫 が い て絶 滅 の危 機 にあ る 、 と いう の で あ る。 虫 の名 前 は 、 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ。
ミ ミズ を 食 べる オ サ ム シは 有 名 だ 。 ゴ ミ ム シ は 、 そ のオ サ ム シ の親 戚 筋 。 一∼ 二 セ ンチ サ イ ズ の、
おも に肉 食 性 の甲 虫 類 だ 。 オ サ ム シ と おな じ よ う に地 上 を 俳 徊 す る も の が多 く 、 草 原 や 、 水 辺 の 湿
地 、 そ れ に町 の空 き 地 の 石 の下 な ど にも た く さ ん 暮 ら し て い る。 甲 虫 類 の な か で も 特 に種 類 の多 い
グ ル ープ で、 鶴 見 川 流 域 だ け でも 、 す で に 一四 〇 種 ほ ど の生 息 が知 ら れ て いる のだ そ う だ 。
川 辺 の葦 原 に暮 ら す 二 セ ンチ 台 の大 型 種 で、 地 球 で た だ 一箇 所 、 鶴 見 川 中 流 域 の特 定 区 間 、 約 八〇
ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ も そ の 一つ。 危 機 を 訴 え た 昆 虫 研 究 者 、 田 尾 美 野 留 氏 ら の資 料 によ る と、
〇 メ ー ト ル に生 き残 る危 機 の種 類 で あ る 。 生 息 地 の川 辺 を破 壊 す れ ば 、 ヨ コ ハマナ ガ ゴ ミ ム シ は、
種 と し て地 球 から 消 滅 し 、 日本 で は 初 の地 上 性 昆 虫 の絶 滅 例 にな って し ま う 。 ア ピ ー ル文 の 一つに
よ れ ば 、 そ れ は ﹁日本 国 民 と し て 恥 ず か し い こ と で す ⋮ ⋮ (生息 地 の ) 八 〇 〇 メ ー ト ル は 、 現 状 の ま ま 手 つか ず で残 し て ほし い﹂。
問 題 の 区 間 は、 鶴 見 川 中 流 域 で 最 も 川 辺 の美 し い領 域 だ った 。 両 側 に は広 い田 畑 が あ った 。 堤 防
の側 面 は緑 に お お わ れ 、 夏 は キ リ ギ リ ス鳴 き、 オ オ ヨ シ キ リ の さ えず り が 響 き わ た る。 五 月 にな る
と 大 き な 堰 が せ り あ が り、 周 囲 の 田 に水 が 入 る 。 そ の水 を引 く 水 路 に、 フ ナ や ナ マズ が のぼ って き た 。 し か し 、 いま そ の光 景 は 激 し い変 化 の ま った だ な か だ 。
農 地 は 急 速 に埋 め 立 て が進 ん で いる 。 今 年 も 堰 は上 が り 、 フ ナ も のぼ って く る はず だ が 、 水 の行
き 先 の田 ん ぼ が、 も う 全 滅 に近 い。 堤 防 は コ ン クリ ー ト 改 修 が 進 み 、 キ リギ リ ス の草 原 は 急 速 に 狭
め ら れ つ つあ る 。 ア シ の群 落 に お お わ れ て いた 水 辺 の 湿 地 帯 に は、 し き り に 作 業 車 が 入 り 、 地 形 改
変 が続 く 。 そ し て 、 そ ん な 川 辺 の隣 接 域 に は 、 す で に素 晴 ら し く展 望 の よ い高 層 ホ テ ルや 、 巨 大 な
業 務 ビ ル が林 立 し 、 横 浜 市 の新 し い中 心 域 と な り つ つあ る 。 有 名 な イ ベ ント ホ ー ル横 浜 ア リ ー ナ が あ り 、 新 幹線 も 止 ま る、 新 横 浜 で あ る。
鶴 見 川 中 流 域 か ら、 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ の暮 ら す よ う な 川 辺 湿 地 が急 速 に消 滅 し て いる のは 、
お も に治 水 関 連 の 工事 のた め だ。 鶴 見 川 の洪 水 は恐 ろ し い。 下 流 域 の町 で 浸 水 体 験 のあ る私 は 、 そ
の怖 さ を あ り あ り と思 いだ す こ と が で き る 。 安 全 な 川 の実 現 は 流 域 低 地 の市 民 た ち の強 い願 いで あ
り 、 そ れ が、 土 の堤 防 を 頑 強 な コ ン ク リ ー ト 護 岸 にし 、 葦 原 を 消 滅 さ せ 、 丘 陵 の各 所 や 、 大 団 地 に
荒 れ 果 てた コ ンク リ ート プ ー ル の よ う な 調 整 池
( 遊 水 地 と も い う ) を 作 ら せ て い る 一因 な のだ 。 も
ち ろ ん 、 て いね いな 工 事 な ら 葦 原 保 全 も 可 能 だ 。 洪 水 を押 さ え る に は 、 そ も そ も 市 街 化 を 抑 制 し て 、
森 や 田 畑 を 大 規 模 に残 し 、 川 に過 剰 な 負 担 を か け な いの が 正 道 であ る 。 し か し 、 行 政 に お い ても 、
市 民 にお い て も、 バブ ル期 待 の実 利 計 算 は、 て いね い な自 然 対 策 、 贅 沢 な 自 然 保 全 を 、 な お とう て い納 得 し て は いな い の であ る 。
( 八〇 ヘク タ ー ル規 模 ) の調 整
し か も 問 題 の 八〇〇 メ ー ト ル に は、 さ ら に個 別 の事 情 が か ら ん で いる 。 埋 め立 て の進 む新 横 浜 脇 の広 大 な農 地 は、 豪 雨 時 の突 発 的 な増 水 を 回 避 す るた め、 流 域 最 大
池 ( 遊 水 地 ) に変 身 す る こ と にな って おり 、 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ の暮 ら す 堤 防 部 分 は そ の調 整 池
に本 流 の水 を 越 流 さ せ る、 頑 強 な コ ンク リ ー ト堤 防 ( 越 流 堤 ) の予 定 地 な の だ 。 川 辺 八〇〇 メ ー ト
ル の保 全 は 、 そ の 巨大 調 整 池 の整 備 計 画 に改 変 を迫 るも の と な る可 能 性 さ え あ る わ け だ 。
治 水 か自 然 保 護 か 。 人 の生 命 ・財 産 と 、 虫 の い のち の ど ち ら が 大 事 か 。 あ わ て て し ま えば 、 セ ン
セー シ ョナ リ ズ ム の た め の、 絶 好 の テ ー マ にな って し ま いそ う だ 。 私 の期 待 を いえ ば 、 セ ン セー シ
ョナ リズ ム は 、 避 け て ほ し い。生 物 多 様 性 条 約 の発 行 さ れ た私 た ち の時 代 は、 種 の絶 滅 に、 場 合 に
よ って は国 際 的 な 倫 理 的 な 反 応 が あ り う る 時 代 で あ る 。 絶 滅 例 は いく ら で も あ る 、 た か がゴ ミ ム シ、
と いう 類 い の乱 暴 な対 応 は、 も う 終 わ り にな って い い時 代 な のだ 。 そ し て 一方 、 治 水 への実 利 的 な
関 心 の強 烈 さ を 軽 々 にあ つか う倫 理 主 義 も 避 け た いも のだ 。 声 高 な 倫 理 と根 深 い実 利 が 対 話 不 能 に
な る た び に、 地 域 で も 、 国 で も、 世 界 で も 、 ま こ と に愚 か な事 態 が 生 じ る と 、 二十 世 紀 末 の私 た ち
は 、 も う いや と いう ほ ど 知 って いる 。
幸 いな こ と に、 私 の み る かぎ り 、 鶴 見 川 流 域 の行 政 も 、 市 民 も 、 研 究 者 た ちも そ こそ こ に冷 静 だ 。
ま ず は 不 要 不 急 の川 辺 の自 然 の破 壊 を 抑 制 し よ う 。 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ の生 息 に関 し 、 全 流 域 で、
て いね いか つ徹 底 的 な 調 査 を す す め よ う。 越 流 堤 の 現 計 画 も 、 絶 対 化 す る 必 要 は な い。 そ ん な 構 え
の共 有 さ れ る 先 に、 生 き も の た ち の賑 わ う 、 ヨ コ ハマナ ガゴ ミ ム シ の未 来 の水 辺 が あ る と私 は 思 う のだ 。
と こ ろ で 、 早 口 で いう と、 よ く ま ち が え る の だ が 、 問 題 の虫 は ナ マゴ ミム シ にあ ら ず 、 ナ ・ガ ・ ゴ ミ ム シ、 で あ る。
オオタカも危機 ?︱ ︱12
絶 滅 の話 題 が注 目 さ れ る のは 、 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ だ け で は な い。 都 市 河 川 の見 本 のよ う な 鶴
見 川 の流 域 だ が、 大 き な話 題 にな る動 物 が 、 少 な く と も も う 一種 は い る。 水 辺 で はな く 、 空 を 行 く 鳥 、 オ オ タ カ で あ る。
明 る い灰 色 に黒 い縞 の鮮 や かな オ オ タ カ は、 鶴 見 川 源 流 部 で は、 秋 か ら春 に か け て か な り 頻 繁 に
目 撃 で き る。 先 日 も 、 春 の生 き も の調 査 で最 源 流 の谷 に入 り 、 敏 捷 な 飛 翔 を ビ デ オ テ ープ に収 録 し
た。 そ の数 日 前 に は友 人 が 、 別 の 谷 で 飛 翔 す る 二羽 を 目 撃 し て いる の で、 繁 殖 活 動 が 始 ま って い る
のだ ろ う か。 尾 根 を めぐ り、 谷 戸 を た ど り 、 ツ グ ミ を 追 い、 シ ラ サ ギ を 襲 い、 カ ラ ス の群 れ と争 い
( 景 観 、 山 野 河 海 ) であ る 。 鶴 見 川 の水 系 は、
な が ら 、 オ オ タ カ た ち は な お 元 気 に鶴 見 川 流 域 に暮 ら し て い る。 河 川 流 域 は、 全 体 が 一つ の大 き な ラ ンド ス ケ ープ
多 摩 丘 陵 に支 流 を わ け 、 小 流 域 が ジ グ ソー パズ ル のよ う に 美 し く 配 列 し て、 ひ と ま と ま り の流 域 を
構 成 し て いた 。 す で に そ の多 く は団 地 造 成 等 で 地 形 改 変 さ れ 、 原 形 を 失 った が 、 大 規 模 開 発 を 免 れ
( 谷 戸 ) が 七 本 あ り 、 そ の周 囲
てき た 源 流 部 に は 、 小 流 域 (谷 戸 ) の自 然 の配 列 が ま だ明 瞭 に残 さ れ て い て 、 田 園 地 域 に多 摩 丘 陵 本 来 の自 然 が 息 づ い て いる。 町 田 市 の鶴 見 川 最 源 流 に は そ ん な 流 域
三 百 ヘク タ ー ルほ ど の丘 陵 が 、 ど う や ら オ オ タ カ の行 動 圏 に収 ま って い る。
オ オ タ カ は、 日 本 各 地 や国 外 に も生 息 し 、 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ のよ う に鶴 見 川 流 域 が地 球 最 後
の生 息 地 と いう わ け で は な い。 し か し 国内 で は 、 おそ ら く密 猟 な ど と も 関 連 し て 減 少 が危 惧 さ れ て
おり 、 平 成 五 年 春 に施 行 さ れ た ﹁絶 滅 の お そ れ のあ る野 生 動植 物 の種 の保 存 に 関 す る法 律 ﹂ で は、
国 内 希 少 野 生 動 植 物 種 の指 定 を 受 け た 。 ︿地 球 的 絶 滅 ﹀ が 心 配 さ れ て い る ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ で
な く 、 オ オ タ カ の ほ う が 法 律 的 にあ つく 心 配 さ れ る の は、 種 レ ベ ル の公 正 さ を欠 く と いう意 見 も あ
ろう が、 と も あ れ 法 律 的 に危 機 を 心 配 さ れ る動 物 と な った オ オ タ カ の生 存 は、 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム
シと 同 様 に、 あ る いは そ れ以 上 に、 開 発 計 画 を 強 く 牽 制 す る 可 能 性 が あ る の で あ る 。
と こ ろ で 、 ヨ コ ハ マナ ガゴ ミ ム シ の危 機 も 、 源流 の オ オ タ カ た ち の危 機 も 、 私 た ち の都 市 の文 化
が 地 球 (あ る いは自 然 ) と都 市 の関 係 を ど の よ う に見 て いる の か、 そ の現 実 を端 的 に象 徴 す るも の
と解 釈 す る こ と が で き る。
そ も そ も 、 ︿川 辺 の葦 原 は あ り が た いも の であ り 、 河 川 改 修 にあ た って は不 要 な 破 壊 を極 力 避 け 、
水 系 に散 在 さ せ て お こう ﹀、 ︿都 市 河 川 も 最 源 流 く ら いは 森 や 清 流 を 大 規 模 に守 り、 全 面 的 な 市 街
化 は避 け て お こ う ﹀、 そ ん な 姿勢 が、 都 市 を 作 る も の た ち や 都 市 の 市 民 に、 つま り 私 た ち の都 市 文
化 の常 識 にご く 当 然 の よ う に共 有 さ れ て いた って よ か った の で あ る 。 こ の場 合 、 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ
ム シも オ オ タ カ も 、 危 機 の主 役 には 、 な れ な か った可 能 性 が高 い。 と こ ろ が 現 実 の私 た ち は 、 ヨ シ
キ リ の さ えず る 葦 原 が あ ろう が、 オ オ カ タ の飛 ぶ源 流 が あ ろ う が 、 事 実 上 は あ って も 見 えず 。自 然
のラ ン ド ス ケ ープ も 、 湿 原 や 森 も 、 都 市 を 作 る用 地 や 素 材 一般 の中 に放 り こん で、 文 字 通 り近 代 的
に眺 め て し ま って いる 。 山 野 河 海 に生 き も のた ち の賑 わ い暮 ら す 地 球 、 そ の表 面 の 一角 に人 間 の領
域 で あ る都 市 を 作 る 、 と いう イ メ ージ で は な く 、 地 球 を 素 材 に、 いや宇 宙 ま で素 材 にし て都 市 を 驀 進 さ せ る 、 い つし か そ ん な イ メ ー ジ に な ってし ま って いる ので あ る。
つま り 、都 市 と地 球 の関 係 に関 す る イ メ ー ジ 、 あ る いは感 性 的 な 把 握 のよ う な も の が問 題 な の だ。
山 野 河 海 に生 き も の た ち の賑 わ い の広 が る 地 球 を ︿ 地 ﹀ と し て都 市 を 見 る 視 野 が 一方 にあ り 、 他 方
に は、 都 市 を 主 体 と し 地 球 を 素 材 の山 と 見 る視 野 が あ り、 ど う や ら後 者 の視 野 が 、 私 た ち の日 常 世
界 を 確 実 に牛 耳 って い る。 地 球 最 後 の ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シや 、 カ ラ スと 闘 う オ オ タ カ の登 場 は、
二 つの視 野 の、 断 末 魔 の交 流 を 象 徴 し は じ め て い る の か も し れ な いと 思 う の で あ る 。 少 な く とも 、 鶴 見 川 流 域 で は、 そ う な のだ 。
源 流 を 飛 翔 す る オ オ タ カ か ら 見 れば 、 多 摩 ニ ュー タ ウ ンも 町 田 の大 市 街 地 も 、 多 摩 丘 陵 のう ね り
で 関 東 山 地 に つな が り 、 鶴 見 川 の流 れ で 東 京 湾 に つな が って い る。 山 野 河 海 に生 き も の の賑 わ う 地
球 が ︿地 ﹀ であ る こ と は、 自 明 、 当 然 、 な ん の疑 問 も な い こと だ ろ う 。 ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シも 、
オ オ タ カ も 元 気 な う ち に、 首 都 圏 中 央 ・多 摩 丘 陵 を 刻 む鶴 見川 流 域 で、 断 末魔 の視 野 転 換 を 、 実 現 し た い。
◎ コクワガタ
ナ チ ュラ リ スト
ナ チ ュラ リ ス ト の 一日︱︱13
私 の自 然 イ メ ー ジ の中 には 、 畏 怖 や 恐 怖 の対 象 も た く さ ん あ る 。 豪 雨 は怖 い。 地 震 も 嫌 だ 。 ス ズ メ バ チ の襲 撃 も 恐 ろ し か った 。
も ち ろ んあ り が た く 利 用 さ せ て いた だく ︿ 資 源 ﹀ も多 い。 新 鮮 な 刺 身 は炊 き た て の米 と 同 様 に美
味 し い。 フ キ や ヨ モギ を 摘 ん で食 卓 も 飾 る し 、 そ の気 にな れば ハゼ を 釣 って て ん ぷ ら にす る のも 下
手 で は な い。 卵 も 食 べる 。 肉 も食 べ る。 研 究 のた め に魚 や カ ニを多 く 犠 牲 にし た こ と も あ る 。 日 々
の暮 ら し が大 地 の膨 大 な 資 源 の消 費 に依 拠 す る こ と は よ く 承 知 し て いる つも り だ し 、 わ が 一家 は 、
多 摩 丘 陵 の す て きな 谷 を 埋 め立 て た 、 人 工 大 地 の上 にあ る の だ と いう こ と も わ か って い る。
し か し そ ん な 対 応 と 同 時 に、 地 球 に続 く わ が大 地 に は、 美 し いも の、 不 思 議 な も の、 素 晴 ら し い
も の が、 い つだ って充 満 し て いる と感 じ 、 確 信 し て い る私 も い る。 美 し さ に感 心 し な が ら魚 を 釣 り、
てん ぷ ら や 標 本 に す る こ と も あ る の だ か ら 、 素 晴 ら し さ に感 動 す る こ と と 対 象 を素 材 化 す る こ と が、
つね に背 反 す る わ け で は な いら し い。 し か し 実 利 的 な 関 心 と、 美 し いも の、 不 思 議 な も の、 素 晴 ら
し いも の へ の期 待 に は 、 明 ら か に別 の次 元 が 存 在 す る 。 後 者 の次 元 に集 中 し て自 然 と つきあ う と き 、 人 は 実 利 と少 し 距 離 を お い て自 然 を 評 価 し て い る の だ と 思 わ れ る 。
毎 月 少 な く と も 一日 は 、 親 し いナ チ ュラ リ スト 仲 間 た ち と地 元 の野 辺 を め ぐ る の が 、 数 年 来 の私
のき ま り であ る 。 大 人 や 子 ど も の自 然 好 き が集 ま って 、午 前 中 に水 源 の小 さ な 泉 を 清 掃 し 、 午 後 か
ら は のん び り 野 辺 を 散 策 す る。 先 日 の そ ん な休 日 の午 後 の こ と 。 谷 の小 道 のひ と 休 み の時 間 に、 同
行 の子ども が ﹁ 変 な も の 、 見 つけ た ﹂ と い って、 根 の生 え た小 さ な タ ケ ト ンボ の よ う な も の を私 の 手 の 甲 に の せ た の であ る 。
日 にか ざ す と 、 根 と見 え た の は 三 ミ リ ほ ど の明 灰 色 のク モだ った 。 ク モ は 、 あ め色 の小 さ な ハチ
の お 尻 を し っか り く わ え 、 脚 を 広 げ て踏 ん ば って いた のだ 。 ハチ は ま だ 元 気 で 直 立 し、 ぴ ん と翅 を
張 って い る。 そ れ が タ ケ ト ンボ の よ う に見 え た のだ 。 子 ど も た ち のあ いだ で 、 捕 ま って い る の は ハ
チ か 羽 ア リ か と 、 論 争 が始 ま った。 そ の と き急 に強 い風 が 吹 いた。 手 の甲 の 小 さ な タ ケ ト ンボ は 、
サ ッと風 に さ ら わ れ 、 ア ー ッと いう 子 ど も た ち の声 の中 、 ヤ エザ ク ラ の花 び ら の舞 い散 る 春 の空 に
消 え て し ま った 。 そ の日 、 谷 の奥 の雑 木 林 の斜 面 に は、 ヤ マ エ ンゴ サ ク の消 え い る よう な 青 い花 が
満 開 で 、 脇 に は競 いあ う よ う に ヤ マ ルリ ソ ウ の群 落 も あ り 、 い つも の年 と お な じ よ う に 、 イ チ リ ン ソ ウ も咲 き 始 め て いた 。
あ の蜘 蛛 も 蜂 も 、 私 は名 前 が わ か ら な い。 し か し あ の美 し く 、 壊 れ てし ま いそ う な 午 後 の光 景 を 、
た ぶ ん 私 の心 は 忘 れず に い て、 繰 り 返 し繰 り返 し 思 いだ し 、 感 動 の種 に す る は ず な のだ 。 な ぜ そ う
思 う か と いえ ば 、 私 のナ チ ュラ リ スト 暮 ら し の心 に は 、 そ ん な前 例 がす で にた く さ ん つま って い て、 不 思 議 な 感 動 と と も に、 何 度 も甦 って く る から であ る 。
そ ん な 光 景 の舞 台 は 、 お お む ね 身 近 な 野 辺 や 、 水 辺 や 、 町 で あ る。 魚 や 、 カ ニや 、 虫 や、 鳥 や 、
さ ま ざ ま な植 物 な ど、 主 役 は ほ と ん ど生 き も の た ち だ 。 私 の 心 に は、 幸 か 不 幸 か 、 人 工 物 や 、宇 宙
の星 の世 界 で な く 、 生 き も の の世 界 に感 動 す る仕 か け が 、 ど う や ら 頑 固 に組 み立 て ら れ て し ま った
ら し い。 私 の心 に は 、 不 思 議 な感 動 の 源泉 とし て の自 然 、 と いう イ メ ー ジ が 鮮 明 にあ り 、 し か も そ の自 然 の領 域 は、 強 く 生 き も のた ち に偏 って いる 。
星 や、 岩 石 の好 き な 人 、 大 き な 山 河 を め ぐ る人 、 野 辺 の散 策 こ そ好 き な 人 。 ナ チ ュラ リ ス ト 仲 間
の好 み の別 は多 様 で あ る。 私 は 、 生 ま れ 、 生 き 、 大 地 に帰 って ゆく 生 き も の た ち が 好 き だ 。 生 き も
の の賑 わ い の不 思 議 な ド ラ マ に引 か れ る か ら、 そ の賑 わ いを の せ る 山 野 河 海 が好 き だ 。 そ ん な 山 野
河 海 を支 え る か ら 、 そ の向 こう に広 が る地 球 を 、 美 し く、 不 思 議 で 、 ま こ と に す て きな 星 だ と思 い、 大 切 にし た い。
ナ チ ュラ リ ス ト 仲 間 と 野 辺 を ゆ け ば 、 山 野 河 海 や 生 き も の の賑 わ い に、 同 じ ま ざ し を向 け る他 者
が いる と 分 か り も す る。 も ち ろ ん そ れ も 、 ま た 深 い安 らぎ で あ る 。 ﹁地 球 の美 し さ と神 秘 の た だ な
か に 住 ま う 人 は 、 科 学 者 で あ ろう と な か ろ う と 、 人 生 に飽 き 、 孤 独 に苛 ま れ る こ と は な いだ ろ う ﹂ (レイ チ ェル ・カ ー ソ ン )。
︱
14
カ ー ソ ンほ ど 確 信 に み ち て 言 い切 れ る 日 ば か り で は な い のだ が、 私 の心 も 、 た ぶ ん似 た意 見 な の だ と 、 思 わ れ る。
思い出 ︱
畏 怖 す べき 自 然 。 素 材 ・資 源 と し て の自 然 。 不 思 議 な 感 動 の源 泉 と し て の自 然 。 そ ん な ふ う に図
式 的 に自 然 イ メ ージ を対 象 化 し て 、 大 き な う そ は な い の か と少 し 心 配 にな る。 し か し 始 め て し ま っ た こ と だ か ら 、 こ こ は自 己 解 釈 を 、 も う 一歩 す す め る ほ か な いだ ろう 。
こ の世 に生 き て いる と は っき り自 覚 し た こ ろ、 私 は 横 浜 の京 浜 工 業 地 帯 の鋳 物 工場 の中 に住 ん で
いた 。 そ こ は 特 異 な 世 界 だ った。 夜 は番 犬 と 闇 と、 私 の家 族 だ け にな る 。 昼 間 は仕 事 の騒 音 と 人 の
動 き で子 ど も の場 所 は ま った く な い。 小 さ な 弟 ・妹 が いた の で家 の中 に も 場 所 は な く 、 だ か ら私 は
外 で遊 ん だ。 し かし 外 に 、 広 場 や 公 園 があ った わ け で は な い。 別 の工 場 に続 く 道 と、 敷 居 の高 い社 宅 街 と 、 空 襲 あ と の残 骸 を つん だ小 さ な 荒 れ地 が あ る ば か り だ った 。
そ の荒 れ地 で 、 私 は生 き も の た ち に会 った 。 ダ ンゴ ム シ、 ヤ ス デ 、 ハサ ミ ム シ、 そ し てな ぜ か ミ
イ デ ラ ゴ ミ ム シ が い た。 赤 い ハサ ミ の ハサ ミ ム シや 、 お な ら を 鳴 ら す ミ イデ ラ ゴ ミ ム シ (ヘヒ リ ム
シ) は特 にす て き な 友 だ ち で あ り 、妹 の粉 ミ ルク の空 き缶 にた く さ ん 詰 め て持 ち 帰 り、 虫 た ち に は
ま こ と に迷 惑 だ った が、 宝 も の の よ う に、 親 友 の よう に、 大 切 に し た 。 きび し く し か ら れ た 記 憶 は
な い。 小 さな 息 子 の不 可 避 の友 だ ち と 、 親 た ち は あ き ら め て い た のだ ろう か 。
あ の頃 の生 き も の と の付 き 合 いを 、 私 の記 憶 は、 繰 り 返 し 繰 り返 し 反 芻 し て い る。 通 勤 の電 車 の
中 で 、 つ いう と う と し て 、 大 昔 の ハサ ミ ム シを 想 って いた り し て、 ギ ョ ツと す る こ と も あ った。 そ
ん な 反 芻 作 業 の過 程 で 、 あ る意 味 づ け が鮮 明 にな る。 あ の虫 た ち は 、 私 の心 を こ の世 に つな ぐ、 友
だ ち みた いな も の だ った と 思 う のだ 。 人 が 、 心 こ わ れ ず 、 生 き 延 び る に は 、 き っと親 し いも のが身
近 にあ り 、 そ れ と 心 を 通 わ せ て暮 ら す 必 要 が あ る の で あ ろう 。 工 場 住 ま い の私 に は ゴ ミ ム シ や ハサ
ミ ム シ が、 神 話 的 な友 だ ち に な ってし ま った 。 し か し 、 玩 具 が た く さ ん あ った ら、 す て きな 公 園 が
あ った ら、 お も し ろ く遊 ん で く れ る友 だ ち や 大 人 が いた ら 、 いま 私 は ナ チ ュラ リ ス ト な ど と自 覚 せ ず 、 ま った く 別 の自 然 像 に安 ら い で、 生 き て いた のか も し れ な いと 思 う 。
不 思 議 な も の で、 大 好 き だ った ハサ ミ ム シや ゴ ミ ム シも 、 思 春 期 の頃 か ら 遠 く な り 、 実 物 への執
着 は な く な った。 し か し 、 純 化 さ れ た意 識 の中 で は 、 彼 ら の存 在 が な お 圧 倒 的 な重 みを も ち 、 私 の
自 然 イ メ ー ジ の中 心 に君 臨 す る 。 いま は魚 や カ ニや 、 ク ワ ガ タ ム シ のほ う が す て き な 友 だ ち で 、 ヘ
ヒリ ム シ を 探 し に 出 かけ る こ と は な い。 し か し魂 を 救 って く れ た 友 だ ち た ち へ の恩 義 は ま す ま す 深 く 、 聖 化 さ れ つ つあ る (? )、 と も 感 じ ら れ てし ま う の であ る 。
こ ん な 体 験 は、 特 殊 な 個 人 史 に属 す る こ と で あ り 、 同 様 の歴 史 を も つ人 び と は ご く 少 数 で あ る の
かも し れ な い。世 の人 び と の自 然 へ の対 応 を 見 て 、 た ぶ ん そ う な のだ ろう と判 断 で き る 。 し か し 、
こ こ数 年 、 地 球 環 境 危 機 を意 識 し な が ら 人 と自 然 の出 会 いや 交 流 の問 題 を や や 真 剣 に考 え 始 め、 心
を 支 え る神 話 的 な 友 だ ち と し て の生 き も の、 と いう よ う な 視 点 にも ま じ め に検 討 す べ き価 値 あ り と、 思 う よう にな った の で あ る。
た と え ば あ な た が 、 宇 宙 船 に 一人 で放 り こ ま れ 、 あ て の な い宇 宙 の旅 に送 り出 さ れ た と想 像 し て
ほ し い。 食 料 を 自 給 す る シ ス テ ム はあ る 。 テ レビ画 面 を 通 し て ど こ か ら か にぎ や か な シ ョウ の映 像
な ど も 送 ら れ てく る 。 し かし 周 囲 は暗 黒 の宇 宙 。 あ な た は 一人 だ 。 そ ん な と き、 宇 宙 船 にゴ キ ブ リ
が 一匹 ま ぎ れ こん で いる の が見 つ か った ら ど う す る だ ろう 。 即 座 に叩 き つ ぶす か 。 叩 かず 、 や が て
同 じ 運 命 の友 だ ち と し て 、 同 居 を 望 む よ う にな る の だ ろう か。 ゴ キブ リ で な く 、 子 ネ コな ら ど う か、
いや ハブ や、 マ ム シ だ った ら ど う だ ろう か 。 私 の経 験 を 、 や や 一般 化 す る と 、 実 は こん な 問 題 な の
だ と 、 わ か ってき た。 回 答 を 秩 序 だ て る準 備 は ま だ な いが 、 た ぶん か な り の人 は そ のと き、 少 な く
と も ︿ゴ キブ リ ﹀ く ら いま で は友 だ ち と し 、 先 立 た れ れ ば 大 切 に宇 宙 船 にま つる こ と にな る のか も し れ な い。
静 か に考 え て み れば 、 近 代 的 な自 我 を 育 て てし ま った 私 た ち の文 明 は、 も し 心 や体 が 、 親 し い友
人 た ち や 、 思 い出 に確 実 に つな が って いな け れ ば 、 だ れ し も 宇 宙 船 で 一人 宇 宙 を 行 く よ う な 危 機 の
世 界 な の かも し れ な いと 思 う 。 宇 宙 船 に は、 ぜ ひ友 だ ち が ほし い。 人 が いな け れ ば ダ ンゴ ム シ や ゴ
キブ リ が 神 聖 な友 人 に な り う る。 そ ん な 危 機 の中 で生 き も のた ち は 、 人 工物 で は 代 替 で き な い特 別 の存 在 の意 味 を、 発 揮 す る と 、 私 は思 う 。
生 き も のた ち は 、 畏 怖 や 、 素 材 や、 審 美 ・神 秘 の源 泉 で あ るば か り で は な い。 存 在 の危 機 にあ っ
て は、 人 の心 を支 え る根 源 的 に親 し いも の と も感 受 さ れ う る。 生 き も の の賑 わ う 自 然 は、 安 ら ぎ や、
治 癒 の源 泉 で も あ り う る 。 地 球 環 境 危 機 の時 代 は 、 そ ん な 次 元 を、 や が て多 く の人 び と が 理 解 し は じ め る こ と に な る 時 代 で あ る よう な気 も す る の であ る。
も うひとつの常識 ︱ ︱15
心 の描 く世 界 の構 図 の中 に、 な にが ど ん な ふう に配 置 さ れ て い る か、 目 を 閉 じ 、 静 か に調 べて み
て ほ し い。 会 社 や 、 友 人 ・家 族 た ち 、 学 校 や 、 さ まざ ま な 人 の組 織 は、 や は り大 いな る存 在 感 で 君
臨 し て いる に ち が いな い。 故 郷 の山 や川 は 無 事 だ ろ う か。 通 勤 途 中 で見 慣 れ て いる は ず の公 園 や 、
雑 木 林 や 、 丘 陵 や、 水 系 や、 町 並 み は、 ど ん な 鮮 や か さ で配 置 さ れ て い るだ ろ う 。 生 き も の た ち も
ョウ や、 春 の野 の花 々た ち に 、 ち ゃん と 場 所 は あ り ま し た か 。
無 事 で す か 。 昔 あ そ ん だ ザ リ ガ ニや ク ワガ タ ム シ や 、 家 のポ チ や 、 先 日 雑 木 林 で 会 った す て き な チ
心 のな か は、 わ が 心 さ え実 は 見 渡 し が た く、 ま し て人 び と の心 の中 に自 然 が ど ん な 形 で住 み着 き、
そ し て ど ん な ま な ざ し で 日 々 遇 さ れ て い る の か 、 判 定 す る の は むず か し い。 し か し 、 日 々 の暮 ら し に付 き合 え ば 、 大 ま か な配 置 はわ か ってし ま う も の か も し れ な い。
た と え ば 多 く の休 日 を 共有 す る友 人 た ち の 心 の中 に は 、 鶴 見 川 流 域 二 三五 平 方 キ ロの 流 域 地 図 や 、
緑 一面 の小 網 代 の谷 や、 関東 山 地 か ら 太 平 洋 に いた る多 摩 ・三 浦 丘 陵 群 の広 が り や 、 オ オ タ カ飛 ぶ
鶴 見 川 源 流 域 の ラ ンド ス ケ ープ が 、 鮮 や か に、 ど っし り と 住 み着 いて い る に決 ま って いる 。 真 夏 の
大 潮 の晩 に浜 辺 に 降 り る ア カ テガ ニ の母 親 た ち や 、 かな た の山 地 に大 き な 日 の 沈 む 鶴 見 川中 流 の夕
暮 れ の葦 原 の光 景 や 、 川 辺 の冬 の カ モた ち の賑 わ いや 、 ト ンボ 飛 び チ ョウ舞 う 源 流 の谷 の生 き も の
た ち の賑 わ いも 、 生 き 生 き と 住 み着 い て い る に違 いな い。 な ぜ な ら、 友 人 た ち は み ん な ナ チ ュラ リ
スト 仲 間 で 、 い く ど も い く ど も 、 倦 ま ず 同 じ 大 地 を 歩 き、 共 に生 き も のた ち の 賑 わ いを 楽 し み、 そ し て守 る 工 夫 に多 く の時 間 を 割 き あ って い る か ら で あ る。
こん な こと を 思 う た び に、 私 は 、 山 野 河 海 や 生 き も の の賑 わ いを 映 す 人 の心 の多 様 さ に、 本 当 に
圧倒 さ れ る思 い に な る 。 同 じ 自 然 に囲 ま れ な が ら、 そ の自 然 の賑 わ いを鮮 や か に宿 す 心 あ り 、 そ し
て宿 さ ぬ心 も あ り 。 町 の 一角 に さ え 、 生 き も の の賑 わ い に み ち た 聖 地 を 見 る心 が あ り 、 ま た 、 世 界
の自 然 の秘 境 を 訪 ね な が ら 、 土 産 し か刻 ま な い心 も あ る の で あ る 。 私 は 、 生 きも の の賑 わ いと 、 そ
の賑 わ い を支 え る山 野 河 海 を 、 心 い っぱ い に生 か す ナ チ ュラ リ スト た ち の流 儀 が好 き で あ る 。 心 の
中 のそ ん な賑 わ い と相 談 し な が ら 、 日 々足 も と の自 然 や 、 町 に付 き 添 い続 け る生 き方 に、 な じ む 。
わ かり や す く 分 け て し ま う な ら 、 自 然 の中 に美 し いも の、 不 思議 な も の、 ス ピ リ チ ュア ルな も の、
そ し て安 らぎ ・い や す存 在 を 予 感 し て、 生 き も の の賑 わ う 山 野 河海 を い っぱ い に引 き 受 け て し ま う
ナ チ ュラ リ ス ト の心 の地 図 ( 自 然 イ メ ージ ) と 、 む し ろ そ れ ら を小 さ く 、 貧 し く 映 す 心 の地 図 が あ
る よ う に思 う 、地 球 環 境 危 機 の 二十 世 紀 末 を生 き る私 た ち の産 業 文 明 は、 た ぶん 、 後 者 の地 図 を 得
意 と す る の だ 。 エ ッ セ イ と いう 形 式 に甘 え て直 観 的 に い ってし ま え ば 、 そ ん な 心 の地 図 が 常 に卓 越
す れ ば こ そ 、 現 実 の地 球 の自 然 の荒 廃 も ま た 、 止 ま る きざ し が 見 え にく い の だ と 私 は 思 う 。
文 明 は 、 人 の意 欲 や 、 能 力 や 、 常 識 によ って支 え ら れ る 。 科 学 、 技 術 、 組 織 を 軸 に驀 進 す る私 た
ち の産 業 文 明 が、 公 私 の教 育 や 、 便 宜 や 激 励 を 通 し て尊 重 し て き た市 民 の基 本 常 識 は、 第 一に、 言
葉 を 自 在 に扱 う力 、 第 二 に、 数 理 ・技 術 に通 じ機 械 ・装 置 を お そ れ ず 楽 し む メ カ ニカ ルな 能 力 ・感
覚 、 そ し て第 三 に、 円 滑 な 人 間 関 係 を 支 え る社 交 性 の よ う な も の と 私 に は見 え る。 も ち ろ ん こ れ ら
は、 ど れ も き わ め て大 事 な も の だ 。 し か し、 そ こ で は 、 人 工 の記 号 や 物 と、 人 の姿 ば か り が 大 き く
見 え る 。 科 学 技 術 的 常 識 が 見 る こ と にな って い る自 然 さ え 、 お お む ね は、 山 野 河 海 に 生 き も の の賑
わ う 生 き た自 然 で は な く 、 素 材 と し て の枠 を す で に は め ら れ て し ま った世 界 で は な いか 。
これ も 直 観 で いう し か な いの だ が 、 環 境 危 機 が文 明 次 元 の も のな らば 、 た ぶ ん そ の克 服 は、 自 然
を相 手 に し た 、 新 し い常 識 の形 成 、 育 成 、 卓 越 化 を 、 大 き な与 件 と す る よ う に思 わ れ る 。 足 も と の
自 然 に関 わ り 、 生 き も の の賑 わ い に み ち た 山 野 河 海 を 生 き 生 き と 心 に移 す ( あ る いは 住 ま わ す ) こ
と の で き る能 力 は、 新 し い常 識 の形 成 に、 き っと重 要 な は た ら き を す る よ う な気 が す る の で あ る。
野 辺 を行 き 、 水 辺 を 訪 ね て生 き も の た ち の賑 わ い に浸 る ナ チ ュラ リ ス ト 暮 ら し にも 、 た ぶ ん 時 代
の危 機 は 支 援 を 求 め て いる のだ ろ う 。 ナ チ ュラ リ スト いで よ 。 た く さ ん の子 ど も た ち、 や さ し いナ チ ュラ リ スト に育 て 。
交 流 す る感 性 の回 路
バクの流域 ︱︱16
五 月 の連 休 は 、 ナ チ ュラ リ スト の 日 々 にな った 。 い つも の と お り遠 出 は な し 。 私 の暮 ら す 足 も と
の川 、 鶴 見 川 の流 域 を 、 流 れ に そ い、 丘 陵 に そ って、 文 字 通 り 東 奔 西 走 し た ので あ る。
オ オ タ カ を 追 跡 し 、 キ ンラ ン ・ギ ンラ ンを 訪 ね 歩 き、 ア ブ ラ ハヤ の撮 影 を 支 援 し 、 第 一回 ︿流 域
子 ど も風 ま つり ﹀ の準 備 ・実 行 ・片 づ け を 応 援 し 、 中 流 の高 水 敷 の 葦 原 で ヨ シ キ リ を 観 察 し 、 源 流
ウ ォ ー ク の案 内 と 源 流 野 外 交 流 会 の お 世 話 も は た し た 。 つん の め る よ う な 、 し か し 肉 体 の疲 労 さ え
( と い って も 幅 五 〇 メ ー ト ル ほ ど ) の横
忘 れ て し ま え ば 、 う れ し く て し か た のな い 一週 間 だ った。 し かも そ の間 に、 す て き な 発 見 が 二 つも あ った ので あ る。 第 一は 、 ア ユの群 れ と の遭 遇 だ 。 五 月 一日。 流 域 最 大
浜 ・小 机 の堰 の堰 上 げ に付 き 合 い、 下 手 の流 れ で魚 類 調 査 を し た と き の こ と で あ る 。 電 動 式 の堰 が
押 し 上 げ ら れ て流 れ が 止 ま り 、 下 手 の 淵 や 、 瀬 や 、急 流 が い っき に減 水 し はじ め た 。 産 卵 最 盛 期 の、
七 ∼ 八 〇 セ ンチ も あ ろ う か と いう 巨 大 な コイ た ち が逃 げ る。 河 口 か ら 一二 キ ロを のぼ って き て い た
三 〇 セ ン チ級 の銀 色 のボ ラ た ち が ジ ャ ンプ を 繰 り返 し な が ら急 流 を 逃 げ る 。 ウ ナ ギ が 降 り る 。 ハゼ
た ち も 逃 げ る 。 若 い スズ キ も 目撃 さ れ た 。 そ し て瀬 の岩 盤 に取 り 残 さ れ た 広 い水 た ま り に、 モ クズ ガ ニた ち と い っし ょ に、 ア ユ の群 れ が 閉 じ こ め ら れ て いた ので あ る。
中 流 と は いえ 断 末 魔 の都 市 河 川 。 全 国 一〇 九 本 の 一級 河 川 の中 で 汚染 ワ ー ス ト ラ ン ク上 位 五 番 を
下 った こ と のな いは ず の流 れ に、 ア ユ の大 群 が いる の だ か ら驚 か な いわ け に は ゆ か な い。 天 然 溯 上
か 、 放 流 か 、 正 体 は な お不 明 だ が 、 し っかり 太 り 、 素 晴 ら し く 美 し い若 ア ユた ち だ った 。
も う 一つの発 見 は 、 バ ク ( 貘 ) で あ る 。 南 ア ジ ア と南 米 の森 の水 辺 に暮 ら し 、 人 び と の悪 い夢 を
( 土手
食 べ て く れ る と いう 伝 説 のあ る、 あ の バ ク で あ る 。 も ち ろ ん 鶴 見 川 流 域 の葦 原 に バ ク が暮 ら し て い
た わ け で は な い。 ︿流 域 子 ど も 風 ま つり ﹀ の会 場 と な った横 浜 ・鴨 居 の鶴 見 川 本 流 の高 水 敷
と流 れ のあ いだ に広 が る空 間 の こ と ) に、 タ イ ル で真 新 し い大 き な バ ク の模 様 が 作 ら れ て い る のを 、
( 景 観 あ る いは 山 野 河 海 ) は 、 山 や 、 平 野 や 、 河 川 、 湖 、市 街 地 、海 な ど、 さ ま
し っか り 確 認 し た の であ る 。 作 った の は神 奈 川 県 の治 水 事 務 所 。 そ れ は、 ア ユよ り す て き な 発 見 か も し れ な か った 。 ラ ンド ス ケ ープ
ざ ま な 形 で ど の大 地 にも 広 が って い るも のな の に、 な ぜ か私 た ち に は鮮 明 な 単 位 の よ う に は 見 え に
く い。 し か し 、 そ の見 え にく い山 野 河 海 を し っか り確 認 し 、 個 体 のよ う に、 個 物 の よ う にな か よ く
付 き 合 う 工 夫 を す る こ と が 、 読 み ・書 き、 そ ろば ん 、 社 交 性 に次 ぐ 、 第 四 の エ コ ロジ カ ル な常 識 の
柱 な のだ と 私 は 常 々考 え てき た。
そ こ でま ず は傀 よ り始 め よ う と 、鶴 見 川 流 域 で 市 民 活 動 を 進 め る 私 た ち は 、 数 年 前 か ら 鶴 見 川 の
流 域 を バ ク の姿 に見 立 て、 ︿鶴 見 川 流 域 は 、左 な な め 後 方 か ら み た バ ク の姿 ﹀。 鶴 見 川 流 域 は、 バ ク だ 、 バ ク だ と 、 優 し く 、 し つこ く 言 い続 け て き た の で あ る。
以 来 、 流 域 ・バク は、 ナ チ ュラ リ スト や、 ま ち づ く り に係 わ る市 民 た ち の流 域 シ ンボ ル にな って
き た 。 ︿生 き も の の賑 わ いを のせ る バ ク の流 域 ﹀、 ︿河 口 は バ ク の右 足 先 端 ﹀、 ︿新 横 浜 は バ ク の左 足
か か と ﹀、 ︿わ が 勤 務 先 の慶 應 義 塾 日 吉 キ ャ ン パ ス は バ ク の お し り 、 右 中 央 ﹀、 ︿小 机 堰 は バ ク の左
足 付 け 根 ﹀、 そ し て ︿ 鴨 居 は バ ク の お へそ ﹀、 ︿鶴 見 川 源 流 は も ち ろ ん バ ク の鼻 先 ﹀、 な ど と 会 話 に
のぼ り 、 バ ク の T シ ャ ツ や 、 バ ク ・ク ッ キ ー、 さ ら に バ ク ・ケ ー キ な ど も 登 場 す る。 流 域 ・バ ク の
イ メ ー ジ は 、 人 び と の心 に鶴 見 川 流 域 と いう 大 地 の広 が り を 総 合 的 に住 ま わ せ る 、 有 力 な 仕 事 を 果
た し て く れ て いる 。 そ の バク のイ メ ー ジ を 、 神 奈 川 県 が高 水 敷 に も刻 ん で く れ た と いう わ け な の だ 。
バ ク の流 域 イ メ ー ジ の未 来 は 、 ま だ 明 ら か で は な い。 マイ ナ ス効 果 は な いと 、楽 観 し て い るわ け
で も な い。 し か し、 私 た ち の心 を 大 地 の配 置 に つな ぐ の は 、 し ば し ば大 い に感 性 的 な 、 イ マジ ナ テ
ィブ な 回 路 な の だ と 私 は思 う 。 ラ ン ド ス ケ ー プ と仲 良 し に な る た め に 、 そ の外 形 を す て き な 生 き も
の の姿 に た と え て み る の は、 そ ん な 回 路 を 開 く 工夫 の 一つで あ る。 ま る で 子 ど も の遊 び だ が 、 ラ ン
ド ス ケ ープ ・イ メ イ ジ ング と で も 呼 べば 、 少 し 恥 ず か し さ も抑 え る こ と が で き る 。
生 き も の の賑 わ いを の せ、 私 た ち の暮 ら し を 支 え 、 私 た ち の足 も と に広 が って い るさ まざ ま な ラ
ン ド ス ケ ープ
( 山 野 河 海 ) を 、 そ ん な ふう に イ メ ージ し て 、 まず は 仲 良 く な ってし ま いた い。 た と
えば 、 日 本 中 の 流 域 マ ップ が 、 イ メ ー ジ を め ぐ る争 いな し に、 ど れ も す て き な 生 き も の の姿 に変 身
17
で き た ら 、 き っと お も し ろ い と私 は 思 う 。
知 識 と行 動 ︱ ︱
知 る こ と と 、 行 動 す る こ と は 、 い と も容 易 に断 絶 す る。 ま た 、 知 る こと と 行 動 し な いこ と 、 知 ら
な い こ と と 行 動 す る こと が、 いと も 簡 単 に結 び つく 。 生 き て だ れ で も身 にし み る 不 思 議 な真 実 の断 面 だ ろう。
現 象 学 的 な 自 然 論 のジ ャ ン ル で知 ら れ る N ・エ バ ー ンデ ンは 、 あ る本 の中 で 恐 い こ と を い って い
る。 ﹁レイ チ ェル ・カ ー ソ ンが 、生 態 系 に お よ ぼ す 殺 虫 剤 の危 険 を 私 た ち に警 告 し て か ら も う 三 〇
年 に な る 。 し か し改 め て ︿沈 黙 の春 ﹀ を 読 む と 、 毒 物 質 の名 前 が変 わ った だ け で 、 あ と は な に も変
わ って いな いと 思 わ れ て く る ⋮ ⋮ 環境 に関 す る意 識 が ど れ だ け 向 上 し ても 、 地 球 を 守 ろ う と いう気
持 ち が ど れ だ け高 ま って も 、 根 本 的 な と こ ろ で は何 も 変 わ って い な いら し い ⋮ ⋮ ﹂。 や や悲 観 的 に 過 ぎ る感 じ もあ る の だ が 、 真 実 の あ る指 摘 だ ろ う 。
こ ん な 指 摘 を 持 ち 出 し て、 私 が 決定 的 な解 決 策 を 提 案 し よう と いう わ け で は な い。 自 然 保 護 の領
域 で 、 知 る よ り 先 に、 ま ず 行 動 す る こ と の と ても 多 か った 、 いや 、 い ま で も き わ め て多 い人 物 で あ
る私 は 、 私 自 身 の心 の動 きを 振 り 返 り、 環境 問 題 へ の関 心 と行 動 の関 係 に つ いて、 暫 定 的 な 仮 説 の
よ う な も の を も ちあ わ せ て いる と いう だ け の こ と だ 。 原 理 は簡 単 。 人 は た ぶん 、 よ く 見 え、 し ば し
(ラ ンド ス ケ ープ ) が 見 えず 、 山 野 河 海 と 仲 良 く す る 日 常 が な け
ば交 流 があ り 、 ま た好 き な も の のた め に な ら 、 ち ょ っと 無 理 を し ても 、 行 動 し て し ま う も の で あ る 。 こ の見 解 か ら す る と 、 山 野 河 海
れ ば 、 人 び と は 大 地 の破 壊 を 自 ら す す ん で と め よ う と は し な い。 生 き も の の賑 わ いが 見 えず 、生 き
( 人)
も の の賑 わ いが 好 き で な け れ ば 、 生 物 多 様 性 の破 壊 を と め る 工 夫 に自 ら乗 り 出 し た り は し な い。 理
屈 を いく ら習 っても 、 心 や 体 が動 き にく い。 ラ ン ド ス ケ ー プ と生 物 多 様 性 を 、 そ れ ぞ れ 他 者
と置 き 換 え て み れ ば 、 な ん と いう こと は な い、 日 常 的 な 事 実 な ので は な いだ ろ う か 。
対 象 が 人 の場 合 であ れ ば 、 私 た ち はそ ん な 傾向 を 、 広義 の社 交 性 の よう な も の と結 び つけ て考 え
る こ と が で き る 。 内 向 的 であ ろ う が 外 交 的 で あ ろう が 、 人 の こ と が よ く わ か り 、 人 の好 き な 人 は 、
人 を 支 援 し が ち であ る。 自 然 、 つま り ラ ンド スケ ープ や 生 物 多 様 性 の危 機 に つ いて も同 じ よ う な 事 情 が あ る の だ と 、 私 は素 直 に考 え る 。
ま ず は 、 自 然 相 手 の素 朴 な 社 交 性 のよ う な も の の育 成 に、 も っと 、 も っと真 剣 に な ろ う 。 そ し て 、
生 き も の の賑 わ い に み ち た 山 野 河 海 を 生 き生 き と 心 に住 ま わ す こ と の で き る能 力 を 育 て て み よ う 。 そ ん な 提 案 と受 け 取 って いた だ いて か ま わ な い。
私 の意 見 を 裏 返 せば 、 ラ ン ド ス ケ ー プ が見 え て いな い人 、 生 き も の の賑 わ い にま だ関 心 の な い人
び と に、 た と え ば 流 域 に 関 す る地 理 学 的 ・水 文 学 的 ・地 質 学 的 ・生 態 学 的 詳 細 情 報 や、 生 物 多 様 性
に 関 す る分 類 学 的 ・生 態 学 的 ・進 化 学 的 詳 細 情 報 を豪 雨 の よ う に提 供 し て も 、 自 然 を 守 る志 は育 ち
が た い に違 いな いと いう こ と だ 。 む し ろ大 切 な の は 、 鶴 見 川 の流 域 は本 当 に バ ク のよ う な 姿 を し て
いる と お も し ろ が り 、 バ ク の お ヘソ ( 鶴 見 川 流 域 の横 浜 線 鴨 居 駅 付 近 に当 た る) のあ た りを 歩 い て
み た ら 、 オ オ ヨ シ キ リ の さ えず り に出 会 い、 鳥 も 葦 原 も す っか り 気 に 入 ってし ま った 、 と いう よ う な体 験 を 重 ね る こ と に違 い な いと 思 う ので あ る。
こん な私 の考 え方 か ら す れ ば 、 地 球 環 境危 機 の時 代 に私 た ち が 手 に 入 れ る べき新 し い常 識 は 、 ま
ず は身 のま わ り の山 野 河 海 を 相 手 と す る 社 交 性 のよ う な も の ( た と え ば 、 鶴 見 川 ・流 域 バ ク と の お
付 き 合 い)、 そ し て そ ん な 山 野 河海 に賑 わ う 生 き も の た ち 相 手 の社 交 性 の よ う な も の、 と いう こ と
にな る 。 も ち ろ ん そ ん な 常 識 が 力 を 得 れ ば 、 通 常 の社 交 性 の場 合 と同 じ よ う に、自 然 向 き の社 交 性
のあ り な し も 日 々 の人 物 評 価 に乗 せ ら れ て し ま う のだ か ら 、 不 愉 快 な こ と も た く さ んあ り 、 新 し い
幸 せ や楽 し み と 同 時 に、 新 し い辛 さ も た く さ ん あ る の だ ろ う と思 わ れ る。 し か し 文 明 次 元 の変 化 は 、 き っと そ ん な 過 程 を へて ゆ く も の だ と いう 直 観 が あ る 。
こ れ も 付 言 し て お けば 、 私 の意 見 は 、 科 学 を無 視 す る も の で は な い。 科 学 的 な 環 境 教 育 はも ち ろ
ん ど ん ど ん 進 め る べ し。 し かし 、 人 の心 は そ れ だ け で 、生 き も の の賑 わ いや 、 山 野 河 海 に向 く も の で は な い の で あ る。
自 然と交流する能力︱ ︱18
壊 、 フ ロン に よ る オ ゾ ン層 の破 壊 、 酸 性 雨 。 こ のく ら いは ち ゃ ん と知 って いる と 、 自 慢 げ な 若 者 も
学 生 た ち は環 境 問 題 を よ く 知 って いる 。 炭 酸 ガ ス の増 大 によ る地 球 温 暖 化 の危 機 、 熱 帯 林 の大 破
少 な い数 で はな い。 し か し そ れ で環 境 危 機 を 心配 し 、 さ ら に積 極 的 な 関 心 を 向 け る気 配 は 、 あ ま り
な い。 日 々 の関 心 は 、 環 境 危 機 を 深 め続 け る わ が 産 業 文 明 の文 化 的 表 層 か ら、 ほ と ん ど離 れ よ う と は し て いな い。
こ れ で は いけ な いと 、 教 師 た ち は環 境 教 育 に さ ら に力 が 入 る 。 映 像 教 材 や総 合 講 座 も 工夫 し よ う 、
さ ら に科 学 的 な 教 育 を 進 め よ う ⋮ ⋮ 。 目 指 す は、 環 境 危 機 を総 合 的 に 理解 す る力 、 自 ら 問 題 を 把 握
し 、 分 析 し 、 行 動 す る力 、 横 文字 で言 え ば 、 エ コ ロジ カ ル ・リ テ ラ シ ー と でも いお う か。 し か し 、 エ バ ー ンデ ンが 示 唆 す る よ う に、 状 況 に 画 期 的 な変 化 は み え て いな い。
私 た ち が いま 学 校 で 行 な いが ち な 環 境 教 育 は、 友 だ ち と お お い に遊 び 、 け ん か も し 、 さ まざ ま な
人 間 関 係 を経 験 す る と いう 土 台 のな い学 生 に、 と つぜ ん科 学 的 な 人 間 関 係 論 の よ う な 講 義 を 聞 か せ
て 、 人 間 関 係 の達 人 にし よう す る の と同 じ よ う な錯 誤 を 前 提 にし て いる よ う に見 え る。 問 題 は 、 そ
れ が 錯 誤 だ と 、 ま だ あ ま り真 剣 に受 け止 め ら れ て は いな いこ と だ 。 こ ん な と き に は 、 た ぶ ん ま た 、 文 化 そ の も の の性 格 にか ら む問 題 が 、 奥 に潜 ん で いる のだ ろ う 。
日 常 を 振 り返 れ ば 、 私 た ち は、 子 ど も の仲 間 遊 び や け ん かを 、 将 来 の重 要 な 常 識 の 一つで あ る 社
交 性 の発 達 に、 お お い に寄 与 す る 活 動 と し っかり 評 価 し て いる面 が あ る。 一方 、 生 き も の や山 野 河
海 と の お つき あ いの ほ う は、 ほ と ん ど 将 来 性 を 買 わ れ な い。 幼 稚 園 でダ ンゴ ム シ も ザ リ ガ ニも大 嫌
いと いう 子 は 、 あ ま り ほ め ら れ な いも の だ が 、 中 学 、 高 校 、 大 学 、 さ ら には 成 人 し てな お足 も と の
生 き も の大 好 き と いう の は、 む し ろ 不 思 議 な 性 格 と警 戒 さ え さ れ てし ま う 可 能 性 が あ る。 日常 的 な
自 然 と の交 流 に関 し て、 私 た ち の文 化 は 、 幼 少 時 にそ れを 励 ま し 、 成 長 に伴 って そ れ を 抑 制 さ せ て
ゆ く 、 つま り 自 然 は 思 い出 、 未 来 は人 工 と 誘 導 し てゆ く プ ログ ラ ム を も って いる よ う に さ え 思 わ れ
る のだ 。 疑 う 人 は 、 幼 児 の た め の美 し い図 鑑 類 の おび た だ し さ と、 学 年 を 経 る に つれ て無 残 に抽 象
化 さ れ、 色 合 いを失 い、 足 も と の自 然 を 隠 蔽 し て ゆ く 理 科 の テ キ ス ト を 、 比 較 し て み て ほ し い。
実 は 、 こ の事 態 は 、 自 然 と 人 間 の 日常 的 な 交 流 に関 す る 言 葉 の不 在 、 あ る いは 言 葉 の不自 由 と も
関 連 し て い る よ う に思 わ れ る。 言 語 を 扱 う 能 力 に は 、 ︿よ み か き = 英 語 で は リ テ ラ シー ﹀ と いう 日
常 表 現 が 存 在 す る 。 数 字 や 科 学 ・技 術 系 の能 力 には 、 ︿そ ろ ば ん = ニ ュー メ ラ シ ー ﹀ が 、 そ こ そ こ
に対 応 す る。 そ し て人 間 関 係 の能 力 に は、 ︿社 交 性 ﹀ と いう わ か り や す い言 葉 があ る。 よ み か き ・
そ ろ ば ん ・社 交 性 に ど れ だ け 優 れ た 人 物 で あ り う る か 。 自 己 評 価 と し て も社 会 的 な 評価 と し て も 、 私 た ち に と って、 ま さ し く 日 々切 実 な 問 題 だ ろう 。
で は 、 自 然 、 つま り生 き も の や 山 野 河 海 を 相 手 と す る 交 流 能 力 に つ いて はど う だ ろ う か。 自 然 好
き 、 生 き も の好 き、 等 々さ まざ ま な 表 現 は あ りう る が 、 そ の能 力 を 日 常 言 語 で 日 々 評 価 す る や さ し
い言 葉 は な い よ う に思 う 。 よ み か き ・そ ろ ば ん ・ 社 交 性 と同 列 に、 ﹁ あ の 人 は 自 然 好 き に優 れ て い る﹂
な ど と いう の は 、実 に奇 怪 な 表 現 だ 。 た ぶ ん事 態 は こう いう こ と だ 。 私 た ち の文 化 は、 生 き も の や
山 野 河 海 の状 況 に通 じ 、 そ れ ら と生 き生 き と交 流 で き る能 力 を 、 日常 的 に重 視 は し な い。 そ ん な 能
力 を 日 々比 較 し 評 価 し あ う こと が 、 生 活 の維 持 、 社 会 の運 営 の上 で、 さ ほ ど重 要 と は 思 わ れ な いこ
と にす る文 化 だ った にち が いな い。 地 球 環 境 危 機 で 、 と つぜ ん 自 然 と交 流 す る能 力 が 重 要 だ と いわ
れ は じ め て も 、 文 化 は 急 に は変 わ れ な い。 文 化 の シ ス テ ム に、 ま だ対 応 準 備 は薄 い、 と いう こ と だ ろう。
あ る資 料 によ る と 、 いま 地 球 に暮 ら す 人 類 の五 〇 パー セ ント近 く は 、都 市 あ る いは そ の近 傍 の住
人 だ と いう 。 地 球 環 境危 機 の時 代 は、 そ の都 市 住 民 た ち が、 も う 一度 生 き も の の 賑 わ いや、 山 野 河
海 と の交 流 を 、 日 々 の重 大 な課 題 と 受 け 止 め る ほ か な い方 向 に向 か って い る。 だ と す れば 、 五 十 年
後 、 百 年 後 の日 常 に は 、 人 を 相 手 の社 交 性 と 同 様 に、 ︿自 然 を 相 手 の社 交 性 ﹀ を 噂 話 の た ね に す る 日 常 語 が定 着 し て いる のか も し れ な いの で あ る。
た と えば 自 然 度 と いう 言 葉 を 、 いま 私 た ち は お こ が ま し く も (? )、 山 野 河 海 の生 き も のた ち の
賑 わ い に序 列 を つけ る ( 自 然 の偏 差 値 評 価 ! ) た め に多 用 す る 。 し か し 未 来 の日 本 人 は 、仲 間 の自
然 対 応 能 力 を 評 価 す る 日 常 語 と し て 、 そ れ を 使 って いる かも し れ な い。 さ あ 、 ゴ ルフ や バ ー チ ャ ル
リ ア リ テ ィ ー で 遊 ん で ば か り は いら れ な い。 足 も と の野 辺 に いで て、 ﹁いま か ら 自 然 度 を あ げ と か な く ち ゃ﹂。
生 き も のへの共 感
生 き も の の 感 触 ︱︱
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多 摩 丘 陵 の 六 月 は ま た う れ し い季 節 の始 ま り だ 。 初 夏 の緑 に染 ま った コナ ラ の枝 先 に は、 も う 小
さ な ド ング リ が 膨 ら ん で い る。 田植 え も す み 、 ホ タ ルブ ク ロも咲 き は じ め た 谷 戸 で は 、 金 色 の サ ナ
エト ンボ が舞 い、 カ エ ル鳴 き ホ タ ル飛 ぶ宵 が 始 ま って い る。 林 で は 、 コゲ ラ も 、 シ ジ ュウ カ ラ も 、
メ ジ ロも 巣 立 ち を 迎 え 、 ホト ト ギ ス の声 の聞 こえ る 団 地 の夜 の街 灯 に、 ク ロ コガ ネ た ち が集 ま り だ した。
そ ん な 出 来 事 が続 い て私 は浮 き 足 だ つ。 ク ワガ タ ム シた ち の季 節 が来 た 。 体 の リ ズ ム が そ う わ か
ってし ま う か ら 。 雑 木 林 へ行 き た い。 ク ワガ タ ム シ に会 お う 。 そ う 思 う と 、 ワ ープ ロを 叩 く 手 に、
ク ワガ タ ム シを 握 る む ず むず す る 感 触 が 、 た ち ま ち 甦 る の が お も し ろ い。 そ れ は、 十 歳 の頃 、 横 浜
の雑 木 林 で 特 大 の ク ワガ タ に会 った と き か ら ず っと変 わ ら な い接 触 感 覚 のよ う な気 が す る ので あ る。
し か し、 私 の ク ワ ガ タ 好 き は マ ニア ック と ほ と ん ど 関 係 が な い。 採 集 趣 味 な し 。 研 究 志 向 に転 換
す る 兆 し な し 。 夏 が来 た のだ か ら 、 ま た近 所 の雑 木 林 で ク ワ ガ タ ム シ に会 いた い、 ギ ン ヤ ン マ に会
いた い、 ア カ テ ガ ニに会 いた い⋮ ⋮ 。 そ ん な 単 純 な期 待 あ る いは 煩悩 に つき て い る 。 と こ ろ が、 こ
の煩 悩 のよ う な も の が、 実 は 私 と多 摩 丘 陵 、 私 と 地 球 を つな ぐ 日常 的 な 確 か な 力 の 一部 と 、 他 方 で 私 に は ち ゃ ん と わ か って も い る の で あ る。
私 の自 然 好 き は 生 き も の中 心 主 義 の 一種 だ と 思 う 。 宇 宙 の神 秘 や無 機 的 な世 界 の秩 序 に美 は感 じ
ても 、 心安 ら ぐ魅 力 は感 じ な い。 生 き も の の 賑 わ い ぬ き の風 景 に感 動 す る こ と も 少 な い。 関 心 は親
し く 共 感 的 な 存 在 と 特 に強 く 感 じ ら れ てし ま う 具 体 的 な生 き も の た ち に凝 集 し 、 そ こ か ら 発 す る親
和 性 の ネ ット ワ ー ク の よ う な も の が 、逆 に山 野 河 海 を 彩 り 、 地 球 さ え 親 し いも のと 、 私 に感 じ さ せ る。 そんな仕掛 けと思 われる。
ク ワ ガ タ ム シ の暮 ら す 森 は す て き だ 。 そ ん な森 を 抱 え る多 摩 丘 陵 は偉 い。 そ ん な 丘 陵 を支 え る地
球 はす ご い。 マ ンガ 的 に いえ ば 、 私 の心 の ロジ ッ ッ ク は そ う 進 ん で ゆ く 可 能 性 が あ る。 も ち ろ ん私
は 、 そ ん な ロジ ック だ け で暮 ら し て いる わ け で は な い。 実 利 や 、 倫 理 や 、 科 学 への配 慮 も 、 そ こ そ
こ に心 得 て い る と思 わ れ る。 し かし 、 ク ワガ タ ム シゆ え に多 摩 丘 陵 は私 に と って大 切 だ と いう 種 類 の意 見 を 、 私 は 笑 わ ず 、 尊 重 す る 。
一般 的 に いえ ば 、 ク ワ ガ タ ム シ の感 触 は 、 魚 や ザ リ ガ ニや ト ンボ や チ ョウ や、 そ れ ど こ ろ か ク ル
ミ や 、 ア ケ ビ や ク ワ の実 を にぎ り 、 つま む感 触 に さ え 、 当 然 の こ と と し て 共 通 す る 。 いう ま で も な
く接 触 感 覚 は 、 存 在 者 への単 純 か つ明 快 な愛 着 を 形 成 さ せ る、 も っと も原 始 的 な心 の回 路 の 一つな
の に ち が いな い。 愛 着 が あ れ ば 親 和 ・共感 が 育 つと いう の は お おま ち が いだ 。 し か し 愛 着 な し に親
和 ・共 感 の育 ち が た い こ と は 、 自 然 に つ い て も認 め て お いて よ い こ と で あ る。
生 物 多 様 性 論 のチ ャ ン ピ オ ン の 一人 で あ る E ・O ・ウ ィ ルソ ン は 、近 著 ﹃バ イ オ フ ィ リ ア ﹄ の中
で、 人 間 に は生 命 も し く は生 命 に似 た 過 程 に関 心 を 抱 く 内 的 傾 向 ( 本 能 ? ) が あ る と仮 定 し 、 そ れ
を ︿バ イ オ フ ィ リ ア ﹀ と呼 ん で いる。 文 字 通 り に訳 せば 生 命 への愛 着 だ が 、 そ の本 の中 のウ ィ ルソ
ン の把 握 は 、 科 学 を 気 に し す ぎ 、 抽 象 的 で つま ら な い。 差 し 当 た り肉 体 派 (? ) の私 の 六 月 の自 然
愛 着 の ヒ ット は 、勤 め先 のキ ャ ン パ スで 二度 コク ワガ タ と の面 会 を 果 た し た こ と 。 そ し て鶴 見 川 源
流 の東 京 都 立 小 山 田 緑 地 の調 整 池 で 、 百 人 規 模 の大 ザ リ ガ ニ釣 り大 会 を 無 事 支 援 で き た こと だ。
初 め てザ リ ガ ニを 釣 り 、初 め て ザ リ ガ ニを つか んだ 子 ど も た ち は 、 そ の瞬 間 に、 自 然 への愛 着 の
回 路 を 開 く 。 こ のあ た り にむ ず か し い論 議 が や ま ほ ど控 え る こ と は 承 知 だ が 、 生 き も の の賑 わ う 山
︱2 0
野 河 海 の広 が り に共 感 的 な 心 を も つ次 世 代 のナ チ ュラ リ スト た ち は 、 や は り あ ん な 煩 悩 の世 界 か ら 育 つ のだ ろ う と 、 私 は思 う 。
生き も のた ちを図鑑にしない︱
炎 天 下 の町 。 ビ ル の て っ ぺん のア ンテ ナ に、 大 き く 口を 開 け た カ ラ ス が 一羽 と ま って いて 、 環 境
視 察 の 一団 が 見 上 げ て い る光 景 を 想 像 し てほ し い。 さ て そ の視 察 団 の メ ン バ ー た ち は、 カ ラ ス を 見
つけ て ど ん な 反 応 を す る だ ろ う 。
A さ ん は 、 す ば や く く ちば し の特 徴 を 確 認 し 、 ﹁な ん だ ハシ ブ ト ガ ラ ス か﹂ と つ ぶ や い て 、 通 り
過 ぎ る 役 で あ る 。 B さ ん は種 類 は 判 別 で き な いが 、 ﹁く ち ば し を あ け て 、 暑 く て困 って い る の だ ろ
う 、 黒 装 束 は辛 か ろ う ﹂ と、 し ば ら く 見 上 げ る こ と にす る。 も ち ろん A ・B 両 者 の感 想 を 同 時 に発
す る C さ ん も い て い い のだ が、 こ こ で は典 型 的 な A、 B 両 人 にだ け 関 心 を し ぼ る。 自 ら を か え り み て も 、 私 た ち は し ば し ば A さ ん を や って し ま う も の だ から だ。
種 類 判 定 は生 き も の の世 界 に対 す る伝 統 的 な 関 心 の形 の 一つだ 。 生 き も の の賑 わ いを 単 な る ︿み
ど り ﹀ と ま と め る の は、 生 物 多 様 性 に対 す る 冒 涜 か も し れ な い。 生 き も の を き ち ん と種 判 別 で き る
こ と は 、 生 き も の好 き のナ チ ュラ リ スト た ち にと って 、 と て も大 切 な 技 芸 で あ り、 当 然 の こ と大 き な 尊 敬 に値 し て い る。
し か し 、 不 思 議 な こ と に、 こ の領 域 に関 心 が集 中 し は じ め る と 、 種 判 定 の快 、 あ る いは 貴 重 種 発
見 の快 、 の よう な も の が む く むく と成 長 し は じ め 、 気 が つく と ナ チ ュラ リ ス ト の心 は ま る で検 索 図
鑑 の よ う にな って、 ﹁な ん だ カ ラ ス か ﹂、 ﹁な ん だ コク ワ ガ タ か ﹂、 ﹁な ん だ ザ リ ガ ニか ﹂、 の連 発 に な って し ま う こ と が あ る も のな の だ 。
そ ん な と き 私 た ち は、 生 き も の を前 にし て、 こ の地 上 に私 た ち と 共 に生 き る も のを 見 ず 、 実 は図
鑑 の記 載 に固 着 し て 、 世 界 と の生 き た 交 流 を し ば し た って し ま う の で は な いか 。 も ち ろ ん多 く の ナ
チ ュラ リ ス ト た ち は適 切 に種 判 別 し、 同 時 に生 き も の た ち と の交 流 も ち ゃ ん と維 持 し て いる に ち が
いな い。 し か し そ れ で も A さ ん の スタ イ ルは 、 実 に頻 繁 に出 現 す る 。
重 要 な の は 、 専 門 家 で な く 、 種 類 判 定 に あ ま り 関 心 が な く 、 し か し 生 き も の は大 好 き と いう 人 び
と が い て、 案 外 B さ ん のよ う な反 応 を 示 す と 、 と いう こと であ る 。 こ の場 合 、 B さ ん の判 断 は、 ま
ち が って いる 可 能 性 も高 い。 カ ラ ス は別 に 暑 く て く ち ば し を 開 け て い る の で は な いか も し れ な い。
そ う だ と す れ ば 、 B さ ん は、 共 感 の つも り が 単 な る 一方 的 な同 情 者 に お わ る こ と に な る のだ ろ う 。
し かし こ こで は、 さ し あ た り関 心 の形 だ け が 重 要 だ 。 A さ ん の関 心 か ら は 、 今 を 生 き る生 き も の
と 心 の つな が る 道 は生 ま れ な い。 カ ラ ス を いわ ば 擬 人 的 に眺 め て い る B さ ん は 、 お お ま ち が いか も
し れ な いの だ が 、 そ の鳥 が、 触 れ れ ば 手 応 え のあ る形 で いま自 分 と 同 じ空 間 に いて生 き て いる のだ
と感 じ て いる 。 本 当 は カ ラ ス は 、 暑 さ な ど ま った く こた え て いな いと し て も 、 誤 り を 訂 正 し つ つ生
き た カ ラ ス と の交 流 を 可 能 に で き る道 は 、 A さ ん で は な く 、 原 理 的 に は B さ ん の ス タ イ ルに あ る の だ ろう と 思 わ れ る。
事 情 通 は も う 察 し て お ら れ る通 り、 生 き も の好 き の生 徒 た ち が夏 休 み な ど に親 し む 古 典 の 一つ、
ロー レ ン ツ の ﹃ソ ロモ ン の指 環 ﹄ は、 B さ ん の よ う な 生 き も の と の接 し 方 を 応 援 し てく れ る 名 著 で あ る。
生 き も の への 共感 がな り た つ条 件 は 、 ま ず 私 た ち の心 の中 に、 図 鑑 の記 載 や 、 既 存 の知 識 で は な
い、 いま こ こ に あ る 生 き も のた ち の 賑 わ いが住 ま え る隙 間 が あ る と いう こ と だ ろ う 。 生 き も の た ち
は、 私 た ち と同 じ よ う に 、生 ま れ 、生 き 、 さ まざ ま な 苦 労 や 喜 び を味 わ いな が ら 、 いま こ こ に生 き
て いる と いう、 ご く ご く 日 常 的 な 生 き も の への、 い ってし ま え ば擬 人 的 な 了解 は、 そ ん な 隙 間 を 作
る古 典 的 な 力 で あ ろう 。 B さ ん は 、 A さ ん を 恐 れ な いで い い。 む し ろ A さ ん が 、 いま B さ ん を見 直 す の が よ い。
カ ラ ス の事 例 は 、 先 日 の猛 暑 の月 曜 日 の午 後 の出 来 事 で 、 幸 い私 は C さ ん だ った 。 周 囲 に は、 幾
人 か B さ ん が お り 、 A さ ん の いな い こと を 惜 し ん だ も のだ 。 も ち ろ ん カ ラ ス は 暑 さ の ゆ え に、 大 き く く ち ば し を 開 け て い た のだ と 、 私 は し っか り 、 信 じ て い る。
物 語 、神 話 、そ し て進 化 論 のち か ら ︱ ︱ 21
に帰 り 、 いず れ 地 上 に再 生 す る 。 大 好 き な ク ワ ガ タ ム シ に な る か、 ダ ボ ハゼ に な る か、 ヒ ト にな る
子 ど も の こ ろ、 兄 が よ く 来 世 の話 を し た 。 兄 の 考 え で は 、生 きも の の い の ち は 、 死 ぬ と み な 宇 宙
か は わ か ら な い。 で も そ の時 は来 る の だ と いう 。
っと宇 宙 で混 ぜ 合 わ さ り 、 奇 怪 な 動 物 が地 上 に た く さ ん 産 ま れ るだ ろ う 。 し か し雑 木 林 や水 辺 で 、
私 は そ の輪 廻 思 想 のよ う な も の に反 対 だ った 。 も し そ ん な こ と な ら、 生 き も の た ち の いの ち は き
そ ん な も の は み か け な い のだ か ら 、 輪 廻 な ん てな い、 と いう のが 私 の理 屈 だ った。
と こ ろ が いま 私 は、 あ る種 の自 由 な 転 生 のイ メ ージ が 嫌 いで は な い。 来 世 は人 で も い いが 、 タ カ
に な って多 摩 丘 陵 を 飛 び 、 ハヤ に な って鶴 見 川 源 流 を 泳 ぎ 、 ハゼ にな って東 京 湾 の夏 の浅 瀬 で波 の
ゆり か ご に揺 ら れ る のも い い。 そ ん な 共 感 的 な空 想 に、 不 思議 に幸 福 感 があ る 。 私 は遺 灰 は 散 骨 が
( 私 ) と自 然 を つな
よ いと 思 って いる が 、 こ れ も 、 壺 に入 った ら生 き も の に転 生 し て雑 木 林 や水 辺 で 遊 べ な いと いう 心
配 に基 づ く よ う な 気 も す る か ら 、 お か し い限 り だ 。 輪 廻 ︲転 生 のイ メ ー ジ が人 ぐ 力 に、 改 め て驚 い て し ま う の だ 。
強 く 愛 着 の あ る特 定 の生 き も の への共 感 で は な く 、 生 き も の の存 在 全 般 に対 す る共 感 は、 個 人 的
な体 験 や 、 擬 人 的 な 了解 よ り 、 人 と 生 き も の の 一般 的 な 関 係 を 規 定 す る 理論 や 物 語 のよ う な も の に、
大 き な 影 響 を う け て いる よ う な感 じ が す る 。 そ れ は、 ト ト ロや 、 ご んぎ つね や 、 な め と こや ま の熊
の物 語 か も し れ な い。 輪 廻 ︲転 生 論 や 、 古 事 記 や 、 創 世 記 の神 話 か も し れ な い。 あ る いは 、 生 態 学 や 、 進 化 論 のよ う な 科 学 理 論 か も し れ な い。
た と え ば 、 自 然 は不 思 議 に満 ち 、 人 の 心 は そ の不 思 議 に共 感 し て安 ら ぐ よ う に で き て いる と いう
レイ チ ェル ・カ ー ソ ン の深 く 美 し い確 信 は 、 多 く のナ チ ュラ リ スト た ち の自 然 への共 感 に強 い影 響
を 行 使 し続 け て いる 。 そ の カ ー ソ ン の確 信 の根 底 に、 自 然 と 人 を そ の よ う に創 造 し た はず の神 が 存
在 す る こ と は 、 改 め て指 摘 す る ま で も な い こ と だ ろ う 。 人 間 に、 大 地 と 生 き も のを 支 配 さ せ る と い
う 言 葉 が あ る か ら、 創 世 記 神 話 か ら共 感 的 な 自 然 論 は 生 ま れ が た いな ど と いう お ろ かな 主 張 も あ る が 、 カ ー ソ ン の例 は そ ん な決 め つけ が 万 能 で は な い こ と を 示 す 、 教 訓 だ 。
影 響 力 の大 き さ で いえ ば 、 進 化 論 を 忘 れ て は いけ な い。 神 話 や恣 意 的 な 物 語 で は な く 、事 実 と 証
拠 で支 持 さ れ た科 学 と いわ れ れば 、特 別 の権 威 も つ いて し ま う 。 し か し 、 分 野 の実 情 を いく ら か知
る者 と し て いう と 、 数 学 的 定 式 や 、 利 己 的 遺 伝 子 を 持 ち 出 す 専 門 論 議 に め げ ず に いれ ば 、 幸 いな こ
と に、 いま 生 物 学 者 た ち が 妥 当 と み な し て い る進 化 理 解 の中 に、 生 き も の に対 す る 私 た ち の 日常 的 ・親 和 的 な 共 感 を 根 本 か ら く じ く 内 容 は な い よう に思 う 。
け る生 き も の全 体 の孤 独 さ を 強 調 し 、 むし ろ生 き も の の世 界 一般 への私 た ち の親 和 感 を さ ら に痛 切
た と え ば 、 す べ て生 物 は 数 十 億 年 の歴 史 を 共 有 す る類 縁 者 た ち と み る進 化 論 の見 解 は 、 宇 宙 に お
に促 す 可 能 性 が あ る。 偶 然 や 自 然 選 択 の作 用 を 介 し て進 行 す る進 化 過 程 に関 す る理 解 も 、 日 常 世 界
に通 訳 す れば 、生 ま れ、 育 ち 、 さ ま ざ ま な 苦 労 や 喜 び を 味 わ いな が ら 、 な お め げ ず 次 代 を 残 す と い
う 、 お そ ら く は ご く 常 識 的 ・共 感 的 な 、 生 き も の理 解 を 、 広 く 支 持 こそ す れ 、 く つが え す 内 容 の も の で は な い。
さ ら に いう な ら 進 化 論 は 、 生 物 が そ の よ う な いわ ば 煩 悩 的 な存 在 で あ る ほ か な い事 情 を 説 明 す る
こ と が で き る と、 解 釈 す る のが よ いよ う に思 う 。 お そ ら く は そう 解 す る こ と によ って、 数 式 や 、 概
念 ば か り を 心 に配 し て生 物 た ち に接 す る科 学 と し て の進 化 論 の 一面 は 、 いま を 懸 命 に生 き る生 き も
の た ち への共 感 を 、 転 生 や 神 々 ま で も ち だ し て お お ら か に発 揮 し て し ま う 日 常 的 な ナ チ ュラリ ス ト た ち の 心 の活 動 と 、 親 和 的 にな れ る か ら だ 。
少 な く と も 私 の心 の中 に い る、 生 物 学 者 と共 感 的 な ナ チ ュラ リ ス ト は 、 そ う だ 、 と い って い る よ う な 気 が す る の で あ る。
小 網 代 の夏 ・1 9 94
アカ テガ ニ産 卵 ︱ ︱
22
湾 奥 の入 江 に、 大 潮 の澄 ん だ 上 げ 潮 が 満 ち て き た 。 小 魚 の群 れ が 、 金 色 の さざ な み を 立 て て そ こ
かし こを 行 く 。 そ の小 魚 を ね ら って 、 対 岸 で は カ ワ セ ミ が 漁 を 続 け て いる。 入 江 の周 囲 は 、 緑 濃 い
湿 原 に縁 ど ら れ 、 最 奥 の 河 口 の東 方 に向 か って 小 網 代 の谷 が せ り あ が る。 入 江 の南 と 北 の側 面 は森 に お おわ れ た 尾根 。 西 は 、 相 模 湾 ま で リ ア ス式 の小 網 代 湾 が伸 び る 。
私 は 数 十 人 の訪 問 者 と い っし ょ に、 北 岸 の葦 原 の縁 に座 って 日 没 を 待 つ。 今 宵 は 、 ア カ テ ガ ニた ち が 森 を お り大 潮 の上 げ 潮 に幼 生 を 放 す ド ラ マに、 付 き 添 う 予 定 な の だ 。
神 奈 川 県 ・三 浦 半 島 の小 網 代 の谷 は、 源 流 か ら河 口 の干 潟 域 ま で、 百 ヘク タ ー ル規 模 の流 域 が 緑
にお おわ れ 、 首 都 圏 唯 一の ︿完 結 し た 流 域 生 態 系 ﹀ を 構 成 す る 。 そ の谷 にア カ テ ガ ニが た く さ ん 暮 ら し て いる のだ 。
崖 を 走 り 、 木 に の ぼ り 、 昆 虫 や ミ ミズ を か じ って 暮 らす 森 の カ ニだ が 、 さ す が に幼 生 時 代 は 海 で
小網代 は首都 圏 に残 され た唯一 の完結 した流域生態 系
過 ご す 。 毎 年 七 月 か ら 九 月 上旬 に か け て 、 日 没 ご ろ が上 げ 潮 にな る 日 ご ろを 選 ん で雌 ガ ニた ち は森
を 降 り、 お な か い っぱ い に抱 え た 、 ケ シ粒 の よ う に小 さ な 四 本 足 のゾ エ ア幼 生 の群 れ を、 静 かな 湾 奥 の潮 に放 す の で あ る。
こ こ数 年 、 そ の自 然 の ド ラ マ に付 き 添 う 観 察 会 が 小 網 代 の夏 の 恒 例 に な った 。 地 元 の 保 護 団 体
( 小 網 代 の森 を 守 る会 ) が 主 催 す る も の 。他 の 団 体 が 開 く も の。 家 族 や個 人 。 さ ま ざ ま な 形 で 人 び と が訪 ね る よ う にな った のだ 。
そ こ で 、 事 故 や 地 元 と のト ラブ ルを 防 止 し、 ア カ テ ガ ニた ち への過 度 の攪 乱 を 避 け る 活 動 が必 要
にな った 。 さ ら に こ の機 会 に小 網 代 保 全 へ の協 力 も ア ピ ー ルし よ う と 、 ︿守 る 会 ﹀ 周 辺 の ナ チ ュラ
( 正 確 に は放 仔
リ ス ト た ち は 、 ロー テ ー シ ョ ンを 組 み、 観 察 ガ イ ドを 引 き 受 け は じ め た 。 名 づ け て ﹁か に ぱ と ﹂。
﹁か にぱ と﹂ の仕 事 は 日 没 直 前 に始 ま る。 ま ず 、 参 加 者 に ア カ テ ガ ニの生 態 や 産 卵
カ ニ パト ロー ル の略 で あ る 。 私 も そ の ス タ ッ フ の ひ と り に加 わ って いる 。
だ ) の説 明 を し 、 小 網 代 保 全 のア ピ ー ルな ど も し た のち 、 所 定 の観 察 域 に案 内 す る 。 長 靴 の 人 は 水
に入 り 、 長 靴 のな い人 は 陸 上 にと ど ま り、 カ ニた ち の移 動 や産 卵 行 動 への攪 乱 が な る べ く少 な い場 所 を 選 ん で 、 静 止 し て も らう 。 あ と は、 ひ た す ら ま つば か り だ 。
日 没 を 過 ぎ る と雌 ガ ニた ち が岸 辺 に集 ま り は じ め 、 七 月 末 な ら 、 残 照 が 水 平 線 に消 え か か る七 時
ご ろ か ら産 卵 が は じ ま る。 卵 を抱 え た雌 た ち は、 次 々 に海 に入 り 、 数 秒 間 に わ た って激 し く 体 を ゆ
す る と、 腹 部 か ら ま る で煙 が 吹 き 上 が る よ う な感 じ で 、 ゾ エア 幼 生 の大 群 が海 に放 た れ る のだ 。
も う あ た り は暗 く 、 産 卵 す る 雌 を 確 認 す る に は ラ ンプ の明 か り も 必 要 にな る。 不 思 議 な 光 景 に、
参 加 者 た ち のあ いだ か ら 思 わず 声 が あ が る 。 カ メ ラ にし が み つく 人 も いる 。 女 性 た ち か ら し ば し ば
︿が んば れ ﹀ と か け声 が か か る の は、 心 が 図 鑑 や マ ニ ュア ル にな って いな い証 拠 か も し れ な い。
ス タ ッ フ は 、 あ ま り感 動 し て いる 暇 が な い。 バ ス の時 間 、 電 車 の時 間 を気 にし な が ら 、 八時 には
参 加 者 を 帰 路 に誘 導 す る 。 事 故 のな か った こと を 確 認 し 、 小 網 代 保 全 の た め に共 闘 し て いる ア カ テ ガ ニた ち に心 で 小 さ く声 を か け 、 ﹁か にぱ と﹂ の 一日 は終 わ る の だ 。
ロー テ ー シ ョン に参 加 し てく れ る ナ チ ュラ リ スト た ち の数 が増 え 、 今 年 は 私 の ノ ル マも 昨 年 の半
分 ほ ど で 済 む 。 そ れ で も 、 七 月 末 か ら 九 月 始 め ま で、 た ぶ ん十 日 ほ ど を 、 小 網 代 で過 ご す こ と にな るだろう。
〟 の去 った浜 辺 で は、 な お 散 発 的 に産 卵 が続 い て い る。 産 卵 を 終 え て森 へ帰 る
〝迷 惑 な 観 察 者 た ち
雌 ガ ニを 追 う 雄 ガ ニた ち の求 愛 も は じ ま った 。 ゾ エア幼 生 を 求 め て ボ ラ の稚 魚 が 浅 瀬 を走 り、 人 影
の な く な った浜 にゴ イ サ ギ が 舞 い降 り て漁 を は じ め る。 小 網 代 の 谷 の生 き も のた ち の驚 異 の世 界 は 、
︱︱ 23
な お、 夜 を 徹 し て 続 く の で あ る。
保 全 への動 き
小網 代 の谷 の保 全 を目指 す十年 越 し の歴史 の中 で、 一九 九 四年 は記 念 す べき年 にな る かもし れ
な い。 六 月 末 の県 議 会 の答 弁 で、 長 洲 一二 、 神 奈 川 県 知 事 は、 小 網 代 の 谷 を 保 全 し た い意 向 を初 め て 明 確 に表 明 し 、 行 政 の動 き が 具 体 化 す る 見 通 し も 見 え て き た から だ。
小 網 代 の谷 は、 首 都 圏 にあ り な が ら、 流 域 ( 集 水 域 ) の生 態 系 が 完 結 し た 姿 で緑 に お お わ れ て お
り 、 景 観 生 態 学 的 に も き わ め て重 要 な 領 域 であ る。 し かも そ の領 域 は、 森 、 湿 原 、 水 系 、 干 潟 、 海
と いう 多 彩 な 構 成 を も って生 き も の の賑 わ い に満 ち 、 九 三 年 度 の段 階 で ま と め た中 間 集 計 で も 、 一
四 〇 〇 種 近 い生 き も のが 確 認 さ れ て いる 。 研 究 、教 育 、 そ し て観 光 等 の実 利 的 な 配 慮 だ け で い って も 、 保 全 さ れ て当 然 と 思 わ れ る 領 域 な のだ 。
と こ ろ が こ の谷 は 、 長 く リ ゾ ー ト 開 発 、 宅 地 開 発 等 の予 定 地 と さ れ 、 全 面 開 発 の危 機 にさ ら さ れ
続 け て き た 。 学 術 的 な 主 張 だ け で は克 服 し が た い実 利 的 な事 情 も 大 き か った 。 た と えば 谷 は ほぼ 全
域 が私 有 地 であ り 、 都 市 計 画 の上 で は 市 街 化 地 域 に指 定 さ れ て いる 。 そ ん な小 網 代 を 保 全 す る に は 、
疑 問 の余 地 な く膨 大 な 資 金 が 必 要 で あ り 、 も し そ の資 金 を 主 に行 政 が 負 担 す る のな ら、 議 会 や世 論 を 納 得 さ せ る、 大 き な 、 わ か り や す い応 援 が必 要 だ った 。
十 年 にわ た る 小 網 代 保 全 活 動 の特 徴 は、 当 初 か ら こ の根 本 的 な 困 難 を み す え 、 単 純 な 理 念 論 議 や
学 術 的 な 主 張 に過 大 な期 待 を せず にき た、 と いう こ と だ ろ う 。 私 た ち の見 通 し で は、 な によ り も ま
ず 、 小 網 代 の谷 の景 観 的 な ま と ま り や 、 生 き も の の賑 わ い の実 状 を 、 人 び と の日 常 的 な 了 解 の論 理
で ア ピ ー ル し 続 け る こ と こそ 大 切 だ った。 市 民 であ れ 、 行 政 職 員 で あ れ 、議 員 であ れ 、 政 策 決 定 に
関 与 す る可 能 性 のあ る多 く の 人 に、 ﹁ 小 網 代 は 生 き も の の賑 わ い に満 ち た、 親 し み のあ る 、 貴 重 な
ひ と ま と ま り の自 然 域 (ラ ン ド ス ケ ー プ ) で あ る﹂ と、 鮮 明 に認 識 し て も ら う 必 要 が あ った の で あ
る。 〝ア カ テ ガ ニ の暮 ら す完 結 し た 集 水 域 生 態 系 ・小 網 代 〟 と いう ア ピ ー ル は、 そ ん な 見 通 し の も と に企 画 さ れ て き た も の だ った 。
自 然 保 護 の た め の戦 略 で いう と、 ア カ テ ガ ニは 小 網 代 の自 然 全 体 を イ マジ ネ ー シ ョ ンで お おう 、
いわ ゆ る 天 蓋 種 の位 置 に あ る 。 森 全 域 で暮 ら し 、 干 潟 の縁 で 幼 生 を海 に放 し 、幼 生 は小 網 代 の海 で
育 ち、 ふ た た び 森 に帰 る。 そ ん な 生 活 特 性 を も つア カ テ ガ ニを 多 く の人 び と が お も し ろ い、 す て き
だ と 感 じ てく れ れ ば 、 森 と 干 潟 と 海 の連 続 す る 小 網 代 の自 然 の総 合 性 は 人 び と のイ メ ー ジ の世 界 に
格 段 に住 み着 き や す く な ろ う 。 ア カ テ ガ ニ への 注 目 は、 完 結 し た集 水 域 生 態 系 への注 目 を 誘 導 し 、
そ の領 域 全 域 に展 開 す る生 き も の の賑 わ い ( 生 物 多 様 性 ) への配 慮 に自 動 的 に道 を 開 いて く れ る は ずだ。
私 の感 想 を いえ ば 、 た ぶ ん ア カ テ ガ ニは 、 期 待 ど お り の仕 事 を は た し てく れ て い る。 大 潮 の晩 の
放 仔 の ド ラ マを 圧 巻 と す る ア カ テ ガ ニ の暮 ら し は 、 観 察 会 を 通 し 、 テ レビ や 雑 誌 の報 道 を 通 し 、 た
く さ ん の 人 び と の 共感 を 呼 ん だ 。 実 は そ の共 感 が 、 小 網 代 を 単 な る地 面 の広 が り 以 上 の も の にし て
く れ た の だ 。 こ の共 感 的 了 解 の世 界 の 成 立 で 、 ﹁面 積 百 ヘク タ ー ル の土 地 を 保 全 す る の か 開 発 す る
のか ﹂ と いう 、 単 純 で ま こ と に近 代 的 な は ず の選 択 は 、 そ も そ も そ の土 台 の部 分 で 、 エ コ ロジ カ ル な 考 え 方 を受 け 入 れざ るを え な く な った 。
も ち ろ ん 、 生 態 学 的 な 見 地 か ら みた 小 網 代 の価 値 は 、 別 に て いね いに 分析 さ れ な け れ ば な ら な い。
幸 いな の は、 ア カ テ ガ ニ の共 感 的 な 物 語 抜 き で も 、 小 網 代 の自 然 の内 容 は、 そ れ 自 体 で き わ め て 豊 か で貴 重 な こ と が 、 専 門 的 に も支 持 さ れう る こ と で あ る 。
小 網 代 のア カ テ ガ ニた ち は、 存 在 し な い価 値 を 虚 構 し て いる ので は な い。 環 境 危 機 を 不 断 に生 み
出 す 私 た ち の文 明 が、 日 常 的 に見 え な く し てし ま って い る自 然 の価 値 を 、 同 じ 日常 的 な 領 域 に、 少
し ば か り鮮 明 に回 復 さ せ る仕 事 を は た し て い る の だ 。 こ れ も大 切 な 論 点 だ 。
真 夏 の干 潟 ・ 心 の 小 宇宙 ︱ ︱24
午 後 一時 、 快 晴 。 海 風 は さ わ や か だ が 猛 烈 に 暑 い。 北 側 の尾 根 の縁 の、 ア カ メ ガ シ ワ の大 木 の木
陰 か ら 見 渡 す 入 江 は 、 河 口 か ら 三 〇 〇 メ ー ト ルほ ど も 汀線 が 後 退 し 、 一面 の 泥 干 潟 に な った 。 湖 の
よ う に 一面 に潮 を た た え、 ア カ テ ガ ニた ち の産 卵 の舞 台 と な った昨 晩 の入 江 の様 相 が、 ま る で夢 の よう だ 。
私 は 小 網 代 の谷 が 好 き だ 。 源 流 の森 も 、 ハン ノ キ の林 の中 を 行 く 小 川 も、 オ ギ の 湿原 の秋 も、 み
ん な す て き だ 。 し か し特 に干 潟 が気 に い って いた 。 ア メ リ カ の地 理 学 者 イ ー フ ー ・ト ゥ ア ン の提 案
した概念 にトポ フィリア ( 場 所 への愛 着 / E ・O ・ウ ィ ル ソ ン の バイ オ フ ィリ ア は これ に呼 応 す る
も のだ ) と いう の が あ る のだ が 、 私 の トポ フ ィリ ア は 、 水 辺 、 と り わ け 潮 風 の わ た る内 湾 の海 辺 に 極 ま って し ま う の だ 。
海 辺 の魅 力 の 一つは、 変 化 の次 元 の複 雑 さ だ ろ う 。 季 節 や 、 昼 夜 の変 化 に加 え 、 海 と陸 の はざ ま に位 置 す る潮 間 帯 に はも う 一つ、 潮 汐 の次 元 が あ る か ら だ 。
真 昼 の干 潟 に人 影 はな い。 上 空 に は ト ビ の大 群 。 正 面 の尾 根 は カ ラ スザ ンシ ョウ が満 開 だ 。 モ ン
キ アゲ ハが 干 潟 を 渡 って く る 。 干 潟 の中 央 を 小 川 のよ う に 澪 が 走 り 、 そ の末 端 が 汀 線 に消 え るあ た
り に キ ア シ シギ の群 れ が いて 、 せ わ し な く カ ニを 探 し て いる 。 少 し 目 を 凝 ら す と 、 泥 浜 の いた る と
ころ で ガ ラ ス片 の よ う に光 る も の があ る 。 そ れ が 、 み ん な 、 カ ニな のだ 。 オ サ ガ ニ、 ヤ マト オ サ ガ
ニ、 コメ ツキ ガ ニ、 チ ゴ ガ ニな ど が、 餌 を 探 し 、 な わ ば り を争 い、 求 愛 のダ ンス を 踊 る 。 光 の正 体 のほ と ん ど は 、 そ ん な カ ニた ち の動 き だ 。
し か し 二時 間 も す る と 潮 が 上 が り は じ め る。 カ ニた ち は次 々 に泥 に潜 り 、 波 に乗 って魚 た ち が や
ってく る 。待 ち構 え た カ ワ セ ミ が 漁 を す る 。 そ し て 数 時 間 も す れ ば 、 日 陰 を 恵 ん で く れ る ア カ メ ガ
シ ワ の 一番 低 い枝 先 ま で 海 面 は 上 が り、 ま た ア カ テ ガ ニの産 卵 の晩 が訪 れ る の で あ る。
太 平 洋 に面 す る小 網 代 の場 合 、 干 満 の差 は最 大 で た ぶ ん 二 メ ー ト ルく ら い に な り 、 一面 の泥 干 潟
は数 時 間 で 湖 の様 相 に変 身 す る 。 そ の劇 的 な リ ズ ム は 、 季 節 や 昼 夜 の リ ズ ム と複 雑 に絡 み、 景 観 の 見 事 な 変 化 や 、 生 き も のた ち の鮮 や か な対 応 を 引 き 出 す の で あ る。
も っと も、 干 潟 へ の私 のト ポ フ ィリ ア そ のも の は 、 こん な分 析 的 な視 線 に由 来 す る わ け で は な い。
私 が コク ワ ガ タ が 大 好 き な 理 由 が 不 明 な のと 同 様 、 私 の干 潟 への愛 着 の起 源 も 、 実 は 当 人 に さ え 自
明 で はな い。 差 し 当 た り 私 に明 晰 な の は、 ま ず 干 潟 への愛 着 が あ り 、 そ の愛 着 が小 網 代 の干 潟 に出
会 って探 索 を 促 し 、 干 潟 を 支 え る 小 網 代 の谷 全 体 の広 が り や 、 海 への強 い関 心 を強 化 し た 、 と いう
こと だ。 私 の場 合 、 生 きも の そ のも の への愛 着 ほ ど 強 烈 で は な いの だ が 、 自 然 と の交 流 に お い て、
場 所 (ラ ンド ス ケ ープ 、 山 野 河 海 ) への愛 着 が き わ め て重 大 な 位 置 にあ る こ と は 、 確 か な よ う だ 。
と いう わ け で私 の小 網 代 好 き の発 端 に は、 干 潟 への愛 着 が あ る。 し か し 現 在 の私 は、 小 網 代 の谷
の自 然 と し て の ま と ま り (拡 大 さ れ た 流 域 ) に 、 同 様 に強 いト ポ フ ィリ アを 喚 起 さ れ る 。 森 と干 潟
と 海 、 と いう ラ ンド ス ケ ープ が 連 接 し て、 水 系 のま と ま り を 作 り上 げ る と いう事 実 を 驚 き を も って
確 認 で き た の は、 小 網 代 通 い の お か げ であ る。 そ の驚 き の自 覚 が、 私 の心 の動 き の中 で は 、 さ ら に
都 市 河 川 ・鶴 見 川 流 域 に お け る流 域 視 野 の環 境 保 全 活 動 の工 夫 に さ え 、 つな が って いる ので あ る 。
いま 、 小 網 代 の自 然 の価 値 を 問 わ れ れば 、 私 は 躊 躇 な し に、 ﹁ 小 網 代 に は、 森 と 干 潟 と 海 が 連 接
し て作 り 上 げ る完 結 し た水 系 の ラ ンド ス ケ ープ が あ り、 そ こ に生 き も の た ち の見 事 な 賑 わ い があ る こ と ﹂、 と 答 え る だ ろう 。
こ れ を 少 し実 利 的 に いえ ば 、 私 た ち の環 境 教 育 に は 、 足 も と の大 地 の ま と ま り へ の、 いわ ば エ コ
フ ィリ ア 、 つま り 地 域 と 生 き も の の賑 わ い への共 感 的 な 愛 着 の よ う な も の の育 成 が、 いま 決 定 的 に
大 切 であ り、 そ ん な関 心 を 育 て る 拠 点 に な り う る小 網 代 は、 そ れ だ け で す で に、 全 面 保 全 に値 す る 都市 近郊自然 な のである。
[ 2] 進 化 論 / 生 き も の
潮 の記憶
進 化 論 への関 心
ナ チ ュラ リ ス ト と生 物 学 者 の間 ︱ ︱
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生 き も の の賑 わ う 自 然 を 相 手 に し て 、 私 の心 の中 に は 、 共 感 的 な ナ チ ュラ リ スト と 、生 物 学 者 の
よ う な も のが 、 互 い に影 響 し あ い な が ら 、 し か し 持 ち分 を尊 重 し あ って共 存 し て い る と いう 自 覚 が あ る。
過 去 を 振 り 返 って み る と、 お お む ね優 勢 な の は ナ チ ュラ リ スト の私 の ほう だ 。 生 き も の の賑 わ い
や 山 野 河 海 の安 ら か な 配 置 や 、 生 き も のた ち と の交 感 や、 環 境 危 機 の問 題 に強 い関 心 が あ り 、 意 味
や 、 価 値 や 、 夢 の世 界 に住 ま う の が好 き で 、 野 辺 や 水 辺 で幸 せ な 時 は、 実 は科 学 と あ ま り縁 が な い。
一方 の生 物 学 者 のよ う な 私 は 、 生 態 学 と 進 化 理 論 の境 界 領 域 や 、 そ の社 会 的 な 意義 の分 析 のよ う
な も の に関 心 が強 い。 た と え ば 、 ア カ テ ガ ニが笑 う と 感 じ た り 、 来 世 は ハゼ に な って見 事 に保 全 さ
れ た 東 京 湾 の浅 瀬 で遊 び た いと 空 想 し て幸 せな のは前 者 の私 。 後 者 の私 は 、 進 化 理 論 の 一部 を 援 用
し ハゼ の習 性 を 分 析 し た り 、 進 化 理 論 自 身 の妥 当 性 や 、 社 会 的 含 意 の分 析 に関 心 を向 け て き た 。
そ ん な 二刀 流 で 知 的 な混 乱 は な い のか と いえ ば 、 も ち ろ ん あ る の が 当 た り前 で あ る。 両 者 の意 見
を 強 引 に整 合 さ せ よ う と す れ ば 、 矛 盾 や 断 絶 は いく ら で も あ る。 し か し 、 大 き な 混 乱 が な い限 り、
生 物 学 の側 の私 も 、 カ ニが 笑 う はず は な い と か 、 来 世 を 空 想 す る の は 科 学 的 で な いな ど と 声 高 に い
って、 相 棒 を 強 く いじ め た り し な い。 日 常 的 ・共 感 的 な自 然 交 流 の世 界 と、 科 学 の明 ら か にす る、
あ る いは 明 ら か にし た と主 張 す る秩 序 を 両 方 と も に尊 重 し 、 で き れ ば 共 感 的 な自 然 交 流 の世 界 を科 学 と衝 突 さ せず 、 守 り た い と、 両 者 は とも に願 って いる のだ と思 わ れ る。
幸 か 不 幸 か進 化 理 論 の領 域 は 、自 然 を 全 面 的 に素 材 化 し て し ま う 産 業 社 会 の乱 暴 な 期 待 か ら 、部
分 的 には ぐ れ てし まう 分 野 で も あ る 。 恐 竜 の過 去 を 語 り 、 生 き も のた ち の類 縁 を 分 析 し 、 生 き も の
た ち の多 彩 な 暮 ら し の適 応 的 な秩 序 を 理 解 し よ う と す る よう な研 究 か ら、 産 業 社 会 が 直 接 的 に大 き
な実 利 を 期 待 す る こ と は む ず か し い か ら だ ろ う 。 逆 に進 化 論 は 、 長 い人 類 の歴 史 の中 で、 産 業 社 会
の興 奮 は き っと 短 命 で あ る こ と を 示 唆 し、 産 業 社 会 の誇 大 狂 を冷 や し て し ま う 側 面 さ え も つ。 暇 な
科 学 、 趣 味 的 な 科 学 、 そ ん な側 面 を 立 派 にも つ進 化 生 物 学 を 、 私 は と て も おも し ろ い と思 って い る。
そ れ で も近 代 科 学 の枠 の中 の営 為 で あ る 以 上 、 進 化 論 が ら み の生 態 学 の諸 分 野 で も 、 数 学 的 定 式
化 を 含 む抽 象 化 や 、生 物 イ メ ー ジ の素 材 化 ・世 俗 化 は当 然 の傾向 であ る 。 ま た利 己 的 遺 伝 子 論 や 、
遺 伝 子 資 源 ブ ー ム や 、 優 生 学 的 な 主 張 を介 し て 、 そ の分 野 周 辺 の見 解 が 産 業 社 会 の流 行 や 期 待 や 不
安 に呼 応 し 、 意 外 に大 き な社 会 的 イ ン パク ト を 生 ん だ り も す る の で あ る 。 そ し て これ ら は 、 し ば し
ば さ まざ ま な 啓 蒙 の回 路 を 介 し て、 生 き た 自 然 への私 た ち の関 心 や共 感 を 攪 乱 す る の であ る 。
に進 化 理 論 の周 辺 に強 く 影 響 さ れ た ば か り に、 山 野 河 海 に生 き も の の賑 わ う 生 き た自 然 そ の も の が
進 化 理 論 は 、 生 き も のた ち の生 き る現 場 に私 た ち を 誘 導 す る道 具 と し て の力 を も つ。 し か し 、 逆
見 え な く な る 、 と いう 倒 錯 し た事 態 だ って 、 あ り そ う な の だ。
進 化 生 物 学 周 辺 の主 張 に耳 傾 け つ つ、 し か し お お ら か で共 感 的 な ナ チ ュラ リ ス ト た ち の文 化 を い
か に育 て る か 。 ま た、 共 感 的 な ナ チ ュラ リ スト の領 域 を 不 当 に攪 乱 せず 、 で き れ ば 賑 や か に励 ま す
進 化 生 物 学 の あ り か た は ど ん な も の か。 私 の中 に いる ナ チ ュラ リ スト と生 物 学 者 の よ う な も のは 、
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し ば し ば 悩 み 、 論 議 を し て い る気 配 が あ る 。 し ば し、 こ のあ た り の問 題 を 、 た ど り た い と思 う 。
すべての生き も のは親戚であ る︱︱
ク ワ ガ タ ム シ も 、 タ ヌ キ も 、 ダ イ コ ンも 、 そ れ ど こ ろ か カ ビ や、 ミ ミズ や 、 納 豆 菌 も 、 生 き も の
はす べて 同 じ 祖 先 に由 来 す る 。 つま り 私 た ち ヒ ト と 、 す べ て の生 き も の た ち は 、 拡 大 さ れ た 親 戚 関 係 にあ る と いう見 解 が 、 生 物 進 化 論 の柱 であ る 。
そ ん な 見 解 を最 初 に勉 強 し た の は い つだ った ろ う か。 私 も 友 人 た ち も 記 憶 が な い。 サ ルや ク ワ ガ
タ と 親 戚 と い わ れ た ら 、 一度 く ら い仰 天 し て も よ さ そう な も の だ。 し か し そ う な ら な い のは 、 私 た
ち の文 化 の日 常 的 な自 然 像 の中 に、 人 と自 然 を 峻 別 し な い構 造 があ る た めだ ろ う か。 近 年 、 米 国 の
一部 で進 化 論 教 育 への宗 教 的 反 発 が政 治 問 題 に ま で な った のを 思 い出 す と、 な ん だ か不 思 議 な 感 じ
も あ る。
古 来 、 人 び と は 、自 分 た ち や 、 周 囲 の生 き も のや 、 山 野 河 海 の由 来 を 、 さ まざ ま な 神 話 の形 でイ
メ ージ し 、 納 得 し て き た。 た と え ば 、 有 名 な ﹁ 創 世 記 ﹂ (旧 約 聖 書 ) 神 話 で は、 神 は天 地 を 造 り 、
生 きも の た ち を 造 り 、 そ の 頂点 に神 の像 の通 り に人 を 作 った と 記 さ れ て い る。 山 野 河 海 と 、生 きも の た ち と 、 人 は、 唯 一の神 の被 造 物 と いう 位 置 で 、 由 来 を 同 じ く す る 。
そ ん な 形 で納 得 し て いた 人 び と に 、 サ ル と人 は 親 戚 、 と 主 張 し た ら 、 大 混 乱 は 当 然 だ 。 そ の キ リ
ス ト教 の文 化 圏 で 、 大 混 乱 を 承 知 で進 化 論 の枠 組 みを 作 った の が 、 チ ャ ー ルズ ・ダ ー ウ ィ ン の ﹃ 種 の起 原 ﹄ (一八五 九 ) だ った 。
そ の本 に、 た だ 一つ、 樹 木 の よ う な 図 が あ る 。 少 し貧 粗 な ケ ヤ キ のよ う な 姿 で、 上 端 の枝 は ど れ
も 同 じ 高 さ で水 平 に切 れ て終 わ って い る。 実 は こ の図 こそ 、 ダ ー ウ ィ ン派 進 化 論 ( 現 代 進 化 論 の系 譜 だ ) の支 柱 で あ る、 ︿由 来 の 一致 ﹀ 仮 説 を 、 表 し て いる 。
( 種 ) への分 岐 を 繰 り 返 し 、 今 日 に いた る 。
要 点 は次 のよ う な も のだ 。 太 古 、 地 上 に は た ぶ ん唯 一の祖 先 生 物 が 住 ん で いた 。 そ の祖 先 生 物 は 、 ち ょう ど 枝 を わ け 、 伸 び 広 が る樹 木 の よ う に子 孫 生 物
多 く の枝 は枯 れ 、 つま り 絶 滅 し 、 上 端 の水 平 面 に到 達 で き て いる 生 きも のた ち が、 現 在 の生 物 世 界 を 構 成 し て い る の で あ る。
魚 も 、 鳥 も 、 人 も 、 いま 地 上 にあ る も の は、 同 じ 地 史 的 時 間 を 生 き た進 化 の同 輩 た ち で あ り 、 形
態 の相 違 の大 小 は 、枝 分 か れ し た 過 去 の時 点 の遠 近 に対 応 す る と 、 考 え る の だ。
であ る 。 ダ ー ウ ィ ン以 降 、 由 来 の 一致 の仮 説 は さ ま ざ ま な 証 拠 や理 屈 に支 え ら れ 、 生 き も の の関 係
科 学 の理 論 は 、意 味 や 心 理 的 イ ンパ ク ト で は な く 、 事 実 と 理 屈 で妥 当 性 を 検 証 さ れ る のが ル ー ル
を 規 定 す る 基 本 的 な 科 学 的 事 実 と み な さ れ て き た 。 二十 世 紀 後 半 に な って、 バ ク テ リ ア か ら 人 間 ま
で 生 き も の の細 胞 には D N A と いう 物 質 が あ り、 遺 伝 子 と し て ほぼ 共通 の機 能 を 果 た し て い る と わ
か った の も 、 ︿由 来 の 一致 ﹀ 仮 説 を 強 く 支 持 す る材 料 で あ る 。 これ を 基 礎 に、 D N A 分 子 の比 較 か
ら 、 ヒ ト と チ ン パ ンジ ー は高 々 数 百 万 年 前 に同 一生 物 だ った な ど と計 算 さ れ た り し て いる こ と も 、 よく知 られ ているだろう。
比 喩 で は な し に、 生 き も の た ち は文 字 通 り 進 化 の親 戚 仲 間 で あ る。 こ れ は、 日常 的 な 感 性 や 物 語 の世 界 が 、 所 与 と し て 共 存 す べき 事 実 な ので あ ろ う と 私 は考 え て いる。
ただし私 は、 この ︿ 事 実 ﹀ か ら 、 私 た ち が ど ん な意 味 を 引 き 出 す か と いう こ と にも 強 い関 心 が あ
る 。 親 戚 と いう イ メ ー ジ を 根 拠 にす れば 、 厳 格 な 生 命 倫 理 を引 き 出 す こ と も で き る 。遺 伝 子 の共 有
を根 拠 に、 逆 にす べて の生 物 は人 間 の た め の有 用 資 源 と 改 め て実 利 的 に ア ピ ー ルす る こ と も で き る。
私 は 、 漠 然 と し た 自 然 イ メ ージ の中 か ら、 生 き も の の世 界 を 特 別鮮 明 に 浮 上 さ せ る手 が か り と し て、 由 来 の 一致 の事 実 を いか し た い。
た と え ば 、 L ・マー ギ ュリ ス の有 名 な 分 類 の テ キ ス ト 、 ﹃五 つの 王 国 ﹄ の表 紙 に は、 バ ク テ リ ア 、
原 生 生 物 、 カ ビ 、 植 物 、 動 物 の五 つ の生 物 群 が 五 本 の指 に見 立 て ら れ 、 切 な く 地 球 を つ かん で い る
イ ラ スト が描 か れ て いる ( 92 頁 参 照 )。 生 き も のた ち の賑 わ い が地 球 を 頼 る痛 切 さ を 、 見 事 に示 す
イ メー ジ で あ る。
自 然 選択 の解 釈 ︱ ︱27 地 球 には な ぜ こん な に た く さ ん の生 物
( 種 ) が い る の だ ろ う 。 し か も そ れ は 、 同 形 で色 だ け が限
り な く ち が う と か 、 同 習 性 で 形 だ け が こ とご と く ち が う と いう よ う な 単 純 な多 様 さ で は な い。 ヒト
か らネ ズ ミ ま で 、 ト ンボ か ら ク ワ ガ タ ま で、 そ し て ス ス キ か ら ブ ナ の大 木 ま で 、 基 本 的 に 類 似 し つ
つ細 部 を 異 に す る 生 物 の諸 集 団 が、 さ ら に複 雑 な 類 似 と相 違 の距 離 に置 か れ、 形 で も 、 習性 で も 、 機 能 の点 で も、 ま こ と に複 合 的 な多 彩 さ を 示 す の であ る 。
ダ ー ウ ィ ン が 眼 前 に見 て い た の は、 こ の 圧 倒 的 で 複 合 的 な 、 多 様 さ、 多 彩 さ だ った 。 そ の 多 様
さ ・多 彩 さ を自 然 のプ ロセ ス の産 物 とし て 理解 す る こ と 。 ダ ー ウ ィ ン は、 も ち ろ ん そ のた め に ︿由
来 の 一致 ﹀ の樹 形 モ デ ルを 提 案 し た 。 ケ ヤ キ の大 木 を 見 上 げ 、 大 、 中 、 小 の枝 の配 置 か ら 生 物 の分
類 体 系 を 連 想 し 、 枯 枝 よ り 新 枝 が多 いか ら生 物 多 様 性 は 増 す のだ な 、 な ど と 実 感 で き る と き、 私 た ち は ダ ー ウ ィ ン の生 き た 視 野 に少 し 触 れ て い る の で あ ろ う 。
由 来 の 一致 は、 時 間 軸 を 上 にす れ ば 、 祖 先 を 同 じ く す る も の の多 様 ・多 彩 化 の過 程 、 つま り進 化
過 程 の視 覚 的 な 表 現 で も あ る 。 小 枝 の発 生 ・分 岐 、 枝 の方 向 変 化 、 そ し て枯 死 と いう 形 で、 そ れ ぞ
れ 、 種 の分 化 、 種 の変 化 、 そ し て絶 滅 が 表 現 さ れ 、 進 化 ( 進 化 =変 化 =多 様 化 ・多 彩 化 と と ら え る
のが 適 切 だ ) の軌 跡 が 示 さ れ て い る。
ィ ン 以 後 の進 化 理解 の 理 論 的 な 課 題 、 と いう こ と に な る 。生 物 の テ キ ス ト に登 場 す る ︿変 異 の発
教 科 書 的 に い えば 、 こ れ ら の諸 過 程 を左 右 す る メ カ ニズ ム群 を 総 合 的 に理 解 す る こ と が、 ダ ー ウ
生 ﹀ と ︿自 然 選 択 ﹀ と いう 二段 構 え ・ワ ン セ ット の作 用 は、 ダ ー ウ ィ ンが 最 も 重 視 し 、 ま た 現 代 の
進 化 論 も重 視 す る中 心 的 な メ カ ニズ ム で あ る 。 そ し て実 は、 こ の メ カ ニズ ムを ど う 理 解 す る か が 、 科 学 的 に も 、 社 会 ・文 化 的 に も大 い に重 大 な 問 題 と な る はず な のだ 。
ダ ー ウ ィ ンは 自 然 選 択 を ︿有 用 な 変 異 の保 存 ﹀ と定 義 し て い る。 有 用 さ と は な にか 。 変 異 と は ど
ん な も の か 。 遺 伝 の メ カ ニズ ム を 知 ら な か った ダ ー ウ ィ ン の把 握 に は、 曖 昧 さ が つき ま とう 。
そ れ で も 分 析 は見 事 だ った 。 ダ ー ウ ィ ンは 、 生 存 ・繁 殖 に有 利 な 性 質 を 、 有 用 、 と 直 観 的 に考 え、
た と え ば 、 虫 媒 花 の蜜 が 多 い のは 、 分 泌 量 の多 い変 異 が 虫 を 強 く ひ き つけ 、 そ う で な いも の よ り 種
子 を 多 く 残 し た か ら だ と いう タ イプ の、 功 利 的 な 説 明 を 徹 底 さ せ た 。 こ のタ イ プ の 分析 を 一般 化 で
(=適 応 ) を 受 け て いる に ち が いな い。 個 々
き る な ら 、 生 命 の大 樹 の枝 先 に賑 わ う 生 き も のた ち は 、 そ の形 態 や 、 習 性 や 、 あ る いは 心 理 にま で、 生 存 繁 殖 に有 利 、 と いう 原 則 に沿 った 自 然 選 択 の刻 印
の生 物 に お いて 、 ま た 一般 的 に、 そ れ は具 体 的 に ど ん な 傾 向 な のか 。 ダ ー ウ ィ ン の分 析 は そ ん な 設 問 の領 域 を 開 いた の で あ る。
﹃ 種 の起 原 ﹄ か ら 一三七 年 目 の現 在 、 進 化 生 物 学 は由 来 の仮 説 を踏 襲 し 、 自 然 選 択 の重 要 性 も支 持 し続 け て い る 。
し か し 生 物 学 諸 分 野 の進 展 を 受 け 、 由 来 の モデ ル の見 方 も 、 自 然 選択 の理 解 も大 き な 変 化 を 受 け
て き た 。 特 に自 然 選 択 の 理解 は、 遺 伝 学 の視 野 を いか し て 改 変 さ れ 、 過 去 の理 解 や 古 い誤 解 を 、 急
速 に相 対 化 し つ つあ る。 し か し 問 題 設 定 は、 ダ ー ウ ィ ンと 同 様 だ。 自 然 選 択 は 、地 上 に賑 わ う 生 き
も の た ち の形 態 や 、 行 動 や 、 心 理 に 、 い った いど んな 傾 向 を も た ら す か。 た と え ば 、 従 属 、 互 恵 、
敵 対 、 利 己 、 利 他 な ど の諸 傾 向 は ど う な って い る か。 文 化 や 自 由 の領 域 と自 然 選 択 は ど う か ら む の か ⋮ ⋮。
表紙
Kingdomsの
Five
利 己的な遺伝 子
遺伝子の乗り物 ︱ ︱28
﹁生 物 は み んな 生 存 機 械 だ 。 遺 伝 子 と いう 名 の利 己 的 な分 子 を 保 存 す る べ く、 そ の遺 伝 子 た ち に よ
って盲 目 的 にプ ログ ラ ム さ れ た ロボ ット 、 つま り遺 伝 子 の 乗 り 物 な の だ ﹂。 ﹃利 己 的 な 遺 伝 子 ﹄ と
いう 不 思 議 な タ イ ト ル の著 書 で 、 筆 者 のリ チ ャー ド ・ド ー キ ン ス は そ ん な こ と を い って いる 。
こ こ数 年 、 いわ ゆ る ﹁利 己 的 遺 伝 子説 ﹂ は、 日 本 の読 書 界 、 教 育 ・研 究 や ナ チ ュラ リ ス ト た ち に
も 大 き な影 響 を 与 え 始 め た。 ド ー キ ンス は 、 い った い何 を 主 張 し て いる のだ ろ う 。
( 体 ) が あ る。
本 は 父 親 の体 が つく った 精 子 に由 来 す る 。 覚 え て
ヒト の受 精 卵 の直 径 は、 一ミ リ の十 分 の 一ほ ど 。 そ の核 の中 に、 四 六本 の染 色 糸 二 三 本 は母 親 の体 が つく った卵 細 胞 に、 残 り 二三
い る人 は いな いはず だ が 、 私 た ち は、 昔 、 み ん な 一つの受 精 卵 だ った のだ 。
( 四 六 本 ) ず つ配 当 さ れ る 。 そ し て、 細 胞 増 殖
そ の受 精 卵 は細 胞 分 裂 を 繰 り 返 し 、 数 十 兆 の細 胞 か ら な る ヒト の体 を つく り 上 げ る。 分 裂 ご と に 染色 糸 は複 製 さ れ、 原 則 と し て す べ て の細 胞 に 一組
の過 程 で 私 た ち は 、 巨 大 な 脳 や 器 用 な 手 な ど、 ヒト に特 徴 的 な 体 の構 造 や 形 を 獲 得 す る。
と に よ って次 代 の受 精 卵 に寄 与 し、 そ のう え 次 世 代 の個 体 の安 全 、 成 長 に さ え か か わ って 、 や が て
そ の体 は 、 順 調 な ら数 十 年 に わ た って よく し ゃ べ り、 働 き 、 さ ら に卵 子 ま た は 精 子 を 提 供 す る こ
大 地 に帰 る。 気 づ け ば 、 私 た ち は母 や 父 に似 て い る。 子 ど も た ち は 、 私 た ち によ く 似 て いる 。 遺 伝
現 象 の 一端 だ が 、 思 え ば わ が 身 は、 本 当 に不 思 議 な現 象 の中 に いる の であ る 。
現 代 生 物 学 は 、 受 精 卵 か ら 体 を つく り 、 活 動 さ せ、 さ ら に親 に似 た 子 ど も ま で生 み出 さ せ る諸 機
能 の根 底 に、 構 造 、 機 能 に関 す る情 報 の保 存 、 発 現 、 複 製 を 担 う ﹁ 遺 伝 子 ﹂ が あ る と、 信 じ て いる 。
( 染 色 体 ) だ 。 私 た ち の細 胞 には 染 色 糸 に対 応 し て 四 六 本 の巨 大 D N A分 子 が あ り、 一
遺 伝 子 の本 体 は D N A と 呼 ば れ る 巨 大 分 子 で 、 そ の分 子 が タ ンパ ク 質 と連 関 し て糸 状 にな った も の が、染色糸
つ の細 胞 の D N Aを 伸 ば せば 、 約 一メ ー ト ル にも な る 。 そ の D N A の 機能 的 な 断 片 群 が 、 さ し あ た り遺 伝 子 と 呼 ば れ て い る部 分 で あ る。
ヒト の細 胞 は、 数 万 を こ す遺 伝 子 を も つと さ れ 、体 の構 造 や活 動 の い った いど こ ま で が 、 ど ん な
具 合 に、 ど の遺 伝 子 (群 )に規 定 さ れ て いる も の か、 な お 不 明 な こ と が 多 い。 し かし 、 ど う や ら ヒ ト
も 他 の す べ て の生 き も のも 、 設 計 、 運 転 の基 本 情 報 を 遺 伝 子 にプ ログ ラ ム さ れ、 生 存 ・繁 殖 の活 動
をす る ﹁ 機 械 ﹂ の よ う な も のら し い。 これ は、 ド ー キ ン ス固 有 の見 解 で は な く 、 現 代 生 物 学 に共 通 の生 物 像 と い って よ いも の だ 。
そ の機 械 に目 的 は あ る か 。実 は、 ド ー キ ンス流 の関 心 は こち ら であ る 。 創 造 の 信 仰 に従 う な ら 、
目 的は創造者 ( 神 )の み が知 る 。 ま た 、 生 き る 個 人 の心 の世 界 に素 直 に従 う な ら 、 目 的 は 、 か け が え
の な い人 生 ひと つひ と つに、 痛 切 に鮮 明 か つ固 有 な も のだ 。 し か し 、 自 然 科 学 の見 方 で いえば 、 実
は生 き も の の生 存 に ﹁ 宇 宙 的 ・客 観 的 な 目 的 ﹂ な ど な い と いう のが た ぶ ん 正 解 な ので あ る。 し かし 、 目 的 の よう な も の、 な ら あ る の だ と 、 進 化 論 は教 え て い る。
流 れ の中 に小 石 を ま け ば 、 比 重 の重 い石 が 底 に残 る 。 そ の石 にも し 心 が あ って、 重 い石 で あ る こ
と の目 的 を 聞 け ば 、 ﹁ 知 ら な い﹂ と いう の も 答 え で あ り、 ﹁ア ユ の群 泳 を 見 た いか ら﹂ と いう のも
答 えであり、 また別 に、 ﹁ 流 れ に止 ま り 続 け る こと ﹂ と いう のも 答 え のよ う な も の であ ろ う 。
生 存 機 械 の場 合 に も 、 ち ょう ど第 三 の方 式 の よ う な 回 答 が可 能 で あ る。 ﹁こ の地 上 に よ く 似 た 子
孫 を残 し 続 け る こと ﹂。 た ぶ ん そ ん な 答 え に な ろう 。 生 物 は、 自 分 の コピ ー を よ り 多 く 次 代 に残 そ
う と す る利 己 的 遺 伝 子 の乗 り 物 だ、 と いう ド ー キ ン ス の意 見 は、 そ ん な 答 え方 の主 体 を 、 さ ら に遺 伝 子 に ず ら し て 見 せ た、 比 喩 な の で あ る。
遺伝子の利 己性はコピ ー率 の高さ︱︱29
現 代 の進 化 理 解 に は、 ダ ー ウ ィ ン の知 ら な い領 域 が あ る 。 進 化 を遺 伝 子 で論 じ る領 域 だ 。
生 物 のさ まざ ま な 変 異 の う ち 、 生 存 ・繁 殖 に有 利 な 変 異 の広 が る過 程 を 自 然 選 択 と考 え る の は、
ダ ー ウ ィ ンも 現 代 の進 化 論 も 根 本 的 な相 違 は な い。 ち が う の は、 現 代 進 化 論 の場 合 、 そ の過 程 を 同
時 に集 団 に おけ る遺 伝 子 の組 成 や 頻 度 の変 化 と し て 、 理 解 し よ う とす る点 だ 。
( 遺伝 子
要 点 を つ か む た め 、 緑 の草 原 に暮 ら す 空 想 上 の黄色 い バ ッタ を 考 え よ う 。 こ の バ ッタ は 一対 の相
同 染 色 体 上 に遺 伝 子 A し か な け れ ば 通 常 の黄 型 だ が 、 少 な く と も 一 つ、 別 の D N A 断 片 B ) を も つと緑 型 にな る と仮 定 す る。
さ て黄 型 ば か り の集 団 に突 然 変 異 によ って遺 伝 子 B が生 じ た ら ど う な る だ ろ う 。 た ぶ ん黄 型 は減
り 、 や が て集 団 は緑 型 に な る 。 目 立 つ黄 型 は鳥 な ど に捕 食 さ れや す く 、 目 立 た な い緑 型 の ほ う が繁
殖 ま で高 率 で生 き残 る はず で 、 個 体 当 た り の 子 ど も の数 が 同 じ な ら、 次 世 代 の子 孫 の数 は緑 型 が多 く な る と い う理 屈 が 成 り 立 つか ら だ 。
こ の過 程 を 遺 伝 子 の次 元 の領 域 に置 き 換 え て考 え て み よ う 。 た と え ば 個 体 を 受 精 卵 の段 階 で考 え 、
集 団 の全 個 体 に つ いて受 精 卵 の中 のA ま た は B 遺 伝 子 だ け を 取 り出 し た遺 伝 子 のプ ー ル のよ う な も
の ( 集 団 遺 伝 学 で は遺 伝 子 プ ー ルと いう ) を 想 定 す れ ば い い。 世 代 ご と に黄 型 が 減 って 緑 型 が増 え
る過 程 は、 そ の遺 伝 子プ ー ルの中 で A 遺 伝 子 の頻 度 が 減 って B遺 伝 子 の頻 度 が 増 す こ と と 対 応 し て いる 。
そ し て こ こ か ら さ ら に、 次 のよ う に比 喩 的 に語 り は じ め る と ド ー キ ンス 流 にな る 。遺 伝 子 プ ー ル
の中 の A遺 伝 子 は、 黄 色 い生 存 機 械 の生 存 ・繁 殖 活 動 を 介 し て コピ ー生 産 に励 む。 B遺 伝 子 は 、 緑
色 の生 存 機 械 を 介 し て コピ ー生 産 に励 む 。 緑 の草 原 で は緑 色 の生 存 機 械 の ほう が生 存 率 が高 い の で
遺 伝 子 コピ ー の生 産 効 率 が よ く 、 B遺 伝 子 の勝 ち 。 遺 伝 子 A は 、 や が て よ り コピ ー 率 の高 い遺 伝 子
B に置 き 換 え ら れ 、 草 原 に は 黄 型 の生 存 機 械 よ り も 子 孫 生 産 の能 力 に勝 る (つま り 適 応 的 な ) 緑 色 の生 存 機 械 が は び こ る と いう わ け で あ る 。
流 水 底 に は重 い石 が 残 る よ う に、 自 然 選 択 の過 程 で は、 よ く 似 た 子孫 を 残 し続 け る の に都 合 の よ
い性 質 ( 適 応 的 な性 質 =緑 の草 原 な ら黄 色 よ り緑 色 ) の生 存 機 械 、 あ る い は そ ん な 生 存 機 械 をプ ロ グ ラ ム す る 遺 伝 子 が 残 る。
こ れ を遺 伝 子 の視 点 で比 喩 的 に言 い換 え れ ば 、 自 然 選 択 に有 利 な 生 存 機 械 は、 遺 伝 子 コピ ー を も
っと も 多 く 次 代 に伝 え る こ と が でき る よ う な 性 質 を も った生 存 機械 で あ る 。 そ し て そ ん な 生 存 機械
をプ ログ ラ ムす る遺 伝 子 が、 自 然 選 択 の過 程 で最 も 有 利 な遺 伝 子 と いう こ と に な る 。 遺 伝 子プ ー ル
の中 の遺 伝 子 は、 コピ ー率 の高 いも のが 生 き 残 る 。 コピ ー率 の高 さを さ ら に比 喩 的 に利 己 性 と 表 現
す れ ば 、 そ れ が ド ー キ ン ス の利 己 的 遺 伝 子 理 論 の核 心 的 な 比 喩 な の で あ る 。
こ こ ま で く れ ば 、 適 応 分 析 の演 習 は も う簡 単 だ 。 いく つか の遺 伝 子 を仮 定 し 、 そ れ ぞ れ が生 存 機
ど の生 存 機 械 が も っと も 適 応 的 か 、 遺 伝 子 コピ ー の 数 を 目 安 に分 析 す る。 あ る いは特 定 の生 存 機 械
械 に別 の性 質 ( 戦 略 な ど と いう 表 現 を 使 う こ と が あ る ) を 発 現 さ せ る と考 え 、 そ の上 で ど の遺 伝 子 、
が 有 利 に な る 条 件 は ど ん な も の か考 え れ ば い い。
た と えば 緑 の草 原 の バ ッ タ ( 遺 伝 子 B ) の集 団 に 、 遺 伝 子 C が 登 場 し た と 考 え る 。 こ の遺 伝 子 は
バ ッタ を 再 び鳥 に見 つ かり や す い黄 色 に す る が、 同 時 に捕 食 者 を 苦 悶 さ せ る刺 激 物 質 を 生 産 さ せ る と す る。 毒 を も った 黄色 い バ ッタ は 自 然 選択 に有 利 か 不 利 か。
も し鳥 が 、 黄 色 い個 体 は ひ ど く ま ず い と確 実 に記 憶 し 、 後 日 は緑 色 の個 体 ば かり た ん ね ん に狙 う
よ う に な れ ば 、 黄 型 を 乗 り 物 と し た 不 運 な C遺 伝 子 は 、 そ れ が鳥 に与 え た教 訓 に よ って 、 親 戚 の体
の中 に存 在 す る コピ ー の数 を 間 接 的 に増 加 さ せ る こ と が で き る だ ろ う 。 つま り 、 集 団全 体 で平 均 し
て考 え れ ば 、 C 遺 伝 子 は B 遺 伝 子 よ り 有 利 にな る可 能 性 が 十 分 にあ る と いう こ と で あ る 。 有 毒 性 を
宣 伝 す る黄 色 い体 は、 あ る種 の自 己 犠 牲 の形 で、 適 応 的 であ り う る と いう こと に な る 。
利他行動 の利己的遺 伝子的解釈︱︱30
近 年 の生 物 学 者 た ち は 、 人 間 ば か り で は な く 動 物 や と き に は 植 物 に さ え 社 会 性 の概 念 を適 用 す る 。
少 な く と も 同 じ 種 の個 体 の相 互 関 係 は、 広 い意 味 の社 会 性 と 考 え て し ま う の が普 通 だ 。 実 は 、 利 己
的 遺 伝 子論 のイ ンパ クト は、 生 き も のた ち の社 会 性 の適 応 的 な 進 化 、 つま り自 然 選 択 に基 づ く 進 化 に適 用 さ れ た 場 合 に発 揮 さ れ る 。
( 女 王 ) の繁 殖 を助 け 、 自 ら は 子 ど も を 産 ま な い働 き バ チ や
専 門 家 た ち が も っとも 注 目 し て き た 現 象 の 一 つは、 利 他 行 動 の進 化 の問 題 だ 。 典 型 的 な 例 は、 働 き バ チ や 働 き ア リ の存 在 だ ろ う 。 母 親
ア リ が自 然 選 択 の産 物 な ら ば 、 個 体 の生 存 ・繁 殖 に不 利 な は ず の 習性 が自 然 選 択 に よ って有 利 にな った と いう こ と にな る。 そ ん な お か し な こ と が あ り う る の か。
事実 ダ ーウ ィンは ﹃ 種 の起 原 ﹄ の中 で、 こ の問 題 は自 然 選 択 学 説 に と って 致 命 的 な 難 点 と な る 可
能 性 が あ る と表 明 し 、 個 体 を 単 位 と し た 通 常 の ダ ー ウ ィ ン流 の自 然 選 択 で は な く 、 家 族 を 単 位 とし
た 自 然 選 択 を 想 定 し て、 難 題 を 回 避 し よ う と し た 。 ダ ー ウ ィ ン の努 力 は と ても 見事 な も の な のだ が、
な お明 快 な 説 明 で は な い。 遺 伝 子 の視 点 抜 き に 、 利 他 行 動 の適 応 的 な進 化 を 理 解 す る の は、 た ぶ ん 不 可 能 な の であ る 。
利 己 的 遺 伝 子 の視 点 に よ る利 他 行 動 の進 化 の説 明 は、 聞 い てし ま え ば 一見 驚 く ほ ど 単 純 だ 。 これ も 思 考 実 験 で扱 お う 。
自 分 の子 ど も は自 分 で育 て る 習 性 を も つ動 物 を想 像 し 、 そ の繁 殖 習 性 は 遺 伝 子 A に規 定 さ れ て い
る と考 え る 。 そ こ に別 の遺 伝 子 B が 突 然 変 異 に よ って登 場 す る。 遺 伝 子 B は、 ﹁あ る 条 件 のも と で
は 、 自 分 の子 ど も の数 を 減 ら し 、 か わ り に甥 や姪 を 余 分 に育 てよ ﹂ と、 生 存 機 械 に利 他 主 義 を 指 示
す る遺 伝 子 だ 。 さ て ど ん な 条 件 が 満 た さ れ れ ば B のほ う が A よ り も 自 然 選 択 で有 利 にな れ る か 。 つ
ま り 、 ど ん な 条 件 が あ れ ば 、 利 他 主 義 を 指 示 す る遺 伝 子 の ほ う が 、 ﹁利 己 的 ﹂ にな り う る か ?
問 題 を 解 く カギ は 、 ﹁ 遺 伝 子 コピ ー ( 厳 密 に は 同 祖 的 な コピ ー と い う む ず か し い概 念 が 必 要 だ )
は 、 子 ど も を 通 すば か り で な く 親 戚 を 通 し ても 次 世 代 に伝 え ら れ る﹂ と いう 事 実 だ 。
ど も は 二分 の 一の確 率 で 、 ま た 甥 や 姪 は 四 分 の 一の確 率 で遺 伝 子 B の ( 同 祖 的 な ) コピ ー を も つと
いま 生 存 機械 D が 、 両 親 の いず れ かを 通 し て B遺 伝 子 を も つと す る と、 遺 伝 の原 理 か ら 、 D の子
計算 で きる。
も し D が 、 子 ど も X 個 体 を 育 て る努 力 を転 用 し て 、 甥 や 姪 Y個 体 を 育 て う る と す る と 、 子 育 て を
放 棄 す る こ と に よ って次 世 代 に伝 え そ こ ね る遺 伝 子 B の コピ ー 数 (こ れ は D が A の影 響 下 にあ る と
き X個 体 分 の子 ど も を 通 し て 次 代 に伝 え るA 遺 伝 子 の コピ ー 数 と同 じ だ ) は 二分 の X個 。 一方 、 か
わ り に甥 や 姪 を 育 て る こ と によ って次 世 代 に伝 え る こ と の で き る遺 伝 子 B の コピ ー は 四分 の Y個 と な る。
つま り 、 二分 のX よ り、 四 分 の Y のほ う が大 き け れば 、 D を 通 し て 次 代 に伝 え ら れ る B遺 伝 子 の
コピ ー数 は 、 D が A の影 響 下 にあ って 次 代 に伝 え るA 遺 伝 子 の コピ ー 数 よ り多 く な る。 す な わ ち自
然 選 択 によ って B遺 伝 子 は集 団 に広 が り 、 利 他 行 動 を 示 す 生 存 機 械 が 集 団 中 に増 加 し う る と いう こ とだ。
こ のよ う な考 察 を 厳 密 に進 め る に は 、 さ ら に複 雑 な条 件 を 考 慮 し な が ら集 団 全 体 に つ い て処 理 す
る必 要 が あ り、 ま し て上 記 の よ う な 単 純 な考 察 そ の も のか ら、 働 き バチ や働 き ア リ の存 在 を 含 む 複
雑 な 利 他 行 動 の進 化 の全 容 を じ か に理 解 で き るわ け で は な い。 し か し 、 遺 伝 子 の視 点 を 導 入 す る と 、
利 他 行 動 の適 応 的 進 化 が 理 解 可 能 にな る ら し い と、 納 得 は し て も ら え た だ ろ う 。 さ ら に詳 細 を 理 解 し た い読 者 には 、 適 切 な 専 門 書 が 、 いく つも 出 版 さ れ て い る。
﹁ 利 己 的 遺 伝 子 は、 利 他 行 動 を 発 現 さ せ る こ と に よ って 利 己 性 を 発 揮 す る こ と も あ る ﹂。 そ う いわ
ざ る を え な いと こ ろ に、 ド ー キ ン ス の利 己 的 遺 伝 子論 の科 学 的 な 啓 発 力 と 、 誤 解 、 混 乱 、 拡 大 解 釈 な ど の も と が 、 し っか り 凝 縮 さ れ て いる ので あ る 。
科 学 の領 域 で
種 の 維 持 論 の 崩 壊 ︱︱
31
利 己 的遺 伝 子 論 を 大 き な話 題 に さ せ た 理 由 の 一つは、 科 学 の領 域 の中 にあ る 。 ﹃ 利 己 的 な遺 伝 子 ﹄
の著 者 ド ー キ ン ス は 、 か つて あ る論 文 の中 で、 ﹁ 社 会 生 物 学 と いう 分 野 は 、 W ・D ・ハミ ルト ン に よ
って啓 発 さ れ た 比 較 行 動 学 の 一分 野 だ ﹂ と い った こと があ る 。 比 較 行 動 学 、 そ し て 社 会 生 物 学 と は
何 か。 そ し て こ れ ら は 、 利 己 的 遺 伝 子論 や ド ー キ ン ス と ど ん な か か わ り が あ る のか 。
コン ラ ー ト ・ロー レ ン ツ は、 ﹃ソ ロ モ ン の指 環 ﹄ や ﹃攻 撃 ﹄ と いう有 名 な 本 の著 者 で あ り 、 比 較
行 動 学 と いう 分 野 の創 設 者 で も あ り 、 一九 七 三年 には 、 N ・テ ィ ン バ ー ゲ ン、 フ ォ ン ・フ リ ッ シ ュ
と と も に ノ ー ベ ル賞 を 受 賞 し た 。 そ の ロー レ ンツ を代 表 と す る 古 典 的 な比 較 行 動 学 の見 解 に よ れ ば 、
動 物 の社 会 行 動 は、 自 然 選 択 によ って種 を 維 持 す る の に都 合 のよ い姿 に改 変 さ れ て ゆ く も の だ 。
た と えば 、 一見 、 利 己 的 な闘 争 に見 え る な わば り行 動 な ど も 、 個 体 数 の調 節 な ど を 通 し て実 は 種
を 維 持 す る機 能 を 果 た し て いる 。 さ ら に 、 闘 いあ う シ カ の雄 が 、 普 通 は乱 暴 に角 を 突 き 合 わ せ ず に
儀 式 化 さ れ た 闘 争 で 勝 負 を つけ た り、 な わ ば り を 争 う 魚 た ち が 、 体 側 の誇 示 や 口で の噛 み合 いな ど 、
こ れ も儀 式 的 な闘 争 行 動 を 見 せ る のは 、 同 種 個 体 の損 傷 を 回 避 し て 、 種 の維 持 に貢 献 す る機 能 を 果 た し て い る、 な ど と 解 釈 さ れ て き た 。
一九 七 〇 年 代 半 ば ま で 、 動 物 の社 会 性 に関 心 を 持 つ学 者 た ち の適 応 理 解 は 、 ヨ ー ロ ッ パ でも 、 ア
メ リ カ で も 、 そ し て 日本 で も 、 お お む ね ロー レ ン ツ た ち の見 解 に近 いも の だ った 。 生 存 ・繁 殖 に有
利 、 と いう 適 応 性 のダ ー ウ ィ ン的 な 基 準 を 、 し ば しば ﹁種 の維 持 ﹂ と言 い換 え て適 用 し て いた の で
あ る 。 日 本 で は 、 ロー レ ン ツ派 と は 別 の学 派 、 た と え ば 今 西 進 化 論 や ルイ セ ン コ派 の進 化 論 の影 響 も加 わ って 、 種 の維 持 と いう 観 念 は さ ら に強 力 な も のだ った。
し か し 一九 七 〇 年 代 に入 って 、 そ の 理解 枠 は急 速 に崩 壊 し た 。 遺 伝 子 の次 元 を重 視 す る現 代 進 化
論 の見 方 によ れ ば 、 社 会 性 に か か わ る形 質 に せ よ 、他 の形 質 に せ よ、 自 然 選 択 によ って有 利 にな る
形 質 は、 ﹁そ の形 質 を発 現 さ せ る遺 伝 子 が 、 そ の形 質 の効 果 に よ って集 団 中 によ り多 く 広 が り う る
よ う な形 質 ﹂ ︱︱ つま り ﹁ 自 ら の コピ ー の数 を 高 め る の に よ り 都 合 の よ い形 質 を 発 現 さ せ る よ う な
(一般 的 に は植 物 も 含 む) の社 会 性 を問 題 に す る 分 野 は、 全 面 的 に再 検 討 さ れ は じ め た の
遺 伝 子 に支 配 さ れ る 形 質 ﹂ で あ る。 こ の基 準 、 つま り ド ー キ ン ス の いう 利 己 的 遺 伝 子 の視 点 に よ っ て、 動 物 であ る 。
再 検 討 の カギ と な った のは ﹁ 包 括 適 応 度 ﹂ の尺 度 だ った 。 冒 頭 に名 前 の あ が った ハミ ルト ン は 、 一九 六 四 年 に そ の尺 度 を 提 案 し た イ ギ リ ス の 独 創 的 な ナ チ ュラ リ ス ト だ 。
こ こ で解 説 は し な いが 、 包 括 適 応 度 と いう 量 は、 実 は 遺 伝 子 の コピ ー数 を 子 ど も や親 戚 の数 を 用
い て表 現 し な おし た も の であ り 、遺 伝 子 コピ ー数 と本 質 的 に同 じ 尺 度 であ る 。 つま り 一九 六 〇 年 代
(一九 七 六 年 ) と いう こと に な る 。
半 ば に提 案 さ れ た 包 括 適 応 度 を 、遺 伝 子 コピ ー の視 点 で 総 合 的 に表 現 し な お し た も の が 、 ド ー キ ン ス の利 己 的 遺 伝 子 説
遺 伝 子 コピ ー の視 点 に基 づ いて 、 社 会 行 動 の適 応 性 を 、 総 合 的 に分 析 し よ う と いう ( ド ー キ ンス
に いわ せ れ ば 比 較 行 動 学 の) 新 し い潮 流 は 、 ま も な く ﹁社 会 生 物 学 ﹂ あ る いは ﹁行 動 生 態 学 ﹂ と呼
ば れ る よ う にな った 。 一九 七 五 年 、 ア メ リ カ のE ・O ・ウ ィ ルソ ン は、 ﹃社 会 生 物 学 ﹄ と いう 大 著 を
出 版 し て新 分 野 を 紹 介 し 、 そ の内 容 や 人 間 論 への影 響 を め ぐ って 、 欧 米 で は激 し い ﹁ 社 会生物学論
争 ﹂ が ま き お こ った 。 ド ー キ ン ス の本 の第 一版 は 、 そ の 翌 年 に出 版 さ れ、 一九 八 〇 年 に は 、 ﹃生 物 =生 存 機 械 論 ﹄ のタ イ ト ル で邦 訳 が 出 版 さ れ て い る。
利 己 的遺 伝 子 理 論 は、 動 物 の社 会 性 、 さ ら には 生 き も の 一般 の適 応 的 な 進 化 を 問 題 に す る 科 学 の
領 域 に お け る、 近 年 の大 転 換 に関 与 し て き た視 野 だ った 。 そ の視 野 は 、 私 た ち の生 き も の の理 解 や 、 生 きも の のイ メ ー ジ に、 ど ん な 衝 撃 を与 え る のだ ろう 。
利己的遺 伝子論はナチュラリスト の道具 ︱ ︱32
社会生物 学 や行動 生態学 は、行動学 や生態学 の研究領域 に小さ な革命 を起 こした。ダ ーウ ィンそ
のも の の引 き 起 こ し た 科 学 革 命 に比 べれ ば ほ ほ え ま し いも のだ が、 現代 の ナ チ ュラ ル ・ヒ スト リ ー の領 域 にと って、 そ れ は と て も 大 き な パ ラダ イ ム 転 換 だ った の であ る 。
こ の小 革 命 は大 流 行 を 生 ん だ 。 一九 七 〇 年 代 半 ば の ウ ィ ル ソ ン の著 書 の出 版 、 そ れ に続 く 激 し い
﹁ 社 会 生 物 学 論 争 ﹂ な ど と 歩 調 を 合 わ せ、 欧 米 で は社 会 生 物 学 、 行 動 生 態 学 の分 野 の研 究 が急 増 し 、
多 く の著 書 が出 版 さ れ、 シ ンポ ジ ウ ム が開 か れ 、 も ち ろ ん 研 究 者 の数 も 急 増 し た 。
十 年 ほ ど遅 れ て革 命 は 日 本 の ナ チ ュラ ル ・ヒ スト リ ー の分 野 にも 上 陸 し、 多 く の研 究 者 た ち が 新
展 開 に合 流 し た 。 包 括 適 応 度 、 あ る い は利 己 的 遺 伝 子 の視 点 か ら の適 応 分 析 は 、 も は や 研 究 の常 識 にな って し ま った 観 が あ る。
こ の転 換 に伴 って、 生 き も のた ち の暮 ら し 、 と り わ け 動 物 た ち の社 会 性 の様 相 に 関 す る科 学 者 た
ち の把 握 が 、 一変 さ れ つ つあ る 。 な に よ り 大 き な 変 化 は、 生 物 の振 る舞 いを 抽 象 的 、 思 弁 的 に把 握
す る旧 来 の傾 向 が影 を ひ そ め 、 具 体 的 、 条 件 的 に分 析 す る のが 当 た り前 にな った こと だ 。 種 の維 持
と いう よ う な 曖 昧 な 尺 度 に代 わ って、 包 括 適 応 度 や遺 伝 子 コピ ー率 な ど 、 数 量 的 にイ メ ージ で き る 適 応 尺 度 が 登 場 し た か ら こ そ 可 能 に な った 転 換 だ 。
た と え ば 動 物 の振 る舞 いに は 、 利 己 的 と 見 え る も のも 、 利 他 的 と 見 え る も の も 、 互 恵 的 と 見 え る
も の も あ る のだ が 、 そ れ ら の進 化 を 理 解 す る の に 、 ﹁ 種 の維 持 ﹂ に役 立 つ、 な ど と こ じ つけ る 必 要
はな く な った。 利 己 性 と利 他 性 の いず れ が根 源的 か と いう よ う な、 思 弁 的 な問 いも 不 要 にな った 。
﹁ 進 化 を 促 す の は、 闘 争 性 か協 力 性 か﹂ と い った、 ハク ス レー や ク ロポ ト キ ン 以 来 の疑 似 問 題 も 、
原 理 的 に消 滅 し た の だ と い って よ い。
バ ッ タ の色 や 利 他 主 義 の進 化 に関 し て述 べた こ れ ま で の思 考 実 験 か ら容 易 に推 察 さ れ る よ う に、
新 し い理 論 枠 のも と で は 、 利 己 的 行 動 も、 利 他 的 行 動 も 、 協 力 性 も 、 適 切 な 異 変 が生 ず れば ど れ も
自 然 選 択 で有 利 にな る 可 能 性 が あ る。 ど れ が 自 然 選 択 で 有 利 に な る か は 、 ど ん な 生 活 条 件 の も と で、
ど ん な 習 性 を も つ生 物 に自 然 選 択 が 作 用 す る か で決 ま って く る 。 利 他 性 も 、 利 己 性 も 、 互 恵 性 も 、
そ れ ぞ れ 、 ど ん な 条 件 下 で進 化 し や す いか 、 理 論 的 にあ る程 度 の目 安 を つけ る こ と が で き る よ う に な った と 言 い換 え て も よ い。
そ ん な 理 論 的 な 見 通 し の お かげ で 、 新 し い解 釈 や、 画 期 的 な 発 見 が促 さ れ て いる 。 た と え ば 、 ロ
ー レ ン ツな ど が 種 の維 持 のた め に進 化 し た と 考 え た な わ ば り 行 動 や儀 式 的 な 闘 争 行 動 は、 ﹁種 で は
な く 個 体 の生 存 や 繁 殖 に有 利 だ か ら 進 化 し た ﹂ と 説 得 的 に解 明 す る 理 論 が支 持 さ れ る よ う に な った 。
求 愛 や 子 育 て を め ぐ って 雌 雄 や親 子 のあ いだ には 、 協 調 と 同 時 に予 想 外 の利 害 対 立 や葛 藤 も あ る こ と が さ ま ざ ま な 動 物 で、 詳 細 に明 ら か に な ってき た。
(ワ ー カ ー ) と繁 殖 専 門 の個 体 の分 化 が 見 ら れ る社 会
反 対 に協 力 性 や 、 利 他 性 の顕 著 な事 例 も 、 次 々 に報 告 さ れ て いる 。 た と え ば 、 異 な る 世 代 が共 存 す る集 団 で暮 ら し 、 自 分 で は 繁 殖 し な い個 体
性 を 真 社 会 性 と 呼 び 、 ア リ 、 ハチ 、 シ ロア リ類 にだ け 見 ら れ る も のと 長 く記 載 さ れ て き た の だ が 、
植 物 に つく アブ ラ ム シ に も自 分 で は繁 殖 し な い兵 隊 アブ ラ ム シ が 見 つか った 。
常 識 が 崩 れ る と 新 し い事 例 は次 々 に見 つか る 。 キ ク イ ム シ の仲 間 の甲 虫 にも 真 社 会 性 を 示 す種 が
あ る と いう 。 さ ら に、 し か る べき 条 件 下 で は哺 乳 類 に も真 社 会 性 が進 化 し う る と いう 予 測 ど お り、
ア フ リ カ の乾 燥 地 帯 の地 下 で 集 団 生 活 を 送 る ハダ カ モグ ラ ネ ズ ミ な ど 、 数 種 の小 型 哺 乳 類 で 真 社 会 性 が確 認 さ れ は じ め て いる 。
利 己 的 な 習 性 にせ よ、 利 他 的 な 習 性 に せ よ 、 足 も と の生 き も の の世 界 は、 私 た ち の思 いも 及 ば な
か った 多 様 で、 多 彩 な社 会 性 に満 ち て い る。 利 己 的 遺 伝 子 論 に象 徴 さ れ る小 さ な 革 命 を 経 て、 生 物 学 は いま 、 そ ん な 事 実 を 新 鮮 な驚 き を も って 認 識 し て いる はず な のだ 。
利 己 的 遺 伝 子 説 の 啓 発 力 と 難 し さ︱︱33
生 物 は遺 伝 子 と いう利 己 的 な分 子 の生 存 機 械 だ 。 そ う 要 約 さ れ る利 己 的 遺 伝 子 論 は 、 科 学 者 を 強 く啓 発 す る 。 し か し 、実 に扱 い にく く 、 誤解 さ れ や す い理 論 で も あ る。
啓 発 的 な 面 は は っき り し て いる 。 た と え ば 、 利 他 行 動 の思 考 実 験 が 示 す よ う に、 遺 伝 子 コピ ー の
数 (つま り遺 伝 子 の利 己 性 の 程度 ) を 基 準 に と り 、 単 純 な 条 件 下 で さ まざ ま な 理論 的 検 討 を 加 え る
と 、 重 要 な 形 質 の進 化 の可 能 性 を 簡 単 に、 し か も 原 論 的 に 示 唆 で き る 。真 社 会 性 の進 化 の説 明 に関 す るダ ー ウ ィ ン の労 苦 を 思 え ば 、 こ れ は驚 く べき こと と い ってよ い。
同 じ手 法 を 使 う と 、 ど ん な 条 件 の生 物 に ど ん な適 応 現 象 が 見 つか り や す いか 見 当 を つけ 、 ま た 生
活 条 件 と生 物 の特 性 の関 係 に関 す る各 種 の仮 説 を つく る こ と も で き る 。 適 切 な 指 針 や仮 説 を 手 に す
れ ば 、 ナ チ ュラ リ スト た ち は 意 欲 を も って探 検 に行 き、 お も し ろ い発 見 を 持 ち 帰 る も の だ 。 そ も そ
も そ ん な 探 検 の蓄 積 こ そ、 社 会 生 物 学 や 行 動 生 態 学 の流 行 の最 大 の成 果 か も し れ な いの で あ る。 原
論 的 な領 域 や 、 発 見 的 な 分 野 に お け る実 績 を 考 え ると 、 適 応 現 象 の多 く は 利 己 的遺 伝 子 論 の示 唆 す
る よ う な ロジ ッ ク で確 か に形 成 さ れ て い る の だ ろ う と 、 そ ろ そ ろ認 め てよ いよ う な 気 が し てく る の で あ る。
と こ ろ が 一方 、 利 己 的 遺 伝 子 論 は、 実 に扱 いに く い議 論 で も あ る 。前 提 や条 件 が あ ま り に大 ざ っ
ぱ で 、 融 通 無 碍 で、 妥 当 性 の 水 準 を 把 握 し 、 誤 解 ・誤 用 の 回避 が むず か し い。
た と え ば 、 論 議 の都 合 で登 場 す る さ まざ ま な 〝 遺 伝 子 〟 は 、 現 実 に確 認 さ れ た遺 伝 子 で は な い。
モデ ル や解 釈 は、 仮 定 の上 に仮 定 を 重 ね 、 し か も何 が 仮 定 さ れ て いる のか 明 確 で な い形 式 が 多 いの
で 、 正 解 を確 定 す る こと が むず か し い。極 端 を いえ ば 、 利 己的 遺 伝 子論 は こ の世 のあ ら ゆ る 現 象 を
適 応 と み な し 、 あ り う べ き仮 説 を 延 々 と ひね り出 し て と ど ま ら ず 、 い った い何 を解 明 す る つも り な
のか わ か ら な く な る 、 と いう よ う な 可 能 性 が あ る 。 一部 で は 、 す で に そ う な って い る の か も し れ な い。
誤解 誘 発 の温 床 と いう 側 面 も あ る。 そ も そ も 、 利 己 的 遺 伝 子 と いう 命 名 自 体 が誤 解 を 生 む 。 利 他
行 動 を 発 現 さ せ る仮 説 上 の遺 伝 子 も 、 血 液 型 遺 伝 子 も 、 ヘ モグ ロビ ン の遺 伝 子 も、 コピ ー生 産 率 が
高 く て現 存 す る のだ か ら 、 定 義 か ら い って ど れ も 利 己 的 遺 伝 子 な の だ と み な し て よ い。 し か し 、 そ う 明 快 に理 解 す る の は 、 案 外 むず かし いこ と だ ろ う 。
利 己 的 遺 伝 子 は、 遺 伝 子 コピ ー 率 の最 大 化 を 意 志 的 に目 指 す 人 格 的 な存 在 で は な い ( 発見法 とし
て は 内 緒 で そ う 考 え た方 が わ か り や す い と し て も ! )。 遺 伝 子 コピ ー を 増 や せ と 絶 え ず 超 越 的 に働
き かける、 〝 背 後 霊 〟 のよ う な 存 在 で は さ ら に な い のだ と、 フ ァ ンた ち に は ど う 説 明 し た ら い い の
だ ろう 。 も っと 単 純 な こ と を いえ ば 、 擬 人 的 に いき い き と論 じ てし ま う 利 己 的 遺 伝 子 論 は、 議 論 の
対 象 が、 数 千 、 数 万 年 を 要 す る かも し れ な い生 物 進 化 のゲ ー ム な の だ と いう こ と を 、 いと も簡 単 に 忘 れ さ せ て し ま う ので あ る。
利 己 的 遺 伝 子 論 は 、 ド ー キ ン ス が開 拓 し た ま った く 新 し い進 化 理 論 だ と いう 根 本 的 な誤 解 も あ る 。
集 団 遺 伝 学 と呼 ば れ る分 野 の専 門 書 を 見 れ ば 、 利 己 的 遺 伝 子 の比 喩 な し に、 遺 伝 子 視 野 の自 然 選 択 論 が ち ゃん と展 開 さ れ て いる の が わ か る だ ろ う 。
二十 世 紀 の前 半 に成 立 し た 集 団 遺 伝 学 は、 ダ ー ウ ィ ン の進 化 論 と遺 伝 学 を総 合 し た分 野 だ 。 実 は
現 代 進 化 論 を 支 え る そ の 分 野 の、 厳 格 で 融 通 の効 かな い自 然 選 択 論 を 簡 便 化 し 、 行 動 学 や 生 態 学 の
分 野 にも 大 い に使 いや す い道 具 に し た の が、 包 括 適 応 度 や 利 己 的 遺 伝 子 の論 議 だ った と いう 歴 史 が あ る。
ド ー キ ン ス の著 書 ﹃ 利 己 的 な遺 伝 子 ﹄ の ま え が き に ﹁利 己 的 遺 伝 子 説 は オ ー ソ ド ック スな ネ オ ・
ダ ー ウ ィ ニズ ム の論 理的 発 展 で あ り ⋮ ⋮ (そ れ を ) 目 新 し いイ メ ー ジ で表 現 し た も の﹂ とあ る のは
そ の こ と だ 。 目 新 し いイ メ ー ジ 、 つま り利 己 的 遺 伝 子 のイ メ ー ジ を 除 けば 、 ド ー キ ン ス の本 は集 団 遺 伝 学 の演 習書 と も いえ る の で あ る。
そ れ にし て も 、 利 己的 遺 伝 子 の比 喩 の啓 発 力 の秘 密 は何 な のだ ろう 。 生 態 学 、 行 動 学 、 ナ チ ュラ
リ ス ト た ち の進 化 理 解 は 、 良 く も 悪 く も 、 な お そ の比 喩 の力 の中 にす ま う の であ る 。
社 会 の領 域 で
流 行 現象 が 誤 用 ・悪 用を 誘 発 ︱ ︱
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利 己 的 遺 伝 子 論 を 大 き な 話 題 に さ せ た も う 一方 の理 由 は、 社 会 的 な 領 域 に あ る。 ド ー キ ン ス の
﹃ 利 己 的 な 遺 伝 子 ﹄ の初 版 は、 一九 七 六 年 に出 版 さ れ て いた 。 し か し 、 一般 的 な読 書 界 な ど 私 た ち
の身 近 で ド ー キ ン ス が大 き な 話 題 に な り は じ め た の は、 一九 九 〇 年 こ ろ か ら の こ と だ。 社 会 的 には
さ し て 話 題 に な ら な か った そ れ ま で の十 五 年 間 に、 な に が あ った のか 。 そ し て 十 五 年 も た って な ぜ 利 己 的 遺 伝 子論 は 、 急 に話 題 に な り は じ め た の か。
欧 米 で利 己 的 遺 伝 子論 が 大 き な話 題 に な った の は七 〇年 代 後 半 か ら 八〇 年 代 前 半 こ ろ の こ と だ っ た 。先 にも 言 及 し た社 会 生 物 学 論 争 の時 代 だ 。
し か し 、 こ の論 争 の初 期 の時 代 、 日 本 の行 動 学 の領 域 は、 種 重 視 、 全 体 論 重 視 の生 物 論 に ま だ 人
気 が あ り、 利 己 的 遺 伝 子 論 の台 頭 は 、 専 門家 た ち の あ いだ で も、 新 奇 な 一過 的 現 象 と 予 想 さ れ る こ
と が 多 か った 。 日 本 の研 究 者 た ち が 社 会 生 物 学 ・行 動 生 態 学 の 〝流 行 〟 に本 格 的 に合 流 し た のは 、
ド ー キ ン ス の本 の初 版 本 が出 て十 年 ほ ど を 経 た 、 八〇 年 代 半 ば 近 く にな って か ら の こ と だ った ので あ る。
利 己 的 遺 伝 子 論 や 包 括 適 応 度 の理 論 が 社 会 的 にあ ま り話 題 にな ら な か った十 五 年 間 ほ ど は、 専 門
家 た ち が夢 中 で そ の理 論 枠 にな じ み、 研 究 業 績 を 上 げ 、 ナ チ ュラ ル ・ヒ ス ト リ ー の国 際 的 な 小 革 命 への キ ャ ッチ ・ア ップ を 目指 し て いた時 代 だ った と いう わ け だ 。
こ の時 代 の専 門 家 た ち の対 応 を 象 徴 し た の は ﹁生 物 の適 応 戦 略 と社 会 構 造 ﹂ と いう 総 合 的 な 研 究
計 画 だ ろ う 。 京 都 大 学 を 拠 点 にし て 一九 八 二年 に スタ ー ト し た こ の研 究 計 画 は 、 数 億 円 規 模 の予 算
のも と に、 おそ ら く 一〇 〇 人 を こす 研 究 者 を 動 員 し て、 一九 八 六 年 に終 了 し、 以 後 さ まざ ま な 形 で 、 社 会 生 物 学 ・行 動 生 態 学 の成 果 を 出 版 し は じ め る の であ る 。
ド ー キ ン ス の本 の初 版 の邦 訳 (一九 八 〇 年 ) は 、 そ の静 か だ った時 代 の初 期 を 記 す 記 念 品 で あ る 。
邦訳に ﹃ 生 物 =生 存 機 械 論 ﹄ と いう 不 思 議 な タ イ ト ル が つ いた の は、 私 を 含 む 訳 者 た ち の状 況 認 識
を 反 映 し た も のだ 。 一方 で欧 米 の社 会 生 物 学 論 争 を追 跡 し 、他 方 で今 西進 化 論 と いう 、 科 学 的 根 拠
の ほ と ん ど な い進 化 論 が 当 時 の 日 本 で大 い に流 行 す る 状 況 を 分 析 し て いた 私 は 、 ド ー キ ン ス の本 が
﹃利 己 的 な 遺 伝 子﹄ と いう 挑 発 的 な タ イ ト ル の ま ま 、 冷 静 な 対 応 の で き る専 門 家 不 在 の 一九 八 〇 年 の時 点 の日 本 で 出 版 さ れ た ら、 大 き な 混 乱 を 生 む と判 断 し て いた 。
しかし ﹃ 生 物 =生 存 機 械 論 ﹄ な ど と いう 題 な ら 、 た ぶ ん読 む の は関 心 のあ る生 物 学 者 と 、 哲 学 好
き く ら いの も のだ ろ う 。 ま ず そ ん な 人 び と が 取 り 組 ん で 、 科 学 的 な 論 議 と し て 、 (つま り ド ー キ ン
ス の本 を 入 門 的 な 教 科 書 のよ う な も のと し て 読 ん で) 利 己 的 遺 伝 子 論 を 正 確 に扱 え る人 び とを 増 や
し て お く ほ か な いと 私 は 考 え 、 出 版 社 を 説 得 し た 。 科 学 社 会 学 的 に配 慮 さ れ た 不 思 議 な タ イ ト ルは 、 た ぶ ん 期 待 さ れ た 仕 事 を そ こ そ こ に果 た し た と 思 う 。
ド ー キ ン ス の本 は、 一九 八 九 年 に増 補 版 が で た 。 そ の増 補 分 を 訳 し 加 え て 、 新 版 にな った の が 、
こ こ数 年 話 題 に さ れ る増 補 改 題 ﹃利 己 的 な遺 伝 子﹄ (一九 九 一年 ・紀 伊 國 屋 書 店 ) な の で あ る 。 驚
く の は、 内 容 が さ ら にむ ず か し く な った は ず の そ の本 に、 こ のた び は専 門 家 以 外 の読 者 が多 数 つい
て い る ら し い こ と で あ る。 専 門家 にも や さ し く は な い本 な の だ か ら 、 科 学 書 と し て は 読 ま な い人 び
と が た く さ ん 購 入 し は じ め て いる と いう こと だ ろ う 。 非 専 門 家 を 大 き く巻 き 込 ん だ 、 あ る種 の社 会 的 な 流 行 現 象 が起 こ って いる のだ と 思 わ れ る。
上 記 の特 定 研 究 の終 了 と前 後 し て、 利 己 的 遺 伝 子 論 ( あ る いは 包 括 適 応 度 ) を援 用 し た生 き も の
の世 界 の解 説 が、 雑 誌 や著 書 に多 数 紹 介 さ れ は じ め 、 ナ チ ュラ ル ・ヒ スト リ ー の好 き な読 者 に強 い
関 心 を 呼 ん だ の は事 実 で あ る 。 し か し そ れ は多 分 、 小 さ な 要 因 に すぎ な い。 も っと 重 要 な のは 、 利
己 的 遺 伝 子 論 が 、 あ る種 の 疑 似 科 学 的 な 人 間 論 の身 元 保 証 人 にさ れ は じ め て いた と いう こ と だ 。
利 己 的遺 伝 子 と いう 比 喩 が 、 一方 で科 学 者 を啓 発 す る と 同 時 に、 他 方 で危 惧 ど お り の誤 用 ・悪 用 を 、 社 会 に誘 発 し は じ め た 、 と い っても い い。
利 己 的 遺 伝 子 流 人 間 学 の流 行 ︱ ︱
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こ こ 数 年 、 日 本 の読 書 界 で 利 己 的 遺 伝 子 論 を有 名 に し た 主 因 の 一つは、 ﹁利 己 的 遺 伝 子 流 人 間 学 ﹂
と で も いう べき ジ ャ ン ル の盛 況 だ った 。 八〇 年 代 末 に 目立 ち はじ め た こ のジ ャ ン ル は、 単 行 本 、 雑
誌 記 事 、 マ ンガ 、 テ レ ビ番 組 な どを 動 員 す る 派手 な 工夫 を 重 ね て展 開 さ れ た。 内 容 は、 話 題 に な っ た 本 や 記 事 の見 出 し で見 当 が つく 。
本 の タ イ ト ルは 、 た と え ば ﹃浮 気 人 類 進 化 論 ﹄ ﹃ 男 と 女 の 進 化 論 ﹄ ﹃そ ん な バ カ な ! 遺 伝 子 と
神 に つ い て﹄ ﹃利 己 的 遺 伝 子 で解 く 恋 愛 論 ﹄ ﹃賭 博 と 国 家 と男 と 女 ﹄ 等 々。 雑 誌 の 見 出 し に は、 ﹁ 浮
気 も嫁 姑 戦 争 も 悪 い の は遺 伝 子 ﹂ ﹁ 王 朝 を 復 活 さ せ よ う と す る 遺 伝 子 の 反 逆 が 始 ま った ﹂ ﹁遺 伝 子
( ブ イ )﹂ な ど と あ る。
を 知 れ ば恋 愛 な ん て怖 く な い﹂ ﹁ド ー キ ン ス氏 は偉 大 な 概 念 を 教 え てく れ た 。 人 間 の す べ て の行 動 は 遺 伝 子 の責 任 な の で あ る ﹂ ﹁ 利 己 的 遺 伝 子 の命 ず る ま ま で ダ イ ジ ョウV
利 己 的 遺 伝 子 の比 喩 を 用 いた 、 恋 愛 指 南 、 世 事 論 評 の た ぐ い で、 いわ ゆ る血 液 型 人 間 学 と 通 ず る と ころもある。
論 法 の要 点 は 二 つ。 一つは 、 利 己 的 遺 伝 子 論 を 、 文 字 通 り の遺 伝 子宿 命 論 、 適 応 万 能 論 と し て適
用 す る こと 。 人 間 (=生 存 機 械 ) の行 動 は 、 コピ ー の数 を 最大 化 し よ う と す る神 のよ う な利 己 的 遺
伝 子 に と こと ん 支 配 さ れ て お り 、 反 抗 は む な し いと いう 印 象 を 与 え る こと だ 。
も う 一つは 、 利 己 性 至 上 主 義 で あ る。 利 己 的 遺 伝 子 論 の科 学 と し て の啓 発 力 は、 遺 伝 子 の利 己 性
が、 個 体 レ ベ ル で の本 物 の利 他 行 動 や 、 協 力 性 や 、 親 の愛 を生 み 出 し う る 、 と示 唆 す る点 に あ る の
に 、 流 行 型 の利 己 的 遺 伝 子 人 間 学 は 、 人 間 の行 動 は本 当 は (? ) み ん な利 己 主 義 な のだ と言 いた が
る 。 社 会 生 物 学 が せ っか く 分 離 さ せ た個 体 と 遺 伝 子 レ ベ ル の ロジ ック を 、 ま た混 同 さ せ る論 法 だ 。
こ の 二 つ の要 点 を 、 組 み合 わ せ 、 一夫 多 妻 こ そ自 然 、 親 の愛 は 幻 想 、 わ が ま ま と 権 力 を求 め る行
動 こそ 遺 伝 子 の指 令 に沿 う 道 だ 、 等 々 と 、 確 証 も実 証 も 抜 き に、 お も し ろ 話 を え ん え ん繰 り 広 げ れ ば い いの で あ る。
そ ん な ルー ル の人 間 論 が 一九 九 〇 年 代 ニッポ ン の読 書 界 で 社 会 的 な 流 行 を 形 成 し た。 ド ー キ ンス
の ﹃利 己 的 な 遺 伝 子 ﹄ は、 そ の分 野 の精 読 さ れざ る聖 書 と し て、 非 専 門 家 に も 購 入 さ れ て い る の だ ろ う 。 流 行 を 牽 引 し た の は数 人 の人 気 ラ イ タ ー だ 。
ス タ ー と な った著 者 の 一人 で あ る竹 内 久 美 子 さ ん は、 日 本 の社 会 生 物 学 の拠 点 であ る京 都 大 学 動
物 学 教 室 の熱 い支 援 を う け て い る と宣 伝 さ れ た 。 出 版 界 、 学 界 セ ット の パブ リ シ テ ィ ー 作 戦 が功 を
奏 し 、 誤 用 ・悪 用 だ ら け の 人 間 論 の活 性 化 と 、 学 者 社 会 に お け る社 会 生 物 学 ・行 動 生 態 学 の流 行 が 、
手 に手 を と って進 ん だ と いう 側 面 が 、 た ぶ ん確 実 にあ った の だ と 思 わ れ る 。
し か し 、 利 己 的遺 伝 子 流 人 間 学 の流 行 や利 己 的 遺 伝 子 論 の社 会 的普 及 の 背 景 に は 、実 は も っと大 き な時 代 の流 れ も あ る、 と 見 極 め て おく のが よ いと私 は 思 う 。
一つ は、 社 会 主 義 世 界 の崩 壊 に象 徴 さ れ る 旧 守 的 な 集 団 主 義 的 思 考 や行 動 様 式 の凋 落 と、 公 共 性
を 軽 視 し た 競 合 ・競 争 思 考 の卓 越 化 と いう 世 の流 れ だ 。集 団 主 義 的 の保 護 を失 い、 乾 いた 競 争 の論
理 に 曝 さ れ る ス ト レ ス が ド ー キ ンス を は や ら せ る 。 そ ん な 心 理 回 路 も あ る はず であ る。
も う 一つ、 さ ら に重 要 な のは 、 私 た ち の 世 界 認 識 を 、 す べて ﹁素 材 ︱ 生 産 物 ﹂ ﹁対 象 ︱ コ ント ロ
ー ル﹂ の視 界 に 還 元 し て ゆ く 近 代 産 業 文 明 の 認 識 運 動 そ のも の の新 局 面 だ 。 一九 五 三年 の D N A構
造 の発 見 い ら い、 生 物 学 の 分 野 で は あ ら ゆ る現 象 を 遺 伝 子 の次 元 に還 元 す る のが 、 いわ ば 文 明 的 な
流 れ で あ る。 遺 伝 子 工学 、遺 伝 子 資 源 論 、 人 間 の遺 伝 子 の全 面 解 読 計 画 (ヒ ト ・ゲ ノ ム計 画 ) と、 遺 伝 子 還 元 の前 線 は 急 速 に拡 大 中 だ 。
利 己 的遺 伝 子論 は そ ん な時 代 の流 れ の中 で、 ヒ ト を 含 む す べ て の生 き も の の振 る舞 いを遺 伝 子 に
還 元 す る 画 期 的 な 認 識 と受 け 取 ら れ 、妥 当 な 適 用 、 誤 用 、 悪 用 含 め 、 時 代 の注 目 を 浴 び て い る。 妥
当 性 の程 度 は と も あ れ、 ナ チ ュラ ル ・ヒ スト リ ー だ って遺 伝 子 に還 元 で き る と いう メ ッセ ー ジ は、 な ん だ か 少 し 格 好 が よ い、 と いう こ と な の で あ る 。
た ぶ ん 私 た ち の文 明 の認 識 運 動 自 体 が 、 利 己 的 遺 伝 子論 に注 目 し て し ま う 構 造 を も つ のだ ろ う 。
﹁利 己 的 遺 伝 子 ﹂ と いう 言 葉 は、 幸 か不 幸 か科 学 技 術 文 明 の現 在 の気 分 を 受 け る 、 文 明 史 的 な コピ ー ( 宣 伝 文 句 ) な のだ と思 わ れ る。
混乱 す る利 己と 利 他 の定 義 ︱ ︱
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利 己 的 遺 伝 子 論 の援 用 で最 も や っか いな 問 題 の 一つは、 利 己 ・利 他 の定 義 を め ぐ る混 乱 だ 。 同 じ
現 象 を、 あ る立 場 は 利 他 性 と みな し、 別 の立 場 は 利 己 性 と み る。 そ れ が 人 間 論 議 に も大 き な 混 乱 を 与 え て いる 。
社 会 生 物 学 や 行 動 生 態 学 の分 野 で は 、 利 己 性 、 利 他 性 は 、 特 定 の計 数 可 能 な 尺 度 (か り に F と す
る) を 基 準 に し て区 分 さ れ る。 いま 個 体 X が 、 個 体 Y に対 し て行 為 B を 行 な う と し、 尺 度 F か ら み
て、 ﹁X損 ・Y得 ﹂ ﹁X 得 ・Y損 ﹂ ﹁X Y 両 得 ﹂ の三 つ の場 合 を 区 別 す る こ と にす る。
X 、 Y が互 い に干 渉 せ ず 、 独 立 に生 存 ・繁 殖 す る 場 合 を ﹁ 中 立 的 ﹂ な 関 係 と す れ ば 、 ﹁X損 ・Y得 ﹂
(つま り生 涯 ) を通 し て卓
の ケ ー ス は X の Y に対 す る利 他 行 為 、 ﹁X得 ・Y損 ﹂ の ケ ー ス は X の Y に対 す る利 己 行 為 、 ﹁X Y 両 得 ﹂ の ケ ー ス は 互 恵 行 為 と いう こと にな る 。 そ れ ぞ れ の行 為 が 、 生 活 史
越 す る場 合 、 当 該 す る X の傾 向 を 利 他 主 義 、 利 己 主 義 、 互 恵 主 義 な ど と いう こ と にす れば よ いだ ろ う。
( 個 体 の適 応 度 と呼 ば れ る ) を 尺 度 に と る 。 個 体 の生 存 率 を 基 準 に し て も 悪 いこ
問 題 は、 基 準 と な る尺 度 F の決 め方 が 一通 り で な い こ と な のだ 。 伝 統 的 に は 、 個 体 が 次 の世 代 に 残 せ る 子 ど も の数
と はな い。 さ ら に個 体 を 無 視 し て、 遺 伝 子 の複 製 率 ( 同 祖 遺 伝 子 複 製 率 ) そ のも のを 社 会 性 区 分 の
基 準 に す る こと も あ る ( 包 括 適 応 度 と 呼 ば れ る 尺 度 を使 う のは 遺 伝 子 複 製 率 を 使 う の と 同 じ で あ る )。
具 体 的 な 事 例 で混 乱 発 生 の現 場 を 確 認 し よ う 。 た と え ば 、 自 分 の安 全 ・子育 てを 犠 牲 にし て他 個
体 の安 全 ・子育 てを 応 援 す る行 為 は 、 伝 統 的 な 個 体 の適 応 度 で み ても 、 個 体 の生 存 率 で み て も、 利
他 行 為 で あ る。 と こ ろ が 子 を 育 て る親 の努 力 は、 個 体 の 適 応 度 で み る と ( 他 個 体 に 影 響 が な い限
り ) 中 立 的 な行 為 と な り 、 個 体 の生 存 率 の基 準 で み れ ば 、 た ぶ ん自 己 犠 牲 、 つま り親 の子 に対 す る
利 他 行 為 と な る 。 そ し て遺 伝 子複 製 率 の基 準 で い えば 、自 然 選 択 の産 物 で あ る 限 り、 な ん であ れ 区 別 な し 。 す べて 遺 伝 子 の利 己 性 の 一環 であ る 。
つま り 、 生 存 率 の基 準 で み れば 、 生 き も の の世 界 は利 他 主 義 に満 ち て いる ( 親 の努 力 は ご く 普 通
の現 象 だ )。 個 体 の適 応 度 で み れ ば 、 中 立 的 、 利 己 的 な 現 象 の卓 越 す る世 界 に 、 案 外 た く さ ん の利
他的 現象があ る ( 社 会 生 物 学 ・行 動 生 態 学 の伝 統 は、 普 通 こ の見 方 に準 拠 す る )。 そ し て、 遺 伝 子
の視 野 で 一元 的 に分 類 す れ ば 、 複 製 率 の高 い遺 伝 子 の影 響 下 にあ る か ぎ り 、 生 き も の の世 界 は原 理
的 に (あ る いは レト リ ック的 に) ひ た す ら利 己主 義 に み ち て い る と いう 見 方 に な る。 現 実 で はな く 、 解 釈 が変 わ る の で あ る。
そ ん な 解 釈 が 混 乱 を 生 む の は、 実 は 、 利 己 ・利 他 に関 し ても う 一つ決 定 的 に重 要 な 、 生 き た 判 定
基 準 が私 た ち の 心 の中 ( 感 じ 方 ) に あ り 、 そ の感 じ 方 が、 科 学 の恣 意 的 で 形 式 的 な 解 釈 と さ ま ざ ま な齟齬 を生ず るためだ。
生 き る私 た ち は、 親 の愛 に何 が し か自 己 犠 牲 的 な も のを 感 じ てし ま う 。 利 他 的 な行 為 は世 の中 に
し ば し ば あ る と も 感 じ て いる。 し かし 日高 敏 隆 氏 のよ う な 著 名 な 科 学 者 が 、 利 他 行 動 も 母 性 愛 も な
い、 利 己 的 遺 伝 子 の視 点 で分 類 す れ ば 、 動 物 た ち のや って いる こ と は ﹁す べ て利 己 的 な 動 機 に基 づ
く も の で あ る ﹂ な ど と断 言 す れ ば 、 大 い に動 揺 し、 ま た 、 真 木 悠 介 氏 のよ う な 社 会 系 の学 者 が 生 存
率 の基 準 を重 視 し て 、利 他 性 こそ 普 遍 的 で あ り、 む し ろ エゴ イ ズ ム ( 利 己 性 ) こ そ 特 異 な も のと 主
張 す れば 、 そ ん な も の か ︱︱ と ま た 混 乱 し た り す る の であ る 。 こ の動 揺 や 混 乱 が 、 自 然 理 解 への啓
発 で あ る と 同 時 に、 利 己 的 遺 伝 子 論 の 誤 用 ・悪 用 の温 床 な のだ と思 わ れ る 。
社 会 性 の分 類 の領 域 に関 し て、 私 自 身 は 伝 統 派 だ 。 個 体 の適 応 度 を重 視 す る社 会 性 の区 分 と、 私
た ち の心 の素 直 な気 分 を 比 較 ・対 象 し な が ら 、 て いね いに 論議 す る のが 賢 いと 思 って いる 。 両 親 を
思 い出 し て も 、 子 グ モ に体 を食 わ せ て 果 てた カ バ キ コ マチ グ モ の母 親 の遺 骸 を 凝 視 し て も 、 親 の愛
は 、 利 他 と も 利 己 と も 、 そ のど ち ら で も な いと も 、 感 じ ら れ て し ま う から だ。
遺 伝 子 の架 空 の動 機 を 個 体 の動 機 と 混 同 さ せ る 日 高 氏 流 の汎 利 己 主 義 は誤 用 の見 本 。 真 木 氏 の実
存 主 義 的 な 解 釈 は新 鮮 だ が 、 子 グ モを 奪 わ れ て寿 命 が延 び てし ま った ら 、 母 グ モ は利 他 行 為 を 受 け た と解 釈 す る と いう の も 、 ま た つら い。
人 間 と利 己 的 遺 伝 子
ひと は 単 純 な生 存 機 械 では な い ︱ ︱
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遺 伝 的 適 応 、 つま り利 己 的 遺 伝 子 の視 点 で 人 間 を扱 う の は む ず かし い。
巨 大 な 脳 を も ち、 驚 異 的 な 学 習 能 力 を 備 え 、 文 化 と 共 生 す る 人 の行 動 は 、定 型 的 な 行 動 様 式
( 本
能 ) の セ ット で はな い。 遺 伝 的 な 基 盤 のあ り そ う な喜 怒 哀 楽 に か か わ る諸 反応 ば か り で な く 、 個 体
独 自 の学 習 も 、 文 化 も 、 さ ら に世 界 や 自 己 を 分 析 ・解 釈 し 、 行 動 を 選 択 す る能 力 も 大 き な 影 響 力 を も つか ら であ る 。
そ れ ら 諸 特 性 の総 合 的 な 効 果 に よ って、 人 は さ ま ざ ま な 確 率 で生 き 、 子 孫 を 残 し 、 結 果 と し て 次
代 に あ る量 の遺 伝 子 コピ ー ( 適 応 度 ) を 伝 え る 。 人 の行 動 の適 応 性 を 問 題 にす る に は、 これ ら全 体 を 視 野 に入 れ る ほ かな い のだ か ら、 む ず か し く て当 然 な のだ 。
カ ニズ ム を 考 え よ う 。 明 快 な の は、 脳 の機 能 の最 上 位 に適 応 度 最 大 化 中 枢 と で も いう べき 部 位 が遺
問 題 のむ ず し か し さを 浮 き 彫 り に す る た め に、 人 間 行 動 を 適 応 の方 向 に確 実 に誘 導 す る 架 空 の メ
伝 的 に配 置 さ れ 、 体 の機 能 全 体 を 厳 格 に統 括 す る場 合 だ ろ う。
こ の中 枢 は 、 感 覚 や 理 性 の さ ま ざ ま な 回 路 を 駆 使 し 、 生 活 条 件 や自 己 およ び 周 辺 他 個 体 の生 存 ・
繁 殖 の状 況 を く わ し く 把 握 ・分析 し 、 絶 え ず 適 応 度 の予 想 値 を 計 算 し続 け 、 生 存 機 械 の行 動 を 最 適
な 形 で (つま り次 代 に伝 え る遺 伝 子 コピ ー の数 を 最大 に す る よ う に )制 御 で き る と 考 え る 。 そ の中
枢 を つく る 遺 伝 子 は 、 究 極 の利 己 的 な遺 伝 子 に な る。 ド ー キ ン ス が 人格 化 す る利 己 的 遺 伝 子 は、 し ば し ば こ の架 空 の遺 伝 子 に似 て いる のだ 。
そ ん な 中 枢 が生 物 界 一般 に存 在 す る 気 配 は な いが 、 人 間 にだ け は あ る、 と いう な ら 、 学 習 ・文
化 ・自 省 性 等 々 のあ ら ゆ る複 雑 さ にも か か わ ら ず 、 人 間 の行 動 は、 利 己 的 遺 伝 子 の理 論 で 見 事 に 分 析 できる ことになろう。
し か し 、 幸 か 不 幸 か そ の可 能 性 は な い。 次 世 代 に伝 え る 遺 伝 子 の数 を 最 大 にす る の に最 も 都 合 の
よ い暮 ら し は 、 繁 殖 ・子 育 て に か か わ る仕 事 に励 む こ と だ が、 そ れ は非 常 にき つ い に決 ま って い る。
若 者 た ち に、 そ の道 を自 発 的 に選 ば せ る た め に は、 ス ポ ー ツ や 、 レジ ャー や 、 社 交 や 、 あ ら ゆ る う
る わ し い自 己 表 現 の体 験 よ り も、 未 来 に た く さ ん の子 孫 を 確 保 す る た め の律 義 な行 動 を 、 と り わ け 深 い快 楽 と感 じ さ せ る よ う な 、 遺 伝 的 か ら く り が必 要 だ ろ う。
だ が 、 子 ど も の数 よ り 、 自 己実 現 ( 個 体 の幸 せ ) や 収 入 へ の関 心 が強 い現 実 は、 こ の予 想 を 単 純
明快 に裏 切 って いる 。 人 間 は 適 応 万 能 機 械 で は な い。 ﹁利 己 的 遺 伝 子 ﹂ 専 用 の、 単 純 な 生 存 機 械 で は な い ので あ る。
し か し 、 私 た ち は、 も ち ろ ん 三十 七 億 年 の生 物 進 化 の産 物 で も あ る。 進 化 史 で遭 遇 し て き た生 活
条 件 のも と で 、 連 綿 と自 然 選 択 にさ ら さ れ、 生 き て増 え るた め の遺 伝 プ ログ ラ ム に改 変 を 重 ね てき
た生 物 の 一種 で あ る こ と も ま た事 実 な の だ と 思 わ れ る 。 誕 生 か ら 死 に いた る 私 た ち の行 動 の軌 跡 は 、
完 壁 で はな いが 、 大 ざ っぱ に有 効 な 形 で、 科 学 や 自 己 分 析 に も な お 謎 の多 い様 式 で 、遺 伝 的 適 応 の 方 向 にゆ る や か に規 定 さ れ て いる にち が いな い。
た と え ば 、 生 き も の は 生 存 ・繁 殖 に都 合 のよ さ そ う な情 報 を 特 に学 習 し や す い よ う 、 学 習 の特 性
や 、 情 緒 反 応 な ど も 介 し て遺 伝 的 に 方向 づ け ら れ て いる と いう 考 え 方 が、 比較 行 動 学 や 社 会 生 物 学 に は古 く か らあ り 、 説 得 的 だ 。
人 も ま た 、 安 全 や 、 危 険 や 、 仲 間 に関 す る情 報 を 、 生 存 ・繁 殖 に都 合 の よ い形 で適 切 に学 習 し 、
言 語 を 効 率 よ く身 に つけ 、 さ ら に思 春 期 に は ク ワガ タ ム シや ト ンボ よ り 同 種 異 性 に関 心 を も つ、 な
ど と いう 方 向 に遺 伝 的 に誘 導 さ れ て い る に ち が いな い。 そ ん な 傾 向 を 備 え て いた ら 、 つ い無 事 に生
き 、 配 偶 者 も で き 、 子 孫 も増 え る可 能 性 が高 い ( だ か ら そ ん な 傾 向 を 生 む遺 伝 子 が 有 利 にな った )、
な ど と いう の が 、 人 間 も 含 め た 生 き も の に お け る 、 適 応 的 な 遺 伝 子プ ログ ラ ム の展 開 の、 基 本 的 な 様相 だろう。
ま た 、複 雑 な 選択 肢 の中 か ら 目 指 す 行 動 を 選 ぶ の は、 文 化 を 支 え る 人 の特 異 な 能 力 で あ る。 選 択
す る と いう 能 力 自 体 に遺 伝 的 な 適 応 の 基 盤 が あ る の な ら、 私 た ち の 日 々 の 行 動 選 択 は、 本 来 、 生
存 ・繁 殖 に有 利 な方 向 へ何 ら か の遺 伝 的 束 縛 を受 け て いる の に ち が いな い。
( ! ) に活 用 し て い る こ と も 事 実 で あ る 。
し か し、 先 進 国 に おけ る出 生 率 の急 落 を 知 れば 、多 く の人 び と が そ の力 の 一端 を 、 な ん と適 応 度 減 少 の方 向
遺 伝 的 な 束 縛 は 、 文 化 的 ・技 術 的 な条 件 の介 入 で、 案 外 、容 易 に攪 乱 さ れ る 。私 た ち の 現 実 は、
流 行 の利 己 的 遺 伝 子 人 間 論 が 示 唆 す る よ う な 単 純 明 快 な遺 伝 万 能 ・適 応 万 能 の状 況 と は、 大 き く 離 れ た も のな の で あ る。
ミ ー ム の支 配 、複 雑 な文 化 ︱ ︱38
ド ー キ ン ス の ﹃利 己 的 遺 伝 子 ﹄ を 有 名 に し た 話 題 の 一つに、 ミ ー ム 論 が あ る 。 遺 伝 子 (gn e e・ジ
ー ン) は生 殖 を 介 し て親 か ら 子 へ伝 わ る自 己 複 製 型 の情 報 単 位 だ が 、 ミ ー ム ( m em e) は 模 倣 を介
し 、 脳 か ら脳 へ伝 播 し て ゆ く 自 己複 製 型 の文 化 単 位 ︱︱ と いう のが ド ー キ ン ス の定 義 だ 。
こ の概 念 を 使 って 、 文 化 的 な進 化 の視 点 か ら 、 人 間 の振 る舞 いを 考 え て みよ う と いう の が、 ミ ー ム 論 であ る 。
人 間 の行 動 や 生 活 様 式 は、 本 能 と し て定 型 的 に決 ま る の で な く 、 学 習 を 介 し て き わ め て多 彩 な 決
ま り 方 を す る。 ど ん な 言 語 を使 う か、 食 物 に関 し て何 を 好 む か 、 ど ん な 思 想 や 信 仰 を 身 に つけ る か、
ど ん な 家 族 生 活 を す る か、 人 や 自 然 と 一般 的 に ど ん な か か わ り 方 を す る か 、 人 生 の優 先 目 標 を ど の よ う に設 定 す る か等 々、 あ ら ゆ る領 域 に、 た く さ ん の候 補 が あ り う る 。
し か し、 こ こ で か り に ﹁ 学 習 は 模 倣 だ け ﹂ と仮 定 す れ ば 、 行 動 ・生 活 様 式 の決 定 は 、 多 数 の ミ ー ム の中 か ら 脳 に ど れ が 定 着 す る か 、 と いう 比 較 的 単 純 な 問 題 にな る。
ド ー キ ン ス に よ れ ば 、 こ れ は遺 伝 子 の自 然 選 択 と よ く 似 た過 程 だ 。 す な わ ち た く さ ん の ミ ー ム の
う ち 、 脳 の あ い だ で の模 倣 率 ( 複 製 率 ) の最 も 高 いミ ー ム (つま り 最 も利 己 的 な ミ ー ム ) が、 最 も
(つま り固 体 の生 存 ・繁 殖 ) に最 も 有 利 な ミ ー ム が、 最 も
多 く の脳 を 占 有 す る に 決 ま って い る。 そ の際 、 脳 が適 応 の原 理 に常 に完 壁 に従 って 機能 し て いれ ば 、 主 導 権 は脳 にあ り、 遺 伝 子 コピ ー の生 産 模 倣 率 の高 いミ ー ム に な るだ ろ う 。
だ が 、 そ れ が 完 壁 で な け れば 、 脳 の機 能 を 巧 み に利 用 し て、 個 体 の生 存 ・繁 殖 に有 害 な ミ ー ム が
﹁魅 力 的 な 存 在 ﹂ にな って高 い模 倣 率 を 示 し、 た く さ ん の 脳 を 占 有 す る か も し れ な い。 遺 伝 子 の生
( 模 倣 ) 機 能 を 介 し て 社 会 に定 着 し て し ま い、 場 合 によ って は 人 び
存 機 械 とし て の体 は 、生 存 ・繁 殖 に有 利 な行 動 や生 活 様 式 を 求 め て いる は ず な の に、 そ れ と矛 盾 す る魅 力 的 な ミ ー ム が、 脳 の学 習
と を 、 自 己 ︿遺 伝 子 ? ﹀ 破 壊 的 な活 動 に誘 ってし ま う と いう こ と であ る。
排 他 的 な 宗 教 や 、 イ デ オ ロギ ー的 盲 信 や 、 逆 に献 身 的 な 社 会 奉 仕 活 動 や 、 独 身 主 義 の習 慣 や 、飲 酒 ・喫 煙 の習 慣 な ど は、 そ ん な 事 情 の産 物 な の か も し れ な い。
適 応 度 最 大 化 中 枢 を仮 定 し た前 回 の思 考 実 験 が 示 す よ う に、 人 間 は 利 己 的遺 伝 子 の適 応 万 能 機 械
で は な い。 私 た ち の脳 は ミ ー ム に対 し て完 璧 な 主 導 権 を も って は いな い。 私 た ち は遺 伝 子 の生 存 機
械 で あ る と同 時 に、 ど う や ら ミ ー ム の伝 播 機 械 で もあ る 。 生 存 ・繁 殖 に都 合 の よ い行 動 や 生 活 様 式
を 学 習 し や す く で き て い る と同 時 に、 生 存 ・繁 殖 に都 合 が 悪 く て も 魅 力 的 な ミ ー ム の増 殖 は促 す と いう 、 矛 盾 に満 ち た 脳 な の か も し れ な い。
も ち ろ ん私 た ち の 脳 は 、 生 存 ・繁 殖 に都 合 の よ い学 習 を し た り 、 魅 力 的 な ミ ー ム の伝 播 機 械 にな
る ば か り で は な い。 新 し いミ ー ム を 発 見 し 、 世 界 や自 己 を 分 析 ・解 釈 し、 し か る べき 目 標 に向 か っ て 適 切 な行 動 を 組 み 立 て、 選 択 す る能 力 も 備 え て いる 。
も し そ のよ う な能 力 を 自 由 と呼 ぶ の で あ れ ば 、 ド ー キ ン ス の いう よ う に、 ﹁こ の地 上 で、 唯 一わ
れわ れだけが、利 己的な自 己複製子 ( 遺 伝 子 と ミ ー ム) た ち の専 制 支 配 に反 逆 で き る﹂ の だ ろ う 。
た だ し遺 伝 子 や ミ ー ム の支 配 を 、 す べて 否 定 的 に見 る の は い か に も ド ー キ ンス流 で あ る。
私 た ち の行 動 、生 活 様 式 、 さ ら に は 世 界 に対 す る対 応 の姿 勢 な ど は 、 遺 伝 的 適 応 で決 ま って いる
の で は な く 、 模 倣 の過 程 も含 む 複 雑 な 文 化 的 メ カ ニズ ム によ って決 ま る。 ミ ー ム の概 念 を 持 ち 出 さ
な く て も 、 そ れ は 人 間 研 究 諸 領 域 の 最 大 の課 題 で あ り続 け て き た も のだ 。 利 己 的 遺 伝 子 の概 念 の背
後 に集 団 遺 伝 学 の伝 統 が あ る の と同 様 、 ミ ー ム の背 後 に は 巨 大 な文 化 研 究 の領 域 が あ る 。 そ ん な事
情 も よ く 承 知 し た 上 で、 単 純 な 比 喩 的 概 念 を 使 い、 遺 伝 的 進 化 と 、 文 化 的 進 化 と、 自 由 の交 差 す る 次 元 を 照 ら し て見 せ た のが ド ー キ ン ス の手 腕 だ 。
﹃ 利 己 的 な遺 伝 子 ﹄ を 読 ん で ミ ー ム 論 に出 合 い、 そ れ ま で遺 伝 子 だ け が偉 いと 思 って いた 自 然 科 学
人 間 た ち が 、 人 類 学 や社 会 学 や 心 理 学 や 、 さ ま ざ ま な 哲 学 的 人 間 探 究 の領 域 に深 刻 な 関 心 を 向 け 、 ﹁文 化 は怖 い﹂ と わ か り始 め る 。 そ ん な 読 み方 も よ い の か も し れ な い。
祖先たち の婚姻形態︱
︱ 39
人 間 は適 応 万 能 の生 存 機 械 で は な い。 人 間 は ミ ー ム に も コ ント ロー ルさ れ、 生 存 機 械 の機 能 と正
( 社 会 生 物 学 の適 応 分 析 ) を 乱 暴 に振 り 回 す 流 行 性 の人 間 論 に感 染 し な いた め の工 夫 で も あ る。
面 か ら 対 立 す る行 動 を 選 ぶ こ と も あ る。 前 回 、 前 々 回 で取 り 上 げ た こ れ ら の論 点 は、 利 己 的 遺 伝 子 論
いう 印 象 を 与 え る か も し れ な い。 そ ん な 印 象 を 、 こ こ で修 正 し て お き た い。 現 代 の進 化 論 は 、 ヒ ト
た だ し こ の側 面 ば か り 強 調 す る と 、 進 化 生 物 学 は 、 人 間 に関 し て些 末 な こ と し か示 唆 し な い、 と
に つ い て も重 要 な 分 析 を 提 供 す る 。 複 雑 な 文 化 環 境 のも と に暮 ら す 私 た ち の行 動 に つ いて 予 測 す る
の は 困 難 で も 、 他 の生 物 と ヒ ト と の類 縁 関 係 や 、 体 の構 造 、 そ し て過 去 の社 会 シ ス テ ム な ど に つ い て、 事 実 と論 理 に沿 った知 見 が た く さ ん あ る 。
た と え ば 形 態 の分 析 か ら 、 人 間 は チ ン パ ンジ ー、 ゴ リ ラ、 オ ラ ン ウ ー タ ンな ど にき わ め て近 い動
物 と推 定 さ れ て き た 。 染 色 体 の構 造 や D N A の塩 基 配 列 を 比 較 す る最 近 の諸 研 究 は 、 チ ンパ ンジ ー
が ヒ ト に最 も近 い生 物 で あ る こ と を確 証 し て お り 、 さ ら に、 た か だ か七 〇 〇 ︱ 五 〇 〇 万 年 ほ ど 前 ま
で、 両 種 が 祖 先 を 共 有 し て いた 、 つま り 同 じ 種 と し て存 在 し て いた と推 定 し て いる 。 ま た化 石 の証
拠 は、 四 五 〇 ︱ 四 〇 〇 万 年 前 の ア フ リ カ にす で に 人 類 の祖 先 と 思 わ れ る直 立 二 足歩 行 生 物 (ヒ ト 科 )
が 現 れ 、 以 後 、 複 数 種 の ヒ ト 科 生 物 が 交 互 に登 場 し 、 脳 の容 積 を 増 し 、 文 化 を 洗 練 し つ つ現 生 人 類
に いた った と 示 唆 し て い る。 化 石 人 類 の 歴史 を 介 し 、 チ ンパ ンジ ー と の共 通 祖 先 を 通 し て、 私 た ち
は 地 上 に賑 わ う す べ て の生 き も の た ち の系 譜 に、 し っか り つな が って いる 。
( 婚 姻 ) シ ス テ ム の推 定 だ 。
適 応 理 論 と 比 較 研 究 を 駆 使 す る と、 人 類 の遠 い祖 先 た ち の暮 ら し ぶ り を 推 定 す る こ とも で き る。 有 名 な 研 究 例 の 一 つは 、 繁 殖
文 明 下 の現 在 の 人 類 の婚 姻 形 態 は、 一夫 一妻 型 を 中 心 に多 様 な パ タ ー ンを 示 す 。 し か し、 こ れ ら
は 文 明 のも と で成 立 し た制 度 で あ り 、遠 い祖 先 た ち の婚 姻 形 態 の主 流 は 大 き く 異 な る も の だ った に
ち が いな い、 と いう 意 見 が あ る。 原 始 社 会 は乱 婚 型 、 と いう 主 張 が権 威 だ った こ と も あ る 。 流 行 性
の利 己 的遺 伝 子 人 間 論 で は 、 し ば し ば 極 端 な 一夫 多 妻 型 が 人 間 本 性 に かな う と 主 張 さ れ る 。 と こ ろ
が 、 当 の利 己 的 遺 伝 子 理 論 を 科 学 的 に応 用 し た 研 究 事 例 か ら は、 そ ん な 極 論 と は 別 の像 が 浮 かび 上 が って い る よ う に見 え る のだ 。
推 論 の基 礎 と さ れ る のは 、 社 会 生 物 学 の領 域 で ﹁ 精 子 競 争 ﹂ と 呼 ば れ て いる 理 論 だ 。 一回 の受 精
可 能 期 間 中 に雌 が 複 数 の雄 と交 尾 す る可 能 性 のあ る動 物 で は、 多 量 の精 子 を つく る雄 が 子 孫 を 残 す
確 率 が 高 く 、 自 然 選 択 で有 利 に な る と いう推 論 が、 た と え ば そ の理 論 の応 用 の 一例 と な る 。 霊 長 類
( ゴ リ ラ な ど ) あ る いは 一夫 一妻 型 (テ ナ ガ ザ ルな ど ) の婚 姻 シ ス テ ム を も つサ ル類 の
の 場 合 、 こ の予 想 に対 応 し て、 乱 婚 型 の婚 姻 シ ス テ ム ( チ ン パ ンジ ー な ど ) を も つサ ル類 の雄 は 、 一夫 多 妻 型
雄 よ り 、 精 子 生 産 を担 当 す る精 巣 の相 対 重 量 ( 体 重 に対 す る割 合 ) が明 ら か に大 き い傾向 があ る の で あ る。
そ のパ タ ー ン の中 で、 ヒ ト の精 巣 重 量 は明 ら か に非 乱 婚 型 の サ イ ズ に属 し て い る。 これ を 素 直 に
読 めば 、 文 明 以 前 の進 化 史 の中 の人 の婚 姻 シ ス テ ム は、 乱 婚 で は な く 、 一夫 多 妻 あ る いは 一夫 一妻
型 の領 域 にあ る と 推 定 さ れ る こ と に な る。 と こ ろ が 、 一夫多 妻 の程 度 の顕 著 な種 は、 ゴ リ ラ の よ う
に雄 が雌 にく ら べ て非 常 に大 き いの が普 通 で、 男 女 差 の 小 さ な 人 間 と は こ れ も 明 瞭 に 異 な る。 こ の
条 件 を 加 味 す る と 、 現 生 人 類 の直 接 の祖 先 た ち の婚 姻 シ ス テ ム は 、 む し ろ産 業 社 会 の都 市 に暮 ら す
私 た ち が 、 普 通 に知 って い る婚 姻 形 態 に案 外 近 いも の と さ え 推 定 さ れ る。 利 己 的 遺 伝 子論 の科 学 的
な 結 論 は 、 こ こ で は ま こ と に常 識 的 な 人 間 像 を 示 唆 し て い る の で は な い か と 思 わ れ る のだ 。
性 と繁 殖 の分 離 を 可 能 に す る さ まざ ま な 知 識 や 技 術 と 、繁 殖 を 放 棄 で き る自 由 の存 在 にも か か わ
ら ず 、 科 学 ・技 術 文 明 の現 代 を 生 き る 人 間 も 、 平 均 的 に は太 古 の祖 先 た ち と大 き な 相 違 のな い婚 姻
シ ス テ ム を 生 き て いる の か も し れな い。 利 己 的 遺 伝 子 の進 化 理 論 が人 類 を そ ん な 視 野 の中 に置 いて く れ る の が 、 私 に は な ん だ か と ても お も し ろ く 、 あ り が た い。
40
卓 越 す る自 然 像 と 現 代 進 化 論
存 在 の偉 大な る連 鎖 ︱︱
進 化 論 の視 野 の中 に見 え て く る生 物 像 は、 人 び と の日 常 的 な 生 き も の のイ メ ー ジ に大 き な 影 響 を
与 え て き た 。 そ の 影 響 で従 来 の卓 越 的 な 自 然 像 は ど う な る か 。 あ る いは ど ん な新 イ メ ージ が定 着 す
る か。 進 化 論 と 共存 し よう と す る ナ チ ュラ リ ス ト に は、 大 い に気 が か り な 問 題 だ 。
た と え ば 生 物 は 、 祖 先 を 共有 し て進 化 史 を 生 き る 巨 大 な親 戚 集 団 と し て、 ほ か の自 然 物 か ら 峻 別
さ れ る 。 学 校 で進 化 論 を習 った 私 た ち は、 な ん と な く 、 そ ん な も のな の か と 了解 し て いる 。 し か し 、
ダ ー ウ ィ ン以 来 、 し ば し ば 樹 形 モデ ル ( 生 命 の大 樹 ) に表 現 さ れ 、生 き も の の宇 宙 的 孤 独 を 象 徴 し
て き た こ の イ メ ー ジ は、 伝 統 的 な自 然 像 や 日常 的 な 生 き も の像 と大 き く 異 な る 不 思 議 な も の と、 私 た ち は ど こ ま で 悟 って いる のだ ろ う 。
ア ー サ ー ・ラ ブ ジ ョイ の ﹃存 在 の大 いな る 連 鎖 ﹄ は 、 ギ リ シ ャ以 来 の伝 統 的 な ヨ ー ロッ パ世 界 が 、
宇 宙 に つ いて ど ん な基 本 観 念 を も って いた か を 教 え て く れ る。 ラ ブ ジ ョイ によ れ ば 、 神 に始 ま り 、
天 使 か ら 人 間 、 動 物 、 植 物 を 経 て鉱 物 に い た る連 続 的 で 、多 様 で、 し ば し ば 階 層 的 な 存 在 の大 連 鎖
が 宇 宙 を 満 た す と いう の が 、 そ の基 本 観 念 だ 。存 在 す る も の はな ん で あ れ 、 大 いな る存 在 の連 鎖 の
大 調 和 の中 で定 め ら れ た場 所 を も つ。 す べ て は神 の創 造 で あ り 、 人 は そ れ らを 支 配 す べき特 別 な 存 在 と し て創 造 さ れ た と す る神 話 も 、 ま た そ ん な舞 台 のも と で 語 ら れ た 。
生 き も の は共 通 の祖 先 に由 来 し て進 化 し た特 殊 な 存 在 で あ る と いう ダ ー ウ ィ ン以 来 の進 化 論 的 生
物 像 は 、創 造 説 を 否 定 し た だ け でな く 、 生 物 と無 生 物 が連 続 し 、 進 化 的 な 時 間 の な い存 在 の連 鎖 の
イ メ ー ジ も 、 断 ち 切 って し ま った 。 し か し 、 宗 教 者 ば か り で な く 、 世 界 の調 和 を 主 張 す る エ コ ロジ
スト 運 動 の周 辺 な ど に、 な お 進 化 論 へ の反 感 が あ る 背 景 に は、 ︿存 在 の連 鎖 ﹀ 的 な 世 界 像 か ら の、 な お根 強 く 、 有 効 な 違 和 感 が あ る の か も し れ な い の であ る。
由 来 の 一致 の生 物 像 と齟 齬 を き た す 日 常 的 な自 然 イ メ ージ は 、 な に も 西 欧 の過 去 にあ るば か り で
は な い。 た とえ ば 私 た ち の文 化 の中 には 、 こ の世 の存 在 を感 情 の有 無 によ って ﹁ 有 情﹂ と ﹁ 非 情﹂
に分 け る 日 常 的 な伝 統 があ る 。 こ の区 分 に従 えば 、 草 木 は石 や 砂 に近 く 、 動 物 か ら は 遠 い。 動 植 物
を ひ と く く り に ま と め て他 の存 在 と峻 別 す る生 物 イ メー ジ は 、 私 た ち の伝 統 的 な文 化 にあ って も 決
し てな じ み や す いも の で は な い はず な のだ 。 環 境 改変 の現 場 で は 、 植 生 が 土 砂 同 様 に扱 わ れ る 光 景
を 目 に す る こ と が非 常 に多 い。 草 木 は土 砂 と と も に、 な お ﹁ 非 情 ﹂ の領 域 に区 分 さ れ て いる のが 普 通 な の だ。
お そ ら く 上 記 の 区 分 と も 関 連 し て、 私 た ち の 言 語 に は 、 植 物 は ﹁あ る ﹂、 動 く 動 物 は お お む ね
﹁い る﹂ と表 現 す る決 ま り が あ る 。
﹁ 動 ・不 動 ﹂ ﹁情 ・非 情 ﹂ な ど の 区 別 を 反 映 し た 用 法 な のだ ろ う が 、 ナ チ ュラ リ ス ト の間 で さ え 問 題
に な ら ず に流 通 し て いる の が、 お も し ろ い。 由 来 の 一致 の生 物 イ メ ージ にな じ ん で し ま った ナ チ ュ
ラ リ ス ト は 、 春 いちば ん の タ ンポ ポ に出 会 って ﹁ あ っ、 いた 、 い た﹂ と感 じ て い い。 そ う 感 じ た か
ら ﹁タ ンポ ポ が いま し た ﹂ と書 け ば 今 は ま だ 落 第 にさ れ て し ま う だ ろ う が 、 生 き も の の賑 わ い と豊
か に共 存 す る 未 来 の日 本 語 で は 、 タ ンポ ポ も カ イ メ ンも ﹁いた 、 いた ﹂ で 正 解 、 と な って い る の か
も し れ な い の であ る ( ! )。 自 然 イ メ ー ジ は 、 そ ん な プ ロ セ ス で 、 文 化 を 静 か に変 え る こ と も あ る のだ ろ う と 思 わ れ る 。
﹁生 命 の大 樹 ( 由 来 の モデ ル の こ と ) は 世 代 を か さ ね、 枯 れ 落 ち た枝 で 地 殻 を み た し 、 分 岐 を つづ け るう つく し い枝 々 で地 表 を お おう ﹂ (﹃種 の起 原 ﹄)。
ダ ー ウ ィ ン の由 来 一致 の生 物 イ メ ー ジ の鮮 烈 さ は、 ま だ 本 格 的 な 影 響 を 私 た ち の文 明 に与 え て は
い な い のだ と私 は 思 う 。 生 物 多 様 性 条 約 の成 立 は よ い刺 激 だ が、 そ の生 物 イ メ ー ジ の不 思 議 さ を 人
び と が 心 の日 常 に刻 み、 文 明 の諸 領 域 に生 き も の の賑 わ い への優 し さ を 浸 透 さ せ る 日 ま で 、 な お長 い歴 史 が あ る のだ ろう 。
闘 争 ・進 歩 ・発 展 論 と の 混 同 ︱ ︱
41
生 物 の世 界 は 高 等 ・下 等 、 進 歩 ・発 展 の論 理 に貫 か れ る、 と いう 伝 統 的 な 観 念 があ り 、 な お 一般
的 な生 物 イ メ ー ジ に強 い影 響 を 与 え て いる 。 不 思 議 な の は こ の観 念 が 、 ダ ー ウ ィ ン流 の進 化 論 と 深
く 関連 し て いる と 、 し ば し ば 頑 固 に信 じ こ ま れ て いる こと だ 。 事 実 を いえ ば 、 ダ ー ウ ィ ニズ ム は そ ん な生 き も の イ メ ージ を 、 む し ろ 見 事 に否 定 す る力 を も つ。
バク テ リ ア と 、 ミ ミズ と 、 人 間 を 並 べ、 複 雑 さ や、 高 等 ・下 等 の順 序 は ど う か と聞 か れ れば 、 人 、
ミ ミズ 、 バ ク テ リ ア の順 と い いた く な る。 これ を 一般 化 す れ ば 、 生 き も の す べ てを 、 高 等 ・下 等 の
尺 度 で 一列 に 並 べ る こ と が で き そ う な 気 が し て く る。 そ の序 列 を生 み出 し た のは 、 神 で は な く て自
然 の過 程 と み れ ば 、 発 展 論 的 な 進 化 論 が で き あ が る。 そ ん な 理 論 の 一つが有 名 な ラ マ ルク の進 化 論
だ 。 ラ マ ル ク は 、 生 物 は 次 々 に自 然 発 生 し、 完 全 な 生 物 に向 か って進 化 の階 梯 を のぼ る と 考 え た 。
ラ マ ル ク型 モデ ル に由 来 の 一致 の観 念 は な く 、 生 物 の完 全 さ の度 合 は 自 然 発 生 後 の歴 史 の長 さ を 反
映 す る 。 も ち ろ ん ﹁動 物 の体 制 は 人 間 の体 制 に 近 け れ ば 近 い ほ ど 完 成 さ れ て いる ﹂ (ラ マ ル ク、 ﹃ 動 物 の哲 学 ﹄) の であ る 。
ダ ー ウ ィ ン以 後 の現 代 進 化 論 も、 お お む ね 同様 な 発 展 論 的 進 化 論 の 一種 と解 釈 さ れ て き た 。 特 異
な の は 、序 列 を 生 み出 す は ず の過 程 が 、 突 然 変 異 と 自 然 選択 であ る と いう 点 だ 。 し か も こ の メ カ ニ
ズ ム に は ︿闘 争 ﹀ のイ メ ー ジ が つき ま と って き た 。 闘 い が 生 き も のを 高 等 に す る。 勝 った も の は
︿進 化 ﹀ し 負 け た も の は ︿退 化 ﹀ す る 。 そ ん な 競 争 主 義 的 な 発 展 論 こ そ、 ダ ー ウ ィ ン派 進 化 論 の特 徴 と、 堅 く 信 じ こま れ て き た ふ し さ え あ る。
し か し 冷 静 に 分 析 す れば 、 ダ ー ウ ィ ン以 来 の科 学 と し て の進 化 理 論 は、 む し ろ そ ん な 人 間 中 心
的 ・発 展 論 的 な 生 物 イ メ ー ジ を 破 壊 す る理 論 と みた ほ う が よ い。 ダ ー ウ ィ ン以 来 の ︿ 由 来 の 一致 ﹀
モデ ル は、 バ ク テ リ ア と 、 ミ ミズ と 、 人 が、 同 じ 祖 先 生 物 に由 来 し 、 掛 け 値 な し に同 じ 時 間 を地 上
で過 ご し て き た と 主 張 し て、 ラ マ ル ク流 の観 念 を 根 本 的 に否 定 す る。 突 然 変 異 と自 然 選 択 の メ カ ニ
ズ ム が 作 り出 す の は 、 ︿ 高 等 ﹀ な 生 物 で は な く 、 そ の と き ど き の生 活 条 件 の元 で 、 よ り ︿適 応 的 ﹀
な 生 き も の た ち だ 。 土 壌 の間 隙 に分 布 す る有 機 物 を 効 率 よく 利 用 す る た め に有 利 な の は複 雑 な 脳 を
持 つ大 き な体 で は な く 、 爆 発 的 な 増 殖 率 を実 現 で き る 微 細 な 細 胞 構 造 だ ろ う 。 自 然 選 択 の メ カ ニズ
ム の中 に、 いわ ゆ る高 等 な も の、 つま り 人 間 に近 いも のを 自 動 的 に産 出 す る法 則 的 な 傾 向 は 、 存 在 で き る はず が な い ので あ る。
さ ら に いえ ば 、 自 然 選 択 を 、 ︿闘 いが 進 化 を う な が す ﹀ と いう よ う な 、 いわ ゆ る 社 会 ダ ー ウ ィ ニ
ズ ム的 な 観 念 に吸 収 す る の も本 質 的 に無 理 があ る 。 利 他 行 動 の進 化 に関 す る思 考 実 験 な ど が 示 唆 す
る よう に 、 自 然 選 択 の 論 理 は 、 ︿か く か く の 生 活 条 件 の も と で は 、 闘 争 性 、 協 力 性 、 利 他 性 の、 ど
れ が生 存 ・繁 殖 に有 利 か ﹀、 と いう 形 で展 開 さ れ る 。 乱 暴 な闘 争 性 は、 さ ま ざ ま な条 件 下 のも と で、 確 実 に自 然 選 択 に不 利 で あ る。
固 に求 め 続 け、 人 間 中 心 的 な 進 歩 ・発 展 のイ メ ー ジ で進 化 を 解 釈 し、 さ ら にダ ー ウ ィ ニズ ム に、 闘
に も か か わ ら ず 、 生 物 学 者 を 含 む多 く の人 び と が、 生 き も の の世 界 に下 等 ・高 等 の普 遍 秩 序 を 頑
争 万 能 論 のイ メ ー ジ を 付 着 さ せ続 け て い る の は な ぜ な の だ ろ う 。
P ・ボ ウ ラ ー の ﹃ダ ー ウ ィ ン革 命 の神 話 ﹄ は 、 そ ん な問 題 を 、 科 学 史 の観 点 か ら 見 事 に 分 析 し て
見 せ て いる 。 自 然 選 択 説 を中 心 と し た ダ ー ウ ィ ン進 化 論 は 、 二十 世 紀 は じ め ま で 、 生 物 学 者 に さ え
ま とも に理 解 さ れ な か った と ボ ウ ラ ー は いう 。私 た ち は実 は な お ︿大 いな る存 在 の連 鎖 ﹀ や 、 十 九
世紀 以 来 ヨ ー ロ ッ パそ し て世 界 を 熱 狂 さ せ た闘 争 ・競 争 によ る進 歩 の社 会 的 な観 念 の中 で 、 生 き も のや 、 進 化 論 を 見 て い る、 と いう こ と ら し い のだ 。
現 代 進 化 論 が科 学 的 に描 き 出 す 生 き も の の進 化 のイ メ ー ジ は 、 種 分 化 や 適 応 を媒 介 と す る 、 ひた
す ら の多 様 化 ・多 彩 化 に つき る と見 る のが 正 解 に近 い と、 私 は 思 う 。 そ ん な 非 序 列 的 、 平 等 主 義 的
な 生 き も のイ メ ー ジ に人 び と が 心 か ら安 ら げ る文 化 は 、 ど ん な も のな のだ ろう か。 人 間 中 心 に世 界
を 功 利 的 に序 列 化 す る こ と に慣 れ き った 私 た ち が 、 生 き も の の世 界 に関 す るダ ー ウ ィ ン派 進 化 論 の
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本 当 のイ メ ー ジ に 日常 的 に な じ む の は、 予 想 外 に 困 難 な こ と な の かも し れ な いの で あ る。
今 西進化論 の自然観 ︱ ︱
二十世紀末 の日本 で、現代進 化論 との関連 で自然像 の去来 を問題 にするなら、今 西錦 司 の ︿ すみ
わ け論 ﹀ の、 私 には ち ょ っと 皮 肉 と 思 え る歴 史 に触 れ な いわ け に は ゆ かな い。
著 名 な 登 山 家 で あ り、 日本 の霊 長 類 学 の始 祖 で あ る今 西 氏 (一九 〇 二︱ 九 二 ) は、 日本 と 世 界 の
山 野 河 海 を か け め ぐ った 巨大 な ナ チ ュラ リ ス ト だ った 。 そ し て 一九 六 〇 年 代 半 ば か ら 一九 八 〇 年 代
半 ば に か け 、 打 倒 ダ ー ウ ィ ン の旗 を掲 げ 、 文 字 ど お り 国 民 的 人 気 を博 し た ︿今 西 進 化 論 ﹀ の提 唱 者
で も あ った 。 ︿す み わ け 論 ﹀ は 、 一般 には そ の進 化 論 と の関 連 で有 名 にな った生 物 的 自 然 の構 造 論 、 と いう こ と にな って いる 。
進 化 論 者 と し て の今 西 氏 に よ れ ば 、 生 物 の世 界 の基 本 単 位 で あ る種 は、 所 属 す る す べ て の個 体
( 種 個 体 ) か ら な る ︿種 社 会 ﹀ を 形 成 す る 。 異 な る種 社 会 は 、 生 活 の場 を さ まざ ま にす み わ け て 地
球 を お お い、 ︿生 物 全 体 社 会 ﹀ を 構 成 す る。 ︿種 個 体 ﹀、 ︿種 社 会 ﹀、 ︿ 生 物 全体 社会 ﹀ の三重 構造 は
部 分 と 全 体 の関 係 に あ り 、 ﹁種 個 体 は、 種 社 会 に対 し て帰 属 性 を も ち、 つ ね に 自 分 の属 す る種 社 会 の維 持 存 続 に貢 献 ﹂ す る の で あ る。
今 西 氏 の 反 ダ ー ウ ィ ン主 義 のポ イ ント は 、 種 社 会 に ︿主 体 性 ﹀ を 仮 定 し 、 種 は突 然 変 異 も自 然 選
択 も な し に、 つま り適 応 と無 関 係 に変 化 し 、 す み わ け る と考 え た こ と だ 。 科 学 的 な 論 議 を 避 け 、 自
然 選 択 説 は 競 争 原 理 に立 つ西 欧 の進 化 論 、 今 西 進 化 論 は共 存 原 理 に た つ東 洋 の進 化 論 と いう 文 明 論
的 な 主 張 も 今 西 氏 は 愛 好 し 、 そ れ も 人 気 のた ね だ った 。 し か し 一九 八 〇 年 代 後 半 、 自 然 選 択 万 能 論
に近 い社 会 生 物 学 が 日 本 の生 態 学 周 辺 にも 定 着 し 、 諸 方 面 か ら 今 西 進 化 論 批 判 も 起 こ り、 人 気 は急
落 す る 。熱 心 に支 持 の論 を 張 った学 者 た ちも いま は 沈 黙 し 、 今 西 進 化 論 を 育 ん だ 京 都 大 学 も 、 いま
は 利 己 的 遺 伝 子 論 の拠 点 と な った 。
今 西 進 化 論 流 行 の背 景 は科 学 と し て の革 新 で は な い。 今 西 進 化 論 のダ ー ウ ィ ニズ ム 批 判 は 、 単 純
で 紋 切 り 型 の誤 解 に満 ち、 個 体 変 異 の創 造 的 な効 果 を 認 め な い全 体 論 的 な 視 点 は 、 欧 米 の古 い反 ダ
ー ウ ィ ニズ ム と も 深 く 共 通 す る 。 し か も 同 調 し た 有 力 な フ ァ ン の多 く は 、 生 物 の 世 界 そ の も の にあ
ま り 関 心 は な く 、 三 重 構 造 論 を 中 心 と す る今 西 論 を 、 西 欧 に対 抗 す る 、 日 本 独 自 の自 然 観 、 あ る い
は も っと率 直 に い ってし ま え ば 、 あ る種 の国 家 哲 学 (一九 三 〇 年 代 ・京 都 学 派 の哲 学 な ど ) の再 来 のよ う な も の と し て 、 文 明 論 的 に支 持 し た 気 配 が 濃 い。
新 幹 線 の開 通 と東 京 オ リ ンピ ッ ク に発 し 、 日本 が 世 界 の経 済 大 国 に駆 け 上 が った あ の頃 は 、 知 識
人 が そ ん な 文 化 的 な 興 奮 を 望 ん だ 時 代 だ った と、 いま 振 り返 れ ば し み じ み わ か って し ま う 。 今 西 進
化 論 は、 生 き も の の世 界 よ り 日 本 の文 化 的プ ラ イ ド に強 い関 心 のあ る 人 び と に支 援 さ れ 、 そ し て退 場 し た と いう こ と だ ろ う か。
し か し哲 学 と 一緒 に、 今 西 錦 司 の ︿す みわ け論 ﹀ そ のも の が忘 れ ら れ る の は惜 し い。 生 き も の の
賑 わ う 世 界 に通 暁 し て いた 今 西 氏 の本 来 の ︿す み わ け 論 ﹀ は 、今 西 進 化 論 が 流 行 す る は る か以 前 、
現 代 ダ ー ウ ィ ニズ ム が欧 米 で本 格 的 な 体 制 を 整 え た の と 同 じ 頃 、 ﹃ 生 物 社 会 の論 理 ﹄ (一九 四 九 、
陸 水 社 ) に ま と め ら れ て い る も のだ 。 そ こ に は、 生 活 様 式 を 異 にす る多 彩 な 種 が、 異 な る生 活 の場
を確 保 し て 互 い に す み わ け て ゆ く 様 子 が 、 過 度 の全 体 論 を 伴 わず 、 大 地 の広 が り を舞 台 に し て実 に
見 通 し よ く 展 望 さ れ て い る。 そ れ は 今 西 進 化 論 が主 張 す る ほ ど自 然 選 択 論 と 抵 触 す る と は 思 わ れ ず 、
む し ろ現 代 進 化 論 の自 然 選 択 論 と共 感 的 な ナ チ ュラ リ ス ト た ち の自 然 体 験 を 素 直 に つな ぐ 、 日 常 的 な 自 然 表 現 への 示 唆 に富 む独 創 的 な 自 然 論 で あ る 。
日 本 の生 態 学 に現 代 進 化 論 が 早 く 定 着 し て い た ら 、 ﹁生 物 社 会 の論 理 ﹂ のす み わ け 論 は、 今 西 進
化 論 自 身 の全 体 論 への暴 走 も 止 め、 緑 の地 球 を 見 え な く し が ちな 利 己 的 遺 伝 子 論 の密 室 化 さ え 牽 制
し 、 日 本 に お け る 現 代 進 化 論 の自 然 叙 述 の見 本 にな った か も し れ な い。 昔 、 そ の本 を読 み な が ら 眼
前 の虫 や 花 の向 こう に緑 の地 球 が あ り あ り と 広 が って ゆ く 不 思 議 な気 分 を 喚 起 さ れ た こと のあ る私
は そ う 感 じ 、 いま も な お 、 今 西 ・す みわ け論 の熱 烈 な フ ァ ン の 一人 で あ る 。
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生 き も のは共 感 的 な実 在 であ る
私 に似 た も のと し て ︱ ︱
休 日 の 源流 掃 除 の道 す が ら、 谷 の道 の 一角 で友 人 が ミ ソ ザ ザ イ を 拾 った 。 車 に当 た った直 後 な の
か 、 手 の ひ ら の鳥 は ま だ 温 か か った の に、 川 掃 除 の 現 場 ま で の十 分 ほ ど の間 に、 小 さ な 体 は あ っけ
な く 冷 た く な った 。 思 わ ぬ鳥 に遭 遇 し た大 人 た ち は標 本 に し よ う と 言 い出 し た 。 で も 亡 骸 は、 そ の
ま ま 多 摩 丘 陵 の土 に帰 る こ と に な った 。 鳥 好 き の M 君 が 握 り し め てし ま い、 放 し て く れ な か った の だ。
な 通念 や 知 識 、 物 語 や神 話 や信 仰 や 、 科 学 が 提 示 す る さ ま ざ ま な 生 物 像 や 、 そ し て な によ り も 世 界
生 き も の に関 す る私 た ち の構 え 、 あ る いは イ メ ー ジ の よう な も の は、 個 人 的 な 体 験 や 、 さ ま ざ ま
に対 す る関 心 や 欲 求 の相 違 に複 雑 な 影 響 を 受 け る。 そ の詳 細 を論 じ る準 備 は な いの だ が 、 私 自 身 の
中 の科 学 者 のよ う な も のと 、 ナ チ ュラ リ ス ト の よう な も のを サ ンプ ル に す る のな ら、 いく ら か 立 ち 入 った 観 察 が 可能 かも し れ な い。
ナ チ ュラ リ ス ト のよ う な も の と し て の私 は、 ク ワ ガ タ ム シを 探 し 、 魚 を 追 って 幸 せ な時 間 が あ り 、
野 辺 や 水 辺 で生 き も の た ち の振 る舞 いや 賑 わ いを 見 、 聴 き 、 感 じ て い るば か り の穏 や か な 時 間 が大
好 き で あ る。 いず れ に せ よ そ ん な 時 間 の中 の私 は、 職 業 的 に よ ほ ど 覚 醒 さ れ な い限 り、 ︿生 き も の
は生 存 機 械 ﹀、 な ど と イ メ ー ジ し て は い な い。 生 き も の た ち は 、 個 体 的 で、 感 性 的 で 、 鮮 や か で 、
生 々 し く 、 美 し く 、 お も し ろく 、 と き に は恐 く 忌 ま わ し く 、 神 聖 で 、 見 事 な存 在 であ り 、 ど こ か で
私 と似 た 感 性 や 運 命 を も つ存 在 の よ う な も のと 感 じ ら れ て いる。 そ ん な 感 触 の中 心 に は 、 生 き も の
と いう も の は、 心 の交 流 の場 に鮮 や か に登 場 で き る共 感 的 な 実 在 だ と いう、 確 信 の よ う な も の が あ るような気 がする のである。
共 感 が 成 立 す る の は 、 わ が身 に喜 怒 哀 楽 や 、 生 の 了解 の よ う な も の があ る から に決 ま って いよ う 。
そ ん な も のを 基 準 に、 自 分 自 身 や親 し い他 者 が 心 の中 に にぎ や か に定 着 し て 、 共 感 的 な 存 在 の す ま
う 領 野 が 開 か れ て ゆ き 、 そ の連 関 の中 に、 生 き も の た ち も ま た ︿似 た も の﹀ と し て招 か れ 、 参 入 し 、
住 み着 い て き た の だ と感 じ ら れ る 。 そ の いず れ か の時 点 で私 の 心 は 、 人 や 、 ポ チ や、 ク ワ ガ タ ム シ
や 、 魚 ば か り で な く、 タ ンポ ポ も 、 さ ら に は バ ク テ リ ア さ え 、程 度 の差 は あ れ 共 感 者 の候 補 と 、 し る し 付 け し た よ う に思 わ れ る。
科 学 者 的 な 関 心 か ら す れば 、 これ は奇 怪 な 感 覚 だ ろ う 。 タ ンポ ポ や、 ク ワガ タ ム シ と本 当 に共 感
的 に交 流 で き る と いう のだ ろ う か 。 怒 る ク ワガ タ ム シ は、 背 を な で る と落 ち 着 いて く れ る よ う な 気
が す る と い っても 、 手 前 勝 手 にち が いな い。 タ ンポ ポ と本 当 に話 が で き た な ど と いう 人 が いた ら 、
さ す が に私 も 当 惑 し そ う だ 。 生 き も の は す べ て共 感 的 な 存 在 だ 、 と いう 言 い方 は 、科 学 的 な言 明 と し て は明 ら か に大 げ さ で、 言 いす ぎ な の にち が いな い。
し かし そ れ でも 私 の心 は、 共 感 可 能 の区 画 問 題 な ど に拘 泥 せ ず 、 ハサ ミ ム シも 、 ミ ソ サ ザ イ も 、
タ ンポ ポ も 、 生 き も のは み ん な 共 感 的 な存 在 に な り う る の だ と 、 構 え て し ま って頑 固 な の だ。 お も
し ろ い こ と に、 こ こ で は 有 情 ・非 情 の別 で は な く、 ダ ー ウ ィ ン派 進 化 論 の由 来 の 一致 の仮 説 が 区 画 基 準 にな って い る。
自 己 了 解 の単 純 な内 容 か ら推 測 す れ ば 、 喜 怒 哀 楽 を鮮 明 に 示 す と 感 じ ら れ る生 き も のた ち は 、 私
た ち の心 に、 疑 い な く 共感 的 な存 在 であ り う る の だ ろ う 。 ま た 、 生 き 、 死 ん で ゆ く姿 を 明 ら か に見
せ る生 き も のは 、 ど れ も 共 感 的 な存 在 と し て 私 た ち の心 に登 場 し 、 資 源 や物 と し て で は な い特 別 な 対 応 を 誘 発 で き る可 能 性 が あ る ので あ る。
源 流 の小 道 で あ っけ な く 死 ん だ ミ ソ サザ イ は 、 あ の瞬 間 、 M 君 の心 の中 の共 感 世 界 に、 亡 く な っ
た お ば あ ち ゃん や 、 ネ コ のギ ー ち ゃん や、 数 年 前 に同 じ よ う に突 然 死 ん だ メ ジ ロの ヒ ナ と 一緒 に 住
み着 いた の に ち が いな い のだ 。 標 本 に せ よ と いわ れ て 、 す ぐ に納 得 でき る は ず は な か った の だ 。 で
も M 君 は 、 ﹁記 録 のた め に 羽 毛 を 取 って お か な い か ﹂ と 促 さ れ 、 ち ゃ ん と 羽 毛 も 抜 いた の で あ る 。 生 き も の好 き で も 、 し っか り生 き て ゆ け る ん だ 。
生 きも のと 生 存 機 械 ︱ ︱
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生 物 と は な に か 。 生 物 学 的 な 定 義 も む ず か し い。 細 胞 で構 成 さ れ、 物 質 や エネ ルギ ー の代 謝 を し、
増殖 ( 繁 殖 ) す る も の。 遺 伝 プ ログ ラ ム に基 づ い て体 を 作 り 、 生 存 ・繁 殖 す る も の。 進 化 ・生 態 的
な 視 点 を重 視 す れ ば 、 遺 伝 プ ログ ラ ム に依 拠 し て な ん ら か の確 率 で生 存 (ま た は 死 亡 )・繁 殖 し 、
世 代 を 経 て集 団 的 ・遺 伝 的 に変 化 (つま り 進 化 ) し て し ま う 存 在 、 な ど と見 る のが よ い のか も し れ な い。
現 代 生 物 学 の生 物 像 が、 ︿遺 伝 子 に依 拠 す る確 率論 的 な 生 存 ・繁 殖 機 械 ﹀、 と で も いう よ う な 見 方
に近 い こ と は、 す で に触 れ た と お り で あ る。 こ の把 握 を さ ら に 抽 象 化 し て、 ︿個 体 は遺 伝 子 が 増 殖
す る た め の乗 り物 、 あ る いは 道 具 で あ る﹀ と み な し 、 さ ら に遺 伝 子 を 擬 人 的 な実 体 の よ う な も の と
みな す の が ド ー キ ン ス の ︿生 物 =生 存 機 械 論 / 利 己 的 遺 伝 子 論 ﹀ だ った 。 究 極 的 な真 理 は 知 らず 、
そ ん な 生 物 像 が 、 い ま生 物 学 の展 開 を 支 え る 上 で大 い に有 効 な 働 き を し て い る の は事 実 で あ ろ う 。
し か し そ ん な 生 物 像 と 、 私 た ち の日 常 的 な 世 界 に登 場 す る共 感 的 実 在 と し て の生 物 像 は、 焦 点 を
大 き く 異 に し て お り、 す ぐ に は重 な ら な い。 た と え ば 、 ︿生 物 は み ん な 共 感 的 な 存 在 に な り う る の
だ ﹀ と 構 え て し ま って い る ナ チ ュラリ ス ト の私 は、 生 物 を 生 存 ・繁 殖 機 械 と はあ ま り 呼 び た く な い
( 同 じ身 の内 の生 物 学 者 の よ う な 私 は科 学 的 分 析 には そ れ が適 切 と思 って いる の に! )。 実 は、 生 物
と いう 呼 び 方 も 少 し抵 抗 が あ り 、 ︿生 き も の﹀ と呼 ん で安 心 す る。 生 存 ・繁 殖 と いう 言 い方 も な じ
ま ず 、 ︿生 ま れ 、 育 ち 、 喜 び 、 悲 し み、 次 代 さ え 残 し て、 大 地 に帰 る ﹀ と いう よ う な 言 葉 が、 し ば し ば 私 の心 の場 を 仕 切 って いる 。
共 に生 き る 人 び と と は 、 け ん か を し た り 、 心 配 し た り 、 愚 痴 を 言 い合 った り、 慰 め ・励 ま し あ っ
た り 、 つま り 存 在 を 味 わ い、 確 認 し あ って暮 ら す の が普 通 だ ろ う 。 共 感 的 な ナ チ ュラ リ ス ト のよ う
な も の と し て の私 は、 そ ん な 領 域 に作 用 す る の と似 た 関 心 や欲 求 で、 た ぶ ん 自 然 の中 にも いる よ う
に 思 う 。 そ の視 野 の中 に、 鮮 や か に 登 場 し て し ま う 具 体 的 な 生 物 た ち は 、 ︿生 存 機 械 ﹀ で は な く 、
︿生 き も の﹀ で あ り、 ︿生 存 ・繁 殖 ﹀ す る の で は な く て、 ︿生 ま れ 、 育 ち、 喜 び 、 悲 し み、 子 孫 も 残
し て、 大 地 に帰 る﹀ の で あ り、 そ の多 様 さ は ︿生 物 多 様 性 ﹀ と いう よ り 、 ︿生 き も の た ち の賑 わ い﹀ な のだ 。
る 。 分 析 し 、 仮 説 を 立 て 、 確 証 し 、 自 然 への実 証 的 な 理 解 を 深 め 、 コ ント ロー ル を強 め て ゆ く こと
私 の中 の科 学 者 の よ う な も の も 、 こ の よ う な 対 比 を 言 葉 の遊 び 以 上 の も の と理 解 し 、 尊 重 し て い
に な って いる科 学 の関 心 は 、 喜 怒 哀 楽 の た だ 中 にあ って 、 喜 び、 安 ら いで 地 球 を 生 き た いと願 う ナ
チ ュラ リ ス ト のよ う な も の の関 心 と し ば し ば 大 いに異 な るも ので あ り 、 そ れ ぞ れ の関 心 の開 く自 然
の世 界 は、 生 物 の生 き る 領 域 に関 し て も 、 同 じ で は な い。 ︿生 存 機 械 ﹀ と し て の生 物 と、 共 感 的 実
在 で あ る ︿生 き も の﹀ は 、 密 接 に関 連 は す る が 、 同 じ で は な い。 ︿生 存 機 械 ﹀ が 機 能 し 進 化 す る 世
界 と、 ︿ 生 き も の た ち ﹀ が 賑 わ い暮 ら す世 界 は 、 生 き る 私 の関 心 や 行 動 と の 関 連 に お いて 、 た ぶ ん
同 じ も の で は な い のだ と 私 は思 う 。
そ の相 違 を 歴 然 と自 覚 さ せ る よ う な瞬 間 が 、 ナ チ ュラ リ ス ト の時 間 の中 に は た く さ んあ る 。 昨 年
の冬 、 冬 鳥 の調 査 で、 鳥 た ち を 指 さ し、 名 指 し な が ら 川 辺 を歩 い た 日 の こと 。 土 手 を 行 く私 た ち と
同 じ 高 さ で 後 方 か ら 川 面 を 飛 ん でく る セグ ロカ モメ に気 が つ いた 。 知 ら ん 顔 だ った は ず の私 と カ モ
メ は、 並 ん だ 瞬 間 に同 時 に首 が 曲 が り 、 目 が あ った。 あ の カ モ メ の目 の中 に、 同 じ 川 を 行 く 別 の
︿生 き も の﹀ が 見 え て いた こ と は確 実 であ る 。 生 存 機 械 で はな く、 共 感 的 実 在 と し て の ︿生 き も の﹀
︱︱45
の交 流 す る 領 域 は 、 た と え ば そ ん な出 会 いを 通 し て、 繰 り 返 し 、 私 の心 に ア ピ ー ル さ れ て く る よ う に感 じ ら れ る。
煩 悩 的な 存 在
な にが し か の自 由 や 、 理 性 や 、 さ ま ざ ま な物 語 な ど も 頼 り に し つ つ、 喜 怒 哀 楽 の中 で 誕 生 と 死 の
間 を行 く 私 た ち は 、 変 転 す る思 いや 欲 求 や 、 そ れ ら の葛 藤 を 生 き て いる と自 覚 し て い る。 そ ん な 状
況 を ど ん な 言 葉 で 表 せ ば適 切 な のか 。 こ れ も ま た名 案 は な いの だ が 、 た と え ば 煩 悩 な ど と いう 表 現
が 、私 の心 に は座 り が い い。 心 は葛 藤 す る 煩悩 の座 だ 、 な ど と い って み る と 、 現 実 感 が 強 い のだ 。
そ ん な 私 の感 じ 方 か ら す れ ば 、 喜 怒 哀 楽 に彩 ら れ る 共感 的 な存 在 と し て の生 き も のた ち は、 も ち ろ ん ︿煩 悩 的 な 存 在 ﹀ で あ る。
セ ミ の見 事 な漁 は、 鳥 の幸 せ に 共感 す る にせ よ 、 採 ら れ る魚 に同 情 す る にせ よ 、 鮮 や かな 煩 悩 の場
キ ャ ット フー ド で満 腹 の はず のタ マは 、 あ る日 、 突 然 ネ ズ ミ を 食 べ、 飼 い主 を 仰 天 さ せ る。 カ ワ
に ち が いな い。 よう や く 見 つけ た パ ン切 れ を 仲 間 に サ ッ と持 ち去 ら れ 、 慌 て ふ た め く スズ メ の心 は 、
そ のま ま わ か り 、 つら く 、 お か し い。 寄 生 蜂 に体 を食 わ れ 、 光 を 求 め て枝 先 に出 た断 末 魔 の イ モム
シ の背 で求 愛 す る シ リ ア ゲ ム シ 。 そ の幸 せ が 、 わ か り そ う な 心 だ ってあ る の であ る 。
煩 悩 的 な 存 在 は欲 求 の葛 藤 を ま ぬ が れ な い。 怪 し い気 配 に物 陰 に潜 ん だ ハゼ は、 う ま そ う な ゴ カ
イ に見 せ ら れ て、 躊 躇 のあ げ く 釣 り 針 に か か る。 普 段 は あ ん な に用 心 深 い鳥 た ち が 、 春 は梢 に身 を
さ ら し 、 さ え ず り 歌 う 。 タ カ の怖 さ を 忘 れ た わ け で は な いの で あ る。 な わ ば り を 誇 示 し 、 求 愛 す る 思 いが 、 し ば し 恐 怖 に打 ち 勝 つ のだ ろう 。
夏 の夕 暮 れ の岸 辺 で お 産 を す る ア カ テ ガ ニは、 波 を 恐 れ 、 ア シ ハラ ガ ニの襲 撃 に お び え 、 幼 生 を
ね ら って岸 辺 に殺 到 す る ボ ラ の群 れ を 警 戒 し 、 用 心 に用 心 を 重 ね て時 を ま つ。 し か し 、 や が て幼 生
を 海 に はな す時 が く る 。 そ の瞬 間 の勇 敢 ゆ え に、 ア シ ハラガ ニに食 わ れ る 個体 あ り 、 引 く 波 に さ ら
わ れ る も のあ り 、 放 仔 直 後 の幼 生 を 、 ボ ラ た ち の食 事 に供 し て し ま う 親 も あ る。 そ う いえ ば 、 巣 立
つ子 ど も に自 分 の体 を食 わ せ て は て るあ のカ バ キ コ マチ グ モ の雌 親 は、 子 ど も た ち の食 欲 に恐 怖 し て逃 げ よ う と思 う 瞬 間 が な い の だ ろ う か。
こ ん な ふ う に感 じ て し ま え ば 、 植 物 に だ って煩 悩 が あ り 、 葛 藤 が あ って悪 く は な いと 、 わ が 共感
的 な ナ チ ュラ リ スト は思 ってし ま う 。 森 の木 々も 、 巻 き つく ツ タ も 、 草 原 の草 も 、 光 を め が け て懸
命 の競 り 合 い のた だ な か だ 。 日 陰 の草 は光 を 求 め細 く長 く 伸 び る も の。 当 人 だ って、 そ れ は風 に弱
いと わ か って ( ? ) いる の だ。 し か し光 が な け れば 生 き ら れ な い。 安 全 か 、 光 か、 悩 み つ つ の選 択 な の かも し れ な い !
重 ね て いえ ば 、 科 学 者 の よ う な も の と し て の私 は 、 草 木 に実 証 可 能 な葛 藤 的 な 感 情 が あ る と 信 じ
て は い な い。 カ バ キ コ マチ グ モ の母 虫 にさ え 、 私 た ち が 感 情 移 入 す る よ う な 葛 藤 は な いの だ ろ う 。
し かし ナ チ ュラ リ ス ト の側 の私 は、 共 感 領 域 の生 き も の た ち は 煩 悩 的 な存 在 に決 ま って いる と 、 感
じ てし ま って 頑 固 で あ る。 わ が 身 、 わ が 心 を 煩 悩 の座 と感 じ て いる以 上 、 私 の共 感 世 界 が そ ん な 姿 で 開 か れ る の は、 や む を え な い とあ き ら め て いる 。
科 学 者 のよ う な私 は 、 哺 乳 類 や 鳥 ば か り で は な く 、 虫 や植 物 ま で、 煩 悩 的 な存 在 と し て 共感 的 に
実 在 さ せ てし ま いそ う な わ が身 の内 のナ チ ュラ リ スト の感 覚 を 、 し ぶ し ぶな が ら 許 容 す る 。 そ し て
そ ん な感 じ 方 に、 あ る種 の進 化 論 的 な根 拠 あ り と さ え、 思 う こ と が あ る の で あ る 。
喜 怒 哀 楽 を 構 成 す る さ まざ ま な 欲 求 や 葛 藤 は 、 生 物 学 が解 明 す る生 存 ・繁 殖 機 械 と し て の生 物 た
ち の適 応 論 理 と、 呼 応 す る に決 ま って い る と 、 思 わ れ る か ら だ 。 ︿似 た も のを 次 代 に残 し や す い﹀
よ う 、 自 然 選 択 によ ってプ ログ ラ ム さ れ て し ま った 生 き も の た ち は 、 共 感 的 な 世 界 に変 換 し て いえ
ば 、 ︿煩 悩 的 ﹀ と感 じ ら れ る も の で あ らざ る を え な い。 そ う な ふ う に考 え て いる の だ と、 い って も い い。
続・ 共 感 的 な世 界
生存 と 繁 殖 の葛 藤
︱︱ 46
自 己 了解 の中 身 は複 雑 で あ る 。 わ が身 を 、 煩 悩 的 な 存 在 、 死 す べ き存 在 と 了解 す る の は だ れ に も
通 じ や す いも のだ ろ う 。 し か し 、 そ ん な 了 解 の中 身 は、 さ ら に文 化 や 、 さ ま ざ ま な 物 語 や科 学 な ど
と 絡 み あ い、 自 己 了解 に呼 応 し て開 か れ る はず の共 感 的 な も のた ち の住 ま う 世 界 を 、 多 様 ・多 彩 に
す る の で あ る 。 私 の場 合 、 わ が 身 の喜 怒 哀 楽 を め ぐ る自 己 了解 への科 学 的 な 手 が り の 一つは進 化 論
だ 。 そ の関 心 が、 共 感 的 な 実 在 とし て の生 物 イ メ ー ジ に も、 強 い影 響 を与 え て いる よ う に思 う 。
( 子 ど も ) を よ り多 く 次 代 に残 せ る
科 学 者 のよ う な も のと し て の私 は、 自 然 選 択 重 視 の正 統 的 な 進 化 理 論 を 支 持 し て い る。 そ の理 論 枠 に従 えば 、 自 然 選 択 の産 物 で あ る適 応 的 な 生 物 は 、 似 た個 体
よ う な 構 造 ・機 能 を身 に備 え、 し か も そ の構 造 や機 能 の領 域 に、 不 可 避 的 にあ る種 の対 立 的 な 配 置 を抱 え 込 む と 予 想 さ れ る。
明 快 な のは 、 生 存 ・繁 殖 に関 連 す る構 造 や 機 能 の領 域 に お け る対 立 的 な 配 置 だ ろ う 。 生 物 は 親 に
な る ま で の生 存 率 が 高 いほ ど 、 ま た 繁 殖 率 (求 愛 の成 功 率 と 子 ど も の数 を 掛 け た量 ) が 高 いほ ど 、
次 代 に残 せ る 子 孫 の数 は多 く な り 、 適 応 的 、 つま り自 然 選 択 に有 利 にな る 。 と こ ろ が利 用 可 能 な資
源 、 時 間 、 関 心 の総 量 には 制 限 が あ り 、 生 存 関 連 分 野 への配 分 を 増 せば 繁 殖 分 野 への配 分 は減 り 、 逆 も ま た 真 、 と いう 事 態 が お こ る 。
た と えば 、 生 殖 器 官 を 作 ら な い動 物 、 葉 ば か り で花 を つけ な い植 物 、 食 欲 し か な い動 物 な ど を 想
像 す れ ば よ い。 資 源 や 関 心 を す べ て生 存 率 の上 昇 に振 り 向 け る生 物 は繁 殖 率 がゼ ロにな り、 ほ か に
特 別 の 工夫 が な け れ ば 次 代 に 子 ど も を 残 せ な い。 逆 に生 殖 器 官 ば か り で生 存 を 支 え る 器 官 のほ と ん
ど な い動 物 、 花 ば か り の植 物 、 繁 殖 以 外 に関 心 の な い動 物 も 、 同 様 に自 然 選 択 に 不 利 と な る 。 自 然
選 択 の作 り 出 す 生 物 は 、 生 存 ・繁 殖 に か ら む 構 造 や 機 能 に、 適 切 な、 中 間 的 な バ ラ ン スを 実 現 で き る 存 在 で な け れば な ら な い、 と いう こ と だ 。
春 の小 鳥 や 放 仔 す る ア カ テ ガ ニの例 が 示 す よ う に、 求 愛 ・繁 殖 す る 動 物 た ち は 、 繁 殖 に 係 わ る欲
求 と危 険 回 避 への配 慮 の葛 藤 的 な 緊 張 状 況 に お か れ る。 事 情 は は る か に複 雑 で も 、 健 康 への関 心 を
犠 牲 に し て子 育 て す る 親 た ち や 、 子 育 て を あ き ら め て自 己実 現 の道 に邁 進 す る 人 間 た ち も ま た 、 生
存 と繁 殖 への資 源 ・時 間 ・関 心 の配 分 の葛 藤 を 、 日 々 の喜 怒 哀 楽 の次 元 で体 験 し て いる の に ち が い
な い。 生 存 と 繁 殖 の拮 抗 だ け で は な い。 休 息 への配 慮 と 仕 事 への 配 慮 や 、 優 位 や 安 全 を め ぐ る攻
勢 ・撤 退 の感 情 の拮 抗 も あ る。 厳 密 な 対 応 は 困 難 で も、 そ ん な 拮 抗 や 葛 藤 、 つま り煩 悩 の様 相 が 、
自 然 選 択 の産 物 と し て のヒ ト の生 理 や 感 情 にお け る対 立 的 な 配 置 と 関 連 し て い る こ と に疑 問 の余 地
は な い と、 思 わ れ る。 わ が身 を ︿煩 悩 的 な 存 在 ﹀ と感 ず る私 の自 己 了解 は 、 そ ん な 推 論 で自 然 選 択 理 論 と 関 連 す る。
し て い る ら し い。 野 辺 のタ ンポ ポ は 、 光 合 成 で入 手 す る有 機 物 を 葉 っぱ と 花 に ふ り 分 け る。 ナ チ ュ
そ し て実 は そ ん な進 化 論 的 な 了解 が、 生 き も の す べ てを 煩 悩 的 と感 じ た が る私 の傾 向 を 側 面 支 援
ラ リ スト の私 は 、 葉 を 作 る べき か 花 を 大 き く す べき か 、 タ ンポ ポ だ って悩 ん で よ いと 感 じ て し ま う 。
し み あ う な ど と 考 え は し な い。 し か し、 自 然 選 択 の産 物 に は生 存 ・繁 殖 な ど を め ぐ る 構 造 ・機 能 上
科 学 者 の よ う な 私 は、 残 念 な が ら タ ンポ ポ に感 情 は 認 め な い。有 機 物 の 配 分 にあ た り 、 葉 と花 が き
の 対 立 配 置 が普 遍 的 と み る科 学 的 な 生 物 像 は 、 共 感 的 な 対 象 感 受 の次 元 に翻 訳 さ れ れ ば 、 生 き も の
す べ てを 煩 悩 的 存 在 と感 じ て し ま う よ う な 生 物 イ メ ー ジ に、 よ く 重 な る と 、 私 は奇 妙 に納 得 し た り す る の であ る 。
生 き も の全 般 を 煩 悩 的 と 感 じ る私 の傾 向 は 、 進 化 論 の知 識 に発 し た わ け で は な い。 虫 た ち への子
ど も 時 代 の 共感 が 、 生 き も の は みな 親 戚 だ と いう単 純 な 知 識 を 仲 介 に拡 大 さ れ、 核 と な った も の か
も し れ な い。 草 木 も人 と 同 じ に成 仏 す る と よ く 口 に し た 、 母 親 の言 葉 も誘 因 だ ろ う か 。 そ し て 進 化
論 の視 野 は 、 私 の心 の中 の そ ん な 感 じ方 を 否 定 せず 、 こ こ で は む し ろ支 え てく れ て い る よ う に思 う ので あ る。
進化 の被害者という感覚 ︱ ︱47
意 識 は 不 思 議 な 現 象 だ。 喜 怒 哀 楽 の当 事 者 で あ り な が ら 、 そ の自 分 を あ た か も 他 者 のよ う に対 象
化 し て 分 析 し、 感 じ 、 味 わ って し ま う ︿私 ﹀ が 、 私 の中 に い る。 そ ん な ︿私 ﹀ を さ ら に対 象 化 す る
私 、 そ の私 を ま た 対 象 化 す る私 ⋮ ⋮ と 、 内 側 に転 位 し始 め た ら な ん だ か き り が な い。 自 我 に つき ま
と う そ ん な 内 転 の危 機 が 阻 止 さ れ る の は、 喜 怒 哀 楽 し続 け る現 実 の感 覚 や 、生 き る他 者 た ち と の多
彩 で賑 や か な出 会 いや、 そ れ ら の記 憶 や 想 像 な ど が、 ︿私 ﹀ を 、 生 き る世 界 に し っか り つな い で く れ て い る か ら で は な いか 。
そ ん な ︿私 ﹀ に と って 、 喜 怒 哀 楽 す る わ が 身 や そ の歴 史 は、 意 外 で、 不 思 議 な 要 素 に満 ち た 他 者
の 一種 の よ う で も あ り 、 省 察 や 分析 の対 象 で あ る と と も に、 感 情 的 な 評 価 や 共 感 の対 象 と さ え な っ
て いる 。 タ ンポ ポ や ク ワガ タ ム シと 同 時 に 、 あ る いは そ の以 前 に、 私 自 身 が ︿私 ﹀ の分 析 や共 感 の 対 象 であ り 、 深 刻 で、 おも し ろ い、 存 在 な の であ る 。
体 の X線 写 真 や 、 自 分 の脳 の断 層 写 真 な ど と 対 面 す れ ば 、 わ が 身 体 を いや で も他 者 と感 じ る 。 わ
が身 の振 る 舞 いや、 感 情 ・欲 求 のあ り さ ま を 、 進 化 論 や 自 然 選 択 理 論 と 付 き 合 わ せ て納 得 す る の は、
利 己 的 遺 伝 子 のブ ー ム が な く と も 興 味 深 い。 同 様 に、 心 の中 のさ まざ ま な 思 考 や 世 界 に関 す るイ メ
ー ジ が、 歴 史 や文 化 と ど ん な 関 係 に あ る も の か、 あ れ こ れ分 析 す る のも おも し ろ い。 そ し てそ ん な
理 性 的 な 分 析 と 同 時 に、 喜 怒 哀 楽 す る わ が身 に、 ︿私 ﹀ は 、 驚 き 、 同 情 し 、 励 ま し た り も す る の で
あ る。 そ ん な 姿 勢 で煩 悩 的 な わ が 身 に 対 す る と き、 私 の (? ) ︿私 ﹀ に は 、 い つも 似 た よ う な 感 慨 の セ ット が 付 き添 って いる 。
そ の感 慨 の群 れ の中 に は 、 生 ま れ な く て も よ か った の に 、 と いう よ う な 、 ど こ か子 ど も 時 代 の自
意 識 に似 た 、 恥 ず か し く も あ るよ う な想 い が、 含 ま れ て いる 。 そ の想 い は、 死 を 不 条 理 と感 ず る気
分 と 対 応 す る。 自 ら 望 ん だ わ け で は な い の に、 死 す べ き も のと し て 現 にあ る わ が 身 は、 ︿私 ﹀ に は、 深 く 同 情 す べ き存 在 で あ る 。
び が あ り う る と、 強 く 励 ま す想 い が起 こ る。 こ の激 励 は、 生 存 機 械 の発 す る煩 悩 の示 唆 に 決 ま って
し か し そ ん な 感 慨 と 同 時 に 、 生 き て いれ ば う れ し い こ と が た く さ ん あ る、 苦 悩 のす ぐ隣 にさ え 喜
いる 。 し か し そう 理性 的 に察 し て み て も 、 つ い激 励 に力 が 入 り 、 個 人 史 の作 り上 げ て き た物 語 や 、
時 に は神 話 的 な 観 念 ま で動 員 し て、 次 世 代 の育 成 ま で励 ま し てし ま う始 末 であ る 。 生 み出 さ れ た わ
が 身 を 哀 し み な が ら 、 生 み出 す こ と さ え 願 って し ま う ︿私 ﹀ は 、 な ん と も 不 思 議 な 存 在 と いう ほ か な いよ う にも 思 う 。
そ ん な 矛盾 し た感 慨 の中 に いる と き に こ そ 、 ︿私 ﹀ は わ が 身 を 進 化 の生 み 出 し た 生 き も の と 、 あ
り あ り と 納 得 し て い る 。 こ こ に生 き る わ が身 は、 ︿私 ﹀ の自 在 に は な り に く い。 ︿私 ﹀ は 、 世 界 や
自 己 を 分 析 し 、 目 標 を 定 め、 さ ま ざ ま に行 動 す る自 由 を 行 使 す るが 、 進 化 の産 物 で あ る わ が身 を 自 在 に仕 切 れ る 主 体 、 と いう わ け で も な い の であ る。
こ の 思 い は、 合 理 的 な判 断 を 越 え て生 物 全 般 に投 影 さ れ る 。 生 き も のた ち は進 化 に生 み 出 さ れ て
し ま った 生 存 機 械 =煩 悩 的 な 存 在 と し て、 わ が身 同 様 、 同 情 さ れ て よ い存 在 だ と いう だ け で は な い。
わ が身 に対 す る ︿私 ﹀ の よ う な 意 識 が 、 あ ら ゆ る生 き も の に去 来 し 、 バ ク テ リ ア も 、 タ ンポ ポ も、
ク ワ ガ タ ム シ も 、 そ れ ぞ れ の ︿私 ﹀ に お いて、 そ れ ぞ れ の煩 悩 的 な身 体 を 、 哀 し み、 励 ま し 、 生 き て いる のだ と納 得 し た く な って し ま う のだ 。
生 物 に対 す る伝 統 的 な観 念 の 一つは 、 生 き も のを ︿神 の被 造 物 ﹀ と 見 る も のだ 。 そ ん な 見 方 が 、
す て き な 自 然 イ メ ージ に つな が り う る こ と は 、 R ・カ ー ソ ンが 実 証 ず み だ が、 ︿私 ﹀ は、 ど こ か 深 いと ころ で、 そ の感 じ方 にな じ み にく い存 在 だ 。
似 た 言 い方 を 選 ぶ な ら 、 ︿私 ﹀ の場 合 、 ︿進 化 の被 害 者 ﹀ と い う 言 葉 が 浮 か ぶ。 賑 わ う 生 き も の
た ち は 、 ︿進 化 の被 害 者 ﹀ のよ う な も の と し て、 私 と 運 命 を 共 に す る。 だ か ら 魚 は食 べ な い と か 、
タ ンポ ポ は摘 ま な いと か 、 直 ち に徹 底 す る気 配 は な い。 し か し私 の心 は、 生 ま れ、 喜 怒 哀 楽 し て 、
大 地 に帰 る運 命 を 、 と も に嘆 き 励 ま し あ え る 、 たく さ ん の ︿私 ﹀ の よう な他 者 と し て 、 人 び と を 、 そ し て生 き も のを 、 共 感 的 に実 在 さ せ る傾 向 を も つと 、 思 わ れ る 。
共 感 的 に開 か れ て いる こと ︱ ︱48
生 き も のた ち が 、 共 感 的 に 、 実 在 す る と いう のは 、 そ れ ほ ど 単 純 な こ と で は な い。 こ こ で実 在 す
る と いう のは 、 何 か が 外 界 に客 観 的 に存 在 す る こと で は な く 、 心 や 体 の働 き に お い て、 何 が 、 ど ん な 意義 や 価 値 を 帯 び て 存 在 す る か 、 と いう こと と関 連 し て いる 。
都 市 の道 に は多 様 な 車 が走 る 。 し か し そ の多 様 さ は 、 私 に は わ ず か し か ﹁実 在 ﹂ し な い。 私 は 車
への関 心 が薄 く 、 乗 用 車 、 ト ラ ッ ク、 バ ス 程 度 し か判 別 し な いた め であ る 。 車 好 き に は、 道 路 は 、
多 彩 な 車 が象 徴 的 な意 味 さ え帯 び て出 没 す る お も し ろ 空 間 で あ り え る はず だ 。 し か し 私 の心 には 、 バ ス 、 タ ク シ ー の通 る 交 通 路 と 、 単 純 に感 受 さ れ て い る。
に は 、 そ こ は な じ み の生 き も の た ち が 住 む 、 不 思 議 で 、 親 し い空 間 だ 。 私 の心 は、 生 き も の の名 前
雑 木 林 な ら事 情 は変 わ る。 生 き も の に関 心 が な け れ ば 雑 木 林 は 緑 の混 沌 か も し れ な い。 し か し 私
や、 過 去 の出 会 い の記 憶 や 、 生 態 学 や 進 化 論 の枠 組 み を 備 え、 何 よ り 森 に関 心 が あ り 、 にぎ や か に 鮮 や か に味 わ い感 受 で き る 領 域 と し て雑 木 林 を 実 在 さ せ る。
と道 脇 に視 野 が う ご く (! ) と、 そ こ に シ ュン ラ ン が咲 い て いた り 、 ミズ キ の葉 裏 に ア カ スジ キ ン
雑 木 林 が そ ん な ふう に心 にし っか り 実 在 す る と感 じ る の は、 た と え ば 林 の小道 を 早 足 で 行 き 、 ふ
カ メ ム シ が いた り す る瞬 間 だ 。 私 の心 は、 意 識 の下 で、 林 が そ ん な 配 置 を も ち 、 ど ん な 場 所 に ど ん
な す て き な 生 き も の が いる か、 ち ゃん と 予 感 し 、 た えず 探 査 し て いる の だ と わ か る の で あ る。 雑 木
林 は、 期 待 や 予感 や イ メ ー ジ や 構 え のよ う な も の と し て 、 意 識 よ り む し ろ体 に近 い領 域 で 、 私 の 心
に実 在 す る。 いや 、 そ ん な 構 え の よ う な も のと し て、 私 の心 は、 雑 木 林 に、 実 在 的 、 共 感 的 に開 か れ て いる のだ と い いた く な る。
生 き も の への関 心 は 、 も ち ろ ん自 動 的 に共 感 的 な わ け で は な い。 生 き も の を単 な る物 体 や 化 学 物
質 の塊 と み る こ と も で き る 。 分 類 的 な 関 心 は生 き も のを 形 態 に単 純 化 す る。 行 動 学 ・生 態 学 は 、 生
き も のを 、 種 ご と に異 な る 生 存 ・繁 殖 様 式 を も つ生 活 体 と し て実 在 さ せ る。 社 会 生 物 学 や 利 己 的 遺
伝 子 理 論 は、 そ の生 活 体 を遺 伝 子 の生 存 機 械 と 心 に描 く 。 そ し て私 た ち の日 常 は 、 生 き も のを 食 物
や、 資 源 と し て 、 位 置 づ け 、 期 待 し 、 実 在 さ せ る。 こ の種 の関 心 そ のも の は 、 いず れ も 共 感 の領 域 と 関係 が な い。
共感 的 な関 心 は 、 家 族 や 、 友 人 や 、 も ち ろ ん 自 分 自 身 な ど 、 親 し い人 び と への 日 々 の関 心 に代 表
さ れ るも の だ ろう 。 愛 着 、 同 情 、 慰 め 、 励 ま し 、 親 和 ⋮ ⋮ そ ん な 言 葉 が浮 か ん で く る 。 共 にあ って
楽 し い。 存 在 を 身 近 に感 じ て う れ し い。 生 ま れ 死 ん で いく そ の体 が わ が身 のよ う に喜 怒 哀 楽 を も つ
と 感 じ ら れ 、 励 ま し あ え る よ う にす ら 感 じ てし ま う 。 私 の心 は 、 そ ん な構 え 、 そ ん な イ メ ー ジ と し
て 、 生 き も のた ち を 共 感 的 に実 在 さ せ る傾 向 を も つ。 相 性 の悪 い知 人 と 同 様 、 苦 手 の生 き も のも い
( 生 存 機 械 ) と し て の生 物 に、 生 態 学 や進 化 論 の視 野 で 関
る も の で あ る 。 し か し そ れ で 、 生 き も の への基 本 的 な 構 え が変 わ る も ので は な さ そ う だ 。 生 物 学 者 の よ う な 私 は、 生 存 ・繁 殖 体
心 が あ る 。 標 本 を 作 る。 生 き も のを 数 式 で 扱 う 。 そ んな と き の私 の 心 に、 生 き も の は共 感 的 な 実 在 で は な いと 思 う 。
一方 、 共 感 的 な ナ チ ュラ リ スト のよ う な 私 は 、 生 き も のを わ が身 によ く 似 た他 者 と 了解 す る傾 向
が強 く 、 勝 手 にさ せ れば 精 霊 や 転 生 のイ メ ージ さ え 明 る く 実 在 さ せ る 気 配 が あ る 。 そ ん な イ メ ー ジ
が 独 走 せず 、 心 に住 ま う 生 き も の た ち が 、 生 態 学 や 進 化 論 の実 証 性 にお お む ね収 ま る の は 、 ナ チ ュ
ラ リ スト のよ う な 私 と 、 生 物 学 者 の よ う な 私 が、 た ま た ま同 一人 物 で、 前 者 が後 者 を 大 い に尊 重 し て いるためと思わ れる。
生 き も の の領 域 に関 し て は 、 単 純 に いう と 、 (一) 非 科 学 的 か つ非 共 感 的 、 (二) 科 学 的 か つ非
共 感的、 ( 三 )非 科 学 的 か つ共 感 的 、 そ し て (四 )科 学 的 か つ共 感 的 の、 四 つの 関 心 の形 が あ る。
私 の心 は第 二 ・第 四 で は な く、 む し ろ第 三 ・第 四 の領 域 に呼 応 す る中 心 構 造 を も つと 感 じ ら れ る。
科 学 的 で な け れ ば 、 生 き も の た ち への共 感 を 、 現 実 的 に生 か せ な い。 だ か ら 私 は科 学 を 大 い に尊 重
す る 。 し か し 、 揺 ら ぐ と き は、 科 学 よ り共 感 の方 向 に単 純 に 、 大 き く揺 れ る傾 向 も あ り と 、自 ら わ か って い る の であ る。
◎マハ ゼ
ナ チュラ リ スト と 進 化 論
チチブ の繁殖 習性をしらべた︱
︱49
生 き も の た ち は 、 生 ま れ 、 喜 怒 哀 楽 を 繰 り返 し 、 大 地 に帰 る運 命 に お いて 、根 源 的 に ﹁私 ﹂ に似
て いる 。 し か し 、 いか に生 ま れ、 ど こ で いか に生 き 、 死 ん で ゆ く か は 、 そ れ ぞ れ の生 き も の に お い
て特 異 で あ り、 ﹁私 ﹂ か ら の安 易 な 類 推 を 、 深 く拒 絶 す る他 者 性 の中 にあ る。
ク ワガ タ ム シ に脚 が 六本 あ る事 実 は 、 私 の身 体 的 な特 徴 か ら は 決 し て類 推 さ れ な い、 と び き り の
不 思議 であ る 。 子 ど も の書 棚 の ﹁み つば ち マー ヤ﹂ の マ ンガ に は 、 予 想 通 り 、 り り し い男 子 姿 の働
き バ チ が 登 場 す る が、 現実 の働 き バチ は実 は み んな 雌 バチ だ 。 タ ンポ ポ の花 は 小 さ な 花 の集 合 体 だ 。
し か も そ の小 花 の 一つず つが他 の 一般 的 な花 と 同 様 に雌 雄 の生 殖 器 官 を セ ット で備 え て いる のだ か ら 、 わ が身 か ら の類 推 で い えば 奇 怪 と いう ほ か な い存 在 だ 。
地 上 に暮 ら す 生 き も のが 、 仮 に三 〇 〇 〇 万 種 ほ ど だ と す れ ば 、 生 き も の の世 界 には 、 少 な く と も
三 〇 〇 〇 万 の、 種 の レ ベ ル に お け る特 異 な 生 存 の様 式 、 つま り 、 生 き、 繁 殖 し 、 死 ん で ゆ く多 様 ・
多 彩 、 不 思議 ・奇 怪 な 、 様 式 が あ る と いう こ と だ 。
ナ チ ュラ リ スト のよ う な も のと し て の私 は、 そ ん な 他 者 性 と の出 会 い にも 強 い関 心 があ り 、 そ の
領 域 で科 学 者 の よ う な も の と し て の私 と 連 携 し て き た 。 科 学 者 の よ う な 私 は 、 生 き も の た ち の多
様 ・多 彩 な生 き 方 の中 に自 然 選 択 に基 づ く 適 応 の秩 序 あ り と 仮 設 し て お り 、 共 感 で は な く 、適 応 論
の ロジ ック に お いて そ の多 様 性 を 理 解 し た いと 思 って い る。 そ ん な 志 向 で適 応 論 の示 唆 に促 さ れ 、
野 辺 や 水 辺 を 行 き 、 実 験室 や理 論 の世 界 を 行 く と、 生 き も の た ち が 私 た ち の予 断 を超 え て ユ ニー ク
に生 き る現 場 に、 しば し ば た ど り つい て し ま う の だ 。 ナ チ ュラ リ スト の よ う な 私 は 、 そ ん な 現 場 が
あ り が た く、 適 応 理 論 を カ バ ンに つめ て、 科 学 者 の よ う な 私 と 、 二 人 三 脚 で 、 生 き も の の探 索 に没 頭 す る 時 間 が あ る。
私 が 適 応 論 の啓 発 力 を実 感 し た のは 、 以 前 、 ハゼ 類 の習 性 研 究 に時 間 を さ い て いた こ ろ の こ と だ 。
横 浜 の川 筋 で暮 ら し た 子 ど も の こ ろ 、 私 は ハゼ が好 き だ った 。 テ ンプ ラ にな る ハ マゼ は も ち ろ ん だ
が、 ダ ボ ハゼ と 呼 ば れ る 黒 い中 型 の ハゼ (チ チ ブ ) が お も し ろ か った 。 マ ハゼ 釣 り の邪魔 も の で き
ら わ れ て いた が 、 初 夏 の こ ろ、 ま っ黒 な 姿 で護 岸 のあ た り を ヒ ラ ヒ ラ泳 ぐ姿 が 、 私 に は と て も 印 象 的 だ った のだ 。
後 日 そ の ヒ ラ ヒ ラ泳 ぐ姿 は 、 雄 の求 愛 行 動 だ った と わ か り 、 習 性 研 究 を 始 め た 。 ロー レ ン ツ流 の
比 較 行 動 学 が 流 行 し 、 同 時 に進 化 生 態 学 や 社 会 生 物 学 の 分 野 が話 題 にな り は じ め た、 一九 七 〇 年 代 前 半 のころ のことだ。
まず は 野 外 調 査 と 水 槽 で の行 動 観 察 を 並 行 し 、 生 活 史 の特 性 や 繁 殖 習 性 な ど を 調 べ た。 特 に おも
し ろ い のは 繁 殖 に か か わ る 習性 だ った 。 第 一に求 愛 行 動 が お も し ろ い。 石 の下 の隙 間 や空 き 缶 を 占
拠 し て な わ ば り確 保 し た繁 殖 期 の雄 は 、 全 身 墨 で 塗 り つぶ し た よ う な 黒 色 と な り 、 付 近 の雌 に し き
り に首 振 り を 繰 り 返 す 。 こ の首 振 り は 低 い求 愛 音 を 伴 い、産 卵 可 能 な 雌 は こ れ に反 応 し て 消 え 入 り
そ う な 明 色 に な って入 巣 し 、 産 卵 す る 。 し か し 雌 は巣 に と ど ま ら な い。 産 卵 が終 わ れ ば雌 は巣 を さ り、 卵 は 雄 が世 話 を や く の であ る 。
チ チ ブ を 含 め ハゼ 類 は雄 が 卵 を守 る と 知 識 で 知 って は いた が、 野 外 の産 卵 巣 を 調 べま わ って例 外
が な い こ とを 知 り 、 ま た 、 孵 化 の瞬 間 ま で熱 心 に卵 の世 話 を や き 続 け る雄 の姿 を 水 槽 わ き で見 つめ て いる と 、 雄 の子 守 り が 、 実 に不 思 議 な 現 象 と 思 え た も のだ 。
保 護 の習 性 と 関 連 し て、 性 的 二 型 の現 象 も印 象 的 な も のだ った 。 繁 殖 期 の雄 は背 び れ が 伸 び 、 特
異 な 姿 に変 身 す る。 求 愛 時 は、 雄 は 黒 色 、 雌 は 明 色 。産 卵 の ペ ア は ほ と ん ど 例 外 な く 雄 が 雌 よ り 大
型 だ 。 卵 か ら 親 ま で飼 育 す る と 、 平 均 サ イズ は 雄 の ほ う が大 き く な る。 つま り 、 チ チ ブ は大 き く 特
異 な 姿 の 黒 い雄 が、 巣 を 守 り、 な わ ば り を 張 り 、 そ し て お ま け に卵 を 守 る 。 ハゼ 類 を 含 め魚 の世 界 で は 珍 し く な いが、 私 た ち の 日 常 から す れ ば 、 ち ょ っと 奇 怪 な 習 性 だ ろ う 。
と こ ろ が おな じ ハゼ の仲 間 にさ ら に奇 妙 な 種 類 が い て、 チ チ ブ 型 の習 性 と の相 違 を 理 解 す る に は
適 応 論 の視 野 が必 要 にな った 。 そ の適 応 思 考 に促 さ れ 、 出 無 精 の私 が し ば し 関 東 地 方 の外 へも 出 た。
雄 雌 逆 転 型 の 不 思議 な ハゼ ︱ ︱
50
利 根 川 水 系 に小 貝 川 と いう 流 れ が あ り 、 そ の流 域 の 一角 に中 沼 と いう 小 さ な 湖 があ る 。 一九 七 三
年 の春 、 そ の湖 で 私 は奇 妙 な ハゼ に会 った 。 湖 岸 の澄 ん だ 浅 瀬 に 円板 状 の黒 い物 体 が直 立 し て動 い
て い た 。近 づ く と 円 板 は消 え 、 水 底 に四 セ ンチ ほ ど の小 魚 が い た 。網 で捕 る と 黒 い体 に黄 色 の横 縞
を つけ 、 背 ・腹 ・尻 び れ が 黒 く 異 様 に 長 い魚 だ 。 そ れ は ジ ュズ カ ケ ハゼ と いう優 し い名 前 の ハゼ の 一種 で 、 黒 い個 体 は繁 殖 期 の雌 と判 明 し た 。
後 日 、 多 摩 川 中 流 の中 州 で も 生 息 地 を 知 り、 不 思 議 な 習 性 の研 究 を 始 め た 。 な に よ り特 異 な の は
性 的 二型 の様 相 だ 。 ジ ュズ カ ケ ハゼ は雌 が 雄 よ り 明 ら か に大 き い。 繁 殖 期 に ひ れ が 伸 び て 異 様 な姿
にな る の も 、 な わ ば り を も って 闘 争 を繰 り 返 す のも 、 雄 で な く て雌 な のだ 。 チ チ ブ の よ う に、 雄 の
ほ う が大 型 で 派 手 な婚 姻 色 を 示 し 攻 撃 性 も 強 いと いう の が、 ハゼ 類 で は 主 流 の性 的 二型 だ 。 上 記 の
よ う な 奇 怪 な 逆 転 型 は 、 ジ ュズ カ ケ ハゼ を 含 む ウ キ ゴ リ 属 の 一部 に知 ら れ る特 異 ケ ー ス な のだ 。 進 化 は ど う し て そ ん な逆 転 を 生 み 出 し た のか 。
観 察 と仮 説 作 り を繰 り 返 す う ち に、 巣 づ く り 習 性 の違 いが 鍵 と 思 い つ いた 。 ジ ュズ カ ケ ハゼ の雄
は 、 自 力 で 泥 に孔 を掘 り 、 一匹 の雌 の産 卵 を 受 け、 入 り 口 に 蓋 を し て卵 を 守 る と判 明 し た のが き っ
か け だ 。 チ チ ブ 型 の性 的 二型 を 示 す ハゼ は 、 雄 が既 存 の物 体 や 空 隙 を 占 有 し 、 複 数 の雌 の産 卵 を 受
け、 出 入 り 口 の比 較 的 開 放 的 な 巣 を 作 る傾 向 が あ る。 こ の場 合 、 大 き な 巣 を確 保 ・防 衛 す る能 力 の 高 い雄 ほ ど、 次 代 に多 く の子 孫 を残 す だ ろ う 。
一方 、 自 力 で 孔 を 掘 る ジ ュズ カ ケ ハゼ の雄 の場 合 、 闘 争 能 力 の大 小 が繁 殖 成 功 度 を大 き く 左 右 す
る と は 思 わ れ な い。 し か し 雌 の ジ ュズ カ ケ ハゼ は、 雄 が 一匹 分 の卵 し か受 け 入 れ な いか ら 、 巣 守 り
の態 勢 に入 る 雄 を 占 有 し な け れ ば卵 を 産 め な い。 つま り 闘 争 力 の高 い雌 が自 然 選 択 で 決 定 的 に有 利
にな る に ち が いな いと 予 想 す る こと が で き る の であ る 。 自 力 で巣 孔 を 掘 る ハゼ は、 雌 が 大 き く 、 派 手 で 、 攻 撃 的 にな る。 自 然 選 択 理 論 は、 そ ん な 仮 説 を 示 唆 し て く れ た の だ 。
そ の仮 説 の妥 当 性 を確 か め る た め に、 私 は 一九 七 九年 か ら春 の琵 琶 湖 に通 い始 め た 。 湖 北 、 海 津
大 崎 の湖 岸 だ 。 生 物 学 者 の よ う な 私 の ね ら い は、 琵 琶 湖 特 産 の ハゼ の 一種 、 イ サ ザ の繁 殖 習 性 の研 究 だ った 。
ジ ュズ カ ケ ハゼ と 同 属 の イ サ ザ は、 チ チ ブ と同 じ よ う に雄 が 石 を 占 有 し て産 卵 巣 にす る と知 ら れ
て い た 。 私 の仮 説 が妥 当 な ら 、 イ サ ザ は ジ ュズ カ ケ ハゼ の親 戚 に も か か わ ら ず 、 形 態 や攻 撃 性 に お い て、 む し ろチ チ ブ 型 の特 徴 を 示 し て よ い の で あ る 。
通 った 六 年 の成 果 は そ こ そ こ だ った 。 礫 の下 に雄 が巣 を作 る こ と、 漁 業 者 の網 に入 る雌 雄 の サイ
ズ は ほ ぼ 同 じ だ が巣 内 の ペ ア で は や や雄 が 大 型 な こ と、 婚 姻 色 は雌 が 少 し 派 手 だ が ジ ュズ カ ケ ハゼ
の よ う な 雌 雄 差 は な く 、 求 愛 時 に は雄 の攻 撃 性 が 目 立 つ こと な ど、 イ サ ザ は 明 ら か に チ チ ブ に近 い
性 的 二 型 を 示 し た 。 し か し 、 雄 が雌 よ り 顕 著 に大 き く 、 派 手 で、 攻 撃 的 であ る 、 と いえ る ほ ど 、 十
分 チ チ ブ 的 だ った わ け で は な か った 。
生 物 学 者 の よ う な 私 は、 そ の不 十 分 さ を 理 論 的 に説 明 す る 工夫 に関 心 を も った 。 そ の説 明 を 手 が
か り に さ ら に仮 説 を 作 り、 検 証 の機 会 を 与 え て く れ そう な ハゼ た ち を 求 め て遠 征 す る見 通 し も 立 て 、
雪 解 け あ け の北 陸 の川 へ出 か け も し た 。 自 然 選 択 理 論 に基 づ く 適 応 分 析 の仮 説 は 、 生 き も の た ち の
ユ ニー ク に生 き る 現 場 へ私 た ち を 連 れ て ゆく 。 そ ん な 展 望 が は っき り 見 え て き て、 共 感 的 な ナ チ ュ
ラ リ ス ト のよ う な私 も 、 科 学 者 の よ う な 私 と と も に、 し ば し す て き な 探 索 時 間 を 過 ご し て いた のだ と思う。
私 の場 合 は、 ハゼ だ った が 、 植 物 で も 、 虫 で も 、 鳥 で も 、 哺 乳 類 で も よ い。 自 然 選 択 に基 づ く適
応 論 は、 ど ん な 生 き も の で あ れ 、 私 た ち を そ の生 き る現 場 に肉 薄 さ せ る力 を も つ。 そ れ は 現 代 進 化
論 が 、 科 学 者 や 、 共 感 的 な ナ チ ュラ リ ス ト た ち に提 供 で き る 、 も っと も す て き な道 具 の 一つな の だ と 、 私 は考 え て いる 。
た だ し私 の ハゼ 探 検 は、 ナ チ ュラ リ ス ト の都 合 が 卓 越 し て今 は 休 業 中 だ 。 ハゼ た ち の暮 ら す 水 辺
そ のも の の危 機 が主 因 で あ る。 沼 は釣 り 堀 と 化 し た 。 中 州 の生 息 地 は 汚 水 路 に変 貌 し た。 チ チ ブ の
暮 ら す 谷 に は ゴ ル フ 場 計 画 が浮 上 し て いた 。 雪 解 け 水 が 無 尽 蔵 の小 石 を 洗 う 春 の 湖 北 の岸 辺 で も 、 イ サ ザ が つら い暮 ら し と 聞 いて い る。
進化生物学 のはたす べき仕事︱ ︱
51
生 き も の と は な に か。 科 学 の対 象 と し て で は な く 、 私 た ち の生 き る 時 間 や 、 空 間 や、 喜 怒 哀 楽 の
中 にお い て、 な にも の と 了解 さ れ、 扱 わ れ る の か。 そ ん な こ と が いま 、 と て も 重 要 な 問 題 であ る よ う に、 思 わ れ る 。
学生 た ち に 、 生 きも のと はな にか と 聞 く と 、 難 儀 の す え に、 細 胞 で で き て い る、 エネ ルギ ー を 必
要 と す る、 呼 吸 す る、 栄 養 が必 要 、 死 ん で し ま う 、 生 殖 す る、 遺 伝 子 が あ る 、 等 々 の有 意 味 な 発 言
が集 ま って 来 て、 ①細 胞 で で き て い る、 ② エネ ルギ ー や 物 質 の代 謝 を す る 、 ③ 繁 殖 す る、 ④ 遺 伝 子
の形 で遺 伝 情 報 を も つ、 な ど と いう 教 科 書 的 な 、 生 物 =生 存 機 械 流 の要 約 が 、 そ れ こそ よ う や く 可
能 にな る 。 そ ん な 中 に ︿か わ い いも の﹀ と いう 回 答 が 登 場 し た 。 そう だ そ ん な 回 答 も い い のだ な 、
と 私 は思 う 。 そ ん な 反 応 を 笑 わ ず 、 生 き も の の位 置 を 考 え直 す こ と が 、 いま 私 た ち に と って決 定 的 に重 要 で あ る と、 私 は 思 って い る の で あ る 。
生 き も のと は な にか と問 う代 わ り に 、 ど んな 生 き も の を知 って いる か 、 と 問 う と 、 ま た お も し ろ
い。 同 僚 の福 山 欣 司 氏 の実 施 し た ア ンケ ー ト で は 、 キリ ン、 ラ イ オ ン、 ゾ ウ 、 ク ジ ラな ど 、絵 本 ・
動 物 園 ・テ レ ビ映 像 な どを 連 想 さ せ る生 き も の た ち が君 臨 し 、 ク ワ ガ タ ム シ や タ ヌ キ や ネ ズ ミ や、
スズ メ や 、 ダ ンゴ ム シ な ど 、 足 も と に暮 ら す 生 き も の た ち に は ほ と ん ど 出 番 が な い の で あ る。 毎 日
の生 活 の中 で 、 目 に ふ れ 、 手 に ふ れ 、 交 流 で き る 可 能 性 のあ る 生 き も の た ち が 、 ︿生 き も の﹀、 あ
る いは ︿生 物 ﹀ と いう キ ー ワー ド で の検 索 に か か って こ な い。 学 生 た ち の心 の構 造 の中 で 、 生 き も の た ち は いま そ ん な 不 思 議 な 配 置 に な って いる 。
私 の好 みを いえ ば 、 上 記 のよ う な質 問 に は、 ダ ンゴ ム シや 、 ク ワ ガ タ や、 タ ンポ ポ や 、 ダ ボ ハゼ
や 、 メ ジ ロや 、 ア カ テ ガ ニな ど と いう 、 身 近 な生 き も の た ち が、 も っと 、 も っと 想 起 さ れ て ほ し い。
も ち ろ ん ポ チ や ミ ケ も 入 って い い。 日 々 の空 間 を と も に生 き 、 ま た世 話 や心 配 も で き る 、 そ ん な存
在 と し て の生 き も のた ち が 、 ︿ 生 物 ﹀、 ︿生 き も の ﹀ と し て 人 の心 に鮮 明 に 住 ん で ほ し い と 思 う 。 生
き も の は 資 源 に な る 。 生 き も の は危 害 も 加 え る 。 し かし 生 き も の は、 審 美 ・神 秘 の対 象 と も な り、
友 だ ち の よ う な も の にも な る 。 私 の暮 ら す 空 間 には 、 そ ん な 生 き も のた ち が、 同 じ 地 球 を 同 じ 場 所
で 暮 ら す 同 じ 運 命 のも の た ち と し て生 き て いる のだ と 、 あ り あ り と、 わ か って いた い。
こ ん な問 題 意 識 の次 元 で私 は 進 化 論 と も 対 面 し て い る。 生 き も の た ち は 、 宇 宙 の中 で、 特 別 に親
和 的 な 存 在 だ と いう感 じ 方 が あ る。 生 き も のた ち は 、 生 ま れ 、 生 き、 大 地 に帰 る煩 悩 的 な存 在 とし
て 、 私 と共 通 の運 命 のも と に あ ると いう感 じ 方 も あ る 。 由 来 の 一致 仮 説 や 自 然 選 択 理 論 は、 そ ん な
感 じ 方 を 側 面 支 援 す る 構 造 を も って いる と いう の が 、 私 の感 想 な の で あ る 。 生 き も のた ち を 、 共 感
的 な 実 在 のよ う な も のと し て、 世 界 了 解 、 あ る いは自 然 把 握 の中 心 に住 ま わ せ て し ま う 傾 向 を も っ
て い る ら し い私 は、 こ こ か ら さ ま ざ ま な 理 屈 を 紡 ぎ だ す の だ と 、 自 覚 し て い る。
そ ん な 私 に ハゼ 類 の 習 性 研 究 が 幸 せな の は 当 然 な のだ 。 共 感 世 界 の中 心 付 近 に住 ま って いた ダ ボ
ハゼ に進 化 論 の眼 鏡 を向 け た ら 、 他 者 と し て の ハゼ た ち の見 事 さ が次 々 に現 れ 、 お ま け に 琵 琶 湖 の
イ サ ザ の世 界 に ま で案 内 さ れ て し ま った のだ 。 ハゼ 類 の研 究 を 休 止 し 、 そ の分 の時 間 を 、 小 網 代 の
谷 や 鶴 見 川 源 流 の地 域自 然 の保 全 の た め の仕 事 に転 換 ( 本 当 は 帰 還 か も し れ な い) し た の は 、 あ る
意 味 で は そ のダ ボ ハゼ や 、 ク ワ ガ タ や ア カ テ ガ ニや ア ブ ラ ハヤ の都 合 だ か ら、 や む を えず 、 し か し 同 時 に う れ し く も あ る よ う な転 換 だ った 。
そ ん な転 換 を 経 験 し 、 ま た科 学 や 環境 保 全 の状 況 を 見 聞 し 、 私 には 強 い希 望 が あ る。 身 近 な 生 き
も の た ち の暮 ら し を 適 応 論 の眼 鏡 で研 究 す る ス タ イ ル が、 学 界 (ア カ デ ミズ ム ) の都 合 な ど 無 視 し て、 も っと 定 着 し てほ し い のだ 。
私 た ち の世 界 了解 は そ の中 心 領 域 に生 き も の の賑 わ いを 回 復 し た い。 そ ん な 文 明 的 な 転 機 な のだ
と 私 は 思 う 。 環 境 危 機 の世 紀 末 の、 進 化 生 物 学 周 辺 の文 化 次 元 の大 仕 事 は 、遺 伝 子 資 源 や 、 ヒ ト ゲ
ノ ム計 画 や 、 利 己 的 遺 伝 子 や 、 恐 竜 絶 滅 や、 未 来 生 物 に つい て の談義 で は な く 、 足 も と の生 き も の
た ち の世 界 に、 あ ふ れ る ほ ど の不 思 議 や 、 歴 史 や 、 共 感 が あ る こ と を 鮮 明 にす る さ まざ ま な努 力 を 、 応 援 す る こ と で は な い のだ ろう か 。
[ 3] 地 球 / 大 地
心の 花
地球
宇宙から の地球像︱︱52
宇 宙 に輝 く 青 い惑 星 。 そ ん な 地 球 が 、 な ぜ か い つも 見 え る よ う な 気 が し てし ま う の は、 こ こ三 十 年 ほ ど の間 に私 た ち の社 会 に形 成 さ れ た、 不 思 議 な 現象 であ る 。
そ ん な 地 球 イ メ ージ が 流 通 し だ し た の は 、 私 の記 憶 で は 一九 六 八 年 暮 れ の アポ ロ8 号 ロケ ット の
打 ち 上 げ の頃 から だ と 思 う 。 フ ロリ ダ を 発 進 し た宇 宙 飛 行 士 は 月 を 回 り 、 月 面 の彼 方 に輝 く地 球 を 目 撃 し て帰 還 し た 。
﹁ 美 し い。 美 し いな が め だ 。 青 い地 表 に巨 大 な 雲 が広 が って いる 。 ⋮ ⋮ いま 窓 の外 を 、 親 指 の先 ほ
ど の地 球 が通 過 す る ﹂。 後 日 、 雑 誌 ﹃ラ イ フ﹄ に 掲 載 さ れ た 交 信 記 録 に、 宇 宙 趣 味 と は縁 の遠 い私
さ え 、 感 動 し た のを 思 い出 す 。 ア ポ ロ11号 が 月 面 に人 を 着 陸 さ せ た 大 イ ベ ント は、 そ の翌 年 の こ と だ った 。
当 時 、 地 球 は 、 戦 争 や 、 飢 餓 や 、 激 し い公害 に苦 し み 、 大 学 紛 争 も 世 界 的 だ った。 そ ん な 時 代 の
宇 宙 開 発 を き び し く 批 判 す る 人 び と さ え 、 宇 宙 か ら の地 球 の映 像 に は 、 時 代 転 換 を 促 す大 き な 期 待
を 寄 せ た も の だ。 ﹁ 宇 宙 開 発 が 人 類 に も た ら し た最 大 の、 そ し て お そ ら く は 唯 一の成 果 は地 球 観 の
コペ ル ニク ス的 回 転 と も いう べ き新 し い展 開 だ った 。 宇 宙 か ら見 た 地 球 の写 真 は 世 界 中 の人 び と に、
地 球 は 人 類 の唯 一のす み か であ り 、 有 限 な 一個 の星 で あ る こ と を 実 感 さ せ た ﹂。 アポ ロ11 号 打 ち 上
げ と同 じ 夏 に出 版 さ れ た ﹃地 球 管 理 計 画 ﹄ と いう 著 書 の冒 頭 の加 藤 辿 氏 の意 見 は、 典 型 的 な証 言 だ 。
続 く 七 〇 年 代 は 地 球 環 境 問 題 の本 格 化 す る時 代 と な った 。 人 口 ・環 境 破 壊 の拡 大 が 変 わ らず に続
く と 人 間 活 動 は 百 年 で地 球 の限 界 に達 す る と 予 測 す る ロー マク ラ ブ の ﹃ 成 長 の限 界 ﹄ が 出 版 さ れ 、
大 論 議 を 呼 ん だ の は 一九 七 二年 。 同 年 、 環 境 問 題 を 論 じ る 最 初 の大 規 模 な 国 際 会 議 、 ︿国 連 人 間 環
境 会 議 ﹀ も開 催 さ れ た 。 会 議 の ス ロー ガ ンは 、 ﹁かけ が え のな い地 球 ( Onl yOne Earth )。宇 宙 に
輝 く 青 い地 球 のイ メ ー ジ は地 球 環 境 危 機 を 啓 発 す べき 国 際 的 な 象 徴 と な った 。 一九 九 二年 六 月 のブ
ラ ジ ル の ︿地 球 サ ミ ット ﹀ は、 そ ん な 地 球 イ メ ージ の 二〇 周 年 でも あ った わ け だ 。
し か し 、青 い地 球 の映 像 は 、 は た し て地 球 像 の コ ペ ル ニク ス的 回 転 を 引 き 起 こし て いる の か。 状
況 は 混 沌 と し て いる 。 そ の映 像 は 、 教 科 書 か ら企 業 宣 伝 の領 域 に至 る ま で、 文 字 ど お り常 識 化 し た。
︿地 球 にや さ し い﹀ と いう キ ャ ッ チ フ レー ズ は、 青 い地 球 を 自 動 的 に喚 起 す る 。 大 方 の市 民 は、 そ
であ る。 だ が 、 イ メ ージ の啓 発 力 は期 待 ほ ど に強 く は な い。 そ の イ メー ジ に啓 発 さ れ て ︿地 球 的 に
う イ メ ー ジ さ れ る 星 が 、 か け が え の な い存 在 で あ る こ と も納 得 す る 。 こ れ は確 か に大 き な 変 化 な の
考 え て地 域 で行 動 す る﹀ 市 民 が 急 増 し た わ け で は な い。 足 も と の大 地 に か け が え の な い地 球 を 見 る
常 識 が 、 飛 躍 的 に強 化 さ れ た わ け で も な い。 そ のイ メ ー ジ か ら、 む し ろ宇 宙 への脱 出 を 漠 然 と空 想
す る よ う な気 分 も あ ん が い濃 厚 な ので あ る。 宇 宙 に輝 く 青 い地 球 のイ メ ー ジ は 、 いま 、 実 在 感 う す く私 た ち の ま わ り に浮 遊 す る。 そ ん な 感 じ さ え す る ので あ る。
考 え て み れ ば 、 宇 宙 に輝 く 青 い地 球 と いう イ メ ージ は 、 本 来 は宇 宙 船 の視 線 、 いわ ば宇 宙 人 のま
な ざ し の中 に あ る 。 一方 、 私 た ち の日 常 は、 連 綿 と 地 上 に暮 ら し 、 足 も と か ら 地 球 と交 流 す る、 い
わ ば 地 表 人 の ま な ざ し と と も にあ る 。宇 宙 に輝 く 青 い地 球 と いう 宇 宙 人 の風 景 は 、 一九 七 〇 年 代 の
地 表 人 の産 業 文 明 の苦 境 を と つぜ ん 異 次 元 か ら 照 ら し出 す 、 啓 示 の よ う な も のと し て機 能 し た の だ 。
し か し 、 啓 示 を受 け た と感 じ た 側 が持 ち 場 を 離 れ 、 宇 宙 人 の視 線 に安 易 に同 化 し て ゆ け ば 、 青 い地
球 の映 像 そ の も のは 、 に わ か宇 宙 人 た ち の退 屈 な 日 常 風 景 にす ぎ な く な る。 た ぶ ん 、 そ ん な 錯 誤 が 、 起 こ って い る。
︿宇 宙 に 輝 く 青 い地 球 ﹀ の イ メ ージ に再 び 新 鮮 な啓 示 力 を与 え る鍵 は 、 私 た ち の足 も と にあ る。 青
い地 球 の イ メ ージ を 乱 用 せず 、 むし ろ そ のイ メ ー ジ と、 感 性 的 に す な お に つな が るよ う な自 然 ( 地 球 ) 像 を 、 足 も と の日 常 か ら再 構 成 す る 必 要 が あ る のだ ろ う 。
地表人 たち の地球 ︱ ︱53
宇 宙 船 で な く 、 連 綿 と地 表 に暮 ら し て き た 地 表 人 にと って 、 地 球 と は な に か。 そ の暮 ら し の日 常
は、 ど のよ う な感 性 、 ど のよ う な イ マジ ネ ー シ ョン で、 地 球 と いう 星 に つな が る の だ ろ う 、
引 っ越 し は あ っても 、 地 表 人 に と って大 地 は 、 唯 一無 二 の す み か であ り、 別 の大 地 は あ り え な い。
そ の大 地 に は 、 個 人 史 の作 る特 別 な 領 域 が あ る 。 いま生 き る場 所 、 ふ る さ と の 田畑 、 過 去 の住 所 、
大 好 き な 山 野 河 海 、 わ が 町 、 会 社 、 学 校 、 親 し い遠 隔 地 ⋮ ⋮。 地 表 人 の大 地 の地 図 は 、 そ ん な 拠 点
群 を た よ り に し な が ら 、 足 も と か ら 四 方 に広 が って ゆ く 。 広 が り の地 図 模 様 、 つま り 意 味 や価 値 を
お び た 場 所 の配 置 は、 特 定 の拠 点 や 足 も と に お いて鮮 明 であ り 、 中 心 か ら 離 れ れ ば 曖 昧 だ 。中 心 の
位 置 に お いて 、 諸 域 の配 置 や鮮 明 度 に お い て、 地 表 人 の大 地 の地 図 は、 ひと そ れ ぞ れ に、 固有 の リ ア リ テ ィ ー を も つも の であ る。
科 学 の成 果 に よ って、 地 球 は 球 体 で あ る と知 る私 た ち は、 知 識 を 介 入 さ せ、 足 も と か ら の大 地 の
地 図 を 地 球 に つな げ て想 像 す る こ と も で き る。 た と え ば 私 の地 図 は、 多 摩 丘 陵 ・鶴 見 川 流 域 の 一角
か ら 、 親 し い場 所 群 を た ど って四 方 に 広 が り、 足 も と の真 下 は る か か な た、 手 元 の風 船 地 球 儀 に よ
れ ば 、 た ぶん ウ ルグ ア イ の 沖 あ た り で、 面 積 五 億 一〇 〇 〇 平 方 キ ロの 地 表 の地 図 を 完 結 す る 。 ︿ 宇
宙 の暗 黒 に輝 く青 い地 球 ﹀ の映 像 は、 私 の地 表 暮 ら し が 作 り だ す そ ん な パ ー ソ ナ ル な地 球 イ メ ー ジ と付 き合 わ さ れ て 、 確 か な 実 在 感 を獲 得 し て い る。
し か し 、 意 味 によ って織 り あ げ ら れ る パ ー ソ ナ ル な大 地 、 あ る いは 地 球 の地 図 そ のも の が曖 昧 だ
った ら 、 どう だ ろ う 。 ︿宇 宙 の暗 黒 に輝 く 青 い地 球 ﹀ は 、 私 た ち が 生 ま れ 、 生 き る唯 一無 二 の大 地
の象 徴 で は な く 、 代 替 可 能 な 、 た だ 美 し いだ け の惑 星 風 景 と見 え てし ま う の で は な いか 。 宇 宙 船 へ
の視 野 の移 動 を 不 可 避 に促 す そ の映 像 は、 足 も と の大 地 へ の帰 属 感 を 、 さ ら に薄 め る 希 釈 作 用 さ え 示 す かも し れ な い。
そ も そ も 、 私 が、 惑 星 を 消 費 、 破 壊 、 汚 染 し つく し て 渡 り歩 く 宇 宙 放 浪 の 一族 だ と し た ら 、 ︿闇
に輝 く 青 い地 球 ﹀ の光 景 に、 豊 か な 水 や、 生 物 や、 地 下 資 源 のあ ふ れ て いそ う な素 晴 ら し い移 住 先
を 見 る と は限 ら な い。 破 壊 し つく し て居 住 不 能 に な り 、 い ま見 捨 て たば か り の星 の 光 景 であ る 可 能
性 も高 い ので あ る。 人 の住 め な い星 に な っても 、 宇 宙 か ら 見 る地 球 は お そ ら く 青 く 輝 き 続 け る か ら
だ。 つま り、 青 い惑 星 の光 景 そ のも の が地 球 への愛 を喚 起 す る ので は な い の であ る 。 惑 星 破 壊 を 生
業 と す る宇 宙 規 模 の バ ガ ボ ン ( 漂 泊 者 ) た ち は 、 宇 宙 に輝 く 青 い地 球 の イ メ ージ を美 し いと思 って も、 だ か ら地 球 を 大 切 にし よ う と 決 意 し た り は し な いだ ろ う 。
私 の記 憶 に よ れ ば 、 ︿暗 黒 に輝 く 青 い地 球 ﹀ の 写 真 が 登 場 し だ し た 六 〇 年 代 は、 地 球 制 約 な ど 考
慮 し な い宇 宙 バガ ボ ンの気 分 で、 技 術 至 上 の未 来 論 が は や り に は や った 時 代 でも あ った 。 そ ん な 未
来 派 た ち の夢 が宇 宙 に と び 、 地 球 の写 真 も 撮 って き た、 と いう ほ う が 真 実 だ った か も し れ な い。
し か し 、 大 地 の地 図 を 心 に刻 む 心 の中 の地 表 人 た ち は 、 宇 宙 か ら みた 色 彩 が 何 であ れ 、 こ の星 だ
け が人 と 生 き も のた ち の す み か と、 と う の昔 に知 って いた 。 そ ん な 心 か ら す れ ば 、 宇 宙 開 発 の夢 が
も ち か え った 写 真 で重 大 な の は、 ︿青 い地 球 ﹀ で は な く 、 む し ろ背 景 に広 が る暗 黒 の宇 宙 で あ ろう 。
地 球 環 境 を 破 壊 し て宇 宙 放 浪 に で る愚 かな 勇 気 が 、 本 当 にあ る か。 あ の暗 黒 は 、 脱 地 球 型 産 業 文 明
を 支 持 し 続 け る私 た ち自 身 の中 の、 偽 の宇 宙 人 た ち に、 そ う 問 いか け るも の で あ る。
拡 大 を続 け る産 業 文 明 の力 に酔 い、 地 表 に暮 ら す に ふ さ わ し い地 図 も 会 話 も忘 れ か け、 何 だ か宇
宙 人 の よ う な 心 に な り か か って い た私 た ち に、 一九 八〇 年 代 末 、 転 機 が き た 。 地 球 温 暖 化 や 、 生 物
多 様 性 の大 破 壊 や 、 人 口 ・食 料 バ ラ ン ス の危 機 や 、 冷 戦 構 造 の崩 壊 を 機 に、 現 代 産 業 文 明 そ の も の
の見 直 し が も は や 不 可 避 と 、 露 呈 し て き た 。 文 明 の パ ラ ダ イ ム転 換 と 見 ても い い。 農 業 革 命 、 産 業
革 命 に つぐ 環 境 革 命 と呼 ぶ人 も い る。 一〇 六 人 の 元 首 ・首 脳 の参 加 し た 史 上 最 大 の国 際 会 議 、 ︿地
球 サ ミ ット ﹀ (一九 九 二) は 、 そ ん な 認 識 転 換 の波 が 国 際 政 治 の次 元 にさ え 及 ん だ し る し で あ る。
産 業 文 明 の エ コ ロジ カ ルな 転 換 が 始 ま った 。 高 度 経 済 成 長 時 代 の宇 宙 人 の よ う な 心 が地 表 に も ど
り、 足 も と の大 地 も 地 球 も 見 え る 、 ︿地 球 人 ﹀ への歴 史 が始 ま って いる のだ と、 私 は 思 う。
地 球 イ メ ー ジ の 転 換︱︱54
地 球 サ ミ ット に先 だ って、 地 球 環 境 危 機 の報 道 が 圧 倒 的 な 勢 いを 得 た のは 、 一九 八 〇 年 代 末 の こ
と だ 。 序 曲 は 一九 八 六 年 春 、 ソ連 チ ェ ルノ ブ イ リ原 子 力 発 電 所 の爆 発 事 故 だ った。 吹 き 上 げ ら れ た
放 射 性 物 質 は 、 ソ連 、 東 欧 、 ヨー ロ ッパ の大 地 を激 し く 汚 染 し た 。 一週 間後 、 雨 模 様 の目 立 った 日
本 の連 休 。 そ の雨 にも 異 例 の濃 度 の放 射 性 物 質 が含 ま れ て いた 。 事 故 の衝撃 は、 そ の後 の世 界 の環 境 報 道 に 、 文 明 史 的 な 危 機意 識 を 深 く 浸透 さ せ る も の と な った 。
そ し て 一九 八 八年 。 本 命 のア メ リ カ にさ ら に 深刻 な 恐 怖 が 走 った。 夏 に向 か う ア メ リ カ が激 し い
熱 波 に お おわ れ た のだ 。 穀 物 は 大 減 収 と な り、 家 畜 も 人 も 暑 さ に焼 か れ た 。 恐 怖 を 拡 大 さ せ た の は 、
そ の熱 波 が 単 な る自 然 現 象 で は な く 、 産 業 活 動 の吐 き 出 す大 量 の 二酸 化 炭 素 や メ タ ン ガ ス な ど に よ る地 球 温 暖 化 現 象 の劇 的 な ス タ ー ト と みな さ れ た た め だ。
温 暖 化 ガ ス の大 気 中 濃 度 の上 昇 は以 前 か ら確 証 さ れ 、 過 去 百 年 の特 に熱 い年 が 八 〇 年 代 に集 中 す
る こ と も よ く 知 ら れ て い た。 し か し高 温 化 が人 為 によ る温 暖 化 の現 れ と はな お確 証 さ れず 、 脅 威 も
な お他 人 ご と の領 域 にあ った 。 激 し い熱 波 は、 そ ん な 曖 昧 な論 議 を 耐 え ら れ な いも の に し た のだ ろ うか。
六 月 、 上 院 の公 聴 会 に立 った N A S A の科 学 者 ハ ン セ ンが 、 ﹁地 球 温 暖 化 が は じ ま った ﹂ と いう
主 旨 の証 言 を 行 な う と 、 パ ニ ック にな った 。 つ い に終 末 が や ってく る。 石 油 文 明 に つか り き った ア
メ リ カ は そ う 感 じ 、 危 機報 道 を沸 騰 さ せ た 。 幸 か不 幸 か ハ ンセ ン の判 断 そ のも の は 、 そ の後 き び し
く批 判 さ れ 、 熱 波 の原 因 は別 、 と み る のが 科 学 の多 数 意 見 と な った と いう 。 し か し 、 事 態 の喚 起 し
た 恐 怖 は深 く 、 広 く 、 文 字 ど お り 文 明 史 的 な 次 元 のも の と な った 。 そ れ は 、 油 井 か ら 高 く 黒 煙 のあ
が る 湾 岸 戦 争 の光 景 や 、 オ ゾ ンホ ー ル の恐 怖 のイ メ ー ジ へと つな が って ゆ く の で あ る 、
そ し て、 報 道 の領 域 に おけ る、 おそ ら く 最 大 の反 応 が 、 雑 誌 ﹁T I M E ﹂ に現 れ た 。 熱 波 の夏 に
地 球 危 機 に注 目 し た 同 誌 は、 八 九 年 新 年 号 を 、 ︿危 機 の地 球 ﹀ 特 集 号 と し 、 異 例 の ペ ージ 数 を あ て
た のだ 。 以 後 、 日 本 を含 め 、 世 界 のジ ャー ナ リ ズ ム が地 球 環 境 危 機 の大 報 道 に合 流 す る 。 地 球 環 境
問 題 は 、 議 会 や 経 済 人 た ち の領 域 に、 確 実 に浸 透 し だ し た 。 そ し て同 年 十 二 月 、 国 連 は 、 九 二年 ・
地 球 サ ミ ット ( 正 式 には ﹁環 境 と 開 発 に関 す る国 連 会 議 ﹂) の開 催 を 決 め た ので あ る。
と こ ろ で 、 雑 誌 ﹁T I M E ﹂ の ︿危 機 の地 球 ﹀ 特 集 に は、 ︿地 球 ﹀ に 関 す る 二 つ の印 象 的 な 写 真
が 掲 載 さ れ て いた。 ひ と つは おな じ み の、 ︿暗 黒 の宇 宙 に輝 く青 い地 球 ﹀ の 写 真 で あ る 。 見 開 き 二
ペー ジ の美 し い写 真 には 、 ︿地 球 の憤 怒 ﹀ と いう 表 現 で は じ ま る 、 詩 人 ニメ ロ フ の終 末 論 的 な詩 文 が そ え ら れ て いた。
も う ひ と つは表 紙 を 飾 る 異様 な 写 真 だ った。 夕 か 、 朝 か、 よ く 判 ら な い暗 い荒 涼 と し た海 岸 。 そ
こ に、 透 明 な ビ ニー ル に包 ま れ 、 紐 で縛 ら れ た ︿ 青 い地 球 儀 ﹀ が、 不 自 然 な 光 を 浴 び て転 が って い
る の だ。 当 時 ア メ リ カ の大 都 市 の海 岸 は 、 使 い捨 て注 射 器 な ど が大 量 に漂 着 し、 人 が 近 づ け な いと
報 道 さ れ て いた よ う に も記 憶 す る。 写 真 は そ ん な 海 岸 の イ メ ー ジ だ った の か も し れ な い。 し かし 、
そ の写 真 に私 は、 地 球 への ま な ざ し が変 わ る の だ な と いう 、 不 思 議 な感 動 を 覚 え た の も のだ 。
そ の写 真 の光 景 は 多 彩 な解 釈 を 喚 起 す る。 終 末 の地 上 に 、 地 球 への愛 そ の も のも 放 擲 さ れ る絶 望
の光 景 と も 見 え る 。 青 い地 球 の映 像 を お守 り に す れ ば 私 た ち も 環 境 派 と 名 の れ てし ま う紋 切 り 型 の
風 潮 に、 危 機 の海 辺 、 危 機 の大 地 へ戻 れ と呼 び かけ る、 あ ま り 上 出 来 で は な い画 像 メ ッセ ー ジ と も
読 め る 。 さら に いえ ば 、 そ の荒 涼 た る 海 岸 が象 徴 す る足 も と の危 機 の大 地 に付 き 添 い続 け る 人 び と
に こ そ 、 つ つま し い包 装 で 、 青 い地 球 が 届 け ら れ る時 代 にな る と いう 、 あ る種 の救 済 の イ メ ージ が 読 み 込 ま れ た って よ いの で あ る。
ど のよ う に解 釈 し て も 、 そ の画 像 は 西 欧 的 で 、 私 の好 み で は な い のだ が、 あ え て いう な ら 三番 目
の解 釈 が 私 の 心 に よ く座 る 。 足 も と の大 地 の光 景 ︱︱ そ れ は子 ど も た ち の歓 声 の な い川 辺 の原 っぱ
の光 景 だ って い い ︱︱ に文 明 史 的 な危 機 を 感 ず る心 の も と に、 明 示 的 で は な く 、 黙 示 的 にと ど け ら れ る 、 美 し く 、 つ つま し い地 球 の存 在 。
地 球 環 境 危 機 を 、 文 明 の危 機 と と ら え る時 代 の地 球 イ メ ージ は、 た ぶ ん そ ん な 構 造 にま と ま って ゆく にち が いな い と、 私 は 感 じ て いる の で あ る 。
号)の 表 紙
T IM E(1989年1月2日
限界
ま だ ま だ 安 泰 な のか ︱ ︱ 55
も のご と に は 限 界 が あ る 。 子 ど も の頃 に、 も し か す る と自 分 だ け は 死 な な い の で は な い か、 な ど
と本 気 で 妄 想 し た 人 も 、年 を と れ ば 寿 命 が あ る こ と を納 得 し 、 気 が つく と次 世 代 の心 配 を し て、 生
命 保 険 に入 って い た り す る 。 収 入 のす べ て を使 って不 老 長 寿 の法 を 探 し ま わ る よ う な 人 は 、 不 思 議 な 人 と 思 わ れ る の だ。
拡 大 に つぐ 拡 大 を 続 け て き た私 た ち の産 業 文 明 に も 、 限 界 が あ る と 主 張 さ れ て いる 。 こ の場 合 、
文 明 に固 有 の寿 命 が あ る と いう の で は な い。 地 球 と いう 星 の規 模 に限 り が あ り 、 拡 大 に つぐ拡 大 を
本 質 とす る産 業 文 明 は 、 そ の限 界 に衝 突 し て終 わ らざ るを え な いと いう 主 張 だ 。 し か し そ の主 張 は
正 し いか 、科 学 技 術 の力 は事 実 上 無 限 か も し れ な いで は な いか 。 た と え 限 界 がく る と し て も、 そ れ
は 、 ま だ ま だ 先 の こと で は な い の か。 改 ま って そ う 問 いか け て み る と案 外 動 揺 す る も の だ 。 も し か
す る と こ の文 明 は 不 死 身 な の か も し れ な い。 私 た ち の産 業 文 明 は、 ま だ ま だ 、 ず っと 安 泰 な のか も
し れ な い。
産 業 文 明 の規 模 と、 地 球 の規 模 を 比 較 し て、 文 明 の限 界 に つ い て考 え る に は、 コ ンピ ュー タ や 専
門 的 な 技 術 が 必 須 と いう わ け で は な い。 単 純 な 計 算 で 、 あ る種 の見 通 し も立 つの で あ る。
( 乾 燥 重 量 ) は過 去 数 年 の平 均 で 一九 億 ト ン ほ ど 。
一番 わ か り や す そう な の は人 口 と 食 料 の関 係 だ ろ う 。 世 界 の人 口 は 一九 九 六 年 現 在 で 五 八億 人 台 に あ る 。 資 料 によ れば 、 世 界 の年 間 穀 物 総 生 産
割 り算 を す れ ば 一人 あ た り の穀 物 は 三 三 〇 キ ロ。 腐 った り 虫 に食 べら れ た り す る分 が な い と す れ ば
一日 あ た り 九 〇 〇 グ ラ ム 、 お米 な ら 、 大 き め の お む す び 十 五 個 分 ほ ど に相 当 す る量 だ 。 こ ん な に食
べ た ら 体 を こ わ す ! 現 実 に は、 豊 か な 国 の国 民 は 一人 毎 年 数 百 キ ロの穀 物 を (か な り の部 分 を肉
や 卵 に変 え て )食 べ、 貧 し い人 び と は 平 均 よ り は る か に少 な い穀 物 し か食 べず 、 健 康 の危 機 に あ る 。
し か し 、 平 均 値 と し て見 れ ば 、 地 球 の食 料 生 産 に は な お大 き な 余 裕 が あ る よ う に見 え る のだ 。 つま
り、食 物 ( 穀 物 以 外 の食 料 も あ る ) と 人 口 の関 係 に つ い て、 限 界 は な お未 来 の話 と いう こ と に な る 。
そ れ な ら そ の未 来 は い つご ろ の こ と か。 地 球 規 模 の気 候 不 順 が あ れ ば も ち ろ ん 今 年 にも 限 界 は く
る が、 そ れ は考 え な いこ と にす る。 現 在 の増 加 率 で ゆ く と 世 界 の 人 口が 二倍 にな る の は 四 十 ︱ 五十
年 ほ ど 先 の こ と だ 。 穀 物 生 産 が そ の 間 ま った く増 加 し な く ても 、 一人 あ た り の穀 物 は、 お む す び 換
算 で平 均 で 一日、 七 ・五 個 と かな り の 量 であ り 、 社 会 的 な 公 正 が地 球 規 模 で実 現 さ れ て いれ ば 、 な
お人 類 は 平 和 に生 き ら れ る か も し れ な い。 実 際 は 、 耕 地 も増 え 、 農 業 技 術 も 向 上 し て、 穀 物 生 産 は
向 上 す る は ず だ。 人 口増 加 を 上 回 る率 で 増 加 す る 可 能 性 だ ってあ る で は な いか 。
そ も そ も 地 球 の表 面 積 は 五億 一〇 〇 〇 万 平 方 キ ロ メー ト ルも あ る の で あ る 。 陸 地 は そ の約 三割 の
一億 五 〇 〇 〇 万 平 方 キ ロメ ー ト ル。 現 在 の人 口 で割 れ ば 、 一人 あ た り 二 ・六 三 ヘク タ ー ル、 百 メ ー
ト ル四 方 のグ ラ ウ ンド 二 ・六 個 分 も あ る と いう こ と にな る。 これ を 良 好 な 畑 に で き れ ば 一人 あ た り
数 ト ン の穀 物 は と れ る はず 。 そ う な れ ば 現 在 の十 ︱ 二十 倍 、 つま り五 〇 〇 億 人 か ら 一〇 〇 〇 億 人 の
人 口だ って支 え ら れ る かも し れ な い。 限 界 は、 ま だ ま だ 先 か も し れ な いぞ ⋮ ⋮。 し か し 、 本 当 に そ う な の だ ろ う か。
楽 観 論 に水 を さ す 意 見 は 、 い ろ いろ あ る。 ア メ リ カを 熱 波 の恐 怖 が 襲 った 一九 八 〇 年 代 の末 以 来 、
世 界 の穀 物 生 産 は 頭 打 ち が 続 い て いる 。 耕 地 面 積 や 、 灌 漑 面 積 の拡 大 、 そ し て化 学 肥 料 の投 入 量 も
頭 打 ち で 、 穀 物 生 産 の大 幅 増 加 は む ず かし いと いう 見 通 し が あ る。 ま た 、 そ も そ も 地 表 の大 半 は森
った ら 、 大 気 のガ ス ( 酸 素 、 炭 酸 ガ ス な ど ) バ ラ ン ス は く ず れ、 水 の循 環 や、 生 物 資 源 の将 来 に甚
林 や砂 漠 や 荒 地 で あ り 、 楽 に耕 地 にで き る の は そ の 一部 にす ぎ な い。 森 林 を 大 規 模 に破 壊 し て し ま
大 な被 害 が生 じ る だ ろ う 。 現 在 の ま ま の土 地 利 用 で も、 温 暖 化 に よ る 気 候 変 動 で 、 穀 物 生 産 の大 撹 乱 が起 こ る か も し れな い の であ る 。 限 界 は 、 ま だ 先 、 か も し れ な いが 、 ま だ ま だ 先 、 で は な いか も し れ な い。
人 口増 加 に急 ブ レ ー キ 必 要 ︱ ︱56
走 行 中 の車 の前 方 に壁 が 現 れ た と す る。 そ の瞬 間 の運 転 者 の危 機 は 、 壁 ま で の距 離 だ け で は決 ま
ら な い。 距 離 が 同 じ で も 、 時 速 五十 キ ロな らブ レ ー キ を かけ て も 間 に合 う が 、 百 キ ロで は 間 に合 わ
な いか も し れ な い。 五 十 キ ロで も急 激 に加 速 中 な ら す で に危 険 か も し れ な い。
同 様 に、 拡 大 を 続 け る私 た ち の産 業 文 明 の規 模 と 、 地 球 の限 界 と の危 機 的 な 関 係 を 理 解 す る に は 、
文 明 拡 大 の ︿速 度 ﹀ と ︿加 速 度 ﹀ に対 す る感 覚 が 必 要 だ 。 そ の速 度 と 加 速 度 を 、 運 転 席 に い る よ う な 生 々 し さ で理 解 す る に は 、 少 しば か り 工 夫 が い る。
つも ︿同 量 ﹀ だ け 増 え て ゆ く ︿直 線 的 な 増 加 ﹀ 様 式 であ る 。 定 速 運 転 の自 動 車 の走 行 距 離 や 物 置 の
も の ご と の拡 大 に関 し て 、 私 た ち の周 囲 に は 典 型 的 な 二 つの様 式 が あ る。 一つ は、 一定 期 間 に い
古 新 聞 の増 加 が よ い例 だ ろ う 。 こ の様 式 は 増 加 速 度 が 一定 で 、 加 速 度 は も ち ろ ん ゼ ロ。 一ヵ 月 間 に
新 聞 紙 が 五 十 セ ンチ た ま る な ら 、 未 来 の 一ヵ月 間 にた ま る 量 はど の 一ヵ 月 間 も同 じ 五 十 セ ンチ 、 十 ヵ 月 間 の蓄 積 総 量 は ど の十 ヵ 月 でも 五 メ ー ト ルだ 。
も う 一つは 、 一定 期 間 ご と に ︿同 率 ﹀ で 増 え て ゆ く 複 利 的 あ る い は ネ ズ ミ 算 的 な増 加 で あ る 。 利
子 率 一定 の貯 金 の 元利 合 計 額 の増 加 は典 型 的 な 例 だ 。 加 速 中 の自 動 車 の速 度 や走 行 距 離 も 、少 な く と も 初 期 は 似 た様 子 で 増 加 す る 。
複 利 的 な 増 加 は 、 数 学 的 に は指 数 関 数 的 な増 加 と 呼 ば れ 、 数 式 操 作 を 行 な え ば 、 ど れ も 一定 期 間
に倍 増 す る ︿倍 々 増 加 ﹀ の形 に変 換 で き る。 こ の形 な ら 扱 いや す い。 倍 に な る 期 間 が T年 の倍 々増
加 は 、 一×T年 後 に 二倍 、 二 ×T年 で 四 倍 、 三 × T年 で 八 倍 、 五 ×T 年 で 三 十 二倍 、 十 × T年 で 千
二十 四 倍 、 n ×T 年 後 には 二 の n乗 倍 にな る 。 倍 化 に要 す る期 間 を ︿倍 増 期 間 ﹀ と呼 ぶ。 こ の 期 間 の短 いほ ど、 も ち ろ ん増 加 は急 激 だ 。
倍 々型 増 加 が直 線 的 増 加 と決 定 的 に ち が う の は、 期 間 ご と の増 加 量 が先 にな る ほ ど 大 き く な る 。
つま り ア ク セ ルを 連 続 的 に踏 み 込 む よ う に加 速 度 が つく こ と だ 。 新 聞 紙 の厚 さ が 一ヵ 月 ご と に倍 増
す る と 仮 定 す れ ば 、 過 去 の 一ヵ 月 間 に五 十 セ ン チ た ま った新 聞 は 、 次 の 一ヵ 月 間 には 倍 の 一メ ー ト
ル増 加 し 、 十 ヵ月 目 の ひと 月 間 に約 五 百 メ ー ト ルも積 み上 が る 。 な ん と十 ヵ 月 後 の総 量 は 一キ ロメ ー ト ルを 超 え る の だ。
さ て問 題 は 、 私 た ち の産 業 文 明 の規 模 拡 大 が、 ど ち ら の増 加 様 式 に近 い の か と いう こ と だ 。 文 明 規 模 の基 本 指 標 の 一つであ る人 口 の増 加 を 手 掛 か り に考 え よ う 。
資 料 に よ る と、 世 界 人 口 は 、 過 去 四十 年 間 に 二 八 億 人 か ら 五 七 億 人 に倍 増 し た 。 年 ご と の増 加 数
は 、 一九 五 五 年 の 三 七 〇 〇 万 人 か ら最 近 は 九 〇 〇 〇 万 人 へ。 凸 凹 は あ る が 増 加 し て お り、 増 加 の様 子 は複 利 的 な 増 加 、 い い か え れ ば ︿倍 々増 加 ﹀ に近 い。
︿年 増 加 率 X % の複 利 増 加 は 、 X が数 % 台 と小 さ け れば 、倍 増 期 間 を 七 十 ÷ X年 とす る倍 々 増 加 に
近 似 で き る﹀。 こ の よ く 知 ら れ た 公 式 を 使 え ば 、 過 去 四 十 年 の地 球 人 口 は 、 平 均 年 増 加 率 一 ・七 五
% 、 倍 増 期 間 四 十 年 の倍 々増 加 に近 いと判 定 で き る 。
つま り私 た ち の文 明 の人 口規 模 は、 定 速 的 に で は な く 、 ア ク セ ルを 踏 み続 け、 四十 年 で倍 速 と な
( 壁 ) が た と え 五 〇 〇 億 人 のか な た だ と し て も、 四十 年 で倍 増 す る傾 向 が 続 け ば 百 二十 年 と 少 し
る 加 速 度 で 、 地 球 限 界 の壁 に接 近 し て き た 。 生 活 可 能 な 最 大 人 口で 地 球 限 界 を 表 す と し て、 そ の限 界
で 衝 突 が起 こ る (た だ し 毎 年 九 千 万 人 の定 速 的 な増 加 な ら五 百 年 ほ ど の猶 予 が あ る )。
し かも 、 実 の と こ ろ 地 球 の現 実 的 な 限 界 は 、 は る か 手 前 の、 一〇 〇 ︱ 二 〇 〇 億 人 の規 模 にあ る と
考 え る の が大 方 の見 方 だ 。 倍 増 期 間 が 四十 年 の ま ま な ら 、 四 十 年 後 、 つま り 二〇 三 五年 の地 球 人 口
は 百十 四 億 人 と な り、 限 界 領 域 に 入 って し ま う 。 そ れ は 確 か に ま だ 先 の こ と だ が 、 も う急 ブ レー キ を か け る タイ ミ ング で あ る 。
そ ん な 事 態 を よ く 見 通 し て いる国 連 は、 一九 九 四 年 、 カ イ ロで ︿国 際 人 口開 発 会 議 ﹀ を 開 催 し た 。
会 議 は 、 持 続 可能 な 社 会 を 実 現 す る た め に、 二 〇 五 〇 年 時 点 の地 球 人 口を 九 八億 人 よ り低 い水 準 に
( 壁 ) を 想 定 し 、 産 業 文 明 の拡 大 にす で に
安 定 さ せ る と いう 大 胆 な計 画 を 採 択 し た と 伝 え ら れ る (﹃地 球 白 書 一九 九 五 ︱ 六 ﹄)。 一九 九 二 年 の 地 球 サ ミ ット 以来 、 世 界 は 事 実 上 数 十 年 の先 に 地 球 限 界 急 ブ レー キを か け 始 め て い る。
環 境革 命 の時 代 ︱ ︱
57
産 業 文 明 の中 で 、 倍 々型 の増 加 を 示 す の は人 口だ け で は な い。 人 口が 倍 増 し た 一九 五 〇 年 か ら九
〇 年 ま で に、 世 界 の穀 物 生 産 や 水 産 物 の水 揚 げ 、 工 業 生 産 高 も 、 人 口よ り お お む ね速 い速 度 で増 加
し た。 直 線 型 増 加 に近 い木 材 の生 産 量 も 、 こ の間 に倍 増 し た 。 ア ル ミ ニウ ム 、 銅 、 亜 鉛 な ど の主 要
鉱 物 、 石 油 ・石炭 ・天 然 ガ ス ・原 子力 を 総 合 し た エネ ルギ ー 利 用 量 、 そ し て炭 酸 ガ ス の排 出 量 な ど
も 、 人 口を 上 回 る 速 度 で増 大 し た 。 そ んな 倍 々 増 加 は、 は た し て ど こま で続 く の だ ろ う か。
生 物 資 源 に 関連 す る 分 野 で は、 倍 々増 加 は終 焉 の気 配 が あ る 。 こ こ十 年 ほ ど 、 一人 当 た り の世 界
の穀 物 生 産 量 は 横 ば いで 、 最 近 は や や 減 少 傾 向 も 見 せ て い る。 強 引 な 増 産 を 試 み れ ば 、 土 壌 劣 化 や
土 壌 流 出 な ど 、 生 産 基 盤 そ の も の の長 期 的 な攪 乱 が 心 配 だ 。 水 産 物 の水 揚 げ 量 も 一部 で 予 想 さ れ て
いた 限 界 の水 準 の 一億 ト ン に達 し 、 一人 当 た り 換 算 量 は す で に 横 ば い状 態 だ 。 漁 獲 を 強 引 に増 や せ
ば 、 資 源 の大 規 模 な崩 壊 を 招 く危 険 性 が あ ると 心 配 さ れ て いる 。熱 帯 林 を中 心 に 、森 林 資 源 の急 激 な減 少 が深 刻 な 憂 慮 の対 象 と な って いる のは 言 う ま で も な い。
生 物 資 源 と は対 照 的 に、 化 石 燃 料 や鉱 物 は、 消 費 拡 大 へ の環 境 制 約 が 問 題 だ。 採 掘 可 能 な地 下 資
源 の量 は技 術 進 歩 で増 大 す る が 、 採 掘 や消 費 に伴 う 土 地 利 用 や 汚 染 、 気 候 変 動 な ど 生 活 環 境 への攪 乱 効 果 が深 刻 な の だ 。
炭 酸 ガ ス放 出 量 の増 大 は 温 暖 化 や気 候 変 動 を 引 き 起 こ し 、 農 業 生 産 、 生 態 系 の各 種 機 能 、 洪 水 ・
旱 魃 ・寒 冷 の パ タ ー ン な ど に深 刻 な 影 響 を 及 ぼ す と の危 惧 が 代 表 的 な 事 例 だ ろ う 。 ︿生 物 多 様 性 条
約 ﹀ と な ら ん で地 球 サ ミ ット で合 意 さ れ た ︿ 気 候 変 動 枠 組 条 約 ﹀ は そ ん な 危 惧 を重 視 。 ﹁温室 効 果
ガ ス の人 為 的 排 出 を 抑 制 し 、 温 室 効 果 ガ ス の吸 収 源 と貯 蔵 源 を 保 護 し 、 強 化 す る こ と﹂ を 約 束 し た 。
工 業 生 産 物 も似 た 事 情 が あ る。 便 利 な 自 動 車 も 排 ガ ス 量 の増 大 ゆ え に、 地 球 規 模 の生 産 制 限 が必
要 に な る かも し れ な い。 人 工 化 合 物 の大 量 生 産 ・大 量 消 費 も 、 オゾ ン層 を 破 壊 す る フ ロ ンガ ス の よ う に、 地 球 環 境 への影 響 を 配 慮 し た規 制 を 受 け始 め て いる 。
規 模 は、 さ ま ざ ま な 分 野 で地 球 の限 界 に近 づ き 、倍 々増 加 の様 式 は根 本 的 な 変 化 に直 面 し て い る。
生 産 基 盤 や 資 源 量 の制 約 や 、 環 境 破 壊 の危 惧 によ って、 私 た ち の産 業 文 明 の生 産 ・消 費 ・廃 棄 の
人 口 の動 向 は 、 そ の緊 急 性 を 考 え る た め の最 も わ か り や す い指 標 の 一つと 考 え て お く の が よ い。
私 た ち の文 明 が いま こ の瞬 間 、 個 人 の物 質 的 な生 活 規 模 の平 等 と不 拡 大 を 原 則 と す る新 し い文 明
に転 換 し て も 、 四 十 年 単 位 の人 口 倍 増 が続 け ば 、 数 十 年 か ら 百 年 で地 球 の資 源 ・環 境 制 約 に直 面 し 、
大 転 換 を 余 儀 な く さ れ る。 こ の見 通 し を 、 私 は地 球 環 境 問 題 を ︿感 じ る ﹀ た め の 、自 前 の基 本 尺 度
にし て いる 。 こ の尺 度 に従 え ば 、 生 活 規 模 の拡 大 への夢 を 暗 黙 の原 理 と し て き た産 業 文 明 は 、 は る か に早 く 地 球 の限 界 に衝 突 す る と リ ア ル に感 じ ら れ てし ま う のだ 。
さ ま ざ ま な 要 因 が か ら み、 人 口 増 加 は す で に減 速 を は じ め た 。 一人 あ た り の穀 物 生 産 量 や漁 獲 量
に は 、 停 滞 ・減 少 の傾 向 が 見 え 始 め て いる 。 不 十 分 で あ れ、 生 物 多 様 性 条 約 や 気 候 変 動 枠 組 条 約 も
( 文 明 ) に向 かう 大 転 換 の時 代 に入 った 。
機 能 し は じ め た 。 倍 々増 加 を 夢 と し 、 数 十 年 を 単 位 に倍 増 す る時 代 を 登 り つめ た 産 業 文 明 は、 二 十 一世 紀 を 目 前 に、 持 続 可 能 な 社 会
転 換 が 平 和 に進 む の か 、 大 混 乱 を 経 る の か 、 私 に は わ か ら な い。 し か し豊 か さ の倍 々 増 加 を享 受
し き った 人 び と の責 任 が 特 別 大 き な こ と は 、 深 刻 に見 当 が つく 。 ﹃ 地 球 白 書 ﹄ な ど を か た わ ら に、
各 種 のデ ー タ を 眺 め て 計 算 す れ ば 、 倍 々ゲ ー ム の文 明 スタ イ ルは も う 終 わ る と、 し みじ み納 得 す る ほ か な い ので あ る。
そ の ﹃地 球 白 書 ﹄ の発 行 者 、 L ・ブ ラ ウ ン は、 こ の転 換 を ︿環 境 革 命 ﹀ と 呼 ぶ 。 や す ら か に地 上
に暮 ら し続 け る た め の農 業 革 命 、 産 業 革 命 に継 ぐ、 人 類 三 回 目 の文 明 転 換 。 そ の転 換 を 私 た ち は 、 数 十 年 あ る い は百 年 で 達 成 し な け れば な ら な い。
転換
環境倫理学の指針︱ ︱
58
急 速 な 倍 々増 加 を 当 然 と し て き た 産 業 文 明 が 、 倍 増 期 間 の は る か に長 い ︿持 続 可 能 ﹀ な 文 明 に転
換 す る 過 程 。 そ れ が環 境 革 命 だ。 そ れ は単 純 な 過 程 で は な く 、 人 と 文 化 と自 然 の関 連 を 総 合 的 に巻
き 込 む 、 き わ め て複 雑 な過 程 と な ろ う 。 し か し 、 そ の転 換 に ど ん な 指 針 があ る か、 ど ん な 努 力 が 必
要 か 、 新 し い文 明 は ど ん な 基 本 構 造 を も つか 、 自 然 像 と の関 連 で概 要 ぐ ら いは つか ん で いた い。
環 境 倫 理 学 は 、 そ の転 換 に原 理的 な 指 針 を あ た え る可 能 性 のあ る 分 野 だ。 欧 米 の動 向 を 紹 介 す る
加 藤 尚 武 氏 の著 書 ﹃環 境 倫 理 学 の す す め ﹄ を頼 り に、 ポ イ ント を 考 え て み た い。 同 氏 によ れ ば 、 環
境 倫 理 学 の従 来 の主 張 を要 約 す る と 、 ① 地 球 全 体 主 義 、 ② 世 代 間 倫 理 、 ③ 自 然 の生 存 権 、 の三 点 に つき る と いう 。
第 一の地 球 全 体 主 義 は、 ﹁ 地 球 の生 態 系 は 物 質 的 に 閉 じ た 系 で あ る﹂ と 主 張 す る。 地 球 の自 然 や
廃 棄 物 収 容 力 に は 限 界 が あ り 、 新 し い文 明 は地 球 生 態 系 の全 体 的 制 約 を 前 提 に し て意 志 決 定 す る方
向 に進 む べ き、 と いう 倫 理 だ 。 こ れ は 単 純 か つ強 力 な脱 近 代 的 主 張 で あ る。 近 代 の自 由 や 進 歩 の概
念 の前 提 に は、 科 学 技 術 への期 待 と も 対 応 し つ つ、 地 球 さ え 軽 く相 対 化 す る ︿ 無 限宇宙 /空間﹀ と
いう 観念 が根 づ い て いる 。 地 球 制 約 は 超 え ら れ な いと いう 原 則 は、 そ の観 念 と 衝 突 し 、 抵 抗 を 呼 ぶ だろう。
地 球 制 約 の突 破 ( 宇 宙 への脱 出 ? ) に執 着 す る旧 文 明 的 思 考 を か わ し つ つ、 必 要 な 科 学 ・技 術 を
駆 使 し 、 大 き な 混 乱 も 、 自 由 の破 壊 も な し に、 環 境 革 命 を い か に達 成 す る か。 ︿地 球 有 限 ﹀ の倫 理 項 目 は 、 そ ん な 視 界 を 開 く 指 針 と な って い るよ う に 思 わ れ る。
第 二 の世 代 間 倫 理 は ﹁現 在 の世 代 は未 来 世 代 の生 存 可 能 性 に対 し て責 任 が あ る ﹂ と 主 張 す る 。 現
在 の世 代 が 石 油 を 使 いき れば 、 未 来 世 代 は 、 石 油 の利 益 を 受 け ら れ ず 、 環 境 破 壊 の不 利 益 ば か り を
被 る 。 いま無 理 な 農 業 生 産 を 強 行 す れ ば 、 未 来 世 代 の生 産 基 盤 に危 機 が 及 ぶ。 いま 生 物 多 様 性 を 激 減 さ せ れ ば 、 未 来 のナ チ ュラ リ スト た ち の感 動 は激 減 す る 。
限 りあ る 地 球 シ ス テ ム の中 で は ︿現 在 の繁 栄 は未 来 の窮 乏 ﹀ に通 じ る 。 未 来 は よ く な る ば かり と
いう 成 長 主 義 の信 念 を 盾 に、 現 在 の世 代 が 地 球 の富 を 先 取 り し 、 被 害 を 未 来 に先 送 り し て し ま う 近
代 の方 式 に か え て 、 文 明 転 換 は 未 来 への責 任 の倫 理 を 必 要 と し て いる の だ。 し か し 現 在 の世 代 の利
益 ・不 利 益 と、 未 来 世 代 の不 利 益 ・利 益 を 、 だ れ が 、 ど う 重 み づ け 、 評 価 す る の か。 未 来 世 代 の利
益 の た め に、 石油 ・原 子力 等 の利 用 を や め、 太 陽 エネ ルギ ー利 用 に徹 す る生 活 に急 転 換 し よ う な ど と いう 提 案 を 、 は た し て 選 挙 民 た ち は 支 持 す る こ と が で き る の だ ろ う か。
第 三 の自 然 の生 存 権 は 、 ﹁人 間 だ け で な く 、 生 物 や生 態 系 / 景 観 にも 生 存 の権 利 が あ り、 勝 手 に
否 定 し て はな ら な い﹂ と いう 規 定 だ 。 地 球 全 体 主義 と 世 代 間 倫 理 だ け で は、 地 球 は 生 物 多 様 性 も 本
来 の大 地 の構 造 も な い徹 底 的 な 人 工空 間 に改 変 さ れ 、 し か し 持 続 可 能 な 文 明 に は 向 か え る の かも し れ な い。
関 係 が な い点 であ る 。 か わ い い か ら、 美 し い か ら 、 有 用 だ か ら 生 存 権 を 認 め る ので はな く、 不 快 動
自 然 の生 存 権 は そ ん な 事 態 を 阻 止 す る 原 理 だ 。 ポ イ ント は自 然 の生 存 権 が人 の受 け る便 益 と 何 ら
物 にも 、 氾 濫 を 繰 り 返 す 川 に も 、 固 有 の生 存 権 あ り と 認 め る 。 食 べ た い、 駆 除 し た い、 改 造 し た い
な ど と いう 人 間 の都 合 と の調 停 は 、 そ の承 認 の 上 で 問 題 に し よ う と いう 視 野 だ。 し かし 、 生 き も の
も 生 態 系 も 躊 躇 な く資 源 の列 に加 え る産 業 文 明 の実 利 的 な ま な ざ し は、 そ の倫 理 を ど こ ま で納 得 す る か。
実 は、 生 物 多 様 性 条 約 の冒 頭 は 、 ︿生 物 多 様 性 の 内 在 的 な 価 値 (i ntri nsi c val ue)﹀ と いう さ り
げ な い言 葉 で 、 こ の 倫 理 に言 及 し て いる 。 ( 周 辺 事 情 が 、 堂 本 暁 子著 ﹃生 物 多 様 性 ﹄ に紹 介 さ れ て
いる )。 そ の 一言 ゆ え に 、 生 物 多 様 性 条 約 は 単 に実 利 的 な生 物 資 源 保 全 活 用 条 約 で な く 、 文 明 転 換 を開 く 条 約 にな り え た の であ る 。
︿生 き も の の賑 わ いと と も に あ る 持 続 可 能 な 社 会 ﹀。 環 境 倫 理 学 の論 議 は、 拡 大 主 義 の近 代 産 業 文 明 を 相 対 化 し つ つ、 そ ん な 方 向 を 指 示 し て い る と、 わ か る の で あ る 。
インパ クト 方 程 式 ︱ ︱
59
有 限 な 地 球 の中 で、 現 在 の世 代 だ け でな く未 来 の世 代 や 生 き も の の賑 わ いを 尊 重 し 、 持 続 可 能 な
社 会 への転 換 を 目 指 し て産 業文 明 の拡 大 を 抑 え 込 む。 環 境 革 命 の目 標 は こ れ に尽 き る 。 し か し そ の た め に、 文 明 のど の要 素 に ど ん な ブ レ ー キ を か け る のが 適 切 な のか 。
た と え ば 人 口 の抑 制 が 一番 と いう 主 張 が あ る。 技 術 を 駆 使 し て省 エネ ルギ ー ・省 資 源 ・環境 対 応
に努 め る の が 一番 、 いや 欲 望 の制 限 こ そ第 一と いう意 見 も あ る 。 そ れ ぞ れ に妥 当 性 と 限 界 が あ り 、 互 い に複 雑 な 相 互 関 係 が あ る。 そ ん な 事 情 を 整 理 し て み た い。
産 業 文 明 が 地 球 に加 え る全 影 響 量 ( 資 源 消 費 量 、 ゴ ミ の量 、 森 林 破 壊 の面 積 な ど を 想 像 し よ う )
を E 、 世 界 人 口を P 、 人 口 一人 あ た り の地 球 へ の影 響 量 を eと す る と、 全 影 響 量 は 世 界 人 口 と 一人
あ た り の 影 響 力 の積 E = P × eと な る 。 人 口 P は 四 十 年 で倍 増 し 、 一人 あ た り 影 響 量 eも お お む ね
増 加 し て い る はず な の で、 全 影 響 量 は 四十 年 よ り短 い期 間 で な お倍 増 中 と見 当 が つく 。 私 た ち は、 こ の E を 減 速 さ せ た い。
一見 、 わ か り や す い の は 人 口増 加 の抑 制 だ。 eは 一定 と し て、 P を減 速 あ る い は減 少 さ せ れば 、
同 じ 率 で E も 減 速 ・減 少 す る 理 屈 で あ る。 し か し P の減 速 ・減 少 は 、機 械 の操 作 と は次 元 が ち が う 。
個 人 や家 系 の レ ベ ル で いえ ば 、 そ れ は 子 孫 の数 の減 少 と いう 根 本 的 な変 化 に か ら む。 さ ら に人 口増
加 は 、 貧 し い国 (e が小 ) で 速 く 、 女 性 の社 会 活 動 が自 由 で豊 か な 国 々 (eが 大 ) で遅 い、 と いう
明 確 な傾 向 も あ る 。 人 口抑 制 が ど れ ほ ど 重 要 で も 、 人 び と の幸 福 感 や 倫 理 の 問 題 を 抜 き に、 ま た性
別 や貧 富 の格 差 の是 正 を 抜 き に、 進 め るわ け には い か な い の であ る 。 と に か く 人 口を 減 ら せ 、 と い う よ う な 主 張 は空 論 に近 いも のだ 。
一方 、 一人 あ た り 影 響 量 e に関 し て は 、 少 し気 軽 に抑 制 ・削 減 の 工 夫 を 考 え ら れ る。 自 動 車 や 飛
行 機 の利 用 を 減 ら し て鉄 道 や自 転 車 の利 用 を 促 す 。 リ サイ ク ルを 進 め る 。 緑 を大 破 壊 す る レジ ャ ー
は 止 め る 。 穀 物 消 費 を 激 増 さ せ る肉 食 は 押 さ え る 。 コン ピ ュー タ制 御 で 徹 底 的 な 省 エネ ・省 資 源 を
進 め る。 環 境 破 壊 物 質 の放 出 を 法 律 で直 ち に禁 止 す る 。 都 市 に は必 ず 巨 大 な グ リ ー ン ベ ルト を 設 け
(e /A にな る )
( A と す る ) を 介 入 さ せ て、 一人 あ た り の影 響 量 eを 、
る 。 環 境 税 で 自 然 保 護 を 進 め る等 々。 e の抑 制 ・削 減 に つな が る はず の工 夫 に、 た ぶん き り は な い だろう。 こ の領 域 で 興 味 深 い の は、 豊 か さ の指 標
一人 あ た り の豊 か さ A と 、 そ の豊 か さ 一単 位 を 実 現 す る こ と が地 球 に及 ぼ す 影 響 量 の掛 け 算 で表 し て み る こと だ 。
具 体 的 に は 、 A は 一人 当 た り の自 動 車 の 数 、 (e /A ) は 一台 の自 動 車 を作 り 走 ら せ る こ と が、 地
球 に 及 ぼ す資 源 消 費 や 環 境 破 壊 の 量 な ど と し て み れ ば い い。 (e /A ) は技 術 向 上 で減 少 す る量 だ 。
す な わ ち 、 一人 あ た り の地 球 への 影響 量 は 、豊 か さ ( 欲 望 と い って も い い) が 増 せば 増 加 し 、 環 境 関 連 技 術 が向 上 す れば 減 少 す る よ う な 量 な ので あ る。
こ の結 果 を 最 初 の式 に代 入 す れ ば 、 E = P ×A × (e /A ) と な り 、 問 題 の 構 造 が よ く わ か る 。
こ れ は 全 影 響 量 E の抑 制 に は、 人 口や 豊 か さ ( 欲 望 ) の制 限 や 環 境 技 術 の向 上 が 総 合 的 に有 効 と い
う 、 当 然 の判 断 を 支 持 す る も のだ 。 た だ し 同 時 に そ れ は 、 技 術 が 突 出 し て向 上 、 つま り (e /A )
が 激 減 す れば 、 人 口 や豊 か さ の抑 制 を 少 々忘 れ て も地 球 への 影響 は 抑 え ら れ る と いう 技 術 主 導 の楽 観 主 義 に道 を 残 す 式 で も あ る。
し かし 技 術 主 義 へ の逃 避 な し にま と め れ ば 、 要 点 は や は り 次 のよ う にな る。 地 球 の限 界 の中 で産
業 文 明 の規 模 を 抑 制 し て ゆ く には 、 技 術 的 な 努 力 が き わ め て重 要 だ 。 し かし 技 術 には 限 界 が あ り 、
豊かさ ( 欲 望 ) の抑 制 が 大 切 だ 。 そ し て そ の豊 か さ の抑 制 にも 限 界 が あ り 、 数 十 年 で倍 増 し てし ま う よ う な人 口増 加 の減 速 が、 大 い に大 事 な こ と な のだ 。
こ こ で利 用 し た 数 式 的 な表 現 法 は、 人 口問 題 の論 客 で あ る ア メ リ カ の エー ルリ ッ ク夫 妻 の ︿イ ン
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パ ク ト方 程 式 ﹀ を 改変 し た も のだ 。 環 境 革 命 の大 ま か な構 造 を 理 解 す る の に 、 こ の表 現 法 は と て も わ か り や す い道 具 だ と 思 う 。
地 域から の環境革命 ︱ ︱
環 境 革 命 の進 行 は、 見 え や す いよ う で見 え にく い。 地 球 レベ ル の危 機 報 道 は 、 しば し ば 大 き な ニ
ュー ス に な り 、多 く の 人 の知 る と ころ と な る 。 し か し 、 地 域 レ ベ ル の諸 問 題 は、 し ば し ば 肝 心 な 点
が 見 え て いな い。
た と え ば 生 物 多 様 性 条 約 は 、 国 際 レ ベ ル の交 渉 や 会 議 で終 わ る問 題 で は な い。 これ に関 連 し て国
内 で は、 環 境 庁 も 建 設 省 も さ まざ ま な 対 応 を 進 め、 地 方 自 治 体 も 学 校 も自 然 保 護 団 体 も 企 業 も コ ン
サ ル タ ント も 学 者 た ち も 対 応 に い そ が し い。 地 球 サ ミ ット な ど も う 忘 れ てし ま った 人 び と の住 居 の
わ き の河 川 や 公 園 整 備 の や り と り に、 生 物 多 様 性 条 約 が ひ そ か に影 響 し て い る こ と が 、 いく ら で も
あ って お か し く な い のだ 。 自 治 体 の環 境 基 本 計 画 や 条 例 に、 環 境 整 備 方 針 に、 企 業 の環 境 対 策 に、
あ り とあ ら ゆ る と こ ろ で 環 境 革 命 は影 響 を 与 え て いる の であ る 。 目 に見 え る効 果 は と も か く 、 環 境
革 命 の内 部 化 、 地 域 化 は 、 た ぶ ん 一般 市 民 の予 想 を超 え る ス ピ ー ド で進 展 中 だ。
効 果 が見 え にく い のは 、 成 果 が あ って も だ れ も注 目 し な か った り 、 そ も そ も 環 境 革 命 の成 果 が 活
用 さ れ ず 、 棚 に寝 て いた り す る か ら であ る 。 し か し 、 見 え に く く ても 、 寝 て い て も 、 環 境 革 命 は と
ま ら な い。 規 模 や 成 果 は と も か く 、 動 き だ し て と ま ら な い の だ 。 余 波 の 現 場 に身 を お く と、 そ ん な こ と が よ く見 え る。
あ え て いえ ば 、 そ ん な 動 向 を 十 分 に活 用 し て、 さ ら に環 境 対 応 を 進 め よ う と いう 関 心 や 意 志 や 心
の準 備 が 、 関 係 者 に も市 民 に も な い、 と いう こ と が ま れ で な い。実 は こ ん な 場 面 で、 私 た ち の社 会
の卓 越 的 な自 然 イ メ ー ジ や 自 然 了解 の常 識 が 決 定 的 に 効 い て いる のだ と思 わ れ る。 も し 具 体 的 な 事
例 に つい て、 自 然 の状 況 を く わ し く 知 り、 生 き も の た ち や 大 地 の配 置 ( 山 野 河 海 ) に強 い共 感 のあ
る市 民 ・行 政 職 員 ・コ ンサ ル タ ント ・学 者 な ど が た く さ ん いれ ば 、 いま 波 及 し て いる 環 境 革 命 の余
波 だ け で で き る仕 事 は な お山 ほ ど にあ る 。 そ ん な状 況 が き っと各 所 で起 こ って いる と 、 私 は 思 う 。
少 し 極 端 な 言 い方 だ が 、 自 然 に対 す る 、 環 境 に対 す る、 借 り 物 の知 識 や 理 論 や見 識 で な く 、 私 た ち
の心 の (日 常 の ! )本 当 の状 況 が いま現 れ て いる と い って も よ い の で あ る。 そ ん な 心 の状 況 に お い
て、 環 境 革 命 は ど こま で行 く か 。 肝 心 な 問 題 は そ ん な ふ う に考 え た ほ う が よ いと 、 私 は思 う 。
直 観 で いえ ば 、 こ の状 況 を変 え る の は 、 た ぶ ん新 し い自 然 享 受 の流 行 や 新 し いま な ざ し を も った
地 域 主 義 的 な 市 民 活 動 、 市 民 文 化 、 さ ら にあ る いは 行 政 努 力 と思 わ れ る 。 私 た ち の多 く は 、 生 き も
の に つ い て学 校 生 物 学 の断 片 的 ・還 元 的 な 知 識 し かも た ず 、 地 理 ・地 形 に つ い て は足 も と の こ と を
ま った く 知 ら な い。 つま り 、 実 は地 球 の自 然 の日 々生 き る 姿 は さ っぱ り 知 ら な い宇 宙 人 な のだ 。 困
った こと に、 いま そ こ で 環 境 管 理 計 画 の文 書 を 作 成 し て い る行 政 職 員 も 、 コ ンサ ルタ ント も 、 審 議
会 の委 員 た ち も 、 本 当 にし ば し ば そ う な の で あ る。 そ ん な 状 況 を変 え る自 然 享 受 、 自 然 学 習 、 あ る
いは地 域 主 義 的 な 市 民 活 動 が 欲 し い。 そ ん な活 動 が広 が れ ば 五 十 点 の条 例 が 、 そ のま ま で 八十 点 に も 九十 点 に も な る はず な のだ 。
いま 私 の頭 に浮 か ん で い る のは 、 す みな お し (rei nhabi t) あ る い は、 再 発 見 と い う言 葉 だ 。 ア
メ リ カ ・イ ギ リ ス の、 生 命 地 域 主義 と呼 ば れ る地 域 主義 運 動 の 人 び と が使 う 言 葉 だ 。 宇 宙 人 の心 の、
私 た ち 、 産 業 文 明 の市 民 が 、 足 も と で地 球 人 に な る た め の仕 事 の名 前 と い って も よ い。 そ し てそ ん
な 仕 事 を 進 め るた め に、 私 た ち は 心 の本 当 の領 域 (心 の ホ ー ム ポ ジ シ ョ ン) に形 成 さ れ る 心 の地 図 のよ う な も のを 、 相 手 にし な け れ ば な ら な く な る 。
︿生 き も のた ち の賑 わ いと と も にあ る 持 続 可 能 な 社 会 ﹀ への転 換 を 請 け る の は 、 環 境 倫 理 の命 題 や
イ ン パ ク ト 方 程 式 を 収 容 す る 脳 の部 位 で は な く 、 そ の地 図 のあ た り と 思 わ れ る 。
◎ アカテガニ
心 の地 図
生 き も のた ち は す みわ け る︱︱
61
生 き も のた ち の暮 ら し を 記 述 す る便 利 な 言 葉 の 一つに ﹁す みわ け﹂ と いう 表 現 が あ る。 鳥 は 空 に 、
獣 は地 に 、 そ し て魚 は 水 に、 す み わ け る 。 同 じ水 中 の ハゼ も 、 た と え ば ヨ シ ノボ リ は淡 水 に、 マ ハ
ゼ は汽 水 にす み わ け る 。 水 辺 の鳥 も 、 コサ ギ は 昼 、 ゴ イ サ ギ は夜 と す み わ け る 。 も ち ろ ん植 物 も、
コナ ラ は平 地 、 ミズ ナ ラ は 山地 の雑 木 林 にす み わ け る。 今 西 錦 司 の ︿す みわ け論 ﹀ の圧 倒 的 な 影 響
も あ って 、 す み わ け 、 と いう 言 葉 は 、 日 本 の ナ チ ュラ リ ス ト た ち の 日 常 用 語 の 一つに な った 。
抽 象 的 に規 定 す れ ば 、 ︿生 存 ・繁 殖 に関 連 す る諸 条 件 が 種 ご と に異 な る こ と を す み わ け と 呼 ぶ ﹀
な ど と いう 定 義 も 可 能 だ ろ う 。 こ の場 合 、 生 存 ・繁 殖 に か か わ る諸 条 件 (す み 場 所 、 食 物 、 繁 殖 場
所 、 活 動 時 間 な ど ) の セ ット を ニ ッチ ( 生 態 的 地 位 ) と よ び 、 ニッチ が 種 ご と に異 な る こ とを 、 す み わ け 、 と呼 ん で も 同 じ で あ る。
し か し 、 生 き も の と の出 会 いを素 朴 に記 述 す る日 常 的 な 次 元 で いえ ば 、 す みわ け と は 、 な に よ り
も まず 空 間 的 な す み わ け 、 つま り 、 す み場 所
( habi t at / 生 活 の場 ) が 、 種 ご と 、 あ る いは 個 体 ご
と に異 な る こ と、 と 感 受 さ れ る。 生 き も の は す みわ け る も の だ。 生 き も の た ち は そ れ ぞ れ に固 有 の す み場 所 を も ち、 大 地 の模 様 、 場 所 の細 部 を す みわ け る 。
私 の ナ チ ュラ リ スト 暮 ら し の ホ ー ム グ ラ ウ ンド の 一つ、神 奈 川 県 三 浦 半 島 南 端 ・小 網 代 の谷 は、
そ んな す み わ け の 展 覧 場 の よ う な 場 所 で も あ る 。特 に見 事 な の は 二十 種 を こ す カ ニた ち のす み わ け
だ 。 谷 の陸 地 は、 ア カ テ ガ ニ、 ベ ン ケ イ ガ ニ、 ク ロベ ン ケ イ ガ ニの 三 種 の カ ニた ち の す み 場 所 であ る。
ア カ テ ガ ニは湿 地 ば か り か乾 燥 し た尾 根 にも 、 ま た 樹 上 にも 暮 ら し の領 域 を広 げ て いる 。 他 の 二
種 はや や 湿 性 の領 域 の多 く 見 ら れ 、 ベ ンケ イ ガ ニは 石 垣 や岩 場 に、 ク ロ ベ ン ケ イ ガ ニは 泥地 に多 い
傾 向 が あ る 。 ま た谷 の小 川 の源 流 は、 水 中 から 水 辺 に か け て サ ワ ガ ニた ち の す ま い であ り 、 流 れ の 淵 や 岩 影 には モ クズ ガ ニの姿 が あ る。
谷 と 干 潟 を つな ぎ 、 川 の淡 水 の影 響 の強 い河 口部 には 、 ア シ ハラ ガ ニや ケ フ サ イ ソ ガ ニが多 い。
浅 瀬 で食 事 中 の混 群 を軽 く 脅 す と 、 水 を 出 て葦 原 に逃 げ 込 む のは ア シ ハラ ガ ニ。 水 中 の石 の下 に潜
り 込 む の は ケ フサ イ ソ ガ ニと決 ま って いる 。 ケ フ サ イ ソ ガ ニ には 、 イ ソ ガ ニ、 ヒ ラ イ ソ ガ ニな ど の
親 戚 が い る が 、 イ ソ ガ ニは 河 口 か ら や や遠 く 、 塩 分 濃 度 の や や高 い領 域 の転 石 地 帯 を す み場 所 とし 、 ヒ ラ イ ソ ガ ニは さ ら に 塩 分 濃 度 の高 そう な岩 場 の地 帯 が 主 な す み 場 所 だ 。
干 潮 の干 潟 にも 、 も ち ろ ん カ ニた ち の す み わ け る世 界 があ る 。 や や 乾 燥 ぎ み の干 潟 面 に は、 白 い
ハサ ミ を 上 下 さ せ 、 し き り にダ ン ス を 踊 る チゴ ガ ニや、 砂 を 口 に運 び 、 有 機 物 を こし と った 残 り を
砂 ダ ンゴ にし て ゆ く コメ ツ キガ ニが 一面 に展 開 す る が、 よ く 見 れ ば 、 チ ゴ ガ ニが や や 泥地 に多 い。
潜 望 鏡 の よ う な 長 い柄 の つ いた 目 で 干 潟 を見 渡 す オ サ ガ ニに も オ サ ガ ニと ヤ マト オ サ ガ ニの 二種
が いる 。 こ の場 合 も 、 ヤ マト オ サ ガ ニが 湾 奥 に、 オ サ ガ ニが や や 沖 側 に、 す みわ け て いる よう だ 。
こ のす み わ け の秩 序 は 、 十 年 前 も 、 去 年 も 、 今 年 も変 わ ら な い。 気 候 や地 形 の激 変 が な け れ ば 、
たぶん百年先 も ( 自 然 選 択 が作 用 し て も) 大 き く は変 わ るま い。 サ ワガ ニを 除 け ば 、 ど の カ ニも 幼
生 期 間 は 海 中 を 浮 遊 し て過 ご し 、 や が て小 ガ ニとな って、 ア カ テ ガ ニは森 へ、 ア シ ハラガ ニは 葦 原
へ、 オ サ ガ ニは 泥 浜 へ、 そ れ ぞ れ のす み場 所 に定 着 す る 。 そ の定 着 とす み わ け の決 定 機 構 は、 科 学 のす てき な課 題 であ ろ う 。
し かし 、 いま こ こ で 私 た ち に重 要 な のは 、 そ れ ぞ れ の カ ニが 、 そ れ ぞ れ に、 いわ ば 、 す ま う べ き 場 所 を 知 って いる ( 判 別 で き る ) と いう事 実 であ る 。
カ ニた ち に限 らず 、 鳥 も 、 虫 も 、 魚 も 、 植 物 た ち も 、 愛 着 す る場 所 、 親 和 的 な 場 所 を 、 そ れ ぞ れ
に定 め ら れ て生 ま れ て来 る 。程 度 の差 こそ あ れ、 生 き も の た ち は自 ら の暮 ら す場 所 を ︿心 の地 図 ﹀
に刻 ま れ て い る存 在 な の だ 、 野 放 図 な擬 人 主 義 と 承 知 で、 私 は あ え て そ う い って おき た いと 思 う の だ。
人 のす み場所感 覚に定型はあ るか︱︱62
心 の地 図 と は な に か 。私 に厳 密 な 把 握 が あ る わ け で は な い。 心 のな か に は 、 意 識 や 、 意 識 よ り さ
ら に 深 い、 そ れ ゆ え に 日常 的 な 領 域 に、 世 界 の広 が り や 、 配 置 や 、 そ こ に存 在 す る も のた ち に 関 す
る基 本 了 解 の よ う な も のが あ る と いう 自 覚 や直 観 が 私 に あ り 、 そ ん な 了 解 の よ う な も のを 、 か り に ︿心 の地 図 ﹀ と 呼 ぶ こ と にし て いる 。
擬 人 的 な 共 感 を 許 容 す る ナ チ ュラ リ スト の よ う な 私 は 、 そ ん な地 図 の よう な も のを 、他 の生 き も
の た ち にも 想 定 で き る。 ア シ ハラ ガ ニの体 内 に は 葦 原 に 、 ア カ テ ガ ニの体 内 には 湿 地 や森 の特 徴 に
対 応 し て安 ら ぐ心 の地 図 が あ る。 雑 木 林 の コゲ ラ は 散 在 す る 枯 れ木 を 森 の輝 き と 了 解 し、 同 じ 森 の
ウ グ イ ス の地 図 に は 、 林 縁 のヤ ブ が輝 い て いる 。乾 燥 し た裸 地 に発 芽 す る カゼ ク サ と 泥土 に発 芽 す る イ ネ は 、 あ る べき世 界 の 了解 を 異 に す る の だ。
( 心 の地 図 ) の相 違 は 、 適 応 的 な 進 化
の産 物 だ ろ う 。 森 への愛 着 は、 他 の習 性 と セ ット にな って、 ア カ テ ガ ニの生 存 ・繁 殖 に都 合 が よ い。
す み場 所 の選 択 、 と いう 形 で 生 き も のた ち の 示 す 世 界 了解
コゲ ラ の習 性 は枯 れ 木 ( 巣 を 掘 る場 所 だ ) への執 着 と セ ット にな って 生 存 ・繁 殖 に都 合 が よ い。
個 々 の証 明 は 大 変 だ が 、 す み わ け る ど の生 き も の た ち にも 、 基 本 的 に は 同 様 な 事 情 が あ る と私 は思
う 。 生 き も のた ち の多 く は 、 生 き 、 子 孫 を残 す の に適 合 的 な 心 の地 図 を 、 遺 伝 的 ・安 定 的 に形 成 し 、
す み場 所 を 選 ん で い る に ち が いな いの だ 。 し か し 、 私 た ち ヒト の心 の地 図 は、 そ ん な 安 定 の中 に は、 な いよ う だ 。
人 は あ ら ゆ る場 所 に す む 。 極 地 、 高 山 、 砂 漠 、熱 帯 林 、海 洋 、 巨 大 都 市 、 工場 群 な ど 。 あ げ て ゆ
け ば き り が な い。 産 業 文 明 を 生 き る私 た ち は、 誕 生 も生 存 も 繁 殖 も 死 も 、 日 々改 変 ・革 新 さ れ る技
術 的 な 関 連 の た だ な か に あ り 、 暮 ら し 方 は多 彩 に変 わ り 、 す ま う 場 所 も 多 彩 ・多 様 に変 わ る の だ 。
私 た ち の心 の地 図 に は 、 ア シ ハラ ガ ニの葦 原 や コゲ ラ の雑 木 林 のよ う な、 ど の時 代 ど の個 体 に も
共 通 す る 安 定 的 な す み場 所 の地 図 は刻 ま れ な い。 安 全 、 健 康 、 快 適 に か か わ る基 本 条 件 が 、 住 居 の
工夫 な ど を 介 し て満 た さ れ れ ば 、 私 た ち は生 物 多 様 性 や自 然 の ラ ンド ス ケ ープ な ど いら ず 、 ど ん な 人 工 環 境 に も安 ら げ る 可能 性 があ る の で は な い か。
親 は 田 園 に愛 着 し、 子 は 巨 大 都 市 に安 らぎ 、 孫 は宇 宙 に暮 ら し た いと作 文 に書 く。 生 物 多 様 性 や
大 地 の詳 細 に拘 泥 せず 、 世 界 を 三 次 元 の広 が り 、 面 積 や 土 地 価 格 分 布 の領 域 な ど と把 握 し て不 安 で
な い都 市 市 民 の心 の地 図 のあ り よ う は、 ど こ に で も ( も ち ろ ん宇 宙 に も )暮 ら せ る と いう 、 拡 大 主 義 的 な 産 業 文 明 の基 本 了 解 の対 応 物 な の にち が いな い。
し か し 、 環 境 危 機 の論 議 の中 で 、 そ ん な 基 本 了解 に疑 念 が提 示 さ れ て い る。 最 近 ア メ リ カ で は や る議 論 は 、 人 間 の本 性 に関 す る生 物 学 的 な 推 論 に基 づ く も のだ 。
人 間 の 心 の地 図 は 技 術 主 義 が 期 待 す る ほ ど の可 塑 的 でな く 、 進 化 史 の束 縛 を強 く お って い る か も
し れ な い。 人 間 に は 生 き も の への愛 着 を 育 て る遺 伝 的 な 学 習傾 向 が あ る と いう E ・O ・ウ ィ ル ソ ン
の バイ オ フ ィリ ア ( 生 き も の への愛 着 ) 仮 説 は 、 そ ん な 疑 念 を 支 え る論 議 の象 徴 だ 。
進 化 生 物 学 者 で あ る G ・H ・オ リ ア ンズ のサ バ ン ナ仮 説 は さ ら に具 体 的 だ 。 人 類 の祖 先 は、 数 十
万 、 数 百 万 年 にわ た って ア フ リ カ に暮 ら し 、 長 く サ バ ンナ に適 応 し た 。 そ の こ ろ の場 所 選 択 の遺 伝
傾 向 が痕 跡 的 に現 代 人 に引 き 継 が れ て いれ ば 、 草 地 と森 の混 在 す る サ バ ンナ 的 な 景 観 への嗜 好 が 、 他 に卓 越 し て確 認 で き る 可 能 性 が あ る と いう の であ る 。
都 市 住 民 の ペ ット や自 然 映 像 や室 内 植 物 へ の関 心 な ど は 、 そ ん な 人 間 本 性 の小 世 界 的 発 現 な の か
も し れ な い。 し か し 、 バ イ オ フ ィ リ ア が 大 規 模 か つ自 動 的 に発 現 し て環 境 危 機 に強 力 な抵 抗 を 始 め る気 配 は な い。
生 物 学 的 な す み わ け を 脱 し てし ま った 私 た ち の心 の地 図 は 、 経 験 や 学 習 を 経 て、 は な は だ し い多
様 化 を し め す 。 バ イ オ フ ィ リ ア の傾 向 を 拡 大 し て生 きも の の賑 わう 山 野 河 海 を鮮 明 に刻 む 地 図 に も
63
な る が、 逆 に、 生 き も のも 山 野 河 海 も な い幾 何 学空 間 の よ う な 地 図 にも な り う る 。 ま ず は そ う 割 り 切 る の が よ い と、 私 は 思 う 。
固定的 でないのが適応的?︱︱
自ら のすまう地域 を、生 きも のの賑 わう山野河海 の姿 で鮮 明 に刻 む心 の地図 と、生 きも のの賑 わ
いも山野河海 の配置 もな い幾何 学空間 のような心 の地 図を対 置し てみる。人間 に本来 的な のは前者
に決 ま って いる 、 と い いた い気 持 ち が わ き 上 が る。 し か し 、 事 態 は そ れ ほ ど 単 純 で は な い の か も し れ な い。
人 類 の歴 史 は 技 術 の歴 史 で も あ る。 ホ モ ・ハビ リ ス が 石 器 を 作 り 、 ホ モ ・エ レク ツ ス が 火 を使 用
し た 昔 か ら現 代 に至 る ま で、 人 類 は 数 百 万 年 に わ た って技 術 の力 で 環 境 を変 え 、 暮 ら し を 変 え 、 す
み 場 所 を 広 げ て き た 。 そ の長 大 な 時 間 の中 で人 類 は 、 技 術 的 な 力 と 共 生 す る の に都 合 の よ い生 物 学
的 な 諸 特 性 を 備 え る方 向 に自 然 選 択 を 受 け てき た可 能 性 が高 い。 言 語 の能 力 も 、 協 調 的 な社 交 性 の
能 力 も 、 頭 抜 け て 器 用 な 運 動 能 力 も 、 自 然 選 択 が強 化 し た も の で は な いだ ろう か 。 特 定 の す み場 所
イ メ ージ を生 得 的 に 心 の地 図 に固 定 せず 、 生 存 ・繁 殖 に有 利 な ら 、 サ バ ンナ であ れ 、 山 岳 で あ れ 、
海 洋 であ れ 、 極 地 で あ れ 、 さ ま ざ ま な場 所 を 後 天 的 に愛 着 の対 象 に し て し ま う能 力 な ど も、 実 は そ ん な 適 応 の 一部 で あ って お か し く な いと 思 う 。
そ ん な 適 応 の も と で、 す み 場 所 の人 工 的 な改 造 や 創 造 が強 化 さ れ れ ば 、 生 き も の の賑 わ いも 、 山
野 河 海 の自 然 の配 置 も な い世 界 イ メ ー ジ が 、 好 適 な す み か と し て心 の地 図 に刻 ま れ る よ う にな って
不 思 議 は な い。 緑 の草 原 で は 緑 色 に、 裸 地 の目 立 つ地 域 で は 茶 色 に体 色 を 固 定 す る バ ッタ の よう に、
技 術 主 導 で ひ た す ら 人 工的 な す み場 所 づ く り に励 む 文 明 のも と で は 、 人 工的 ・幾 何 学 的 ・物 理 空 間
的 な 心 の地 図 が 、 人 間 本 性 に無 理 な く かな って し ま う 。 いや 、 む し ろ適 応 的 で あ って、 不 思 議 は な
( そ れ に対 応 す る 心 の地 図 ) が 、 人 間 の生 物 学 的 な本
いと いう こ と だ 。 と す れ ば 、 自 然 の賑 わ いが な く とも 、 ど こ で で も 、 も ち ろ ん 宇 宙 で も暮 ら せ る 、 と いう 拡 大 主 義 的 な 産 業 文 明 の す み 場 所 感 覚
性 に よ って強 い反 撃 を 受 け る と いう ロ マ ンチ ッ クな 可 能 性 は な い の かも し れ な い。
で は 、 産 業 文 明 的 な す み 場 所 感 覚 や 自 然 の賑 わ いを刻 ま な い心 の地 図 は、 ど う で も よ い の か と い
えば 、 そ う で は な い。 地 球 環 境 危 機 が あ る か ら だ 。 す み 場 所 を 定 め ず 、 ど こ でも 暮 ら せ る と いう宇
宙 人 的 な 心 の地 図 は、 人 間 本 性 を抑 圧 す る か ら と いう よ り ︿地 球 の限 界 ﹀ によ って、 ど う や ら 不適 切 と宣 言 さ れ て い る の で あ る。
小 規 模 の宇 宙 植 民 は可 能 でも 、 人 類 規 模 の地 球 脱 出 は 不 可 能 だ 。 拡 大 主 義 的 な 産 業 文 明 は地 球 の
限 界 によ って終 焉 を 迎 え る 。 平 和 的 に であ れ、 悲 惨 と混 乱 の内 に で あ れ 、 人 類 は こ の地 球 に ︿す み
と ど ま る ﹀ ほ か な い。 ︿ど こ で で も 暮 ら せ る﹀ と いう 感 覚 か ら ︿地 球 で し か暮 ら せ な い﹀ と い う感
覚 へ の転 換 。 居 住 感 覚 ︿世 界 了 解 / 心 の地 図 ﹀ の領 域 に お け る こ の転 換 の不 可避 性 こ そ 、 地 球 環 境 危 機 の精 神 史 的 な 衝 撃 だ ろ う 。
ず 宇 宙 人 のよ う な 世 界 了 解 のも と に あ り な が ら 、 世 界 規 模 の政 治 ・技 術 的 調 整 によ って 、 人 類 全 体
形 式 的 な 論 理 で いえ ば 、 こ の転 換 と 個 人 の心 の地 図 は分 離 可 能 だ 。 人 び と の心 の地 図 は 相 変 わ ら
は 自 然 の 賑 わ いと と も に地 球 制 約 の内 に暮 ら せ る か も し れ な い か ら だ 。
し か し そ ん な 曲 芸 は 現 実 には むず か し か ろ う と私 は 思 う 。 ︿地 球 で し か 暮 ら せ な い﹀ と いう 人 類
の状 況 は 、 ︿日 々を 生 き る地 域 の広 が り で、 そ の中 の自 然 の賑 わ いと 協 調 し て暮 ら す ほ か な い﹀ と
いう あ る種 の地 域 主 義 的 文 化 の常 識 に 翻 訳 さ れ 、私 た ち 一人 一人 の す み 場 所 感 覚 、 あ る いは 心 の地 図 のあ り よ う に、 いず れ 内 部 化 さ れ て ゆ く の が よ い に決 ま って いる。
環 境 革 命 が 成 功 し、 生 物 多 様 性 と と も に あ る 持 続 可 能 な 社 会 が実 現 す れば 、 そ れ を 構 成 す る人 び
と の心 の地 図 は 、 ア カ テ ガ ニが森 を 配 慮 し 、 コゲ ラ が 雑 木 林 の枯 れ 木 に愛 着 す る よ う な 切 実 さ で 、
地 域 の自 然 を 優 し く刻 む 地 図 にな る の で は な い か。 そ の転 換 は 、遺 伝 的 な 改 造 で も自 然 愛 好 本 能 の
反乱 でも な い。 バ イ オ フ ィ リ ア の応 援 が あ る に せ よ 、 新 し い地 域 主 義 への試 行 錯 誤 の産 物 と し て、 文 化 的 に成 就 さ れ る ほ か な い転 換 だ ろ う 。
地域
人 工化 ・ 個 室 化 し て ゆ く す み場 所感 覚 ︱
︱64
人 は、 ︿す み 場 所 ﹀ の具 体 的 な 姿 を 生 得 的 に心 の地 図 に刻 ん で いな い。 だ が 、 す み場 所 を 定 め な
い生 き も の で は な い。 ど の言 語 を 話 す か は 学 習 に よ る が、 言 語 習 得 の能 力 自 体 は生 得 的 だ。 食 物 の
嗜好 は後 天 的 だ が、 好 き 嫌 いを生 じ る性 質 自 体 は た ぶ ん 生 得 的 な 基 礎 を も つ。 同 様 に、 特 定 の特 性
を も つ空 間 に ︿す み場 所 ﹀ を 定 め てし ま う 性 質 も 、 ヒ ト の生 物 的 な 本 性 に関 連 す る も の と思 わ れ る。
さ ら に類 推 す れ ば 、 成 人 後 に 外 国 語 を 学 習 し た り 、 食 物 嗜 好 を 変 え る の が む ず か し いよ う に、
︿す み場 所 ﹀ に関 し て後 天 的 に心 に刻 ま れ る 了解 も 、 た ぶ ん変 わ り や す いも の で は な い。 ﹁ 過密 都市
を す み場 所 と 心 に刻 む 子 ど も た ち や 、 宇 宙 ス テ ー シ ョン に も暮 ら せ る と感 じ て し ま う 孫 た ち と 、 別
の世 界 了 解 に生 き る ほ か な い﹂。 田 園 を す み 場 所 と 心 に刻 ん だ 老 人 た ち は、 い ま、 あ り あ り と自 覚 し て い る はず だ 。
問 題 な の は ︿す み場 所 ﹀ に つ い て の、 理 性 的 あ る いは 職 業 的 な 意 見 で は な い。 心 の ホ ー ムポ ジ シ
ョン に刻 ま れ た す み 場 所 のイ メ ー ジ 、 あ る い は す み 場 所 に関 す る基 本 了解 の よ う な も の だ。 外 国 語
を マス タ ー す る重 要 性 は理 解 し て も、 現 実 に読 み ・書 き ・話 せ る の は 母 国 語 だ け と いう のが 私 た ち
の日 常 で あ る よ う に、 あ る い は数 カ国 語 に通 じ て も 自 由 に安 ら いで使 い た い のは 母 国 語 だ け と いう
語 学 通 が い る よ う に、 納 得 で き 、 安 ら げ る ︿す み 場 所 ﹀ のあ り か た も ま た、 意 見 や 職 業 上 の立 場 で な く 心 の本 当 の 了 解 が決 め てし ま う 。
生 ま れ 育 ち 、喜 怒 哀 楽 し 、 次 代 を育 て死 ん で ゆ く 。 私 た ち は い った いど ん な 場 所 で生 き る と 了解
し て いる か。 そ れ が 問 題 な のだ 。 心 や 体 は自 ら を ど こ にす ま う も のと 自 己 了解 し て いる か。 そ ん な 次 元 の問 題 と言 い直 し て も よ い。
言 語 の場 合 な ら 、 母 語 が 何 語 か と いう 混 乱 は 少 な い。 し か し 心 の ホ ー ムポ ジ シ ョ ン にあ る ︿す み
場 所 ﹀ 了 解 が ど ん な も のか は、 た ぶん 当 人 に も 常 に自 明 と は限 ら な い。 自 然 と 共 生 す る 地 域 を本 来
の ︿す み場 所 ﹀ にす べき と 職 業 的 、 思 想 的 に確 信 す る 人 が 、 心 の ホ ー ムポ ジ シ ョ ン にお いて も自 然
派 と は限 ら な い。 意 見 で はな く、 リ ラ ック ス し た 時 間 に鮮 や か に想 起 さ れ安 ら ぐ 地 域 のイ メ ー ジ や
足 の向 く 場 所 は ど こ で あ る か。 む し ろ そ ん な 現 象 が 、 心 の 日常 に刻 ま れ た ︿す み場 所 ﹀ の姿 を 示 唆 する。
そ ん な 見 当 で私 た ち の時 代 の卓 越 的 な ︿す み場 所 ﹀ 了 解 を観 察 し て、 いく つか際 立 った特 徴 を 指
摘 で き る 。 ひと つは いう ま で も な く 、 ︿す み 場 所 ﹀ と し て 了 解 さ れ る領 域 が 、 さ ら に さ ら に人 工 化
す る傾 向 だ 。 職 業 が ら 長 く若 者 た ち と接 し 、 人 生 の喜 怒 哀 楽 の ほ と ん ど を 都 市 の人 工 空 間 と 関 連 さ
せ、 意 味 づ け る 傾 向 が ま す ま す強 ま る の が よ く わ か る 。 こ の傾 向 には 、 す み場 所 を 地 域 に結 び つけ る感 覚 の希 薄 化 が 伴 って い る。
と って 、 喜 怒 哀 楽 の経 験 と結 び つく地 点 は連 続 性 ・地 域 性 を 失 う。 日 常 的 な す み場 所 意 識 は 個 別 の
A市 に暮 ら し てB 市 で働 き X国 で結 婚 し て Y 国 に遊 び C 市 に転 じ て D市 で余 生 を 送 る よ う な 人 に
住 居 や 個 室 に凝 縮 さ れ る 。 疑 似 自 然 が あ ふ れ る に せ よ、 人 工 的 な配 置 に徹 し て い る に せ よ 、 住 居 や 個 室 ば か り が、 安 ら ぎ 深 い ︿す み場 所 ﹀ にな り つ つあ る 。
か つ て、 誕 生 か ら 死 に いた る喜 怒 哀 楽 の過 半 は 、 山 野河 海 や 生 き も のた ち の賑 わ いを 含 む 足 も と
の地 域 の広 が り に お いて生 き ら れ た のが 普 通 で あ った 。 だ が 、 いま都 市 に生 き る産 業 文 明 の多 数 派
は ︿す み場 所 ﹀ を ︿す み家 / 住 宅 ・個 室 ﹀ に凝 縮 し 、 拡 大 す る人 工 的 な 都 市 領 域 を 、 大 地 の広 が り そ の も のと 混 同 し て ゆく 気 配 であ る 。
全 面 的 に人 工化 さ れ 、 個 室 化 ( 宇 宙 船 化 ) さ れ て ゆ く ︿す み場 所 ﹀。 自 然 の賑 わ いが 曖 昧 にさ れ
脱 地 球 化 さ れ て ゆ く 地 域 。都 市 を の せ る 大 地 は 、 面 積 や土 地 価 格 分 布 、 資 源 と し て、 技 術 や 実 利 の
対 象 と な り 、 生 き ・す ま う人 び と の総 合 的 な 関 心 の外 に放 り 出 さ れ る 。 私 た ち は産 業 文 明 の現 在 の
そ ん な 心 の地 図 を前 提 に し て 、 そ の た だ な か に ︿人 類 の唯 一のす み場 所 と し て の地 球 ﹀ を開 き 、 輝 か せ る地 域 文 化 を 工 夫 し な け れ ば な ら な い。
大 地 に広 が るす み場 所感 覚 ︱
︱ 65
ず っと 都 市 に暮 ら す と 、 人 は決 ま って宇 宙 人 の よう な ︿す み場 所 ﹀ 感 覚 にな る と いう わ け で は な
い。 都 市 に暮 ら し な が ら 、 人 工的 な 構 造 で な い自 然 の配 置 や生 き も の た ち の賑 わ いが鮮 明 に み え て
し ま い、 喜 怒 哀 楽 の多 く を 大 地 の広 が り や生 き も の の賑 わ いに結 び つけ、 安 ら ぎ を 感 じ てし ま う 少 数 派 、 い わば 心 の地 図 の変 異 株 も い る。
東 京 ・神 奈 川 の境 界 域 に広 が る 都 市 域 、 多 摩 ・三 浦 丘 陵 群 の領 域 か ら転 出 し た こ と のな い私 は 、
そ ん な ナ チ ュラ リ ス ト の 一人 と自 覚 し て いる 。 私 の心 の地 図 の ホ ー ムポ ジ シ ョン に は 、 都 市 の人 工
施 設 や 交 通 網 の配 置 と 同 時 に ( 私 は街 や 工場 の空 間 も 嫌 いで は な い)、 あ る いは そ れ よ り 鮮 明 に、
一帯 の大 地 の広 が り が親 和 的 な領 域 と刻 ま れ て いる 。 私 の ︿す み場 所 ﹀ 感 覚 は、 あ き ら か に部 屋 や
自 宅 や 団 地 の範 囲 を 超 え 、 市 街 地 を の せ る 大 地 の配 置 、 山 野河 海 に広 が って いる。
同 時 に私 の場 所 感 覚 に は、 そ も そ も 大 地 は ︿す み 場 所 ﹀、 あ る いは ︿生 活 の場 ﹀ であ る と いう 、
生 き も の主 体 の 了解 が卓 越 的 だ 。 大 地 の広 が り は 、 私 や 他 の人 び と の愛 着 し 安 ら ぎ う る ︿す み 場
所 ﹀ であ り 、 さ ら に ク ワ ガ タ ム シ やザ リ ガ ニや タ ンポ ポ や スズ メや 、 も ち ろ んポ チ の喜 怒 哀 楽 す る 領 域 と し て 、 さ ら に多 彩 な ︿す み場 所 ﹀ だ 。
地 底 や 大 気 上 空 や マグ マを噴 く 火 口 や 、 人 工 の無 生 物 空 間 を 除 け ば 、 だ れ に も愛 着 さ れず 、 だ れ
のす み 場 所 で も な い大 地 な ど 、 こ の地 表 に は ほ と ん ど な い。 人 も動 物 も 植 物 も含 め 、 共 感 可 能 と感
じ ら れ う る 生 き も のた ち す べ て の、 あ る いは だ れ か の ︿す み場 所 ﹀ と し て、 大 地 は 親 和 的 な 実 在 に
決 ま って い る。 地 震 や 台 風 や 汚 染 が あ っても 基 調 は そ う に決 ま って い る。 地 域 の自 然 保 全 や 都 市 計
画 の問 題 に関 与 す る 際 、 心 の地 図 の 深 み で私 を う な が す 了解 は、 た ぶ ん そ ん な ︿す み場 所 ﹀ 感 覚 、 も ち ろ ん 科 学 そ のも の で は な い感 性 的 な 確 信 のよ う な も のだ と 思 う 。
こ の感 覚 を 延 長 す れ ば 、 私 の ︿す み 場 所 ﹀ は す べ て の生 き も の の ︿す み場 所 ﹀ と 重 な り 、 地 球 そ
のも の に同 一化 す る と いえ な いわ け で も な い。 し かし あ る 種 の エ コ ロジ ー の主 張 す る そ ん な 瞑 想 に 、
私 は あ ま り 熱 心 で は な い。 自 ら 親 し み 、 開 発 や保 全 の動 向 を 心 配 し 、 具 体 的 な 配慮 の対 象 と し う る
中 間 的 な 領 域 を こそ 、 私 は ︿生 き た す み 場 所 ﹀ と 了 解 し た い。 一気 に 地 球 に広 が って し ま う よう な そ ん な 瞑 想 は、 私 の日 常 感 覚 に、 さ し あ た り あ ま り な じ ま な い の だ 。
多 摩 ・三 浦 丘 陵 群 と 呼 ば れ る領 域 か ら ほ と ん ど 外 出 し な い足 元 派 のナ チ ュラ リ スト の経 験 で いえ
ば 、 私 のす ま う 領 域 と し て現 実 感 を と も な って イ メー ジ で き る の は 、 五 十 年 に近 い人 生 を経 て、 最
大 数 十 キ ロ四 方 の山 野 河 海 (あ る いは 都 市 ) の広 が り だ。 端 か ら端 ま で 歩 いて数 日 。 電 車 や 自 動 車 な ら 半 日 で 往 復 で き る範 囲 で あ る。
て いね い に いえば そ の領 域 の中 に、 ま ず は 三浦 半 島 の小 網 代 や、 地 元 の鶴 見 川 源 流 域 や 、 勤 務 先
の キ ャ ンパ スな ど の特 に親 和 的 な 核 域 が あ る。 こ れ ら は、 そ の領 域 の出 来 事 に私 自 身 が 日常 的 に注
意 を 向 け 、 心 配 し、 具 体 的 に 対 応 で き る領 域 群 、 と いう 感 じ で あ る 。 そ し て、 こ の核 域 群 を 包 ん で、
友 人 た ち と 共 同 し て (つま り友 人 知 人 た ち の ︿す み 場 所 ﹀ 了解 と 呼 応 し て) 、対 応 で き そ う な 領 域 が 広 が って、 よ う や く数 百 平 方 キ ロの規 模 にな る、 と いう の が真 実 に近 い。
わ が家 に比 べ れ ば そ の広 が り は あ ま り に広 い。 全 域 を 味 わ い尽 く し、 付 き 合 いき る に は、 十 分 長
い人 生 が、 た ぶ ん百 回 く ら いは 必 要 だ ろ う 。 し か し 日 本 列 島 や 地 球 の広 が り に く ら べれ ば そ れ は 本
当 に小 さ な領 域 で も あ る。 そ れ が 私 と いう 、 地 球 にす ま う 生 き た 存 在 の現 実 的 な ス ケ ー ルで あ り 、 地 球 の自 然 の本 来 の巨 大 さ な のだ と思 わ れ る。
そ ん な 私 の現 状 を 一般 化 し て、 ︿自 然 の賑 わ いと と も にあ る持 続 可 能 な社 会 を めざ そ う ﹀ と い う
文 明 転 換 の指 針 を 日 常 的 に受 け う る地 域 は 、 最 大 で も 数 百 平 方 キ ロ の規 模 、 な ど と い って し ま った
ら 軽 率 だ ろ う か。 情 報 ・交 通 の革 新 時 代 に、 そ れ は あ ま り に素 朴 な 見解 だ ろ う か 。
し か し 、 狩 猟 採 集 時 代 も 、 農 業 革 命 の時 代 も 、 産 業 文 明 全 盛 期 も 、 そ し て地 球 環 境 危 機 た だ な か
の 二十 一世 紀 も、 生 ま れ育 ち 喜 び 悲 し み大 地 に帰 る人 生 の時 間 は大 同 小 異 。 自 ら の身 体 を も って親
し み、 味 わ い、 配 慮 し て生 き ら れ る ︿す み場 所 ﹀ の広 が り も ま た、 大 同 小 異 か も し れ な い。 と いう
わ け で 、 ナ チ ュラ リ ス ト の私 は、 さ し あ た り こ の直 観 を 、 支 持 す る こと に し て い る の で あ る。
生 態 ・文化 地 域 主 義 ︱ ︱66
環 境 革 命 の課 題 を 足 も と で文 化 的 に受 け よ う と いう地 域 主 義 の 一つを 、 こ こ で は か り に生 態 ・文
化 地 域 主 義 と で も 呼 ん で お き た い。 こ の 地 域 主 義 は 、 私 た ち の産 業 文 明 を 、 ︿自 然 の賑 わ いと と も
にあ る持 続 可 能 な 社 会 ﹀ に転 換 し て ゆ く た め の地 域 文 化 を 工 夫 し よ う と いう 試 み だ 。 試 み を 通 し て、
人 び と の心 の地 図 に、 共 存 す べき 自 然 の賑 わ いが鮮 明 に な り 、 生 き も の の賑 わ いや 山 野 河海 と日 常
的 に交 流 す る常 識 が 育 ち、 自 然 と共 存 す る活 動 に参 加 す る 人 び と が増 え て ゆ く な ら 、 基 本 方 向 は お おむ ね よ し の主 義 で あ る。
の制 約 に合 わ せ て 人 や 社 会 の都 合 を 再 検 討 す る ベ クト ルを も つ。 そ れ を 地 域 レ ベ ル で受 け る に は、
主 義 の推 進 に は 、 ま ず 地 域 の境 界 設 定 が 問 題 だ 。 環 境 倫 理 が 指 示 す る よ う に 、 環 境 革 命 は 、 地 球
既 存 の行 政 区 画 は適 切 で な い。 政 治 ・経 済 ・交 通 の都 合 が優 先 さ れ 、大 地 の基 本 配 置 を し ば し ば 無
視 す る区 分 だ か ら だ 。 生 態 ・文 化 地 域 主義 は、 地 域 で地 球 を 生 き る こと だ 。 で あ れ ば 地 域 の境 界 は、
山 野 河 海 の自 然 の区 画 に準 拠 す る ほ う が適 切 で あ る 。 狭 すぎ ず 、 広 すぎ ず 、 し か し 十 分 多 く の人 が
そ の中 にす ま う 中 間 規 模 (た と え ば 最 大 数 百 平 方 キ ロほ ど ) の広 さ のラ ン ド ス ケ ープ が、 生 態 ・文 化 地 域 主 義 の よ い フ ィ ー ルド にな る だ ろ う 。
境 界 が 設 定 さ れ た ら 、 生 態 ・文 化 地 域 主 義 は 、地 域 の生 き も の の 賑 わ い や、 大 地 の基 本 配 置 を わ
かり や す く 地 図 化 し よ う 。 自 然 の拠 点 を道 のネ ット ワ ー ク で結 び 、 ネ ット ワ ー ク 全 体 が地 域 を お お
う 。 さ ら にそ こ か ら 周 辺 に、 そ し て心 の中 で は地 球 に広 が る 配 置 に し た い。 丘 陵 、 流 域 、 平 野 な ど
の地 域 を 介 し 、 生 き も の の賑 わ いを のせ て、 足 も と か ら地 球 に広 が って ゆく 自 然 拠 点 、 あ る い は山
野 河 海 の地 図 。 そ ん な 空 間 イ メー ジ にま と ま って ゆ く の が 、 生 態 ・文 化 地 域 主 義 的 に美 し い。
人 び と が そ ん な地 図 やイ メ ー ジ を 共 有 し 、 同 じ道 を 歩 き 、 同 じ 言 葉 で 場 所 を語 り 、 同 じ 生 き も の
た ち に感 動 す る。 そ ん な単 純 さ に徹 す る こ とを 通 し て、 や が て自 然 を語 り 地 球 を 語 る コ モ ン セ ン ス
が う ご め き だ し、 生 き も の の賑 わ いや 山 野 河 海 と の日 常 的 、 地 域 的 な交 流 が始 ま って ゆ く 。 大 地 の
上 に街 が あ る。 足 も と の大 地 は地 球 に つな が って い て、 つま り 地 球 の上 に都 市 が あ る と いう 、 ご く
ま っと う な エ コ ロジ カ ルな 空 間 感 覚 が 、 心 の地 図 に育 って く る。 私 た ち の す ま う 足 も と の大 地 は、
生 き も の の賑 わ う 地 球 の 一部 。 そ う あ り あ り と 了 解 す る 人 び と が、 よ う や く登 場 し て く る だ ろう 。
こ の地 域 主 義 の工 夫 に当 た って は 、 す み場 所 了 解 が、 後 天 的 ・文 化 的 に形 成 さ れ る と いう 人 類 の
特 異 事 情 を 忘 れ ず に いた い。 都 市 装 置 の広 が り だ け に ︿す み場 所 ﹀ を 定 め て 不 満 な く 、大 地 に広 が
る自 然 の 賑 わ いを 見 な い都 市 市 民 に と って 、 地 域 の自 然 を 心 に鮮 明 に刻 む こ と は、 た ぶ ん外 国 語
( 地 球 語 ! ) を 学 ぶ のと 同 じ で あ る 。 ま た、 現 在 の大 地 の配 置 を いま 心 の ホ ー ム ポ ジ シ ョ ン に刻 ん
で いる の は、 大 人 で は な く 、 母 国 語 を 学 ぶ 丹念 さ で す み 場 所 の基 本 配 置 を 心 に刻 む、 子 ど も た ち に ち が いな い のだ 。
生 態 ・文 化 地 域 主 義 の推 進 に は多 く の苦 労 と 、 世 代 にわ た る時 間 が か か る 。 性 急 な 倫 理 主 義 は 、 禁物 な のだ。
生 態 ・文 化 地 域 主 義 は 、 生 命 地 域 主 義 と 同 じ よ う に、 地 域 を 介 し て、 人 が 地 球 に ﹁す み な お す ﹂
と いう 感 覚 を 重 視 す る 。 し か し 、 地 域 の経 済 自 立 や 、 政 治 的 自 立 の課 題 は さ しあ た り 不 得 意 で あ る。
産 業 文 明 のす み場 所 感 覚 、 自 然 了 解 にな じ ん だ 私 た ち が 、 地 域 /地 球 の生 き も の た ち や山 野 河 海 の
賑 わ いと 安 ら か に共 存 す る 道 を 定 め る に は 、 な お た く さ ん の地 図 や 言 葉 や会 話 や 散 歩 の発 明 や、 地
球 に す みな お す た く さ ん の人 生 が 必 要 だ 。 生 態 ・文 化 地 域 主 義 は、 さ し あ た り 、 文 化 重 視 の姿 勢 で ゆこう。
現 在 進 行 中 の試 み と し て いま 私 が支 持 す る生 態 ・文 化 地 域 主 義 は 、 流 域 思 考 と で も いう べ き ビ ジ
ョ ンで あ る。 足 も と の川 の流 域 を 、 す みな お す べ き地 域 と 決 め、 流 域 地 図 を 共 有 し、 川 に沿 って大
地 を 歩 き 、 生 き も の の賑 わ い や ラ ンド ス ケ ープ の配 置 を 心 に刻 み、 流 域 視 野 で 持 続 的 に地 球 を 生 き る文 化 を 目 指 す 。
そ れ は 、 水 辺 の自 然 に 沿 って心 の地 図 を 刻 ん でき た私 の個 人 史 が 、 さ まざ ま な 地 域 活 動 を 経 て 、 いま 素 直 に従 う ビ ジ ョン で も あ る。
◎ モツ ゴ
川
川と の出会 い︱
︱67
心 に描 か れ る べき ︿す み 場 所 ﹀ の基 本 図 は、 ど こ に暮 ら し て も大 地 の広 が り を 地 模 様 と し て描 か れ る のが 当 然 だ 。 そ れ も 足 も と の水 辺 や 水 系 の広 が り を手 が か り にし て。
私 の心 の ホ ー ム ポ ジ シ ョン に は 、 日 本 語 で 考 え 、 話 す のを 自 然 と 感 ず る のと や や似 た 感 覚 で、 そ
ん な す み場 所 了解 が あ る 。 こ の 了解 は 、 ど ん な 経 緯 で 、 い つ私 の心 に定 着 し た の だ ろ う 。 厳 密 に解
明 は でき な く と も 、 記 憶 を 振 り返 り 、 自 己 分 析 を 試 み る こ と く ら い は可 能 な は ず だ 。
は じ め て川 に出 会 った 鮮 明 な記 憶 は、 小 学 校 に入 学 す る年 の春 の こ と だ 。 そ の前 々年 、 私 の家 族
( 池 ) の散 在 す る広 場 が あ った が、 商 店 や 小 工場 も 多 く、 以前 と く ら べれ ば 別 天地 の
は海 岸 沿 い の工 場 地 帯 か ら 、 横 浜 ・鶴 見 川 下 流 の街 に転 居 し た 。 あ た り に は ま だ空 襲 で 半 壊 し た 長 屋や、爆弾穴
よ う に賑 や か な 世 界 だ った。
そ の街 を 、 四 、 五 歳 か ら十 二 、 三 歳 ほ ど の少 年 た ち が集 団 で 遊 び 歩 い て いた。 世 話 さ れ た り 、 泣
か さ れ た り し な が ら 、 私 も K 君 と いう 中 学 生 が サブ ・リ ーダ ー を 務 め る 小 集 団 の 周 辺 に出 入 り し は じめた。
そ ん な あ る 日 、 米 穀 店 だ った K 君 の店 の机 の上 に丸 い金 魚 鉢 が 置 か れ 、中 に銀 色 に輝 く 小 魚 が 一
尾 、 泳 いだ の であ る 。 近 所 の爆 弾 池 で と った ク チボ ソ (モ ツゴ ) と いう 魚 だ と いう 。 は じ め て み る
そ の魚 を 、 私 は、 本 当 に美 し いと 思 った。 ダ ンゴ ム シや ハサ ミ ム シ への親 近 感 と は別 の、 少 し 距 離
感 のあ る鮮 烈 な 感 情 だ った 。 私 は す ぐ に爆 弾 池 に急 行 し た 。 し か し 畳 屋 さ ん のわ き の葦 原 の中 の小
さ な は ず の そ の池 は、 私 に は ま る で海 の よ う に広 く感 じ ら れ、 手 も 足 も で な か った のだ 。
チ ャ ン ス は 翌 年 や って き た 。 K 君 た ち の集 団 は、 し ば し ば 鶴 見 川 へ魚 捕 り に で か け て いた。 そ の
探 検 に参 加 で き る 日 が き た の で あ る。 目 的 地 は 一キ ロ上 手 。 大 蛇 行 に沿 って土 手 を行 き 、 国 道 の橋
を 右 岸 に渡 る 。 そ の橋 わ き の、 高 圧 線 鉄 塔 が 立 つ湿 地 で あ る。 ま ず は め いめ い が、 網 や ざ る や木 片
を も って池 の泥 を い っせ い に す く い、 岸 辺 の草 原 に放 り あ げ る 。 つ いで、 のし 餅 を伸 ば す よ う に手 のひ ら で泥 を薄 く 伸 ば し 、 う ご め く 魚 を ひ ろ う の で あ る 。
見 ま ね で 泥 を 伸 ば し 始 め た 私 の手 にも 、 す ぐ グ ルグ ルと 、 手 ご た え が あ った 。 墨 色 の泥 の表 面 に、
小 指 ほ ど の銀 色 の ク チ ボ ソが 次 々 と 現 れ だ し た 。 そ れ は 、 本 当 に息 が つま る ほ ど の幸 せ だ った。
そ れ か ら私 の川 行 き が 始 ま った 。 K 君 に つ い て フ ナ釣 り に で か け た 。 さ ら に上 手 の遊 水 池 に ベ ン
ケ イ ガ ニや ア カ テ ガ ニが た く さ ん い る のを 発 見 し て 、 バケ ツを さ げ て カ ニと り に ゆ く 日 々も 過 ご し
た。 同 世 代 の友 だ ち と 河 口を 探 検 し て貨 物 船 の行 き来 を 見 た り、 貯 木 場 や造 船 所 の池 で ダ ボ ハゼ を
眺 め て 過 ご す 日 も あ った 。
小 学校 の 二 、 三 年 に な っても 、 ク チ ボ ソ捕 り は 続 き、 さ ら に遠 方 の寺 院 の池 や 灌 漑 用 のた め池 も
タ ー ゲ ット に な った 。 魚 の 一部 は自 宅 で飼 う 。 え さ に な る イ ト ミ ミ ズ や ミジ ン コを 探 し て街 の排 水
路 を た ど る のが 楽 し く な った 。 雨 の振 り込 む 日 に は、 樋 を 伝 わ って落 ち る雨 水 を 集 め 、 家 の わ き に
蛇 行 す る小 さ な 川 を 作 る 。 自 慢 の クチ ボ ソ を 放 し て は 、 ハヤ だ 、 ア ユだ 、 ヤ マメ だ な ど と、 空 想 の
清 流 遊 び に 興 じ た の で あ る。 春 か ら 秋 は、 子 ど も た ち の遊 び の過 半 が、 水 辺 にあ った 。
魚 釣 り も う ま く な った 。 釣 り は ひた す ら マ ハゼ を ね ら う 。 本 格 的 な汚 染 に見 舞 わ れ る以 前 の鶴 見
川 は 、 岸 辺 の浅 瀬 が 澄 ん で いて 、 底 に並 ぶ ハゼ た ち を 、 物 色 し な が ら 一尾 ず つ釣 り 上 げ る芸 当 も で
き 、 子 ど も も 退 屈 し な か った のだ 。 休 日 は も ち ろ ん 、 平 日 も夕 方 に な れ ば 川 辺 に大 人 た ち が 現 れ 、
顔 見 知 り の不 思 議 な コミ ュニテ ィ ー が で き た 。 町 工 場 の職 工 さ ん た ち の自 慢 の竿 と 、 常 連 の子 ど も た ち の、 粗 末 な 竹 竿 が 並 ぶ のだ 。
仕 事 に追 わ れ 、 忙 し いば か り の父 が 、 た だ 一度 遊 ん で く れ た のも 、 そ ん な ハゼ 釣 り だ った 。 そ の
日 は、 釣 り の最 中 に突 然 激 し い夕 立 にな った 。 し かし 雷 雲 は や や上 流 を 通 り すぎ 、 私 た ち の釣 り場 から 下 流 は か ん か ん 照 り の真 夏 の午 後 の快 晴 な のだ 。
そ の 光 の中 に シ ャ ワ ー のよ う に ま っ白 な 雨 が降 った 。 不 思 議 な光 景 にあ 然 と す る子 ど も た ち の脇 で、 父 が ﹁狐 の嫁 入 り ﹂、 と つ ぶや いた のを 覚 え て い る。
K 君 の 一味 に 混 ざ り、 ク チ ボ ソ に 出 会 い、 鶴 見 川 に会 い、 子 ど も 時 代 の幸 せ な 時 間 の多 く を 川 べ
りで過 ごし た。 ﹁ 安 ら ぐ べ き ︿す み場 所 ﹀ は水 辺 か ら 広 が る ﹂。 私 の 心 の中 の そ ん な 確 信 の よ う な も のは 、 た ぶ ん あ の ころ 刻 ま れ だ し て し ま った の だ と 思 って いる 。
探検は川 にそってゆく︱ ︱68
小 学 校 四 年 生 にな って 川 と の付 き 合 いが変 わ った。 友 だ ち と川 で 遊 ぶ、 あ る いは川 で 生 き も のと 遊 ぶ だ け で な く 、 明 ら か に広 域 探 検 の要 素 が 加 わ った のだ 。
子 ネ コが遠 出 を 始 め、 行 動 範 囲 を 広 げ る よ う に、 私 は 仲 良 し の友 人 と鶴 見 川 沿 い の大 探 検 を は じ
め た 。 カ ニ捕 り 拠 点 の遊 水 池 の次 は 、 五 キ ロ上 手 の合 流 点 が拠 点 にな った 。 次 は 一気 に八 キ ロ上 の
第 二 の支 流 と の合 流 点 が 拠 点 に な った 。 気 が む け ば 五 キ ロ地 点 か ら 川 を 離 れ 、 丘 陵 の縁 を た ど って、 水 田地 帯 の用 水 路 や 、 谷 戸 の小 川 にも 踏 み 込 ん だ 。
そ れ か ら 半 時 間 ほ ど 街 を 行 き 、 乾 物 屋 さ ん で 昼 食 用 の コ ロッ ケ を 買 う 。 しば ら く 進 む と 川 に出 て 、
探 検 は 、 四 つ手 網 や バ ケ ツを も ち 、 朝 一番 に家 を 出 る 。 数 十 分 歩 き 、 な じ み の神 社 で ひと や す み。
あ と は ひた す ら 土 手 を ゆ く 。 拠 点 で は 、 目 当 て の淵 で タ ナ ゴ を ね ら い、 川 幅 い っぱ い に瀬 を 駆 け 回
って ニゴ イ や ウ グ イ の群 れ を 追 う 。 モ ツゴ だ ら け だ った わ が 家 の水 槽 に は、 い つし か タ ナ ゴ 、 タ モ
ロ コ、 そ し て ニゴ イ ( 私 た ち は サ イゾ ウ と呼 ん で いた ) の幼 魚 な ど 、 中 流 域 の魚 が す み つく よ う に な った 。
探 検 には 大 地 を発 見 す る お も し ろ さ が あ った。 生 き も の大 好 き の 子 ど も た ち は 、 川 遊 び ば かり で
な く 、 ク ワガ タ ム シや カ ナブ ンを 求 め て 丘 陵 地 にも 遠 征 し た 。 山 へ行 く 時 は、 下 流 の 一番 にぎ や か
な 橋 を わ た り 、 旧東 海 道 の商 店 街 を抜 け 、 国 鉄 の大 き な跨 線 橋 を 越 え て、 禅 の大 寺 院 ( 総持 寺) の
あ る丘 に のぼ った 。 あ と は そ の日 の好 み で、 谷 戸 へお り た り 、 雑 木 林 に入 った り 、 た め池 のあ る 公 園 へ向 か った り し た 。
一番 の遠 出 は ︿二 つ池 ﹀ と 呼 ば れ る 場 所 だ った 。 総 持 寺 の山 に のぼ り 、 丹 沢 を 遠 方 に 見 な が ら 尾
根 道 を歩 き 、 ふ た た び 丘 を お り て水 田 地 帯 に出 る 場 所 にそ の池 群 は あ り 、 私 た ち に は、 秘 境 の よ う な 場 所 だ った。
と こ ろが 、 川 歩 き のあ る 日 、 予 想 も し な い別 ル ート か ら そ の秘 境 にた ど り つ いた 。 五 キ ロ上 の合
流 地 点 でタ ナ ゴ を 捕 り、 右 岸 に流 入 す る別 の小 川 に沿 って丘 陵 の縁 の小 道 を ど ん ど ん い った ら、 ビ
ワ の実 る斜 面 の向 こ う に見 慣 れ た ︿二 つ池 ﹀ の光 景 が 見 え た の だ 。 そ れ は な ん とも い いよ う の な い
驚 き で 、 ビ ワ の味 と と も に忘 れ ら れ な い出 来 事 と な った 。 鶴 見 川 本 流 と ︿二 つ池 ﹀ の間 に広 が る 丘
陵 地 は 、 そ れ か ら 一気 に親 し さ を 増 し 、 魚 捕 り に せ よ ク ワ ガ タ 探 し に せ よ 、 セ リ摘 み、 シジ ミ捕 り にせ よ 、 私 た ち は丘 陵 を 自 在 に移 動 す る ナ チ ュラ リ ス ト に な って い った。
地 図 帳 に 描 い た わ け で は ま った く な いが 、 私 は、 あ き ら か に足 も と の地 図 を 本 格 的 に作 り は じ め
て いた の だ ろ う 。 自 分 の暮 ら す街 が 、 大 地 に広 が る 山 野 河 海 と 、 ど の よ う に つな が って いる の か。
川 を 頼 り にそ の配 置 を 自 ら歩 き 、 遊 び 、 繰 り 返 し繰 り 返 し訪 ね 、 心 に刻 ん で いた のだ と思 う 。 探 検
を 始 め る 子 ネ コは 、 路 地 を 行 き 、 生 け 垣 を 抜 け 、 や ぶ で遊 び 、 す ま う 世 界 を 心 に広 げ 刻 ん で ゆ く の
が 、 き っと お も し ろ く て し か た が な い。 十 歳 の こ ろ の私 た ち は、 そ ん な 子ネ コと 、 ま さ に同 じ幸 せ の中 に いた の で は な いか 。
動 物 行 動 学 に、 感 受 期 (sensi ti ve peri od) と いう 概 念 が あ る。 個 体 史 に そ って動 物 は さ ま ざ ま
な こ と を 学 習 す る が 、 課 題 によ って は 学 習 し や す い時 期 が あ る程 度 かぎ ら れ て い る の で あ る。 万 能
的 な 学 習 動 物 と思 わ れ が ち な 人 間 も 、 家 族 の認 知 や 言 語 の学 習 な ど 、 さ まざ ま な 分 野 で事 実 上 の感
受 期 が あ る の に違 いな い。 す み場 所 の基 本 的 要 素 に か ん す る了 解 の成 立 に関 し ても 、 き っと 似 た学 習 が あ る のだ と私 は 思 う 。
探 検 に出 よ 、 大 地 に学 べ。 子 ど も た ち を そ う 促 し 、 心 に ︿す み場 所 ﹀ の基 本 イ メ ージ を 刻 ま せ て
し ま う よ う な 積 極 的 な 学 習 が 、 個 体 史 のあ る時 期 に、 と り わ け 鮮 明 にな る の だ と 思 わ れ る 。 私 は十
歳 の こ ろ 、 川 を た よ り に、 き っと そ ん な 学 習 のた だ な か に入 った の だ 。 そ れ は ︿大 宇 宙 ・銀 河 系 ・
太 陽 系 ・地 球 ・北 半 球 ・ア ジ ア ・日本 列 島 ⋮横 浜 市 ・鶴 見 区 ⋮ 町 ⋮ ﹀ な ど と 、 呪 文 の よ う な 住 所 を ハガ キ に書 いた時 期 と も 重 な って いる 。
乱 暴 を 承 知 で あ て ず っぽ う を いえば 、 ホ モ ・サ ピ エ ンス は 少 年 ・少 女 時 代 に大 地 と遊 び 、 す み場
所 の基 本 特 性 を 心 に刻 み、 地 表 に定 位 す る習 性 を も つ生 き も の であ る 。 何 を た よ り に、 ど ん な 空 間
を 、 心 安 ら ぐ ︿す み 場 所 ﹀ と定 め て し ま う か。 た ぶん そ れ が 、 問 題 な の であ る 。
流 域 発 見︱︱69
川 に 沿 っ て自 然 の配 置 を 心 に刻 み 、 余 暇 も 仕 事 の多 く も 水 辺 か ら 離 れ ず に き た 私 は、 今 は流 域
( 川 に 雨 水 を 送 り 込 む範 囲 ) と いう 広 が り に定 位 し て い る。 水 辺 か ら 広 が る 大 地 への親 和 感 は 、 地
域 の明 確 な 限 定 感 を 伴 う わ け で は な い。 し か し そ のイ メ ー ジ に流 域 と いう 枠 を 与 え て み る と 、 心 の 地 図 に あ る 種 の安 定 が 生 ず る と わ か って き た のだ 。
そ れ は 、 甘 党 が 甘 味 好 き と いわ ず 、 大 福 好 き と い って み る事 態 に似 て い る。 そ う 枠 づ け る こ と で 、
甘 党 は大 福 通 に な り 、 幸 運 な ら 大 福 好 き の仲 間 が で き る 。 同 じ よ う に心 の地 図 の水 辺 派 は 、 水 辺 か
ら広 が る 大 地 への親 和 感 に、 大 地 の起 伏 に沿 った ︿流 域 ﹀ と いう限 定 を 与 え る こと で、 な に よ り も
まず 、 具 体 的 な 地 域 の総 合 的 な 事 情 通 に な る道 を 開 く こと が で き る 。 水 辺 への愛 着 を 手 が か り に 、
水 系 を た ど り、 自 然 や町 の配 置 に親 和 的 な関 心 を 拡 大 し 、 流 域 と いう 具 体 的 な 地 域 の詳 細 に通 じ る 回路 を 開 く こ と が で き る か ら だ。
そ し て幸 運 な ら 仲 間 も でき る。 少 年 ・少 女 時 代 の水 辺 への愛 着 の故 であ れ 、 も っと意 識 的 な 理 由
(た と えば 環 境 教 育 の都 合 な ど ) に基 づ く も の であ れ 、 同 じ 流 域 に親 和 的 な ま な ざ し を 向 け 、 そ こ
に生 き るも の の賑 わ いと と も に暮 ら す ︿す み 場 所 ﹀ を再 発 見 し よ う と す る 人 び と が いる 。 そ ん な 人
び と は、 ま なざ し や 関 心 に お い て親 し い仲 間 に な る 可 能 性 が あ る。 そ の 流 域 を 自 覚 的 な ︿す み 場
所 ﹀ と し て、 自 然 的 な制 約 を 尊 重 す る暮 ら し を め ざ そ う と いう 関 心 に お いて 、 いわ ば同 種 の文 化 的 な生 き も の のよ う な も の にな って し ま う か ら で あ る。
︿自 然 の賑 わ いと と も に あ る持 続 可 能 な 社 会 を め ざ す ﹀ と いう 文 明 転 換 の仕 事 は、 私 た ち の共 通 的
な 日常 に、 共 存 す べ き自 然 の賑 わ いを 親 し いも の と し てわ か り や す く 登 場 さ せ る回 路 を 開 く こ と か
ら始 ま る の だ と 私 は 思 う 。 こ の直 観 に従 う な ら 、自 ら 親 し み、 味 わ い、 配 慮 し て生 き ら れ る 場 所
︿す み場 所 ﹀ の広 が り に、 流 域 と い う自 然 的 な 領 域 を 与 え る 思 考 は 、 有 望 な 地 域 主 義 的 試 み の 一つ に ち が いな い のだ 。
し かし 、 水 辺 への愛 着 か ら こ の理解 に至 る の に、 私 には 長 い時 間 が必 要 だ った 。 足 も と の水 系 を
俳 徊 し た 少 年 時 代 、 私 の川 沿 い探 検 は 八 キ ロ上 流 で止 ま り 、 流 域 規 模 に は伸 び ず に終 わ った 。 そ の
後 、 私 の水 辺 探 検 は 、 む し ろ 河 口 か ら 海 岸 に そ って広 が った 。 徒 歩 は自 転 車 や 鉄 道 と な り 、 横 浜 市 南 端 か ら 三 浦 半 島 への遠 出 が 始 ま った 。
生 物 学 専 攻 の学 生 に な って、 海 辺 への関 心 は 一層 強 ま り 、 以 後 十 八 年 ほ ど 、 横 浜 市 南 端 部 ・金 沢
八景 の内 湾 ・河 口域 が、 私 のも っと も 日 常 的 な 散 策 域 と な った。 そ こ は や が て 研 究 のホ ー ムグ ラ ウ
ン ド にな り 、 さ ら に埋 め立 て問 題 に関 連 し て 環 境 保 全 活 動 の困 難 な 状 況 を つぶ さ に体 験 す る現 場 と も な った の だ った 。
水 系 沿 い の 丘陵 地 探 検 を や め て か ら 二十 数 年 間 、 私 の水 辺 へ の愛 着 は文 字 通 り の水 辺 に収 斂 し 、 大 地 への広 が り を 見 失 って いた 。
関 心 が 再 び 川 に戻 り 、 流 域 と いう 広 が り の お も し ろ さ や意 義 に は っき り気 づ いた の は 一九 八 四年
秋 、 自 然 保 護 活 動 を 支 援 し て 三浦 半 島 ・小 網 代 の 谷 に通 いは じ め て か ら の こ と だ 。 小 網 代 は 流 程 一
キ ロほ ど の小 河 川 の流 域 であ る 。 農 業 的 な 利 用 を解 除 さ れ 、 回 復 途 上 の植 生 に お お わ れ た 流 域 は 、
ア カ テガ ニを は じ め と す る生 き も の た ち の賑 わ い に満 ち、 源 流 の森 か ら 河 口 の干 潟 ま で 、 事 実 上 完 結 し た自 然 状 態 の流 域 生 態 系 を な し て いた 。
水 系 を頼 り に、 源 流 か ら河 口 へそ の谷 を 繰 り 返 し 歩 く う ち に、 森 から 海 に いた る自 然 の賑 わ いが 、
大 地 の本 来 の連 続 性 ・総 合 性 そ の ま ま に、 体 の中 に染 み 込 ん で き た 。 私 の身 体 は、 そ こ で よ う や く
流 域 を 発 見 す る。 昔 、 川 か ら 丘 陵 を俳 徊 し た こ ろ の喜 び が 甦 る。 川 は水 系 と な り、 丘陵 や台 地 に伸
び 、 地 球 に つな が る 大 地 の広 が り へ私 た ち を案 内 す る い の ち の道 だ った の だ 。
そ の広 が り の も っと も自 然 で総 合 的 な 単 位 が 流 域 だ 。 流 程 一キ ロ、 面 積 百 ヘク タ ー ル足 ら ず の小
網 代 の谷 。 体 に刻 ま れ た 水 辺 への愛 着 を 、 流 域 と いう 大 地 の広 が り に結 び つけ る には 、 小 網 代 の谷 の適 度 な 大 き さ が 、 私 の身 体 に は 決 定 的 に重 要 だ った よ う な気 が す る。
そ し て、 小 網 代 に お け る流 域 発 見 か ら数 年 後 。 ふ る さ と の川 で あ り、 今 も そ の流 域 に す ま って い る鶴 見 川 で、 流 域 思 考 を 指 針 と す る市 民活 動 が 始 ま った 。
流 域思 考
鶴 見 川 流 域 を歩 き 始 め る ︱ ︱ 70
流 域 と いう大 地 の広 が り (ラ ンド ス ケ ープ ) は お も し ろ い。 小 網 代 の谷 を 歩 き 、 そ う わ か って し
ま った 私 は、 小 網 代 通 いと 平 行 し て 、 故 郷 の 川 、 鶴 見 川 の流 域 を歩 き 始 め た 。
そ の川 歩 き に は 、 少 年 時 代 に中 断 し た水 系 歩 き を 再 開 す る懐 か し い気 分 と 同 時 に、 環 境 危 機 への
関 心 に絡 ん だ志 のよ う な も のも あ った 。 水 系 を た よ り に流 域 を 行 き 、 都 市 文 化 のま ん中 に、 共 存 す
べ き自 然 の配 置 や 賑 わ いを親 し く 登 場 さ せ て し ま う 回 路 を 開 く 。 そ のた め の川 歩 き を 、 故 郷 の鶴 見 川 で始 め た か った の だ。
川 歩 き を 促 し た 決 定 的 な き っか け は 転 居 だ った 。 小 網 代 の谷 に通 い始 め た 翌 年 、 諸 事 情 と 偶 然 が
重 な って、 故 郷 の鶴 見 を 離 れ 、 東 京 ・町 田 の多 摩 丘 陵 の 一角 にあ る 団 地 に転 居 す る こ と にな った 。
実 は そ こ が鶴 見 川 の最 源 流 域 と、 転 居 を 決 意 し た あ と で知 る こ と にな った。 河 口 に近 い横 浜 の町 か
ら源 流 の丘 陵 地 に越 し 、 朝 夕 は鶴 見 川 に平 行 す る J R 横 浜 線 に乗 って、 断 続 的 に鶴 見 川 の流 れ な ど
も 眺 め つ つ中 流 域 の職 場 に通 う 、 不 思 議 な 時 間 が始 ま った のだ 。 さ あ 、 流 域 を歩 き な さ い。 き っと そ ん な 声 も し た の で あ る。
転 居 と 同時 に、 まず は 、 地 元 を 歩 き だ し た。 森 に囲 ま れ た 、 ま だ 造 成 途 上 の 団 地 を め ぐ る と 、 よ
く キ ジ や コジ ュケ イ に遭 遇 し た 。 ハヤ の暮 ら す 源流 の小 川 や泉 を 確 認 し 、 一人 で 、 家 族 で 、 友 人 知
人 と 、 し き り に訪 ね は じ め た 。 団 地 を 包 み、 数 百 ヘク タ ー ル の規 模 で 広 が る 源流 域 の 田 畑 や 雑 木 林
を 行 き、 馬 蹄 形 に広 が る源 流 の分 水 嶺 に の ぼ って は 、 北 の多 摩 川 水 系 に広 が る多 摩 ニ ュー タ ウ ン の
造 成 地 や 、 南 の境 川 水 系 に広 が る神 奈 川 県 の市 街 地 を 展 望 し た 。 水 系 を た ど り 、 里 道 を ゆ き 、 谷 や
尾 根 や町 の配 置 を 心 に描 き こむ う ち に、 い つし か 地 元 の ナ チ ュラ リ スト た ち と も 知 り合 い に な り 、
三 年 も す ると 、 地 元 の保 全 ・開 発 の見 通 し や、 都 市 計 画 の概 要 が わ か る よ う にな った。
ュラ リ ス ト 仲 間 た ち と連 絡 も と り は じ め た。 そ し て、 河 口 か ら源 流 ま であ る 程 度 の資 料 が そ ろ った
そ ん な 頃 、 中 ・下 流 域 の川 歩 き も、 本 格 的 に開 始 し た 。 流 域 風 景 を 写 真 に収 め 、 中 ・下 流 の ナ チ
頃 、 源流 の団 地 で 小 さな ス ラ イ ド会 を 開 き、 そ の後 、 ナ チ ュラ リ ス ト 集 団 が 二 つ、 鶴 見 川 源 流 域 を 拠 点 にし て、 相 前 後 し て自 然 保 護 活 動 を 開 始 し た の で あ る 。
一つは 川 歩 き を 主 と す る 小 さ な自 然 愛 好 グ ルー プ 。 そ し ても う 一つは、 都 市 計 画 や 環 境 保 全 の問
題 に本 格 的 に コミ ット し よ う と いう ナ チ ュラ リ スト た ち の志 し を集 め た、 や や 大 き な自 然 保 護 団 体 。
ゆ き が か り と 、 ゆ え あ って、 私 は 両 グ ル ープ の お世 話 役 に加 担 す る こ と に な った。
そ の年 の暮 れ から 翌 新 年 に か け て、 源 流 で ト ラブ ルが 起 き た 。鶴 見 川 源流 の平 常 水 を 支 え る 源 流
最 大 の泉
( 鶴 見 川 源 流 の泉 ) が、 公 共 工事 に 関 連 し た事 故 で自 噴 を 停 止 し、 ハヤを 始 め と す る水 生
生 物 た ち の救 出 や 、 泉 保 全 の た め の要 望 活 動 に動 か な け れ ば な ら な く な った 。 す で に、 川 歩 き で 交
流 を 始 め て いた 流 域 の ナ チ ュラ リ スト 仲 間 も応 援 に か け つけ 、 新 米 の市 民 団 体 は大 い に頑 張 った 。
世 論 が 動 き、 行 政 も 動 き 、 半 年 ほ ど で 泉 は無 事 に回 復 ・保 全 さ れ る こ と に な った の だ った 。
こ の出 来 事 の噂 が 横 浜 の有 力 な市 民 団 体 に 届 い た よ う だ 。 そ れ か ら 二年 後 の 一九 九 一年 の春 、 横
( T Rネ ット ) と いう名 称 の 、市 民 流 域 交 流 が ス タ ー ト す る こと に な った の であ る 。
浜 、 川崎 、 そ し て源 流 町 田 の市 民 団体 が中 心 と な って 、行 政 区 画 を 越 え た鶴 見 川 流 域 ネ ット ワ ー キ ング
T R ネ ッ ト は 、 安 全 ・快 適 で、 生 き も の の 賑 わ いに満 ち た 川 へ の関 心 を軸 に、 人 と情 報 の交 流 コ
ミ ュ ニテ ィ ー を育 て、 都 市 計 画 や 、地 域 文 化 や 、 環 境 保 全 を 流 域 視 野 で考 え て ゆ こ う と いう 市 民 、
そ し て市 民 ・行 政 間 のネ ット ワ ー ク で あ る 。 川 を 軸 に し た 流 域 視 野 の学 習 コミ ュ ニテ ィー 。 あ る い
は、 流 域 地 図 を 共 有 し 二十 一世 紀 の地 球 暮 ら し を 目 指 す流 域 交 流 、 な ど と い った り も す る。
71
の活 動 の基 盤 に は 、 流 域 視 野 で ︿水 と 緑 の ネ ット ワ ー ク ﹀ を 構 想 す る地 域 主 義 のま なざ し が あ る 。
そ れ ぞ れ に持 ち 場 を も ち 、 し か し 川 歩 き や イ ベ ント を介 し て交 流 も 続 け る市 民 団 体 が連 携 す る そ
鶴 見 川 流 域 ネ ット ワ ー キ ング ︱ ︱
鶴 見 川 流 域 ネ ット ワ ー キ ング (T R ネ ット ) は 、 環 境 団 体 ば か り のネ ット ワ ー ク で は な い。 自 然
よ り 、 町 づ く り や 交 流 イ ベ ント に関 心 のあ るグ ルー プ も少 な く な い。 川 への 関 心 を 基 礎 に、 流 域 交
流 を う な が し 、 流 域 と いう 広 が り の中 で 安 全 、 快 適 、 自 然 ・環 境 重 視 の流 域 文 化 を 育 て よ う と いう
総 合 的 な 関 心 が、 T R ネ ット の大 枠 な のだ 。 し か し 、 行 政 区 画 で は な く 流 域 と いう 自 然 域 を 交 流 の
コモ ン ・グ ラ ウ ンド ( 共 通 地 域 ) と し た こ と で 、 ネ ッ ト ワ ー ク全 体 が 、 た ぶ ん 始 め か ら自 然 重 視 の 地 域 主 義 に開 か れ て いる。
流 域 交 流 を 進 め る T R ネ ット の最 低 限 の 工夫 は 、 イ ベ ント カ レ ンダ ー の作 成 だ 。 参 加 団 体 や関 連
行 政 の年 間 活 動 予 定 を ま と め 、 さ まざ ま な 回路 で公 表 す る 。 そ こ には 、 諸 団 体 の日 常 活 動 か ら、 行
政 が主 催 す る治 水 関 連 の春 の総 合 的 な 流 域 イ ベ ント 、 河 口 の町 の夏 のイ カダ 祭 り 、 市 民 団 体 の主 催
す る中 流 の川 辺祭 り、 秋 の源 流 祭 、 流 域 い っせ い の川 掃 除 、 そ し て ナ チ ュラ リ ス ト た ち の冬 の い っ
せ い野鳥 調 査 な ど の諸 活 動 ま で、 多 彩 な 情 報 が 寄 せ ら れ 、 行 政 区 画 を 超 え、 流 域 に発 信 さ れ る 。 そ
ん な情 報 や、 参 加 団 体 の会 報 な ど を 通 し 、 流 域 視 野 の自 由 な 交 流 を 応 援 し て ゆく の が 、 ネ ット ワ ー ク の 基本 であ る 。
と い って も交 流 コミ ュ ニテ ィ ー を 目 指 す T R ネ ット には 、 参 加 団 体 を 統 括 す る縦 形 の組 織 構 造 は
な い。 流 域 地 図 に通 じ 、 つま り流 域 を よ く歩 き 、 市 民活 動 全 般 や 行 政 の動 向 に通 じ 、 調 整 役 を自 覚
す る 世 話 人 ・事 務 局 集 団 が 不 定 期 に会 議 を開 き 、 大 ま か な 提 案 や交 通 整 理 を す る。 そ ん な 調 整 作 業
を支 持 し 、 独 自 の持 ち 場 で情 報 や 人 の交 流 連 携 を 進 め よ う と いう 個 人 や 団体 の活 動 が 、 T R ネ ット
の中 身 と いう こ と に な る 。 そ ん な 緩 や か な ネ ッ ト ワ ー ク活 動 が 、 は た し て環 境 革 命 の課 題 を 引 き 受
け る 文 化 的 ・生 態 的 な 地 域 主 義 の推 進 に つな が って ゆ く のだ ろ う か 。 こ こ で 、 ︿も ち ろ ん ﹀、 と 答 え る のが 私 の見 通 し だ 。
行 政 区 画 を 超 え 、 大 地 の地 図 に沿 って市 民 活 動 が連 携 す る のは容 易 な こと で は な い。 た と え ば 鶴
見 川 の流 域 は 、 東 京 都 、 神 奈 川 県 、 町 田市 、 川 崎 市 、 横 浜 市 の諸 行 政 に 分 断 さ れ る 。 し か し そ れ ぞ
れ の行 政 区 に暮 ら す市 民 が、 行 政 地 図 を超 え て大 地 の刻 む自 然 の地 図 (流 域 は そ の 一例 だ) を尊 重
し 、 そ こ に エ コ ロジ カ ルな 帰 属 感 を 育 て て ゆ く こ と が 、 環 境 危 機 に き ち ん と 呼 応 し う る地 域 文 化 を 育 て る た め の、 た ぶ ん 最 初 の大 仕 事 な のだ 。
T R ネ ット は、 そ の仕 事 を 数 年 で こ な し 始 め た感 が あ る。 水 系 を 軸 にし て広 が る 流 域 と いう自 然
域 は 、 大 地 の ほ か の 区 分 に比 べ て区 切 り や す い、 と いう 事 情 も あ ろう 。 し かも 二 三 五 平 方 キ ロの鶴
見 川 流 域 は手 ご ろ な規 模 と いう こ とも あ る 。 汚 染 や 洪 水 の話 ば かり が目 だ った鶴 見 川 に、 な お 賑 や
か な 生 き も のた ち の世 界 を 発 見 し 、 新 鮮 な 感 動 で水 系 を 歩 き始 め た ナ チ ュラ リ ス ト た ち の活 動 が 、
流 域 の市 民活 動 を 網 目 の よう に つな いで し ま う 効 果 も あ る。 さ ら にあ り が た いこ と に、 鶴 見 川 は 、
流 域 の姿 が 、 悪 い夢 を た べ る伝 説 のあ る水 辺 の動 物 ︿バ ク﹀ に似 て お り 、 そ の イ メ ー ジ が、 鶴 見 川
流 域 と いう大 地 の広 が り (ラ ンド ス ケ ープ ) を 、 ま と ま り のあ る、 親 し い領 域 と 人 び と に感 受 さ せ てし まう 効 果 も あ る 。
そ ん な効 果 が重 な って、 ネ ット ワ ー ク開 始 か ら 六 年 目 の いま 、 持 ち場 を も ち、 同 時 に水 系 の全 容
を 理 解 し て ネ ット ワ ー ク の世 話 人 グ ループ に参 加 で き る市 民 が た ぶ ん 一五 ︱ 二〇 人 。 持 ち場 を も ち、
ネ ット ワ ー ク を 実 質 的 に運 営 す る 活 動 的 な 流 域 市 民 が 数 百 人 、 そ し て鶴 見 川 の流 域 は バ ク の姿 を し
て い て、 源流 に は ハヤ や ム サ サ ビ も 暮 ら す 田 園 ・森 林 地 帯 が あ り 、 清 流 で は な いが 中 流 に は な お ア
ユな ど も お り 、 下 流 に は小 さ な ハゼ や カ ニた ち の にぎ や か に暮 ら す 貝 殻 の浜 が あ る、 と いう よ う な
話 題 を 、 汚 染 や洪 水 や イ ベ ント の話 題 と と も に 日常 会 話 に乗 せ る こ と の で き る流 域 市 民 が 、 た ぶ ん 千 人 を 超 え た だ ろ う と 、 推 測 で き る。
流 域 の広 が り を頼 り に し て 、 私 た ち の都 市 文 明 の足 も と に、 共 存 す べ き自 然 の賑 わ いが 、 いま よ
う や く 見 え て き た 。 鶴 見 川 の流 域 人 口 は 一七 〇 万 。 心 の地 図 に流 域 を 開 く 市 民 は な お 圧 倒 的 な 少 数
72
だ が、 バ ク の流 域 に、 も う 地 球 人 ( 地 球 語 ! ) の会 話 が 始 ま って い る の だ と 私 は感 じ て い る。
行 政 の動 向 と も 連 携 す る ︱︱
行 政 区 画 を 超 え 、 流 域 地 図 を 共 有 し て エ コ ロジ カ ルな 地 域 文 化 を 育 て て い こう と いう 鶴 見 川 流 域
( 治水) や水利用 ( 利 水)
ネ ット ワ ー キ ング (T R ネ ッ ト) の最 大 の特 徴 は、 国 や 自 治 体 の河 川 管 理 行 政 と当 初 か ら批 判 的 ・ 協 調 的 に対 応 し 続 け て い る こ と だ ろ う 。 批 判 的 な対 応 に つ いて は改 め て 強 調 す る 必 要 も な いだ ろ う。 洪 水 抑 制
な ど 、 安 全 や 実 利 を求 め る強 い要 望 に沿 い、 河 川 ・水 系 に管 理 ・改 造 の過 剰 な ま なざ し を 向 け て こ
ざ る を え な か った の が 、 残 念 な が ら 従 来 の河 川 管 理 の本 流 で あ り 、 鶴 見 川 も そ の例 外 で は な い。 そ
ん な ま な ざ し が、 水 系 と いう自 然 の存 在 と 流 域 市 民 の関 係 を い か に 貧 し く し て き た こ と か 。 川 好 き
の流 域 市 民 (そ し て本 当 は 、 た く さ ん の行 政 職 員 た ちも ! ) は だ れ も が 強 く そ う 認 識 し 、 行 政 施 策 の転 換 を 願 い、 模 索 し 、 改 善 提 案 を 続 け て いる 。
し か し そ ん な 批 判 的 な 対 応 と 同 時 に 、 河 川 管 理行 政 が本 来 的 に備 え て いる はず の流 域 視 野 の エ コ
ロジ カ ルな 環 境 配 慮 の可 能 性 に注 目 し 、 励 ま す こと が、 T R ネ ット の ス タイ ルで も あ る 。
そ も そ も 川 は流 域 文 化 の指 標 で あ る 。 ︿川 が 洪 水 を 起 こ す ﹀ の で は な く 、 本 当 は保 水 力 の担 保 を
軽 視 し た流 域 開 発 、 つま り都 市 計 画 が 洪水 を 起 こす 。 ︿川 が 汚 い﹀ と いう が、 汚 す の は流 域 の産 業
活 動 や暮 ら し であ る 。 利 水 への過 大 な 期 待 も 、 成 長 抑 制 の視 点 を 無 視 し た 都 市 生 活 に呼 応 す る。 流
れ や 川 辺 の自 然 景 観 や 生 物 多 様 性 の破 壊 ・蹂 躪 も 、 足 も と の自 然 の 賑 わ いに共 感 で き な く な った市 民 文 化 の 現状 そ の も の に対 応 し て いる 。
つま り 、安 全 、 快 適 で、 自 然 の賑 わ い の尊 重 さ れ る水 系 を 実 現 す る こ と が 河 川 管 理 行 政 の基 本 目
標 な ら 、 管 理 の課 題 は 本 来 流 域 に広 が り 、 流 域 の自 然 保 全 や 都 市 計 画 、 流 域 文 化 の エ コ ロジ カ ル な
転 換 と いう流 域 課 題 に つな が って ゆ く 。 よ い水 系 を 実 現 す る の は流 域 規 模 の エ コ ロジ カ ルな 都 市 構
造 や 市 民 文 化 に決 ま って いる 。 流 域 が し ば し ば 複 数 の行 政 に分 断 さ れ 、 縦 割 り行 政 が徹 底 す る現 状
で は 、 こ れ は 建 前 的 な 理 想 論 と も 思 わ れ る。 し か し そ れ は生 態 ・文 化 地 域 主 義 が 本 気 で支 持 す る価
値 のあ り そ う な 理 想 論 であ り 、 志 あ る 河 川 管 理 者 た ちも 切 実 に望 む ビ ジ ョン のよ う に思 わ れ る の だ 。
鶴 見 川 流 域 ネ ット ワ ー キ ング は そ ん な 理 想 論 を大 切 に し て、 河 川 行 政 の近 年 の理 念 転 換 に注 目 す
る。 た と え ば 河 川 そ の も のだ け で な く 、 流 域 規 模 で治 水 を 工 夫 す る ︿総 合 治 水 ﹀ の方 針 が 語 ら れ 、
工夫 が進 む。 流 れ の構 造 や 、 水 量 ・水 質 、 さ ら に川 辺 の環 境 管 理 に関 す る最 近 の基 本 計 画 ( 河川 環
境 管 理 基 本 計 画 ) に は 、 いわ ゆ る親 水 整 備 ば か り で な く 、 生 物 多 様 性 や 景 観 保 全 重 視 の方 針 が盛 り
込 ま れ 、 水 系 か ら 流 域 全 域 に広 が る ︿水 と緑 のネ ット ワー ク﹀ のビ ジ ョ ンさ え 語 ら れ て い る。 そ ん
な方 針 や ビジ ョ ン の数 々 を 建 前 論 と 軽 視 せず 、 未 来 の流 域 文 化 を う な が す視 野 で思 い切 り 応 援 す る の が T R ネ ット の ス タ イ ル であ る 。
鶴 見 川 の場 合 、 市 民 ・河 川 管 理 行 政 の 目 下 の連 携 の焦 点 は、 流 域 地 図 の普 及 、 流 域 歩 き の促 進 、
そ し て流 域 人 意 識 の啓 発 だ 。 鶴 見 川 流 域 ネ ット ワ ー ク に参 加 す る 諸 団 体 や 個 人 は 、持 ち 場 の課 題 に
対 応 し つ つ、 水 系 に 沿 ってあ き れ る ほ ど によ く 歩 く 。 そ の川 歩 き 、 流 域 歩 き が、 総 合 治 水 の行 政 イ
ベ ント や学 習 企 画 な ど と 連 携 も す る。 そ ん な 流 域 歩 き の蓄 積 し た 地 域 情 報 が 、 河 川管 理 や関 連 都 市 計 画 への さ ま ざ ま な提 案 に も つな が って ゆ く の で あ る 。
し か し いま 最 も重 要 な 成 果 は 、 た ぶ ん 流 域 地 図 の普 及 と いう 単 純 素 朴 な 事 実 そ のも の だ ろ う と私
は 思 う 。 地 域 は具 体 的 で し か あ り え な い。 鶴 見 川 流 域 に エ コ ロジ カ ルな 地 域 主 義 が 育 つと いう こ と
は 、 多 く の流 域 市 民 が バ ク の姿 の流 域 地 図 と仲 良 し にな り 、 そ の右 足先 の河 口 の漁 師 町 に工 場 群 に
囲 ま れ た 小 さ な貝 殻 浜 があ る こと や、 中 流 ・新 横 浜 の ビ ル群 の脇 の流 れ に オ オ ヨ シ キ リ のさ え ず る
葦 原 や ア ユの泳 ぐ 流 れ が あ る こ と や、 ハヤ の暮 ら す 源 流 域 の森 が いま 開 発 の危 機 にあ る こと な ど を 、
自 ら歩 き 、 見 知 ってし ま い、 日 々 の会 話 に乗 せ 、 心 の地 図 に共 有 し てゆ く こ と と 共 にあ る 。
都 市 計 画 や 流 域 文 化 へ のさ ら に広 い関 心 は、 少 々極 端 に いえ ば 、 共 有 さ れ た そ の地 図模 様 か ら 、
力 ま ず 、 や が て自 動 的 に立 ち 上 が って し ま う も の であ る よ う にも 思 わ れ る の だ 。
続 ・流 域 思 考
源流 ・ 泉 ひ ろ ば︱ ︱
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﹁冬 な の に小 さ な ゲ ンゴ ロウ が い っぱ いだ ﹂。 流 路 を 清 掃 し な が ら し き り に驚 く 友 人 が いる 。 旺 盛
に繁 茂 し て流 れ を ふ さ ぐ藻 を 流 し、 ゴ ミを 拾 い、 枯 れ草 を 片 づ け、 生 き も の の調 査 も す る。 田 ん ぼ
の向 こう で モズ が 鳴 き、 子 ど も た ち が 木 道 を走 る 。 谷 を包 む雑 木 林 は落 葉 の雨 。 新 年 の訪 問 者 用 に 源 流 案 内 の パ ン フ レ ット を 補 充 す れ ば 、 暮 れ の管 理 作 業 も 完 了 で あ る。
私 の住 ま いは 、 鶴 見 川 の源 流 に近 い、 多 摩 丘 陵 北 面 の団 地 に あ る 。 斜 面 を 一キ ロ下 る と鶴 見川 。
流 れ にそ って 西 に四 十 分 歩 き 、 源 流 の谷 を のぼ り 切 れ ば 丹 沢 と 関東 山 地 を 展 望 す る 尾根 筋 に出 る 。
そ こ は三 浦 半 島 と関 東 山 地 を つな ぐ 多 摩 丘 陵 の主 尾 根 の 一角 だ 。 鶴 見 川 源 流 が 、 多 摩 川 、 境 川 支 流 の源 流 部 と隣 接 す る 一帯 であ る 。
そ の道 の り の最 源 流 の谷 に泉 が あ る。 数 年 前 、 湧水 の涸 れ る 事 故 が あ り 、 流 域 ナ チ ュラ リ スト た
ち が 連 携 す る 契 機 と な った泉 で あ る。 九 五 年 の春 、 そ の泉 を囲 ん で ひ ろ ば が で き た 。 流 域 ナ チ ュラ
( 町田
リ ス ト た ち の要 望 が 活 か さ れ 、 行 政 と 地 元 が 工 夫 し て、 水 辺 の自 然 も 保 全 す る ︿泉 ひ ろ ば ﹀ と な っ
た も のだ 。 そ の広 場 の清 掃 や 自 然 の保 護 ・管 理 を 、 私 た ち 、 源 流 のナ チ ュラ リ スト グ ループ
の自 然 を 考 え る市 民 の会 / 鶴 見 川 源 流 自 然 の会 / 鶴 見 川 源 流 応 援 団 ) が 引 き 受 け た の だ 。
ふ り か え れば 、 泉 は鶴 見 川 流 域 ナ チ ュラ リ ス ト た ち の ︿流 域 思 考 ﹀ と 共 に あ る。 数 年 前 ま で そ の
泉 は、 農 業 水 源 の 一つと し て、 地 元 関 係 者 ば か り が 守 る存 在 だ った 。 東 京 郊 外 の開 発 の象 徴 であ る
多 摩 ニ ュー タ ウ ン、 神 奈 川 県 相 模 原 の大 市 街 地 、 そ の両 者 に挟 ま れ 、 町 田市 奥 に取 り残 さ れ た広 大
な 田 園 地 域 。 大 開 発 の計 画 さ れ る そ の 一隅 の小 さ な 谷 のま ん 中 で、 いず れ 田 畑 と と も に消 え ゆ く 運
命 の水 源 と いう のが そ の泉 の 一般 的 な 見 え 方 だ った 。 ︿流 域 思 考 ﹀ は、 そ ん な 見 え 方 を 大 き く変 え てし ま った よ う な のだ 。
私 た ち の ︿流 域 思 考 ﹀ は 、 開 発 や経 済 の都 合 に沿 った実 利 的 関 心 が 張 り広 げ る意 味 連 関 を ひ と ま
ず 脇 に置 き 、 流 域 地 図 を 共 有 し 、 そ の自 然 の広 が り や 賑 わ い に沿 って場 所 や 文 化 や 都 市 を 語 り、 地
域 の未 来 を 考 え よ う と いう も のだ 。 そ のま なざ し の中 の ︿泉 ﹀ は、 開 発 で消 え て行 く も う 一つ の農
業 水 源 な ど と いう も の で は あ り え な い。 視 野 の開 かれ た最 初 か ら、 流 域 に新 し い流 域 文 化 を 発 信 す べ き、 ︿鶴 見 川 源 流 の泉 ﹀ だ った と い ってよ い。
源 流 の泉 は 日量 一三 〇 〇 ト ン ほ ど の地 下 水 を 湧 出 す る 。 湧 水 は谷 の細 流 と 合 流 し て ハヤ も 暮 ら す
鶴 見 川 源 流 と な り 、 市 街 化 の進 む町 田 市 域 を抜 け 、 西 に丹 沢 や 富 士 山 を 遠 望 す る横 浜 北 西 部 の 田 園
地 帯 を 行 き 、 新 横 浜 副 都 心 のビ ル群 を かす め、 ベイ ブ リ ッジ 直 前 の京 浜 工業 地 帯 の 一角 、 な お漁 村
の面 影 を 残 す 横 浜 市 生 麦 で東 京 湾 に注 いで い る 。 一方 、 支 流 群 は、 川 崎 の市 街 地 、 横 浜 の新 し い大
市 街 地 ・港 北 ニ ュー タ ウ ン、 そ し て多 摩 田 園 都 市 域 な どを 貫 い て多 摩 丘 陵 を お お って いる 。 支 川 ・
本 川 の全 体 が 構 成 す る水 系 は 、 東 京 ・神 奈 川 の連 接 域 に 一七 〇 万 人 流 域 市 民 の暮 ら し を 載 せ る ︿バ
ク の姿 ﹀ の流 域 を 張 って 環境 危 機 の地 表 の 一部 を 構 成 し、 自 然 と共 存 す る都 市 文 化 の形 成 を 待 って いる のだ 。
足 も と の大 地 に関 す る こん な 思 考 や イ マジ ネ ー シ ョ ンは 、 流 域 のど こ か ら で も 立 ち上 が る。 新 横
浜 の ビ ル群 に暮 ら し 、 風 格 あ る街 づ く り を めざ す 流 域 仲 間 は、 汚 染 き び し く 、 し か し な お水 鳥 や ア
ユも暮 ら す 中 流 の流 れ か ら 都 市 と自 然 の共 存 を め ざ す 流 域 思 考 に参 加 し て いる 。 多 摩 田 園 都 市 域 に
暮 ら す 流 域 ナ チ ュラ リ ス ト た ち は 華 麗 な 町 が 忘 れ 果 て た コン ク リ ー ト 張 り の支 流 か ら 、 そ し て下 流
の街 の流 域 仲 間 は工 場 群 の間 隙 で な お生 き も のた ち の賑 わ いを 支 え る河 口 の貝 殻 浜 か ら 流 域 地 図 を 共 有 し 、 流 域 思 考 の ネ ット ワ ー ク に参 加 す る 。
そ も そ も そ ん な 人 び と が 、 そ れ ぞ れ の 足 も と を 大 切 にし 、 川 への関 心 を軸 に互 い の持 ち場 の環 境
課 題 を 会 話 に の せ、 バク の姿 の流 域 規 模 の共 通 ビジ ョ ン に編 み 込 ん で、 人 や 情 報 の支 援 ・交 流 を 進
め て ゆく の が 鶴 見 川 流 域 ネ ット ワ ー キ ング の、 文 化 的 な 地 域 主 義 の 日常 的 な 姿 であ る 。
源 流 の泉 は そ ん な ネ ット ワ ー ク に大 切 にさ れ、 同 時 に流 域 各 地 の活 動 を 励 ま す交 流 拠 点 と 認 知 さ
れ る よ う にな って き た 。 実 利 が放 棄 し か け た 水 源 を ︿泉 ひ ろ ば ﹀ に変 え た の は、 鶴 見 川 流 域 に育 ち
は じ め た 流 域 思 考 の力 であ る 。 こ こ数 年 の正 月 は 、 そ の泉 に流 域 フ ァ ンが 集 ま り 、 中 流 の町 を た ど
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り 、 河 口 の貝 殻 浜 ま で、 正 味 二日 の流 域 歩 き、 流 域 会 話 で 、 明 け る こと に な って い る。
大 地 への 共 感 を 開 く 川 歩 き ︱︱
鶴 見 川 源 流 の小 さ な 泉 を守 った のは 、 象 徴 的 に言 え ば 地 図 の力 だ 。 交 通 や経 済 の都 合 を ひ た す ら
鮮 明 に す る実 利 の地 図 の影 響 力 が、 泉 を 尊 重 す べき も の と 意 味 づ け る 流 域 地 図 の優 し さ に道 を ゆ ず る。 そ ん な 事 態 が 生 じ た も のだ 。
こ の論 点 は、 実 は 、 環 境 革 命 の課 題 そ の も の にさ え 拡 大 で き る よ う に思 わ れ る 。 実 利 ば か りを 配
慮 し て自 然 を 破 壊 し 続 け た私 た ち の文 明 は 地 球 の限 界 に直 面 し 、 自 然 と の共 存 に向 け、 人 間 の都 合
を変 更 す る 文 明 への転 換 を 始 め て いる 。 首 尾 よ く す す む も のな らば 、 技 術 も 制 度 も 、 文 化 、 経 済 、
宗 教 も 変 わ る。 ラ イ フ ス タ イ ル か ら 日常 会 話 の内 容 ま で、 私 た ち の 日常 も 、 地 球 向 き に変 わ って ゆ く ほ か な いも の で あ る。
も の の賑 わ う 大 地 の地 図 が、 飛 躍 的 に鮮 明 に な る と いう こ と だ ろ う 。 そ ん な転 換 を 地 域 で穏 や か に
そ の転 換 を 心 の地 図 の次 元 で い えば 、 実 利 の都 合 に過 剰 適 合 し た空 間 了 解 の時 代 が終 わ り 、 生 き
促 す 工夫 を 、 私 は 生 態 ・文 化 地 域 主 義 と 呼 ん で み た 。 流 域 を 地 域 と す る 行 き方 を 、 特 に 区 別 し て流
域 思 考 と 呼 ん で み た 。 流 域 思 考 は、 日本 列 島 に暮 ら す 私 た ち の環 境 革 命 の有 効 な ツ ー ル の 一つに な る と 考 え て い る か ら であ る。
流 域 思 考 の可 能 性 は 、 流 域 と いう 大 地 の構 造 の わ か り や す さ や 総 合 性 に由 来 す る 。 流 域 は 川 に雨
水 を 供 給 す る大 地 の広 が り だ 。 川 を 決 め 、 水 系 に 沿 って歩 け ば 、 流 域 の広 が り の概 要 は だ れ に で も
見 当 が つく 。 分 水 界 を な ぞ れ ば 市 販 の地 図 上 に 描 く こ と も で き る。 国 土 管 理 の重 点 であ る治 水 は流
域 単 位 で 実 施 さ れ る か ら、 行 政 を 訪 ね れ ば 詳 細 な 流 域 地 図 も 手 に 入 る 。 樹 型 の よ う に広 が る 水 系 全
体 に対 応 し て流 域 が あ る 。 す べ て の支 流 や小 川 に対 応 し て 小 さ な流 域 群 があ る 。 河 川 ひ し め く 日本
列 島 は 、 大 小 多 彩 な 流 域 の構 成 す る ジ グ ソ ー パズ ル の画 の様 相 だ 。 こ の文 章 を 読 む読 者 の住 処 も 、 た ぶ ん いず れ か の川 の流 域 に属 し て い る。
流 域 は そ れ自 体 が 大 地 の要 素 の総 合 的 な構 成 だ 。 都 市 も 田畑 も 山 も 森 も流 域 と いう ラ ン ド ス ケ ー
プ の中 にあ る 。 し か も少 し 誇 張 し て い えば 、 そ ん な拠 点 のす べて を 水 の道 が つな ぐ ので あ る ( 雨の 日 の水 系 は網 細 血 管 群 のよ う に展 開 し て流 域 を お お う のだ ! )。
常 時 水 の あ る 主 要 な 水 系 は、 そ れ に沿 って 歩 く 意 志 が あ り、 ま た 歩 け る 状 況 な ら 、 流 域 に書 き 込
ま れ た 自 然 の道 路 網 と 見 ても い い。 あ ら ゆ る 場 所 を道 路 が つな ぐ 都 市 型 地 図 に な れ てし ま った 私 た ち に と って 水 系 流 域 配 置 は、 と ても わ か り や す い地 図 で は な い か。
そ の わ か り や す さ を頼 り に 、生 きも の の賑 わ う 大 地 の配 置 を 、 足 も と か ら 心 の地 図 に刻 ん で いく
のが 流 域 思 考 の 日常 的 な 実 践 だ 。 基 本 的 な 方 法 は 、 な ん と いう こ と は な い川 歩 き で あ る。 距 離 は競
わ な い。 親 し み、 味 わ い、 世 話 も で き る よ う な大 地 の広 が り を 、 自 然 領 域 を 基 盤 に確 認 し、 心 の地
図 に刻 も う と いう のだ か ら、 よ く ば ら ず 、 同 じ領 域 を 繰 り返 し めぐ る のが 作 法 で あ る。 す で に水 辺
の幸 せを 知 る 人 は森 を て いね い に歩 く 。 森 の幸 せ を 知 る人 は ゴ ミや 汚 染 にめ げ ず 、 川 辺 の自 然 の賑
わ い に注 目 す る。 自 然 と 過 ご す 幸 せを 心 に刻 ま ず に育 った人 は 、 外 国 語 を 学 ぶ気 持 ち で歩 け ば い い。
新 し いす み場 所 に す み な そう と す る ホ モ ・サ ピ エン ス の気 分 (? )、 あ る いは少 年 ・少 女 時 代 の探 検 旅 行 の心 で、 探 索 だ 。
そ ん な 川 歩 き が大 地 への共 感 の回 路 を開 く 。 心 の地 図 の ホ ー ムポ ジ シ ョン に、 共 存 す べき自 然 の
賑 わ う 領 域 を 開 く 。 川 に沿 って 心 の地 図 の転 換 を果 た す 市 民 が 連 携 す れ ば 、 足 も と に広 が る自 然 の 賑 わ い へ の詳 細 な 理 解 や 親 和 感 を 共 有 す る 市 民 文 化 が 立 ち上 が る。
列 島 を お お う 大 小 多 彩 な 流 域 は そ れ ぞ れ に独 自 で も 、 川 歩 き の育 て る コ モ ン セ ン ス は強 い共 鳴 可
能 性 を 示 す も の に ち が いな い。流 域 間 の交 流 も 、 川 歩 き の達 人 た ち の引 っ越 し も 、 流 域 文 化 を 励 ま
し あ い、 列 島 の コモ ン セ ン ス全 体 を す み や か に地 球 に近 づ け て ゆく 力 と な ろ う。 ま だ 希 望 的 にし か いえ な いが 、 流 域 思 考 は そ ん な ビ ジ ョ ン に つな が って いる 。
め た ナ チ ュラ リ ス ト た ち も 、 水 系 に沿 い、 生 き も の の賑 わ いを 訪 ね、 ま す ま す賑 や か に歩 き 続 け る。
ア カ テ ガ ニの暮 ら す 小 網 代 の谷 の ナ チ ュラ リ ス ト た ちも 、 そ の 二 三 五 倍 の鶴 見 川 流 域 で活 動 を 始
そ れ は、 ヒ ト と いう動 物 の祖 先 た ち が 、数 百 万 年 にわ た って従 って き た 、 す み場 所 の地 図 の作 り 方 に、 近 い活 動 な の か も し れ な い。
いる か 丘 陵 ・ば く の 流 域 ・か わ せ み の 谷 ・泉 ひ ろ ば ︱ ︱
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足 も と から 川 へ。 川 か ら水 系 へ。 そ し て水 系 か ら 流 域 へ。 そ ん な 広 が り に 沿 って大 地 を め ぐ る流
域 思 考 の川 歩 き は 、 歩 く 速 度 です み場 所 の地 図 を 刻 ん で き た ヒ ト の祖 先 た ち の ( 進 化 史 的 な !) 地
表 歩 き と 、 た ぶ ん と ても よ く 似 る はず な の だ。 し かし 決 定 的 な ち が いも あ る 。 流 域 思 考 のナ チ ュラ
リ ス ト た ち は、 流 れ の音 を聞 き 、 草 の香 に つ つま れ 、 川 面 の輝 き を ま ぶ し く感 じ 、 足 も と に土 の感
触 を 感 じ て歩 き な が ら 、 同 時 に オ オ タ カ の 目 や 人 工 衛 星 のよ う な視 点 を 心 に備 え 、 いま 歩 く 流 域 を 、 心 で鳥 瞰 し て いる か ら だ 。
こ れ は 不 思 議 な 探 索 だ 。 な に や ら新 規 な 探 索 な のだ 。 いま 、 私 た ち は、 地 球 の上 の、 北 半 球 の、
日 本 列 島 ・本 州 の、 た と え ば 鶴 見 川 流 域 の、 最 源 流 ・田中 谷 戸 の、 泉 の ひ ろ ば を 散 歩 し て いる。 行
政 地 図 で はな く 、 流 域 と いう 足 も と の大 地 の広 が り (ラ ン ド ス ケ ープ ) そ のも の の姿 を 想 起 し な が
ら 、 そ う 自 覚 で き る の が お も し ろ い。 流 域 歩 き が す で に環 境 保 全 型 の流 域 文 化 を そ だ て る仕 事 に つ
な が って い れば 、 そ こ で想 起 さ れ る水 系 ︲流 域 の ひ ろ が り は、 私 た ち が 流 域 仲 間 と 共 同 し て 、 文
明 転 換 に参 加 す る共 同 のす み場 所 で あ る と い って も い い。 そ の広 が り で地 球 を 暮 ら し 、 自 然 の賑 わ
いを 再 発 見 し 、 そ の賑 わ いと 共 存 で き る文 化 を 育 て る 仕 事 場 で あ る と い っても い い。
そ の共 同 の す み場 所 、 あ る いは 仕 事 場 の概 形 は、 鮮 や か に心 に刻 ま れ て い る の が よ い。 鶴 見 川 流
域 を 、 バ ク に み た て る子 ど も遊 び の よ う な 工夫 の 一例 だ ろ う 。
(ラ ン ド ス ケ ー プ ・イ メ ージ ング ) は、 そ ん な 工 夫
バ ク と いう 動 物 の姿 の見 立 てを か り て、 鶴 見 川 流 域 は、 大 人 に も 子 ど も に も 、 市 民 に も 政 策 策 定
者 た ち に も 、 た ぶ ん急 に身 近 にな る。 流 域 の広 が り は、 難 な く 心 に 刻 ま れ て 、 河 口貝 殻 浜 は 右 足 先 、
中 流 新 横 浜 は 左 足 付 け 根 、 職 場 の 日吉 は お尻 のあ た り 、 支 流 早 淵 川 は 背 筋 を た ど り 、 源 流 域 は バ ク
の鼻 、 等 々 と 、 流 域 拠 点 も覚 え て し ま う 。 そ し て そ う 了解 さ れ た場 所 群 は、 行 政 地 図 の街 区 ・住 所
や 、 道 路 ・交 通 網 で 理 解 さ れ る場 合 と は 、 す こ し 異 な る親 和 的 な対 応 を 、 は な から 開 か れ る可 能 性
が あ る の だ と 、 私 は 思 う 。 鶴 見 川 流 域 を バ ク の姿 と 眺 め る 私 は、 生 物 を 生 き も のと い い、 ま た生 物 多 様 性 を 生 き も の の賑 わ いと い いた い私 に近 いと 思 う 。
流 域 思 考 が そ こそ こ に支 持 者 を え れ ば 、 列 島 のあ ら ゆ る 水 系 -流 域 に、 流 域 基 盤 で 環 境 保 全 型
の文 化 を 目 指 す、 川 歩 き ナ チ ュラ リ ス ト た ち の流 域 文 化 が 林 立 し よ う 。 そ ん な ナ チ ュラ リ スト た ち
が 、 ど の流 域 に も す てき な生 き も の イ メー ジ を 発 見 し 、 列 島 の流 域 ジ グ ソ ー を 、 賑 や か な 生 き も の ア イ コ ン群 に置 き 換 え て く れ た ら た のし いだ ろ う 。
足 も と の大 地 に 、 地 球 を 暮 ら す 、 親 和 的 な す み 場 所 を定 め る。 そ ん な 未 来 への転 換 は 、 抽 象 的 な
環 境 論 議 や 、 厳 密 な ば か り の科 学 技 術 論 議 や、 ロジ カ ルな だ け の倫 理 で は な く 、 む し ろ そ ん な遊 び
のよ う な 工 夫 に よ って開 か れ る の か も し れ な いと 、 私 の心 の中 の ナ チ ュラ リ ス ト は い いた い よ う だ 。
流 域 を さ だ め た 流 域 思 考 は 、 当 然 の こ と、 流 域 間 交 流 にも 開 か れ て い る。 遠 隔 地 の流 域 と の交 流
ラ ン ドス ケ ー プ を 、生 き もの の 姿 に イ メ ー ジす る
も、 隣 接 流 域 間 の交 流 も 、 た の し く 、 自 在 に進 めば よ い。 も ち ろ ん 私 の体 感 レ ベ ル の好 み で いえ ば 、
基 本 は 隣 接 交 流 であ る 。 隣 接 す る 流 域 文 化 が 、 分 水 界 の尾 根 や 台 地 で結 ば れ て行 き 、 上 位 のラ ン ド ス ケ ー プ で連 携 す る のが 、 美 し い。
た と え ば 私 の暮 ら す 鶴 見 川 流 域 の南 東 に は、 帷 子 川 、 大 岡 川 、 境 川 、 宮 川 、 侍 従 川 等 々 の流 域 群
が連 接 し 、 三 浦 半 島 先 端 で小 網 代 の流 域 に い た る 。 そ れ ら の流 域 群 を つな ぐ 尾 根 は 、 多 摩 ・三 浦 丘 陵 群 と呼 ば れ る首 都 圏 中 央 の 丘陵 域 の主 尾 根 で あ る 。
実 は、 そ の丘 陵 群 の全 体 が 、 ラ ンド サ ッ ト の画 像 で み れ ば 、 ジ ャ ンプ す る イ ル カ の姿 を 髣 髴 さ せ
る 。 三 浦 半 島 小 網 代 は 、 ジ ャ ンプ す る イ ル カ の尾 鰭 の 一部 に当 た る 。鶴 見 川 源 流 は そ の ︿い る か 丘
陵 ﹀ の緑 の瞳 。 さ ら に遊 べば 、 鶴 見 川 源 流 泉 の広 場 を 支 え る谷 (田 中 谷 戸 ) は 、 な ん と カ ワ セ ミ の 姿 になる のである。
鶴 見 川 源 流 の泉 ひ ろば は 、 いる か 丘 陵 、 ば く の流 域 、 か わ せ み の里 に あ る 。 そ の か わ せ み の里 を
包 む数 百 ヘク タ ー ル の 田 園 ・森 林 地 帯 、 つま り い る か 丘陵 緑 の瞳 が 、 いま 、 大 開 発 の危 機 に あ る の だ と 、 読 め て く る。
地 球人 へ の道
自然の賑わ いが見 えてくること︱︱
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自 然 の賑 わ いと と も にあ る持 続 可 能 な社 会 への転 換 。 あ る いは 環 境 革 命 な ど と い ってし ま う と 、
環 境 保 全 の現 場 で いま進 行 し て いる 本 当 に重 大 な 変 化 の次 元 が 、 誤 解 さ れ てし ま う か も し れ な い。
地 球 環 境 危 機 は 産 業 文 明 の危 機 で あ る。 こ の危 機 の克 服 に は 、経 済 も政 治 も 科 学 も 文 化 も 倫 理 も 、
あ り と あ ら ゆ る 分 野 が変 わ る ほ か な い。 し か し 本 当 に重 大 な の は 、 私 た ち の日 常 世 界 の風 景 や 、 私
た ち の コモ ンセ ン ス の領 域 が 、 いず れ 足 も と の自 然 を 迎 え 入 れ 、大 きく 転 換 す る ほ か な いと いう こ と な のだ 。
人 類 の遠 い祖 先 た ち は 、 連 綿 と 地 表 に す み 場 所 を 定 め 、 足 も と の自 然 の配 置 や賑 わ いを 仔 細 に了
解 し て暮 ら し て き た 。 足 も と が星 の 一部 で あ る と は知 ら な く と も 、 生 き も の の賑 わ う 山 野 河 海 の配 置 は 当 然 の常 識 と し て、 日 常 の地 図 や 会 話 を 賑 わ し て いた はず な の だ。
見 え 、 語 ら れ るも のは 存 在 を 共 通 に認 知 さ れ 、 畏 怖 さ れ る に せ よ 、 利 用 さ れ る に せ よ 、 意 識 的 に
対 応 さ れ る可 能 性 が あ る 。 人 び と と自 然 の関 わ り は、 そ ん な 日 常 の領 域 に支 え ら れ、 左 右 さ れ る も のであろう。
地 球 環 境 危 機 の中 の私 た ち の産 業 文 明 の 日常 は、 そ ん な 祖 先 た ち の日 常 と 根 本 的 な 相 違 を 見 せ る。
先 進 国 の都 市 市 民 は飲 み 水 の由 来 も 排 水 の行 方 も、 も ち ろ ん 口 にし て いる食 料 の産 地 も 、 さ ら に住
居 の周 囲 の山 野 河 海 の配 置 や 生 き も の た ち の賑 わ いも 、 日 常 の地 図 や会 話 に ほ と ん ど 引 き つけ る こ
と な く 暮 ら し て ゆ け る 。 科 学 や産 業 に関 す る高 度 の知 識 を も つ市 民 で さ え 、 一部 を 除 け ば 暮 ら し の 日常 は似 た よ う な 深 い忘 却 状 態 のな か にあ る。
危 機 が表 層 的 な ら 、 制 度 や 技 術 や経 済 で 対 応 は終 わ り、 市 民 生 活 の日 常 に根 本 的 な 変 化 は 不 要 で
あ ろう 。 し か し こ のた び の環 境 危 機 は 、 文 明 の深 部 に いた る危 機 で あ る。 共 存 す べ き自 然 の賑 わ い
が 市 民 文 化 の 日常 に本 当 に鮮 明 に ( し か も そ れ ぞ れ の地 域 に 即 し て共 同 的 に! )、 見 え て こ な け れ
ば 、 都 市 計 画 一つと って も有 効 な 制 御 の か か り が た い危 機 と い って よ い。 だ か ら こ そ危 機 は、 私 た
ち の暮 ら し の 日常 に、 こ れ ま で見 え ず 、 語 ら れ な か った自 然 の様 相 を 、 ま す ま す 賑 や か に見 せ る よ う に な る はず な のだ 。
た ぶん 、 個 々 の事 態 は さ さ いな も の だ。 自 宅 の脇 の汚 れ た川 にカ モ の群 れ が いて驚 い た。 団地 の
池 にカ ワ セ ミ が き た 。 向 い の雑 木 林 が 巨 大 な ビ ル に な るら し い。 野 火 と 思 って いた 葦 原 の火 事 は 、
河 原 を 違 法 に耕 作 す る人 び と の畑 仕 事 と判 明 し た。 自 宅 脇 の汚 れ 川 の 源 流 で は、 ど う や ら大 開 発 が
あ る ら し い。 そ んな 再 発 見 や事 件 が 続 く内 に、 し か し 、 周 囲 の生 き も の の賑 わ いや 環 境 の危 機 が 、
急 に鮮 や か に見 え る よ う にな る。 う ま く す れば 、 都 市 計 画 の実 状 な ど さ え見 え てく る。 危 機 も、 賑
わ いも、 ま る で 見 え な か った はず の日 常 に、 にわ か に自 然 が登 場 し てく る、
私 た ち の周 囲 で は 、 こ ん な 事 態 が続 発 し て いる はず な のだ 。 そ ん な 出 来 事 の衰 え る気 配 は な い。
お そ ら く は数 十 年 も か け て そ んな 過 程 が 進 み 、 産 業 文 明 の市 民 た ち の、 大 地 にす み場 所 を 定 め な く
な った宇 宙 人 の よ う な 自 然 了 解 は 、 足 も と か ら 再 び 地 球 を 、 そ し て生 き も のた ちを 再 発 見 す る こ と に な る のだ ろ う 。
そ ん な 現 場 にナ チ ュラ リ ス ト た ち が た く さ ん いる。 水 系 も雑 木 林 も 、 街 の道 も知 り 尽 く し 、 市 民
文 化 の日 常 に 、街 を 支 え る大 地 の話 題 や生 き も の の賑 わ いを 通 信 し 続 け る 人 び と が い る。 鶴 見 川 流
域 を バ ク に見 立 てた り 、 多 摩 ・三 浦 丘 陵 群 を イ ル カ に見 立 て る 工 夫 な ど は 、 じ つは そ ん な ナ チ ュラ
( U N E P ) は、 最 近 、 生 物 多 様 性 の危 機 に関 す る千 ペ
リ ス ト た ち の活 動 を さ さ え る た め の仕 掛 け で も あ る 、 生 物 多 様 性 保 全 に邁 進 す る国 連 環 境 計 画
ージ を 越 え る 巨 大 な 報 告 を 出 版 し 、 地 球 レ ベ ル の生 物 多 様 性 保 全 に断 固 た る姿 勢 を み せ つけ た 。
象 徴 的 に い ってし ま え ば 、 そ ん な 報 告 書 の ペ ー ジ も 、 や が て 街 の ナ チ ュラ リ ス ト た ち の会 話 や 散
歩 の現 場 に変 換 さ れ て 、 環 境 危 機 を 乗 り超 え て ゆ く た く さ ん の力 に な って ゆく ので あ ろ う 。
だ れ と ど こに 暮 ら す のか ︱ ︱77
無 差 別 な農 薬 使 用 に警 鐘 を な ら し 、 環 境 革 命 の 一里 塚 と な った ﹃ 沈 黙 の春 ﹄ (一九 六 二) の ま え
が き に、 レイ チ ェル ・カ ー ソ ンは 最 も 根 元 的 な こ とを 、 さ り げ な く書 き し る し て いる 。 ﹁人 間 だ け の世 界 で は な い。 動 物 も 植 物 も い っし ょ にす ん で いる のだ ﹂。
だ れ と、 ど こ に、 す ま う か、 と い う、 ︿す ま う 、 あ る い は暮 ら す こ と に関 す る 問 い﹀ は、 根 元 的
で あ り すぎ て、 ど う 考 え て ゆ け ば よ い か途 方 に暮 れ る 。 ﹁だ れ と ど こ に す ん で い る と思 っ て い る
か ﹂。 ﹁ 事 実 と し て だ れ と ど う係 わ って暮 ら し て い る か ﹂。 ﹁そ も そ も 私 (た ち ) は だ れ と ど こ に す
む べ き か﹂。 ﹁だ れ と ど こ に す み た い か ﹂。 そ し て、 ﹁私 の心 や 体 は だ れ と ど こ に す む べ き も の と 自 己 了 解 し て い る か﹂ と いう 、 心 の地 図 の深 層 の大 問 題 もあ る 。
カ ー ソ ンが 理 解 し た よ う に、 環 境 革 命 は、 ︿す ま う こ と﹀ に 関 す る 私 た ち の 日 常 の、 そ ん な 広 大
な 領 域 に、 根 本 的 な 転 換 を 誘 発 し て いる 。 そ の領 域 で大 き な 転 換 が進 ま な け れ ば 、 た ぶ ん 環 境 革 命 は 、 ま と も に進 展 で き な い。
演 繹 的 に抽 出 さ れ る転 換 の 一般 的 な 指 針 は明 快 な も の だ 。 私 た ち は 、 宇 宙 に脱 出 し て で は な く 、
こ の地 球 に暮 ら す の であ り、 人 間 と だ け で は な く 、 山 野 河 海 に賑 わ う 生 き も のた ち と す ま う の で あ
り 、 現 在 の世 代 や生 き も の の賑 わ いと だ け で な く 、 未 来 の世 代 や生 き も の の賑 わ いの こと さ え配 慮
し て 暮 ら す の であ る 。 文 明 の規 模 はす で に地 球 の限 界 に衝 突 し て お り、 そ う 選 択 し な け れ ば 、 自 然
の賑 わ いと 共 にあ る持 続 可 能 な社 会 は あ り え な いか ら だ 。 生 物 多 様 性 の ︿内 在 的 な 価 値 ﹀ に言 及 し
た生 物 多 様 性 条 約 は 、 生 きも のた ちを 、 と も に す ま う べ き存 在 と し て世 俗 的 に再 定 義 す る 、 国 際 的 な指 針 と 見 ても よ い。
( 忘 却 ) し 、市 民 た ち
転 換 作 業 の焦 点 と な る場 所 は 、 都 市 だ 。 都 市 は産 業 文 明 の ︿す ま い感 覚 ﹀ の体 現 だ 。 大 地 を 支 配
す る 機 能 的 な 人 工空 間 の中 で 、 生 き も の の賑 わ いも 、 山 野 河 海 の配 置 も 排 除
は連 帯 し 、 働 き、 自 由 に暮 ら す 。 そ ん な 場 所 で あ った はず の都 市 の ま ん 中 で 、 ︿生 き も の の 賑 わ い
と と も に持 続 的 に地 球 を 暮 ら す 地 球 人 を め ざ そ う ﹀ と いう 環 境 革 命 の課 題 が自 覚 さ れ て し ま う こ と そ れ 自 身 が 、 い って し ま えば ︿革 命 的 ﹀ だ 。
そ う し っか り自 覚 す る と、 不 思 議 な こと に都 市 に地 球 が あ ふ れ出 し て し ま う のが 、 環 境危 機 の現
代 で も あ る 。 汚 水 路 と み え た 河 川 に、 と も に す ま う べ き 野鳥 た ち の賑 わ いが 見 え て く る 。 毎 日歩 く
道 路 の起 伏 が 、 実 は 流 域 の分 水 界 そ のも の で あ り 、 丘 陵 のう ね り で あ った と わ か って く る。 日本 で
も 、 ア メ リ カ で も 、 ヨ ー ロ ッ パ で も、 二十 世 紀 末 の私 た ち の都 市 は 、 す ま う べき 場 所 と し て の地 球 、
共 に す ま う べ き存 在 とし て の自 然 の賑 わ いを 、 いま 再 発 見 し は じ め て いる 。
川 を歩 き 、 町 の雑 木 林 を 訪 ね る ナ チ ュラ リ スト た ち の自 然 散 策 は 、 私 た ち の未 来 が 、 ど こ で だ れ
と 暮 ら す の か を再 定 義 し 、 と も に暮 ら す べき自 然 の領 域 に交 流 回路 を 開 く 、 演 習 の場 、 と いう わ け な のだ。
だ か ら 町 の ナ チ ュラ リ ス ト た ち は、 き っと ま す ま す 忙 し く な る。 都 市 に暮 ら し な が ら 、 足 も と に
地 球 の躍 動 を 感 じ 、 賑 わ う生 き も の た ち を 友 だ ち のよ う に感 じ て し ま う 町 の ナ チ ュラ リ スト た ち は 、 未 来 の地 球 人 た ち に少 し 似 て おり 、 演 習 に は好 適 な チ ュー タ ー な のだ 。
地 球 危 機 が 穏 や か に解 決 さ れ て ゆ く た め に、 ︿自 然 の賑 わ い が な く と も 、 宇 宙 に進 出 し て で も 、
安 ら い で暮 ら せ る﹀、 と感 じ て し ま う 現 代 産 業 文 明 の す ま い感 覚 は、 ︿生 き も の の賑 わ い と と も に
地 球 を暮 ら す こ と こ そ が安 ら ぎ ﹀ と いう 、 未 来 のす ま い感 覚 に速 や か に転 換 し て ゆ く 必 要 が あ ろ う 。
そ の転 換 に成 功 の保 証 が あ る わ け で はな い。 倫 理 的 表 層 で は だ れ も が転 換 に同 意 し な が ら 、 日 常
の会 話 や 地 図 は 、 生 き も の の賑 わ いと と も に地 球 を 暮 ら そ う と いう 了 解 を つい に形 成 で きず 、 規 制
や、 さ ま ざ ま な 不 幸 の う ち に環 境 革 命 が進 ん で ゆ く可 能 性 も十 分 にあ る 。 日 常 の風 景 や コ モ ン セ ン
ス が変 わ ら な け れ ば 、 転 換 は た ぶ ん 不 幸 か 、 強 制 に な る の で は な い の だ ろ う か。
︿足 も と か ら地 球 に ひ ろ が って ゆ く 生 き も の の賑 わ いに み ち た 山 野 河 海 の地 図 ﹀。 呪 文 のよ う で 恐
縮 だ が 、 都 市 に暮 ら し て 、 だ れ も が そ ん な 心 の地 図 の ス タイ ルを 共 有 で き てし ま う よ う な地 域 文 化
を、 ま ず は 工 夫 し て み た い。 足 も と と地 球 の間 に ︿流 域 ﹀ と いう 中 間 規 模 の ラ ンド ス ケ ープ を 介 入
さ せ 、 そ の広 が り に生 態 ・文 化 的 な ︿共通 のす み場 所 ﹀ を ひ ら こう と いう 流 域 思 考 は、 そ ん な 転 換 を は げ ま す地 域 主 義 の候 補 で あ る 。
一人 一人 の物 語 のな かに︱
︱ 78
環 境 危 機 を 認 識 し 分 析 す る の に自 然 へ の共 感 は必 須 で は な い。 環 境 革 命 に合 意 す る だ けな ら倫 理
と理 性 の自 然 派 でよ い。 し か し自 然 と 共 存 す る持 続 可 能 な 社 会 への転 換 が安 ら か に進 む べ き も のな
ら、 自 然 の賑 わ いそ れ自 体 を 、 通 常 の実 利 と は 別 次 元 の豊 か さ と 感 じ て 幸 せ な ︿ナ チ ュラ リ スト ﹀ た ち が 、 た ぶ ん あ ら ゆ る 地 域 や、 分 野 に必 要 であ る。
湿 原 の迷 路 を た ど った よ う な私 の思 考 は 、 人 を そ ん な ナ チ ュラリ ス ト に育 て、 支 え て し ま う 体 感
のよ う な 領 域 を 、 言 葉 や イ メ ー ジ の領 域 に つな ぐ 試 み だ った か も し れ な い と思 う 。 思 考 の成 果 が 、
ナ チ ュラ リ ス ト 育 成 のた め の 一般 解 を 構 想 す る に は な お ほ ど遠 いも の で あ る こ と は 、 当 事 者 自 身 が
よ く 承 知 し て い る。 足 も と の 川 に出 て 、 水 系 を め ぐ り 、 生 き も の の賑 わ い と と も に流 域 で地 球 を 暮
ら す と感 じ る 体 験 を繰 り 返 そ う 、 と いう 流 域 思 考 も 、 正 直 に い えば 、 ま ず は私 自 身 を は げ ま す 特 殊 解 の提 案 で あ る。
こ ん な と き 、 も う 少 し 一般 性 を 目 指 す のな ら、 必 要 条 件 の視 野 で振 り 返 る の も よ いも のだ 。 ダ ン
ゴ ム シ にせ よ 野 鳥 の群 れ に せ よ 、 足 も と に生 き も の の賑 わ い の薄 い世 界 は、 人 び と の心 に生 き も の
た ち へ の共 感 を 育 て にく い。 日 々歩 き 、 味 わ い、 心 配 も で き る空 間 の中 に、 地 球 に広 が る山 野 河 海
の配 置 が 見 え な い暮 ら し か ら 、 大 地 への親 和 感 は 育 ち が た い。 こ う ま と め て み れ ば 、 地 表 で は大 地
の起 伏 も 生 物 多 様 性 の痕 跡 も 抹 殺 す る 空 間 改 造 を つづ け 、 室 内 で は 、 自 然 への共 感 を幻 視 ・幻 感 さ
せ る デ ジ タ ル空 間 の大 増 殖 に邁 進 し て い る世 紀 末 の先 進 国 都 市 は 、 いわ ば ナ チ ュラ リ スト の絶 滅 地 帯 、 と いう こ と に で も な り そ う で あ る。
進 化 生 物 学 的 な 類 推 で いえ ば 、 人 は こ の世 に、 食 べ物 が あ り 、 庇 護 者 や友 だ ち が お り 、 言 葉 や 道
具 や素 材 、 親 し いす み場 所 や 、 さ ま ざ ま な危 険 や 、 ラ イ バ ルや配 偶 者 や 、守 る べき 子 ど も た ち が 登
場 す る に ち が いな い と (いわ ば 遺 伝 的 に) 了解 し て、 生 ま れ、 育 ち 、 老 い てゆ く べき存 在 で あ る 。
そ ん な 不 定 型 の期 待 、 あ る い は 了解 の よ う な も の が、 な に に出 会 い、 ど の よ う に定 型 化 さ れ変 形 さ
れ、 実 現 さ れ る か、 あ る い は さ れ な い か が 、 文 明 や文 化 や 個 体 史 の ユ ニー ク さ を 決 め て ゆ く基 本 構 造 な のだ と思 わ れ る。
( イ メ ー ジ ) が心 の地 図
私 自 身 の個 人 史 や 、 ナ チ ュラ リ スト 仲 間 の会 話 や、 子 ど も の 発達 と自 然 了 解 の関 連 に関 す る いく つか の研 究 を頼 り に改 め て目 安 を いう と、 す み場 所 の基 本 型 に 関 す る 了解
に鮮 明 に刻 ま れ る の は、 秘 密 基 地 づ く り や 突 発 的 な探 検 に熱 が 入 る少 年 ・少 女 の 日 々 であ る よ う に 思 わ れ る。
生 き も の を 特 別 に共 感 的 な 存 在 と 心 に刻 む 日 々 は、 た ぶ ん も っと 早 く 、 庇 護 者 や友 だ ちを 発 見 す
る時 期 に重 な る も の で は な い のだ ろう か。 ク ワガ タ ム シ に会 え な い の で 人 間 を 友 だ ち にす る と いう
の は進 化 論 的 に考 え にく いが 、 友 だ ち の代 わ り に生 き も の が特 別 に親 し い存 在 に な ると いう のは 、 一般 的 に も大 い にあ り そ う な こ と だ ろ う 。
こ の推 論 が 妥 当 な ら 、 幼 児 か ら 少 年 ・少 女 期 に いた る個 人 史 の感 動 や喜 怒 哀 楽 を 、 人 工 環 境 や 、
ペ ット や 、 モ ニタ ー の中 の仮 装 生 物 群 の領 域 に退 縮 さ せ る方 向 は 、 大 い に警 戒 す る のが 賢 明 で あ る。
む し ろ そ の時 期 の感 動 や 喜 怒 哀 楽 を こ そ、 生 き も の の賑 わ う 足 も と の山 野 河 海 に つな げ る 工 夫 が 重
要 だ ろ う 。 そ う 工 夫 し な け れ ば 、 自 然 と の共 存 に実 利 を 超 え た安 ら ぎ を 認 め る心 そ のも の が 、 も は や急 激 に育 ち が た く な る の か も し れ な いか ら だ 。
そ ん な 推 論 に促 さ れ る 私 の流 域 思 考 のビ ジ ョン は 、 川 を 軸 に、 都 市 の自 然 の賑 わ いが 流 域 ご と に
賑 や か に保 全 ・再 生 さ れ 、 子 ど も た ち が 、 川 辺 に、 水 系 に、 雑 木 林 に、 流 域 探 検 の小 路 に、 ふた た び 戻 って く る 光 景 で あ る 。
いま 世 紀 末 の都 市 の川 辺 に 子 ど も た ち の賑 わ いは ま す ま す薄 いが 、 地 球 サ ミ ット を 機 に 明 ら か に
転 換 し は じ め た 環 境 ・建 設 行 政 と 、 そ れ に呼 応 し て 川 辺 に戻 り はじ め た か つて の少 年 ・少 女 た ち の
力 が 、 パ ソ コ ンネ ット ワ ー ク や イ ン タ ー ネ ット な ど 、 新 し いデ ジ タ ル革 命 の力 さ え 縦 横 に駆 使 し て、
こ の列 島 にき っと地 球 人 の育 つ世 界 を 作 り 上 げ る よ う な 気 が す る の で あ る。
そ れ ぞ れ の心 の地 図 にし る さ れ た 、 自 然 と と も にあ る聖 地 への ま なざ し を 確 認 し 、 そ のま な ざ し
で 足 も と の大 地 に地 球 を 再 発 見 し よう と 志 す 大 人 た ち の努 力 と 連 携 が 、 地 球 環 境 危 機 を 生 き るす べ
て の町 に 必 要 だ 。 安 ら ぐ 大 地 は 、 生 ま れ 、 生 き 、大 地 に帰 って ゆく 一人 一人 の物 語 の中 に こ そあ る
も の であ る 。 そ れ を いか に正 直 に つなぎ 、 自 然 と 共 存 し う る 共 通 の す み場 所 感 覚 、 あ る いは 地 域 文
化 に育 て る こ と が で き る か。 環 境 革 命 の最 も 大 き な 課 題 は そ のあ た り にあ る だ ろ う 。
エピ ロー グ ︱ ︱
79
い る か 姿 の、 多 摩 ・三 浦 丘陵 群 は、 いま 春 の ま っさ か り で す 。 コナ ラ も イ ヌ シデ も 、新 葉 を み ご
と に広 げ 、 雑 木 林 は 、 微 妙 で多 彩 な色 調 の、 ま ぶし い緑 に輝 い て いま す 。 丘 陵 群 の南 の 端 の小 網 代
のナ チ ュラ リ ス ト仲 間 は、 いま こ の文 章 を 打 ち 込 ん で いる パ ソ コ ン に、 も う ア カ テ ガ ニた ち が森 を
歩 き 出 し た と メ ー ルを 送 って き ま し た 。 私 は、 五 月 連 休 の数 日 間 、 丘 陵 群 の北 の端 の 、鶴 見 川 の水
系 に浸 り き り で す 。 ︿い る か 丘陵 ・み ど り の瞳 ・鶴 見 川 源 流 泉 ひ ろ ば ﹀ の管 理 作 業 、 丹 沢 山 塊 を 遠 望
し な が ら 中 流 の土 手 を 一人 で め ぐ る植 物 調 査 、 そ し て新 横 浜 北 の小 机 の堰 の、 春 恒 例 の大 魚 類 調 査 と 、 連 日 の鶴 見 川 詣 で が続 い て いま す 。
小 机 の魚 類 調 査 は、 農 業 用 水 用 の堰 ( 幅 五十 メ ー ト ルほ ど の電 動 式 の 堰板 ) 上 げ 作 業 にあ わ せ 、
行 政 の応 援 も え て、 市 民 公 開 の生 き も の調 査 を お こ な う も の で す 。 地 元 ナ チ ュラ リ ス ト の指 揮 にし
た が い、 土 嚢 を つみ、 四 つ手 網 を し か け、 堰 上 げ と 同時 に減 水 す る下 手 の流 れ で、 一気 に調 査 を す
す め ま す 。 も ち ろ ん 子 ど も た ち も た く さ ん参 加 し て 、 晴 天 の川 辺 は 大 変 な 賑 わ いに な り ま し た 。
今 年 の調 査 の壮 観 は ア ユの遡 上 で し た。 例 年 な ら十 五 セ ンチ ほ ど に育 った 若 ア ユ の い る頃 で す が、
今 年 は 遡 上 が おそ く、 ち ょう ど堰 上 げ に ぶ つ か り ま し た 。 上 が った 堰 板 の脇 か ら わ ず か に落 ち る流
れ に、 体 長 十 セ ン チ ほ ど の ア ユた ち が 殺 到 し 、 ジ ャ ンプ を 繰 り 返 し ま す 。 二 メ ー ト ルほ ど の コン ク
リ ー ト 壁 を う ま く のぼ り き って 堰 板 の基 部 に到 達 す る勇 者 が 登 場 す る と 、 見 物 の子 ど も た ち から 大
き な 歓 声 や 拍 手 が わ き 起 こ る のが 、 な ん と も 感 動 的 な 光 景 で し た。 ハゼ た ち と つき 合 い の長 か った 私 も 、 ア ユの遡 上 を 現 場 で 見 る の は、 実 は は じ め て の こ と だ った の で す 。
さ ら に す て き だ った の は 、 ジ ャ ンプ す る ア ユ の合 間 を 縫 って、 甲 幅 一セ ンチ ほ ど の モク ズ ガ ニが
コン ク リ ー ト 壁 を 登 り 切 る 現 場 に遭 遇 し た こ と で す 。 こ の光 景 に は 、 子 ど も た ち よ り私 のほ う が驚
き 、 そ し て喜 び ま し た 。 こ の日 、 生 息 の確 認 さ れ た 魚 た ち は、 コイ 、 フ ナ、 ウ ナ ギ 、 カ マツ カ、 モ
ツゴ 、 ナ マズ 、 チ チ ブ 、 オ イ カ ワ な ど 、 十 四種 。 そ の中 に、 鶴 見 川 で は本 当 に久 し ぶ り ( 私 は四十 年 ぶ り の再 会 で す ) の マ ルタ ウグ イ が 混 ざ って い ま し た 。
緑 一面 の ま ぶ し い土 手 には 、 タ ンポ ポ や ハナ ウ ド が咲 き 、 キ ア ゲ ハが ゆ き 、 新 芽 が 枯 れ茎 の群 に
追 い つき は じ め た 下 手 の高 水 敷 の 葦 原 か ら は 、 キジ や セ ッ カ の声 も 渡 って き ま し た 。 さ ら に 下 手 か
な た の、 新 横 浜 ビ ル群 の上 空 で ド バト の群 を追 った 猛禽 は、 最 近 出 没 が う わ さ さ れ て い た ハヤ ブ サ
だ った に ち が いな いと 、 地 元 の魚 捕 り 名 人 が う れ し げ で し た。 魚 を 追 い、 エビ や モク ズ ガ ニを つか
み、 緑 の土 手 で お にぎ り を ほ お ば り 、 子 ど も た ち も 、 そ し て大 人 た ち も 存 分 に遊 び ま し た。 も ち ろ ん調 査 の成 果 も 山 ほ ど あ って、 本 当 に す て き な 春 の 一日 に な り ま し た 。
た だ ひ と つ辛 か った の は、 ﹁こ の堰 のあ た り の鶴 見 川 を 、 日本 で 一番 汚 い川 と 、 写 真 入 り で 紹 介
し て いる教 育 関 連 資 料 が あ る ﹂ と 、 ま と め の会 の お り に、 魚 捕 り 名 人 で も あ る小 学 校 の某 先 生 が、
真 実 いき ど お ら れ た こと で し た 。 こ のあ た り の鶴 見 川 を 地 図 に 示 し、 ﹁ 絶 望 的 な 川 ﹂ と 全 国 に宣 伝
し て し ま った、 権 威 あ る自 然 保 護 団体 も あ る の です 。 教 育 界 も 、 自 然 保 護 団 体 も 、 専 門 家 た ち は 一 体 な にを 見 て いる の で し ょう 。
学 術 的 に せ よ 、 レジ ャー の関 心 か ら に せ よ 、 自 然 の偏 差 値 評 価 ば か り に熱 を あ げ る 、 いや、 そ ん
な 評 価 者 にな る こ と こ そ が 偉 いと 思 え て し ま う よう な 、 そ ん な自 然 対 応 の文 化 を 、 も う そ ろ そ ろ お
し ま い にし た いも の で す 。 い ま本 当 に必 要 な こ と は、 も っとも っと 多 く の市 民 が足 も と の ︿危 機 の
都 市 自 然 ﹀ に付 き 添 いは じ め 、 な お 賑 や か に生 き つな いで いる生 き も の た ち に繰 り返 し 出 会 い、 苦
渋 す る 都 市 の自 然 そ の も の に共 感 の回 路 を 開 い て し ま う こ と。 き っと そ ん な こ と だ ろ う と思 う か ら
で す 。 ﹁難 解 な 環 境 論 議 は み ん な そ の後 で い いん だ ﹂。 私 が 鶴 見 川 な ら 、 た ぶ ん そ ん な ふ う に い い た いで し ょう 。 * * *
一九 九 三年 暮 れ の小 網 代 の冬 か ら 書 き始 め て、 今 日 ま で、 ま る 二年 を ゆ う に越 え てし ま いま し た。
長 い連 載 ( 信 濃 毎 日新 聞 ) を 終 え 一段 落 し た こ の機 会 に、 本 文 で言 及 し てき た いく つか の自 然 拠 点 のそ の後 の経 緯 を ま と め て、 し め く く り た い と思 いま す 。
神 奈 川 県 が 保 全 の意 向 を 表 明 し た 三 浦 半 島 ・小 網 代 の森 は 、 九 五 年 末 に、 当 座 の保 全 方 針 が 決 ま
り ま し た 。 地 元 説 明 も は じ ま って いま す 。 地 権 者 の皆 さ ん の合 意 を う る の に、 な お ど れ だ け の月 日
が か か る のか 、 予 断 は ゆ る し ま せ ん 。 し か し 、 保 全 に向 か って 本 格 的 な 作 業 が始 ま った こ と だ け は、
たしかな ようです。
バ ク の姿 の鶴 見 川 流 域 で は、 絶 滅 を 心 配 さ れ る ヨ コ ハ マナ ガ ゴ ミ ム シ の調 査 が す す み、 建 設 省 の
地 元 事 務 所 が 生 息 域 一帯 の暫 定 的 な 保 全 に踏 み切 り ま し た 。 そ の背 後 の巨 大 な遊 水 地 予 定 地 に は、
鶴 見 川 流 域 ネ ット ワ ー キ ング を含 む 市 民 の要 望 が いか さ れ、 横 浜 市 と建 設 省 が 共 同 で、 湿原 回 復 を
含 む 三 十 ヘク タ ー ル規 模 の スポ ー ツ ・自 然 ゾ ー ンが 工 夫 さ れ る 見 通 し で す 。 し か し 、 同 じ鶴 見 川 の、
オ オ ヨ シ キ リ の暮 ら す 中 流 域 の高 水 敷 で は 、 市 民 の非 合 法 の畑 作 り が 過 熱 し て 葦 原 の焼 却 ・開 墾 が
つづ き 、 生 き も の の 賑 わ う 川 辺 を 望 む ナ チ ュラ リ スト た ち を 苦 悶 さ せ て い ま す 。
私 の ホ ー ム グ ラ ウ ンド であ る鶴 見 川 源 流 ・泉 ひ ろ ば は、 カ ワ セ ミ の姿 を し た 最 源 流 の小 さ な 谷 に
囲 ま れ て春 を む か え 、 今 日 は 、 シ ュレー ゲ ル ア オ ガ エ ル の鳴 き 声 に包 ま れ て いま す ( 本 当は サトア
オ ガ エ ルと で も呼 ん であ げ る ほ う が い い の に ⋮ ⋮ )。 そ の広 場 を 囲 む 三 百 ヘク タ ー ル規 模 のオ オ タ
カ も 舞 う 源 流 域 の開 発 計 画 に は 、 ま だ変 更 の知 ら せ はあ り ま せ ん。 し か し、 地 球 サ ミ ット を 知 ら な
い バブ ル の絶 頂 期 に企 画 さ れ た 乱 暴 な 大 開 発 は 、 も う た ぶ ん 無 理 だ ろう と、 源 流 ナ チ ュラリ ス ト た ち は感 じ 始 め て いま す 。
新 し い希 望 も育 って いま す 。 昨 年 の初 夏 、 本 書 のも と にな った連 載 原 稿 を 作 成 す る徹 夜 明 け に ラ
ン ド サ ット 地 図 を な が め て いた ら 、 多 摩 ・三浦 丘 陵 群 は い る か の姿 を し て いる 、 と いう 事 実 (? )
を 発 見 し ま し た 。 そ の ︿いる か丘 陵 ﹀ のイ メ ー ジ に、 お か げ さ ま で フ ァ ンが 増 え始 め て いま す 。 多
摩 ・三浦 丘 陵 群 の広 が り を つな ぐ ナ チ ュラ リ スト た ち のネ ット ワ ー ク が ス タ ー ト し 、 パ ソ コ ン通 信
を 介 し た 交 流 も始 ま って いま す 。 こ の連 休 中 は 、 全 国 紙 の 一つ に、 い る か丘 陵 の市 民活 動 ネ ット ワ ー ク が紹 介 さ れ て いま す 。
足 も と か ら 川 へ、 川 か ら 水 系 へ、 そ し て水 系 か ら流 域 へと、 共 通 の す み 場 所 了 解 を ひ ろげ て ゆ く 。
そ ん な 流 域 思 考 を 尊 重 し つ つ、 い る か丘 陵 にす み な お そ う と す る ナ チ ュラ リ スト た ち の夢 は 、太 平
洋 か ら ジ ャ ンプ し て関 東 山 地 に く ち ば し を 接 す る巨 大 な ︿いる か ﹀ の上 に、 都 市 の自 然 拠 点 を 水 と
緑 の コリ ド ー ( 回 廊 ) で つな ぐ ネ ット ワ ー ク 型 の都 市 型 の自 然 公 園 シ ス テ ム の よ う な も の が で き あ
が ってし ま う こ と。 そ ん な ビ ジ ョン への 共 感 が広 が る 過 程 で 、 鶴 見 川 源 流 の谷 や 、 小 網 代 や 、 な お
多 数 の危 機 の都 市 自 然 が 救 出 ・回 復 さ れ 、 大 地 に遊 ぶ 二十 一世 紀 の 子 ど も た ち に、 引 き継 が れ て ゆ く ことです。
(1 9 9 6 ・ 5 ・5 )
あ とがき
( 自 然 への ま なざ し ) に補 筆 改 訂 を 加 え 、 一冊 と し た も の で あ る 。 ま と め に あ た り ﹁エ ピ ローグ ﹂
本 書 は 、 一九 九 四 年 一月 か ら 九 六 年 三 月 に わ た って信 濃 毎 日 新 聞 夕 刊 に連 載 さ れ た エ ッ セ イ 群
を 新 た な 文 章 に換 え 、 補 注 と 索 引 を つけ く わ え た 。 * * *
以 下 、 あ と が き の ス ペ ー ス を 借 り て 、 な お追 記 す べ き話 題 を 二 つと り あ げ て おき た い。 一つは 、 ナ チ ュラ リ スト と は だ れ の こと か、 と いう 問 題 で あ る。
か つて 生 物 学 の領 域 で は 、 実 験 研 究 者 に対 し て 、 野 外 研 究 者 た ち の こ と を、 時 に軽 視 の気 分 な ど
も 同 伴 さ せ つ つナ チ ュラ リ ス ト と呼 ぶ 風 習 があ った 。 ダ ー ウ ィ ン や今 西 錦 司 のよ う な巨 人 こ そ ナ チ
ュラ リ ス ト と呼 ば れ る に ふ さ わ し いと す る 一部 の事 大 主 義 は、 そ ん な 伝 統 へのリ ア ク シ ョン で も あ
った と思 う 。 ア ウ ト ド アブ ー ム と も関 連 し て、 最 近 は マ ニア ッ ク な収 集 ・探 索 ・野 外 遊 楽 趣 味 の人
び と を こそ ナ チ ュラ リ ス ト と 呼 ぶ風 潮 も 広 が って い る。 し かし 他 方 で は、 学 術 も 事 大 主 義 も マ ニア
ッ ク な趣 味 も 前 提 せ ず 、 自 然 の中 で過 ご す 時 間 に深 く 親 和 的 な 幸 せ のあ る人 を ナ チ ュラ リ ス ト と 呼
ぼ う と す る新 し い スタ イ ルも 広 が って い る よ う に思 わ れ る 。 いう ま で も な いが 私 は、 そ ん な 親 和 派 の定 義 を 支 持 し て い る。
だ れ で も 自 然 の中 で幸 せ を 感 じ る時 間 が あ る 。 し か し 、 日 々 す ま う 足 も と の地 域 に ︿す み場 所 ﹀
を 感 じ 、 そ こ に人 び と と ば か り で は な く 、 草 木 や 、 鳥 や 、 虫 や 、 魚 た ち と と も に暮 ら す と感 じ て幸
せ な感 覚 は、 日 常 的 で は あ り な が ら 容 易 に捕 捉 で き る 感 覚 で も な い。 そ ん な ︿す ま い感 覚 ﹀ を自 覚
で き る人 び と が 、 みず か ら ︿ナ チ ュラ リ ス ト ﹀ と名 乗 り 始 め て し ま う こと に、 私 は 環 境 回復 の世 紀
を開 く 文 明史 的 な 意 義 を 認 め て い る。 生 物 多 様 性 保 全 を 緊 急 課 題 に し た の は科 学 や 実 利 の配 慮 で あ
る 。 し か し 環 境 危 機 の克 服 は 、 た ぶ ん 町 に輩 出 す る た く さ ん の ︿ナ チ ュラ リ ス ト ﹀ な し に、 あ り え な い と考 え て いる か ら であ る 。
も う 一つはイ ンタ ーネ ット に関 連 す る 話 題 だ 。 新 聞 連 載 の期 間 は 通 信 革 命 の騒 乱 期 に重 な った 。
波 は私 の周 囲 に も お よび 、昨 年 秋 に は パ ソ コ ン通 信 を 介 し た 川 の全 国 フ ォー ラ ム が始 ま り 、 私 の参
加 す る市 民 団 体 の事 務 局 長 が イ ンタ ー ネ ット に鶴 見 川 と多 摩 ・三浦 丘 陵 の ホ ー ム ペ ー ジ を 開 いた 。
や む な く 私 も パ ソ コ ン通 信 に加 入 し 、 春 か ら イ ン タ ー ネ ット に も 接 続 し て世 界 の環 境 情 報 サ イ ト を 探 検 し はじ め た の で あ る 。 そ の画 面 に、 不 思 議 な 世 界 が あ ら わ れ た 。
イ ン タ ー ネ ット に は 河 川 ・流 域 に注 目 す る サイ ト が 予 想 外 にた く さ ん あ った 。 膨 大 な デ ー タ を 公
表 す る各 種 の国 際 機 関 。 川 の 国 際 的 な ネ ット ワ ー ク 。 流 域 を基 盤 に環 境 教 育 を 進 め る台 頭 途 上 の国
際 組 識 。 そ し て流 域 を 生 態 的 ・文 化 的 な 地 域 と定 め 、 持 続 可 能 な 社 会 ・文 化 への転 換 を 目 指 す 生 命
地 域 主 義 者 (bi oregi onal i st) た ち の多 彩 な 拠 点 。 川 や 流 域 に注 目 す る 環 境 活 動 は、 世 界 の環 境 活
動 の ホ ット な 前 線 の 一つな のだ と、 一気 に鮮 明 にな って き た の で あ る。 米 国 の生 命 地 域 主 義 者 た ち
の現 在 進 行 中 の論 議 が鶴 見 川 や いる か 丘 陵 を持 ち 場 と す る 一部 のナ チ ュラ リ ス ト た ち の思 考 と と て
も よ く似 て いる と いう 発 見 は 、 と く に感 銘 深 いも のだ った 。 文 献 で 間 接 的 に内 容 を 推 察 し て き た 生
命 地 域 主 義 の現 実 は 、 ネ ット 上 で み る かぎ り 、 私 の憶 測 を こ え て は る か に自 由 で多 彩 だ った。
そ ん な 時 期 に 、 環 境 庁 が 主 催 し た生 物 多 様 性 国 家 戦 略 に関 す る シ ンポ ジ ウ ム (一九 九 六 年 三 月 二
十 日 ・東 京 ) の席 上 で、 世 界 資 源 研 究 所 (W R I ) の K ・ミ ラ ー氏 と 同 席 し 、 W R I が 、 生 命 地 域
主 義 を鍵 概 念 と し た 生 物 多 様 性 保 全 戦 略 に踏 み出 し て いる と知 ら さ れ た。 そ れ は鶴 見 川 や 小 網 代 や
いる か 丘 陵 を 基 盤 に私 た ち が 描 く 地 域 主 義 的 な 環 境 保 全 の ビジ ョ ンと 、 し っか り重 な る も の で も あ
った 。 環 境 革 命 の底 流 の 一部 は、 流 域 を 焦 点 と す る生 命 地 域 主 義 の思 考 を 共 有 し は じ め て いる 。 本
文 で は な お躊 躇 し て いた の だ が 、 ︿生 態 ・文 化 地 域 主 義 ﹀ は 、進 行 中 の世 界 の生 命 地 域 主 義 の試 み
の 一つと 割 り切 って よ いと 思 う よ う にな って き た 。 足 も と 重 視 のナ チ ュラ リ スト 暮 ら し とイ ンタ ー
ネ ット 。 環 境 活 動 の未 来 は そ ん な スタ イ ルを 不 可 避 の も の に す る の かも し れ な い。
そ ろ そ ろ紙 数 が つき る 。 文 末 な が ら 、 連 載 から 本 書 に い た る 二年 半 の私 の活 動 を 支 え て く だ さ っ た す べ て の皆 様 に、 こ こ で お礼 を 申 し 上 げ た い。
二年 に わ た る 新 聞 連 載 を 企 画 し て下 さ った の は信 濃 毎 日 新 聞 で あ る。 文 化 部 長 、 市 原 佳 二氏 、 さ
ら に 企 画 か ら 原稿 整 理 の細 部 ま で ず っとご 助 言 ご 支 援 を 下 さ った飯 島 裕 一氏 のご 厚 意 に は、 本 当 に
お礼 を 表 わ す 言 葉 が な い。 連 載 期 間 は職 場 も 市 民 活 動 も 激 務 に近 く 、 生 き 延 び 、 考 え 続 け ら れ た の
が不 思 議 で も あ る。 こ の間 の仕 事 を 支 え て く れ た同 僚 や 、 活 動 の労 苦 を 共 有 し て 下 さ った小 網 代 、
鶴 見 川 、 いる か丘 陵 のネ ット ワ ー ク仲 間 た ち に厚 く お 礼 を 申 し 上 げ る 。 市 民 活 動 の多 忙 を 共 有 し 、
記 録 映 画 ﹁バ ク の川 ﹂ の製 作 ・上 映 を 支 援 し て下 さ ったネ ット ワ ー ク仲 間 、 マネ ジ メ ント ・広 報 の
す べ てを 担 当 し て 下 さ った ナ ・ネ ット事 務 局 、 ま た 連 載 原 稿 の入 力 処 理 や、 し ば し ば 泥 沼 に落 ち て
泣 き 顔 に な る稚 拙 な 思 考 に、 い つも、 青 草 の繁 る 土 手 の道 を 示 し て 下 さ った 仕 事 仲 間 た ち に、 重 ね て お礼 を 申 し 上 げ て お き た い。
新 聞 連 載 に 期 待 し 、 励 ま し 、 本 書 にま と め てく だ さ った の は 、 紀 伊 國 屋書 店 出 版 部 の水 野 寛 氏 で
あ る 。 そ の法 外 な ご 厚 意 と 友 情 に、 厚 く お礼 を 申 し上 げ る。 本 文 中 のイ ラ スト は、 自 著 か ら の転 載
の ほ か 、 岸 洋 三 、 野 村 昭 夫 、 柳 瀬 博 一各 氏 、 の作 品 を 利 用 さ せ て い た だ いた 。 章 頭 のイ ラ ス ト は 、
新 聞 連 載 中 も 支 援 し て く だ さ った 野 原 未 知 氏 の作 品 で あ る。 工 場 群 の 一角 で友 だ ち を 知 った 私 か ら
ハサ ミ ム シ や ダ ンゴ ム シを 取 り 上 げ な か った 両 親 や 、 市 民 活 動 の疾 風 に見 舞 わ れ る 家 族 の こと な ど も 思 い つ つ、 皆 様 に 、 深 い感 謝 の意 を 表 し た いと 思 う 。
いる か 丘 陵 に梅 雨 の慈 雨 が 到 来 し た 日 1 9 96 ・6 ・9
照 。 『多摩 ・三 浦 丘 陵 』 ―― 川 と市 民 のネ ッ トワー ク、1996、230ク ラブ 新 聞社(横 浜)に も、 関連 の資 料 が あ る。 76―a
Global Biodiversity Assessment,1995,UNEP,Cambridge
Univ.Press. 77―a
『 沈 黙 の 春 』、1987、R.カ
78―a
Children's
Ecological
ー ソ ン、青 木 簗一 訳 、新 潮 社 。
Special Places,1993,D.Sobel,Zephyr
Identity,1995,M.Thomashow,The
Press: MIT
Press,な
ど
がお も しろか った。 78―b
ヒ トとい う生 物 は、 野 生 生物 一 般 に対 して、 生 得 的 な親 和 感 を育
くむ方 向 に 自然 選択 を受 けて きた、 とい う可 能 性 は あ ま りな い よ うに思 う。 しか し、 家 族 、配 偶 者 、 友 だ ち、 ライバ ル な どに な り うる同種 他 個 体 に対 す る親 和 性 、 あ る い は緊 張 に は、 さ まざ まに生 得 的 な情 緒 反応 や 学習 傾 向 が か らむだ ろ う。 そん な情 緒 反 応 や学 習傾 向が 状 況依 存 的 にペ ッ トや 野 生生 物 に向 け られ て し ま う こと に よって 、生 き もの た ち に対 す る多様 な個人 的 あ るい は文 化 的 親和 性 が 成 立 す るの で は ない か。 この 思 弁 に妥 当性 が あ る とす る と、 少 産化 傾 向が 続 き、 幼 少期 の対人 交 流 が希 薄 化 す る可 能性 の あ る先進 国 で は、幼 少 時 の子 どもた ちが 人 間以 外 の 生 き もの に親 和 的 な態 度 を育 て る可 能性 が格 段 に高 ま る可能 性 が あ りう る こ とに な る。 未来 の 幼 少 時 の子 ど もた ち は、 足 も とに賑 わ う ご く普 通 の 野 生 の 生 き もの た ち と日常 的 に交 流 して育 ち、 自然 の 賑 わ い に親 和 的 な 感 性(あ る い は世 界 了 解)を
もつ 地 球人 に育 つ。 そ んな ビジ ョ ンを意 識
してい た い と思 う。 79―a
読 売 新 聞1996年5月3、4、7、8、9、10、12日(白
79―b
75―a参 照。
水 忠隆 記 者)。
動 や 文 化 を組 み立 て て行 こう とす るエ コロ ジ カル な地 域 主義 の一 種 で あ る。 流 域 を基 盤 にエ コ ロ ジ カル な 地 域 文 化 を工 夫 し よ う とい う私 た ち (私や小 網 代 の保 全 グル ー プや 鶴 見 川 流域 ネ ッ トワー キ ン グ な ど)の 思 考 様 式 も、期 せ ず して似 た流 れ の 中 にあ る と、判 明 して きた。 62―a
19―a参 照 。
62―b
た と え ば 、The
Biophilia Hypothesis,1993,Island
収 録 され て い る論 文 、Humans,Habitats,and wagen 66―a
and G.H.Orians、138―172、
Aethetics:J.
Press、 に H.Heer
を参照 。
生 命 地 域 主義 の一 種 と思 っ てい た だ い て よい。 た だ し、 ア メ リカ
を中 心 とす る生 命 地 域 主義 者 た ち(bioreggers)の
論 調 は 、最 初 か ら経
済 的 な 持 続 性 を 重 視 す る傾 向 が あ る よ う に 思 う。 私 は、 まず 、 地 域 (bioregion,た
と えば 流域)の 地 図の 共 有、 言 葉 や、 会 話 や 地 域 に親 し
む 日常 活 動(川 歩 き… な ど)の 共 有 な ど、 文 化 の次 元 に大 き な課題 が あ る と思 っ て い る。 あ え て、 生 態 ・文 化地 域 主 義 と呼 ん で お くゆ えん で あ る。 69―a
1971年 か ら76年 まで 、私 は、横 浜 金 沢 の埋 め立 て に反 対 す る市 民
活 動 の事 務 局 にい た。 埋 め立 て に大 きな変 更 は誘 導 で きなか った が、 市 民 活動 と自然 イ メー ジ の関 連 につ い て、 た くさん の教 訓 を学 ん だ。 『 横 浜 ・野 島 の海 と生 き もの た ち 』、1995、 八 月 書 館 に収 録 さ れ て い る、 岸 由 二 、村 橋 克 彦 の エ ッセイ を参 照 して ほ しい。 70―a
鶴 見 川 源流 自然 の 会 。
70―b
町 田 の 自然 を考 え る市民 の 会 。
72―a
鶴 見 川 流 域 ネ ッ トワ― キ ング(TRネ
快 適(amenity)、
環 境 保 全(ecology)の
ッ ト)は 、安 全(safety)、 3つ の キー ワ ー ドを流 域 交
流活 動 の指 針 に掲 げ て い る。 一般 的 な快 適 よ りも、地 域 に即 した安 らぎ が 重 要 と い う共 通 感 覚 も芽 生 え 始 め て お り、 快 適 と と も に、 安 ら ぎ (amenity,healing)を 72―b
掲 げ るほ うが適 切 な感 じに もな っ て きた 。
た と え ば、 『 川 』、1994、 リバ ー フ ロ ン ト整 備 セ ンタ ー 編 、 山 海
堂 、:『大 地 の川 』、1994、 関正 和 、草 思 社 、 な どを参 照 。 後 者 の 著 者 は 、多 自然 型 の 川 づ く りな ど とい う表 現 で も知 られ る、 自然 を重視 した川 づ くりに 志 を か け た 河 川 分 野 の 官 僚 だ っ た が、 志 半 ば で1995年 逝 去 され た。 環 境 重視 を掲 げ る建 設省 の近年 の河 川行 政 の動 向 を理解 す る に は必 読 の著 書 だ ろ う。 75―a
い るか丘 陵 に関連 した記 述 、分 析 、 ビジ ョ ンは、 『 横 浜 ・野 島 の海
と生 き もの た ち』(69―a)のp.155―175、 お よび 、 『リバ ー ネ ーム 』(6―a)、
野 島 へ の尾 根 の道(岸
緑 の回廊 ・発 見(p.99―115)を
由二)、 参
52― b
『 地 球 管 理計 画 』、1969、 加 藤 辿 、 日本 生産 性 本 部。
52― c
『 成 長 の 限界 』、1972、D.H.Medowsほ
か 、大 来 佐武 郎 監 訳、 ダ
イ ヤモ ン ド社 。 53― a
『 地球 白書1992―1993い
ま こそ環 境 革命 を』、1992、 ワ ー ル ドウ
ォ ッチ、加 藤 三 郎 監訳 、 ダ イ ヤ モ ン ド社 。 54―a『
地球 環 境 問題 とは何 か 』、1994、 米 本 昌平 、岩 波新 書 。
54―a報 道用 語 にwrap-up(ニ ュ ース の 要約)と い う米 語 が あ る。 ビニ ー ルで 包 まれた 地 球 の 自明 な意 味 は もち ろん、 これで あ る。 54―bTIME,January2,1989. 55―a『
バ イ タル サ イ ン1995―96』 、1995、 ワー ル ドウ ォ ッ チ研 究 所 、 山
藤 泰 監 訳 、 ダ イヤ モ ン ド社 、 な どを参 照 。 58―a『 58―b生
環境 倫 理 学 の すす め』、1995、 加藤 尚武 、丸 善 ライ ブ ラ リー 。 物 多 様 性 の 内在 的 な価 値 、 とい う記 述 が 条 約 冒 頭 に収 まっ た経
緯 につ い て は、 堂 本 暁 子 著 、 『 生 物 多 様 性 』、岩 波 書 店 、 に くわ し く紹 介 され て い る。 59―a『
人 口 が爆 発 す る』、1994、 P.エー リッ ク&A.エ
ー リ ック、水 谷
美穂 訳 、 新 曜社 。 59―b豊 か さ のか わ りに、 幸 福 の程 度 を示 す 量 H、 な ど とい う項 を置 い て み る の も お も し ろ い。 こ の 場 合 の イ ン パ ク ト方 程 式 は、 E= P × H ×(e/H)、あ るい は P × H ×(A/H)×(e/A)の
よ うな形 にな ろ
う。 か りにH は定 数 で あ る と仮 定 すれ ば、 平均 的 な幸 福 を達成 す るの に、 人 口一 人 当 た りの 地球 へ の イ ンパ ク トを よ り小 さ くす る こ と(e/H)、 あ るい は物 質 的 な豊 か さ を よ り小 さ くす る こ と(A/H)が
、 人 口増 大
の抑 制 や 、 豊 か さ その もの の抑 制 と同 じ よ うに地 球 イ ンパ ク ト抑 制 に寄 与 す る こ とが わか る。単 純 な例 を あ げれ ば、 た とえば、 足 も との地 域 で、 公 共性 の あ る活 動 に もかか わ りな が ら、 自然や 文 化 を楽 しむ こ とが幸 福 の 重 要 な内 容 に な る、 な どとい うの は とて もよ い選択 とな る。 60―aた
とえ ば生物 多様 性 条 約 の締 約 国 は、 国 ご とに生 物 多様 性 に 関 す
る国 家戦 略 を た て る こ とが 要 請 さ れ て い る。1995年 に ま とめ られ た環 境庁の 「 生 物 多様 性 国家 戦 略 」 は 、 そ の要 請 に答 え る もので あ る。 自然 保 全 を重 視 した河 川 管理 計 画 へ の建 設 省 の 転進 も、 同様 な国 際環 境 を う け るほか ない もので あ る。 60―bbioregionalismと
い う呼 称 の仮 訳 で あ る。bioregionalismは
、
行 政 区画 や 主権 国家 の境 界 で はな く、 大 地 の具 体 的 な地 形 や 、植 生 や 、 地 域 文 化 の ひ ろ が りを も と に地 域(bioregion)を
さだ め 、 そ の地 域 的
な詳細 に通 暁 す る暮 ら しを基 盤 に して、 地 域 か ら環境 危 機 を克服 す る活
40―a
『 存 在 の 大 い な る連 鎖 』 、1975、 アー サ ー ・ラ ブ ジ ョイ 、 内藤 健 二
訳 、 晶 文全 書 。 41―a
『 動 物 哲 学 』、1954、 ラマ ル ク、 小 泉丹 ・山 田吉 彦訳 、 岩 波文 庫 。
41―b
『ダー ウ ィ ン革命 の神 話 』、1992、 P.ボウラ ー、 松永 俊 男 訳 、朝 日
新 聞 社。 42―a
『自然 学 の提 唱 』、1984、 今 西 錦 司 、講 談社 。
42―b
ダー ウ ィ ン派 進 化 論 の 立 場 か ら今 西進 化 論 を批 判 した 論文 ・著 書
は、 た と え ば、 『 今 西進 化 論批 判 試論 』 、1981、 柴 谷 篤 広 、 朝 日 出 版 社:岸
由二 、1982、 ダ ー ウ ィ ン進 化 論 と今 西 進 化 論 、 科 学 朝 日 4月
号:今 西 進 化 論 現 象 を読 む 、岸 由二 、1985、 別 冊 宝 島 ・進 化 論 を愉 しむ 本 、所 収:『 今 西 進化 論 批 判 の旅 』 、1988、L.B.ホ 書 館:岸
ー ル ス テ ッ ド、築 地
由二 、1993、 種 社 会 と国 家 、現 代 思 想 1月 号 な ど。 『 講座 進
化 ・2/進 化 思 想 と社 会 』、1991、 柴 谷 ・長 野 ・養 老 編 、 東 京 大 学 出 版 会 、153―198ペ ー ジ の、 戦 後 日本 の生 態 学 にお け る進 化 理 解 の転 換 史 、 岸 由二 、 に暫 定 的 な総 括 もあ る。 42―c
『 生 物 社 会 の 論 理 』、1949、 今 西 錦 司、 陸 水社(新 思 索 社 お よ び平
凡社 ラ イブ ラ リー に新 しい復 刻 版 ・文庫 版 が あ る)。 42―d 岸 由 二、1978、 生 物 科 学 、30① 、48-56は 、 す み わ け論 と 自然 選択 理 論 をつ な ぐ試 み の一 つ だ った。 49―a
ダ ボハ ゼ とつ きあ う― ―
チ チ ブ の生 態 観 察 、1985、 岸 由二 、 ア ニ
マ 6号:『 リバ ー ネ ーム 』、 岸 由二 、1994、 リ トル ・モ ア。 50―a 私 の ハ ゼ 探 検 を誘 導 した 仮 説 は、 「 雄 が大 きい ハ ゼ と雌 が大 きい ハ ゼ」、 11981、 淡 水 魚、 7、147-153、 に スケ ッチ して あ る。 その 後 、 事 情 で ハ ゼ研 究 の継 続 は困難 にな っ たが 、仮 説 自体 は まだ健 在 だ と思 う。 50―a
朝 日新 聞1993年4月28日
夕刊 は、 湖北 の汚 染 な どが 進 み イ サ ザ は
激 減 と報 じて い る。 51―a 私 は反 科 学 主 義 で はな い 。 しか し、 科 学 的 で あ る こ と と、 ア カ デ ミズム の 自動 性 の中 に す ま い続 け る こと は、 同 じで は ない と思 う。 科 学 的で あ る こ とは重 要 だ が、 しか しつ ね にア カ デ ミック であ れ ば よ いわ け で は ない。 ナ チ ュ ラ リス トが 進 化生 物 学 の 、 しば しば些 末 な ア カ デ ミッ クマ イ ン ドに拉 致 され て しま い、足 もとの生 き もの た ちの賑 わ い を忘 却 して ゆ く有 り様 は、 辛 く悲 し い ものが あ る。 52―a
私 の 記憶 に あ っ た の は 、 『 海 か らの 贈 り物 』 の著 者 で も あ るA.
M.LindberghがLife誌 Shine)(1969)と
に掲 載 したエ ッセ イだ った。 後 日、 『Earth
い う単 行 本 と して、Chatto&Windusか
てい るの に出 会 った。
ら刊 行 さ れ
田 節 子 ・垂 水 雄 二 訳 、 紀 伊 國 屋 書 店 、 原 題 は 、The 28―b目
Selfish
Gene。
的 と い う と 、 一 般 的 に は 、 す ぐ に 目 的 論(teleology)の
概念 が
登 場 し て し ま う。 し か し、 進 化 生 物 学 的 な 領 域 で 問 題 と さ れ る 目 的 論 的 な 性 質 は 、 生 存 ・繁 殖 に 都 合 の よ い 性 質 が 自 然 選 択 に よ っ て 遺 伝 的 に 集 積 さ れ て き た も の と考 え られ て お り、 進 化 の 束 縛 を超 越 し た 目 的 性 が あ る わ け で は な い 。 こ の 相 違 を 強 調 し て 、 進 化 論 的 な 視 野 で 取 り扱 わ れ る 目 的 の よ う な も の あ る い は 性 質 を 、teleonomy、 G.C.Williamsは
、Adaptation
and
進 化 生 態 学 の 領 域 を 、science 30―aた
と 呼 ぶ こ とが あ る。
Natural
Selection(1966)の
of teleonomyと
中で
特徴 づ けて い る。
と え ば 、 『進 化 か ら み た 行 動 生 態 学 』、1994、
J.ク レ ブ ス&N.
デ イ ビ ス 、 山 岸 哲 ・巖 佐 庸 訳 、 蒼 樹 書 房 。 31―aR.Dawkins,1979,Nature,280,427-428. 31-b『
進 化 系 統 分 類 学I・II』
、1970、
徳 田御 稔 、共 立 出 版。
31―cW.D.Hamilton,1964,Genetical iour,J.of
Theoretical
31―dThe
Selfish
evolution
of social
behav
Biology,7,1-52.
Geneの
原 著 初 版 は1976年
。1991年
に増 補 改 訂 版 が
出 版 さ れ 、 そ の 翻 訳 に あ た っ て 、 邦 訳 の タ イ トル は 『利 己 的 な 遺 伝 子 』、 とな った。 32―aこ
れ に 関 し て は 、 『講 座 進 化 ・ 2/進
化 思 想 と社 会 』、1991、
篤 弘 ・長 野 敬 ・養 老 孟 司 編 、 東 京 大 学 出 版 会 、153-198ペ
柴谷
ー ジ の、 戦後
日 本 の 生 態 学 に お け る 進 化 理 解 の 転 換 史 、 岸 由 二 、 を 参 照 し て 欲 しい 。 32―b『
兵 隊 を も つ ア ブ ラ ム シ 』、1984、
青木 重 幸 、 ど うぶつ 社。
32―c松
本 忠 夫 、1994,科
35―a類
書 は 多 数 あ る が 、 こ こ で は 次 の 一 冊 を 上 げ て お く。 『そ ん な バ
カ な!遺
学 、64⑧,484-494.
伝 子 と神 に つ い て 』、1991、
竹 内久 美 子 、 文 藝 春秋 。 竹 内 氏
の 著 書 は 社 会 生 物 学 の普 及 ・啓 蒙 書 と し て も広 く読 ま れ 、 専 門 家 の テ キ ス トで は 果 た せ な い 仕 事 を して い る こ と も 事 実 で あ ろ う。 36―a『
利 己 と し て の 死 』、1989、
36―b『
自 我 の 起 源 』、1993、
37―aた
日高 敏 隆 、 弘 文 堂 。
真 木悠 介 、 岩 波書 店 。
と え ば 、 『人 間 の 本 性 に つ い て 』、1980、E.O.ウ
由 二 訳 、 思 索 社:『
な ぜ 人 間 は 蛇 が 嫌 い か 』、1995、
ィ ル ソ ン、 岸 正 高 信 男 、 カ ッパ
サ イエ ンス、 な どを参 照 。 39―a『
ヒ トは い つ か ら 人 間 に な っ た か 』、1996、
R.リ
ー キ ー、 馬 場 悠
男 訳 、 草 思社 。 39―bNature,vol.293,3Sep.1981.pp.55-57,お MartinとR.Mayの
解 説(p.7)を
よ び 、 同 号 のR. 参照。
も か な り堅 い 感 じ で 、 日常 会 話 に の せ る の は む ず か し い の で は な い か 。 同 じ よ う な 能 力 ・資 質 を 〈自 然 度 〉 と よ ん で し ま う の も 、 案 外 お も し ろ い と私 は 思 っ て い る が 、 や は り堅 く、 な お 確 定 解 で は な い だ ろ う 。 英 語 で は 、 〈共 有 地 の 悲 劇 〉 の モ デ ル の 提 案 で 有 名 な 生 態 学 者 、Garett Hardinが
、 複 雑 に相 互 作 用 す る自然 の動態 を予 測 す る能 力 の名 前 と し
て 、ecolacy,と Viking参
い う 新 語 を 提 案 し て い る(Filters
Against
Folly,1987,
照)。 概 念 の 焦 点 は こ と な る の だ が 、 語 呂 が よ い の で さ し あ
た り私 は 、 〈エ コ ラ シ ー 〉 と い う 表 現 を 借 用 す る こ と が あ る。 19―a『
バ イ オ フ ィ リ ア 』、1994、E.O.ウ
ィル ソ ン、狩 野 秀 之 訳 、平 凡
社 。 ウ ィ ル ソ ン は 、 バ イ オ フ ィ リア を 、 「生 命 も し く は 生 命 に 似 た 過 程 に対 し て 関 心 を 抱 く内 的 傾 向 」 と き わ め て 広 義 に 定 義 し 、 バ イ オ フ ィ リ ア の対 象 領域 は生物 学全 般 か ら宇宙 科 学 にい た る まで広 が る とほの め か し て お り、 科 学 の 振 興 と矛 盾 さ せ な い た め の 便 宜 的 ・戦 略 的 な 定 義 と い う感 じが す る 。 生 き も の の 領 域 に 対 す る 肯 定 的 ・親 和 的 な 関 心 を う な が す 生 物 学 的 な 基 盤 は 、 そ ん な に 包 括 的 な も の で は な く、 も っ と限 定 的 な も の だ とい う直 感 が 、 私 に は あ る。 ウ ィ ル ソ ン の バ イ オ フ ィ リア 仮 説 が 引 き起 こ し た 波 紋 に つ い て は 、The Pressな
Biophilia
Hypothesis,1993,Island
どを参 照 で き る。 な お 、後 日出 版 され た 自伝
ト』、1996、
『ナ チ ュ ラ リ ス
荒 木 正純 訳 、 法 政 大 学 出 版 局 、 の 中の ウ ィル ソ ンは妥 協 を
す て 、 素 直 な 肉 体 派 的 自 然 愛 着 を表 明 し て い る 。 20―a『
ソ ロ モ ン の 指 環 』、1970、
K.ロ
― レ ン ツ、 日高 敏 隆訳 、早 川 書
房。 23―a『
い の ち あ つ ま れ 小 網 代 』、1994、
岸 由 二 、 木 魂 社 、(第 三 刷)の
あ とが き に、 十 年 に わ た る 保 全 活 動 の 概 要 が あ る 。 23―b岸
由 二 ほ か 、1994、
小 網 代 の 生 物 相(中
間 集 計)、 慶 應 義 塾 大 学
日吉 紀 要 ・自 然 科 学15、99―116。 23―cア
メ リ カ の 自 然 保 護 活 動 の 領 域 で 散 見 さ れ るumbrella
の 仮 訳 。 た と え ば 、D.Murphy,Challenges in
urban
areas(Biodiversity,1988,E.O.Wilson
Pressの71―76な 24―a『
species
to biological
diversity
ed.,Academy
ど を参 照)。
トポ フ ィ リ ア 』、1992、
イ ー フ ー ・ ト ゥ ア ン 、 小 野 有 五 ・阿 部 一
訳 、 せ りか 書 房 。 27-a現
代 ダ ー ウ ィ ニ ズ ム の 概 要 は 、 『進 化 生 物 学 』、1991、
、岸 由 二 ほ か 訳 、 蒼 樹 書 房:『 生 物 進 化 を 考 え る 』、1988、
D.フ ツ イ マ 木 村 資 生 、岩
波新 書 、 な どで把 握 で きる。 28―a『
利 己 的 な 遺 伝 子 』、1991、
R.ド ー キ ン ス 、 日 高 敏 隆 ・岸 由 二 ・羽
[補
注]
この注 の最初 の 算用数字 はエ ッセイ番 号 で ある
1―a
『い の ち あ つ ま れ 小 網 代 』、1987、
2―a
『生 物 多 様 性 』、1995、
2―b
菅 野 徹 、1995、
岸 由二 、木 魂 社 。
堂 本 暁 子 、 岩 波 同 時 代 ラ イ ブ ラ リー 。
横 浜 旧 市 内 の 一 雑 木 林 の 生 物 相 変 遷(1949-1994)、
女 子 美 術 大 学 紀 要 、 第25号155―174:岸
由 二 、1991、
日吉 キ ャ ンパ ス域
の 自 然 と そ の 価 値 、 慶 應 義 塾 大 学 日 吉 紀 要 、 自 然 科 学 9、71―79。 2―c
『生 命 の 多 様 性 』、1995、E.O.ウ
訳 、 岩 波 書 店:な
お 、Global
UNEP,Cambridge
Univ.Pressは
ィ ル ソ ン、 大 貫 昌 子 ・牧 野 俊 一 Biodiversity
Assessment,1995,
、 既 知 種175万
種 、 現 存 種1362万
種
と推 定 し て い る 。 3―a
2―a参
4―a
『日 本 史 の 視 座 』、1990、
照。
5―a
V
International
網 野善 彦 、 小 学館 。
Congress
of Ecology,Aug.,23-30,1990,YO
KOHAMA. 5―b
『地 域 の 生 態 学 』、1991、
武 内和 彦 、 朝 倉書 店 。
6―a
『リバ ー ネ ー ム 』、1994、
岸 由 二 、 リ トル ・モ ア 。
8―a
『重 力 と恩 寵 』、1974、
シ モ ー ヌ ・ベ イ ユ 、 田 辺 保 訳 、 講 談 社 文 庫。
10―a
丘 陵 地 の 小 さ な 谷 の こ と を 、 谷 戸(や
10―b
1994年
か 、1995、
と)と
暮 れ の 一 斉 調 査 の 結 果 は66種6219個
呼 ぶ。 体 とな っ た。岸 由二 ほ
鶴 見 川 水 系 の 冬 の 鳥 、 慶 應 義 塾 大 学 日 吉 紀 要 、 自 然 科 学18、
94―107。 11―a
田 尾 美 野 留 、1984、
横浜 北部 の歩 行 虫 目録
① 、Kanagawa
Chuho、(73)、1―9。 13―a
『セ ン ス ・オ ブ ・ワ ン ダ ー 』、1991、
R.カ ー ソ ン 、 上 遠 恵 子 訳 、 佑
学社。 17―a
The
Social
Construction
of Nature,1992,N.Evernden,Johns
Hopkins.UP. 18一a,b
エ コ ロ ジ カ ル ・リ テ ラ シ ー は 、 環 境 問 題 を理 解 し 対 処 す る 能 力 の
こ と。Ecological
Literacy,1992,David
Orr,Sunny
Press,が
よ い
論 議 を 展 開 し て い る 。 た だ し対 応 す る優 し い 日本 語 訳 は な い 。 英 語 表 現
繁 殖 習 性 49 ハ ン セ ンJ. 54
豊 か さ 59
干 潟 24
由 来 の 一 致 26・40・43 ヨ コ ハ マ ナ ガ ゴ ミム シ 11・79
非 情 40
よ み か き 18
日高 敏 隆 36 一 人 一 人 の 自然 像 9
楽 観 論 55
ヒ ト科 39
ラ ブ ジ ョイ,O.
40
琵 琶 湖 50
ラ マ ル ク,J.B.
41
福 山欣 司 51
ラ ン ドス ケ ー プ 5・6・12・16・75
二 つ 池 68
ラ ン ドス ケ ー プ ・イ メ イ ジ ン グ 16
ブ ラ ウ ン,L. 57
ラ ン ドス ケ ー プ ・エ コ ロ ジ ー 5
文 化 5 ・38
利 己 性 30・32・36
包 括 適 応 度 31・36
利 己 性 至 上 主 義 35
ボ ウ ラー,P
利 己 的 遺 伝 子 流 人 間 学 35
41
利 己 的 遺 伝 子 論 32・33
母 国 語 66 ホ モ ・ハ ビ リス 63
利 己 的 な 遺 伝 子 28・33・34・35・38
煩 悩 的(な
利 己 と利 他 の 定 義 36
存 在)21・45・46・47
利 他 行 動(性/主 マ ー ギ ュ リ ス,L. 26 真 木 悠 介 36 ミー ム 38 水 と緑 の ネ ッ トワ ー ク 70 水 辺 67・69 ミ ソサ ザ イ 43 未 来 の す ま い 感 覚 77
義) 30・32・36
流 域 6・10・12・23・24・69・70・74・ 77 流 域 間 交 流 75 流 域 思 考 69・73・74・75・77・78・ 79 流 域 地 図 70・72・73 流 域 発 見 69
も う ひ とつ の 常 識 15
流 域 文 化 72・75
目 的 28 モ ツ ゴ 67
輪 廻 21 ロ ー マ ク ラ ブ 52 ロ ー レ ン ツ,K.
谷 戸 10・12 遊 水 地 11
〈私 〉 47
雪 7
我 8
20・31
多摩 丘陵 6
適 応 度 最 大 化 中 枢 37
多 摩 ・三 浦 丘 陵 群 15・65・75
適 応 万 能 論 35
多 様 化 ・多 彩 化 41
適 応 論 49・51
だ れ と 77
天 蓋 種 23
ダ ン ゴ ム シ 14・18
堂 本 暁 子 58
炭 酸 ガ ス 57
闘 争 万 能 論 41
タ ン ポ ポ 46
ドー キ ン ス,R.
地 域 主 義 60・63・66
ど こ に 77
28・30・31
地 域 文 化 78
都 市 12・77
チ ェ ル ノ ブ イ リ 54
都 市 型 の 自然 公 園 シ ス テ ム 79
地 球 52・53・55・76・77
トポ フ ィ リ ア 24
地 球 イ メ ー ジ 54 地 球 温 暖 化 54
内在 的 な価 値 58
地 球 環 境 問 題 3・52
長 洲 一 二 23
地 球 限 界 56・57
ナ チ ュ ラ リ ス ト 13・15・16・43・45 49・75・76・77・78
地 球 語 66 地 球 サ ミ ッ ト 2・52・53・54
ナ チ ュ ラ リ ス トの 絶 滅 地 帯 78
地 球 人 53・71・76・78
ナ チ ュ ラ リ ス トの 道 具 32
地 球 全 体 主 義 58
な わ ば り 31
地 球 に 加 え る全 影 響 量 59
ニ ッチ 61
地 図 66
日本 列 島 74
地 図 の 力 74
人 間 の 本 性 62
チ チ ブ 49
ネ ッ トワ ー ク 66
地 表 人 53
熱 波 54
中 間 規 模 の ラ ン ドス ケ ー プ 4・66 潮 間 帯 24
バ イ オ フ ィ リア 19・24・62
チ ンパ ン ジ ー 39
倍 増 期 間 56
鶴 見 川 6・10・67・70
倍 々 増 加 56 バ ク(の 流 域) 16・71・73・75
鶴 見 川 源 流(の
泉) 70・73・75・79
鶴 見 川 流 域 10・11・12・15・16・70・ 71・75 鶴 見 川 流 域 ネ ッ トワ ー キ ン グ 70・ 71・72・73
ハ サ ミム シ 14 場 所 24 場 所 へ の 愛 着 24 ハ ダ カ モ グ ラ ネ ズ ミ 32
D N A 26・35
働 き ア リ 30
デ カ ル ト,R. 8 適 応 万 能 機 械 37
働 き バ チ 30 バ ッタ 30
適 応 的 30・41・46
ハ ミル ト ン,W.D.31
適 応 度 36
パ ラ ダ イ ム 転 換 32
・
76・78
す み 場 所 感 覚 63・65
実利 主義 3
す み わ け 61
市 民 の基本 常識 15 シモ ー ヌ ・ベ イユ 8
す み わ け 論 42
社 会 生物 学 31
生 存 機 械 28・30・37・47
社 会 生物 学論 争 32・34 社 会性 30・32
生 存 と繁 殖 の葛 藤 46
社 交性 17・18
生 態 ・文 化 地 域 主 義 66・71・74
集 水 域生 態系 23 集団 遺伝 学 33
性 的 二 型 49・50
種 社 会 42 ジ ュズ カケハ ゼ 50
生 物 学 者 21・25
受精 卵 28
生 物 多 様 性 2・23
種 の維持 31・32 『 種 の起 原 』 26
生 物 多 様 性 条 約 2・6・58・60・77
種 判 定 20 シュ ンラ ン 48
生 物 の 適 応 戦 略 と社 会 構 造 34
少年 ・少 女時 代 68・78
生 命 の 大 樹 27・40
食 料 55 シ リア ゲム シ 45
世 界 了 解 62 セ グ ロ カ モ メ 44
精 子 競 争 39
生 存 ・繁 殖 27・37・44
生 物 44 生 物 資 源 57
生 物 =生 存 機 械 論 31・34 生 命 地 域 主 義 60・66
進化 27
世 代 間 倫 理 58
進 化 生態 学的 な類推 78 進 化 の被 害者 47
染 色 体 28
進 化 論 21・25
総 合 治 水 72
人 口 55・56・59 人 工 衛星 75
創 世 記 21・26
人 工 化 64
素 材 8・12
真 社 会性 32 進 歩 ・発 展 41
存 在 の 連 鎖 40・41
雑 木 林 3・19・48
ゾ エ ア 22
そ ろ ば ん 18
新 横 浜 11 親 和 的 な実在 65 菅 野 徹 2
ダ ー ウ ィニ ズ ム 41
図鑑 20 す ま う 77
大 地 64
す みな お し 60・66
ダ ー ウ ィ ン,C.R.26・27 大 地 の 地 図(配
置/広
・65・67・75
す み場所 61・64・65・67・68・69・ 76
大 地 へ の 親 和 感 78
す み場所 の地 図(イ メ ー ジ) 62・63
竹 内 久 美 子 35
武 内和彦 5
が り)53・60
環境 教育 18・24
国 連 環 境 計 画 76
環境 破壊 57 環境 問題 18
国 連 人 間 環 境会 議 52
環境 倫 理 58・66
互 恵 主 義 36 コ ゲ ラ 62
感 受期 68 〈危機 の地球 〉特 集 54
心 の地 図 15・61・63・64・72・74・
気候 変 動枠組 条約 2・57
心 の ホ ー ム ポ ジ シ ョ ン 9・60・67・74
技術 主義 59 喜怒 哀 楽 43・46・47・78
個 室 化 64
求 愛行 動 49
言 葉 の 不 在 4・18
救 済の イ メー ジ 54 共感 21
コ モ ン ・グ ラ ウ ン ド 71
共感 的 な実在(存 在) 43・44・48・78
婚 姻 シ ス テ ム 39
共感 的 な関 心 48 共感 的 な 自然 交 流 25
根 元 的 に親 し い もの 14
共感 的 なナ チ ュ ラ リス ト 21・25
再 発 見 60・69・76
共感 的 了解 23 行 政 区画 71
魚 釣 り 67
行 政地 図 75 共 通 のすみ場 所 77・78
ザ リガ ニ 19
クチ ボ ソ 67 クモ 13
産 業 文 明 の す ま い 感 覚 77
ク ワガタム シ 14・19・43・49
山 野 河 海 4・5・12・60・62・63・65
景 観生 態学 5
77・78
小 机 の 堰 16・79
コ モ ン セ ンス 66・74
サ バ ン ナ仮 説 62
産 業 文 明 8・55・57・63・76 三 重 構 造 論 42
66・68・76・77
京 浜工 業地帯 14 ケヤ キ 27
自 己 犠 牲 30
限 界 55 ゲ ンゴ ロウ 73
指 数 関 数 的 な増 加 56
小 網代 1・22・23・61・69
自然 相 手 の 社 交 性 17
自 己 了 解 46・64 自然 8
広域 探検 68
自 然 科 学 の 自然 像 8
洪 水 72 工 業生産 物 57
〈自然 観 〉
高 等 ・下等 41
自然 像 8・9
行 動生 態学 31 小 貝川 50 ゴキ ブ リ 14
自 然 度 18
9
自 然 選 択 27・41・46
自 然 の 生 存 権 58 自 然 の 偏 差 値 評 価 18・79
国 際人 口開 発会 議 56
自 然 保 護 活 動 70
穀物 生 産 55
持 続 可 能(な
社 会) 57・58・60・65・
・
[索 引]
[項 目]
[エ ッ セ イ 番 号]
ア カ テ ガ ニ 22・45・61・62
宇 宙 に輝 く青 い 地 球 52・53
足 も と 60・65・68・77・78 ア ニ ミズム 7
美 し い もの 13 エ ー リ ッ ク,P. 59
ア ブ ラ ハ ヤ 10
エ コ ロ ジ カ ル な 常 識 16
ア ブ ラ ム シ 32
エ バ ー ン デ ン,N.
ア ポ ロ 52
オ オ タ カ 9・12・75・79
網野 善彦 4
オ オ ヨ シ キ リ 79
ア ユ 16・79
思 い 出 14
あ る 40
オ リ ア ンズ,G.H.
イ ー フ ー ・ トゥ ア ン 24
温 暖 化 7
17
62
生 き も の 44・51 生 き も の 中 心 主 義 19
カ ー ソ ン,R.
生 き も の の 賑 わ い 1・58・63・77・78
外 国 語 64
13・17・21・77
イ サ ザ 50
カ イ ツ ブ リ 10
泉 ひ ろ ば 73
学 習 38
遺 伝 子 28
学 習 能 力 37
遺 伝 子 コ ピ ー 30・31・37
化 石 燃 料 57
遺 伝 子 宿 命 論 35
河 川 環 境 管 理 72
遺 伝 子 の 複 製 率 36
河 川 管 理 行 政 72
遺 伝 子 の 利 己 性 29
加 速 度 56
遺 伝 子 プ ー ル 30
加 藤 辿 52
畏怖 7
加 藤 尚 武 58
今 西 進 化 論 31・42 い る 40
カ ニ の す み わ け 61 か に ぱ と 22
い る か 丘 陵 75・79
カ バ キ コ マ チ グ モ 36・45
い るか 丘 陵 み ど り の 瞳 75
神 の被 造 物 47
イ ンパ ク ト方 程 式 59
カ ラ ス 20
ウ ィル ソ ン,E.O
川 67・68・79
2・19・62
ウ グ イ ス 62
川 歩 き 70・72・74・75
有 情 40
カ ワ セ ミ 45・75
宇 宙 人 52
環 境 革 命 53・57・60・63・66・74・
宇 宙 船 14・52・53
76・78
■ 著 者:岸
1947年 生 まれ 。鶴 見 川 流 域 で育 つ。 横 浜 市 立 大 学
由二
卒 。 東 京 都 立大 学 大 学 院 に て動 物 生 態 学 を専 攻 。 主 にハ ゼ や カ ニ の行 動 を研 究 。 現 在 、 慶應 大 学 生 物学教室教授。 進 化 生 物 学 の辛 口 の批 評 家 と して知 られ る。 慶 應 大 学 日吉 の森 の生 物 調査 を す る一 方 で 、 三 浦 半 島小 網 代 や鶴 見 川 流 域 を フ ィール ドに ナ チ ュ ラ リス トと して活 躍 。 鶴 見 川 流域 ネ ッ トワー キ ン グ 世 話 人 の 一 人 。 多摩 ・三浦 丘 陵 群 に くい るか 丘 陵 ネ ッ トワー ク〉を推 進 中 。映 画 「バ ク の川 ―― わ れ ら 鶴 見 川 流 域 人 」を製 作 。 著 書 に 『い の ち あ つ ま れ 小 網 代 』(木 魂 社)、 『リ バ ー ネー ム 』(リ トル ・モ ア)、 訳 書 に ドー キ ン ス 『 利 己 的 な遺 伝 子 』(共 訳 、 紀 伊 國屋 書 店)、 ウ ィ ル ソ ン 『人 間 の本 性 につ い て』(思 索社)、 フ ツイ マ 『進 化 生 物 学』(共 訳 、蒼 樹 書 房)な
自 然
へ
1996年7月15日
の
ま な
ざ
どが あ る。
し
第 1刷 発 行
会 発行所 株式 社
紀伊 國屋書店
東 京 都 新 宿 区 新 宿3-17-7 電 話 03(3354)0131(代
表)
出 版 部(編 集)電 話03(3439)0172 ホー ル セ ー ル 部(営
業)電 話03(3439)0128
東京 都 世 田 谷 区桜 丘5-38-1 郵便 番 号 156 〓YUUJI
KISHI,1996
ISBN4-314-00747-8C0095 Printed
in Japan
印刷 ・製本 中央精版 印刷