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反復積分の原型は逐次積分であり,重積分を 1 次元の積分の繰り返しとし て表示する際にあらわれる.また,逐次積分は,常微分方程式の解の近似な どに用いられる.このような積分の繰り返しは,1 次微分形式の反復積分とし てとらえる...
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反復積分の原型は逐次積分であり,重積分を 1 次元の積分の繰り返しとし て表示する際にあらわれる.また,逐次積分は,常微分方程式の解の近似な どに用いられる.このような積分の繰り返しは,1 次微分形式の反復積分とし てとらえることができる.反復積分の概念を,一般の次数の微分形式に拡張 して,ループ空間上の微分形式の理論として明確に定式化することが,1970 年代に Kuo-Tsai Chen によってなされた.Chen の反復積分の理論には重要 な 2 つの側面がある.1 つは,ループ空間上の de Rham 理論であり,多様体 のループ空間の de Rham コホモロジーを,もとの多様体の微分形式の反復 積分によって表示することである.もう 1 つは,1 次微分形式の反復積分に よって基本群に関する情報を抽出する枠組みである.本書の目的は,反復積 分の理論のこの 2 つの側面について,まず解説し,その後の反復積分の理論 のさまざまな方面への展開について述べることである.無限次元空間と非可 換性への微分形式を用いたアプローチが,本書の一貫したテーマである.
1990 年以降,結び目の Kontsevich 積分,Drinfel1 d の理論などによって, 反復積分の理論は,ますます広範な分野と関わって発展している.また,反 復積分は超平面配置に関して多くの応用がある.Kontsevich 積分は,組みひ もに対する Chen の反復積分の自然な拡張とみなすことができる.2000 年 10 月に,天津で Wei-Liang Chow と Kuo-Tsai Chen の業績を回顧する研究会
“The Wei-Liang Chow and Kuo-Tsai Chen Memorial Conference” が開 催され,また同じ年には,Birkh¨ auser 社から Chen の論文の全集 [14] が刊行 されて,反復積分の理論が新たな注目を集めている. 反復積分の理論については,青本和彦氏が早い時期からの重要性を指摘され, 先駆的な業績を挙げてこられた.ベキ単モノドロミーについての Riemann–
Hilbert 問題の解を,対数微分形式の反復積分によって構成すること,球面単 体および双曲単体の体積を 1 次対数微分形式の反復積分としてとらえること
vi
はじめに
などは,青本和彦氏によって創始されたものである. その重要性にもかかわらず,研究者,学生の間でも,反復積分の理論は必 ずしもよく知られているとは言えないのが実情である.また,残念なことに, 反復積分の全貌について解説された書物は,欧文のものを含めても,ほとん ど存在しない. 本書では,まず,Chen の反復積分に理論の核心的な部分を証明も含めて 詳説し,その理論が,その後どのように展開していくかを述べる.この本が, 読者の方々にとって反復積分の理論を理解する一助となり,さらなる発展を 促す契機となれば,筆者の望外の喜びである. 査読者の方々には,原稿をていねいにご覧いただき,多くの貴重なご意見 をいただいた.お陰でいくつかの誤りがただされ,また幾分か改良された箇 所が多数ある.査読者の方々に深い感謝を捧げる次第である.この本の完成 にあたっては,シュプリンガー・ジャパンのスタッフに大変お世話になった. ここに,謝意を表したい.
2008 年 12 月
河野 俊丈
࣍
第 0 章 反復積分 —– 無限次元空間と非可換性への序章
1
第 1 章 反復積分の基礎概念
1.1 1.2 1.3 1.4
1 次微分形式の反復積分 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 反復積分のホモトピー不変性 . . . . . . . . . . . . . . . . . 微分方程式の解の反復積分表示 . . . . . . . . . . . . . . . . 多重対数関数
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
第 2 章 ループ空間上の微分形式
2.1 2.2 2.3 2.4
多様体上の微分形式と de Rham の定理
. 変分法と道の空間上の微分形式 . . . . . . 一般の反復積分の定式化 . . . . . . . . . . ループ空間の de Rham 複体 . . . . . . .
. . . .
. . . .
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. . . .
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第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 3.7
ループ空間のキューブチェイン複体 . . . . . . . . . . . . . . スペクトル系列からの準備 . . . . . . . . . . . . . . . . . . バー複体とループ空間のコホモロジー
Adams のコバー構成 . . . . . . . . . Chen の基本定理の証明 . . . . . . . . コバー構成とループ空間のホモロジー 自由ループ空間のコホモロジー . . . .
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
4.1 4.2
. . . . .
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. . . . .
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7 7 13 19 26 33 33 40 44 53 59 59 62 75 79 84 90 95
103 接続と曲率およびホロノミー . . . . . . . . . . . . . . . . . 103 Chen のホモロジー接続 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 109
viii
目 次
4.3 4.4 4.5 4.6
ループ空間のホモロジーとホロノミー写像 . Hodge 分解とホモロジー接続 . . . . . . . . Hopf 不変量への応用 . . . . . . . . . . . . 自由ループ空間のホモロジーの代数構造 . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
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. . . .
118 124 135 140
. . . . . . .
. . . . . . .
. . . . . . .
. . . . . . .
. . . . . . .
. . . . . . .
. . . . . . .
. . . . . . .
. . . . . . .
145 145 149 157 162 173 181 194
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 5.6 5.7
1 次微分形式の反復積分と基本群 . . . . . 基本群についての Chen の定理の証明 . . 基本群のホロノミー表現 . . . . . . . . . . 降中心列と Lie 代数 . . . . . . . . . . . . リンクの補集合の基本群への応用 . . . . . Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群 基本群と 1 次極小モデル . . . . . . . . .
. . . . . . .
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
6.1 6.2 6.3 6.4 6.5 6.6
超平面配置のバー複体 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . ホロノミー Lie 代数と基本群の表現 . . . . . . . . . . . . . .
. Kontsevich 積分 . . . . . . . . . . . . . Drinfel1 d 結合子と多重ゼータ値 . . . . 配置空間のループ空間 . . . . . . . . . . 配置空間と組みひも群の有限型不変量
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
. . . .
第 7 章 反復積分と体積
7.1 7.2 7.3 7.4
球面幾何と双曲幾何からの準備 . . . . . . . . . . . . . . . .
Schl¨ afli の等式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 球面単体の体積の反復積分表示 . . . . . . . . . . . . . . . . 双曲体積への解析接続 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
201 201 209 214 224 231 241 245 245 257 260 276
参考文献
287
索
292
引
ୈ
0 ষ ෮ੵ —– ແۭؒݩ࣍ݶ ͱඇՄੑͷংষ
微分形式の反復積分の概念は 1970 年代に Kuo-Tsai Chen (1923–1987) に よって創成された.Chen による反復積分の理論には 2 つの側面がある.1 つ はループ空間などの無限次元空間のコホモロジー群を微分形式を用いて記述 することであり,もう 1 つは,基本群などの非可換な対象についての,微分 形式によるアプローチである.両者は,いずれも多様体の de Rham 理論を, 無限次元空間,および非可換な対象へ拡張したものととらえることができる. ループ空間は,従来,代数的位相幾何学の重要な研究対象であり,スペク トル系列など,多くのホモトピー論的手法が開発されてきた.1960 年代末に は,Quillen [67] によって,有理ホモトピー理論が提唱され,高次のホモト ピー群を捩じれ部分を除いて計算する組織的な手法が確立された.Chen によ る反復積分によるループ空間のコホモロジーの理論は,この有理ホモトピー を微分形式を用いて計算する手法とも位置づけられる.これは,1970 年代末 に Sullivan [70] によって得られた極小モデルの理論と深く関わっている. この本では,無限次元空間と非可換性をキーワードとして,反復積分の理 論を,さまざまな視点から扱っていく.まず,微分形式の反復積分の基礎概 念の解説からはじめて,Chen の 2 つの基本定理,つまり,ループ空間の de
Rham コホモロジー群の記述と,基本群の de Rham ホモトピー理論につい て述べる.以下,本書の内容にそって,これらについて概観しよう.
1. 反復積分とは何か ユークリッド空間の領域 D で定義された 1 次微分形式 ω1 , ω2 をとり,道 γ : r0, 1s ÝÑ D による引き戻しを,γ ˚ ωi “ fi ptq dt, i “ 1, 2 で表す.微分 形式 ω1 , ω2 の γ に沿った反復積分は,逐次積分によって ż ż 1 ´ż t2 ¯ ω1 ω2 “ f1 pt1 q dt1 f2 pt2 q dt2 γ
0
0
2
第 0 章 反復積分 —– 無限次元空間と非可換性への序章
で定義される. 反復積分で表される典型的な例として,次の 2 重対数関数がある.微分形 式として
ω0 “
dx , x
dx 1´x
ω1 “
をとり,道 γ を区間 r0, xs とする.反復積分
ż
żx
logp1 ´ tq dt t
ω1 ω0 “ ´ γ
0
を,道の端点 x の関数とみなして,2 重対数関数とよぶ. 道の合成について,微分形式の線積分は,加法性
ż
ż
ż
ω“ αβ
ω`
ω
α
β
を満たすが,反復積分については,一般に
ż
ż
ω1 ω2 “ αβ
ż
ż
ω1 ω2 ` α
ż ω2 `
ω1 α
β
ω1 ω2 β
が成立する.このような,道の合成についての反復積分のふるまいは,反復 積分が非可換な情報を抽出できることの根拠を与えている. さきほどの,2 重対数関数の例で
¨ ş 1 α ω0 ˚ ρpαq “ ˝0 1 0 0
ş
˛ ω0 ω1 ‹ ω α 1 ‚ 1
α ş
とおく.道の合成に関する規則から ρpαβq “ ρpαqρpβq が成立することが確 かめられる.さらに,一般には ρpαβq ‰ ρpβαq となることがわかる.この ように,反復積分は,通常の微分形式の積分ではとらえられない非可換性の 情報を含んでいる.
2. ループ空間の de Rham 理論 多様体 M に基点 x0 をとり,ループ γ : I ÝÑ M , γp0q “ γp1q “ x0 全体 を M のループ空間とよび ΩM で表す.ループ空間は無限次元空間であるが, 反復積分は,このような空間の de Rham 理論を記述する手法を与える. まず,一般的な微分形式の反復積分の定式化について述べよう.多様体 M 上の微分形式 ω1 , . . . , ωk をとる.単体 Δk を 0 ď t1 ď ¨ ¨ ¨ ď tk ď 1 で定め,
ϕ : Δk ˆ ΩM ÝÑ M k
3 を ϕpt1 , . . . , tk ; γq “ pγpt1 q, . . . , γptk qq とおく.このとき,ω1 , . . . , ωk の反
ż
復積分を
ż ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk “
ϕ˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q
Δk
で定める.ここで,右辺は射影 Δk ˆΩM ÝÑ ΩM に関するファイバー積分で,
ω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk は,直積 M k のそれぞれの成分への射影についての ω1 , . . . , ωk の引き戻しの外積 π1˚ ω1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ πk˚ ωk を表す.微分形式 ω1 , . . . , ωk の次数を ş それぞれ,p1 , . . . , pk とすると,反復積分 ω1 ¨ ¨ ¨ ωk は,ループ空間 ΩM 上 の次数が p1 ` ¨ ¨ ¨ ` pk ´ k の微分形式とみなすことができる.その外微分は ż d ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk “
k ÿ
νj´1 `1
ż
p´1q
j“1
`
k´1 ÿ
p´1q
νj `1
ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 dωj ωj`1 ¨ ¨ ¨ ωk ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 pωj ^ ωj`1 qωj`2 ¨ ¨ ¨ ωk
j“1
と表される.ここで,
νj “ p1 ` ¨ ¨ ¨ ` pj ´ j,
1ďjďk
とおく.また,ν0 “ 0 とする. 多様体 M 上の正の次数の q 個の微分形式の反復積分全体の空間を B q pM q とおくと,複体
0 ÝÑ B 0 pM q ÝÑ ¨ ¨ ¨ ÝÑ Bq pM q ÝÑ B q`1 pM q ÝÑ ¨ ¨ ¨ が得られる.これはループ空間 ΩM の de Rham 複体の部分複体となる.こ の複体 B ˚ pM q を M の de Rham 複体から定まるバー複体とよぶ.ループ 空間の de Rham 複体についての Chen の基本定理は,次のように定式化さ れる. 定理 M を単連結な可微分多様体とする.バー複体 B ˚ pM q のコホモロジー 群は,ループ空間 ΩM のコホモロジー群 H ˚ pΩM ; Rq と同型である.
3. 基本群の de Rham ホモトピー理論 M が単連結ではないとき,0 次のコホモロジー群 H 0 pΩM ; Rq は,M の 基本群 π1 pM, x0 q についての情報を含んでいる.H 0 pΩM ; Rq の要素は,1
4
第 0 章 反復積分 —– 無限次元空間と非可換性への序章
次微分形式の反復積分の線形結合で表されるが,これはループのホモトピー 類のみによって定まる.例えば,1 次微分形式 ω1 , ω2 が閉形式で ω1 ^ ω2 “ 0 を満たしているとすると前節の公式から
ż
d
ω 1 ω2 “ 0
となる.このことから,ループ α, β がホモトープであるとき
ż
ż
ω1 ω2 “ α
ω1 ω2 β
が成り立つ. 一般には,1 次微分形式の反復積分によって,ペアリング
H 0 pB˚ pM qq ˆ π1 pM, x0 q ÝÑ R が得られる. 基本群 π1 pM, x0 q の群環を Zπ1 pM, x0 q で表し,添加写像 Zπ1 pM, x0 q ÝÑ Z の核を J とおく.上のペアリングは,準同型写像
H 0 pB˚ pM qq ÝÑ HompZπ1 pM, x0 q, Rq を導く.バー複体 B ˚ pM q には,反復積分の長さによるフィルトレーション
R “ F 0 B˚ pM q Ă F ´1 B˚ pM q Ă ¨ ¨ ¨ Ă F ´k B ˚ pM q Ă ¨ ¨ ¨ が定まる,ここで,F ´k B ˚ pM q は長さが k 以下の反復積分全体を表す.これ が,0 次のコホモロジーに誘導するフィルトレーションを F ´k H 0 pB ˚ pM qq で表すと,基本群に関する Chen の基本定理は,次のように定式化される. 定理 反復積分により,同型
F ´k H 0 pB˚ pM qq – HompZπ1 pM, x0 q{J k`1 , Rq が得られる.
4. 反復積分の応用と新しい展開 反復積分の理論は,さまざまな分野と関連して発展しているが,その一端 を挙げると,以下のような応用がある.ここに掲げた文献は,もちろん網羅 的なものではないので,興味のある読者はこれらを参考に関連する文献を参 照していただきたい.
5 • 微分方程式のモノドロミー表現,Riemann–Hilbert 問題 [4], [36], [47] • 基本群の Hodge 理論 [37] • 組みひも群と結び目の有限型位相不変量 [51], [48] • 多重ゼータ値と数論幾何的側面 [27], [71] • 周期写像,代数サイクルへの応用 [38] • 球面単体と双曲単体の体積の反復積分表示 [3], [22] ここに挙げた話題のいくつかは,本書でも取り上げる.反復積分の理論は, 超平面配置において有効に用いられる.とくに,複素平面の点の配置空間にお いて,反復積分を適用すると,組みひもの有限型位相不変量が自然に導かれ る.Vassiliev の意味の不変量のオーダーという概念は,反復積分の長さとし て自然に与えられるものであり,このようにして得られる組みひもの有限型位 相不変量は結び目に対する Kontsevich 積分の原型である.さらに,Drinfel1 d の理論 [26], [27],多重ゼータ値などと結びついて,反復積分の理論は,新た な展開をみせる.このような側面については,主に第 6 章で解説する.量子 群と Drinfel1 d 結合子における反復積分の役割については [43] などを,また, 共形場理論からの背景に関しては [50] などを参照されたい. 本書の大きな目的の 1 つは,ループ空間といった無限次元空間における de Rham 理論を微分形式の反復積分を用いてとらえることであるが,ここで扱っ ている内容は,無限次元空間における,ある意味で有限次元的な部分であり, 無限次元空間上で解析を本格的に展開するための序章にすぎない.Witten
[74] によって,Dirac 作用素の指数定理は,自由ループ空間に拡張された無 限次元の固定点定理と解釈されることが指摘されている.このような,無限 次元空間の解析には,物理学者によって Feynman 経路積分として提唱され ている,ループ空間上の測度が必要であり,このような手法を厳密に展開す ることは,現在の数学ではまだ困難である.この方面への発展を視野に入れ た,ループ空間上の解析学の確立は,今後の大きな課題である.
5. 本書の構成について 本書では,まず第 1 章で,1 次微分形式の反復積分からはじめて,反復積 分の基礎的な概念から説明する.この部分は,大学初年級の微積分の知識が あれば読めるように書かれている.また,常微分方程式の解の逐次近似の立
6
第 0 章 反復積分 —– 無限次元空間と非可換性への序章
場からも,反復積分が自然に現れることを述べる.このような視点は,後に, 基本群の de Rham ホモトピー理論でも有効に用いられる.1.4 節では,反 復積分で表される関数の典型的な例として,多重対数関数をとりあげ,多重 ゼータ値との関連などについてもある程度ふれる.多重対数関数についての 詳細について,Lewin [55] などを参照されたい. 第 2 章以降では,多様体に関する基礎事項をある程度仮定する.多様体上 の微分形式,de Rham の定理など本書で用いる程度の内容については,2.1 節にまとめてあるので,必要な読者は,これを参考に補ってほしい.第 2 章 では,多様体上の一般の次数の微分形式の反復積分をループ空間上の微分形 式として定式化する.さらに,古典的な変分法の一般化として,反復積分を ループ空間上で外微分することについて述べる.このようにして,反復積分 からループ空間上の微分形式のなすバー複体が構成される. 第 3 章で,単連結な多様体のループ空間の de Rham コホモロジーについ ての,Chen の基本定理を定式化し,その証明を述べる.証明に用いるスペ クトル系列の手法については,3.2 節にまとめておいた.また,Adams のコ バー構成についてもふれる.さらに,3.7 節では,基点をもたない自由ループ 空間の de Rham コホモロジーの反復積分による記述について述べる. 第 4 章では,Chen のホモロジー接続とよばれる手法について解説する.こ の手法により,ループ空間のチェイン複体から,ホモロジーのテンソル代数か ら構成される複体への,チェイン写像が構成され,ループ空間のホモロジー の代数構造が明らかになる.4.6 節では,自由ループ空間のホモロジーについ ての Chas, Sullivan [13] によるストリング・トポロジーの理論について概説 する. 第 5 章で,基本群と反復積分についての,Chen の基本定理を定式化して 証明する.反復積分によって,基本群の非可換な情報をどのように抽出でき るかを説明する.基本群の降中心列から定義される Lie 代数との関連につい てもふれる.また,この章では,Sullivan による極小モデルの方法について も説明し,反復積分の理論との比較を行う. 第 6 章では,反復積分の超平面配置への応用からはじめて,組みひも群の 有限型不変量の対数微分形式による反復積分表示から,Kontsevich 積分への 流れについて述べる.さらに,Drinfel1 d 結合子と多重ゼータ値など,反復積 分の新たな展開についてふれる. 第 7 章は,本書の他の部分とは,やや独立した話題を扱う.球面単体と双 曲単体の体積を,Schl¨ afli の等式を用いて,対数微分形式の反復積分で表示 する青本 [3] の手法とその応用について述べる.
ୈ
1 ষ ෮ੵͷ֓ૅج೦
1.1 1 次微分形式の反復積分 この節ではユークリッド空間 Rn の領域 D で定義された 1 次微分形式の反 復積分の定義を与える.D のなめらかな曲線
γ : r0, 1s Ñ D をとる.つまり,γptq “ pγ1 ptq, . . . , γn ptqq は,閉区間 r0, 1s を含むある開区 間から D への C 8 級写像である.曲線を道 (path) とよぶことがある.
ω“
n ÿ
ai px1 , . . . , xn q dxi
i“1
を D 上定義された 1 次微分形式とする.ここで,ai px1 , . . . , xn q, i “ 1, . . . , n は,D 上の C 8 級関数である.1 次微分形式 ω の γ に沿った線積分は,引き 戻し γ ˚ ω を用いて
ż
ż1 ω“
γ
γ˚ω
0
で与えられる.右辺の積分を具体的に表すと
ż
ω“ γ
n ż1 ÿ
ai pγ1 ptq, . . . , γn ptqqγi1 ptq dt
i“1 0
となる.1 次微分形式の線積分は,曲線 γ のパラメータ表示によらない.こ れは,次のように確かめられる.C 8 級関数 t “ ϕpsq で ϕp0q “ 0, ϕp1q “ 1,
ϕ1 psq ą 0, 0 ď s ď 1 を満たすものをとり,γ˜ psq “ γ ˝ ϕpsq とおく.このと き,合成関数の微分則より γ ˜i1 psq “ γi1 pϕpsqqϕ1 psq, 1 ď i ď n となるので, ż ż ω“ ω γ
が成立する.
γ ˜
8
第 1 章 反復積分の基礎概念
次に 1 次微分形式の反復積分の概念を定義しよう.k を自然数として, ω1 , . . . , ωk を D 上の k 個の 1 次微分形式とする.これらの,道 γ による 引き戻しを閉区間 r0, 1s の座標関数 t を用いて
γ ˚ ωi “ fi ptq dt,
i “ 1, . . . , k
と表す.また,Rk の単体 Δk を
Δk “ tpt1 , . . . , tk q P Rk | 0 ď t1 ď ¨ ¨ ¨ ď tk ď 1u で定める.このとき,1 次微分形式 ω1 , . . . , ωk の曲線 γ に沿った反復積分を
ż
ż
ω 1 ω2 ¨ ¨ ¨ ωk “
f1 pt1 qf2 pt2 q ¨ ¨ ¨ fk ptk q dt1 dt2 ¨ ¨ ¨ dtk
γ
(1.1)
Δk
で定義する.上の式の右辺は,領域 Δk における多重積分であり,逐次積分 によって表される.例えば,k “ 2 のとき
ż
ω1 ω2 “
ż 1 ´ż t2
γ
¯ f1 pt1 q dt1 f2 pt2 q dt2
0
0
とも書ける.一般に,反復積分は道 γ のパラメータ表示にはよらない.これ は,線積分の場合と同様に,合成関数の微分則と重積分の変数変換の公式を 用いて示すことができる. 例 1.1.1 ユークリッド空間 Rn 上の 1 次微分形式 ω1 , . . . , ωn を ωi “ dxi ,
i “ 1, . . . , n で定める.また,原点 O と点 P pa1 , . . . , an q を結ぶ線分を γptq “ pa1 t, . . . , an tq,
0ďtď1
とパラメータ表示する.このとき,
ż
ω1 ω2 “
ż 1 ´ż t2
γ
0
0
¯ 1 a1 dt1 a2 dt2 “ a1 a2 2
となる.これを繰り返して
ż
ω1 ω 2 ¨ ¨ ¨ ω n “ γ
1 a1 a2 ¨ ¨ ¨ an n!
が得られる.重複した微分形式の反復積分については,例えば
ż
ω1 ω1 “ γ
ż 1 ´ż t2 0
0
¯ 1 a1 dt1 a1 dt2 “ a21 2
となる.一般に,ωi1 , ωi2 , . . . , ωim を,それぞれ ω1 , ω2 , . . . , ωn のいずれか
1.1 1 次微分形式の反復積分
とするとき,
ż ωi1 ωi2 ¨ ¨ ¨ ωim “ γ
9
ar11 ar22 . . . arnn pr1 ` r2 ` ¨ ¨ ¨ ` rn q!
と表される.ここで,rj , 1 ď j ď n は添字 i1 , i2 , . . . , im に含まれる j の個 数を表す. 例 1.1.2 微分形式 ω0 , ω1 を
ω0 “
dx , x
ω1 “
dx 1´x
で定める.また,曲線 γ として数直線上で原点 O と x を結ぶ線分をとる.こ こで,0 ă x ă 1 とする.このとき,微分形式 ω1 , ω0 の γ に沿った反復積 分は
ż
żx ω1 ω0 “ ´
γ
0
logp1 ´ tq dt t
で与えられる.上の式の右辺は,2 重対数関数とよばれ,Li2 pxq と表す.2 重 対数関数はベキ級数展開
Li2 pxq “
8 ÿ xn n2 n“1
をもつ.このベキ級数の収束半径は 1 であり,よく知られているように x “ 1 では
Li2 p1q “
8 ÿ 1 π2 “ 2 n 6 n“1
となる.
1 次微分形式の反復積分について,いくつかの基本的な性質を説明しよう. 曲線 γ : r0, 1s Ñ D に対して,逆にたどった曲線 γ ´1 を γ ´1 ptq “ γp1 ´ tq,
0ďtď1
で定める.このとき,γ と γ ´1 に沿った反復積分の間には,以下のような関 係がある. 補題 1.1.3 領域 D 上の 1 次微分形式 ω1 , . . . , ωk の反復積分について,
ż
ż
γ ´1
が成立する.
ω1 ω2 ¨ ¨ ¨ ωk “ p´1qk
ωk ¨ ¨ ¨ ω 2 ω1 γ
10
第 1 章 反復積分の基礎概念
[証明]微分形式 ωi , 1 ď i ď k の γ による引き戻しを γ ˚ ωi “ fi ptq dt と表 すと,
pγ ´1 q˚ ωi “ ´fi p1 ´ tq dt となる.したがって,
ż
γ ´1
ω1 ¨ ¨ ¨ ωk “ p´1qk
ż 0ďt1 﨨¨ďtk ď1
f1 p1 ´ t1 q ¨ ¨ ¨ fk p1 ´ tk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk
が得られる.ここで,si “ 1 ´ ti , 1 ď i ď k と変数変換すると,上の式の右
ż
辺は
p´1q
k 0ďsk 﨨¨ďs1 ď1
f1 ps1 q ¨ ¨ ¨ fk psk q ds1 ¨ ¨ ¨ dsk
ż
と表され,これは
p´1qk
ωk ¨ ¨ ¨ ω2 ω1 γ
[ \
に等しい.以上で補題は証明された.
2 つの曲線 α : r0, 1s Ñ D と β : r0, 1s Ñ D は αp1q “ βp0q を満たすとす る.このとき,曲線の合成 αβ を $ &αp2tq, 0 ď t ď 12 αβ “ 1 %βp2t ´ 1q, ďtď1 2
で定める.1 次微分形式の線積分については,加法性
ż
ż
ż
ω“ αβ
ω` α
ω β
が成り立つ.それに対して,曲線の合成に関する反復積分のふるまいは,以 下のように述べられる. 命題 1.1.4 1 次微分形式 ω1 , . . . , ωk の,曲線 α, β の合成 αβ に沿った反復 積分は
ż ω1 ¨ ¨ ¨ ω k “ αβ
ÿ ż
ż
ż
ω1 ω2 “ である.
ω1 ¨ ¨ ¨ ωi
0ďiďk α
を満たす.とくに,k “ 2 のとき,
αβ
ż
ż
ż
ω1 ω2 ` α
ωi`1 ¨ ¨ ¨ ωk β
ω2 `
ω1 α
ż
β
ω1 ω2 β
1.1 1 次微分形式の反復積分
11
[証明]単体 Δk の部分集合 Δik , 0 ď i ď k を
ˇ ! 1 1) ˇ Δik “ pt1 , . . . , tk q P Δk ˇ ti ď , ti`1 ě 2 2
で定める.ただし,
! Δ0k “ pt1 , . . . , tk q P Δk ! Δkk “ pt1 , . . . , tk q P Δk
ˇ 1) ˇ ˇ t1 ě 2 ˇ 1) ˇ ˇ tk ď 2
とする.図 1.1 に示したように,単体 Δk は,Δik , 0 ď i ď k に分割され Δk における積分は Δik , 0 ď i ď k における積分の和として表される.ここで,
ż
Δik
ż
ż
f1 pt1 q ¨ ¨ ¨ fk ptk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk “
ω1 ¨ ¨ ¨ ω i α
ωi`1 ¨ ¨ ¨ ωk β
であることを用いると,求める結果が得られる.
[ \
図 1.1 単体 Δ2 の分割
命題 1.1.4 で示した性質は,反復積分から基本群に関する非可換な情報を 抽出する際に重要な役割を果たす.この点については,後に詳しく説明する. 次に反復積分の積とシャッフルについて述べる.自然数 k, に対して
I “ t1, 2, . . . , k ` u とおく.k ` 個の文字 1, 2, . . . , k ` の置換 σ が pk, q-シャッフルである とは
σ ´1 p1q ă ¨ ¨ ¨ ă σ ´1 pkq σ ´1 pk ` 1q ă ¨ ¨ ¨ ă σ ´1 pk ` q
12
第 1 章 反復積分の基礎概念
が満たされることである.pk, q-シャッフル全体の集合を Sk, で表す.置換 σ を 文字列 pσp1q, . . . , σpk ` qq で記述することにする.例えば,置換 p3, 4, 1, 5, 2q は,p2, 3q-シャッフルである,1 次微分形式の反復積分の積について,次の命 題が成立する. 命題 1.1.5 1 次微分形式 ω1 , . . . , ωk` の反復積分の積
ż
ż
ω1 ¨ ¨ ¨ ω k γ
ωk`1 ¨ ¨ ¨ ωk` γ
は,pk, q-シャッフルについての和
ÿ ż
σPSk,
ωσp1q ¨ ¨ ¨ ωσpk`q
γ
で表される. [証明]これまでと同様に ωi , 1 ď i ď k ` の γ による引き戻しを γ ˚ ωi “
fi ptq dt と表すと ż ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωk ωk`1 ¨ ¨ ¨ ωk` γ γ ż ż “ f1 pt1 q ¨ ¨ ¨ fk ptk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk f1 ptk`1 q ¨ ¨ ¨ fk ptk` q dtk`1 ¨ ¨ ¨ dtk` Δk Δ ż “ f1 pt1 q ¨ ¨ ¨ fk` ptk` q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk` Δk ˆΔ
が得られる.ここで,pk, q-シャッフル σ に対して
Δσk, “ tpt1 , . . . , tk` q P Δk ˆ Δ | 0 ď tσp1q ď ¨ ¨ ¨ ď tσpk`q ď 1u とおくと,単体の直積 Δk ˆ Δ は Δσ k, , σ P Sk, によって分割され,かつ
Δσk, は Δk` と同一視されるので,上の積分は ÿ ż f1 pt1 q ¨ ¨ ¨ fk` ptk` q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk` “
σPSk,
Δσ k,
σPSk,
Δk`
ÿ ż
f1 ptσp1q q ¨ ¨ ¨ fk` ptσpk`q q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk`
と表される.よって,求める結果が得られる.
[ \
命題 1.1.5 を適用すると,1 次微分形式の γ に沿った反復積分の積について,
ż
ż
ω2 “
ω1 γ
ż
γ
ż
ω1 ω2 ` γ
ω2 ω1 γ
ż
ż ω3 “
ω1 ω2 γ
γ
1.2 反復積分のホモトピー不変性
ż
ż
ω1 ω2 ω3 ` γ
ż
ω1 ω3 ω2 ` γ
13
ω 3 ω1 ω2 γ
などが得られる.
1.2 反復積分のホモトピー不変性 次に,反復積分が道の連続的な変形についてどのように変化するかを調べ よう.領域 D の 2 点 p, q を固定する.2 点 p, q を結ぶ D の道 γ0 , γ1 をと る.ここで,γi : r0, 1s Ñ D, i “ 0, 1 は区分的 C 8 級写像で,γi p0q “ p,
γi p1q “ q を満たす. 道 γ0 , γ1 が互いにホモトープであるとは,区分的 C 8 級写像
F : r0, 1s ˆ r0, 1s Ñ D が存在して,
F p0, tq “ γ0 ptq, F ps, 0q “ p,
F p1, tq “ γ1 ptq
F ps, 1q “ q,
0ďsď1
となることである.ただし,F が区分的 C 8 級写像であるとは,F が連続写 像で,それぞれの区間の分割 0 ă s1 ă ¨ ¨ ¨ ă sk ă 1, 0 ă t1 ă ¨ ¨ ¨ ă t ă 1 が存在して,F の psi , si`1 q ˆ ptj , tj`1 q, 1 ď i ď k ´ 1, 1 ď j ď ´ 1 への制限が C 8 級となることである.ここで,F ps, tq “ γs ptq とおくと γs ,
0 ď s ď 1 は,γ0 と γ1 を結ぶ道の変形族を与える.互いにホモトープであ るという関係は,2 点 p と q を結ぶ区分的 C 8 級の道全体の集合に同値関係 を定める.この同値関係による同値類を,道のホモトピー類とよぶ.領域 D に点 x0 を固定し,γ を x0 を基点とする区分的 C 8 級の閉曲線とする.つま り,γ : r0, 1s Ñ D は.区分的 C 8 級写像で,γp0q “ γp1q “ x0 を満たすと する.このような閉曲線 γ を,x0 を基点とするループ (loop) とよぶ.基点を
x0 とするループのホモトピー類の集合を π1 pD, x0 q で表す.これは,ループ の合成に関して群の構造を持ち,D の x0 を基点とする基本群 (fundamental group) とよぶ.基本群に関する基礎的な事項については,文献 [31] などを参 照されたい.ここでは,典型的な例をいくつか挙げるにとどめる. 例 1.2.1 D を複素平面から原点 O を除いた領域として,基点 x0 を z “ 1 とする.基本群 π1 pD, x0 q は,図 1.2 左に示した,x0 を基点として原点 O を 反時計回りに 1 周するループのホモトピー類で生成される自由加群 Z と同型 である.
14
第 1 章 反復積分の基礎概念
図 1.2 基本群の生成元
群の同型 π1 pD, x0 q – Z は,ループに対して原点 O の周りの回転量を対 応させることによって与えられる. 例 1.2.2 D を複素平面から 2 点 z “ 0 と z “ 1 を除いた領域として,基点
x0 を z “ 12 とする.基本群 π1 pD, x0 q は,図 1.2 右に示した,x0 を基点と して z “ 1 と z “ 0 をそれぞれ反時計回りに 1 周するループ α と β のホモ トピー類で生成される自由群と同型である.とくに,ループの合成 αβ と βα は互いにホモトープではない.この事実の反復積分を用いた証明を 1.3 節で 与える. 自由群は本書で重要な役割を果たす群なので,ここで定義を述べておこう. 文字の集合 X “ tx1 , . . . , xn u に対して,新たに文字の集合 X 1 “ tx´1 1 ,..., 1 x´1 n u を作り,Ω “ X Y X とおく.Ω の要素からなる長さ有限の文字列を Ω 上の語 (word) とよぶ.Ω 上の 2 つの語 a “ a1 a2 ¨ ¨ ¨ ap と b “ b1 b2 ¨ ¨ ¨ bq
の積を,これらの文字を並べて
ab “ a1 a2 ¨ ¨ ¨ ap b1 b2 ¨ ¨ ¨ bq で定める.Ω 上の語全体の集合を W pΩq で表す.ここで,空集合からなる語 も W pΩq の要素とみなす.語 a に x P X, x´1 P X 1 がとなり合っている部 分があるときこれらを除く操作を簡約という.ある語について,簡約の操作 を繰り返して,これ以上簡約できない表示にしたものを語の簡約表示とよぶ.
W pΩq の同値関係 „ を,a „ b であるとは a, b の簡約表示が一致すること であると定める.F pXq を W pΩq の同値関係 „ による同値類の集合とする. 語 a の属する同値類を ras で表し,F pXq における積を rasrbs “ rabs
1.2 反復積分のホモトピー不変性
15
で定義する.このとき,F pXq は群の構造をもつ.F pXq を集合 X で生成さ れる自由群 (free group) とよぶ.自由群 F pXq は集合 X で生成され,非自 明な関係式を持たない群である.以後,n 個の文字の集合で生成される自由 群を Fn で表す. 例 1.2.3 複素線形空間 Cn の座標関数を z1 , . . . zn として,j “ 1, . . . , n に ついて zj “ 0 で定まる部分空間を Hj とおく.このとき補集合
Cn
I ď
Hj
1ďjďn
の基本群は,階数 n の自由加群 Zn と同型である.
1 次微分形式の線積分についての次の補題は基本的である. 補題 1.2.4 1 次微分形式 ω はユークリッド空間 Rn の領域 D で定義された 閉形式であるとする.つまり,dω “ 0 が成り立つとする.D の 2 点 p, q を 結ぶ区分的 C 8 級の道 γ0 , γ1 が互いにホモトープならば
ż
ż
ω“ γ0
ω γ1
が成立する. [証明] γ0 , γ1 は互いにホモトープなので区分的 C 8 級写像 F : r0, 1s ˆ
r0, 1s Ñ D で F p0, tq “ γ0 ptq, F p1, tq “ γ1 ptq, F ps, 0q “ p, F ps, 1q “ q, 0 ď s ď 1 を満たすものが存在する.Δ “ r0, 1s ˆ r0, 1s とおく.微分形式 ω の F による引き戻し F ˚ ω は dF ˚ ω “ F ˚ dω “ 0 ż
を満たす.よって
dF ˚ ω “ 0
Δ
となる.一方,Stokes の定理より
ż
Δ
dF ˚ ω “
ż
BΔ
F ˚ω “
ż
ż ω´ γ0
が成立する.したがって,求める結果が得られる.
ω γ1
[ \
上の補題の状況で,領域 D に基点 x0 をとる,D の点 x と,x0 から x に 至る道 γ に対して,閉微分形式 ω の積分
ż
ω γ
16
第 1 章 反復積分の基礎概念
を考えると,これは補題で示したように,γ のホモトピー類のみによる.こ
r上 のことから,上の積分は, D 上の多価関数,正確には D の普遍被覆空間 D の関数を与えることがわかる.普遍被覆空間についての詳細は,文献 [31] な どを参照されたい. 例 1.2.5 D を複素平面 C から原点 O を除いた領域とする.D 上の正則 1 次 微分形式
dz z
ω“
を考える.ここで,dz “ dx ` i dy である.D の基点として z “ 1 をとり, 基点から z P C に至る道 γ に沿った積分
ż
żz
ω“ γ
1
dz z
を考える.これは,D 上の多価正則関数であり,対数関数 log z にほかならな い.上の z “ 1 を始点とする道 γ が,領域 D から実軸上の p´8, 0s を除い た部分に含まれるようにとると,上の積分は z “ reiθ , r ą 0, ´π ă θ ă π に対して
log z “ log r ` iθ を与える対数関数の分岐に対応する.また,γ を z “ 1 を基点とするループ とするとき,対応
γ ÞÑ
1 ?
ż
2π ´1
ω γ
は,例 1.2.1 で説明した基本群の同型 π1 pD, x0 q – Z を与える. 例 1.2.6 次に前節の例 1.1.2 で説明した 2 重対数関数を多価正則関数として 解析接続することを考えよう.D を複素平面 C から原点 O と z “ 1 を除い た領域とする.D 上の正則 1 次微分形式 ω0 , ω1 を
dz 1´z で定義する.基点 x0 として,実軸上の点 z “ ε, 0 ă ε ă 1 をとる.複素平 面から実軸上の半直線 r1, 8q を除いた領域を D 1 とする.x0 から z P D1 に 至る D 1 内の道を γ とする.領域 D1 において ω r “ ´ logp1 ´ zqω0 は一価正 則な微分形式を定める.対数関数 logp1 ´ zq の分岐を ´π ă argp1 ´ zq ă π となるようにとると,ω1 と ω0 の γ に沿った反復積分は ż ż ż logp1 ´ zq r“´ ω 1 ω0 “ ω dz z γ γ γ ω0 “
dz , z
ω1 “
17
1.2 反復積分のホモトピー不変性
で与えられる.ここで,
dr ω “ ω1 ^ ω 0 “ 0 ş
ω1 ω0 は,γ のホモトピー類のみにより,D1 上の正 則関数を定める.基点 x0 について,ε Ñ 0 とすると,この正則関数は,2 重 対数関数 Li2 pxq の領域 D1 への解析接続と考えられる.領域 D 上では
となるので,反復積分
γ
logp1 ´ zq dz z は,多価正則な微分形式である.基点 x0 から z P C に至る道 γ をとると反 ş 復積分 γ ω1 ω0 は,γ のホモトピー類のみにより,D 上の多価正則関数を定 ω r“´
める. 上の例では,関係式 ω1 ^ ω0 “ 0 が成立していることが,反復積分
ş γ
ω 1 ω0
が,γ のホモトピー類のみによることを示す上で本質的であった.これは,以 下のように一般化される. 命題 1.2.7 1 次微分形式 ωi , i “ 1, . . . , k はユークリッド空間 Rn の領域 D で定義された閉形式であるとする.このとき,定数 cij , 1 ď i ă j ď k に対 して関係式
ÿ
cij ωi ^ ωj “ 0
iăj
が成立すると仮定する.領域 D の基点 x0 をとり,x0 から x P D に至る D の道 γ0 , γ1 が互いにホモトープであるとすると,γ0 , γ1 に沿った反復積分に ついて,
ÿż iăj
ÿż
cij ωi ωj “
γ0
iăj
cij ωi ωj
γ1
が成立する. [証明]基点 x0 から x に至る D の道 γ について
fri “
ż
ωi γ
とおくと,dωi “ 0 より,この積分は γ のホモトピー類のみによる.したがっ
r 上の関数を定め て,fri は,D 上 x の多価関数となり,D の普遍被覆空間 D
r Ñ D に関して,πpy0 q “ x0 となる y0 P D r をとる. る.自然な射影 π : D また,y0 を基点とする γ のリフトを γ r とする.ここで,γ のリフト γ r とは, r の曲線である.反復積分 y0 を始点とし,γ r ˝ π “ γ を満たす D
18
第 1 章 反復積分の基礎概念
ÿż
iăj
r 上の微分形式 は,D ω r“
cij ωi ωj
γ0
ÿ
cij fri ωj
iăj
のγ r に沿った積分と考えられる.ここで,仮定より
dr ω“
ÿ
cij ωi ^ ωj “ 0
iăj
となるので,積分
ş γ r
ω r はγ r のホモトピー類のみによる.また,γ0 , γ1 の y0
を基点とするリフトは,互いにホモトープとなるので,求める結果が得られ
[ \
る.
命題 1.2.7 を用いると,1 次微分形式の間の 2 次関係式から,ホモトピー不 変な反復積分を構成することができる.典型的な例を挙げておこう. 例 1.2.8 3 次元複素線形空間 C3 の座標関数を pz1 , z2 , z3 q で表し,Hij , 1 ď
i ă j ď 3 を zi “ zj で定まる C3 の超平面とする.このとき X3 を,これら の超平面の補集合,つまり
X3 “ C3
I
ď
Hij
1ďiăjď3
とおく.X3 上の 1 次微分形式 ωij , 1 ď i ă j ď 3 を
ωij “ d logpzi ´ zj q “
dzi ´ dzj zi ´ zj
で定める.容易に確かめられるように,これらの微分形式の間には関係式
ω12 ^ ω23 ` ω23 ^ ω13 ` ω13 ^ ω12 “ 0 が成立する.命題 1.2.7 より,反復積分
ż
Ipγq “
pω12 ω23 ` ω23 ω13 ` ω13 ω12 q γ
は,道 γ の端点を固定するホモトピーによって不変であることがわかる.X3 の基点 x0 を固定し,始点と終点を x0 とするループ γ をとる.ループ γ は, 図 1.3 のように,互いに交わらない 3 本のひもからなる組みひもを定める. 組みひもについては,6.3 節で詳しく述べる.ここで,pa1 , a2 , a3 q は基点 x0
1.3 微分方程式の解の反復積分表示
19
の座標を表す.それぞれのひもの始点と終点は同じ座標となっていて,この ような組みひもは純粋組みひもとよばれる.X3 の基本群は,3 本のひもから なる純粋組みひも群とよばれ,これを P3 で表す.
図 1.3 3 本のひもからなる純粋組みひも
上の反復積分がホモトピー不変であることから,写像
I : P3 Ñ C が定まる.このようにして,反復積分を用いて純粋組みひものホモトピー不 変量が構成された,この構成については,第 6 章でさらに詳しく取り上げる.
1.3 微分方程式の解の反復積分表示 この節では,ユークリッド空間 Rn の領域 D で, 次のような全微分方程 式を扱う.m を自然数として,ω “ pωij q1ďi,jďm を D 上定義された 1 次 微分形式 ωij , 1 ď i, j ď m を成分とする m 次の正方行列とする.また,
φij px1 , . . . , xn q, 1 ď i, j ď m を未知関数として,行列 Φ “ pφij q1ďi,jďm に ついての全微分方程式
dΦ “ Φω
(1.2)
を考える.成分ごとに書くと
dφij “
m ÿ
φik ωkj
k“1
と表される. 領域 D に基点 x0 をとり,D のなめらかな道 γptq で,γp0q “ x0 を満たす ものをとる.上の Φ を γ に制限して,
Xptq “ Φpγptqq
20
第 1 章 反復積分の基礎概念
とおく.また,微分形式 ωij の γ による引き戻しを γ ˚ ωij “ aij ptq dt と表し て,aij ptq を ij-成分とする行列を Aptq とおく.上の全微分方程式は,道 γ 上では,常微分方程式
d Xptq “ XptqAptq dt と表される.また,Xptq の行ベクトルの 1 つを
(1.3)
xptq “ px1 ptq, . . . , xm ptqq とおくと,これらは連立線形常微分方程式 m ÿ d aij ptqxi ptq, xj ptq “ dt i“1
i “ 1, . . . , m
(1.4)
を満たす. 常微分方程式 (1.3) の解を逐次近似法によって表示してみよう.初期値を
Xp0q “ I とする.ここで,I は単位行列を表す.常微分方程式 (1.3) は,積分方程式
żt Xptq “ I `
XptqAptq dt
(1.5)
0
と同値である.この積分方程式の解の近似列を構成するため,関数列 Xn ptq,
n “ 0, 1, 2, . . . を X0 ptq “ I
żt
Xk`1 ptq “ I `
Xk ptqAptq dt 0
で定める.以下,t ě 0 として順番に計算していくと
żt
X1 ptq “ I `
Aptq dt 0 żt
X2 ptq “ I `
Aptq dt ` 0
ż t ´ż t2 0
¯ Apt1 q dt1 Apt2 q dt2
0
などとなる.一般項は,単体 Δk ptq を
Δk ptq “ tpt1 , . . . , tk q P Rk | 0 ď t1 ď ¨ ¨ ¨ ď tk ď t u として,
Xn ptq “ I `
n ż ÿ k“1 Δk ptq
Apt1 q ¨ ¨ ¨ Aptk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk
(1.6)
1.3 微分方程式の解の反復積分表示
21
と表される.これを,反復積分の記号を用いて
Xn ptq “ I `
n ż ÿ γ
k“1
ω ¨¨¨ω loomoon k
と表す.ここで,γ は 0 から t に至る線分を表す.このようにして,n Ñ 8 と すると求める常微分方程式の解が得られる.正確には,次の命題が成り立つ. 命題 1.3.1 行列の無限級数 8 ż ÿ
Xptq “ I `
k“1
γ
ω ¨¨¨ω loomoon k
は,一様収束し,これは初期条件 Xp0q “ I を満たす常微分方程式 (1.3) の 解を与える. [証明]正の数 α を固定して,0 ď t ď α における関数 |aij ptq| の最大値を
cij とする.また, M “ max1ďi,jďm cij pkq
とおく.このとき,行列の積 Apt1 q ¨ ¨ ¨ Aptk q の ij-成分を aij pt1 , . . . , tk q と 表すと pkq
|aij pt1 , . . . , tk q| ď mk´1 M k が成り立つ.したがって,
ˇż ˇ ˇ
pkq aij pt1 , . . . , tk q dt1
ż ˇ ˇ k´1 k ¨ ¨ ¨ dtk ˇ ď m M
Δk
dt1 ¨ ¨ ¨ dtk
Δk
ď
mk´1 M k k!
となり,行列の無限級数 Xptq の各成分は, 収束級数
δij `
8 ÿ mk´1 M k 1 “ δij ` pemM ´ 1q k! m k“1
を優級数にもつ.よって,Xptq の各成分は, 一様収束する.さらに,行列の 無限級数 Xptq は,項別微分できて,
żt
´ d Xptq “ Aptq ` dt
¯ Apt1 q dt1 Aptq ` ¨ ¨ ¨ “ XptqAptq
0
が成り立つ.以上で,命題が示された.
[ \
22
第 1 章 反復積分の基礎概念
このようにして,常微分方程式 (1.3) の解が,反復積分の無限和によって 表示された.上の命題では,初期条件を Xp0q “ I としたが,一般に初期条 件を Xp0q “ X0 とすると,解は 8 ż ´ ¯ ÿ Xptq “ X0 I ` ω ¨¨¨ω loomoon γ
k“1
(1.7)
k
と表される.初期条件 Xp0q “ I を満たす解を,常微分方程式 (1.3) の基本 解とよぶ. 行列 Xptq が常微分方程式 (1.3) の解であるとき,Xptq の行列式は,微分 方程式
d det Xptq “ Tr Aptq det Xptq dt ř を満たすことが確かめられる.ここで,Tr Aptq “ i aii ptq である.上の微 分方程式を解いて,
det Xptq “ det Xp0q exp
´ż t
¯ Tr Apsq ds
0
が得られる.したがって,det Xp0q ‰ 0 ならば,すべての t について,
det Xptq ‰ 0 となる.このとき,Xptq の m 個の行ベクトルは線形独立であ り,連立線形常微分方程式 (1.4) の m 個の独立な解を与える.Xptq の行列式 をロンスキアン (Wronskian) とよぶ. 常微分方程式 (1.3) において,行列 Xptq と Aptq の順序を入れ替えて d Xptq “ AptqXptq dt を考えると,解の近似列 (1.6) に対応する式は n ż ÿ I` Apt1 q ¨ ¨ ¨ Aptk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk
(1.8)
k“1 tět1 쨨¨ětk ě0
となり,反復積分を行う順序が反対になる.反復積分の順序については,文 献によって異なる記法が用いられていることがあるので注意を要する. 反復積分によって具体的に解が求まる微分方程式の例を挙げよう.前節の 例 1.2.6 のように,D を複素平面 C から原点 O と z “ 1 を除いた領域とし て,D 上の 1 次微分形式
ω0 “ をとる.行列 A, B を
dz , z
ω1 “
dz 1´z
1.3 微分方程式の解の反復積分表示
¨
˛
¨ 0 ˚ B “ ˝0 0
0 1 0 ˚ ‹ A “ ˝0 0 0‚, 0 0 0
0 0 0
˛
23
0 ‹ 1‚ 0
として,
ω “ Aω0 ` Bω1 とおき,微分方程式 dΦ “ Φω を考える.行列 A, B はベキ零行列で,A2 “
B 2 “ 0, BA “ 0 を満たすことに注意しよう.領域 D に基点 z0 をとり,z0 を始点とする道 γptq をとる.道 γ 上での基本解 Xptq “ Φpγptqq は, ż ż ż Xptq “ I ` A ω0 ` B ω1 ` AB ω0 ω1 γ
γ
γ
と表される.ここで,前節で示したように,右辺は γ のホモトピー類のみに よる.したがって,z “ γptq とおくと Φpzq は,領域 D 上の多価正則関数を 表す.行列表示すると
¨ ş 1 γ ω0 ˚ Φpzq “ ˝0 1 0
ş ş
γ
ω0 ω 1 γ
0
˛
‹ ω1 ‚ 1
となる.このようにして,求める微分方程式の解は対数関数と 2 重対数関数 によって表されることが分かった.この例を題材にして,解の多価性につい て,もう少し詳しく考察してみよう. 基点 z0 とする D のループ
α : r0, 1s Ñ D,
αp0q “ αp1q “ z0
をとる.上の微分方程式 dΦ “ Φω のループ α に沿った解を Xptq “ Φpαptqq とおくと,
ż ż ż ¯ ´ Xp1q “ Xp0q I ` A ω0 ` B ω1 ` AB ω0 ω1 α
を満たす.つまり,
¨
1 ˚ ρpαq “ ˝0 0
α
ş
ω0 1 0
α
ş
α
˛ ω0 ω1 ‹ ω α 1 ‚ 1
α ş
とおくと,
Xp1q “ Xp0qρpαq
24
第 1 章 反復積分の基礎概念
と表される.この式は,微分方程式の解のループ α に沿った多価性を表現し ていると考えられる.解をループ α にそって解析接続していくと解 Xptq は, もとの値には戻らず,行列 ρpαq で表される線形変換がほどこされることにな る.行列 ρpαq をループ α に沿ったモノドロミー行列 (monodromy matrix) とよぶ.行列 ρpαq は α のホモトピー類のみによって定まる.基点を z0 とす る 2 つのループ α, β の合成について,
ρpαβq “ ρpαqρpβq が成立する.これは,微分方程式の解の一意性からしたがうが,1.1 節の命題
1.1.4 で示した関係式 ż ż ż ż ż ω0 ω1 “ ω0 ω1 ` ω0 ω1 ` ω0 ω1 αβ
α
α
β
β
からも直接証明することができる.
3 次の複素正方行列で ¨
1 ˚ ˝0 0
˛ x z ‹ 1 y ‚, 0 1
x, y, z P C
の形のもの全体からなる群を G とする.G は非可換群であり,積構造を行列 の成分 px, y, zq で書くと,
px, y, zq ˚ px1 , y 1 , z 1 q “ px ` x1 , y ` y 1 , z ` xy 1 ` z 1 q と表される.上の構成により,モノドロミー行列は D の基本群 π1 pD, z0 q か ら群 G への準同型
ρ : π1 pD, z0 q Ñ G を与える.この準同型写像 ρ が,実際に基本群の非可換な情報をとらえてい ることを見るため,一般に次の補題を示そう. 補題 1.3.2 ユークリッド空間 Rn の領域 D において x0 P D を基点とする ループ α, β をとる.D 上の 1 次微分形式 ϕ1 , ϕ2 について
ż
αβα´1 β ´1
が成り立つ.
ż
ż
ϕ1 ϕ2 “
ϕ2 ´
ϕ1 α
β
ż
ż
ϕ2 α
ϕ1 β
25
1.3 微分方程式の解の反復積分表示
[証明] 1.1 節の命題 1.1.4 を繰り返し用いると
ż
ϕ1 ϕ2 ż ż ż ż ż ż “ ϕ1 ϕ2 ` ϕ2 ϕ1 ´ ϕ1 ϕ2 ` ϕ1 ϕ2 ` ϕ2 ϕ1 α α α α β β ż ż ż ż ż ż ´ ϕ1 ϕ2 ` ϕ1 ϕ2 ´ ϕ2 ϕ1 αβα´1 β ´1
β
β
α
β
α
ここで,命題 1.1.5 を用いると,
ż
ż
ϕ1 ϕ2 `
ż
ż
ϕ2 ϕ1 ´
α
β
α
ϕ2 “ 0
ϕ1 α
α
[ \
となる.道 β についても同様である.よって,補題が証明された. 再び D “ Czt0, 1u の場合に戻ろう.領域 D の基点として,z0 “
1 2
とし
て,α, β を,図 1.4 のように,それぞれ z “ 0, z “ 1 のまわりを一周する ループとする.このとき,
ż
ż ω0 “
ω1 “ 2πi
α
β
となるので,補題 1.3.2 より,
ż
αβα´1 β ´1
ω0 ω1 “ ´4π 2
が得られる.このようにして,交換子 αβα´1 β ´1 に沿った,ω0 , ω1 の反復積 分が 0 にならないことが示された.1 次微分形式 ω の線積分については, 積 分の道の合成に関する加法性から,
ż
αβα´1 β ´1
ż
ω“
ż
ω` α
ż ω´
β
ż ω´
α
ω“0 β
が成立する.反復積分を用いることによって,ループ αβ が βα とホモトー プでないことが示された.このように,反復積分によって,通常の微分形式 の積分ではとらえられない,非可換な情報を抽出することができる.
図 1.4 ループ α, β
26
第 1 章 反復積分の基礎概念
1.4 多重対数関数 この節では,2 重対数関数 Li2 pzq のいくつかの一般化を扱う.すでに示し たように,2 重対数関数は原点においてベキ級数展開
Li2 pzq “
8 ÿ zn n2 n“1
をもつ.このベキ級数の収束半径は 1 で, z “ 1 において収束し,その値は
Li2 pzq “
8 ÿ 1 π2 “ n2 6 n“1
となる.この値は Riemann ゼータ関数の特殊値 ζp2q である.ここで,Riemann ゼータ関数は 8 ÿ 1 ζpsq “ ns n“1 で与えられ,s ą 1 で収束する.解析接続によって,Riemann ゼータ関数は, 有理型関数として,複素平面全体に拡張される. 一般に,k を 2 以上の整数として,ベキ級数
Lik pzq “
8 ÿ zn nk n“1
(1.9)
を考える.このベキ級数の収束半径は,1 である.また,z “ 1 において収 束し,その値は Riemann ゼータ関数の特殊値 ζpkq である.上のベキ級数
Lik pzq で定まる関数を多重対数関数 (polylogarithm) とよぶ.複素平面から 実軸上の半直線 r1, 8q を除いた領域を D 1 として,原点と z P D 1 を結ぶ線分 を γ とする.2 重対数関数は,積分表示 ż logp1 ´ zq Li2 pzq “ ´ dz (1.10) z γ により,領域 D1 に,正則関数として解析接続することができる.ここで,対 数関数 logp1 ´ zq の分岐を ´π ă argp1 ´ zq ă π となるようにとる.さら に 1.2 節で示したように,2 重対数関数は,複素平面から原点と z “ 1 を除 いた領域 D 上多価正則関数に解析接続することができる.D 上の正則 1 次 微分形式 ω0 , ω1 を
ω0 “
dz , z
ω1 “
dz 1´z
を用いると,2 重対数関数は,反復積分によって
(1.11)
27
1.4 多重対数関数
ż Li2 pzq “
ω1 ω 0 γ
と表すことができる.ここで,γ は原点と z P D を結ぶなめらかな道とする. このような表示は,次のように多重対数関数に拡張することができる. まず,|z| ă 1 として,γ を原点と z を結ぶ線分とすると,Lik pzq のベキ級 数表示より,
żz Lik pzq “ 0
Lik´1 ptq dt, t
が得られる.これを反復積分で表すと,
ż
Li3 pzq “
ω1 ω0 ω0 ,
ką2
(1.12)
ż
Li4 pzq “
γ
ω 1 ω0 ω0 ω0 ,
...
γ
などが得られる.上のような反復積分を
ż
Lik pzq “
ω1 ω0k´1
(1.13)
γ
と書く.ここで,記号 ω0k´1 は,微分形式 ω0 の反復積分を k ´ 1 回繰り返す ことを意味する.この積分表示を用いて解析接続することにより,次の補題 が得られる. 補題 1.4.1 多重対数関数 Lik pzq は,複素平面から実軸上の半直線 r1, 8q を 除いた領域 D 1 に,正則関数として解析接続することができる.さらに,多 重対数関数は,複素平面から原点と z “ 1 を除いた領域 D に多価正則関数と して,解析接続される. [証明]上のように領域 D 1 で,対数関数 logp1 ´ zq の分岐を
´π ă argp1 ´ zq ă π となるようにとり,2 重対数関数を積分 (1.10) によって定めると,Li2 pzq は,
D1 で Li2 p0q “ 0 を満たす一価正則関数となる.したがって,関数 ϕ2 pzq “
Li2 pzq z
は,領域 D 1 で一価正則となり,積分 (1.12) によって定まる Li3 pzq も,領域
D1 で一価正則で Li3 p0q “ 0 を満たすことがわかる.これを繰り返して,帰納 的に Lik pzq, k ě 2 は領域 D 1 で一価正則で Lik p0q “ 0 を満たすことが示さ れる.次に,多重対数関数 Lik pzq は領域 D 上の多価正則関数として解析接続 されることを証明する.2 重対数関数の場合には,すでに示してある.D の普
28
第 1 章 反復積分の基礎概念
r とすると,Li2 pzq は D r 上の正則関数となり,ω “ Li2 pzqω0 遍被覆空間を D
r 上の正則な 1 次微分形式である.したがって,dω “ 0 が成り立つ.原 はD
r 上,閉微分形 点と z P D を結ぶなめらかな道を γ とする.関数 Li3 pzq は, D
式 ω の γ のリフトに沿った積分で与えられるので,γ のホモトピー類のみに
r 上の正則関数に解析接続される.同様の議論により,帰納 よって定まり,D 的に Lik pzq, k ě 2 は領域 D 上の多価正則関数としての解析接続されること
[ \
がわかる.
このようにして,反復積分によって,多重対数関数 Lik pzq を領域 D 上の 多価正則関数としてとらえることができる.とくに,積分路として r0, 1s 区 間をとると,等式
ż1 Lik p1q “
ω1 ω0k´1 “ ζpkq,
kě2
0
が得られる. 多重対数関数は,次のように一般化することもできる.自然数 k1 , k2 , . . . , kn をとる.このとき,ベキ級数
ÿ
Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; zq “
0ăm1 㨨¨ămn
z mn mk11 ¨ ¨ ¨ mknn
(1.14)
の収束半径は 1 であり,kn ą 1 ならば z “ 1 において収束する,とくに,
n “ 1 のとき, Lp1; zq “ ´ logp1 ´ zq,
Lpk; zq “ Lik pzq,
kě2
である. ベキ級数 (1.14) について,kn ą 1 のとき,
d 1 Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; zq “ Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ´ 1; zq dz z が成立する.よって,
żz
Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; zq “ 0
1 Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ´ 1; tq dt t
が得られる.また,kn “ 1 のときは,
d 1 Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; zq “ Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn´1 ; zq dz 1´z となり,これより
żz
Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; zq “ 0
1 Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn´1 ; tq dt 1´t
1.4 多重対数関数
29
がしたがう.このことから,Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; zq は,微分形式 ω0 , ω1 の反復積分 によって
żz Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; zq “
ω1 ω0k1 ´1 ¨ ¨ ¨ ω1 ω0kn ´1
(1.15)
0
と表示されることがわかる.ここで,微分形式のベキは,式 (1.13) と同様に 反復積分の繰り返しの回数を表す.反復積分による表示 (1.15) を用いると, 多重対数関数 Lik pzq の場合と同じように,Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; zq は,複素平面から 原点と z “ 1 を除いた領域 D に,多価正則関数として解析接続されることが わかる.とくに,z “ 1 における値
ÿ
Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; 1q “
0ăm1 㨨¨ămn
1 mk11 ¨ ¨ ¨ mknn
は,kn ą 1 のとき収束する.この値を ζpk1 , . . . , kn q とおき,多重ゼータ値
(multiple zeta value) とよぶ.反復積分を用いると ż1 Lpk1 ¨ ¨ ¨ kn ; 1q “ ω1 ω0k1 ´1 ¨ ¨ ¨ ω1 ω0kn ´1
(1.16)
0
と表される.右辺の反復積分は,ω1 で始まって ω0 で終わる形のときに収束 することに注意しよう. 多重ゼータ値の反復積分表示を用いると,多重ゼータ値の間に成り立つ関 係をいくつか示すことができる.式 (1.11) で定義した微分形式 ω0 , ω1 を用 いて,
ż1 Ip1 , . . . , k q “
ω 1 ¨ ¨ ¨ ω k 0
とおく.ここで,j , 1 ď j ď k は 0 または 1 で,積分が収束するように,
1 “ 1, k “ 0 と仮定しておく.この記号のもとで,次の補題が成立する. 補題 1.4.2 関係式
Ip1 , . . . , k q “ Ip1 ´ k , . . . , 1 ´ 1 q が成立する. [証明]反復積分の定義より,
a0 ptq “ とおくと
Ip1 , . . . , k q “
1 , t
a1 ptq “
1 1´t
ż 0ďt1 﨨¨ďtk ď1
a 1 pt1 q ¨ ¨ ¨ a k ptk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk
30
第 1 章 反復積分の基礎概念
と表される.ここで,
sj “ 1 ´ tk`1´j ,
1ďjďk
と変数変換すると,上の積分は
ż
0ďs1 﨨¨ďsk ď1
a 1 p1 ´ sk q ¨ ¨ ¨ a k p1 ´ s1 q ds1 ¨ ¨ ¨ dsk
となり,これは Ip1 ´ k , . . . , 1 ´ 1 q に等しい.よって,求める等式が示さ
[ \
れた. この関係式から,多重ゼータ値の間の関係を導くことができる,例えば
Ip1, 1, 0q “ Ip1, 0, 0q より,多重ゼータ値の関係式
ζp1, 2q “ ζp3q が得られる.この関係式は Euler によって知られていた.同様の方法で得ら れる関係式として
ζp1, 1, 2q “ ζp4q ζp1,. . .,1, 2q “ ζpkq, loomoon
kě3
k´2
ζp1, 2, 2q “ ζp2, 3q などが挙げられる.一般的な関係式を述べるために,多重ゼータ値を
ζp1, . . .,1, q1 , 1,. . .,1, q2 , . . . , 1,. . .,1, qk q loomoon loomoon loomoon p1
p2
pk
の形に表しておく.ここで,p1 , . . . , pk は 0 以上の整数で,q1 , . . . , qk は 2 以 上の整数とする.また,pj “ 0 のときは,対応する部分に 1 はないものとす る.この記法を用いると,上の方法で得られる多重ゼータ値の関係式は,以 下のように述べられる. 命題 1.4.3 多重ゼータ値の間には,関係式
ζp1,. . .,1, q1 , 1,. . .,1, q2 , . . . , 1,. . .,1, qk q loomoon loomoon loomoon p1
p2
pk
1,. . .,1, pk´1 ` 2, . . . , 1,. . .,1, p1 ` 2q “ζp1,. . .,1, pk ` 2, loomoon loomoon loomoon qk ´2
qk´1 ´2
q1 ´2
1.4 多重対数関数
31
が成立する. [証明]左辺の多重ゼータ値を,式 (1.16) を用いて反復積分で表し,さらに, 補題 1.4.2 を用いて変形すると
ζp1,. . .,1, q1 , 1,. . .,1, q2 , . . . , 1,. . .,1, qk q loomoon loomoon loomoon ż1 “
p1
p2
pk
ω1p1 `1 ω0q1 ´1 ¨ ¨ ¨ ω1pk `1 ω0qk ´1
0
ż1 “
ω1qk ´1 ω0pk `1 ¨ ¨ ¨ ω1q1 ´1 ω0p1 `1
0
となる.再び式 (1.16) を用いると,これは命題の右辺の多重ゼータ値に等し
[ \
いことがわかる.
命題 1.4.3 の関係式は,多重ゼータ値の双対関係式 (duality relation) とよ ばれる.関数 Lpk1 . . . kn ; zq の反復積分表示と 1.1 節の命題 1.1.5 で示した 反復積分の積をシャッフルによる和で表す公式を用いて,関数 Lpk1 . . . kn ; zq の間に成立する一連の関係式を求めることができる,例えば
żz
żz
0
żz
ω1 ω0 “ 2
ω1 ω0 0
żz
ω1 ω0 ω1 ω0 ` 4 0
ω1 ω1 ω0 ω0 0
より,関係式
Lp2; zq2 “ 2Lp2, 2; zq ` 4Lp1, 3; zq が導かれる.とくに,z “ 1 とおくと,多重ゼータ値の関係式
ζp2q2 “ 2ζp2, 2q ` 4ζp1, 3q が導かれる.さらに,同様の方法によって,
Lp2; zqLp3; zq “ 6Lp1, 4; zq ` 3Lp2, 3; zq ` Lp3, 2; zq ζp2qζp3q “ 6ζp1, 4q ` 3ζp2, 3q ` ζp3, 2q などが得られる.このようにして得られる多重ゼータ値の間の一連の関係式 を 2 重シャッフル関係式 (double shuffle relations) とよぶ. 多重ゼータ値に関する最近の話題については,金子 [42] および,そこに挙 げられている文献などを参照されたい.
ୈ
2 ষ ϧʔϓ্ۭؒͷඍࣜܗ
2.1 多様体上の微分形式と de Rham の定理 この節では,可微分多様体とその上の微分形式について,この本で必要と なる程度の基礎的な事項をまとめておく.これらは,いずれも多様体と微分 形式に関する標準的な教科書で扱われている内容である.証明などの詳細に ついては,例えば松本 [58] などを参照されたい. 位相空間 M の開集合の族 tUλ uλPΛ と,それぞれの Uλ から Rn への連続 写像 ϕλ が与えられていて,以下の条件 (1), (2), (3) を満たしているとする.
Ť (1) M “ λPΛ Uλ (2) ϕλ pUλ q は,Rn の開集合であり,ϕλ : Uλ ÝÑ ϕλ pUλ q は同相写像で ある.
(3) Uα X Uβ ‰ H のとき, ϕβ ˝ ϕ´1 α : ϕα pUα X Uβ q ÝÑ ϕβ pUα X Uβ q は C r 写像である. このような開集合の族 tUλ uλPΛ を M の C r 級局所座標系という.局所座 標系により,M は局所的には Rn の開集合と同相である.さらに,このとき, ´1 r ´1 ϕβ ˝ ϕ´1 α の逆写像 ϕα ˝ ϕβ も定義より C 級となり,座標変換 ϕβ ˝ ϕα は C r 級微分同相写像となる. 位相空間 M が Hausdorff 空間で,第二可算公理を満たし,さらに,C r 級 局所座標系 tUλ , ϕλ uλPΛ が与えられているとき,M を n 次元 C r 多様体と よぶ.また,C 8 多様体を可微分多様体 (smooth manifold) とよぶこともあ る.可微分多様体 M 上の関数 f : M Ñ R がなめらかであるとは,任意の n 8 局所座標 ϕλ に対して,合成 f ˝ ϕ´1 級 λ が R の開集合上の関数として C
となることである.可微分多様体の間のなめらかな写像の概念も,局所座標
34
第 2 章 ループ空間上の微分形式
系を用いて同様に定義される. 例 2.1.1 M “ Rn はそれ自身,可微分多様体とみなせる. 例 2.1.2 M として n 次元球面
S n “ tpx1 , x2 , . . . , xn`1 q P Rn`1 | x21 ` x22 ` ¨ ¨ ¨ ` x2n`1 “ 1u をとる.Ui` “ tpx1 , x2 , . . . , xn`1 q P S n | xi ą 0u, Ui´ “ tpx1 , x2 , . . . ,
´ xn`1 q P S n | xi ă 0u とおき,ϕ` i , ϕi を
ϕ˘ i px1 , x2 , . . . , xn`1 q “ px1 , . . . , xi´1 , xi`1 , . . . , xn`1 q,
i “ 1, . . . , n ` 1
と定義することにより,S n は n 次元可微分多様体の構造をもつ. 例 2.1.3 Rn`1 ´ t0u に同値関係 „ を以下のように定める.x „ y とは,0 でない実数 λ が存在して,x “ λy となることとする.実射影空間 RP n を, 商空間 Rn`1 ´ t0u{ „ として定義する.px1 , . . . , xn`1 q P Rn`1 ´ t0u の定 める同値類を rx1 : ¨ ¨ ¨ : xn`1 s で表す.
Ui “ trx1 : ¨ ¨ ¨ : xn`1 s P RP n | xi ‰ 0u,
i “ 1, . . . , n ` 1
とおき,ϕi : Ui ÝÑ Rn を
ϕi prx1 : ¨ ¨ ¨ : xn`1 sq “ px1 {xi , . . . , xi´1 {xi , xi`1 {xi , . . . , xn`1 {xi q と定義すると,RP n は n 次元可微分多様体の構造をもつ. 可微分多様体 M の点 p に対して,p を含むある開集合上で定義された C 8 級 関数全体を Fp で表す.Fp は R 上の線形空間の構造をもつ.写像 θ : Fp ÝÑ R で,以下の性質 (1), (2) をもつもの全体を Tp M とおく.
(1) (線形性) θpf ` gq “ θpf q ` θpgq, θpαf q “ αθpf q, (2) (Leibniz 則) θpf gq “ θpf qgppq ` f ppqθpgq
αPR
Tp M は線形空間の構造をもつ. 正の数 ε について,M の C 8 曲線,γ : p´ε, εq ÝÑ M で γp0q “ p とな るものが与えられたとき,f P Fp に対して, dpf pγptqq ˇˇ Xγ pf q “ ˇ dt t“0 とおく.Xγ は Tp M の要素となり,f の p における γ についての方向微分と
2.1 多様体上の微分形式と de Rham の定理
35
よぶ.点 p の周りで,局所座標 px1 , . . . , xn q をとると,p における xi 方向の 方向微分
´ B ¯ , Bxi p
i “ 1, . . . , n
(2.1)
が定義される. ここで,Tp M は,p を通る C 8 曲線についての p における方向微分全体で 生成されることがわかる.M を n 次元多様体とすると,Tp M は n 次元線形 空間となり,接空間 (tangent space) とよばれる.上のように局所座標系を とると (2.1) の n 個のベクトルが Tp M の基底となることが示される. 点 p のまわりで,別の座標系 py1 , . . . , yn q をとると,基底は, n ´ B ¯ ÿ Byj ´ B ¯ “ ppq Bxi p j“1 Bxi Byj p
という規則で変換する. 可微分多様体 M の点 p の近傍で定義されたなめらかな関数 f に対して,p における微分 pdf qp : Tp M ÝÑ R が θ P Tp M に対して,θpf q P R を対応 させることによって定義される.このようにして,f の点 p における微分は, 接空間の双対空間の要素として定式化される. 可微分多様体 M 上のなめらかな関数 f に対して,pdf qp “ 0 となる p を f の臨界点 (critical point) とよぶ.局所座標をとると,これは
´ B ¯ f “ 0, Bxi p
i “ 1, . . . , n
となることと同値である.なめらかな関数 f の臨界点 p において,2 階微分 係数
B2 f ppq, Bxi Bxj
i, j “ 1, . . . , n
を成分とする行列を Hesse 行列 (Hessian) とよび,Hp pf q で表す.Hesse 行 列 Hp pf q は対称行列である.臨界点 p が非退化 (non-degenerate) であると は,Hp pf q が正則行列であることをいう.また,Hesse 行列 Hp pf q の負の固 有値の個数を臨界点 p の指数 (index) という.M 上のなめらかな関数 f が
Morse 関数であるとは,f のすべての臨界点が非退化となることである. Ť M を n 次元可微分多様体とする.TM “ pPM Tp M (共通部分を持たな い和集合)とおいて,TM に以下のように可微分多様体の構造を入れる.ま ず,π : TM ÝÑ M を自然な射影とする.また,pU, ϕq を M の局所座標系 とする.U の点 p をとる.接空間 Tp M の要素
36
第 2 章 ループ空間上の微分形式 n ÿ
v“
αi
i“1
´ B ¯ Bxi p
に対して,ϕpvq r “ pp, pα1 , . . . , αn qq とおいて,写像
ϕ r : π ´1 pU q ÝÑ U ˆ Rn を定義する.別の局所座標 pV, ψq, p P V について, n ÿ
v“
βi
i“1
´ B ¯ Byi p
r˝ϕ r´1 pp, pα1 , . . . , αn qq “ pp, pβ1 , . . . , βn qq は と表すと,座標変換 ψ n ÿ
βi “
αj
j“1
´ By ¯ i
Bxj
ppq
で与えられる. TM の部分集合 O が開集合であるとは,局所座標系 pU, ϕq に対して,ϕpO r X π ´1 pU qq が U ˆ Rn の開集合であることと定義する.こ のようにして,TM は位相空間となり,上の pπ ´1 pU q, ϕq r を局所座標系とす る 2n 次元可微分多様体の構造をもつ.TM を M の接ベクトル束 (tangent
vector bundle) とよぶ. M, N を可微分多様体,f : M ÝÑ N を C 8 写像とする.C 8 写像 df : TM ÝÑ TN が,df pvq “ pdf qp pvq, v P Tp M として定義される.このよう に,多様体の間の写像の大域的な微分は,接ベクトル束の間の写像として定 式化される.
C 8 写像 s : M ÝÑ TM で,π ˝ s “ id を満たすものを,M 上のベクト ル場 (vector field) とよぶ.局所座標 px1 , . . . , xn q を用いると,M 上のベク トル場 X は,局所的には X“
n ÿ
ai px1 , . . . , xn q
i“1
B Bxi
と表される.ここで,ai px1 , . . . , xn q, 1 ď i ď n は C 8 関数であり,X が別 の局所座標 py1 , . . . , yn q に対して
X“
n ÿ
bj py1 , . . . , yn q
j“1
B Byj
と表されるとすると,座標変換則
bi py1 , . . . , yn q “
n ÿ j“1
aj px1 , . . . , xn q
Byi Bxj
2.1 多様体上の微分形式と de Rham の定理
37
が成り立つ. 接空間 Tp M の双対空間を,余接空間 (cotangent space) とよび,Tp˚ M で表す.接空間 Tp M の基底 (2.1) の双対基底を pdxi qp , 1 ď i ď n で表 す.接ベクトル束と同様にして余接ベクトル束 (cotangent vector bundle)
T ˚M “
Ť
Tp˚ M が定義される.さらに,それぞれの Tp˚ M の k 階外積 をとって,余接ベクトル束の k 階外積 pPM
k ľ
T ˚M “
k ď ´ľ
Tp˚ M
¯
pPM
が自然に定義される.C 8 写像 s : M ÝÑ
Źk
T ˚ M で,π ˝ s “ id を満た すものを,M 上の k 次微分形式 (differential form) とよぶ.ここで,π は Źk ˚ T M から M への射影を表す.局所座標 px1 , . . . , xn q を用いると,M 上の k 次微分形式 ω は,局所的には ÿ ω“ ai1 ¨¨¨ik px1 , . . . , xn q dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxik (2.2) i1 ¨¨¨ik
と表される.ここで,ai1 ¨¨¨ik は C 8 関数である. 可微分多様体 M 上の k 次微分形式全体を Ak pM q で表す.微分形式の空 間に対して,外積
^ : Ak pM q ˆ A pM q ÝÑ Ak` pM q が定まる.外積はウェッジ積ともよばれる.また,外微分
d : Ak pM q ÝÑ Ak`1 pM q が,式 (2.2) の ω に対して,局所的には
dω “
ÿ
dai1 ¨¨¨ik px1 , . . . , xn q ^ dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxik
i1 ¨¨¨ik
を満たすように定義される.外微分と外積は次の性質 (1), (2), (3) を満たす.
(1) d ˝ d “ 0 (2) ω ^ τ “ p´1qk τ ^ ω, ω P Ak pM q, τ P A pM q (3) dpω ^ τ q “ dω ^ τ ` p´1qk ω ^ dτ, ω P Ak pM q M 上の k 次微分形式 ω とベクトル場 X1 , . . . , Xk に対して ωpX1 , . . . , Xk q は,M 上の C 8 関数を与える.これは,X1 , . . . , Xk について,多重線形か つ交代的である.可微分多様体の間の C 8 級写像 f : M ÝÑ N と N 上の微
38
第 2 章 ループ空間上の微分形式
分形式 ω に対して,f による引き戻し f ˚ ω が M 上の微分形式として自然に 定義される.このとき,df ˚ ω “ f ˚ dω が成り立つ.
M 上のベクトル場 X に対して内部積 (interior product) ιX : Ak pM q ÝÑ Ak´1 pM q を ιX ωpX1 , . . . , Xk´1 q “ ωpX, X1 , . . . , Xk´1 q,
ω P Ak pM q
によって定める.ここで,X1 , . . . , Xk´1 は,M 上の任意のベクトル場である.
M 上の k 次微分形式 ω で,dω “ 0 を満たすものを閉形式 (closed form) とよび,k 次の閉形式全体を Z k pM q で表す.また,M 上の k 次微分形式 ω で,ある pk ´ 1q 次微分形式 ϕ を用いて ω “ dϕ と表されるものを完全 形式 (exact form) とよび,k 次の完全形式全体を B k pM q で表す.ここで, d ˝ d “ 0 より,B k pM q Ă Z k pM q となる.商空間 Z k pM q{B k pM q を M の k k 次の de Rham コホモロジー群とよび,HDR pM q で表す. k Euclid 空間 R の k 次元単体 (simplex) Δk を Δk “ tpt1 , . . . , tk q P Rk | 0 ď t1 ď ¨ ¨ ¨ ď tk ď 1u で定める.C 8 写像 σ : Δk ÝÑ M を M の k 次元特異単体とよぶ.また,
M の k 次元特異単体全体で生成される自由加群を Ck pM q で表し,Ck pM q の要素を M の k 次元チェイン (chain) とよぶ.これは,M の k 次元特異単 ř 体 σi の整数係数の有限個の線形結合 c “ i ai σi , ai P Z で表される.微分 ř 形式 ω のチェイン c “ i ai σi 上の積分を ż ÿ ż ω“ ai σi˚ ω c
Δk
i
で定義する. 次に Δk の面を表す写像 Bi : Δk´1 ÝÑ Δk , 0 ď i ď k を
B0 pt1 , . . . , tk´1 q “ p0, t1 , . . . , tk´1 q Bi pt1 , . . . , tk´1 q “ pt1 , . . . , ti´1 , ti , ti , ti`1 , . . . , tk´1 q, 1 ď i ď k ´ 1 Bk pt1 , . . . , tk´1 q “ pt1 , . . . , tk´1 , 1q で定める.さらに,境界作用素 B : Ck pM q ÝÑ Ck´1 pM q を M の k 次元特 異単体 σ に対して
Bσ “
k ÿ
p´1qi σ ˝ Bi
i“0
を満たす加群の準同型写像として定義する.境界作用素は B ˝ B “ 0 を満たす
2.1 多様体上の微分形式と de Rham の定理
39
ことが確かめられる.微分形式のチェイン上での積分に関する Stokes の定 理は次のように述べられる. 定理 2.1.4 M 上の pk ´ 1q 次微分形式 ω と k 次元チェイン c P Ck pM q に 対して,
ż
ż dω “
c
ω Bc
が成立する.
Ck pM q の要素 c で Bc “ 0 を満たすものを k 次元サイクル (cycle) とよぶ. M の k 次元サイクル全体のなす自由加群を Zk pM q で表す.また,Ck pM q の要素 c で,ある x P Ck`1 pM q に対して c “ Bx を満たすものを k 次元バウ ンダリー (boundary) とよぶ.M の k 次元バウンダリー全体のなす自由加群 を Bk pM q で表す.ここで,B ˝ B “ 0 より Bk pM q Ă Zk pM q が成立する.商 加群 Zk pM q{Bk pM q を Hk pM ; Zq で表し,M の k 次元整数係数ホモロジー 群 (homology group) とよび, à H˚ pM ; Zq “ Hk pM ; Zq kě0
とおく.
Ck pM ; Rq “ Ck pM q b R とおいて,境界作用素 B : Ck pM ; Rq ÝÑ Ck´1 pM ; Rq を上の境界作用素の拡張として自然に定義する.上と同様に, Ck pM ; Rq の要素 c で Bc “ 0 を満たすものを全体を Zk pM ; Rq で表し,ま た,ある x P Ck`1 pM ; Rq に対して c “ Bx を満たすものを Bk pM ; Rq で表 す.商空間
Hk pM ; Rq “ Zk pM ; Rq{Bk pM ; Rq を,M の k 次元 R 係数ホモロジー群とよぶ.このホモロジー群について, 同型
Hk pM ; Rq – Hk pM ; Zq b R が成立することが確かめられる.
M 上の k 次閉形式 ω と k 次元サイクル c に対して積分値 ż ωPR c
を対応させると,Stokes の定理を用いて,ペアリング k HDR pM q ˆ Hk pM ; Zq ÝÑ R
40
第 2 章 ループ空間上の微分形式
が得られる.これより,線形写像 k HDR pM q ÝÑ HompHk pM ; Zq; Rq
が導かれる.多様体上の de Rham の定理は次のように述べられる. 定理 2.1.5 可微分多様体 M について,同型 k HDR pM q – HompHk pM ; Zq; Rq
が成立する.
de Rham の定理の証明については,森田 [61] などをご覧いただきたい.2.3 節でもスペクトル系列の応用として説明する.
2.2 変分法と道の空間上の微分形式 M を可微分多様体として,M 上の 2 点 x0 , x1 をとる.PpM ; x0 , x1 q を C 写像 γ : I ÝÑ M で γp0q “ x0 , γp1q “ x1 を満たすもの全体からなる 集合とする.ここで,I は単位区間 r0, 1s を表す.PpM ; x0 , x1 q を始点が x0 で,終点が x1 であるような M の道の空間 (path space) とよぶ. また,端点を固定しない道全体,つまり C 8 写像 γ : I ÝÑ M 全体の集合 を PM で表す.道の空間 PpM ; x0 , x1 q, PM にはコンパクト開位相を入れ 8
て,位相空間とみなす.
図 2.1 変分ベクトル場
道 γ に沿った M のベクトル場とは,t, 0 ď t ď 1 に対して vptq P Tγptq M を t についてなめらかに対応させたものである.正の数 ε をとり,U を開区 間 p´ε, εq とする.C 8 写像
ϕ : I ˆ U ÝÑ M
2.2 変分法と道の空間上の微分形式
41
で,ϕpt, 0q “ γptq, 0 ď t ď 1 となり,かつ
ϕp0, uq “ x0 , ϕp1, uq “ x1 ,
´ε ă u ă ε
を満たすものをとる,このような ϕ を用いて写像 φ : U ÝÑ PpM ; x0 , x1 q を φpuqptq “ ϕpt, uq で定義する.ここで,φp0q “ γ であり,φ は道 γ のパ ラメータ u, ´ε ă u ă ε による変形と考えられる.言い換えると,φ は,道 の空間 PpM ; x0 , x1 q における γ を通るパラメータ付けられた曲線族を与え ると考えられる.このような,道 γ の変形について,
vptq “
B ˇˇ ϕpt, uq ˇ Bu u“0
(2.3)
とおくと,vptq は道 γ に沿った M のベクトル場で,端点で vp0q “ vp1q “ 0 を満たす.ベクトル場 vptq を,道の変形 φ に対する変分ベクトル場とよぶ. 道の空間 PpM ; x0 , x1 q の γ における接空間 Tγ PpM ; x0 , x1 q とは,道 γ に沿った M のベクトル場 vptq で,vp0q “ vp1q “ 0 を満たすもの全体のな す線形空間である.上のような,γ の変形 φ に対応する変分ベクトル場は,
Tγ PpM ; x0 , x1 q の要素を与える.一般に γ における道の空間の接空間は,γ の端点を固定した無限小変位に対応していると考えられる. 次に,道の空間 PpM ; x0 , x1 q 上の微分形式の概念を定義する.ユークリッ ド空間 Rn の開集合 U と写像
φ : U ÝÑ PpM ; x0 , x1 q で,φpxqptq “ ϕpt, xq とおくと,ϕ : I ˆ U ÝÑ M が C 8 写像となるものを 考えよう.このような pU, φq を,道の空間 PpM ; x0 , x1 q の局所パラメータ 系とよぶ.ここで,n は 0 以上の任意の整数である.ユークリッド空間 Rm の開集合 V と,C 8 写像 f : V ÝÑ U に対して,pV, φ ˝ f q もまた,局所パ ラメータ系となる.道の空間 PpM ; x0 , x1 q 上の k 次微分形式 ω とは,任意 の局所パラメータ系 pU, φq に対して与えられた U 上の k 次微分形式 ωφ で, 上のような f : V ÝÑ U に対して
f ˚ ωφ “ ωφ˝f を満たすものとする.このようにして定まる PpM ; x0 , x1 q 上の微分形式を
ω “ tωφ u で表す.道の空間 PM についても同様に定義する. 補題 2.2.1 道の空間 PM 上の k 次微分形式 tωφ u に対して,それぞれの開 集合 U 上で外微分して,tdωφ u をとると,これは PM 上の pk ` 1q 次微分 形式を定義する.
42
第 2 章 ループ空間上の微分形式
[証明] C 8 写像 f : V ÝÑ U に対して,
f ˚ dωφ “ df ˚ ωφ “ dωφ˝f が成り立つので,tdωφ u は PM 上の pk ` 1q 次微分形式を定義することが示
[ \
された.
補題 2.2.1 のようにして,定義された PM 上の微分形式 tdωφ u を ω “ tωφ u の外微分とよび dω で表す.同様にして,道の空間上の微分形式の和とスカ ラー倍,および外積が次のように定義される.PM 上の微分形式 ω “ tωφ u, τ “ tτφ u に対して,それらの和とスカラー倍を,それぞれの局所パラメータ 系 pU, φq 上で U 上の微分形式としての和とスカラー倍をとって,
pω ` τ qφ “ ωφ ` τφ ,
pkωqφ “ kωφ
とおいて定義する.また,同様にして ω “ tωφ u, τ “ tτφ u の外積 ω ^ τ と は,それぞれの pU, φq 上の微分形式としての外積をとって,
pω ^ τ qφ “ ωφ ^ τφ で定義される PM 上の微分形式と定める. このようにして定義される,道の空間 PM 上の k 次微分形式全体のなす 線形空間を Ak pPM q で表す.上の構成により,多様体上の微分形式の場合 と同様に,外微分作用素
d : Ak pPM q ÝÑ Ak`1 pPM q と,微分形式の外積
^ : Ak pPM q ˆ A pPM q ÝÑ Ak` pPM q が定義された. 補題 2.2.2 道の空間 PM 上の微分形式の外微分と外積について,以下が成 立する.
(1) d ˝ d “ 0 (2) ω ^ τ “ p´1qk τ ^ ω, ω P Ak pPM q, τ P A pPM q (3) dpω ^ τ q “ dω ^ τ ` p´1qk ω ^ dτ, ω P Ak pPM q 補題の証明は,道の空間 PM の局所パラメータ系について行えばよいの
2.2 変分法と道の空間上の微分形式
43
で,多様体上の微分形式の場合と同様である.ここまで述べた道の空間 PM に関する一般的な事項は,始点と終点を固定した PpM ; x0 , x1 q についても 同様に成立する. 道の空間上のなめらかな関数が与えられると,その外微分として,道の空 間上の 1 次微分形式が得られる.まず,古典的な変分法の枠組みでこれを具 体的に記述してみよう.可微分多様体 M の接ベクトル束 TM 上に,なめら かな関数 L : TM ÝÑ R が与えられているとする.始点が x0 で,終点が x1 であるような M のなめらかな道 γ : r0, 1s ÝÑ M に対して,
ż1
Spγq “
Lpγptq, γ 1 ptqq dt
0
とおく.ここで,γ 1 ptq は道 γ の速度ベクトルであり,M の γptq における接 空間の要素とみなす.このようにして,道の空間上の関数
S : PpM ; x0 , x1 q ÝÑ R が得られる.古典力学では,L をラグランジアン (Lagrangian),S を対応す る作用積分とよぶ.ここで,U を開区間 p´ε, εq として,局所パラメータ系
φ : U ÝÑ PpM ; x0 , x1 q,
φp0q “ γ
(2.4)
を考える.これまでと同様に,φpuqptq “ ϕpt, uq とおく.とくに,ϕpt, 0q “
γptq となっている.対応する変分ベクトル場 vptq は,式 (2.3) で与えられ る.変分法では,S を極小にするような,道 γ を求める問題を扱う.道の 空間上の関数 S の,γ における φ に沿った方向微分を求めてみよう.つま り,f puq “ Spφpuqq とおいて,f 1 p0q を計算する.多様体 M の局所座標を px1 , . . . , xn q, 接空間の座標を pξ1 , . . . , ξn q とすると,求める微分係数は ż1 ÿ n ´ ¯ BL BL d f 1 p0q “ vj ptq ` vj ptq dt Bξj dt 0 j“1 Bxj となる.ここで,vj ptq は変分ベクトル場 vptq の第 j 成分を表す.上の積分 の第 2 項に部分積分を適用すると
ż1 0
となるので,
ˇ1 ż 1 d BL BL d BL ˇ vj ptqˇ ´ vj ptq dt vj ptq dt “ Bξj dt Bξj 0 0 dt Bξj ż1 d BL vj ptq dt “´ 0 dt Bξj
44
第 2 章 ループ空間上の微分形式
f 1 p0q “
ż1 ÿ n ´ BL 0 j“1
Bxj
´
d BL ¯ vj ptq dt dt Bξj
が得られる.道の空間 PpM ; x0 , x1 q 上の関数 S が道 γ で極小であるとする と,条件 (2.4) を満たすすべての φ について,f puq “ Spφpuqq は f 1 p0q “ 0 を満たすので,必要条件として
BL d BL ´ “ 0, Bxj dt Bξj
1ďjďn
(2.5)
が得られる.式 (2.5) は,Euler–Lagrange 方程式とよばれる.古典力学に おいては,Euler–Lagrange 方程式は,与えられたラグランジアン L に対す る軌道を記述する運動方程式である.ここでは,局所パラメータ系が 1 次元 の場合を扱ったが,一般の局所パラメータ系 φ : U ÝÑ PpM ; x0 , x1 q で U が Rk の開集合のとき,
f pu1 , . . . , uk q “ Spφpu1 , . . . , uk qq,
pu1 , . . . , uk q P U
とおくと,df は U 上の 1 次微分形式を定める.このようにして,関数 S の 外微分として,PpM ; x0 , x1 q 上の 1 次微分形式が得られる.
2.3 一般の反復積分の定式化 前節で示したように,可微分多様体 M 上の 1 次微分形式の積分は,道の 空間上のなめらかな関数を与える.このような関数は,対応するラグランジ アン L が γ 1 について同次 1 次であり,道の空間上の関数全体の中では特別 なクラスである.この節では,一般に可微分多様体 M 上の微分形式の反復 積分を区分的になめらかな道の空間 PM 上の微分形式として定式化する.ま ず,可微分多様体 M 上の p 次微分形式から,積分によって道の空間 PM 上 の pp ´ 1q 次微分形式が構成できることを示す.
M を可微分多様体として,ω を M 上定義された p 次微分形式とする.写像 ϕ : I ˆ PM ÝÑ M を ϕpt, γq “ γptq, t P I, γ P PM で定める.PM 上の微分形式を定めるため に,U を Rn の開集合として,前節のように局所パラメータ系 φ : U ÝÑ PM をとる.写像 ϕU : I ˆ U ÝÑ M を,ϕU pt, uq “ φpuqptq, t P I, u P U で定 める. 引き戻し ϕ˚ U ω は,直積 I ˆ U 上の p 次微分形式とみなされる.単位区間
I の座標関数を t として,
45
2.3 一般の反復積分の定式化
α “ ι B ϕ˚U ω Bt
とおく.ここで,ι は内部積を表す.具体的には,α は,
ϕ˚U ω “ dt ^ α ` β
(2.6)
で定まる I ˆ U 上の pp ´ 1q 次の微分形式である.ここで,α, β は dt を含ま ない.U Ă Rn の座標関数 px1 , . . . , xn q を用いると
ÿ
α“
αi1 ¨¨¨ip´1 pt, x1 , . . . , xn q dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxip´1
1ďi1 﨨¨ďip´1 ďn
と表すことができる.この表示を用いて,引き戻し ϕ˚ U ω の t についての積 分を
ż I
“
ϕ˚U ω ´ż 1
ÿ
1ďi1 﨨¨ďip´1 ďn
¯ αi1 ¨¨¨ip´1 pt, x1 , . . . , xn q dt dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxip´1
0
で定める.このようにして,ϕ による引き戻しと単位区間 I に関する積分に よって U 上の pp ´ 1q 次微分形式を得ることができた.任意の局所パラメー タ系 φ : U ÝÑ PM に対して,U 上の pp ´ 1q 次微分形式
ş
I
ϕ˚U が定まるの
で,道の空間 PM 上の pp ´ 1q 次微分形式が得られる.上のようにして定義 される PM 上の微分形式を
ş
I
ϕ˚ ω で表す.このとき,ϕ˚ ω は,I ˆ PM 上
の p 次微分形式とみなすことができる.ここで用いた単位区間に関する積分 は,射影 p : I ˆ PM ÝÑ PM に関するファイバー積分とよばれる.引き戻 し φ˚ とファイバー積分の合成により,多様体 M 上の p 次微分形式から,道 の空間 PM の pp ´ 1q 次微分形式を構成することができた.今後
ż
˚
ϕ ω“
ż
ω
I
と表すことにする.ファイバー積分の具体的な計算例を挙げておこう. 例 2.3.1 2 次元球面
S 2 “ tpx, y, zq P R3 | x2 ` y 2 ` z 2 “ 1u について,図 2.2 左のように θ1 , θ2 , 0 ď θ1 ď π, 0 ď θ2 ď 2π をとり
$ ’ ’ &x “ sin θ1 cos θ2 y “ sin θ1 sin θ2 ’ ’ % z “ cos θ1
46
第 2 章 ループ空間上の微分形式
図 2.2 球面上の曲線族
とパラメータ表示する.
U を開区間 p0, 2q として ϕU : I ˆ U ÝÑ S 2 を上のパラメータ表示 pθ1 , θ2 q を用いて ϕU pt, uq “ pπt, πuq で定めると,図
2.2 右のように,u P U をパラメータとする球面上の曲線族が得られる.微 分形式
1 px dy ^ dz ` y dz ^ dx ` z dx ^ dyq 4π
σ“ は,
ş S2
σ “ 1 と正規化された球面 S 2 の体積要素を与える.また,θ1 , θ2 を
用いると
σ“
1 sin θ1 dθ1 ^ dθ2 4π
と表される.ここで,
ϕ˚U σ “ となるので,ファイバー積分は
ż
ϕ˚U σ “
I
π sin πt dt ^ du 4
ż1
π´ 4
0
¯ 1 sin πt dt du “ du 2
と表される.このようにして,1 パラメータ曲線族を与えるごとにパラメー
ş
タについての 1 次微分形式が得られ, σ は,道の空間 PM 上の 1 次微分形 式を与える.
ş
次に,PM 上の微分形式 ω の外微分について考察しよう.写像
ϕt : PM ÝÑ M,
0ďtď1
を ϕt pγq “ γptq, γ P PM で定義する.これは,ϕ : I ˆ PM ÝÑ M の
ttu ˆ PM への制限ともみなせる.
2.3 一般の反復積分の定式化
47
補題 2.3.2 可微分多様体 M 上の微分形式 ω について,道の空間 PM 上で,
ż
d
ż
dω ´ ϕ˚0 ω ` ϕ˚1 ω
ω“´
が成立する. [証明]局所パラメータ系 φ : U ÝÑ PM , U Ă Rn をとり,ϕ : I ˆ U ÝÑ
PM で引き戻して示せば十分である.式 (2.6) のように ϕ˚ ω を表示すると, ϕ˚ dω “ dϕ˚ ω “ ´dt ^ dα ` dβ となる.ここで,
ÿ
β“
βi1 ¨¨¨ip dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxip
1ďi1 﨨¨ďip ďn
と表すと
ÿ
ι B dβ “ Bt
1ďi1 﨨¨ďip
Bβi1 ¨¨¨ip dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxip Bt ďn
となる.したがって,
ż
ϕ˚ dω “ ´d
I
ż
ÿ
ϕ˚ ω ` I
1ďi1 﨨¨ďip
´ż 1 Bβ ¯ i1 ¨¨¨ip dt dxi1 ^. . .^ dxip Bt ďn 0
となる.また,
ÿ 1ďi1 﨨¨ďip
´ż 1 Bβ ¯ i1 ¨¨¨ip dt dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxip “ ϕ˚1 β ´ ϕ˚0 β Bt 0 ďn
が得られる.よって,PM 上の微分形式としての求める式が示された. [ \ ˚ とくに,道の始点と終点が固定されている場合には,ϕ˚ 0 ω “ ϕ1 ω “ 0 と
なるので,次の系が得られる. 系 2.3.3 可微分多様体 M 上の微分形式 ω について,始点と終点を固定した 道の空間 PpM ; x0 , x1 q で
ż d
ż ω“´
dω
が成立する.
e の補題が示される. 補題 2.3.2 の証明の手法を用いると,次の Poincar´
48
第 2 章 ループ空間上の微分形式
補題 2.3.4 V を可微分多様体 M の可縮な開集合とする.M 上の微分形式
ω が,V 上 dω “ 0 を満たすならば,ω は V において完全形式である. [証明] V の基点 x0 を固定する.V が可縮なので,ϕ : I ˆ V ÝÑ V で
ϕp0, xq “ x0 , ϕp1, xq “ x を満たすものが存在する.これを用いて,ϕt : V ÝÑ V を ϕt pxq “ ϕpt, xq で定める.微分形式 ω は V 上 dω “ 0 を満たす ので,補題 2.3.2 の証明より,V 上の微分形式としての等式 ż d ω “ ϕ˚1 ω ´ ϕ˚0 ω ş
が成り立つ.ここで,ϕ1 は恒等写像で ϕ˚ 0 ω “ 0 であることから,ω “ d ω が導かれる.つまり,ω は V 上完全形式である.
[ \
次に,この構成を反復積分に拡張する.多様体 M 上の次数が正の微分形 式 ω1 , . . . , ωk をとり,これらの次数を,それぞれ p1 , . . . , pk とする.M の k 個の直積を
Mk “ M ˆ ¨¨¨ ˆ M looooooomooooooon k
と表し,M k の第 j 成分への射影を πj : M k ÝÑ M , 1 ď j ď k とおく.微 分形式 ω1 , . . . , ωk のクロス積 ω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk は M k 上の微分形式で
ω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk “ π1˚ ω1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ πk˚ ωk で定義される.第 1 章と同じように,ユークリッド空間 Rk の k 単体 Δk を
Δk “ tpt1 , . . . , tk q P Rk | 0 ď t1 ď ¨ ¨ ¨ ď tk ď 1u とし,写像
ϕ : Δk ˆ PM ÝÑ M k を ϕpt1 , . . . , tk ; γq “ pγpt1 q, . . . , γptk qq で定める.定義より,
ϕ˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q “ ϕ˚ π1˚ ω1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ ϕ˚ πk˚ ωk である.次に射影 Δk ˆ PM ÝÑ PM に関するファイバー積分
ż
ϕ˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q
Δk
を定義しよう.すでに説明した k “ 1 の場合と同様に,局所パラメータ系
φ : U ÝÑ PM について定義しておけば十分である.ここで,U はユーク
49
2.3 一般の反復積分の定式化
リッド空間 Rn の開集合とする.内部積の記号 ι する.直積 Δk ˆ U 上で,微分形式 αj を
αj “ ιj ϕ˚ πj˚ ωj ,
B Btj
を,ιj と略記することに
1ďjďk
(2.7)
で定義する.ここで,
ωj ptj q “ ϕ˚ πj˚ ωj とおく.微分形式 ωj ptj q は,具体的には
ωj ptj q “ dtj ^ αj ` βj で,αj , βj は,dt1 , . . . , dtk を含まないという形に表される.このようにして 得られた,αj は ppj ´ 1q 次の微分形式であり,これらの外積 α1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk の次数は p1 ` ¨ ¨ ¨ ` pk ´ k となる.Δk ˆ U 上で,
α1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk ÿ “ αi1 ¨¨¨ip´k pt1 , . . . , tk , x1 , . . . , xn q dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxip´k 1ďi1 﨨¨ďip´k ďn
と表示して,
ż
Δk
“
ϕ˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q ´ż ¯ ÿ αi1 ¨¨¨ip´k dt1 ¨ ¨ ¨ dtk dxi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxip´k
1ďi1 﨨¨ďip´k ďn
Δk
と定義する.このようにして,M 上定義された,次数がそれぞれ p1 , . . . , pk の 微分形式 ω1 , . . . , ωk から出発して,道の空間 PM 上の次数が p1 `¨ ¨ ¨`pk ´k の微分形式
ş
Δk
ϕ˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q が得られた.これを ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωk
で表し,微分形式 ω1 , . . . , ωk の反復積分 (iterated integral) とよぶ.反復積 分により,多重線形写像
I : Ap1 pM q ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ Apk pM q ÝÑ Ap1 `¨¨¨`pk ´k pPM q ş が定まる.上のように定義された Δk ϕ˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q を射影 p : Δk ˆ PM ÝÑ PM に関するファイバー積分とよぶ.このファイバー積分は ż pι1 ω1 pt1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ ιk ωk ptk qq dt1 ¨ ¨ ¨ dtk Δk
50
第 2 章 ループ空間上の微分形式
ż
“
pα1 pt1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk ptk qq dt1 ¨ ¨ ¨ dtk Δk
とも表わされる.ここで,αj ptj q “ ιj ωj ptj q は Δk ˆ PM 上の微分形式で, 変数 t1 , . . . , tk については tj のみによる.このようにして,反復積分は微 分形式 ω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk に対して下の図式のように ϕ による引き戻しと射影
p : Δk ˆ PM ÝÑ PM についてのファイバー積分を行うことにより定義さ れる.
ϕ
Δk ˆ PM ÝÝÝÝÑ M k § § pđ PM 反復積分によって得られる PM 上の微分形式について,いくつかの基本性 質をまとめておこう.1.1 節の命題 1.1.5 では,1 次微分形式の反復積分の積 を,シャッフルによって記述した.これは,次のように一般化される.多様 体 M 上の微分形式 ω1 , . . . , ωk` をとり,それらの次数を p1 , . . . , pk` とす る.文字 1, 2, . . . , k ` の置換 σ に対して,
ωσp1q ^ ¨ ¨ ¨ ^ ωσpk`q “ ω1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ ωk` ,
“ ˘1
と書ける.この符号 を pσ; p1 , . . . , pk` q で表す.また,1.1 節と同様に,
Sk, を pk, q-シャッフル全体の集合とする.次の命題が成立する. 命題 2.3.5 反復積分の外積
´ż
¯
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk ^
´ż
ωk`1 ¨ ¨ ¨ ωk`
は,pk, q-シャッフルについての和
ÿ
pσ; p1 ´ 1, . . . , pk` ´ 1q
¯
ż ωσp1q ¨ ¨ ¨ ωσpk`q
σPSk,
と表される. [証明]まず,反復積分の定義にしたがって局所パラメータ系に引き戻して 計算する.微分形式 αj を,引き戻しと内部積によって αj ptj q “ ιj ωptj q で 定め,求める反復積分の外積を
´ż
¯ pα1 pt1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk ptk qq dt1 ¨ ¨ ¨ dtk Δk ´ż ¯ ^ pαk`1 ptk`1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk` ptk` qq dtk`1 ¨ ¨ ¨ dtk` Δ
2.3 一般の反復積分の定式化
51
と表しておく.ここで,1.1 節の命題 1.1.5 と同様に pk, q-シャッフル全体を
Sk, で表し,σ P Sk, に対して Δσk, “ tpt1 , . . . , tk` q P Δk ˆ Δ | 0 ď tσp1q ď ¨ ¨ ¨ ď tσpk`q ď 1u とおき,単体の直積 Δk ˆ Δ を Δσ k, , σ P Sk, によって分割すると,求める 反復積分の外積は
ÿ ż Δσ k,
σPSk,
pα1 pt1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk` ptk` qq dt1 ¨ ¨ ¨ dtk`
と表される.ここで,αptj q は ppj ´ 1q 次の微分形式であることから,
α1 pt1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk` ptk` q “ pσ; p1 ´ 1, . . . , pk` ´ 1qα1 ptσp1q q ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk` ptσpk`q q [ \
となり,命題が示された.
また,1.1 節の命題 1.1.4 で述べた,道の合成に関する 1 次微分形式の反復 積分のふるまいは,一般の次数の場合には次のように記述される.多様体 M 上の微分形式 ω1 , . . . , ωk をとる.M の点 x0 , x1 , x2 をとり,局所パラメー タ系
α : U ÝÑ PpM ; x0 , x1 q, β : U ÝÑ PpM ; x1 , x2 q ş が与えられているとする.反復積分 ω1 ¨ ¨ ¨ ωk を,道の空間 PpM ; x0 , x1 q 上の微分形式と考えて,局所パラメータ系 α によって,U 上の微分形式とし ´ż
て表したものを,
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
¯ α
と書くことにする.局所パラメータ系 α と β の積
αβ : U ÝÑ PpM ; x0 , x2 q が, x P U に対して
αβpxqptq “
$ &αpxqp2tq,
0ďtď
%βpxqp2t ´ 1q,
1 2
1 2
ďtď1
によって定義される.次の命題が成り立つ. 命題 2.3.6 微分形式 ω1 , . . . , ωk の,局所パラメータ系 α, β の積に関する反
52
第 2 章 ループ空間上の微分形式
復積分について,
´ż
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
¯ αβ
ÿ ´ż
“
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωi
¯ α
0ďiďk
^
´ż
ωi`1 ¨ ¨ ¨ ωk
¯ β
が成立する. [証明] 1.1 節の命題 1.1.4 の証明と同様に,単体 Δk を Δik , 0 ď i ď k の和 集合で表す.これによって,
ż
k ż ÿ
pαβq˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q “
Δk
i“1
が得られるが,
ż
Δik
pαβq˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q “
´ż
Δik
pαβq˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωi
¯ α
^
´ż
ωi`1 ¨ ¨ ¨ ωk
¯ β
[ \
となるので,求める等式が示された. 局所パラメータが別の開集合 U, V によって,
α : U ÝÑ PpM ; x0 , x1 q,
β : V ÝÑ PpM ; x1 , x2 q
と与えられているときは,それらのクロス積
α ˆ β : U ˆ V ÝÑ PpM ; x0 , x2 q を,x P U, y P V に対して
$ &αpxqp2tq, 0 ď t ď 12 pα ˆ βqpx, yqptq “ %βpyqp2t ´ 1q, 1 ď t ď 1 2
によって定義する.クロス積 αˆβ による反復積分の引き戻しに関して,U ˆV 上の微分形式としての等式
´ż
ω1 ¨ ¨ ¨ ωk
¯
αˆβ
“
ÿ ´ż 0ďiďk
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωi
¯ α
ˆ
´ż
ωi`1 ¨ ¨ ¨ ωk
¯ β
が成立する.証明は,命題 2.3.6 と同様である. 微分形式 ω1 , . . . , ωk が 1 次の完全形式を含むときの反復積分について,次 の命題が成り立つ. 命題 2.3.7 微分形式 ω1 , . . . , ωk について,ある ωi が M 上のなめらかな関 数 f を用いて ωi “ df と表されるとする.このとき,1 ă i ă k ならば
ż
ż
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωi ¨ ¨ ¨ ωk “
ω1 ¨ ¨ ¨ ωi´1 pf ωi`1 qωi`2 ¨ ¨ ¨ ωk
ż ´
2.4 ループ空間の de Rham 複体
53
ω1 ¨ ¨ ¨ ωi´2 pf ωi´1 qωi`1 ¨ ¨ ¨ ωk
となる.また.i “ 1, k のときは,それぞれ
ż
ż
ż pf ω2 qω3 ¨ ¨ ¨ ωk ´ ϕ˚0 f ω2 ¨ ¨ ¨ ωk ż ż ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωk´1 df “ ϕ˚1 f ω1 ¨ ¨ ¨ ωk´1 ´ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk´2 pf ωk´1 q df ω2 ¨ ¨ ¨ ωk “
˚ ˚ が成り立つ.ここで.ϕ˚ t f “ f pγptqq で,ϕ0 f , ϕ1 f は,それぞれ PM 上の
関数とみなす. [証明]微分形式 ωj に対して,これまでと同様に αj “ ιj ϕ˚ πj˚ ωj とおくと,
ż
ż
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk “
pα1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk Δk
と表される.ここで,1 ă i ă k を満たすある i について ωi “ df とすると, 変数 ti についての区間 tj´i ď ti ď ti`1 の積分を行って
ż
pα1 ^¨ ¨ ¨^ αk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk ż “
Δk
xi ¨ ¨ ¨ dtk pα1 ^¨ ¨ ¨^αi´1 ^pϕ˚ti`1 f qαi`1 ^αi`2 ^¨ ¨ ¨^αk q dt1 ¨ ¨ ¨ dt ż xi ¨ ¨ ¨ dtk ´ pα1 ^¨ ¨ ¨^αi´2 ^pϕ˚ti´1 f qαi´1 ^αi`1 ^¨ ¨ ¨^αk q dt1 ¨ ¨ ¨ dt Δ2
Δ1
が得られる.ここで,Δ1 , Δ2 は,それぞれ,ti´1 “ ti , ti “ ti`1 で表される
xi は dti を除くことを意味する. Δk の pk ´ 1q 次元面を表す.また,記号 dt 以上より,1 ă i ă k の場合の求める等式が導かれる.同様に i “ 1, i “ k の場合も示される. [ \
2.4 ループ空間の de Rham 複体 可微分多様体 M の基点 x0 をとり,連続写像
γ : I ÝÑ M,
γp0q “ γp1q “ x0
を x0 を基点とする M のループとよぶ.単位円 S 1 を
S 1 “ tz P C | |z| “ 1u で表すと,x0 を基点とする M のループは連続写像 f : S 1 ÝÑ M で f p1q “
x0 を満たすものと同一視できる.このような x0 を基点とする M のループ
54
第 2 章 ループ空間上の微分形式
で,対応する f : S 1 ÝÑ M が区分的になめらかであるもの全体の集合を M のループ空間 (loop space) とよび,Ωx0 M で表す.以下,局所パラメータ系 についても,区分的になめらかなループの族として扱うことにする.ループ 空間 Ωx0 M には,コンパクト開位相を入れて位相空間とみなす.基点が明確 な場合は,Ωx0 M を ΩM と略記することもある. 前節で述べたように,可微分多様体 M 上の微分形式 ω1 , . . . , ωk の x0 を 基点とするループに沿った反復積分は,ΩM 上の微分形式とみなすことがで
ż
きる.反復積分
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk の外微分が ΩM 上どのように表されるかを考察しよう.微分形式 ω1 , . . . , ωk の次数を,それぞれ p1 , . . . , pk として,
νj “ p1 ` ¨ ¨ ¨ ` pj ´ j,
1ďjďk
とおく.また,ν0 “ 0 とする.まず,k “ 1 の場合は,2.3 節の系 2.3.3 で示
ż
したように
d
ż ω“´
dω
となる.一般に,k ą 1 の場合は,以下の命題が成立する. 命題 2.4.1 多様体 M 上の微分形式 ω1 , . . . , ωk の x0 P M を基点とするルー プに沿った反復積分をループ空間 Ωx0 M 上の微分形式とみなすと,その外微 分は
ż ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
d “
k ÿ
p´1qνj´1 `1
ż
j“1
`
k´1 ÿ
p´1qνj `1
ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 dωj ωj`1 ¨ ¨ ¨ ωk ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 pωj ^ ωj`1 qωj`2 ¨ ¨ ¨ ωk
j“1
と表される. [証明]前節と同様に,U を Rn の開集合として,局所パラメータ系 φ : U ÝÑ
ΩM をとる.対応する ϕ : I ˆ U ÝÑ M で微分形式 ωj , 1 ď j ď k を引き 戻して ωj ptj q “ ϕ˚ ωj とおき, αj ptj q “ ιj ωj ptj q,
ωj ptj q “ dtj ^ αj ptj q ` βj
2.4 ループ空間の de Rham 複体
55
と表す.求める外微分は
ż
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
d
ż
k ÿ
“
p´1qνj´1
pα1 pt1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ dx αj ptj q ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk ptk qq dt1 ¨ ¨ ¨ dtk Δk
j“1
と書ける.ここで,右辺の dx は,U の座標関数 x1 , . . . , xn に関する外微分 を表す.一方,微分形式 ωj ptj q を Δk ˆ U 上の微分形式として外微分すると,
dωj ptj q “ ´dtj ^ dx αj ` dβj であるから,
ż
ω1 ¨ ¨ ¨ dωj ¨ ¨ ¨ ωk
ż “
pα1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ αj´1 ^ p´dx αj `ιj dβj q ^ αj`1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk Δk
となる.単体 Δk の tj´1 “ tj および tj “ tj`1 で定まる pk ´ 1q 次元面を, それぞれ Δ1 , Δ2 で表す.変数 tj について,区間 tj´1 ď tj ď tj`1 における 積分を行って
ż
pα1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ αj´1 ^ ιj dβj ^ αj`1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ αk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk Δk
ż
“´
Δ1
pα1 pt1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ pαj´1 ^ βj qptj´1 q ^ αj`1 ptj`1 q ^ ¨ ¨ ¨
xj ¨ ¨ ¨ dtk ¨ ¨ ¨ ^ αk ptk qq dt1 ¨ ¨ ¨ dt ż ` pα1 pt1 q^¨ ¨ ¨^αj´1 ptj´1 q^pβj ^ αj`1 qptj`1 q^αj`2 ptj`1 q^¨ ¨ ¨ Δ2
xj ¨ ¨ ¨ dtk ¨ ¨ ¨ ^ αk ptk qq dt1 ¨ ¨ ¨ dt となる.ただし,t0 “ 0, tk`1 “ 1 とする.一方,tj “ tj`1 “ t とおいて,
ι B ϕ˚ pωj ^ ωj`1 q “ αj ^ βj`1 ` p´1qpj βj ^ αj`1 Bt ş が得られる.これを,反復積分 ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 pωj ^ ωj`1 qωj`2 ¨ ¨ ¨ ωk に代入 して上の計算と比較することにより,求める結果が得られる. [ \ この命題の右辺は,ファイバー積分の外微分
ż
ϕ˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q
d Δk
56
第 2 章 ループ空間上の微分形式
を Stokes の定理によって
ş
BΔk
ş Δk
ϕ˚ dpω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q と,Δk の境界からの寄与
ϕ˚ pω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q の和で表し,それぞれの項を具体的に表示したもの
と考えることができる. 端点を固定しない区分的になめらかな道の空間 PM で同じ構成を行うと, k “ 1 の場合は,補題 2.3.2 で示したように端点に由来する項が現れる. 補題 2.3.2 と同じ記号 ϕ0 , ϕ1 を用いて,k ą 1 の場合を記述すると ż d ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
“
k ÿ
p´1qνj´1 `1
ż
j“1
`
k ÿ
p´1qνj `1
j“1
´
ϕ˚0 ω1
ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 dωj ωj`1 ¨ ¨ ¨ ωk ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 pωj ^ ωj`1 qωj`2 ¨ ¨ ¨ ωk
ż ^
ω2 ¨ ¨ ¨ ωk ` p´1q
νk´1
´ż
¯ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk´1 ^ ϕ˚1 ωk
となる.証明は,命題 2.4.1 と同様である.
1 次微分形式の反復積分を道の空間上の関数とみなし,その外微分につい てここで示した表示を用いると,1.2 節の命題 1.2.7 を次のように精密化する ことができる. 命題 2.4.2 可微分多様体 M 上で定義された 1 次微分形式 ωi , i “ 1, . . . , k は閉形式で,定数 cij , 1 ď i ă j ď k と M 上の 1 次微分形式 ϕ に対して関 係式
ÿ
cij ωi ^ ωj ` dϕ “ 0
iăj
が成立すると仮定する.M の点 x0 , x1 をとる.このとき,x0 , x1 に至る道
γ についての反復積分 F pγq “
ÿż iăj
ż cij ωi ωj `
γ
ϕ γ
は γ のホモトピー類のみによる. [証明]この節で示した反復積分の外微分の公式より
d
´ÿ ż iăj
ż d
¯ ÿ cij ωi ωj “ ´ cij ωi ^ ωj
γ
ϕ“´
iăj
ż dϕ
2.4 ループ空間の de Rham 複体
57
が得られる.したがって,x0 , x1 に至る道の空間上で dF “ 0 となり,F pγq
[ \
のホモトピー不変性がしたがう.
ループ空間 ΩM 上の q 次微分形式全体の空間を Aq pΩM q で表す,外微分 作用素
d : Aq pΩM q ÝÑ Aq`1 pΩM q により,ループ空間 ΩM 上の de Rham 複体
0 Ñ A0 pΩM q Ñ A1 pΩM q Ñ ¨ ¨ ¨ Ñ Aq pΩM q Ñ Aq`1 pΩM q Ñ ¨ ¨ ¨ が定義される.この de Rham 複体のコホモロジーをループ空間 ΩM 上の de ˚ Rham コホモロジー群とよび,HDR pΩM q で表す. 多様体 M 上の微分形式の反復積分により,この de Rham 複体の部分複体 を,次のように構成することができる.これまでと同様に,多様体 M 上の q 次微分形式全体のなす線形空間を Aq pM q として, à q A˚ pM q “ A pM q qě0
とおく.正の整数 p1 , . . . , pk に対して,多重線形写像
Ap1 pM q b ¨ ¨ ¨ b Apk pM q ÝÑ Aq pΩM q, q “ p1 ` ¨ ¨ ¨ ` pk ´ k ş が,ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk に反復積分 ω1 . . . ωk を対応させることによって定まる. 適当な正の整数 k と p1 , . . . pk によって,上のような形に表される ΩM 上の 微分形式全体のなす Aq pΩM q の部分空間を B q pM q で表す.命題 2.4.1 より, d B q pM q Ă B q`1 pM q が成り立つので,複体 0 ÝÑ B 0 pM q ÝÑ ¨ ¨ ¨ ÝÑ Bq pM q ÝÑ B q`1 pM q ÝÑ ¨ ¨ ¨ は,ループ空間 ΩM の de Rham 複体の部分複体となる.この複体 B ˚ pM q を M の de Rham 複体から定まるバー複体 (bar complex) とよぶ.B ˚ pM q には,次のように反復積分の長さによって部分複体の列が定義される.0 以 上の整数 k を固定する.M 上の次数が正の微分形式 ω1 , . . . , ω を用いて
ż
ω 1 ¨ ¨ ¨ ω ,
ďk
と表される反復積分全体ではられる B ˚ pM q の部分空間を B ˚ pM qk で表す. 命題 2.4.1 より,d B q pM qk Ă B q`1 pM qk が成り立つ.この構成により,部 分複体の増大列
R “ B˚ pM q0 Ă B ˚ pM q1 Ă ¨ ¨ ¨ Ă B ˚ pM qk Ă B˚ pM qk`1 Ă ¨ ¨ ¨
58
第 2 章 ループ空間上の微分形式
が得られる.ここで,それぞれの q に対して
ď
B q pM qk “ Bq pM q
kě0
が成り立つ.上の部分複体の増大列 B ˚ pM qk , k ě 0 を B ˚ pM q の反復積分の 長さによるフィルトレーションとよぶ.
ୈ
3 ষ ෮ੵͱϧʔϓۭؒͷ ίϗϞϩδʔ
3.1 ループ空間のキューブチェイン複体 M を可微分多様体として,x0 を基点とする M のループ空間を ΩM で表 す.この節では,この本の重要なテーマである,ループ空間 ΩM のホモロ ジー群とコホモロジー群について,定義をまとめておこう.
In を単位区間 I “ r0, 1s の n 個の直積とする.M の区分的になめらかな 道からなるループ空間を ΩM とする.写像 φ : In ÝÑ ΩM が,ΩM の n 次元キューブ (cube) であるとは,
ϕpt, ξ1 , . . . , ξn q “ φpξ1 , . . . , ξn qptq で定まる写像 ϕ : I ˆ In ÝÑ M が,In`1 “ I ˆ In から M への区分的にな めらかな写像となることである.ここで,
ϕp0, ξ1 , . . . , ξn q “ ϕp1, ξ1 , . . . , ξn q “ x0 が成り立つ.このような ΩM の n 次元キューブ φ : In ÝÑ ΩM 全体で生成 される自由加群を Cn pΩM q で表し,
C˚ pΩM q “
à
Cn pΩM q
ně0
とおく. 次に,境界作用素
B : Cn pΩM q ÝÑ Cn´1 pΩM q を定義する.まず, “ 0, 1 として, 1 ď j ď n に対して
60
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
$ ’ ’ &xj , yj “ , ’ ’ % xj´1 ,
1ďj ďi´1 j“i i`1ďj ďn
とおき,面作用素 (face operator)
λ i : In´1 ÝÑ In ,
1ďiďn
を λ i px1 , . . . , xn´1 q “ py1 , . . . , yn q で定める.さらに,これを用いて境界作 用素 (boundary operator) を
Bφ “
n ÿ
` ˘ p´1qi φ ˝ λ0i ´ φ ˝ λ1i
i“1
で定まる加群の準同型写像とする.境界作用素は B ˝ B “ 0 を満たす.この ようにして得られるチェイン複体 pC˚ pΩM q, Bq をループ空間 ΩM のキュー ブチェイン複体とよぶ.2.1 節と同様にチェイン複体 pC˚ pΩM q, Bq のホモロ ジー群が定義され,これを H˚ pΩM q で表す.ホモロジー群 H˚ pΩM q には次 のように積構造を入れることができる.2 つのキューブチェイン
α : Ip ÝÑ ΩM,
β : Iq ÝÑ ΩM
に対して,α ˆ β をループの合成を用いて
$ &αpξ , . . . , ξ qp2tq, 0 ď t ď 12 1 p pα ˆ βqpξ1 , . . . , ξp`q qptq “ %βpξp`1 , . . . , ξp`q qp2t ´ 1q, 1 ď t ď 1 2
で定義する.このようにして,積
Cp pΩM q ˆ Cq pΩM q Ñ Cp`q pΩM q が定まり,
Bpα ˆ βq “ pBαq ˆ β ` p´1qp α ˆ pBβq を満たすことが示される.これより,ホモロジー群の積構造
Hp pΩM q ˆ Hq pΩM q Ñ Hp`q pΩM q が導かれる.また,キューブチェイン α, β, γ に対して pαˆβqˆγ と αˆpβ ˆγq は図のようにパラメータを取り替えることにより,互いにホモトープであり, ホモロジー群に導かれるクロス積は,結合律を満たすことがわかる.このよ うにして,ホモロジー群 H˚ pΩM q には,結合律を満たす代数の構造が入る.
3.1 ループ空間のキューブチェイン複体
61
図 3.1 ホモトピー結合律
連続な道からなるループ空間を Ωc M で表し,コンパクト開位相を入れて, 位相空間とみなしたとき包含写像
i : ΩM ÝÑ Ωc M はホモトピー同値であることが,Milnor [59] で示されている.証明は,M に Riemann 計量を入れて,連続な道を区分的な測地線で近似する手法によ る.ここで,キューブチェイン複体を用いて定義したホモロジー群 H˚ pΩM q は,ループ空間 ΩM にコンパクト開位相を入れて,位相空間とみなしたとき の特異ホモロジー群と同型となることが知られている. チェイン複体 pC˚ pΩM q, Bq の双対として与えられるコチェイン複体を次の ように定義する.まず,
C n pΩM q “ HompCn pΩM q, Zq 境界作用素 B の双対写像を
δ : C n pΩM q Ñ C n`1 pΩM q として,pC ˚ pΩM q, δq のコホモロジー群を H ˚ pΩM q で表す.また,R 上の コチェイン複体 pC ˚ pΩM q b R, δq のコホモロジー群を H ˚ pΩM, Rq で表す. 今後,この本ではループ空間 ΩM の R 係数のコホモロジー群 H ˚ pΩM, Rq を反復積分を用いて記述することを目標とする. ループ空間 ΩM 上の n 次微分形式 ω に対して,n 次元キューブ φ : In ÝÑ
ΩM を,2.2 節の意味の ΩM の n 次元局所パラメータ系と考えて,In 上の n 次微分形式 ωφ が定まる.これを用いて,ω の n 次元キューブ φ 上の積分を
ż
ż
ω“ φ
ωφ In
で定める.さらに,σ P Cn pΩM q に対して,n 次元キューブ φi : In ÝÑ ΩM
62
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
を用いて,σ “
ř i
イン σ 上の積分を
mi φi , mi P Z と表し,微分形式 ω の n 次元キューブチェ ż ω“ σ
ÿ
ż mi
ω φi
i
で定義する.この積分を用いると,Stokes の定理より,2.4 節の意味のルー プ空間 ΩM 上の de Rham コホモロジー群とのペアリング ˚ H˚ pΩM q ˆ HDR pΩM q ÝÑ R
が定義される.このペアリングから,自然な線形写像 ˚ HDR pΩM q ÝÑ H ˚ pΩM, Rq
が誘導される.
3.2 スペクトル系列からの準備 この節では,後の議論に必要になるスペクトル系列に関する一般的な事項 を述べる.証明などの詳細については,文献 [10], [24], [56] などを参照して ほしい.まず,フィルトレーションが定義されたコチェイン複体の場合から はじめる. コチェイン複体 (cochain complex)pK ˚ , dq とは,加群とその間の準同型写 像の列 d
d
¨ ¨ ¨ ÝÝÝÝÑ K q´1 ÝÝÝÝÑ K q ÝÝÝÝÑ K q`1 ÝÝÝÝÑ ¨ ¨ ¨ で,d ˝ d “ 0 を満たすものである.準同型写像 d をコバウンダリー作用素 とよぶ.ここで,Z q “ tx P K q | dx “ 0u とおき,Z q の要素を q 次のコサ イクル (cocycle) という.また,B q “ tx P K q | y P K q´1 が存在して x “
dy と表される u とおき,B p の要素を q 次のコバウンダリー (coboudary) と いう.コチェイン複体 pK ˚ , dq の q 次のコホモロジー群を商加群 H q pK ˚ q “ Z q {B q として定義し,
H ˚ pK ˚ q “
à
H q pK ˚ q
qě0
とおく. コチェイン複体 pJ ˚ , dq が pK ˚ , dq の部分コチェイン複体であるとは,すべ
3.2 スペクトル系列からの準備
63
ての q について,J q Ă K q が部分加群であり,dJ q Ă J q となることである. コチェイン複体 pK ˚ , dq のフィルトレーション (filtration) とは,pK ˚ , dq の 部分コチェイン複体の減少列
¨ ¨ ¨ Ą F p´1 K ˚ Ą F p K ˚ Ą F p`1 K ˚ Ą ¨ ¨ ¨ Ť
で,
p
F p K ˚ “ K ˚ を満たすものである.
フィルトレーションが与えられたコチェイン複体に対して,
Grp K ˚ “ F p K ˚ {F p`1 K ˚ とおくと,Grp K ˚ はコチェイン複体の構造をもつ.また,F p Z q “ pF p K q qX
Z q , F p B q “ pF p K q q X B q として, F p H q pK ˚ q “ F p Z q {F p B q とおくことにより,コホモロジー群 H ˚ pK ˚ q にフィルトレーションが誘導さ れる.これを用いて,
Grp H q pK ˚ q “ F p H q pK ˚ q{F p`1 H q pK ˚ q と定める. フィルトレーションが与えられたコチェイン複体 pK ˚ , dq のスペクトル系 列 (spectral sequence)
Er “
à
Erp,q ,
rě0
p,q
を次のように定義する.まず,Erp,q を商加群として
Erp,q “
tx P F p K p`q | dx P F p`r K p`q`1 u dpF p´r`1 K p`q´1 q ` F p`1 K p`q
とおく.コチェイン複体のコバウンダリー作用素 d より,準同型写像
dr : Erp,q ÝÑ Erp`r,q´r`1 が導かれ,dr ˝ dr “ 0 が成り立つ.上の dr をスペクトル系列の Er 項にお ける微分 (differential) とよぶ.スペクトル系列については,図 3.2 のように 図示して考えることが,しばしば有用である. 定義よりただちに,E0 項については
E0p,q “ F p K p`q {F p`1 K p`q となることがわかる.したがって,
64
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
図 3.2 スペクトル系列の Er 項
E1p,q “ H p`q pGrp K ˚ q が得られる.また,少し複雑な計算を実行することにより,一般に
H ˚ pEr q “ Er`1 と成り立つことが確かめられる. フィルトレーションが与えられたコチェイン複体 pK ˚ , dq が有界であると は,すべての次数 n に対して,整数 an ď bn が存在して
F an K n “ K n ,
F bn K n “ 0
が成り立つことである.次の補題は今後の応用の上で重要な役割を果たす. 補題 3.2.1 フィルトレーションが与えられたコチェイン複体 pK ˚ , dq が有界 であるとする.このとき,p, q に対して,n “ p ` q で定まる自然数 rn が存 在して,r ě rn について p,q Erp,q “ Er`1
となる. [証明]仮定より,p ` q “ n となる Esp,q のうち 0 にならない可能性がある のは,an ď p ď bn ´ 1 を満たす部分のみである.したがって,E s 項の微 分 ds : Esp,q ÝÑ Esp`s,q´s`1 は,s ě bn`1 ´ an ならば零写像となる.また, 同様に ds : Esp´s,q`s´1 ÝÑ Esp,q は,s ě bn ´ an´1 ならば零写像となる. したがって,rn “ maxpbn`1 ´ an , bn ´ an´1 q ととれば,r ě rn に対して, p,q Er`1 “
Ker dr : Erp,q ÝÑ Erp`r,q´r`1 “ Erp,q Im dr : Erp´r,q`r´1 ÝÑ Erp,q
となり,求める結果が得られる.
[ \
3.2 スペクトル系列からの準備 p,q
65
p,q
上の互いに等しい加群 Erp,q “ Er`1 “ ¨ ¨ ¨ を E8 とおくと, p,q E8 “ Grp pH p`q pK ˚ qq
となることが示される.補題 3.2.1 の状況では,r ě rn について Erp,q は
Grp pH n pK ˚ qq に同型になる.このとき,スペクトル系列 Er は H ˚ pK ˚ q に 収束するという.さらに強く,dr “ dr`1 “ ¨ ¨ ¨ “ 0 となるとき,スペクト ル系列は Er 項で退化するという.このとき,p, q によらずに, Er “ Er`1 “ ¨ ¨ ¨ “ E8 が成り立つ.
2 つのコチェイン複体 pK ˚ , dq, pL˚ , dq の間のコチェイン写像 f : K ˚ ÝÑ L˚ とは,すべての q に対して定義された準同型写像 f q : K q ÝÑ Lq で, d ˝ f q “ f q`1 ˝ d を満たすものである.コチェイン写像 f はコホモロジー群の 準同型写像 H q pK ˚ q ÝÑ H q pL˚ q を導く.さらに,コチェイン複体 pK ˚ , dq, pL˚ , dq にそれぞれ,フィルトレーションが定義されていて,コチェイン写像 f は,すべての p について, f pF p K ˚ q Ă F p L˚ が満たされているとする.このとき,f はフィルトレーションを保つという. コチェイン複体 K ˚ , L˚ に対応するスペクトル系列を,それぞれ Er pK ˚ q,
Er pL˚ q で表すとコチェイン写像 f はスペクトル系列の間のコチェイン写像 fr : Er pK ˚ q ÝÑ Er pL˚ q を誘導する.次の補題は次節以降でしばしば用いられる. 補題 3.2.2 フィルトレーションが定められたコチェイン複体 pK ˚ , dq, pL˚ , dq の間のコチェイン写像 f : K ˚ ÝÑ L˚ はフィルトレーションを保つとする. ある r0 に対して同型
Er0 pK ˚ q – Er0 pL˚ q が導かれるとき,すべての r ě r0 について
Er pK ˚ q – Er pL˚ q となる.さらに,コチェイン複体 pK ˚ , dq, pL˚ , dq が有界ならば,f は同型 p,q p,q E8 pK ˚ q – E8 pL˚ q
を導く.
66
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
[証明]コチェイン写像 f : K ˚ ÝÑ L˚ はフィルトレーションを保つことか ら,f が導く同型 Er0 pK ˚ q – Er0 pL˚ q はコチェイン複体としての同型であり, コホモロジーの同型 H ˚ pEr0 pK ˚ qq – H ˚ pEr0 pL˚ qq つまり,Er0 `1 pK ˚ q –
Er0 `1 pL˚ q が得られる.以下,帰納的にすべての r ě r0 について Er pK ˚ q – Er pL˚ q が得られる.さらに,コチェイン複体 pK ˚ , dq, pL˚ , dq が有界とする と,固定した p, q に対して十分大きい r をとると,dr : Erp,q ÝÑ Erp`r,q´r`1 p,q は零写像となり,同型 Erp,q – E8 が成り立つ.したがって,十分大きい r p,q p,q に対して,f は同型 E8 pK ˚ q – E8 pL˚ q を導く. [ \ スペクトル系列が有効に用いられる典型的な場合として,2 重複体 (double complex) について述べる.K を 2 通りの次数をもつ加群の直和 à p,q K“ K p,qě0
とし,準同型写像 d : K p,q ÝÑ K p,q`1 ,
d2 “ 0,
δ 2 “ 0,
δ : K p,q ÝÑ K p`1,q で,条件 dδ ` δd “ 0
(3.1)
を満たすものが与えられているとする.このような K を 2 重複体とよぶ.こ こで,q を固定すると,K ˚,q “
À
pě0
K p,q は d をコバウンダリー作用素と
するコチェイン複体となる.また,p を固定したときも同様である.
2 重複体 K “
À
K p,q に対して, à Kn “ K p,q , D “ d ` δ
p,qě0
p`q“n
とおくと,条件 (3.1) より D2 “ 0 が満たされ,pK ˚ , Dq はコチェイン複体 となる.コチェイン複体 pK ˚ , Dq には 1
F pK n “
à
1
K p ,q ,
2
F pK n “
p1 `q“n,p1 ěp
à
K p,q
2
(3.2)
p`q 2 “n,q 2 ěq
によって,2 通りのフィルトレーションが定義される.さらに,これらのフィ ルトレーションに対応して,スペクトル系列 1 Er , 2 Er が定まる.この 2 つの フィルトレーションは, 1
E0p,q – K p,q ,
2
E0p,q – K p,q
を満たし,ともにコチェイン複体 pK ˚ , Dq のコホモロジー H ˚ pK ˚ q に収束 する.E1 項については,1 E1
p,q
は,p を固定したときの,コチェイン複体 pK p,˚ , dq のコホモロジー群と同型である.これを
3.2 スペクトル系列からの準備 1
67
E1p,q – Hdq pK p,˚ q
と表す.また,E1 項における微分
d1 : Hdq pK p,˚ q ÝÑ Hdq pK p`1,˚ q は,D “ d ` δ が 1 E1 に誘導する写像であるが,1 E1 上では d “ 0 となるの で,d1 “ δ とみなすことができる.したがって,1 E2
p,q
δ
はコチェイン複体
δ
¨ ¨ ¨ ÝÑ Hdq pK p´1,˚ q ÝÑ Hδq pK p,˚ q ÝÑ Hdq pK p`1,˚ q ÝÑ ¨ ¨ ¨ の p 次コホモロジー群と同型である.これを 1
E2p,q – Hδp pHdq pKqq
と表す.同様の記号を用いて,スペクトル系列 2 Er についても 2
E1p,q – Hδp pK ˚,q q,
2
E2p,q – Hdq pHδp pKqq
が成立する.
ˇ 2 重複体のスペクトル系列の応用として,可微分多様体のCech コホモロ ジーと de Rham コホモロジーとの関係について述べる.M を n 次元可微分 多様体として,U “ tUα uαPΛ を M の開被覆とする.すなわち,Uα , α P Λ Ť は M の開集合で,M “ αPΛ Uα を満たす.添字集合 Λ は全順序集合であ るとして,Λ の部分集合 tα0 , . . . , αr u, α0 ă ¨ ¨ ¨ ă αr について,それらの共 通部分 Uα0 X ¨ ¨ ¨ X Uαr を Uα0 ¨¨¨αr で表す.以下,開被覆 U “ tUα uαPΛ は, 上のような開集合 Uα0 ¨¨¨αr で空でないものは,すべて Rn と微分同相である という性質を満たすと仮定する.
M の開集合 U について,U 上の q 次微分形式全体を Aq pU q で表す.上の ような M の開被覆 U について, ź C p pU, Aq q “ Aq pUα0 ¨¨¨αp q α0 㨨¨ăαp
とおく.さらに,コバウンダリー作用素
δ : C p pU, Aq q ÝÑ C p`1 pU , Aq q をω “
ś α0 㨨¨ăαp
ωα0 ¨¨¨αp に対して
pδωqα0 ¨¨¨αp`1 “
p`1 ÿ i“0
p´1qi ωα0 ¨¨¨αp i ¨¨¨αp`1
68
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
で定義する.ここで,記号 ωα0 ¨¨¨αp i ¨¨¨αp`1 は添字 αi を除くことを表す,また, 微分形式 ωα0 ¨¨¨αp i ¨¨¨αp`1 は Uα0 ¨¨¨αp`1 に制限して考える.例えば
pδωqα0 α1 “ ´ωα1 ` ωα0 pδωqα0 α1 α1 “ ´ωα1 α2 ` ωα0 α2 ´ ωα0 α1 である.また,添字の入れ替えについては
ωσpα0 q¨¨¨σpαp q “ signpσqωα0 ¨¨¨αp とする.ここで σ は pp ` 1q 個の添字 α0 , . . . , αp の置換で,signpσq はその 符号を表す.上の δ について,δ ˝ δ “ 0 が成立し,C ˚ pU, Aq q はコチェイン 複体の構造をもつ.この複体のコホモロジーを H ˚ pU, Aq q で表し,q 次の微
ˇ 分形式に値をもつCech コホモロジーとよぶ. 2 重複体 K “
À
K p,q を K p,q “ C p pU, Aq q
で定める.ここで,コバウンダリー作用素 δ : K p,q ÝÑ K p`1,q は,上で定 義した通りである.また,d : K p,q ÝÑ K p,q`1 は,外微分を用いて,
pdωqα0 ¨¨¨αp “ dωα0 ¨¨¨αp として定める.一般的な 2 重複体に対する (3.2) と同様に K n “
À p`q“n
K p,q
には 2 通りのフィルトレーションが定義されて,それぞれに対応するスペク トル系列 1 E, 2 E は 1
E1p,q – Hdq pK p,˚ q,
2
E1p,q – Hδp pK ˚,q q
を満たす. スペクトル系列 1 E について,次の補題が成立する. 補題 3.2.3 スペクトル系列 1 E の 1 E1 項は 1
E1p,q
$ &Aq pM q, – %0,
を満たす.また 1 E2 項については 1
が成り立つ.
E2p,q
p“0 pą0
$ &H q pM q, p “ 0 DR – %0, pą0
3.2 スペクトル系列からの準備
69
[証明]スペクトル系列 1 E の 1 E0 項は定義より 1 E0
p,q
d0 は δ : K p,q ÝÑ K p`1,q
“ K p,q であり,微分 にほかならない.ここで,r : Aq pM q ÝÑ K 0,q
を自然な制限写像とすると,これは単射である.さらに, δ
r
δ
δ
δ
0 ÝÑ Aq pM q ÝÑ K 0,q ÝÑ K 1,q ÝÑ ¨ ¨ ¨ ÝÑ K p,q ÝÑ ¨ ¨ ¨ は K j,q , j ě 0 において完全であることが次のように示される.まず,ω P K 0,q が δpωq “ 0 を満たすとすると,これは,任意の α, β P Λ について,ωα と
ωβ の Uα X Uβ への制限が一致することを意味する.したがって,ω は M 全体で定義された微分形式となり,r の像のに入る.tfα uαPΛ を M の開被覆 U “ tUα uαPΛ に従属する 1 の分割とする.つまり,tfα u は次の性質 (1), (2) を満たす M 上のなめらかな関数の族であるとする. ř ř (1) M の各点の近傍で αPΛ fα は有限和となり αPΛ fα “ 1 が成立する. (2) すべての α P Λ に対して,fα のサポート,つまり,fα pxq ‰ 0 となるよ うな x P M の集合の閉包は Uα に含まれる. 1 の分割についての詳細は,多様体についての標準的な教科書 [58] などを参 照していただきたい.一般の p ą 0 に対して,Φ : K p,q ÝÑ K p´1,q を ÿ pΦωqα0 ,...,αp “ fα ωα,α0 ,...,αp α
とおくと,簡単な計算により
δpΦωq ` Φpδωq “ ω が示され,これを用いて完全性が証明され,1 E1 項についての求める結果が 得られる.1 E1 項は,p “ 0 以外では 0 で,p “ 0 における微分 d1 は微分形 式の外微分 d : Aq pM q ÝÑ Aq`1 pM q である.したがって,1 E2 項について
[ \
の求める結果がしたがう.
ˇ スペクトル系列 2 E の場合の結果を述べるために,R 係数のCech コホモ ロジーについて説明する.これまでと同様の条件を満たす M の開被覆 U に ついて,
C p pU, Rq “
ź
CpUα0 ¨¨¨αp q
α0 㨨¨ăαp
とおく.ここで,CpUα0 ¨¨¨αp q は開集合 Uα0 ¨¨¨αp 上の実数に値をとる定数関数 全体を表す.さらに,コバウンダリー作用素
δ : C p pU, Rq ÝÑ C p`1 pU , Rq
70 をc“
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
ś α0 㨨¨ăαp
cα0 ¨¨¨αp P C p pU, Rq に対して pδcqα0 ¨¨¨αp`1 “
p`1 ÿ
p´1qi cα0 ¨¨¨αp i ¨¨¨αp`1
i“0
で定義する.このようにして定義されるコチェイン複体 C ˚ pU , Rq の p 次コ
ˇ ホモロジーを H p pU, Rq で表し,R を係数とするCech コホモロジーとよぶ. 補題 3.2.4 スペクトル系列 2 E の 2 E1 項は 2
E1p,q
$ &C p pU, Rq, q “ 0 – %0, qą0
を満たす.また 2 E2 項については 2
E2p,q –
$ &H p pU, Rq,
q“0
%0,
qą0
が成り立つ. [証明]スペクトル系列 1 E の 1 E0 項は 1 E0
p,q
d : K p,q
“ K p,q であり,微分 d0 は ÝÑ K p,q`1 にほかならない.ここで,ι : C p pU, Rq ÝÑ K p,0 を自
然な包含写像とする.このとき ι
d
d
d
δ
0 ÝÑ C p pU, Rq ÝÑ K p,0 ÝÑ K p,1 ÝÑ ¨ ¨ ¨ ÝÑ K p,q ÝÑ ¨ ¨ ¨ は K p,j , j ě 0 において完全であることが以下のように示される.まず,
ω P K p,0 が dω “ 0 を満たすとする.これは Uα0 X ¨ ¨ ¨ X Uαp 上の関数 ωα0 ¨¨¨αp が dωα0 ¨¨¨αp “ 0 を満たすことを意味する.開集合 Uα0 X ¨ ¨ ¨ X Uαp は Rn と微分同相であることを仮定しているのでとくに連結である.したがっ て,ωα0 ¨¨¨αp は定数関数となり,ω は ι の像に入ることがわかる.次に,q ą 0 として ω P K p,q が dω “ 0 を満たすとする.このとき,Uα0 X ¨ ¨ ¨ X Uαp 上 で 2.1 節で示した Poincar´ e の補題 2.3.4 を用いて,完全性が証明される.こ れより,1 E1 項についての求める結果が得られる.1 E1 項は,q “ 0 以外では 0 で,q “ 0 における微分 d1 は δ : C p pU, Rq ÝÑ C p`1 pU , Rq である.した がって,1 E2 項についての求める結果がしたがう. [ \ ˇ 可微分多様体 M の de Rham コホモロジーとCech コホモロジーについて, 次の定理が成り立つ.
3.2 スペクトル系列からの準備
71
ˇ 定理 3.2.5 すべての整数 q ě 0 に対して,de Rham コホモロジーとCech コホモロジーとの間の同型 q HDR pM q – H q pU, Rq
が成立する. [証明]補題 3.2.3 および補題 3.2.4 のスペクトル系列は,ともに E2 項で退 化する.2 重複体 K に対して K n “
À
p,q , D “ d ` δ とおき,コ p`q“n K ˚ ˚ ˚ チェイン複体 pK , Dq のコホモロジーを HD pK q で表すと,補題 3.2.3 より,
à
k HDR pM q –
1
E2p,q “
p`q“k
à
1
p,q k E8 – HD pK ˚ q
p`q“k
が成立する.同様にして,補題 3.2.4 より,
à
H k pU, Rq –
2
E2p,q “
p`q“k
à
2
p,q k E8 – HD pK ˚ q
p`q“k
が成り立つ,したがって,求める同型 q HDR pM q – H q pU, Rq
[ \
が得られる.
ˇ さらに,Cech コホモロジー H q pU, Rq は M のコホモロジー H q pM ; Rq と同型であることが知られていて,上の定理とあわせると,2.1 節で述べた
de Rham の同型 q HDR pM q – H q pM ; Rq
が導かれる. 次にチェイン複体に関するスペクトル系列について述べる.チェイン複体
pK˚ , Bq のフィルトレーションとは,pK˚ , Bq の部分チェイン複体の増大列 ¨ ¨ ¨ Ă Fp´1 K˚ Ă Fp K˚ Ă Fp`1 K˚ Ă ¨ ¨ ¨ Ť
で,
p
Fp K˚ “ K˚ を満たすものである.フィルトレーションが与えられた
チェイン複体に対して,
Grp K˚ “ Fp K˚ {Fp´1 K˚ とおくと,Grp K˚ はチェイン複体の構造をもつ.チェイン複体のスペクト r ル系列 Ep,q は,コチェイン複体の場合の矢印の向きを反対にすることによっ
72
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
て,同様に定義されるので,詳細はここでは繰り返さない.主な事実をまと めると次の通りである.スペクトル系列の E r 項には,微分 r r dr : Ep,q ÝÑ Ep´r,q`r´1
が定義され,
E0p,q “ Fp Kp`q {Fp´1 Kp`q ,
E1p,q “ Hp`q pGrp K˚ q
となる.また,r ě 0 について
H˚ pE r q “ E r`1 と成り立つ.チェイン複体 K˚ のフィルトレーション F は,ホモロジー H˚ pK˚ q のフィルトレーションを誘導する.チェイン複体が有界であるという仮定の r r`1 もとで,n “ p ` q で定まる r が存在して,Ep,q “ Ep,q “ ¨ ¨ ¨ となる.こ 8 れを,Ep,q とおくと, 8 Ep,q “ Grp pHp`q pK˚ qq
となることが示される. チェイン複体のスペクトル系列を用いる典型的な例として,ファイバー 空間に対する Serre のスペクトル系列を挙げておく.E, B を位相空間とし,
p : E ÝÑ B を連続写像とする.写像 p がファイバー写像であるとは,被覆ホモ トピー条件すなわち,任意の次元のキューブ K “ In と連続写像 g : K ÝÑ E および,f : K ˆ I ÝÑ B で f px, 0q “ ppgpxqq, x P K を満たすものに対し て,連続写像 h : K ˆ I ÝÑ E で hpx, 0q “ gpxq,
pphpx, tqq “ f px, tq,
x P K,
0ďtď1
を満たすものが存在することである.このとき,pE, p, Bq をファイバー空間
(fiber space) とよび,E を全空間,B を底空間という.ここで,B は弧状連 結であると仮定する. ファイバー空間で,底空間 B に基点 x0 をとり,基点の逆像 F “ p´1 px0 q をファイバーとよぶ.全空間 E のキューブチェイン複体 C˚ pEq に,底空間 のチェインの次元から定まるフィルトレーションを導入することにより,次 の定理のように,全空間の整数係数ホモロジー群 H˚ pEq に収束する Serre のスペクトル系列を構成することができる. 定理 3.2.6 ファイバー空間 pE, p, Bq において,ファイバー F は弧状連結で,
3.2 スペクトル系列からの準備
73
底空間 B が単連結であると仮定すると,
E1p,q “ Cp pBq b Hq pF q,
E2p,q “ Hp pB; Hq pF qq
で,さらに, 8 Ep,q “ Grp pHp`q pEqq
を満たすようなスペクトル系列が存在する. 定理の証明については,Serre の原論文 [69] などを参照していただきたい. ここでは,関連したいくつかの注意を述べる. 底空間 B が単連結ではないときには,定理のスペクトル系列の E2 項は, p,q
“ Hp pB; Hq pF qq で置き換えられる. 包含写像 i : F ÝÑ E がホモロジー群に誘導する準同型写像 i˚ : Hn pF q ÝÑ r 8 Hn pEq は,E0,n “ E0,n となるような十分大きい r をとることにより,写像 局所系を係数とするホモロジー群 E2
の合成 2 r 8 Hn pF q “ E0,n ÝÑ E0,n “ E0,n ÝÑ Hn pEq s s で表される.ここで,すべての s ą 0 について,微分 ds : E0,n ÝÑ E´s,n`s´1 s`1 s s は零写像であることから,E0,n は E0,n の商空間となり,射影 E0,n ÝÑ s`1 2 r E0,n が定義される.上の E0,n ÝÑ E0,n はこのような射影の合成である.ま 8 た,E0,n “ F0 Hn pEq は,Hn pEq の部分空間とみなすことができる.上の 8 E0,n ÝÑ Hn pEq は包含写像である. 射影 p : E ÝÑ B がホモロジー群に誘導する準同型写像 p˚ : Hn pEq ÝÑ Hn pBq は,十分大きい r をとることにより,写像の合成 8 r 2 Hn pEq ÝÑ En,0 “ En,0 ÝÑ En,0 “ Hn pBq s`1 s で表される.ここで,すべての s ą 0 について,En,0 は,En,0 の ds につい s`1 s てのサイクル全体とみなせるので包含写像 En,0 ÝÑ En,0 が存在する.上の r 2 En,0 ÝÑ En,0 はこのような包含写像の合成である.
例 3.2.7 ファイバー空間に関する Serre のスペクトル系列の応用として,基 点を x0 とする球面のループ空間 ΩS n , n ě 2 の整数係数ホモロジー群を計 算する.PS n を x0 を始点とする区分的になめらかな道
γ : r0, 1s ÝÑ S n ,
γp0q “ x0
全体とする.道の空間 PS n とループ空間 ΩS n には,それぞれ,コンパクト開位 相を入れる.射影 p : PS n ÝÑ S n を ppγq “ γp1q で定めると,pPS n , p, S n q
74
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
図 3.3 球面のループ空間についてのスペクトル系列
はファイバー空間の構造をもち,ファイバー p´1 px0 q は ΩS n となる.全空間
PS n は,道を x0 に縮めるホモトピーにより可縮である.したがって,対応す 8 8 る Serre のスペクトル系列の E 8 項は,E0,0 – Z で,それ以外では Ep,q “0 2 2 n n となる.E 項は Ep,q – Hp pS ; Hq pΩS qq を満たたすことから,p “ 0, n 2 以外では Ep,q “ 0 が得られる.したがって,スペクトル系列の微分で零写像 ではない可能性があるのは dn のみである.微分 n n dn : En,0 ÝÑ E0,n´1 n 2 について考察しよう.まず,En,0 “ En,0 – Z となることがわかる.また, n`1 8 n n E0,n´1 – E0,n´1 – 0 であることから,dn : En,0 ÝÑ E0,n´1 は同型写像で
あることが導かれる.したがって, n 2 E0,n´1 – E0,n´1 –Z 8 が得られ,Hn´1 pΩS n q – Z となることがわかる.また,Ep,q “ 0, pp, qq ‰ 2 p0, 0q より,E0,q “ Hq pΩS n q, 0 ă q ă n ´ 1 は 0 であることがしたがう. このようにして,Hq pΩS n q, 0 ď q ď n ´ 1 が計算された.これを用いると, n 2 n n En,n´1 “ En,n´1 – Z が得られる.さらに,dn : En,n´1 ÝÑ E0,2pn´1q につ n 2 n いて,同様の議論で,En,n´1 – E0,2pn´1q – Z が導かれ,H2pn´1q pΩS q – Z となることがわかる.また,Hq pΩS n q – 0, n ´ 1 ă q ă 2pn ´ 1q であるこ
とも得られる.これを繰り返して,
$ &Z, q “ kpn ´ 1q, k “ 0, 1, 2, . . . Hq pΩS n q – %0, それ以外の場合
となる. 球面のループ空間は,この本の主要なテーマの 1 つであり,今後さまざま
3.3 バー複体とループ空間のコホモロジー
75
な視点から扱う.次節では,上のホモロジー類に双対な de Rham コホモロ ジー類を反復積分を用いて構成する.
3.3 バー複体とループ空間のコホモロジー M を可微分多様体とする.この節では,M は単連結とし,M のホモロ ジー群のランクは有限と仮定する.基点を x0 P M を固定して,始点と終点 が x0 であるような M の区分的になめらかなループ全体からなるループ空間 を ΩM で表す.2.4 節で導入した,反復積分から定義されるバー複体
0 ÝÑ B 0 pM q ÝÑ ¨ ¨ ¨ ÝÑ Bq pM q ÝÑ B q`1 pM q ÝÑ ¨ ¨ ¨ のコホモロジーと,ループ空間 ΩM のコホモロジーについて,次の Chen の基本定理が成立する. 定理 3.3.1 (K. -T. Chen [16]) M を単連結な可微分多様体とする.M の de
Rham 複体 A˚ pM q から定まるバー複体 B ˚ pM q のコホモロジー群は,ルー プ空間 ΩM のコホモロジー群 H ˚ pΩM ; Rq と同型である. バー複体 B ˚ pM q のコホモロジーを直接計算することは,一般には困難 であるが,次のように,de Rham 複体 A˚ pM q のある部分複体から出発し た,代数的な構成が可能である.M の de Rham 複体 A˚ pM q の部分複体
A“
À
Aq が次の条件 (1), (2) を満たすと仮定する. À (1) A “ q Aq は,ウェッジ積について閉じている.つまり,ω P Ak , τ P A について,ω ^ τ P Ak` が成り立つ. (2) 包含写像 i : A ÝÑ A˚ pM q はコホモロジー群の同型 qě0
˚ H ˚ pAq – HDR pM q
を誘導する. 反復積分により,正の整数 p1 , . . . , pk に対して,多重線形写像
I : Ap1 b ¨ ¨ ¨ b Apk ÝÑ Bp1 `¨¨¨`pk ´k pM q Ă Ap1 `¨¨¨`pk ´k pΩM q ş が,ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk に対して,反復積分 ω1 . . . ωk を対応させることによっ て定まる.ここで,A に属する次数が正の微分形式の反復積分全体で生成さ れる B ˚ pM q の部分複体を B ˚ pAq で表し,代数 A によって定まるバー複体 とよぶ.バー複体 B ˚ pAq は反復積分の長さによるフィルトレーション
76
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
R “ B ˚ pAq0 Ă B˚ pAq1 Ă ¨ ¨ ¨ Ă B ˚ pAqk Ă B ˚ pAqk`1 Ă ¨ ¨ ¨ をもつ.このようにして M の de Rham 複体の部分複体 A から構成される バー複体 B ˚ pAq のコホモロジーについて,次の定理が成り立つ. 定理 3.3.2 M を単連結な可微分多様体とする.上の条件 (1), (2) を満たす
A から定まるバー複体 B˚ pAq に対して,反復積分による写像 I は同型 H ˚ pB ˚ pAqq – H ˚ pΩM ; Rq を導く. この定理でとくに A を M の de Rham 複体とすると,すでに述べた定理 3.3.1 が得られる.このような A に対して,被約複体 A を $ ’ qă0 ’ &0, q 1 0 A “ A {dA , q “ 0 ’ ’ % q`1 qą0 A ,
À
で定義する.このとき,A “
q
A は複体となり,そのコホモロジーは, $ &0, qă0 H q pAq “ %H q`1 pAq, q ě 0 q
˚
を満たす.被約複体 A を用いて,被約バー複体 B pAq を,次のように定義 ˚
する.まず,線形空間としては,B pAq を A で生成されるテンソル代数 ˚
B pAq “
¯ k à ´â A kě0
Âk
として定める.ここで, 合は
Â0
A は A の k 階のテンソル積を表し,k “ 0 の場
A “ R とおく.さらに, à à´ q B pAq “
A
kě0 q1 `¨¨¨`qk “q
˚
とすることにより,B pAq “
À
q1
b ¨¨¨ b A
qk
¯
q
B pAq に次数付き加群の構造を入れる. qj 命題 2.4.1 にならって,ω “ ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk , ωj P A に対して d1 pωq “
k ÿ j“1
qě0
p´1qνj´1 `1 ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωj´1 b dωj b ωj`1 ¨ ¨ ¨ b ωk
(3.3)
77
3.3 バー複体とループ空間のコホモロジー
d2 pωq “
k´1 ÿ
p´1qνj `1 ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωj´1 b pωj ^ ωj`1 q b ωj`2 b ¨ ¨ ¨ b ωk
j“1
(3.4) とおく.ここで,νj “ q1 ` ¨ ¨ ¨ ` qj とした.このようにして定まる d1 : q
B pAq ÝÑ B
q`1
q
pAq, d2 : B pAq ÝÑ B
d1 ˝ d1 “ 0,
d2 ˝ d2 “ 0,
q`1
pAq は,
d1 ˝ d2 ` d2 ˝ d1 “ 0
を満たす.したがって,d “ d1 ` d2 とおくと, q
d : B pAq ÝÑ B ˚
により,B pAq “
À
q`1
pAq ˚
q
qě0
B pAq に,複体の構造が入る.複体 pB pAq, dq を
A から定まる被約バー複体とよぶ.被約バー複体に,次のようにシャッフル ˚ qj 積を導入する.B pAq の要素 ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk , ωk`1 b ¨ ¨ ¨ b ωk` , ωj P A , 1 ď j ď k ` に対して,シャッフル積を pω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk q ¨ pωk`1 b ¨ ¨ ¨ b ωk` q ÿ pσ; q1 , . . . , qk` q ωσp1q b ¨ ¨ ¨ b ωσpk`q “ σPSk,
で定義する.ここで,和は pk, q´ シャッフル全体をわたり,符号 は命題 2.3.5 ˚
˚
と同様に定義する.被約バー複体 pB pAq, dq のコホモロジー群を H ˚ pB pAqq ˚
で表す.コホモロジー群 H ˚ pB pAqq は,上のシャッフル積により,積構造 をもつ. 被約バー複体を用いると,次のように,ループ空間のコホモロジーを代数 的に計算することが可能になる. 定理 3.3.3 M を単連結な可微分多様体とする.M の de Rham 複体 A˚ pM q の部分複体 A が,この節のはじめに述べた条件 (1), (2) を満たすとする.A から定まる被約バー複体のコホモロジー群とループ空間 ΩM のコホモロジー 群について,代数としての同型 ˚
H ˚ pB pAqq – H ˚ pΩM ; Rq が成立する. 定理の証明は 3.5 節で与える.被約バー複体によって,ループ空間のコホ モロジーを計算する基本的な例を挙げておく.
78
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
例 3.3.4 n ě 2 として,S n を n 次元球面
S n “ tpx1 , . . . , xn`1 q P Rn`1 | x21 ` ¨ ¨ ¨ ` x2n`1 “ 1u とする.例 2.3.1 に n “ 2 の場合を示したように,S n の体積要素は n 次微 分形式
σ “ kn
n`1 ÿ
xi ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn`1 p´1qi´1 xi dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dx
i“1
で与えられる.ここで kn は正の定数で
ż
Sn
σ“1
となるように正規化しておく.球面 S n の体積については,7.1 節および,
7.2 節であらためて取り上げるので参照していただきたい.A を 1, σ で生 成される S n の de Rham 複体の部分代数とする.A はコホモロジーの同 ˚ 型 H ˚ pAq – HDR pS n q を与え,求める条件を満たしている.被約バー複体 ˚ pB pAq, dq の基底は 1 と σ,
σ b σ,
σ b ¨ ¨ ¨ b σ, looooomooooon
...,
...
k
で与えられる.これに対応して,コホモロジー群 H ˚ pΩS n q の基底は 1 と反 復積分
ż
ż σ,
ż σσ,
σ ¨ ¨ ¨ σ, loomoon
...,
...
k
のコホモロジー類で与えられることがわかる.したがって,ループ空間 ΩS n のコホモロジー群は
$ &R, q “ kpn ´ 1q, k “ 0, 1, 2, . . . H q pΩS n ; Rq – %0, それ以外の場合
となることが導かれる.反復積分
ż 󨨨σ loomoon k
の表すコホモロジー類を uk と表すと,カップ積 uk Y u はシャッフル積を用 いて計算することができる.例えば n が奇数の場合には
uk Y u “
pk ` q! uk` k! !
3.4 Adams のコバー構成
79
となる.コホモロジー環 H ˚ pΩS n ; Rq の構造は,n の偶奇によって,次のよ うに記述される.まず,n が偶数の場合,u1 の次数は n ´ 1 で奇数となり,
u1 Y u1 “ 0 を満たす.コホモロジー環 H ˚ pΩS n ; Rq は,u1 , u2 に対応して, 次数がそれぞれ,deg x “ n ´ 1, deg y “ 2pn ´ 1q の生成元 x, y をもち,基 本関係式は
x2 “ 0,
xy “ yx
である.S n のループ空間のコホモロジー環は x で生成される外積代数 Λpxq と,y で生成される多項式環 Rrys を用いて,
H ˚ pΩS n ; Rq – Λpxq b Rrys と表される.また,n が奇数の場合は,u1 の次数は n ´ 1 で偶数となり,コ ホモロジー環は,u1 に対応する生成元 x を用いて
H ˚ pΩS n ; Rq – Rrxs と表される.このような結果は,前節で説明したファイバー空間 p : PS n ÝÑ
S n に関する Serre のスペクトル系列を用いても導くことができる.
3.4 Adams のコバー構成 この節では,Chen の基本定理の証明のための重要なステップとして,Adams のコバー構成 (cobar construction) について説明する.
M を連結な可微分多様体として,基点 x0 を固定する.単体 Δq の頂点がす べて x0 にうつされるような q 次元単体 σ : Δq ÝÑ M 全体で生成される自由 À 加群を Cq pM qx0 で表し,C˚ “ q Cq pM qx0 とおく.F pC˚ q を次元が正の 単体全体で生成される,結合律を満たす Z 上の自由代数とする.F pC˚ q は,単 位元 1 を含むとする.単体 σ に対応する F pC˚ q の生成元を rσs で表し,その 次数を degrσs “ dim σ ´1 で定義する.また,生成元 rσ1 s, . . . , rσk s P F pC˚ q について,
degprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσk sq “ degrσ1 s ` ¨ ¨ ¨ ` degrσk s となるように,次数を定めることにより,F pC˚ q は,次数付き代数の構造を もつ. 一方,x0 を基点とする M のループ空間 ΩM に対して,3.1 節で定義した
q 次元キューブで生成されるチェイン群を Cq pΩM q とし, à C˚ pΩM q “ Cq pΩM q q
80
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
とおく.C˚ pΩM q はチェイン複体の構造をもつ.この節の目的は,F pC˚ q に 境界作用素を定義して複体の構造を入れ,チェイン写像
μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q を構成することである. ユークリッド空間の q 次元単体 Δq の頂点 v, w をとり,v を始点として w を終点とするような Δq 内の区分的になめらかな道全体を PpΔq ; v, wq で表 す.Δq の j 番目の面を
Bj : Δq´1 ÝÑ Δq ,
0ďjďq
で表す.また,n 次元キューブ In の面
λ j : In´1 ÝÑ In ,
1 ď j ď n,
“ 0, 1
も,3.1 節と同じように定める.以降,Δq の頂点に順序を付け,それらを
v0 , v1 , . . . , vq で表す.単体 Δi の頂点を w0 , w1 , . . . , wi として,単体写像 fi : Δi ÝÑ Δq ,
1ďiďq´1
を fi pwk q “ vk , 0 ď k ď i で定める.また,単体 Δq´i の頂点を w0 , w1 , . . . , wq´i として,単体写像
q´i : Δq´i ÝÑ Δq ,
1ďiďq´1
を q´i pwk q “ vk`i , 0 ď k ď q ´ i で定める.単体写像 fi , q´i に対して, 自然な包含写像
P pfi q : PpΔi ; w0 , wi q ÝÑ PpΔq ; v0 , vi q P p q´i q : PpΔq´i ; w0 , wq´i q ÝÑ PpΔq ; vi , vq q が定まる.同様にして,Bj : Δq´1 ÝÑ Δq についても,
P pBj q : PpΔq´1 ; v0 , vq´1 q ÝÑ PpΔq ; v0 , vq q, が定義される.次の補題が成立する. 補題 3.4.1 単体 Δq の道の空間の q ´ 1 次元キューブ
θq : Iq´1 ÝÑ PpΔq ; v0 , vq q で,1 ď i ď q ´ 1 に対して
θq ˝ λ0i “ P pBi q ˝ θq´1
0ďj ďq´1
3.4 Adams のコバー構成
81
θq´1 ˝ λ1i “ pP pfi q ˝ θi q ˆ pP p q´i q ˝ θq´i q を満たすものが存在する. [証明] q “ 1 のとき,I0 は一点からなる集合であり,I0 の θ1 による像は, 単体 Δ1 で頂点 v0 と v1 を結ぶ線分として定める.一般に,q ď k ´ 1 につ いて,条件を満たすような θq が与えられたとすると,条件から,Ik´1 の境 界からの写像
φ : BIk´1 ÝÑ PpBΔk ; v0 , vk q が定まる.対応する写像
ϕ : I ˆ BIk´1 ÝÑ BΔk を,これまでと同様に ϕpt, xq “ φpxqptq で定める.境界 BIk´1 , BΔk は,そ れぞれ球面 S k´2 , S k´1 と同相である.写像 φ は v0 から vk に至る BΔk 上 の道の族であり,これらは BΔk を一重に覆いつくしている.位相的には,球 面 S k´1 の南極から北極に至る,赤道 S k´2 でパラメータ付けられた道の族 に対応する.したがって,この族を S k´2 を境界とする n 次元球体に拡張す ることによって,写像 ϕ は区分的になめらかな写像
ϕ˜ : I ˆ Ik´1 ÝÑ Δk で,ϕp0, ˜ xq “ v0 , ϕp1, ˜ xq “ vk , x P Ik´1 を満たすものに自然に拡張される. 対応する θk : Ik´1 ÝÑ PpΔk ; v0 , vk q が q “ k の場合の求める写像になる ので,補題は帰納法により示された.
[ \
図 3.4 に示したのは q “ 2 の場合である.1 次元単体 I1 の θ2 による像は, 図のように,頂点 v0 と v2 を結ぶ,単体 Δ2 内の道の 1 パラメータ族となる. 1 次元単体 I1 の 2 つの頂点の像は,それぞれ線分 v0 v2 , 折れ線 v0 v1 v2 となっ ている.図 3.5 は q “ 3 の場合である.2 次元単体 I2 の λ11 による像は折れ 線 v0 v1 v3 から v0 v1 v2 v3 に至る道の 1 パラメータ族となる. 多様体 M の x0 を基点とする単体 σ : Δq ÝÑ M に対して,ループ空間へ の写像
P pσq : P pΔq ; v0 , vq q ÝÑ ΩM が,P pσqpγq “ σ ˝ γ によって定まる.これを用いて,代数としての準同型 写像
μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q
82
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
図 3.4 θ2 に対応する道の 1 パラメータ族
図 3.5 θ3 ˝ λ11 に対応する道の 1 パラメータ族
を,dim σ “ q ą 1 のとき,
μprσsq “ P pσq ˝ θq で定義する.また,dim σ “ 1 のときは,μprσsq “ P pσq ˝ θ1 ´ rx0 s とおく. ここで,rx0 s は,x0 を基点とする定数ループが表す 0 次元チェインである. 次に F pC˚ q の境界作用素を dim σ “ q ą 1 のとき,
Brσs “
q´1 ÿ
p´1qi trBi σs ´ rfi σsr q´i σsu
(3.5)
i“1
で定義する.ここで,Bi σ, fi σ, q´i σ は,それぞれ σ ˝ Bi , σ ˝ fi , σ ˝ q´i を表す.また,dim σ “ 1 のときは,Brσs “ 0 とする.さらに,積について は x, y P F pC˚ q を次数が,それぞれ,次数が k, の元とすると
Bpxyq “ Bpxq y ` p´1qk x Bpyq, を満たすように,線形作用素として B : F pC˚ q ÝÑ F pC˚ q を定める.
(3.6)
3.4 Adams のコバー構成
83
命題 3.4.2 上のように定義された
μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q は,チェイン写像である.つまり,B ˝ μ “ μ ˝ B が成り立つ. [証明] M の x0 を基点とする q 次元単体 σ をとる.まず,q ą 1 とすると,
Bpμrσsq “ B pP pσq ˝ θq q “
q´1 ÿ
p´1qi tP pσq ˝ θq ˝ λ0i ´ P pσq ˝ θq ˝ λ1i u
i“1
“
q´1 ÿ
p´1qi tP pBi σq ˝ θq´1 ´ pP pfi σq ˝ θi q ˆ pP p q´i σq ˝ θq´i qu
i“1
“μpBrσsq となる.また,単体の次元が 1 のときは両辺とも 0 となる.したがって,q ě 1 のとき,q 次元単体 σ は B ˝ μprσsq “ μ ˝ Bprσsq を満たすことが示された.ま た,C˚ pΩM q においても境界作用素は,積について式 (3.6) と同様の性質を 満たす.以上をあわせて,命題が証明された.
[ \
以下,Chen の基本定理の証明のために,多様体 M が単連結である場合 を扱う.チェイン複体 C˚ pM qx0 を定義する際に,単体 σ : Δq ÝÑ M とし て,非退化で,頂点と辺がすべて基点 x0 にうつるもののみを考えることに する.ここで,単体 σ : Δq ÝÑ M が退化しているとは,ある pq ´ 1q 次元 単体 τ : Δq´1 ÝÑ M が存在して,σ の像が τ の像に含まれることである. そうでないとき,単体 σ は非退化であるという.ここでは,次元が 1 の単体 は,すべて退化しているので,F pC˚ q の次数が 0 の部分は,単位元 1 で生成 される自由加群 Z となる.また,2 次元以上の単体 σ に対して,式 (3.5) で 定めた F pC˚ q の境界作用素は
ÿ
Brσs “ rBσs ´
p´1qi rfi σsr q´i σs
(3.7)
1ăiăq´1
の形で表される.このように,頂点と辺がすべて基点 x0 にうつる非退化な 単体に制限しても,準同型写像 μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q を q 次元単体 σ に 対して,μprσsq “ P pσq ˝ θq で定義すると,μ はチェイン写像となる.した がって,ホモロジー群の間の写像
μ˚ : H˚ pF pC˚ qq ÝÑ H˚ pΩM q
84
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
が導かれる.Adams による次の定理が知られている (文献 [1] 参照). 定理 3.4.3 M を単連結な多様体とすると,μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q によ り,ホモロジー群の同型
μ˚ : H˚ pF pC˚ qq – H˚ pΩM q が導かれる. この定理は,Chen の基本定理の証明の重要なステップで用いられる.Adams の定理の証明は 3.6 節で与える.
3.5 Chen の基本定理の証明 この節では,M は単連結な可微分多様体であるとして,3.3 節で述べた
Chen による基本定理を証明する. A を 3.3 節のはじめに述べた条件 (1), (2) を満たす,M の de Rham 複体 ˚ A pM q の部分複体とし,A に属する次数が正の微分形式の反復積分全体で 生成される B ˚ pM q の部分複体を B ˚ pAq で表す.バー複体 B ˚ pAq は反復積 分の長さによるフィルトレーション
R “ B ˚ pAq0 Ă B˚ pAq1 Ă ¨ ¨ ¨ Ă B ˚ pAqk Ă B ˚ pAqk`1 Ă ¨ ¨ ¨
(3.8)
をもつ.以降 F ´k pB ˚ pAqq “ B ˚ pAqk と表す.
3.4 節の終わりに述べたように,単体 σ : Δq ÝÑ M として,非退化で, 頂点と辺がすべて基点 x0 にうつるもののみを考える.Adams のコバー構 成 F pC˚ q は,単位元と 2 次元以上の単体で生成される.F pC˚ q において, F´k pC˚ q を,次元が正の M の単体 σ1 , σ2 , . . . , σr に対して rσ1 srσ2 s ¨ ¨ ¨ rσr s,
rěk
の形の要素ではられる F pC˚ q の部分加群とすると,フィルトレーション
F pC˚ q “ F0 pC˚ q Ą F´1 pC˚ q Ą ¨ ¨ ¨ Ą F´k pC˚ q Ą ¨ ¨ ¨ が定まる.また,双対空間 F pCq˚ “ HomZ pF pC˚ q, Rq の部分空間 F ´k pCq˚ を,加群準同型 f : F pC˚ q ÝÑ R で,すべての x P F´k´1 pC˚ q に対して,
f pxq “ 0 を満たすもの全体として定義する.これにより,フィルトレーション R “ F 0 pCq˚ Ă F ´1 pCq˚ Ă ¨ ¨ ¨ Ă F ´k pCq˚ Ă ¨ ¨ ¨
(3.9)
85
3.5 Chen の基本定理の証明
が定まる.
ş
反復積分 ω1 ¨ ¨ ¨ ωk を ΩM 上の微分形式とみなして,チェイン σ P C˚ pΩM q
Aż
上の積分を
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk , σ
E
で表す.次の補題は Chen の基本定理の証明で重要な役割を果たす. 補題 3.5.1 この節のはじめに述べた条件を満たす M の単体 σ1 , . . . , σ に対 して, ą k ならば
Aż
ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , μprσ1 srσ2 s ¨ ¨ ¨ rσ sq
E
“0
が成立する. [証明]証明は についての帰納法で行う.まず, “ 1 の場合は k “ 0 とな り成り立つ.2.3 節で示した性質
pα ˆ βq˚
ż
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk “
ÿ ´
α˚
ż
¯ ´ ż ¯ ω1 ¨ ¨ ¨ ωi ˆ β ˚ ωi`1 ¨ ¨ ¨ ωk
0ďiďk
と,μprσ1 srσ2 s ¨ ¨ ¨ rσ sq が μprσ1 srσ2 s ¨ ¨ ¨ rσ´1 sq ˆ μprσ sq とパラメータの 変換によってうつり合うことより,
Aż
“
E
ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , μprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ sq
k Aż ÿ
ω1 ¨ ¨ ¨ ωi , μprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ´1 sq
EA ż
E (3.10)
ωi`1 ¨ ¨ ¨ ωk , μprσ sq
i“0
が成り立つ.ここで,微分形式の次数と σ1 , . . . , σ の次元について, k ÿ
deg ωi ´ k “
i“1
ÿ
dim σj ´
(3.11)
j“1
が成立している場合に示せば十分である.それ以外では,微分形式の次数とチェ インの次元の関係から求める式は成立しているからである.まず,0 ă i ă k とすると帰納法の仮定から,式 (3.10) の右辺の項
Aż
ω1 ¨ ¨ ¨ ωi , μprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ´1 sq
E
は 0 になることがわかる.式 (3.10) の右辺で i “ 0 の項は,
Aż
E
ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , μprσ sq
86
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
となるが,この積分が 0 でないとるすと, k ÿ
deg ωi ´ k “ dim σ ´ 1
i“1
となり,式 (3.11) と仮定 dim σj ą 1, 1 ď j ď に反する.よって,式 (3.10) の右辺の i “ 0 に対応する項は 0 である.同様にして,式 (3.10) の右辺の
i “ k に対応する項も 0 であることが示される.よって,補題が証明され た. [ \ バー複体と Adams のコバー構成との間のペアリング
Iμ : B˚ pAq ˆ F pC˚ q ÝÑ R
ş
を, ω1 ¨ ¨ ¨ ωk P B ˚ pAq と rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ s P F pC˚ q に対して
´ż
Iμ
¯ Aż E ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ s “ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , μprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ sq
(3.12)
で定義する.ここで,μ は,3.4 節で構成した F pC˚ q からループ空間のチェ イン複体 C˚ pΩM q への写像である. このペアリング Iμ により,次数を保つ線形写像 ˚
I : B pAq ÝÑ HomZ pF pC˚ q, Rq
(3.13)
˚
が定まる.ここで,B pAq と HomZ pF pC˚ q, Rq には,それぞれ,フィルト レーション (3.8) と (3.9) が定義されている.補題 3.5.1 を用いると,次の補 題が得られる. ˚
補題 3.5.2 線形写像 I : B pAq ÝÑ HomZ pF pC˚ q, Rq は,フィルトレー ションを保つ.つまり, ˚
IpF ´k pB pAqq Ă F ´k pCq˚ ,
k “ 0, 1, 2, . . .
が満たされる.
F pCq˚ は,チェイン複体 F pC˚ q の双対として,コチェイン複体の構造を もつ.写像 I について,次の性質が成り立つ. ˚
補題 3.5.3 線形写像 I : B pAq ÝÑ F pCq˚ は,コチェイン写像である. [証明] Stokes の定理より
´ ż ¯ A ż E Iμ d ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ s “ d ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , μprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ sq
Aż
3.5 Chen の基本定理の証明
“
ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , Bμprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσ sq
E
87
が得られる.ここで,μ がチェイン写像であることを用いて補題が示される.
[ \ ˚
被約バー複体 B pAq と,反復積分によって定義されるバー複体 B ˚ pAq と ˚
の関係について述べておく.被約バー複体 B pAq についてもテンソル積の次 数により自然にフィルトレーション ˚
˚
˚
R “ F 0 pB pAqq Ă F ´1 pB pAqq Ă ¨ ¨ ¨ Ă F ´k pB pAqq Ă ¨ ¨ ¨ が定義される. 次の補題が成り立つ. 補題 3.5.4 反復積分によって,次数を保つ線形同型写像
Ik :
k â
A ÝÑ B ˚ pAqk {B˚ pAqk´1
が誘導される. [証明]命題 2.3.7 より,多重線形写像 I :
Âk
A ÝÑ B ˚ pAqk は
IpAp1 b ¨ ¨ ¨ b dA0 b ¨ ¨ ¨ b Apk q Ă B˚ pAqk´1 を満たすので,次数を保つ線形写像
Ik :
k â
A ÝÑ B ˚ pAqk {B˚ pAqk´1
を導く. 次に,微分形式のチェイン上での積分によって得られる写像
A ÝÑ C ˚ pΩM ; Rq は単射であることを示す.A に属する M 上の次数が正の微分形式 ω をとる. 微分形式 ω の次数が 1 のときは,すべてのループ γ について
ş
γ
ω “ 0 なら
ば,ω は完全であることから求める結果が得られる.ここで,3.3 節のはじめ に述べた,代数 A についての条件 (2) を用いた.次に,微分形式 ω は ω ‰ 0 で次数が 2 以上とする.このとき,M の開集合 U で ω が U 上のすべての点 で, 0 と異なるものが存在する.ここで,U の点 y0 , y1 をとり,道の空間の
pp ´ 1q 次元単体 σ : Δp´1 ÝÑ PpU ; y0 , y1 q
88
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
を,ϕpt, xq “ σpxqptq で定まる写像 ϕ : I ˆ Δp´1 ÝÑ M が埋め込みとなる
ş
ようにとる.このとき,道の空間上の微分形式 ω で
Aż
E ω, σ ‰ 0
を満たすものが存在する.ここで,M の連結性を用いて,基点 x0 と U の 点 y0 , y1 を曲線で結ぶことにより,ループ空間 ΩM の pp ´ 1q 次元単体 σ r
ş
で x ω, σ ry ‰ 0 を満たすものを構成することができる.以上で写像 A ÝÑ
C ˚ pΩM ; Rq が単射であることが示された.この写像の k 階のテンソル積か ら単射 k â
A ÝÑ F ´k pC˚ q{F ´k`1 pC˚ q
(3.14)
が導かれる.この写像は具体的には ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk に対して
rc1 s ¨ ¨ ¨ rck s ÞÑ
Aż
E Aż E ω1 , μrc1 s ¨ ¨ ¨ ωk , μrck s
を対応させることにより得られる.ここで,2.3 節で示したチェインのクロス 積についての反復積分の性質より,
Aż
E Aż E Aż E ω1 , μrc1 s ¨ ¨ ¨ ωk , μrck s “ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk , μprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσk sq
となるので,写像 (3.14) は,(3.12) のペアリング Iμ から構成される自然な 写像と一致し,写像の合成 k â
A ÝÑ B ˚ pAqk {B ˚ pAqk´1 ÝÑ F ´k pC˚ q{F ´k`1 pC˚ q
で表される.写像 (3.14) は単射であることから,Ik の単射性が導かれる.ま た,定義より Ik は全射である.したがって,Ik は線形同型であることが示
[ \
された.
次に B ˚ pAq と F pCq˚ について,それぞれのフィルトレーションから定ま るスペクトル系列を考察しよう.フィルトレーション (3.8) については,対応 するスペクトル系列の E0 項は,
E0´k,p pB ˚ pAqq – rF ´k pB˚ pAqq{F ´k`1 pB ˚ pAqqsp´k – を満たす.ここで,右辺は を表す.
Âk
”â ıp´k k A
A の次数が pp ´ kq の要素からなる部分空間
3.5 Chen の基本定理の証明
89
コチェイン複体 C ˚ “ HomZ pC˚ pM q, Rq に対して,次数を 1 ずらした被 ˚
約複体 C を
$ &C q`1 , Cq “ %0,
qě0 qă0
で定める.これを用いて,フィルトレーション (3.9) で定まるスペクトル系 列の E0 項は,
E0´k,p pF pCq˚ q – rF ´k pCq˚ {F ´k`1 pCq˚ sp´k –
Ӊ k
C
ı ˚ p´k
を満たす.写像 I はフィルトレーションを保つので,それぞれの E0 項の間 の線形写像
E0´k,p pB ˚ pAqq ÝÑ E0´k,p pF pCq˚ q
(3.15)
が誘導される.これは式 (3.14) の写像にほかならない.また,微分
d0 : E0´k,p pB ˚ pAqq ÝÑ E0´k,p`1 pB ˚ pAqq は,式 (3.3) で定義した微分 d1 によって,
d0 pω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk q “
k ÿ
p´1qνj´1 `1 ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωj´1 b dωj b ωj`1 ¨ ¨ ¨ b ωk
j“1
で与えられる.したがって,
E1´k,p pB˚ pAqq –
Ӊ k
ıp´k
H ˚ pAq
が成立する.同様にして,F pCq˚ についても,同型
E1´k,p pF pCq˚ q –
Ӊ k
ı ˚ p´k H ˚ pC q
が得られる.ここで,A に関する仮定と多様体 M についての de Rham の定 ˚
理から,同型 H ˚ pAq – H ˚ pC q がしたがう.写像 (3.15) は,コチェイン写 像であり,E1 項の同型
E1´k,p pB ˚ pAqq ÝÑ E1´k,p pF pCq˚ q
(3.16)
が導かれる.以上により,写像 I は次数とフィルトレーションを保ち,対応す るスペクトル系列の E1 項の同型を導くことが示された.ここで,M が単連結
90
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー ´k,p
であることから H 1 pM q – 0 となるので,E1
‰ 0 となるのは,p ´ k ě k
つまり,p ě 2k の場合であることがわかる.このことから,スペクトル系列 の有界性が示され,E8 項の同型 ´k,p ´k,p E8 pB ˚ pAqq ÝÑ E8 pF pCq˚ q
(3.17)
が得られる.したがって,I はコホモロジーの同型
H ˚ pB ˚ pAqq ÝÑ H ˚ pF pCq˚ q
(3.18)
を導くことが示された.ここで,3.4 節の Adams の定理 3.4.3 より
H ˚ pF pCq˚ q – H ˚ pΩM ; Rq が成立するので,同型 (3.18) とあわせて,定理 3.3.2 が証明された. 次に定理 3.3.3 を証明しよう.A が定理 3.3.3 の仮定を満たすとする.この とき,反復積分によって,フィルトレーションを保つコチェイン写像 ˚
B pAq ÝÑ F pCq˚
(3.19)
˚
が得られ,B pAq のスペクトル系列の E1 項において,補題 3.5.4 を用いて, 同型
˚
E1´k,p pB pAqq – E1´k,p pB ˚ pAqq – E1´k,p pF pCq˚ q が成り立つ.したがって,上の議論と同様に求める結果が得られる.
3.6 コバー構成とループ空間のホモロジー この節では,3.4 節の Adams による定理 3.4.3 を証明する.定理の証明の 目標は,チェイン複体 F pC˚ q のホモロジー群とループ空間 ΩM のホモロジー 群の同型を示すことであった.そのための準備として,基点 x0 を始点とする 道の空間 Px0 pM q に対応するチェイン複体を F pC˚ q と C˚ のテンソル積を 用いて,以下のように構成する.まず,M の単体 σ1 , . . . , σr , σ P C˚ に対し て,F pC˚ q b C˚ の要素 rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s b σ, の次数を
degprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s b σq “
r ÿ
pdim σj ´ 1q ` dim σ
j“1
で定め,これによって F pC˚ q b C˚ に次数付き加群の構造を入れる. 定理の証明の概要をいくつかのステップに分けて述べると,次の通りである.
1. F pC˚ q b C˚ にチェイン複体の構造を入れて,チェイン写像 μ r : F pC˚ q b
3.6 コバー構成とループ空間のホモロジー
91
C˚ ÝÑ C˚ pPx0 pM qq を構成する. 2. チェイン写像 μ r がホモロジー群の同型を導くことを示す. 3. Serre ファイバー空間に対応したスペクトル系列の議論から μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q がホモロジー群の同型を導くことを示す. まず,上のステップ 1 を実行するために,3.4 節の補題 3.4.1 で述べたキュー ブの構成を,道の空間 Px0 pM q の場合に行おう.ユークリッド単体 Δq の頂 点を,v0 , . . . , vq として,v0 を始点とする Δq の区分的になめらかな道の空 間を Pv0 pΔq q で表す.次の補題が成立する.ただし,記号は 3.4 節と同様と する. 補題 3.6.1 単体 Δq の道の空間の q 次元キューブ
τq : Iq ÝÑ Pv0 pΔq q で,1 ď i ď q に対して
τq ˝ λ0i “ P pBi q ˝ τq´1 τq ˝ λ1i “ pP pfi q ˝ θi q ˆ pP p q´i q ˝ τq´i q を満たすものが存在する. [証明]補題 3.4.1 と同様に,q について帰納的に構成する.まず,q “ 1 の 場合は t P I “ r0, 1s に対して,単体 Δ1 “ r0, 1s の道 r0, ts を対応させる. 一般に q ď n ´ 1 の場合に上のような τq が構成されたとして,τn を次のよ うに定める.まず,BIn の点については,τn を補題の式の右辺を与えるよう に θj , τj , j ď n ´ 1 を用いて定める.BIn の 2 点 x, y に対して,Δn の道
αptq, βptq がそれぞれ対応しているとき,x, y を結ぶ線分上の点 sx ` p1 ´ sqy, 0 ď s ď 1 に対して Δn の道 sαptq ` p1 ´ sqβptq を対応させる.このように して,In の境界上で定義された τn を In の内部に拡張することができる.以 上で補題が証明された. [ \ 道の空間 Px0 pM q のキューブ τ : Iq ÝÑ Px0 pM q 全体で生成されるチェイ ン複体を C˚ pPx0 pM qq で表す.基点を x0 とするループと x0 を始点とする 道の合成により,写像
ΩM ˆ Px0 pM q ÝÑ Px0 pM q が定まる.これによって 2.3 節と同様に,クロス積
C˚ pΩM q ˆ C˚ pPx0 pM qq ÝÑ C˚ pPx0 pM qq
92
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
が定義される.
M の x0 を基点とする単体 σ : Δq ÝÑ M に対して,道の空間の間の写像 Ppσq : Pv0 pΔq q ÝÑ Px0 pM q が導かれる.さらに,これを補題 3.6.1 の τq と合成して,Px0 pM q のキューブ
Ppσq ˝ τq : Iq ÝÑ Px0 pM q が得られる.これを用いて,準同型写像
r : F pC˚ q b C˚ ÝÑ C˚ pPx0 pM qq μ を,M の単体 σ1 , . . . , σr と M の q 次元単体 σ に対して,
μ rprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s b σq “ μprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr sq ˆ pPpσq ˝ τq q
(3.20)
で定義する.ここで,μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q は 3.4 節で定義したチェイン 写像である. 次に,ここで構成した準同型写像 μ r がチェイン写像になるように,F pC˚ q b
C˚ の境界作用素を定義しよう.式 (3.20) の rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s b σ P F pC˚ q b C˚ について,
deg rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s “ k とする.このとき,u “ rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s とおいて,境界作用素を
´ ¯ ÿ Bpu b σq “ Bu b σ ` p´1qk u b Bσ ´ p´1qi urfi σs b q´i σ 1ďiďq
で定義する.ここで,Bu と Bσ は,それぞれ,チェイン複体 F pC˚ q と C˚ に おける境界を表す.ここで,3.4 節と同様に,非退化で頂点と辺がすべて基点
x0 にうつされる単体を考えているので,上の式の和の i “ 1, q ´ 1 の項は 0 である.境界作用素 B : F pC˚ q b C˚ ÝÑ F pC˚ q b C˚ は,B ˝ B “ 0 を満た す.したがって,F pC˚ q b C˚ は,境界作用素を B とするチェイン複体の構 造をもつ.また,上のように定義される
r : F pC˚ q b C˚ ÝÑ C˚ pPx0 pM qq μ は,チェイン写像であることが確かめられる. さらに,次の補題が成り立つ. 補題 3.6.2 チェイン複体 F pC˚ q b C˚ のホモロジー群は,
93
3.6 コバー構成とループ空間のホモロジー
$ &Z, q “ 0 Hq pF pC˚ q b C˚ q – %0, q ‰ 0 を満たす.
[証明]チェイン複体 F pC˚ q b C˚ において,次数を 1 上げる写像 s を
$ &p´1qk rσ s ¨ ¨ ¨ rσ s b σ , dim σ “ 0 1 r´1 r sprσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s b σq “ %0, dim σ ą 0
で定める.添加写像 ε : F pC˚ q b C˚ ÝÑ Z を x P F pC˚ q b C˚ が deg x ą 0 を満たすときは εpxq “ 0, また,deg x “ 0 で, F pC˚ q b C˚ の Z 加群 としての基底 v1 , . . . , vn を用いて x “ a1 v1 ` ¨ ¨ ¨ ` an vn と表されるとき,
εpxq “ a1 ` ¨ ¨ ¨ ` an で定義する.このとき, B ˝ s ` s ˝ B “ id ´ε
(3.21)
となることが次のように示される.単体 σ を xv0 , v1 , . . . , vq y とおく.まず,
q ą 0 のとき, spu b σq “ 0 s ˝ Bpu b σq “ ´p´1qk`q spurxv0 , v1 , . . . , vq ys b xvq yq “ u b σ となる.また,k ą 0, q “ 0 のとき,
u “ rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s “ u1 rσr s,
rσr s “ xw0 ¨ ¨ ¨ wp y
とおくと,
B ˝ spu b xv0 yq p ´ ÿ ` ˘¯ “p´1qk Bu1 b σr ` p´1qk´p`1 u1 b Bσr ´ p´1qi u1 rfi σr s b p´i σr i“1
となる.一方
s ˝ Bpu b xv0 yq p´1 ´ ÿ ` ˘¯ “p´1qk´1 Bu1 bσr `p´1qk´p`1 u1 b Bσr ´ p´1qi u1 rfi σr sb p´i σr i“1
であるから,上の 2 つの式を加えて
pB ˝ s ` s ˝ Bqpu b σq “ u b σ
94
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
が得られる.これらの場合は
εpu b σq “ 0 となることをあわせて,式 (3.21) が得られる.k “ 0, q “ 0 のとき,u b σ “
1 P F pC˚ q b C˚ とみなせる.したがって, Bpu b σq “ 0,
spu b σq “ 1
idpu b σq “ εpu b σq “ 1 となり,式 (3.21) が成立する.式 (3.21) は s は恒等と添加写像の間のチェイ ンホモトピーを与え,求める結果が得られる.
[ \
チェイン複体 F pC˚ q b C˚ に,フィルトレーションを次のように定める.0 以上の整数 p に対して,Fp pF pC˚ q b C˚ q を M の単体 σ1 , . . . , σr と M の p 次元以下の単体 σ を用いて rσ1 s ¨ ¨ ¨ rσr s b σ という形に表される要素で生成 される F pC˚ q b C˚ の部分複体とする.このようにして,F pC˚ q b C˚ の増 大フィルトレーション
F0 pF pC˚ q b C˚ q Ă F1 pF pC˚ q b C˚ q Ă ¨ ¨ ¨ Ă Fp pF pC˚ q b C˚ q Ă ¨ ¨ ¨ が定義される.一方,Serre ファイバー空間 π : Px0 pM q ÝÑ M において,
Fp pC˚ pPx0 pM qqq を,π ˝ φ が M の p 次元以下のキューブチェインとなる ような φ で生成される C˚ pPx0 pM qq の部分加群として,チェイン複体のフィ ルトレーション
F0 pC˚ pPx0 pM qqq Ă F1 pC˚ pPx0 pM qqq Ă ¨ ¨ ¨ Ă Fp pC˚ pPx0 pM qqq Ă ¨ ¨ ¨ r : F pC˚ q b C˚ ÝÑ C˚ pPx0 pM qq は,フィルト が定まる.チェイン写像 μ レーションを保つ.
Serre ファイバー空間 π : Px0 pM q ÝÑ M のスペクトル系列の E 2 項は 2 Ep,q “ Hp`q pM ; Hq pΩM qq
を満たす.また,F pC˚ q b C˚ のフィルトレーションから定まるスペクトル 系列の E 2 項は 2 Ep,q “ Hp`q pC˚ ; Hq pF pC˚ qq
となる.したがって,μ r は,両者の E 2 項の 2 Ep,0 – Hp pM ; Zq
3.7 自由ループ空間のコホモロジー
95
の間の同型を導く.また,補題 3.6.2 と,Px0 pM q が可縮であることをあわせ ると,μ r は,ホモロジー群の同型を導くことが得られる.したがって,μ rは スペクトル系列の E 8 項の同型を与える.ここで,スペクトル系列の比較定 2 理から,μ r は E0,q 項の同型を与えることがしたがい,
μ r˚ : Hq pF pC˚ qq ÝÑ Hq pΩM q は同型写像であることが導かれる.よって,Adams の定理が証明された.上 の議論で用いたスペクトル系列の比較定理については,MacLane [56] など を参照されたい.
3.7 自由ループ空間のコホモロジー M を可微分多様体とする.区分的になめらかな写像 γ : S 1 ÝÑ M 全体の集合を LM で表す.LM にコンパクト開位相によって,位相空間の構 造を入れる.LM の要素は,必ずしも基点を固定しない M のループである.
LM を M の自由ループ空間 (free loop space) とよぶ.この節では,M の微 分形式の反復積分によって自由ループ空間 LM 上の微分形式を構成し,さら に,LM のコホモロジー群を記述する. まず,自由ループ空間に対する反復積分の定義を述べよう.S 1 “ R{Z と みなして,S 1 上の点をパラメータ t, 0 ď t ď 1 で表すことにする.この表示 を用いて,S 1 の k 個の直積 pS 1 qk の部分集合 Δk pS 1 q を Δk pS 1 q “ tpt1 , . . . , tk q P pS 1 qk | 0 ď t1 ď ¨ ¨ ¨ ď tk ď 1u で定める.2.3 節の反復積分の定義にならって,まず,写像
ϕ : Δk pS 1 q ˆ LM ÝÑ M k`1 を ϕpt1 , . . . , tk q “ pγp0q, γpt1 q, . . . , γptk qq で定める.
M 上の微分形式 ω0 , ω1 , . . . , ωk に対して,これらのクロス積 ω0 ˆ ω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk の ϕ による引き戻しを射影 Δk pS 1 q ˆ LM ÝÑ LM に関してファ イバー積分した
ż Δk
pS 1 q
ϕ˚ pω0 ˆ ω1 ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ ωk q
を考える.2.3 節の記号を用いると,このファイバー積分は
96
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
ż
Δk pS 1 q
pω0 p0q ^ ι1 ω1 pt1 q ^ ¨ ¨ ¨ ^ ιk ωk ptk qq dt1 ¨ ¨ ¨ dtk
(3.22)
と表される.これは,自由ループ空間 LM 上の微分形式を与える.微分形 式 ω0 , ω1 , . . . , ωk の次数をそれぞれ p0 , p1 , . . . , pk とすると,ファイバー積分
(3.22) で与えられる LM 上の微分形式の次数は p0 `
k ÿ
ppj ´ 1q
j“1
となる. このようにして構成した自由ループ空間上の微分形式は,両端を固定しな い道の空間 PM に対する反復積分を用いて表すこともできる.ここで,2.2 節で定義したように PM は区分的になめらかな写像 γ : I ÝÑ PM 全体の なす空間である.写像
τ : PM ÝÑ M ˆ M を τ pγq “ pγp0q, γp1qq で定める.また,f : M ÝÑ M ˆ M を対角写像,つ まり,f pxq “ px, xq で定義される写像とする.このとき,自由ループ空間
LM は,τ : PM ÝÑ M ˆ M と f : M ÝÑ M ˆ M のファイバー積とみな すことができる.つまり,
LM “ tpx, γq P M ˆ PM | f pxq “ τ pγqu と表される.このような同一視のもとで,写像 π : LM ÝÑ M , fr : LM ÝÑ
PM を,それぞれ,πpx, γq “ x, frpx, γq “ γ で定める.自由ループ空間 LM の要素 γ : S 1 ÝÑ M に対して,πpγq “ γp0q となる.したがって,以 下のようなファイバー積の可換図式が得られる. fr
LM ÝÝÝÝÑ § § πđ
PM § §τ đ
f
M ÝÝÝÝÑ M ˆ M M 上の微分形式 ω0 , ω1 , . . . , ωk に対して, ż π ˚ ω0 ^ fr˚ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk
(3.23) ş
は,自由ループ空間 LM 上の微分形式を与える.ここで,反復積分 ω1 ¨ ¨ ¨ ωk は,2.3 節で説明したように,道の空間 PM 上の微分形式とみなす.定義を 比較することにより,微分形式 (3.23) は,ファイバー積分 (3.22) に等しいこ
3.7 自由ループ空間のコホモロジー
97
とが確かめられる. 以下,微分形式 ω1 , . . . , ωk の次数 p1 , . . . , pk は正であるとして,2.4 節と 同様に,
νj “ p1 ` ¨ ¨ ¨ ` pj ´ j,
1ďjďk
とおく.ここで,ν0 “ 0 とする.また,μj “ p0 ` νj , 0 ď j ď k とおく.こ のとき,微分形式 (3.23) の外微分は,次のように記述される. 命題 3.7.1 自由ループ空間 LM 上で,微分形式 (3.23) の外微分は,
ż ¯ ´ d π ˚ ω0 ^ fr˚ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk ż ˚ ˚ r ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk “ π dω0 ^ f `
k ÿ
p´1qμj´1 `1 π ˚ ω0 ^ fr˚
j“1
´p´1qp0 π ˚ pω0 ^ ω1 q ^ fr˚ `
k´1 ÿ
π ω0 ^ fr˚
μj `1 ˚
p´1q
ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 dωj ωj`1 ¨ ¨ ¨ ωk
ż ω 2 ¨ ¨ ¨ ωk
ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 pωj ^ ωj`1 qωj`2 ¨ ¨ ¨ ωk
j“1
π pωk ^ ω0 q ^ fr˚
μk´1 ppk ´1q ˚
`p´1q
ż ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
と表される. [証明]微分形式 (3.23) を外微分して,
ż ¯ ´ d π ˚ ω0 ^ fr˚ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk ż ż ˚ ˚ p0 ˚ ˚ r r ω1 ¨ ¨ ¨ ωk ` p´1q π ω0 ^ f d ω1 ¨ ¨ ¨ ωk “π dω0 ^ f
となる.この式の第二項について,2.4 節で述べた PM 上の反復積分の外微 分を用いると,
¯ ´ ż d fr˚ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk
“
k ÿ
p´1qνj´1 `1 fr˚
ż
j“1
`
k´1 ÿ j“1
νj `1 r˚
p´1q
f
ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 dωj ωj`1 ¨ ¨ ¨ ωk ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 pωj ^ ωj`1 qωj`2 ¨ ¨ ¨ ωk
98
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
´ π ω1 ^ fr˚ ˚
ż
ω2 ¨ ¨ ¨ ωk ` p´1q
νk´1
´
fr˚
ż
¯ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk´1 ^ π ˚ ωk [ \
が得られ,これから求める式が導かれる.
自由ループ空間 LM のコホモロジー群を記述するために,3.3 節で説明した ループ空間の場合にならって,de Rham 複体 A˚ pM q のある部分複体から出 発した,代数的な構成を行う.3.3 節と同様に,M の de Rham 複体 A˚ pM q の部分複体 A “
À
q
Aq は,A0 “ R を満たし,さらに次の性質 (1), (2) が
成り立つと仮定する.
À (1) A “ q Aq は,外積について閉じている. ˚ (2) 包含写像 i : A ÝÑ A˚ pM q はコホモロジー群の同型 H ˚ pAq – HDR pM q を誘導する. 上の条件を満たす A に対して,被約複体 A を
$ &0, qă0 q A “ %Aq`1 , q ě 0
r ˚ pAq を,次のように定義する.まず,線形 で定める.これを用いて,複体 B 空間として
r ˚ pAq “ B
à´
Ab
´â ¯¯ k A
kě0
とおく.さらに,
r q pAq “ B
à´
à
kě0 q0 `q1 `¨¨¨`qk “q
r ˚ pAq “ とすることにより,B
Aq0 b A
q1
b ¨¨¨ b A
qk
¯
À
r q pAq に次数付き加群の構造を入れる. B 自由ループ空間 LM の de Rham 複体を A˚ pLM q で表す.定義は 2.3 節 で述べた道の空間 PM の場合と同様である.次数付き加群の準同型写像 qě0
r ˚ pAq ÝÑ A˚ pLM q I:B qj
を,ω0 P Aq0 , ωj P A , 1 ď j ď k に対して,
Ipω0 b ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk q “ π ω0 ^ fr˚ ˚
ż ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
で定める.このようにして定義された,次数付き加群の準同型写像 I が,コ
r ˚ pAq にコチェイン複体の構造を入れる.命題 チェイン写像になるように,B
3.7 自由ループ空間のコホモロジー
99
r ˚ pAq のコバウンダリー作用素を上の ω0 , ω1 , . . . , ωk に 3.7.1 を参照して,B 対して,
d pω0 b ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk q “dω0 b ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk `
k ÿ
p´1qμj´1 `1 ω0 b ¨ ¨ ¨ b ωj´1 b dωj b ωj`1 b ¨ ¨ ¨ b ωk
j“1
´ p´1qp0 pω0 ^ ω1 q b ω2 b ¨ ¨ ¨ b ωk `
k´1 ÿ
p´1qμj `1 ω0 b ¨ ¨ ¨ b ωj´1 b pωj ^ ωj`1 q b ωj`2 b ¨ ¨ ¨ b ωk
j“1
` p´1qμk´1 ppk ´1q pωk ^ ω0 q b ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk で定義する.ここで,微分形式 ω0 , ω1 , . . . , ωk の次数は,p0 , p1 , . . . , pk であ り,μj , 0 ď j ď k は,これまでと同様に定める.このコバウンダリー作用素
r ˚ pAq ÝÑ A˚ pLM q d は,確かに d ˝ d “ 0 を満たし,命題 3.7.1 より,I : B ˚ r pAq を Hochschild 複体とよ はコチェイン写像となる.コチェイン複体 B ˚ r˚ ぶ.Hochschild 複体のコホモロジー群 H pB pAqq を HH ˚ pAq で表す.コ チェイン写像 I は Hochschild 複体のコホモロジー群 HH ˚ pAq と,自由ルー プ空間のコホモロジー群 H ˚ pLM ; Rq の間の写像を誘導する.このとき,以 下の定理が成り立つ. 定理 3.7.2 M を単連結な可微分多様体とする.M の de Rham 複体 A˚ pM q の部分複体 A が A0 “ R と上の条件 (1), (2) を満たすとする.A から定ま る Hochschild 複体のコホモロジー群と自由ループ空間 LM のコホモロジー 群について,同型
HH ˚ pAq – H ˚ pLM ; Rq が成立する. 定理 3.7.2 の証明は,3.5 節の Chen の主定理とファイバー空間 π : LM ÝÑ M に関する Serre のスペクトル系列の応用によってなされる.以下に証明の 概略を説明する.
M の点 x0 に対してファイバー π ´1 px0 q は,x0 を基点とするループ空間 ΩM である.LM 上の微分形式をキューブチェインで積分することによって得ら r ˚ pAq ÝÑ A˚ pLM q れるコチェイン写像 A˚ pLM q ÝÑ C ˚ pLM ; Rq を I : B と合成して得られるコチェイン写像
100
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
r ˚ pAq ÝÑ C ˚ pLM ; Rq B
(3.24)
r ˚ pAq にはテンソル代数の構造から自然にフィルトレー を考える.ここで,B ションが入る.チェイン複体 C˚ pLM ; Rq には,Fp C˚ pLM ; Rq を,π ˝ φ の 像が,M の p 次元以下のチェインに含まれるような LM のキューブチェイ ン φ で生成される部分加群と定義することによりフィルトレーションが入る. このフィルトレーションはコチェイン複体 C ˚ pLM ; Rq のフィルトレーショ ンを誘導する.上の写像 (3.24) はフィルトレーションを保つ.対応するそれ ぞれのスペクトル系列の E2 項に導かれる写像は p HDR pM q b H q pBpAqq ÝÑ H p pM q b H q pΩM q
となる.Chen の主定理より H q pBpAqq – H q pΩM q となるので,上の E2 項 の写像は同型となることがわかる.したがって,求める同型が得られる. 定理 3.7.2 の応用例を挙げよう. 例 3.7.3 S n を n 次元球面とし,n ě 2 とする.3.3 節で S n の基点付きの ループ空間 ΩS n のコホモロジー群 H ˚ pΩS n ; Rq を求めた.その計算と同様 に S n の体積要素 σ をとる.また,A を 1, σ で生成される S n の de Rham 複体の部分代数として,
ż uk “
󨨨σ loomoon k
とおく.A から定まる Hochschild 複体のコホモロジー群を計算することに より,自由ループ空間 LS n のコホモロジー H ˚ pLS n ; Rq の基底として
1,
fr˚ u1 ,
π ˚ σ,
fr˚ u2 , . . . , fr˚ uk , . . . π ˚ σ ^ fr˚ u1 , π ˚ σ ^ fr˚ u2 , . . . ,
π ˚ σ ^ fr˚ uk , . . .
がとれることがわかる.コホモロジー群の間の同型
H ˚ pLS n ; Rq – H ˚ pS n ; Rq b H ˚ pΩS n ; Rq が成り立つ. 次に,A として M の de Rham 複体 A˚ pM q をとった場合の定式化につい て述べる.以下,M は連結な可微分多様体とする.テンソル代数
r ˚ pA˚ pM qq “ B
à´
A˚ pM q b
kě0
´â k
¯¯
A˚ pM q
3.7 自由ループ空間のコホモロジー
101
に対して,これまでと同様に,次数を
degpω0 b ω1 b ¨ ¨ ¨ b ωk q “
k ÿ
deg ωi ´ k
i“0
で定め,Hochschild 複体としてのコバウンダリー作用素を導入する.ただし, ここでは A0 pM q の要素は,次数 ´1 とみなす.命題 3.7.1 より,反復積分によっ
r ˚ pA˚ pM qq ÝÑ て,自由ループ空間の de Rham 複体へのコチェイン写像 I : B A˚ pLM q が定まる.このとき, r ˚ pA˚ pM qq{ Ker I N ˚ pA˚ pM qq “ B とおいて正規化されたバー複体を考える.このような定式化のもとに,以下 が示される. 定理 3.7.4 M を単連結な可微分多様体とすると,コチェイン写像
r ˚ pA˚ pM qq ÝÑ N ˚ pA˚ pM qq ÝÑ A˚ pLM q B は,それぞれのコホモロジーの同型を導く.
r ˚ pA˚ pM qq ÝÑ A˚ pLM q について,Ker I は,命題 コチェイン写像 I : B 2.3.7 で述べた関係式に由来していて,以下のように記述される.M 上のな r ˚ pA˚ pM qq 上の作用素 Si pf q を めらかな関数 f に対して,B Si pf qpω0 , . . . , ωk q “ pω0 , . . . , ωi´1 , f, ωi , . . . , ωk q で定義する.このとき,Ker I は,
Si pf q,
rd, Si pf qs,
f P A0 pM q
r ˚ pA˚ pM qq のコバウンダリー作用素であ で生成される.ここで,d は複体 B る.証明の議論はこれまでと同様であるが,詳細は文献 [32] などを参照され たい. 自由ループ空間 LM には,パラメータの取り替えによって,S 1 が自然に 作用する.一般に S 1 が作用する空間 X に関して,S 1 -同変コホモロジー
(equivariant cohomology) HS˚1 pXq が次のように構成される.S 1 の分類空 間を BS 1 として,S 1 束 π : ES 1 ÝÑ BS 1 を考える.ここで,ES 1 は可縮 で S 1 が自由に作用する.直積 ES 1 ˆ X への S 1 の対角作用による商空間 ES 1 ˆS 1 X を Borel 構成とよぶ.同変コホモロジー HS˚1 pXq とは Borel 構 成のコホモロジー H ˚ pES 1 ˆS 1 Xq である.自由ループ空間 LM の S 1 -同変
102
第 3 章 反復積分とループ空間のコホモロジー
コホモロジー HS˚1 pLM q は,巡回ホモロジー (cyclic homology) を用いて記 述されることが知られている.文献 [12], [32] などに,自由ループ空間の S 1 同変コホモロジーと巡回ホモロジーとの関係が反復積分を用いて述べられて いるので,参照していただきたい.
ୈ
4 ষ ϗϞϩδʔଓͱ ϗϩϊϛʔࣸ૾
4.1 接続と曲率およびホロノミー この節では,可微分多様体上のベクトル束とその接続,および,曲率形式に ついてまとめておく.接続のホロノミーの記述に反復積分が用いられる.こ れは,次節で扱う Chen のホモロジー接続の概念の原型である.
2.1 節で述べた可微分多様体上の接ベクトル束の概念を拡張して,一般の ベクトル束を次のように定義する.M を可微分多様体とする.このとき,M 上の m 次元ベクトル束 (vector bundle) ξ とは,可微分多様体 E から M へ の C 8 写像 π : E ÝÑ M であって,次の条件 (1), (2) を満たすものである. (1) 各点 x P M に対して,π ´1 pxq は R 上の m 次元線形空間の構造をもつ. (2) (局所自明性)M の各点 x に対して,x の開近傍 U と微分同相写像 ϕ : π ´1 pU q ÝÑ U ˆ Rm で p ˝ ϕ “ π を満たし,かつ,U の任意の点 y に対して ϕ| π ´1 pyq : π ´1 pyq ÝÑ tyu ˆ Rm “ Rm が線形同型写像と なるものが存在する.ここで,p : U ˆ Rm ÝÑ U は第一成分への射影 を表す. 上の定義で R を C で置き換えたものを m 次元複素ベクトル束 (complex
vector bundle) とよぶ.E, M をそれぞれ,ベクトル束の全空間,底空間と よぶ.また,π ´1 pxq を x 上のファイバー (fiber) とよび,Ex で表す. ベクトル束 π : E ÝÑ M において,C 8 写像 s : M ÝÑ E で π ˝ s “ id となるものを切断 (section) とよぶ.例えば可微分多様体 M の接バンドル TM の切断は M 上のベクトル場である.一般に,ベクトル束 π : E ÝÑ M の切断全体を ΓpEq で表す.M の点 x の開近傍 U 上で局所自明化写像 ϕ : π ´1 pU q ÝÑ U ˆ Rm が与えられているとき,U 上には,ベクトル束 π : E ÝÑ M の m 個の 1 次独立な切断がとれる.このような切断をベクト
104
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
ル束 π : E ÝÑ M の局所枠 (local frame) とよぶ.
M, N を可微分多様体として f : M ÝÑ N を C 8 写像とする.N を底空 間とするベクトル束 π : E ÝÑ N が与えられているとき,次のように M 上 のベクトル束が誘導されるる.まず,
f ˚ E “ tpx, uq P M ˆ E | f pxq “ πpuq u とおき,f ˚ E から第一成分への射影を f ˚ π で表す.このとき,f ˚ π : f ˚ E ÝÑ
M はベクトル束の構造をもつ.これをベクトル束 π : E ÝÑ N の f による 引き戻し (pull-back) とよぶ. M の開被覆 tUα uαPΛ について,それぞれの開集合 Uα 上で M 上のベクト ル束 E の局所自明化 ϕα : π ´1 pUα q – Uα ˆ Rm が与えられているとする. このとき,Uα X Uβ ‰ H とすると,合成写像 m m ϕα ˝ ϕ´1 β : pUα X Uβ q ˆ R ÝÑ pUα X Uβ q ˆ R
は C 8 関数 gαβ : Uα X Uβ ÝÑ GLpm, Rq を用いて,
ϕα ˝ ϕ´1 β pp, vq “ pp, gαβ ppqvq,
p P Uα X Uβ , v P Rm
の形に表される.この関数 gαβ はベクトル束の変換関数 (transition function) とよばれ, gαβ ppq “ gβα ppq´1 および,コサイクル条件 (cocycle condition)
gαβ ppqgβγ ppq “ gαγ ppq,
p P Uα X Uβ X Uγ
を満たす.逆に上の条件を満たす変換関数 gαβ , α, β P Λ が与えられたとき, 直積 Uα ˆ Rm , α P Λ を変換関数によって張り合わせることにより,ベクト ル束が構成される.
M 上のベクトル束 ξ, ξ 1 のファイバーを V , V 1 として,これらがそれぞれ, 1 変換関数 tgαβ u, tgαβ u で与えられているとする.このとき変換関数 1 gαβ b gαβ : Uα X Uβ ÝÑ GLpV b V 1 q
で与えられるファイバーが V bV 1 のベクトル束を ξ と ξ 1 のテンソル積 (tensor
product) とよび,ξ b ξ 1 で表す.同様の方法でベクトル束の双対,外積など の概念が定義される.可微分多様体 M の余接ベクトル束 T ˚ M の k 階外積 Źk ˚ T M の切断は M 上の k 次微分形式にほかならない.つまり, k ´ľ
Γ と表すことができる.
¯ T ˚ M “ Ak pM q
4.1 接続と曲率およびホロノミー
105
次にベクトル束の接続の概念について述べる.π : E ÝÑ M に対して,線 形写像
D : ΓpEq ÝÑ ΓpT ˚ M b Eq であって M 上の任意の C 8 関数 f と切断 s P ΓpEq に対して条件
Dpf sq “ df b s ` f Dpsq
(4.1)
を満たすものをベクトル束 E の接続 (connection) とよぶ.M の開集合 U 上 でベクトル束 π : E ÝÑ M の自明化が与えられているとし,U 上の E の局 所枠 s1 , . . . , sm をとる.ここで,s1 , . . . , sm は,各点で一次独立な U 上の切 断であり,U 上の E の任意の切断 s は,U 上定義された C 8 関数 f1 , . . . , fm を用いて s “ f1 s1 ` ¨ ¨ ¨ ` fm sm と表すことができる.接続の定義より,U 上で
Dpsj q “
m ÿ
ωij b si ,
1ďjďm
i“1
と表すことができる.ここで,ωij は U 上定義された 1 次微分形式である. 条件 (4.1) を用いると,s “ f1 s1 ` ¨ ¨ ¨ ` fm sm に対して
Dpsq “
m ´ ÿ
m ÿ
i“1
j“1
dfi `
¯ ωij fj b si
(4.2)
と表されることがわかる. 接続が与えられたベクトル束 π : E ÝÑ M の切断 s が M の各点で Dpsq “
0 を満たすとき,s を水平切断 (horizontal section) とよぶ.上のように開集 合 U 上で s “ f1 s1 ` ¨ ¨ ¨ ` fm sm と表すと,s が水平切断ならば,f1 , . . . , fm は微分方程式
dfi `
m ÿ
ωij fj “ 0,
1ďiďm
(4.3)
j“1
を満たす.M 上の点 p, q に対して,なめらかな道 γ : I ÝÑ M で,γp0q “ p,
γp1q “ q を満たすものをとる.微分方程式 (4.3) は,曲線 γ 上に制限する と常微分方程式であり.m 個の一次独立な解をもつ.点 p における切断の値 sppq を与えれば曲線 γ 上の解が一意的に定まる.終点 q におけるファイバー Eq の点 v に対して sppq “ v となる水平切断 s をとり,始点 p における値 sppq P Ep を対応させ, sppq “ ρpγqpvq とおく.このようにして,道 γ によっ て線形写像 ρpγq : Eq ÝÑ Ep が定まる.この写像を,接続が与えられたベ クトル束 π : E ÝÑ M の道 γ に沿ったホロノミー (holonomy) とよぶ.M
106
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
のなめらかな道 α : I ÝÑ M , β : I ÝÑ M が αp1q “ βp0q を満たすとする. これまでと同様に,α, β の合成 αβ を
$ &αp2tq, pαβqptq “ %βp2t ´ 1q,
0ďtď 1 2
1 2
ďtď1
で定める.上のようにホロノミーを定めると,道の合成に沿ったホロノミー について,
ρpαβq “ ρpαqρpβq が成り立つ.
M の開集合 U 上で,ベクトル束 π : E ÝÑ M が局所自明化されている とき,ベクトル束の接続は U 上の 1 次微分形式 ωij , 1 ď i, j ď m を与える. このとき,ω “ pωij q を m 次の正方行列に値をとる U 上の 1 次微分形式と みなす.M の開被覆 tUα uαPΛ について,それぞれの開集合 Uα 上でベクト ル束 E の局所自明化が与えられているとする.ベクトル束の接続によって, 上のようにそれぞれの開集合 Uα 上で m 次の正方行列に値をとる 1 次微分形 式が定まる.この微分形式を ωα で表す.開被覆 tUα uαPΛ に関するベクトル 束 E の変換関数を gαβ とすると,行列に値をとる 1 次微分形式 ωα , α P Λ は Uα X Uβ 上で,変換公式 ´1 ´1 ωβ “ gαβ ωα gαβ ` gαβ dgαβ
(4.4)
を満たすことが確かめられる.次にそれぞれの開集合 Uα 上で,m 次の正方 行列に値をとる 2 次微分形式 Ωα を
Ωα “ dωα ` ωα ^ ωα によって定める.このようにして定義された行列に値をとる 2 次微分形式
Ωα , α P Λ をベクトル束 E の曲率形式 (curvature form) とよぶ.ここで, ω “ pωij q に対して Ω “ dω ` ω ^ ω の成分を表示すると Ωij “ dωij `
m ÿ
ωik ^ ωkj
k“1
となる.式 (4.4) と dg ´1 “ ´g ´1 dg g ´1 を用いて計算すると曲率形式は変 換公式 ´1 Ωβ “ gαβ Ωα gαβ
(4.5)
を満たすことが示される.曲率形式がつねに 0 となるような接続を平坦接続
4.1 接続と曲率およびホロノミー
107
(flat connection) とよぶ. この節では,以下ベクトル束 π : E ÝÑ M は大域的な自明化 E – M ˆRm が与えられていると仮定する.また,ベクトル束 π : E ÝÑ M の接続が m 次の正方行列に値をとる M 上の 1 次微分形式 ω “ pωij q によって与えられ ているとする.曲率形式は m 次の正方行列に値をとる M 上の 2 次微分形式
Ω “ dω ` ω ^ ω となる.このような状況のもとで,1.3 節で述べた微分方 程式の解の反復積分表示の方法を用いて,ホロノミーを反復積分で表してみ よう. ベクトル束 π : E ÝÑ M は大域的な自明化が与えられているので,M の各 点で一次独立な切断 s1 , . . . , sm がとれる.このような切断を E の枠 (frame) とよぶ.ここでは,Rm の標準基底によって,E の枠が与えられているとす る.M のなめらかな曲線 γ 上で,切断 s “ f1 s1 ` ¨ ¨ ¨ ` fm sm が水平切断 であることは,M 上の微分方程式
dfi `
m ÿ
ωij fj “ 0,
1ďiďm
(4.6)
j“1
の γ への制限として得られる,常微分方程式で表される.ここで,GLpm, Rq に値をとる関数 F についての M 上の全微分方程式
dF ` ωF “ 0
(4.7)
を考える.水平切断 s “ f1 s1 ` ¨ ¨ ¨ ` fm sm を縦ベクトル t pf1 , . . . , fm q で表 示すると,道 γ 上で全微分方程式 (4.7) の解の列ベクトルは微分方程式 (4.6) の m 個の一次独立な解を表す.
M 上の m 次の正方行列に値をとる微分形式の反復積分について 1.3 節と 同様の記法を用いる.M の道に沿ったホロノミーは次のように反復積分の和 で表される. 命題 4.1.1 可微分多様体 M 上の自明なベクトル束 E “ M ˆ Rm の接続が
m 次の正方行列に値をとる 1 次微分形式 ω “ pωij q によって与えられている とすると,M の道 γ に沿ったホロノミーは反復積分の無限和 8 ż ÿ ρpγq “ I ` ω¨¨¨ω loomoon k“1
γ
k
で与えられる. [証明] M の基点 x0 を固定して,道 γ : r0, 1s ÝÑ M を γp0q “ x0 とな
108
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
るようにとり,γp1q “ x とおく.全微分方程式 (4.7) の道 γ に沿った解で
F px0 q “ I を満たすものをとると,ホロノミー写像の行列表示は,ρpγq “ F pxq´1 で与えられる.ここで,Φpxq “ F pxq´1 とおくと dΦ “ ´F ´1 dF F ´1 “ F ´1 ω “ Φω より,Φ は全微分方程式 dΦ “ Φω を満たす.ここで,命題 1.3.1 で述べた全 微分方程式の解の反復積分による逐次近似を用いて,求める ρpγq の表示が得
[ \
られる.
一般のベクトル束 π : E ÝÑ M についても,道 γ : r0, 1s ÝÑ M に対し て,引き戻し γ ˚ E を r0, 1s で自明化することにより,γ に沿ったホロノミー 写像を,上の命題の方法で γ ˚ ω の反復積分の和として表すことができる.次 の命題が成り立つ. 命題 4.1.2 命題 4.1.1 の状況で曲率形式 Ω “ dω ` ω ^ ω が,M 上つねに
Ω “ 0 を満たすとき,ホロノミー写像 ρpγq は γ のホモトピー類のみによる. [証明] M の道 γ で始点と終点が固定された点 x0 , x1 となるもの全体を
PpM ; x0 , x1 q とおき,ホロノミー写像 ρpγq を道の空間 PpM ; x0 , x1 q 上の関 数とみなす.2.4 節で示したように,M 上の 1 次微分形式 ω1 , . . . , ωk の反復 積分を PpM ; x0 , x1 q 上の関数として外微分すると
ż
d “´
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk k ż ÿ
ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 dωj ωj`1 ¨ ¨ ¨ ωk
j“1
´
k´1 ÿż
ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 pωj ^ ωj`1 qωj`2 ¨ ¨ ¨ ωk
j“1
が得られる.この式と命題 4.1.1 および等式 dω “ ´ω ^ ω を用いると,ホロ ノミー写像の PpM ; x0 , x1 q 上の関数としての外微分は 0 であることが導か れる.したがって,ρpγq は γ のホモトピー類のみによることが示された. [ \ 基点 x0 に関する M の基本群は,以下のように定義される.ループ空間 Ωx0 M の要素 α, β が,基点 x0 を固定するホモトピーによって互いに移り合 うとき α „ β で表す.これは,Ωx0 M の同値関係となり,同値類の集合を
π1 pM, x0 q “ Ωx0 M { „
4.2 Chen のホモロジー接続
109
と書く.ここで,π1 pM, x0 q は,ループの合成に関して,群の構造を持ち,多 様体 M の基本群 (fundamental group) とよばれる. 命題 4.1.2 より自明なベクトル束 π : E ÝÑ M の平坦接続 ω に対して, ループ空間上のホロノミー写像 ρ : Ωx0 M ÝÑ GLpEx0 q は基本群からの準 同型写像
ρ : π1 pM, x0 q ÝÑ GLpEx0 q を定めることがわかる.この準同型写像 ρ を平坦接続 ω に関する基本群のモ ノドロミー表現 (monodromy representation) とよぶ.
4.2 Chen のホモロジー接続 この節では,M は可微分多様体で,ホモロジー群 H˚ pM ; Rq は有限次元 とする.M のホモロジー群の次数が正の部分
à
H` pM ; Rq “
Hq pM ; Rq
qą0
で生成されるテンソル代数
T H` pM ; Rq “
k à ´â
¯
H` pM ; Rq
kě0
を考える.線形空間 H` pM ; Rq “
À
qą0 Hq pM ; Rq の基底 z1 , . . . , zm を zj P Hqj pM ; Rq, 1 ď j ď m となるようにとる.基底 z1 , . . . , zm に対応して不定 元 X1 , . . . , Xm をとると,T H` pM ; Rq は,非可換多項式環 RxX1 , . . . , Xm y
と同一視することができる.ここで,
deg Xj “ qj ´ 1 と定め,次数を RxX1 , . . . , Xm y に自然に拡張することにより,T H` pM ; Rq を次数付き代数 (graded algebra) とみなす.ホモロジー群の基底 z1 , . . . , zm の 双対基底 z 1 , . . . , z m P H ˚ pM ; Rq が閉微分形式 ω1 , . . . , ωm の表す de Rham コホモロジー類として与えられているとする.つまり,z1 , . . . , zm が M のサ イクル c1 , . . . , cm で代表されているとき,微分形式 ω1 , . . . , ωm のこれらの サイクル上での積分は
ż ωj “ δij , ci
を満たすとする.
i, j “ 1, . . . , m
110
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
代数としての準同型写像 : RxX1 , . . . , Xm y ÝÑ R を Xj , 1 ď j ď m に対しては pXj q “ 0, 定数 c P R については pcq “ c で定め,J “ Ker とおく.イデアル J は,X1 , . . . , Xm で生成される.準同型写像 を添加写 像 (augmentation map) とよぶ.また,J は添加イデアル (augmentation ideal) とよばれる. Chen のホモロジー接続の概念を導入するためには,上の X1 , . . . , Xm を 不定元とする非可換形式的ベキ級数が必要になる.X1 , . . . , Xm を不定元と する実数係数の非可換形式的ベキ級数全体からなる代数を RxxX1 , . . . , Xm yy で表す.これは,非可換多項式環 RxX1 , . . . , Xm y を添加イデアルのベキ J k , k ě 1 で定まる位相について完備化して得られ,射影極限を用いて k RxxX1 , . . . , Xm yy “ lim ÐÝ RxX1 , . . . , Xm y{J
と表される.この非可換形式的ベキ級数環をテンソル代数の完備化として
TpH` pM ; Rq で表すこともある. 非可換形式的ベキ級数環 RxxX1 , . . . , Xm yy の要素で定数項が 0 になるも の,つまり m ÿ
ai Xi ` ¨ ¨ ¨ `
ÿ
ai1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
i1 ¨¨¨ik
i“1
の形で表されるもの全体からなるイデアルを Jp で表す.イデアル Jp は,添加 イデアル J を完備化したものである.多項式環の場合と同様に,deg Xj “
qj ´ 1 と定める.RxX1 , . . . , Xm y の次数が q の単項式ではられる部分加群 を RxX1 , . . . , Xm yq で表す.非可換形式的ベキ級数環についても,同様に次 数を定める. 多様体 M の de Rham 複体 A˚ pM q 上の非可換形式的ベキ級数環
A˚ pM qxxX1 , . . . , Xm yy の要素で
ω“
m ÿ i“1
ω i Xi ` ¨ ¨ ¨ `
ÿ
ωi1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
(4.8)
i1 ¨¨¨ik
の形のものを M 上の形式的ベキ級数接続 (formal power series connection) とよぶ.ここで,ωi1 ¨¨¨ik は,M 上の次数が正の微分形式である.また,M のチェイン σ に対して,ω の σ 上の積分を
ż
ω“ σ
m ´ż ÿ
i“1
¯ ¯ ÿ ´ż ωi Xi ` ¨ ¨ ¨ ` ωi1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
σ
i1 ¨¨¨ik
σ
111
4.2 Chen のホモロジー接続
で定める.A˚ pM qxxX1 , . . . , Xm yy の要素に対して,外微分,ウェッジ積を 次のように定義する.まず,外微分については,M 上の微分形式 τ と単項式
Z P RxxX1 , . . . , Xm yy に対して dpτ Zq “ pdτ qZ と定め, これを線形に拡張する.また,ウェッジ積については,M 上の微分 形式 τ1 , τ2 と単項式 Z1 , Z2 について,
pτ1 Z1 q ^ pτ2 Z2 q “ pτ1 ^ τ2 qZ1 Z2 と定めて,これを双線形に拡張する.上の微分形式 τ1 , τ2 の次数が正のとき,
τ1 Z1 と τ2 Z2 の反復積分を ż ¯ ´ż pτ1 Z1 qpτ2 Z2 q “ τ1 τ2 Z1 Z2 で定める.これを線形に拡張して,式 (4.8) で与えられる ω の反復積分
ż
ż
ωω,
ωωω,
...
が A˚ pΩM qxxX1 , . . . , Xm yy の要素として定義される. 微分形式 ω について,次数が偶数ならば,εpωq “ ω, 次数が奇数ならば,
εpωq “ ´ω とおく.これを拡張して,線形写像 ε : A˚ pM q ÝÑ A˚ pM q が定まる.写像 ε の固有値 1 の固有空間は,A0 pM q ‘ A2 pM q ‘ . . . , 固有値
´1 の固有空間は,A1 pM q ‘ A3 pM q ‘ ¨ ¨ ¨ である.また,線形写像 ε : A˚ pM qxxX1 , . . . , Xm yy ÝÑ A˚ pM qxxX1 , . . . , Xm yy が,M 上の微分形式 τ と単項式 Z に対して,εpτ Zq “ εpτ qZ とおくことに よって得られる.M 上の形式的ベキ級数接続 ω に対して,曲率 κ を
κ “ dω ´ εpωq ^ ω
(4.9)
と定義する.これは,4.1 節で説明した接続形式の曲率の概念の拡張である. 非可換形式的ベキ級数環 RxxX1 , . . . , Xm yy の線形変換 δ が微分演算子
(derivation) であるとは, f pX1 , . . . , Xm q “ a0 `
m ÿ i“1
ai Xi ` ¨ ¨ ¨ `
ÿ i1 ¨¨¨ik
ai1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
112
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
に対して m ÿ
δf “
ai δXi ` ¨ ¨ ¨ `
ÿ
ai1 ¨¨¨ik δpXi1 ¨ ¨ ¨ Xik q ` ¨ ¨ ¨
i1 ¨¨¨ik
i“1
となり,さらに,次の条件 (1), (2), (3) が満たされることである.
(1) δ は次数を 1 下げる.つまり,δ は線形写像 δ : RxxX1 , . . . , Xm yyq ÝÑ RxxX1 , . . . , Xm yyq´1 を定める.
(2) 単項式 u, v に対して,Leibniz 則 δpuvq “ pδuqv ` p´1qdeg u upδvq が成り立つ.ここで deg u は u の次数を表す. (3) Xj , 1 ď j ď m に対して δXj P Jp2 となる. ここでは,この節のはじめに述べたように,Xj , 1 ď j ď m が H˚ pM ; Rq の基底に対応している場合を扱う.上の定義より,δ は δXj , 1 ď j ď m に よって一意に定まる.また,M 上の微分形式 τ と単項式 Z P RxX1 , . . . , Xm y に対して
δpτ Zq “ τ δZ とおき,微分演算子を
δ : A˚ pM qxxX1 , . . . , Xm yy ÝÑ A˚ pM qxxX1 , . . . , Xm yy に拡張する. 式 (4.8) で与えられた形式的ベキ級数接続 ω に対して,M の x0 を基点と するループに関する反復積分を用いて,
T “1`
8 ż ÿ
k“1
ω¨¨¨ω loomoon k
˚
とおく.T は A pΩM qxxX1 , . . . , Xm yy の要素とみなし,ω のトランスポー ト (transport) とよぶ.これは,4.1 節で説明した接続形式のホロノミーの一 般化である.
M のホモロジー接続 (formal homology connection) とは,形式的ベキ級 数接続
ω“
m ÿ i“1
ω i Xi ` ¨ ¨ ¨ `
ÿ i1 ¨¨¨ik
ωi1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
4.2 Chen のホモロジー接続
113
と微分演算子 δ : RxxX1 , . . . , Xm yy ÝÑ RxxX1 , . . . , Xm yy の組で,次の条 件 (1), (2) を満たすものである.
(1) 平坦条件 δω ` κ “ 0
(4.10)
が成り立つ.
(2) 微分形式 ωi1 ¨¨¨ik の次数は qi1 ` ¨ ¨ ¨ ` qik ´ k ` 1 である.すなわち, deg ωi1 ¨¨¨ik “ deg Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` 1 が成り立つ. 条件 (1) は δ の像を法として,ω の曲率が 0 となることを表している.形 式的ベキ級数接続の定義で述べたように,ω1 , . . . , ωm は de Rham コホモロ ジー H ˚ pM ; Rq の基底を代表する閉微分形式である.微分形式 ω11 ¨¨¨ik は一 般には閉微分形式ではないが,ホモロジー接続の理論は閉微分形式を出発点 として展開される.次の命題が成立する. 命題 4.2.1 可微分多様体 M のホモロジー接続 pω, δq が与えられているとす る.対応するトランスポート T について,A˚ pΩM qxxX1 , . . . , Xm yy におけ る等式 dT “ δT が成り立つ. [証明] 2.4 節の命題 2.4.1 を用いると
ż
dT “ ´ “
ż ´ ż ¯ κ ` ´ κω ` εpωqκ ` ¨ ¨ ¨
8 ÿ k ÿ
ż p´1q
i`1
k“0 i“0
εpωq ¨ ¨ ¨ εpωq κ ω ¨¨¨ω loomoon loooooomoooooon k´i´1
i
が得られる.この式に,κ “ ´δω を代入して,δ についての Leibniz 則を用 いると,dT “ δT が得られる.
[ \
トランスポート T を用いてホロノミー準同型写像 (holonomy homomor-
phism) Θ : C˚ pΩM q b R ÝÑ RxxX1 , . . . , Xm yy を Θpcq “ xT, cy, c P C˚ pΩM q で定義する.ここで,
xT, cy “ x1, cy `
8 Aż ÿ k“1
E ω ¨ ¨ ¨ ω, c loomoon k
114
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
であり,右辺の各項は,反復積分をループ空間 ΩM 上の非可換形式的ベキ級 数環に値をとる微分形式とみなして,これをチェイン c 上での積分した値を 表す.ここで,2.3 節で示した道のクロス積に対する反復積分の等式より
xT, c ˆ c1 y “ xT, cyxT, c1 y が成立することがわかり,Θ は,R 上の代数としての準同型写像になる. ここで,ホモロジー接続の例をいくつか挙げておこう. 例 4.2.2 n 次元球面 S n , n ě 2 について,基本ホモロジー類 rS n s P Hn pS n q に不定元を X を対応させ, deg X “ n ´ 1 とする.また,σ を例 3.3.4 に示し た S n の標準的な体積要素を与える n 次微分形式とする.このとき,ω “ σX とおき,δX “ 0 と定めると,κ “ dω ´ εpωq ^ ω “ 0 となり,pω, δq は S n のホモロジー接続を与える. 例 4.2.3 n 次元複素射影空間 CP n 上の 2 次閉微分形式 τ を,de Rham コ 2 ホモロジー類 rτ s が HDR pCP n q – R の基底を与えるようにとり,
τ k “ τlooooomooooon ^ ¨ ¨ ¨ ^ τ,
k “ 1, 2, . . . , n
k ˚ とおくと,これらの de Rham コホモロジー類は HDR pCP n q の基底となる.
このとき,rτ k s に双対な H2k pCP n ; Rq の基底を Xk として,
ω “ τ X 1 ` τ 2 X2 ` ¨ ¨ ¨ ` τ n Xn ř とおくと,κ “ ´ω ^ ω “ ´ i,jě1 τ i`j Xi Xj が成り立つ.したがって, δX1 “ 0 δXk “
ÿ
Xi Xk´i ,
k “ 2, . . . , n
1ďiďk´1
とすれば,平坦性の条件 δω ` κ “ 0 が満たされる.よって,上の pω, δq は 求めるホモロジー接続である. 次の補題が成立する. 補題 4.2.4 ホモロジー接続に現れる微分演算子 δ は,δδ “ 0 を満たす. [証明]トランスポート T とループ空間のチェイン c P C˚ pΩM q に対して
pδΘqpcq “ xδT, cy
4.2 Chen のホモロジー接続
115
が成立する.さらに,命題 4.2.1 より,δT “ dT となるので,
pδΘqpcq “ xdT, cy “ xT, Bcy となり,pδδΘqpcq “ xT, BBcy “ 0 が示される.このようにして,Θ の像に 含まれる RxxX1 , . . . , Xm yy の要素については,補題の主張が成立すること がわかった.閉微分形式 ω1 , . . . , ωm の表す de Rham コホモロジー類の双対 ホモロジー類が M のサイクル c1 , . . . , cm で表されているとする.つまり,
ż
ωj “ δij ci
とする.このとき,c1 , . . . , cm に対応して,ループ空間 ΩM 上のチェイン
p c1 , . . . , p cm を
Aż
ωi , p cj
E
“ δij
となるようにとることができる.構成には,Adams のコバー構成とチェイン 写像 μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q を用いればよい.このことから,
Θpp ci q “ Xi mod Jp2 と表される,さらに,RxxX1 , . . . , Xm yy の適当な自己同型写像 α によって,
α ˝ Θpp ci q “ Xi とすることができる,このことから,Θ の像は X1 , . . . , Xm で生成され,RxxX1 , . . . , Xm yy で稠密であることがわかる.以上で,すべて の f P RxxX1 , . . . , Xm yy について,δδpf q “ 0 であることがしたがい,補題 が証明された. [ \ ホモロジー接続の 2 次の項について調べてみよう.多様体 M について,
X1 , . . . , Xm , ω1 , . . . , ωm をこの節のはじめに定めたようにとる.微分 δ をイ デアル Jpk`1 を法として考えたものを δ pkq で表す.まず, m ÿ
ω p1q “
ω i Xi ,
δ p1q pXi q “ 0, 1 ď i ď m
i“1
とおく.次に
ω p2q “
m ÿ
ω i Xi `
i“1
とおき,δ p2q pXk q “
ř
k i,j cij Xi Xj
ÿ
ωij Xi Xj
1ďi,jďm
として,平坦性の条件
εpωq ^ ω “ δω ` dω
116
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
がイデアル Jp3 を法として成立する条件を書き下してみると,
εpωi q ^ ωj “
m ÿ
ckij ωk ` dωij
(4.11)
k“1
が得られる.この式の両辺のコホモロジー類をとると, m ÿ
rεpωi q ^ ωj s “
ckij rωk s
k“1
となるので,係数 ckij は,コホモロジー環 H ˚ pM ; Rq のカップ積の構造によっ て決まることがわかる. ホモロジー接続の表示は一意的ではないが,多様体の微分形式の空間に付 加構造を与えると,標準的な構成方法が得られる場合がある.多様体 M の
de Rham 複体 A˚ pM q が次の条件 (1), (2) を満たす直和分解 A˚ pM q “ H ‘ dB ‘ B が与えられているとする.
(1) A˚ pM q の次数付きの部分空間 H の要素は,すべて閉形式であり,包含 ˚ 写像 i : H ÝÑ A˚ pM q は同型 H – HDR pM q を誘導する. ˚ (2) B は A pM q の次数付き部分空間で,B に含まれる閉形式は 0 のみで ある. 次の命題が成立する. 命題 4.2.5 上の条件 (1), (2) を満たす de Rham 複体 A˚ pM q の直和分解が 与えられているとする.このとき,M のホモロジー接続 pω, δq で,
ωi P H, 1 ď i ď m,
ωi1 ¨¨¨ik P B, k ě 2
を満たすものが一意的に存在する. [証明]これまでと同様に,
ω p1q “
m ÿ
ωi X i ,
δ p1q pXi q “ 0, 1 ď i ď m
i“1
とおく.一般に k “ 2, 3, . . . に対して,
ω pkq “ ω pk´1q `
ÿ
i1 ¨¨¨ik
ωi1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik
4.2 Chen のホモロジー接続
δ pkq pXi q “ δ pk´1q pXi q `
ÿ
117
cij1 ¨¨¨jk Xj1 ¨ ¨ ¨ Xjk
j1 ,...,jk
と表し,平坦性の条件
δ pkq ω pkq ` κpkq “ 0 がイデアル Jpk`1 を法として成立するような ω pkq , δ pkq を帰納的に構成する. この平坦性の条件は,イデアル Jpk`1 を法とする等式
ÿ
cij1 ¨¨¨jk ωi Xj1 ¨ ¨ ¨ Xjk `
j1 ,...,jk
“ ´ pδ pk´1q ω pk´1q ` κpk´1q q
ÿ
dωi1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik (4.12)
i1 ,...,ik
mod Jpk`1
として,具体的に書き表される.ここで,右辺は帰納法の仮定よりイデアル
Jpk を法として 0 であり,X1 , . . . , Xm についての k 次以上の項からなる.さ らに,
dpδ pk´1q ω pk´1q ` κpk´1q q “ ´δ pk´1q δ pk´1q ω pk´1q
mod Jpk`1
が成立する.ここで補題 4.2.4 と同様の手法を用いて上の式の右辺が Jpk`1 を法として 0 であることが示され,式 (4.12) の右辺は Jpk`1 を法として閉 形式となることがわかる.したがって,式 (4.12) の左辺を整理したときの
Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik の係数は閉形式となる.この閉形式を直和分解 H ‘ dB によって 成分に分けることにより,係数 cij1 ¨¨¨jk と ωi1 ¨¨¨ik P B が一意に定まる.以上 で命題が証明された. [ \ 可微分多様体 M が H1 pM ; Rq “ 0 を満たすとすると,変数 X1 , . . . , Xm の次数はすべて正となる.したがって,式 (4.12) によって δ pkq が帰納的に定 まっていくプロセスを見ると,微分形式の次数は高々,M の次元以下である ことから,十分大きい k に対して,δ “ δ pkq が成立することがわかる.つま り,δpXi q, 1 ď i ď m は非可換多項式環 RxX1 , . . . , Xm y の要素となる.ま た,このとき対応する ωi1 ¨¨¨ik も十分大きい k に対して 0 となるのでホモロ
ジー接続 ω は有限和となり A˚ pM q b RxX1 , . . . , Xm y の要素としてとるこ とができる.しかし,仮定 H1 pM ; Rq “ 0 をはずすと,変数 X1 , . . . , Xm の 中に次数が 0 となるものが存在するため,上の議論は使えず,ホモロジー接 続が長さ無限のベキ級数となることが起こりうる.このような状況について は,第 5 章で詳しく扱う. 微分作用素 δ について,δpXi q の 2 次の項は,コホモロジー環 H ˚ pM ; Rq の構造によって決まることはすでに見た.命題 4.2.5 のホモロジー接続の構成
118
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
方法からわかるように,δpXi q が 3 次以上の項を含むのは,分解 A˚ pM q “
H ‘ dB ‘ B において,H の要素と補空間 dB ‘ B の要素のウェッジ積の線 形結合から,M の非自明な de Rham コホモロジー類が得られる場合である. この点については,4.4 節で再び取り上げる.
4.3 ループ空間のホモロジーとホロノミー写像 この節では,M は単連結な可微分多様体で,ホモロジー群 H˚ pM ; Rq は有 限次元とする.前節では,H` pM ; Rq の基底に対応した不定元をもつ,非可環 多項式環 RxX1 , . . . , Xm y に対して,次数を 1 下げる微分演算子 δ を構成した. ホモロジー接続によって,次数付き代数 RxX1 , . . . , Xm y に δ を境界作用素と するチェイン複体の構造が導入される.この節では,Θ : C˚ pΩM q b R ÝÑ RxX1 , . . . , Xm y がループ空間のチェイン複体から複体 pRxX1 , . . . , Xm y, δq へのチェイン写像で,ホモロジー群の同型を導くことを証明する. 複体 pT H` pM ; Rq, δq のホモロジー群を H˚ pT H` pM ; Rq, δq で表すと,定 理は次のように述べられる. 定理 4.3.1 (K. -T. Chen [18]) M に関する上の仮定のもとで,ホロノミー 写像 Θ はホモロジー群の代数としての同型
H˚ pΩM ; Rq – H˚ pT H` pM ; Rq, δq を導く. [証明] 3.4 節で説明したように,M の特異チェイン複体から Adams のコバー 構成法を用いて得られる複体 F pC˚ q について,チェイン写像 μ : F pC˚ q ÝÑ
C˚ pΩM q が構成される.さらに,この写像をホロノミー写像 Θ と合成して, チェイン写像
Θ ˝ μ : F pC˚ q b R ÝÑ RxxX1 , . . . , Xm yy が得られる.また,複体 F pC˚ q には,3.5 節で定義したフィルトレーション が与えられている.また,RxxX1 , . . . , Xm yy には,Jp のベキによるイデアル
の列
RxxX1 , . . . , Xm yy Ą Jp Ą Jp2 Ą ¨ ¨ ¨ Ą Jpk Ą ¨ ¨ ¨ がある.ここで,RxxX1 , . . . , Xm yy “ Jp0 とおく.また,
F´k RxxX1 , . . . , Xm yy “ Jpk ,
k “ 0, 1, . . .
119
4.3 ループ空間のホモロジーとホロノミー写像
として,これを RxxX1 , . . . , Xm yy のフィルトレーションとみなす.次元が 正の M のチェイン c1 , . . . , c に対して
Θ ˝ μprc1 s ¨ ¨ ¨ rc sq “
8 Aż ÿ k“1
ω ¨ ¨ ¨ ω , μprc1 sq ˆ ¨ ¨ ¨ ˆ μprc sq loomoon
E
k
となるが,補題 3.5.1 で示したように右辺の k 階の反復積分について ą k
の項は 0 になる.したがって,Θ ˝ μprc1 s ¨ ¨ ¨ rc sq P Jp となり,Θ ˝ μ はフィ ルトレーションを保つことが得られる.また,xT, c ˆ c1 y “ xT, cyxT, c1 y よ り,写像 Θ ˝ μ は,積構造を保つ.チェイン写像に対応するスペクトル系列 の E 0 項に導かれる写像は
F´k pC˚ qR {F´k´1 pC˚ qR ÝÑ Jpk {Jpk`1 である.ここで,F´k pC˚ qR “ F´k pC˚ q b R とした.コバー複体の境界作 用素 B によるホモロジーをとると,
H˚ pF´k pC˚ qR {F´k´1 pC˚ qR q –
k â
H˚´1 pM ; Rq
となる.ここで,H˚´1 pM ; Rq は,x P Hq pM ; Rq に対して deg x “ q ´ 1 とおいて定まる次数付き代数である.また,複体 pRxxX1 , . . . , Xm yy, δq につ いては,δ Jpk Ă Jpk`1 となることから,E 0 項の境界作用素は d0 “ 0 を満た
し,スペクトル系列の E 1 項の同型 k â
H˚´1 pM ; Rq – Jpk {Jpk`1
が成立する.よって,フィルトレーションをもつチェイン複体 pF pC˚ q b R, Bq と pRxxX1 , . . . , Xm yy, δq のスペクトル系列は,すべての r ě 1 で E r 項の 同型が得られ,E 8 項も同型となる.この同型写像は積構造を保つ.多様 体 M が単連結であるという仮定のもとでは,H1 pM ; Zq – 0 となるので,
RxxX1 , . . . , Xm yy の生成元 X1 , . . . , Xm の次数はすべて正となる.したがっ て,次数 q の部分 RxxX1 , . . . , Xm yyq は,非可換多項式環 RxX1 , . . . , Xm y の次数 q の部分と等しい.よって,複体 pRxxX1 , . . . , Xm yy, δq のホモロジー 群は,複体 pT H` pM ; Rq, δq のホモロジー群 H˚ pT H` pM ; Rq, δq と同型で ある.以上で定理が証明された. [ \ ループ空間のホモロジー群の基本的な計算例を挙げておこう. 例 4.3.2(n 次元球面のループ空間) n 次元球面 S n , n ě 2 に対して,前節
120
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
の例 4.2.2 と同じように,基本ホモロジー類 rS n s P Hn pS n q に不定元を X を対応させ,また,σ を例 3.3.4 に示した S n の標準的な体積要素を与える n 次微分形式とする.S n のホモロジー接続は,ω “ σX, δX “ 0 で与えられ る.したがって,定理 4.3.1 より,代数としての同型
H˚ pΩS n ; Rq – RxXy
(4.13)
が得られる.これより,ホモロジー群は
$ &R, Hq pΩS n ; Rq – %0,
q “ kpn ´ 1q,
k “ 0, 1, 2, . . .
それ以外の場合
となることが得られる.上の同型 (4.13) は,H˚ pΩS n ; Rq の積の構造も記述 していて,これが,Hn´1 pΩS n ; Rq – R の基底で生成される 1 変数多項式 環と同型であることを示している.実際には,Z 上の同型
H˚ pΩS n ; Zq – ZxXy が成立する. これについては,4.5 節で説明する. ホモロジー群 Hn´1 pΩS n ; Zq の生成元は,具体的には次のように与えられ る.一般に x0 を基点する M のサスペンション (suspension) を
ΣM “ M ˆ r0, 1s { pM ˆ t0u Y M ˆ t1u Y tx0 u ˆ r0, 1sq で定義する.M のサスペンションから空間 X への写像 ΣM Ñ X に対して, その随伴写像 M Ñ ΩX が自然に定義される. 球面 S n は S n´1 のサスペンション ΣS n´1 と同相である.サスペンション からの同相写像 ΣS n´1 ÝÑ S n について,その随伴写像
f : S n´1 ÝÑ ΩS n が,x P S n´1 に対して,x ˆ r0, 1s が S n “ ΣS n´1 に定めるループを対応 させることによって定義される.このとき,S n´1 の基本ホモロジー類の像
rcs “ f˚ rS n´1 s が Hn´1 pΩS n ; Zq の生成元を与える. 図 4.1 は,n “ 2 のとき,ループ空間 ΩS 2 について,上のようにして定ま る H1 pΩS 2 ; Zq の生成元を,S 2 のループの 1-パラメータ族として示したも のである. このホモロジー群の要素と双対な de Rham コホモロジー類は次のように 構成される.球面 S n の体積要素 σ を
ş
Sn
ş σ “ 1 となるようにとると, σ は
4.3 ループ空間のホモロジーとホロノミー写像
121
図 4.1 H1 pΩS 2 ; Zq の生成元
ΩS n 上の pn ´ 1q 次の微分形式となり,その de Rham コホモロジー類は rcs と双対になる.H˚ pΩS n , Zq の基底は 1, rcs, rcs ˆ rcs, . . . で与えられる.また,双対な de Rham コホモロジー群の基底は
ż
1,
ż
σ,
σσ, . . .
によって与えられる.これらは,整数係数のコホモロジー群 H ˚ pΩS n , Zq の 基底を定める.これは,
Aż
E Aż EA ż E σσ, rcs ˆ rcs “ σ, rcs σ, rcs
などから得られる. 例 4.3.3 (球面の直積のループ空間)M “ S m ˆ S n , m, n ě 2 として,
i “ 1, 2 について第 i 成分への射影 p1 : M ÝÑ S m と p2 : M ÝÑ S n によ る S m と S n の体積要素の引き戻しを,それぞれ σ1 , σ2 とおく.また,σ1 , σ2 , σ1 ^ σ2 に双対なホモロジー群の基底に対応する不定元を,X1 , X2 , X3 とする.ここで,
ω “ σ1 X1 ` σ2 X2 ` pσ1 ^ σ2 qX3 とおき,δ : RxX1 , X2 , X3 y ÝÑ RxX1 , X2 , X3 y を
δX1 “ δX2 “ 0,
δX3 “ ´rX1 , X2 s
で定義する.ここで,rX1 , X2 s “ X1 X2 ´ p´1qpm´1qpn´1q X2 X1 とおいた. このようにして定まる pω, δq はホモロジー接続となる.ループ空間 ΩM のホ モロジーは rX1 , X2 s で生成される RxX1 , X2 y のイデアル I を用いて,
H˚ pΩpS n ˆ S n q; Rq – RxX1 , X2 y{I
122
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
と表される.この結果も実際には整数係数で成り立つ.
M が 2 次のホモロジー接続をもつとは,M のホモロジー接続 pω, δq で, 微分演算子 δ が
δpXk q “
ÿ
ckij Xi Xj ,
1ďkďm
i,j
と表されるものが存在することである.ここで,係数 ckij は, m ÿ
rεpωi q ^ ωj s “
ckij rωk s
k“1
により定まるので,コホモロジー環 H ˚ pM ; Rq のカップ積の構造によって決 定される.したがって,定理 4.3.1 とあわせると,次の命題が得られる. 命題 4.3.4 M が単連結で,2 次のホモロジー接続をもつとすると,M のルー プ空間のホモロジー群 H˚ pΩM ; Rq の代数としての構造は,コホモロジー環
H ˚ pM ; Rq によって決定される. これまでに扱った球面 S n ,複素射影空間 CP n などは,いずれも 2 次のホ モロジー接続をもつ多様体の例である. 最後に,Morse 理論を使ったループ空間のセル分割へのアプローチについ て,少しふれておこう.詳細は Milnor [59] などをご覧いただきたい. 可微分多様体 M の Riemann 計量とは,M の各点 p における接空間に定 義された正定値な対称線形形式
gp : Tp M ˆ Tp M ÝÑ R で,p について C 8 級となるものである.Riemann 計量が与えられた可微分 多様体を Riemann 多様体とよぶ.
M を Riemann 多様体とする.M の点 p, q を固定して,区分的になめら かな道
γ : r0, 1s ÝÑ M,
γp0q “ p, γp1q “ q
全体の空間を PpM ; p, qq で表す.このような道 γ に対して,エネルギー汎関 数 Epγq を
ż1 Epγq “
}γ 1 ptq}2 dt
0
で定義する.ここで,}γ 1 ptq} は速度ベクトル γ 1 ptq の Riemann 計量による
4.3 ループ空間のホモロジーとホロノミー写像
123
長さを表す.エネルギー汎関数
E : PpM ; p, qq ÝÑ R は,測地線 γ で極小値をとることが知られている.ここで,p, q を一般の位 置にとると,エネルギー汎関数は無限次元空間 PpM ; p, qq 上の Morse 関数 とみなすことができる.その臨界点の指数から PpM ; p, qq のセル分割を求め るのが基本的なアイデアである.ここで,指数とは Morse 関数の臨界点にお ける Hessian の負の固有値の個数である. 球面のループ空間 ΩS n , n ě 2 の場合には,上のエネルギー汎関数の臨界 点として現れる測地線は,定数関数で表される一点,大円,大円の 2 周,大 円の 3 周,. . . などとなる.道の空間 PpS n ; p, qq で,p, q が原点について対 称な位置にない場合に同様の考察をすると,エネルギー汎関数の臨界点の指 数はそれぞれ
0, n ´ 1, 2pn ´ 1q, 3pn ´ 1q, . . . で与えられる.これを用いて議論すると次の定理を示すことができる. 定理 4.3.5 球面のループ空間 ΩS n , n ě 2 はセル分割
e0 Y en´1 Y e2pn´1q Y ¨ ¨ ¨ Y ekpn´1q Y ¨ ¨ ¨ で表される CW 複体のホモトピー型をもつ.ここで,ekpn´1q は kpn ´ 1q 次 元セルを表す. 球面のループ空間 ΩS n のホモロジー群
$ &Z, q “ kpn ´ 1q, k “ 0, 1, 2, . . . Hq pΩS n ; Zq – %0, それ以外の場合
は S n の位相のみによる.このことから,S n にどのような Riemann 計量を 入れても,その計量に関する閉測地線が存在することが,およそ次のように示 される.もし,閉測地線が存在しないとすると,S n のループ空間上のエネル ギー汎関数の臨界値は 0 のみであり,定数関数に対応することがわかる.こ のことから,Morse 理論により H˚ pΩS n ; Zq の生成元は定数関数に対応する もののみとなり,球面のループ空間のホモロジーについての結果と矛盾する. 一般の Riemann 多様体上の閉測地線の存在については,Birkhoff, Morse,
Lusternik, Schnirelmann らに始まる長い研究の歴史がある.Gromoll–Meyer [34] によって,コンパクト単連結な Riemann 多様体上に無限個の閉測地線
124
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
が存在するための十分条件がループ空間の Betti 数によって記述された.ま た,Vigu´ e–Sullivan [73] によって,5.6 節で解説する極小モデルの理論を用 いて,この条件が多様体のコホモロジー環の言葉で記述された.詳細につい ては,Klingenberg [44] などを参照していただきたい. 球面の 2 重ループ空間 (double loop space) Ω2 S n “ ΩpΩS n q のホモロ ジー代数は次のように記述される. 例 4.3.6 例 3.3.4 で構成したループ空間 ΩS n のコホモロジー群の基底を
1, u1 , u2 , . . . , uk , . . . として,カップ積を εpuk q Y u “ nk uk` とする.ホモロジー群 H˚ pΩS n ; Rq に上のコホモロジー群の基底の双対基 底をとり,これらに対応した不定元を X1 , X2 , . . . , Xk , . . . とおき,次数を
deg Xk “ pn ´ 1qk ´ 1, k “ 1, 2, . . . で定める.以下,n ą 2 とする.2 次 ř kě1 uk Xk で定義し, ÿ δXi “ nk Xk X , i ě 1
のホモロジー接続を ω “
k`“i
とおく.このとき,球面の 2 重ループ空間のホモロジー代数 H˚ pΩ2 S n ; Rq は,複体 pRxX1 , X2 , . . . , Xk , . . . y, δq のホモロジーと同型である.
4.4 Hodge 分解とホモロジー接続 4.2 節と同様に M は可微分多様体で,ホモロジー群 H˚ pM ; Rq は有限 次元とする.M のホモロジー群の次数が正の部分の基底に対応した不定元
X1 , . . . , Xm で生成される非可換形式的ベキ級数環 RxxX1 , . . . , Xm yy を扱 う.M のホモロジー接続 pω, δq を ω“
m ÿ
ω i Xi ` ¨ ¨ ¨ `
i“1
δpXk q “
ÿ
ÿ
ωi1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
i1 ¨¨¨ik
ckij Xi Xj ` ¨ ¨ ¨ ,
1ďkďm
i,j
と表しておく.係数 ckij は,
rεpωi q ^ ωj s “
m ÿ
ckij rωk s
k“1 ˚
により定まるので,コホモロジー環 H pM ; Rq のカップ積の構造によって 決定される.一般には,上の δpXk q の表示には,3 次以上の項が現れ,これ
4.4 Hodge 分解とホモロジー接続
125
らはカップ積だけでは決まらない.後に説明するように,3 次以上の項には
Massey 積とよばれる高次の積構造が関わっている.この節では,どのよう な場合にホモロジー接続が多様体のコホモロジー環によって決定されるかを 述べよう.
4.2 節で多様体の微分形式の空間に付加構造を与えると,ホモロジー接続 の標準的な構成方法が得られる場合があることを示したが,重要な例として,
M がコンパクト Riemann 多様体である場合の de Rham の直交分解につい て述べる.これを用いて,命題 4.2.5 で用いた条件 (1), (2) を満たす de Rham 複体 A˚ pM q の直和分解が構成できることを示すのが目的である. 調和形式について少し説明しておこう.M は n 次元コンパクト Riemann 多様体とする.M の体積要素を σ とする.M 上の p 次の微分形式の空間 Ap pM q から An´p pM q への線形作用素 ˚ を ϕ ^ ˚ϕ “ σ,
ϕ P Ap pM q
となるように定める.線形作用素 ˚ : Ap pM q ÝÑ An´p pM q を Hodge のス ター作用素とよぶ.M 上の p 次微分形式 ϕ, ψ に対して,内積を
ż
xϕ, ψy “
ϕ ^ ˚ψ M
で定める.このとき,外微分作用素 d の随伴作用素 d˚ : Ap pM q ÝÑ Ap´1 pM q を,
xdϕ, ψy “ xϕ, d˚ ψy,
ϕ P Ap´1 pM q, ψ P Ap pM q
が成立するように定める.M の Laplace 作用素 (Laplacian) を
Δ “ dd˚ ` d˚ d で定義する.このとき,Δ : Ap pM q ÝÑ Ap pM q は,線形作用素である.M 上の微分形式 ϕ が Δϕ “ 0 を満たすとき,ϕ を調和形式 (harmonic form) と いう.次の補題が成り立つ. 補題 4.4.1 コンパクト Riemann 多様体上の微分形式 ϕ が調和形式であるこ とは,dϕ “ 0 かつ d˚ ϕ “ 0 が成立することと同値である. [証明] Laplace 作用素の定義より
xΔϕ, ϕy “ xdϕ, dϕy ` xd˚ ϕ, d˚ ϕy となる.ここで,ϕ が調和形式とすると,上の式の右辺が 0 となることから,
126
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
dϕ “ 0 かつ d˚ ϕ “ 0 がしたがう.逆は,調和形式の定義からただちに得ら れる. [ \ H を調和形式の空間 H “ tϕ P A˚ pM q | Δϕ “ 0u とおく. 上の補題から,とくに,コンパクト Riemann 多様体上の調和形式 は閉形式であることがわかる.M 上の完全形式全体の空間 dA˚ pM q を Bd とおく.また d˚ による像として表される微分形式全体の空間 d˚ A˚ pM q を
Bd˚ とおく.このとき,次の de Rham の直交分解定理が成り立つ. 定理 4.4.2 コンパクト Riemann 多様体 M 上の微分形式の空間 A˚ pM q に 対して,直和分解
A˚ pM q “ H ‘ Bd ‘ Bd˚ が存在する.ここで,3 つの空間 H, Bd , Bd˚ は上で定義した内積について, 互いに直交する. ˚ 定理の状況で,包含写像 i : H ÝÑ A˚ pM q は,同型 H – HDR pM q を導
く.なぜなら,調和形式はすべて閉形式で,かつ,完全なものは 0 のみだか らである.次の補題により,求める直和分解が得られる. 補題 4.4.3 直交分解
A˚ pM q “ H ‘ Bd ‘ Bd˚ において,B “ Bd˚ とおくと,Bd “ dB と表される. [証明]微分形式 dϕ, ϕ P Bd˚ と ψ P H に対して,
xdϕ, ψy “ xϕ, d˚ ψy “ 0 が成り立つので,dB は H と直交する.同様にして,dB は Bd˚ とも直交する ことが示される.したがって,de Rham の直交分解定理を用いて,dB Ă Bd が得られる.逆に,dϕ P Bd をとり,ϕ を直交分解して
ϕ “ ϕ0 ` dϕ1 ` d˚ ϕ2 ,
ϕ0 P H
と表しておく.ここで,dϕ “ dpd˚ ϕ2 q となるので,Bd Ă dB がしたがう. 以上で補題が証明された.
[ \
4.4 Hodge 分解とホモロジー接続
127
ここでは,A˚ pM q の直和分解を用いて記述したが,A˚ pM q の部分複体 A で,ウェッジ積に関する部分代数となり,かつ,包含写像 i : A ÝÑ A˚ pM q ˚ がコホモロジー群の同型 H ˚ pAq – HDR pM q を誘導するものに対して,命
題 4.2.5 で用いた (1), (2) に対応する条件を満たす分解
A “ H ‘ dB ‘ B
(4.14)
を与えても,命題 4.2.5 と同様の結果が得られる. 多様体が 2 次のホモロジー接続をもつための判定条件として,次の補題が 成り立つ. 補題 4.4.4 式 (4.14) の分解において,dB ‘ B が A のイデアルならば,M は 2 次のホモロジー接続をもつ. [証明]分解 A “ H ‘ dB ‘ B から定まるホモロジー接続
ω“
m ÿ
ÿ
ω i Xi ` ¨ ¨ ¨ `
ωi1 ¨¨¨ik Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
i1 ¨¨¨ik
i“1
において,ωi1 ¨¨¨ik , k ě 2 は B の要素である.したがって,dB ‘ B が A のイ デアルであるという仮定のもとで,商代数への射影を π : A ÝÑ A{pdB ‘ Bq で表すと,
pπ b idqpωq “
m ÿ
πpωi qXi
i“1
となる.また,平坦条件 δω ` κ “ 0 より, m ÿ
πpωi qδXi “
i“1
ÿ
pπpεpωj qq ^ πpωk qqXj Xk
jk
“
ÿ
cijk πpωi qXj Xk
ijk
となり,δXi “
ř
i jk cjk Xj Xk
が得られる.
[ \
上の補題の,dB ‘ B が A のイデアルであるという条件は,H の要素と,H の補空間の要素のウェッジ積の線形結合からは,非自明なコホモロジー群の 要素を作ることができないことを意味する.このことは,後に述べる Massey 積がすべて 0 になるという条件と関わっている.とくに,A “ H ととれれ ば,補題の条件は満たされ,M は 2 次のホモロジー接続をもつ. この節では,コンパクト K¨ ahler 多様体は,2 次のホモロジー接続をもつこ
128
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
とを示す.まず,複素多様体の一般的な事項と K¨ ahler 多様体に関する必要な 準備をしよう.証明などの詳細は例えば文献 [33] を参照していただきたい. 可微分多様体 M が n 次元複素多様体 (complex manifold) であるとは,局
Ť
Uα で,Uα XUβ ‰ H のとき,ϕα ˝ϕ´1 β が ϕβ pUα X Uβ q 上,正則写像となるものが存在することである.M を実 2n 次元多様体とみなして,M の点 p における接空間 Tp M の基底は
所座標系 ϕα : Uα ÝÑ Cn , M “
α
B B , , Bxi Byi
i “ 1, . . . , n
(4.15)
で与えられる.ここで,Cn の座標関数を z1 , . . . , zn として zi “ xi `
?
´1yi
と表した.接空間 Tp M の複素化 TC,p M “ Tp M b C の複素線形空間とし ての基底は,上の (4.15) で与えられるが,基底変換して
? ? B B 1´ B B ¯ 1´ B B ¯ , , 1ďiďn “ ´ ´1 “ ` ´1 Bzi 2 Bxi Byi Bz i 2 Bxi Byi が基底としてとれる.TC,p M の部分空間 Tp1 pM q, Tp2 pM q を,それぞれ,BzB i , B Bz i ,
1 ď i ď n で生成されるものとして定める.TC,p M は直和分解 TC,p M “ Tp1 pM q ‘ Tp2 pM q
をもち,Tp2 pM q “ Tp1 pM q となるような複素共役の作用が定義される.複素 多様体 M, N の間の C 8 写像 f : M ÝÑ N が正則写像であることは,すべ ての p P M に対して,df pTp1 pM qq Ă Tf1 ppq M となることと同値である. 複素多様体 M 上の複素数に値をもつ k 次の微分形式は,余接ベクトル束 ˚ TC M
の k 階外積のなめらかな切断とみなすことができる.直和分解 k ľ
˚ TC M“
p à ľ
T 1 pM q˚ b
q ľ
T 2 pM q˚
p`q“k
にともなって,M 上の複素数に値をもつ k 次の微分形式全体の空間 Ak pM qC は
Ak pM qC “
à
Ap,q pM q
(4.16)
p`q“k
と分解される.Ap,q pM q の要素は,pp, qq 型の微分形式とよばれる.余接空 ˚ 間 TC,p M の基底として,上の TC,p M の基底の双対基底
dzi “ dxi `
? ? ´1 dyi , dz i “ dxi ´ ´1 dyi , 1 ď i ď n
をとる.このとき,pp, qq 型の微分形式は局所的には
4.4 Hodge 分解とホモロジー接続
ÿ
ϕ“
129
ϕi1 ¨¨¨ip ,j1 ¨¨¨jq pzq dzi1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dzip ^ dz j1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dz jq
i1 ¨¨¨ip ,j1 ¨¨¨jq
と表すことができる.外微分作用素
d : Ak pM qC ÝÑ Ak`1 pM qC に対して,分解 (4.16) を適用して,作用素
B : Ap,q pM q ÝÑ Ap`1,q pM q, B : Ap,q pM q ÝÑ Ap,q`1 pM q がそれぞれ定義される.ここで,d “ B ` B であり,局所的には,上の ϕ に 対して,
Bϕ “ Bϕ “
ÿ B ϕI,J pzq dzi ^ dzI ^ dz J Bzi i,I,J ÿ
j,I,J
B ϕI,J pzq dz j ^ dzI ^ dz J Bz j
と表される.ここで,I “ pi1 , . . . , ip q, J “ pj1 , . . . , jq q は多重指数で,dzI “
dzi1 ^¨ ¨ ¨^dzip , dz J “ dz j1 ^¨ ¨ ¨^dz jq である.コチェイン複体 pAp,˚ pM q, Bq p,q の q 次のコホモロジー群を HB pM q で表し,M の pp, qq 次の Dolbeault コホモロジーとよぶ. コンパクトな複素多様体 M に Hermite 計量
ds2 “
ÿ
hij dzi b dz j
i,j
が与えられているとする.この計量による体積要素を用いて,Hodge のス ター作用素
˚ : Ap,q pM q ÝÑ An´p,n´q pM q が定義される.また,Ap,q pM q には
ż
xϕ, ψy “
ϕ ^ ˚ψ M
によって内積が定まる.さらに,B : Ap,q pM q ÝÑ Ap,q`1 pM q の随伴作用素 ˚
B : Ap,q pM q ÝÑ Ap,q´1 pM q が ˚
xBϕ, ψy “ xϕ, B ψy を満たすように定義される.Riemann 多様体の外微分作用素 d の場合と同様 に,B の Laplace 作用素 ΔB が
130
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像 ˚
˚
ΔB “ B B ` B B によって定まる.補題 4.4.1 と同じ手法で,ϕ P Ap,q pM q が ΔB ϕ “ 0 を満 ˚
たすことは,Bϕ “ 0 かつ B ϕ “ 0 が成り立つことと同値であることが示さ
れる.ここで,
HBp,q pM q “ tϕ P Ap,q pM q | ΔB ϕ “ 0u とおく.同様に B に対応する Laplace 作用素を
ΔB “ B B ˚ ` B ˚ B で定める.次の Hodge の直交分解定理が成り立つ. 定理 4.4.5 M をコンパクト複素多様体とするとき,M 上の pp, qq 型微分形 式の空間は ˚
Ap,q pM q “ HBp,q pM q ‘ BAp,q´1 pM q ‘ B Ap,q`1 pM q と直交分解される. p,q
ここで,HB pM q は有限次元であり直交射影
Π : Ap,q pM q ÝÑ HBp,q pM q が定義される.また,Green 作用素とよばれる線形作用素
G : Ap,q pM q ÝÑ Ap,q pM q ˚
で,GpHp,q pM qq “ 0 を満たし,B, B と交換するものが存在して,Ap,q pM q の上で
id “ Π ` ΔB G と表される.また,Dolbeault コホモロジーとの間の同型
HBp,q pM q – HBp,q pM q が成り立つ.
M を複素多様体とする.M の Hermite 計量 ds2 “ 対して,p1, 1q 型微分形式 ? ´1 ÿ ω“ hij dzi ^ dz j 2 i,j
ř i,j
hij dzi b dz j に
4.4 Hodge 分解とホモロジー接続
131
を対応させる.Hermite 計量 ds2 が K¨ ahler 計量であるとは,対応する微 分形式 ω について dω “ 0 が成立することである.K¨ ahler 計量をもつ複素 多様体を K¨ ahler 多様体とよぶ.また,微分形式 ω を K¨ ahler 形式とよぶ.
K¨ ahler 多様体の次の性質は重要である. ahler 多様体とすると, 補題 4.4.6 M をコンパクト K¨ Δd “ 2ΔB “ 2ΔB が成立する. ここで,Δd は外微分作用素 d に対応する Laplace 作用素 dd˚ ` d˚ d であ る.この補題より,コンパクト K¨ ahler 多様体においては,作用素 d, B, B に 対応した調和形式の空間が互いに一致することがわかる. コンパクト K¨ ahler 多様体 M に対する Hodge 分解を記述するために,い くつかの記号を準備しよう.まず,
Z p,q pM q “ tϕ P Ap,q pM q | dϕ “ 0u ˚ とおき,HDR pM q b C の部分空間 H p,q pM q を
H p,q pM q “
Z p,q pM q dA˚ pM q X Z p,q pM q
で定義する.また,調和形式の空間を
Hp,q pM q “ tϕ P Ap,q pM q | Δd ϕ “ 0u Hr pM q “ tϕ P Ar pM qC | Δd ϕ “ 0u で定める.このとき,Laplace 作用素 Δd が射影 Πp,q : Ar pM qC ÝÑ Ap,q pM q と可換となることを用いて,
Hr pM q “
à
Hp,q pM q
p`q“r
Hp,q pM q “ Hq,p pM q が得られる.Ap,q pM q の要素 ϕ で dϕ “ 0 を満たすものをとる.調和形式の 空間への射影を Π : Ap,q pM q ÝÑ Hp,q pM q とすると,Green 作用素 G を用 いて,
ϕ “ Πpϕq ` dd˚ Gpϕq と表される.ここで,Πpϕq も pp, qq 型の微分形式となり,同型
H p,q pM q – Hp,q pM q
132
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
が得られる.また,de Rham の直交分解定理とあわせて,同型 r HDR pM q b C – Hr pM q
が導かれる.以上をまとめて,コンパクト K¨ ahler 多様体の Hodge 分解は 次のように述べられる.
ahler 多様体とする.M の複素係数コホモロ 定理 4.4.7 M をコンパクト K¨ ジー群について,
H r pM ; Cq –
à
H p,q pM q
p`q“r
H p,q pM q “ H q,p pM q p,q
が成立する.さらに,同型 H p,q pM q – HB pM q が成り立つ.
? ´1pB ´ Bq で定義すると,dc は実数に値をと ˚ る微分形式の空間 A pM q に作用する.また,コンパクト K¨ ahler 多様体では ここで,作用素 dc を dc “
Δd “ Δdc が成立する.この節のホモロジー接続に関する議論では,次の ddc 補題が重 要な役割を果たす.
ahler 多様体上の微分形式 α が,dα “ 0, dc α “ 0 補題 4.4.8 コンパクト K¨ を満たし,かつ α “ dγ となる γ が存在するとき,ある微分形式 β について,
α “ d dc β と表される.また,α “ dc γ 1 となる γ 1 が存在するとき,ある β 1 について,α “ dc dβ 1 と表される. [証明] D を作用素 d, dc のいずれかとし,対応する Laplace 作用素と Green 作用素を,それぞれ ΔD , GD とおく.また,ΔD についての調和形式の空間 への射影を ΠD で表すと,M 上の微分形式 ϕ は
ϕ “ ΠD pϕq ` ΔD GD pϕq と表される.微分形式 α が dα “ 0 を満たす完全形式であることから,α の 射影について ΠD pαq “ 0 となり,
α “ dd˚ Gd pαq
(4.17)
と表される.作用素 dc についても,Δd “ Δdc より Πdc pαq “ 0 が得られ,
α “ dc pdc q˚ Gdc pαq となる.これを式 (4.17) に代入して, α “ dd˚ Gd pdc pdc q˚ Gdc pαqq
4.4 Hodge 分解とホモロジー接続
133
と表される.さらに,Green 作用素 Gd が dc と可換であること,およびコン パクト K¨ ahler 多様体における関係式 ˚
˚
BB ` B B “ BB ˚ ` B ˚ B “ 0 を用いると,α “ d dc β と表されることがわかる.補題の後半も同様に示さ
[ \
れる. 同様の手法により,次の BB 補題を示すことができる.
ahler 多様体上の pp, qq 型微分形式 ϕ が,d, B, B の 補題 4.4.9 コンパクト K¨ いずれかについて完全形式ならば,
ϕ “ BBη と表される. 次の定理は Deligne–Griffiths–Morgan–Sullivan [25] による,コンパクト K¨ ahler 多様体はフォーマルであるという結果を,ホモロジー接続の言葉で述 べたものである.フォーマルであるという性質は,Sullivan の極小モデルの 概念を用いて定式化される.この点については,5.6 節で取り上げる.
ahler 多様体ならば,M は標準的に定まる 2 定理 4.4.10 M がコンパクト K¨ 次のホモロジー接続をもつ. [証明] M の de Rham 複体 A˚ pM q の部分複体 A を
A “ tϕ P A˚ pM q | dc ϕ “ 0u で定め,A が補題 4.4.4 の条件を満たす直和分解をもつことを示す. まず,包含写像 i : pA, dq ÝÑ pA˚ pM q, dq がコホモロジー群の同型 i˚ : ˚ ˚ H ˚ pAq – HDR pM q を導くことを確かめる.HDR pM q の要素が閉形式 x で c 代表されているとする.このとき,z “ d x は dz “ dc z “ 0 を満たすので, ddc 補題より,dc x “ d dc u と表せる,ここで,y “ x ` du とおくと,x, y は同じコホモロジー類を定め,かつ dc y “ 0 となる.したがって,i˚ は全射 である.また,x P A が dc x “ 0 を満たし,x “ dy と表されるとすると,や はり,ddc 補題より,x “ d dc u と書ける.よって,i˚ は単射である. 次に dc をコバウンダリー写像とするコホモロジー群
Hdc pM q “ A{dc A˚ pM q
134
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
を考える.外微分 d は Hdc pM q には零写像として作用する.ここで,ddc 補 題を用いて,ρ : A ÝÑ Hdc pM q はコホモロジー群の同型 H ˚ pAq – Hdc pM q を導くことが示される.また,dc A˚ pM q は A の部分複体でかつイデアルと なっていることも確かめられる.A にはコンパクト K¨ ahler 多様体上の微分 形式の空間としての内積が定まっている.A における dc A˚ pM q の直交補空 間を H とおく.これは,調和形式の空間にほかならない.また,dc A˚ pM q の要素で dA˚ pM q と直交するもの全体を B とおくと,A “ H ‘ dB ‘ B は
[ \
求める分解を与える.以上で定理が証明された.
次にコホモロジー類の Massey 積の定義を述べる.M を可微分多様体とし て,コホモロジー類
x1 P H p pM ; Rq,
x2 P H q pM ; Rq,
x3 P H r pM ; Rq
が,それぞれ,閉微分形式 ω1 , ω2 , ω2 で表されているとする.ここで,ω1 ^ω2 ,
ω2 ^ ω3 の表すコホモロジー類がともに 0 であると仮定する.このとき, ω1 ^ ω2 “ dω12 ,
ω2 ^ ω3 “ dω23
を満たす微分形式 ω12 , ω23 が存在する.これらの微分形式を用いて,
ϕ “ ω12 ^ ω3 ` p´1qp´1 ω1 ^ ω23 とおくと,
dϕ “ dω12 ^ ω3 ` p´1q2p´1 ω1 ^ dω23 “ 0 となるので,ϕ は閉微分形式となり,コホモロジー類
rϕs P H p`q`r´1 pM ; Rq が定まる.このようにして,閉微分形式と必ずしも閉でない微分形式のウェッ ジ積の線形結合からコホモロジー類を生成する手法は,4.2 節で説明したホ モロジー接続の帰納的な構成においても,すでに用いた.ここで,コホモロ ジー類 rϕs は,微分形式 ω12 , ω23 の選び方によっている.コホモロジー群
H p`q`r´1 pM ; Rq の部分空間 W を ω1 ^ α ` ω3 ^ β,
rαs P H q`r´1 pM ; Rq, rβs P H p`q´1 pM ; Rq
の形の微分形式の表すコホモロジー類全体として定義すると,rϕs は,商空間
H p`q`r´1 pM ; Rq{W
4.5 Hopf 不変量への応用
135
の要素としては,ω12 , ω23 の選び方によらずに,コホモロジー類 x1 , x2 , x3 のみ で定まる.このようにして決まる rϕs P H p`q`r´1 pM ; Rq{W を,x1 , x2 , x3 の Massey 積とよび,xx1 , x2 , x3 y で表す.
ahler 多様体ならば,M のコホモロジー類 定理 4.4.11 M がコンパクト K¨ に対して定義される Massey 積はすべて 0 である. [証明]上の Massey 積の定義で,コホモロジー類 x1 , x2 , x3 が,それぞれ, 斉次 pp1 , q1 q, pp2 , q2 q, pp3 , q3 q 型の微分形式 ω1 , ω2 , ω3 によって代表されて いるとしてよい.ここで,ω1 ^ ω2 , ω2 ^ ω3 の表すコホモロジー類がともに
0 であると仮定している.BB 補題より, 1 ω1 ^ ω2 “ dω12 , ω1 ^ ω2 “ dω12
を満たす pp1 ` p2 , q1 ` q2 ´ 1q 型微分形式 ω12 と,pp1 ` p2 ´ 1, q1 ` q2 q 1 1 型微分形式 ω12 が存在する.このとき,dpω12 ´ ω12 q “ 0 となる.次数 1 p1 ` p2 ` q1 ` q2 ´ 1 における Hodge 分解を用いて,ω12 , ω12 に適当な閉微 分形式を,それぞれの次数 pp1 ` p2 , q1 ` q2 ´ 1q, pp1 ` p2 ´ 1, q1 ` q2 q を変 1 えないように加えることにより ω12 ´ ω12 は完全形式であるとしてよい.同
様にして, 1 ω2 ^ ω3 “ dω23 , ω2 ^ ω3 “ dω23
を満たす pp2 ` p3 , q2 ` q3 ´ 1q 型微分形式 ω23 と,pp2 ` p3 ´ 1, q2 ` q3 q 1 1 型微分形式 ω23 で,ω23 ´ ω23 は完全形式となるものがとれる.したがって,
Massey 積 xx1 , x2 , x3 y を表す 2 通りの微分形式 ϕ “ ω12 ^ ω3 ` p´1qp1 `q1 ´1 ω1 ^ ω23 1 1 ϕ1 “ ω12 ^ ω3 ` p´1qp1 `q1 ´1 ω1 ^ ω23
が存在する.このとき,p “ p1 ` p2 ` p3 , q “ q1 ` q2 ` q3 とおくと,Hodge 分解において,rϕs P H p,q´1 pM q, rϕ1 s P H p´1,q pM q となるが,これらが互 いに同じコホモロジー類に属するので,Hodge 分解が直和分解であることか ら,rϕs, rϕ1 s はともに H p`q´1 pM q において 0 となる.
[ \
4.5 Hopf 不変量への応用 これまでに,反復積分から得られるループ空間の実数係数ホモロジー群に 関する情報を述べてきた. この節では,ループ空間 ΩM の整数係数ホモロ
136
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
ジー群を扱う.応用として,球面の間の写像の Hopf 不変量について述べる. 以下,可微分多様体 M は次の条件 (1), (2) を満たすとする.
(1) M の整数係数ホモロジー群 H˚ pM ; Zq は捩れ部分をもたない,つまり, Z 上の自由加群である. (2) M は 2 次のホモロジー接続をもつ. À M についての上の仮定のもとで,H` pM ; Zq “ qą0 Hq pM ; Zq の基底 を X1 , . . . , Xm としてこれらが整数係数のサイクル c1 , . . . , cm で代表されて いるとする.また,M 上の微分形式 ω1 , . . . , ωm を ż ωj “ δij , i, j “ 1, . . . , m ci
を満たすようにとる. テンソル代数 T H` pM ; Zq は,X1 , . . . , Xm で生成される整数環上の非可 換多項式環 ZxX1 , . . . , Xm y とみなすことができる.ここでは,M が 2 次の ホモロジー接続をもつことを仮定しているので,ホモロジー接続に現れる微 分演算子 δ は
δpXk q “
ÿ
ckij Xi Xj ,
1 ď k ď m,
ckij P Z
i,j
と表される.ここで,係数 ckij は,
rεpωi q ^ ωj s “
m ÿ
ckij rωk s
k“1
により定まる整数である.非可換多項式環 ZxX1 , . . . , Xm y には,Xj がホモ ロジー群 Hqj pM ; Zq の要素であるとき,deg Xj “ qj ´ 1 となるような次 数付き代数の構造を入れる.T H` pM ; Zq の次数が q の部分を T H` pM ; Zqq で表すと,上の微分演算子 δ は,Z 加群の準同型写像
δ : T H` pM ; Zqq ÝÑ T H` pM ; Zqq´1 を定める.このようにして,Z 上のチェイン複体 pT H` pM ; Zq, δq が定義で きる.このチェイン複体のホモロジー群について,次の定理が成立する. 定理 4.5.1 可微分多様体 M は単連結で,上の仮定 (1), (2) を満たすとする. さらに,ホモロジー群 H˚ pT H` pM ; Zq, δq は,Z 上の自由加群であるとす る.このとき,Z 上の代数としてのホモロジーの同型
H˚ pΩM ; Zq – H˚ pT H` pM ; Zq, δq
4.5 Hopf 不変量への応用
137
が得られる. [証明]非可換多項式環 T H` pM ; Zq “ ZxX1 , . . . , Xm y の X1 , . . . , Xm で 生成されるイデアルを J とおく.ここで,
F0 T H` pM ; Zq “ T H` pM ; Zq,
F´k T H` pM ; Zq “ J k ,
k “ 1, 2, . . . ,
として,T H` pM ; Zq のフィルトレーションを定める.境界作用素 δ は δJ k Ă
J k`1 を満たすので,フィルトレーションを保つ. 一方,3.4 節で定義した Adams のコバー構成 F pC˚ q は,Z 上のチェイン 複体でフィルトレーション
F pC˚ q “ F0 pC˚ q Ą F´1 pC˚ q Ą ¨ ¨ ¨ Ą F´k pC˚ q Ą ¨ ¨ ¨ が与えられている.このチェイン複体のスペクトル系列の E 1 項は 1 E´k,p –
Ӊ k
ı
H˚´1 pM ; Zq
p´k
となる.ここで,H˚´1 pM ; Zq は,x P Hq pM ; Zq, q ą 0 に対して deg x “
Âk q´1 とおいて定まる次数付き代数であり,上の同型の右辺は H˚´1 pM ; Zq 1 の次数が p ´ k の部分を表す.したがって,E 項は Z 加群として à 1 E´k,p – T H` pM ; Zq k,pě0
となる.Adams のコバー構成における境界作用素 B の定義より,E 1 項に誘 導される境界作用素 d1 はカップ積の双対写像として,
d1 pXk q “
ÿ
ckij Xi Xj ,
1 ď k ď m,
ckij P Z
i,j
で与えられる.よって,境界作用素 δ と比較して,E 2 項について Z 加群と しての同型
à
2 E´k,p – H˚ pT H` pM ; Zq, δq
(4.18)
k,pě0
が得られる. 一方,R 上のチェイン複体 pT H` pM ; Rq, δq のスペクトル系列は,境界作用 素 δ が 2 次であることから,E 2 項で退化し,E 2 – E 8 が成立する.4.3 節の 定理 4.3.1 の証明において,チェイン複体 pF pC˚ qbR, Bq と pT H` pM ; Rq, δq のスペクトル系列は,すべての r ě 1 で E r 項の同型が得られ,E 8 項も同 型となることを示した.したがって,Adams のコバー構成 F pC˚ q のスペク
138
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
トル系列に対しても 2 8 E´k,p b R – E´k,p bR r が成立する.つまり,スペクトル系列 E´k,p b R は r “ 2 で退化し, 2 2 d2 : E´k,p b R ÝÑ E´k´2,p`1 bR
は零写像となる.ここで,仮定より,H˚ pT H` pM ; Zq, δq は,Z 上の自由加 群であることを用いると,Z 加群の準同型 2 2 d2 : E´k,p ÝÑ E´k´2,p`1
も零写像となることがしたがう.Adams のコバー構成 F pC˚ q のスペクトル 系列は E 2 項で退化し,同型 (4.18) より
à
8 E´k,p – H˚ pT H` pM ; Zq, δq
(4.19)
k,pě0
が得られる.Adams の定理より,H˚ pF pC˚ qq – H˚ pΩM ; Zq であることを
[ \
用いて,求める同型が示された.
例 4.5.2 球面 S n , n ě 2 は,定理 4.5.1 の仮定を満たしている.境界作用素
δ は 0 であり,同型 H˚ pΩS n ; Zq – ZxXy が成り立つ.ここで,ZxXy は Z 上の 1 変数多項式環であり,X はホモロ ジー群 Hn´1 pΩS n ; Zq の生成元に対応する. 球面のループ空間の整数係数のホモロジー群の応用として,Hopf 不変量と 反復積分との関連を考察しよう. 定義 4.5.3 n を偶数として,例 3.3.4 に示したように球面 S n の体積要素 σ
ş
σ “ 1 と正規化してとる.なめらかな写像 f : S 2n´1 ÝÑ S n に対し て,引き戻し f ˚ σ は,S 2n´1 の完全形式となり, を
Sn
f ˚ σ “ dη となるような n ´ 1 次微分形式 η が存在する.このとき,
ż
Hpf q “
S 2n´1
η ^ dη
とおき,Hpf q を f の Hopf 不変量 (Hopf invariant) とよぶ.
4.5 Hopf 不変量への応用
139
Hopf 不変量は η のとり方にはよらない整数となることが知られている. この事実は以下に示す定理 4.5.4 の帰結としても得られる.ループ空間との 関連を説明するためにいくつかの準備をしよう.基点を保つなめらかな写像
f : S 2n´1 ÝÑ S n と基点付きループ γ : S 1 ÝÑ S 2n´1 に対して,f ˝ γ は, S n の基点付きループを定める.ここで,Ωf pγq “ f ˝ γ とおくと,Ωf はルー プ空間の間の写像
Ωf : ΩS 2n´1 ÝÑ ΩS n を与える.すでに示したように,ループ空間のホモロジー群について,
H2n´2 pΩS 2n´1 ; Zq – Z, H2n´2 pΩS n ; Zq – Z が成立する.Hopf 不変量との関係は次のように述べられる. 定理 4.5.4 n を偶数とする.基点を保つなめらかな写像 f : S 2n´1 ÝÑ S n がループ空間のホモロジー群に導く写像
pΩf q˚ : H2n´2 pΩS 2n´1 ; Zq ÝÑ H2n´2 pΩS n ; Zq は,それぞれのホモロジー群に基底 rαs P H2n´2 pΩS 2n´1 ; Zq – Z, rβs P
H2n´2 pΩS n ; Zq – Z を適当に選ぶと,Hopf 不変量 Hpf q を用いて pΩf q˚ rαs “ Hpf qrβs で与えられる.
ş
[証明] Hopf 不変量の定義のように,S n の体積要素 σ をとる.反復積分 σσ の表すコホモロジー類は,例 4.5.2 で示したように,H 2n´2 pΩS n ; Zq の基底 を与える.体積要素 σ の f による引き戻しを,f ˚ σ “ dη と表すと,反復積
ş
分 ω “ σσ の f による引き戻しは,
f ˚ω “
ż dη dη
と書ける.ホモロジー群 H2n´2 pΩS 2n´1 ; Zq – Z の基底は次のように記述 される.恒等写像 S 2n´1 ÝÑ S 2n´1 から写像 g : S 2n´2 ÝÑ ΩS 2n´1 が例
4.5.2 で示したようにサスペンションによって定まる.これを用いて,S 2n´2 の基本ホモロジー類の g˚ による像を rαs P H2n´2 pΩS 2n´1 ; Zq で表すとこ れが基底となる.ここで,命題 2.4.1 で示した関係式 ż ż ż d η dη “ ´ dη dη ´ η ^ dη
140
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
を用いると,
Aż
´
E
dη dη, rαs “
Aż
E
η ^ dη, rαs “
ż S 2n´1
η ^ dη ş
が得られる.定義よりこの値は Hopf 不変量である.したがって,´ σσ の 表すコホモロジー類と双対なホモロジー類を rβs P H2n´2 pΩS n ; Zq とする と,求める結果が得られる.
[ \
とくに,n “ 2 の場合,なめらかな写像 f : S 3 ÝÑ S 2 の Hopf 不変量
Hpf q は次のような意味をもつ.写像 f の相異なる正則値を p, q とすると, L1 “ f ´1 ppq, L2 “ f ´1 pqq は,それぞれ,S 3 に埋め込まれた閉曲線となる. Hopf 不変量 Hpf q は,L1 , L2 の絡み数を与える.絡み数については,5.5 節 で扱う. 例 4.5.5 3 次元球面を
S 3 “ tpz1 , z2 q | |z1 |2 ` |z2 |2 “ 1u で表し S 1 “ tξ | |ξ| “ 1u の S 3 への作用を ξ P S 1 に対して pz1 , z2 q ÞÑ
pξz1 , ξz2 q で定める.商空間 S 3 {S 1 は複素射影空間 CP 1 であり,S 2 と同相 である.商空間への射影 f : S 3 ÝÑ S 2 は Hopf ファイブレーションとよば れる.このとき,Hopf 不変量は Hpf q “ 1 となることが示される. Hpf q を n が奇数の場合に同様に定義すると,つねに Hpf q “ 0 となる.ま た,n が偶数の場合は,n “ 2, 4, 8 のとき Hpf q “ 1 となる f : S 2n´1 ÝÑ S n が存在する.しかし,n ‰ 2, 4, 8 のときは,Hpf q “ 1 となる f は存在しな いことが,Adams [2] によって証明されている.
4.6 自由ループ空間のホモロジーの代数構造 ここでは,自由ループ空間のホモロジー H˚ pLM q の代数構造について,最 近の話題を概観しよう.詳細は文献 [21] などを参照されたい.
M は向き付けられた可微分多様体とする.M のホモロジーサイクルの交 差理論は,いわゆるポアンカレ双対性によって記述される.Chas–Sullivan
[13] のストリング・トポロジーの理論によって,無限次元空間 LM において も,交差理論が展開できて,H˚ pLM q における積 μ : Hp pLM q ˆ Hq pLM q ÝÑ Hp`q´d pLM q
(4.20)
4.6 自由ループ空間のホモロジーの代数構造
141
が定義されることが示された.ここで,d は多様体 M の次元である.この積 の意味を直感的に説明してみよう.
図 4.2 自由ループ空間の 2 次元チェインの交叉
図 4.2 は 3 次元空間 M 内のループの 2 次元族の交わりを表す.図のように
8 の字型からなる 1 次元族が,両者の交差として生じる.図に示したループ α と β からなる 8 の字型をループ α, β の合成とみなすと,これらは LM の 1 次元チェインを与える.このようにして,LM の 2 次元チェインどうしの 交差として.LM の 1 次元チェインが得られた.一般に LM の p 次元チェイ ンと q 次元チェインの交差として,LM の pp ` q ´ dq 次元チェインが得られ る.このようにして定まるチェインの積写像がホモロジー群に導く積写像が 式 (4.20) の μ である.積 μ をループ積 (loop product) とよぶ.以下 μpx, yq を x ¨ y で表す. さらに,H˚ pLM q には作用素
Δ : Hq pLM q ÝÑ Hq`1 pLM q
(4.21)
が以下のように定まる.ループのパラメータ付けを取り替える写像 ρ : S 1 ˆ
LM ÝÑ LM を用いて,x P Hq pLM q に対して,Δpxq “ ρ˚ pe b xq とおく. ここで,e は H1 pS 1 q – Z の生成元である.このようにして定まる Δ は,定 義より Δ2 “ 0 を満たす.
H˚ pLM q の次数を d ずらして,H˚ pLM q “ H˚`d pLM q とおく.Chas– Sullivan によって,次が示された. 定理 4.6.1 H˚ pLM q は以下の構造をもつ.
(1) H˚ pLM q はループ積に関して,次数付き可換代数である. (2) ブラケット tα, βu “ p´1q|α| Δpα ¨ βq ´ p´1q|α| Δpαq ¨ β ´ α ¨ Δpβq
142
第 4 章 ホモロジー接続とホロノミー写像
はそれぞれの変数について微分演算子である.ここで,|α| は α の H˚ pLM q における次数を表す.
H˚ pLM q の定理で述べた代数構造は,BV 代数 (Batalin–Vilkovisky algebra) とよばれる.さらに,H˚ pLM q はブラケット t¨, ¨u により次数付きリー 代数の構造をもつことが示される.このように,H˚ pLM q は,次数付き可換 代数と次数付きリー代数の構造をあわせもつ. ループ積と弦の相互作用を,位相的場の理論の立場からながめてみよう.
p1 ` 1q 次元位相的場の理論とは,次のような枠組みである.まず,S 1 に対 して線形空間 V を対応させる.また,S 1 の共通部分をもたない k 個の和集 合に対して,V の k 個のテンソル積を対応させる.ただし,S 1 には向きが与 えられているとして,向きを反対にすると V の双対空間が対応するものとす る.また空集合に対しては,1 次元線形空間 R を対応させる.図 4.3 のよう に,1 次元多様体 X1 と X2 を境界とするような 2 次元多様体 Y を X1 から X2 へのコボルディズムとよぶ.X1 , X2 に対して上のように定まる線形空間 を V1 , V2 として,コボルディズム Y に対しては,V1 から V2 への線形写像 を対応させる.ただし,Y が直積 X ˆ I のときは,この写像は恒等写像とす る.これらの線形写像は Y の位相型のみによるとする.
図 4.3 コボルディズム
ループの相互作用を表す図 4.4 (1) の曲面 P によって,V に積構造 m : V ˆ V ÝÑ V が定まる.また,図 4.4 (2) の曲面は線形形式 Tr : V ÝÑ R を与える.これらの合成として,非退化な双線形形式 x¨, ¨y : V ˆ V ÝÑ R が xx, yy “ Trpmpx, yqq によって定まる.ここで,V に定まる積 m は可換で結 合律を満たす.結合律は図 4.5 のように表される.このようにして,p1 ` 1q 次元位相的場の理論から定まる V の積構造を Frobenius 代数とよぶ. V として自由ループ空間のホモロジー H˚ pLM q をとる.まず,図 4.4 (1) の曲面 P に対して定まる線形写像がループ積にほかならないことを説明しよ
4.6 自由ループ空間のホモロジーの代数構造
図 4.4 (1) ループの相互作用を表す曲面 P
143
(2) トレースに対応する曲面
=
図 4.5 位相的場の理論における結合律
う.曲面 P から多様体 M への連続写像全体 MappP, M q を考える.写像を
P の左右の境界にそれぞれ制限することにより, ρin : MappP, M q ÝÑ LM ˆ LM ρout : MappP, M q ÝÑ LM が得られる.曲面 P はホモトピーによって,8 の字型に変形できることを用 いると,図 4.2 で説明したチェインの交差によって ρin から写像
Hp pLM q ˆ Hq pLM q ÝÑ Hp`q´d pMappP, M qq が導かれる.これを ρout が誘導する写像
Hp`q´d pMappP, M qq ÝÑ Hp`q´d pLM q と合成することにより,ループ積 μ が得られる.一般的なコボルディズムに ついては,曲面を基本的なブロックへ分解することにより,曲面 P の定める ループ積の合成として,コボルディズムに対応する線形写像が得られる.
ୈ
5 ষ جຊͱ܈ de Rham ϗϞτϐʔ
5.1 1 次微分形式の反復積分と基本群 1.2 節では,1 次微分形式の反復積分についてのホモトピー不変性を扱った が,ここでは,それを発展させて,多様体の基本群との関係を述べる.M を 可微分多様体として,基点 x0 P M を固定する.基点を x0 とする M の基本 群を π1 pM, x0 q で表す. ř 一般に,群 G の群環を ZG と表す.ZG の要素は,形式的な有限和 i ai gi , ai P Z, gi P G で表され,和は ÿ ÿ ÿ ai gi ` bi gi “ pai ` bi qgi i
i
で定める.また,積は
´ÿ i
ai gi
¯´ÿ j
i
¯ ÿ´ ÿ bj gj “ k
¯ ai bj gk
gi gj “gk
で与えられる.群環を ZG から整数環 Z への準同型写像 ε : ZG ÝÑ Z が,
g P G に対して,εpgq “ 1 とおくことにより定まる.準同型写像 ε の核 Ker ε “ tx P ZG | εpxq “ 0u は,ZG のイデアルとなり,これを J で表す.イデアル J は,g ´ 1, g P G の形の要素の線形結合として表される.ここで,1 は群 G の単位元である. 準同型写像 ε を添加写像 (augmentation map), イデアル J を添加イデアル
(augmentation ideal) とよぶ.K を実数体 R または複素数体 C とする.K ř 上の群環 KG は,形式的な有限和 i ai gi , ai P K, gi P G に,上と同様に 和と積を定めることにより定義される.ここでは,G が多様体 M の基本群 π1 pM, x0 q である場合にその群環を扱う. 2.4 節で定義した M の de Rham 複体 A˚ pM q から定まるバー複体 B ˚ pM q
146
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
を考える.これまでと同様に,B ˚ pM q の次数 q の部分を B q pM q で表す.こ の節では,主に q “ 0, 1 の場合を扱う.とくに,B 0 pM q は,M 上の 1 次微 分形式の反復積分で生成される.また,外微分
d : B 0 pM q ÝÑ B 1 pM q の具体的な形は命題 2.4.1 で与えられている.1 次微分形式 ω1 , . . . , ωk につ いては,νj “ 0, 1 ď j ď k となるので,
ż
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
d “´
k ż ÿ
ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 dωj ωj`1 ¨ ¨ ¨ ωk
j“1
´
k´1 ÿż
ω1 ¨ ¨ ¨ ωj´1 pωj ^ ωj`1 qωj`2 ¨ ¨ ¨ ωk
j“1
と表される.B 0 pM q の要素は,ループ空間 ΩM 上の関数を与える.具体的
ş
には,1 次微分形式の反復積分 z “ ω1 ¨ ¨ ¨ ωk の γ P ΩM における値は,
ż
zpγq “
ω1 ω2 ¨ ¨ ¨ ωk γ
ż “
0ďt1 﨨¨ďtk ď1
f1 pt1 qf2 pt2 q ¨ ¨ ¨ fk ptk q dt1 dt2 ¨ ¨ ¨ dtk
で与えられる.ここで,γ ˚ ωj “ fj ptq dt, 1 ď j ď k とおいた.これを線形 に拡張して,写像
B0 pM q ˆ ΩM ÝÑ R
(5.1)
が,z P B 0 pM q, γ P ΩM に対して,zpγq を対応させることにより定まる. 次の補題が成立する. 補題 5.1.1 多様体 M の x0 を基点とするループ γ0 , γ1 が互いにホモトープ とする.B 0 pM q の要素 z が,dz “ 0 を満たすならば,zpγ0 q “ zpγ1 q となる. [証明] F : IˆI ÝÑ M を γ0 と γ1 の間のホモトピー として,F ps, tq “ γs ptq とおく.反復積分 z “
ř
i1 ,...,ik
ると,
f psq “
ş ai1 ¨¨¨ik ωi1 ¨ ¨ ¨ ωik が dz “ 0 を満たすとす
ÿ i1 ,...,ik
ż ai1 ¨¨¨ik
γs
ωi1 ¨ ¨ ¨ ωik
は,s の関数として,f 1 psq “ 0 となる.よって,f p0q “ f p1q となり,補題
5.1 1 次微分形式の反復積分と基本群
147 [ \
が示された.
バー複体 B ˚ pM q の 0 次コホモロジー群を H 0 pB ˚ pM qq で表すと,(5.1) か ら,写像
H 0 pB ˚ pM qq ˆ π1 pM, x0 q ÝÑ R が導かれる.さらに,B 0 pM q の要素 z が,dz “ 0 を満たすとき,群環
Zπ1 pM, x0 q の要素に対して, ¯ ÿ ´ÿ z ai gi “ ai zpgi q, i
ai P Z, gi P π1 pM, x0 q
i
と定義すると,双線形写像
H 0 pB ˚ pM qq ˆ Zπ1 pM, x0 q ÝÑ R
(5.2)
が得られる.言い換えると,1 次微分形式の反復積分により,準同型写像
I : H 0 pB ˚ pM qq ÝÑ HompZπ1 pM, x0 q, Rq
(5.3)
が定まる.
2.4 節で定義した反復積分の長さによるフィルトレーション B˚ pM qk , k “ 0, 1, . . . を F ´k B ˚ pM q とおく.フィルトレーション R “ F 0 B ˚ pM q Ă F ´1 B ˚ pM q Ă ¨ ¨ ¨ は,外微分 d で保たれるので,コホモロジー H 0 pB ˚ pM qq のフィルトレーショ ンが導かれる.このようにして得られるフィルトレーションを
R “ F 0 H 0 pB˚ pM qq Ă F ´1 H 0 pB ˚ pM qq Ă ¨ ¨ ¨ で表す.このフィルトレーションと準同型写像 (5.3) との関係を調べよう.長 さ k の反復積分が,基本群のどのような情報を抽出しているかを明らかにす るのが,今後の目標である. まず,反復積分の長さが 1 の場合,つまり,通常の 1 次微分形式のループ
ş
に沿った積分の場合を考える.M 上の 1 次微分形式 ω に対して ω をループ 空間 ΩM 上の関数とみなして zpγq “
ş
ω とおく.2.3 節で述べたように ż ż d ω “ ´ dω γ
γ
γ
であった.このことから,ループ空間上の関数 zpγq “
ş γ
ω が,dz “ 0 を満
たすための条件は,dω “ 0 となる.したがって,F ´1 H 0 pB ˚ pM q の要素は,
148
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
ş M 上の閉形式 ω に対して定まる,ΩM 上の関数 ω として表される.1 次微 ş 分形式 ω が完全形式であるときは,任意のループ γ について, γ ω “ 0 とな るので,zpγq はつねに 0 である.1 次閉形式 ω に対して,加法性 ż ż ż ω“ ω ` ω, α, β P π1 pM, x0 q αβ
α
β
が成立することから,x P Zπ1 pM, x0 q がイデアル J 2 の要素であるとき,
zpxq “ 0 となることが次のように示される.イデアル J 2 の要素 x は pα ´ 1qpβ ´ 1q, α, β P π1 pM, x0 q の形の要素の線形結合で書けるので,x “ pα ´ 1qpβ ´ 1q と表されるときに確かめておけば十分である.実際,このと き,z の加法性と zp1q “ 0 より zpxq “ zpαβ ´ α ´ β ` 1q “ 0 が成り立つ.したがって,準同型写像 (5.3) より,
I1 : F ´1 H 0 pB˚ pM qq ÝÑ HompZπ1 pM, x0 q{J 2 , Rq が導かれることがわかる.一般には,次の補題が成立する. 補題 5.1.2 反復積分により,準同型写像
Ik : F ´k H 0 pB ˚ pM qq ÝÑ HompZπ1 pM, x0 q{J k`1 , Rq が導かれる. [証明]イデアル J k`1 の要素は,
pα1 ´ 1qpα2 ´ 1q ¨ ¨ ¨ pαk`1 ´ 1q,
α1 , α2 . . . , αk`1 P π1 pM, x0 q
の線形結合で表される.一般に,M 上の 1 次微分形式 ω1 , . . . , ωk と,M 上 の x0 を基点とするループ γ1 , . . . , γ に対して,k ă ならば,
ÿ
p´1q´ 1 ´¨¨¨´
j “0,1
ż
γ11 ¨¨¨γ
ω1 ¨ ¨ ¨ ωk “ 0
(5.4)
となることを示す.ここで,和は j “ 0, 1, 1 ď j ď についてとり,γj0 は,
x0 を基点とする定数ループを表す.反復積分 ż ω 1 ¨ ¨ ¨ ωk
(5.5)
γ11 ¨¨¨γ
に,命題 2.3.6 を繰り返し用いて,γ1 , . . . , γk についての反復積分で表示す
5.2 基本群についての Chen の定理の証明
149
る.例えば
ż ω1 ω2 “ γ1 γ2 γ3
3 ż ÿ
ω1 ω2 `
i“1 γi
ż
ÿ
ż ω1
1ďiăjď3 γi
ω2 γj
と表される.このように,反復積分 (5.5) を γ1 , . . . , γl についての反復積分で 表すと,和に現れるそれぞれの項は,γ1 , . . . , γl のうち,高々k 個のループに 関する反復積分からなる.したがって,k ă のとき,式 (5.5) の交代和をと ると,これらは互いに打ち消し合って 0 になることが確かめられて,式 (5.4)
[ \
が成立する.以上で補題が証明された.
反復積分の長さ k “ 1 の場合は,基本群を可換化した 1 次元ホモロジー群 についての情報が得られるのみであるが,k を増やすにつれて,反復積分に よって,基本群の非可換な情報が抽出される.Chen により,次の定理が知ら れている. 定理 5.1.3 (K. -T. Chen [17]) 反復積分による準同型写像 Ik により,同型
F ´k H 0 pB ˚ pM qq – HompZπ1 pM, x0 q{J k`1 , Rq が得られる. 定理 5.1.3 は,次節で証明する.
5.2 基本群についての Chen の定理の証明 この節では,前節で述べた,基本群についての Chen の定理 5.1.3 を証明 する.単連結な多様体 M に対するバー複体とループ空間のコホモロジーの 議論と同様に,M の de Rham 複体のある部分複体から構成されるバー複体 についての定理を証明する.
M の de Rham 複体 A˚ pM q の部分複体 A “ (2) を満たすと仮定する.
À qě0
Aq が次の性質 (1),
À (1) A “ qě0 Aq は,外積について閉じている. (2) 包含写像 i : A ÝÑ A˚ pM q は 1 次元コホモロジー群の同型 1 H 1 pAq – HDR pM q
と 2 次元コホモロジー群の間の単射準同型 2 H 2 pAq ÝÑ HDR pM q
150
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
を誘導する. このような A に対して,被約複体 A を
$ ’ qă0 ’ &0, q 1 0 A “ A {dA , q “ 0 ’ ’ % q`1 qą0 A ,
で定義する.
˚
3.3 節と同様に,A によって定まる被約バー複体を B pAq で表す.反復積 ˚ 分の長さによるフィルトレーション F ´k pB pAqq が定まる.前節と同じ構成 により,1 次微分形式の反復積分による準同型写像 ˚
I : H 0 pB pAqq ÝÑ HompZπ1 pM, x0 q, Rq
(5.6)
˚
が定義される.さらにフィルトレーション F ´k pB pAqq が 0 次元コホモロ ˚
ジー群 H 0 pB pAqq に誘導するフィルトレーションに対して,準同型写像 ˚
Ik : F ´k H 0 pB pAqq ÝÑ HompZπ1 pM, x0 q{J k`1 , Rq が導かれる.これを用いて,基本群についての Chen の定理は次のように定 式化される. 定理 5.2.1 反復積分による準同型写像により,同型 ˚
F ´k H 0 pB pAqq – HompZπ1 pM, x0 q{J k`1 , Rq が得られる. 定理 5.1.3 は,上の定理で A を多様体 M の de Rham 複体とすることによ り導かれる.以下,いくつかのステップに分けて定理 5.2.1 を証明する.
3.1 節で定義したループ空間 ΩM のキューブチェイン複体 C˚ pΩM q は,代 数の構造をもつ.単位元は定数ループ rx0 s であり,これを 1 とも表す.準同 型写像
: C˚ pΩM q ÝÑ Z を,z P C0 pΩM q が 0 次元キューブのときは pzq “ 1, 次元が正のキューブ
z については,pzq “ 0 で定める.また,Ker は C˚ pΩM q のイデアルとな るが,これを J で表す.コチェイン複体 C ˚ pΩM ; Rq “ HompC˚ pΩM q, Rq について,
F ´k C ˚ pΩM q “ tx P C ˚ pΩM ; Rq | xx, J k`1 y “ 0u,
kě0
5.2 基本群についての Chen の定理の証明
151
とおく.このようにして,コチェイン複体 C ˚ pΩM ; Rq の部分複体からなる フィルトレーション
R “ F 0 C ˚ pΩM q Ă F ´1 C ˚ pΩM q Ă ¨ ¨ ¨ Ă F ´k C ˚ pΩM q Ă ¨ ¨ ¨ が得られる.このフィルトレーションがコチェイン複体 C ˚ pΩM ; Rq の 0 次 コホモロジー H 0 pΩM ; Rq に誘導するフィルトレーション F ´k H 0 pΩM ; Rq,
k “ 0, 1, . . . は,基本群と次のように関係している. 補題 5.2.2 フィルトレーション F ´k H 0 pΩM ; Rq, k “ 0, 1, . . . について, 同型
F ´k H 0 pΩM ; Rq – HompZπ1 pM, x0 q{J k`1 , Rq が成立する. [証明]チェイン複体 C˚ pΩM q の 0 次ホモロジーについて,代数としての 同型
H0 pΩM q – Zπ1 pM, x0 q
(5.7)
が成立する.したがって,コチェイン複体 C ˚ pΩM ; Rq の 0 次コホモロジー
H 0 pΩM ; Rq について,同型 H 0 pΩM ; Rq – HompZπ1 pM, x0 q, Rq が得られる.基点が x0 であるようなループ α について, (5.7) による同一視 によって,α が表す 0 次元サイクルと基本群 π1 pM, x0 q の要素を同じ記号 rαs で表す.イデアル J k`1 Ă Zπ1 pM, x0 q は
prα1 s ´ 1q ¨ ¨ ¨ prαk`1 s ´ 1q,
α1 , . . . , αk`1 P ΩM
の形の要素で生成される.したがって,準同型写像 f : Zπ1 pM, x0 q ÝÑ R がイデアル J k`1 上で 0 になる条件は,f を C 0 pΩM ; Rq の要素とみなして, 対応するコホモロジー類が F ´k H 0 pΩM ; Rq に属する条件と同値である.し たがって,求める同型が示された.
[ \
˚
次に,バー複体 B pAq とコチェイン複体 C ˚ pΩM ; Rq との関係を考察し
ş
よう.反復積分 ω1 ¨ ¨ ¨ ωk は,ループ空間 ΩM 上の微分形式となるので,こ れを ΩM 上のキュープチェイン上で積分することにより,C ˚ pΩM ; Rq の要 素が定まる.つまり,反復積分により,コチェイン写像 ˚
B pAq ÝÑ C ˚ pΩM ; Rq
(5.8)
152
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
ş
が自然に定まる.補題 5.1.2 より,反復積分 ω1 ¨ ¨ ¨ ωk はイデアル J k`1 上 で 0 となる.したがって,コチェイン写像 (5.8) はフィルトレーションを保つ.
3.4 節と同様に,多様体 M の x0 を基点とする特異チェイン複体 C˚ pM q を用 いて,Adams のコバー構成 F pC˚ q とチェイン写像 μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q を考える.被約チェイン複体 C ˚ pM q を $ &C pM q, q “ 0, 1 q`1 C q pM q “ %0, q ‰ 0, 1 で定義する.チェイン写像 μ : F pC˚ q ÝÑ C˚ pΩM q は 0 次元ホモロジー群 の同型
H0 pF pC˚ qq – H0 pΩM q を誘導する.写像 μ を C 0 pM q ‘ C 1 pM q に制限すると
μ : C 0 pM q ‘ C 1 pM q ÝÑ C˚ pΩM q の像は,添加イデアル J Ă C˚ pΩM q に含まれる.自然な射影 J ÝÑ J {J 2 との合成を
μ : C 0 pM q ‘ C 1 pM q ÝÑ J {J 2 で表すと,次が成立する. 補題 5.2.3 上のように定義した
μ : C 0 pM q ‘ C 1 pM q ÝÑ J {J 2 はチェイン写像である.さらに,μ によりチェイン写像 k â
rC 0 pM q ‘ C 1 pM qs ÝÑ J k {J k`1
が導かれる. [証明] M の 2 次元単体 σ : Δ2 ÝÑ M に対して,Bi σ : Δ1 ÝÑ M ,
i “ 0, 1, 2 は x0 を基点とする M のループを与える.これを,ΩM の 0 次元 単体とみなして,rσi s で表すと,
Bμpσq “ ´rσ1 s ` rσ2 srσ0 s が成り立つ.一方
μpBσq “ prσ0 s ´ 1q ´ prσ1 s ´ 1q ` prσ2 s ´ 1q
5.2 基本群についての Chen の定理の証明
153
となるので,
Bμpσq ´ μpBσq “ prσ0 s ´ 1qprσ2 s ´ 1q P J 2 が得られる.したがって,μ : C 0 pM q ‘ C 1 pM q ÝÑ J {J 2 はチェイン写像 であることが示された.テンソル積については,境界作用素を
Bpx b yq “ Bx b y ` p´1qp x b By,
deg x “ p
を満たすように定めると,チェイン写像 k â
pJ {J 2 q ÝÑ J k {J k`1
が,x1 b¨ ¨ ¨bxk , xj P J {J 2 , 1 ď j ď k に対して,積 x1 ¨ ¨ ¨ xk P J k {J k`1 を対応させることにより得られる.チェイン写像 k â
rC 0 pM q ‘ C 1 pM qs ÝÑ
k â
pJ {J 2 q
と合成して,求めるチェイン写像が得られる.
[ \
補題 5.2.4 ループ空間 ΩM のコチェイン複体に定義されたフィルトレーショ ン F ´k C ˚ pΩM q, k “ 0, 1, . . . について,同型
Gr´k C ˚ pΩM q – HompJ k {J k`1 , Rq が成立する. [証明] F ´k C ˚ pΩM q の要素は,定義より J k`1 上 0 になるので,準同型 写像
F ´k C ˚ pΩM q – HompJ k {J k`1 , Rq が定まる.この写像の核は,J k の上で 0 になるコチェイン全体であるから,
F ´k`1 と一致する.よって,同型 F ´k C ˚ pΩM q{F ´k`1 C ˚ pΩM q – HompJ k {J k`1 , Rq が得られ,補題が証明された.
[ \
補題 5.2.5 フィルトレーションを保つコチェイン写像 (5.8) から導かれる準 同型写像
˚
Gr´k B pAq ÝÑ Gr´k C ˚ pΩM q
154
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
について,同型 ˚
H 0 pGr´k B pAqq – H 0 pGr´k C ˚ pΩM qq が成立する.また,1 次元コホモロジー群に導かれる写像 ˚
H 1 pGr´k B pAqq ÝÑ H 1 pGr´k C ˚ pΩM qq は単射である. [証明]補題 5.2.3 で構成したチェイン写像
J {J k
k`1
Âk
rC 0 pM q ‘ C 1 pM qs ÝÑ
の双対をとると,補題 5.2.4 とあわせて,コチェイン写像
Gr´k C ˚ pΩM q ÝÑ
k â
rC 1 pM q ‘ C 2 pM qs
が得られる.また,補題 3.5.4 で示した同型を用いて,コチェイン写像の合成 k â
A ÝÑ Gr´k C ˚ pΩM q ÝÑ
k â
rC 1 pM q ‘ C 2 pM qs (5.9) Âk を得る.ここで,この節のはじめの A に関する条件 (2) より,写像 A ÝÑ Âk 1 2 rC pM q ‘ C pM qs は,0 次元コホモロジー群の同型 ˚
H 0 pbk Aq – H 0 pbk C pM qq と 1 次元コホモロジー群の単射 H 1 pbk Aq ÝÑ H 1 pbk rC 1 pM q ‘ C 2 pM qsq を導く.したがって,(5.9) の写像がコホモロジー群に誘導する写像 ˚
H q pGr´k B pAqq ÝÑ H q pGr´k C ˚ pΩM qq
(5.10)
は,q “ 0, 1 のとき,単射になる.さらに,q “ 0 のときは,
H0 pbk rC 0 pM q ‘ C 1 pM qsq ÝÑ H0 pJ k {J k`1 q が全射であることから,
H 0 pGr´k C ˚ pΩM qq ÝÑ H 0 pbk rC 1 pM q ‘ C 2 pM qsq は単射となる.したがって,コチェイン写像の合成 (5.9) において,0 次元コ ホモロジーをとると,写像 (5.10) は,q “ 0 のとき同型となることが導かれ
[ \
る.以上で,補題が証明された. ˚
被約バー複体 B pAq のフィルトレーションから定まるスペクトル系列の
E1 項について, ˚
˚
E1´k,k pB pAqq – H 0 pGr´k B pAqq
5.2 基本群についての Chen の定理の証明 ˚
155
˚
E1´k,k`1 pB pAqq – H 1 pGr´k B pAqq が成立する.ループ空間のコチェイン複体 C ˚ pΩM q のフィルトレーション から定まるスペクトル系列の E1 項についても同様なので,上の補題 5.2.5 よ り,同型
˚
E1´k,k pB pAqq – E1´k,k pC ˚ pΩM qq
(5.11)
と,単射準同型 ˚
E1´k,k`1 pB pAqq ÝÑ E1´k,k`1 pC ˚ pΩM qq
(5.12)
˚
が得られる.また,B pAq, C ˚ pΩM q とも次数が負の部分は 0 であること から,
dr : Er´k,k ÝÑ Er´k`r,k´r`1 ´k,k
について,Ker dr “ Er`1 が成り立つ.つまり, ´k,k 0 ÝÝÝÝÑ Er`1 ÝÝÝÝÑ Er´k,k ÝÝÝrÝÑ Er´k`r,k´r`1 d
は完全列となる.ここで,次の補題を用いる. 補題 5.2.6 下の可換図式において,それぞれの行は完全列で,φ2 は同型写 像,かつ φ3 は単射とする. α
0 ÝÝÝÝÑ A1 ÝÝÝÝÑ A2 ÝÝÝÝÑ A3 § § § § § § φ1 đ φ2 đ φ3 đ β
0 ÝÝÝÝÑ B1 ÝÝÝÝÑ B2 ÝÝÝÝÑ B3 このとき,φ1 は同型写像となり,φ3 は単射
A3 {αpA2 q ÝÑ B3 {βpB2 q を誘導する. この補題は,図式の追跡によって容易に示されるので,証明は省略する.以 上の準備のもとに,定理 5.2.1 を証明しよう.まず,スペクトル系列について 同型
˚
Er´k,k pB pAqq – Er´k,k pC ˚ pΩM qq と,写像
˚
Er´k,k`1 pB pAqq ÝÑ Er´k,k`1 pC ˚ pΩM qq
(5.13)
(5.14)
156
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
の単射性がすべての r について成り立つことを r についての帰納法で示す. すでに,(5.11), (5.12) で r “ 1 の場合は証明されている.スペクトル系列の
´k`r`1,k´r Er`1 項について,Er`1 は Er´k`r,k´r`1 {dr pEr´k,k q の部分空間で あることに注意して,補題 5.2.6 を用いると,Er 項についての,同型 (5.13) と単射 (5.14) から,Er`1 項について対応する結果が導かれる.以上で,帰
納法による証明が完了した. ここで,スペクトル系列の微分
dr : Er´k,k ÝÑ Er´k`r,k´r`1 において,r ě k のとき,Er´k`r,k´r`1 “ 0 となるので dr はつねに 0 とな る.したがって,r ě k ならば ´k,k Er´k,k – Ek´k,k – E8
が成立する.これをすべての r についての同型 (5.13) とあわせると E8 項の 同型
˚
´k,k ´k,k E8 pB pAqq – E8 pC ˚ pΩM qq
が導かれ,
(5.15)
˚
Gr´k H 0 pB pAqq – Gr´k H 0 pC ˚ pΩM qq が得られる.さらに,0 次コホモロジー上のそれぞれのフィルトレーション について同型
˚
F ´k H 0 pB pAqq – F ´k H 0 pC ˚ pΩM qq が成立することがわかる.この同型と,補題 5.2.4 とをあわせて定理 5.2.1 が 証明された. 本書では,1 次微分形式の反復積分と基本群との関係について扱ったが,1 次微分形式の反復積分による道の空間の要素の判別性については,次の結果が
Chen [15] によって知られている.M を可微分多様体として,PpM ; x0 , x1 q を M の点 x0 から x1 に至る区分的になめらかな道の空間とする.PpM ; x0 , x1 q の要素が既約であるとは,区分的になめらかな道 α, β, γ を用いて,道の合成 として αγγ ´1 β の形に表されないことである.PpM ; x0 , x1 q の既約な要素 γ1 , γ2 について,γ1 ‰ γ2 ならば,M 上の 1 次微分形式 ω1 , . . . , ωr が存在 して
ż
ż ω1 ¨ ¨ ¨ ωr “
γ1
が成立する.
ω 1 ¨ ¨ ¨ ωr γ2
5.3 基本群のホロノミー表現
157
5.3 基本群のホロノミー表現 可積分接続のモノドロミー表現として得られる基本群の表現を反復積分の 和によって表すことは,すでに 4.1 節などで説明した.この節では,ホモロ ジー接続の手法を用いることによって,このような基本群の表現の普遍的な 表示を構成することを述べる.
M を可微分多様体とする.M のホモロジー群 H˚ pM ; Rq は有限次元とし, 4.2 節と同様に,線形空間 V “ H` pM ; Rq で生成されるテンソル代数 T pV q を考える.ホモロジー群 H1 pM ; Rq の基底を z1 , . . . , z として,これに付け 加えて得られるホモロジー群 H` pM ; Rq の基底を z1 , . . . , z , z`1 , . . . , zm と する.テンソル代数 T pV q は,z1 , . . . , zm に対応する不定元 X1 , . . . , Xm で 生成される非可換多項式環 RxX1 , . . . , Xm y とみなせる.これまでと同様に, zj が qj 次のホモロジーに属するとき,deg Xj “ qj ´ 1 とする. 多様体 M が単連結の場合には,X1 , . . . , Xm の次数がすべて正になるので, RxxX1 , . . . , Xm yy の次数が q の部分 RxxX1 , . . . , Xm yyq は有限個の単項式 で生成されていて,RxX1 , . . . , Xm yq と同一視することができた.この節で は,単連結でない場合も扱っているので,次数が 0 の生成元 X1 , . . . , X が 現れることに注意しよう.次数が 0 の部分 RxxX1 , . . . , Xm yy0 は形式的ベキ 級数環 RxxX1 , . . . , X yy とみなすことにする. ここで,ω1 , . . . , ωm を M 上の閉微分形式で,これらの表す de Rham コ ホモロジー類が,z1 , . . . , zm の双対基底になるようにとる.4.2 節と同様に, M 上の形式的ベキ級数接続 ω“
m ÿ
ωi b Xi ` ¨ ¨ ¨ `
i“1
ÿ
ωi1 ¨¨¨ik b Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
i1 ¨¨¨ik
および,その曲率
κ “ dω ´ εpωq ^ ω が定義される.また,ホモロジー接続の概念が,形式的ベキ級数接続 ω と
RxxX1 , . . . , Xm yy の微分演算子 δ の組で平坦条件 δω ` κ “ 0 を満たすものとして定義される.ホモロジー接続 ω の次数 0 部分 ω0 は
A1 pM q b RxxX1 , . . . , Xm yy0 の要素とみなされ,一般には無限和になる. 曲率についても
κ0 “ dω0 ` ω0 ^ ω0
158
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
とおく.微分形式としては ω0 は 1 次であり,κ の次数 0 の部分 κ0 は,4.1 節で扱った,通常の接続の曲率の概念に対応する.ホモロジー接続の帰納的 な構成方法も,単連結の場合と同様にできるが,一般には ω0 が無限和にな ることに注意する必要がある. ホモロジー接続 ω によるトランスポートは反復積分の和 8 ż ÿ
T “1`
ω¨¨¨ω loomoon
k“1
k
であった.これを用いて,4.3 節と同様に,ホロノミー写像
Θ : C˚ pΩM q b R ÝÑ RxxX1 , . . . , Xm yy を Θpcq “ xT, cy, c P C˚ pΩM q で定義する.これは,チェイン写像となる. とくに,Θ が 0 次元ホモロジー群に誘導する写像
H0 pΩM ; Rq ÝÑ H0 pRxxX1 , . . . , Xm yy, δq に注目しよう.ホモロジー H0 pΩM ; Rq はループの合成によって,積の構造 が入り,基本群の R 上の群環 Rπ1 pM, x0 q と同型である.また,境界作用素
δ : RxxX1 , . . . , Xm yy1 ÝÑ RxxX1 , . . . , Xm yy0 の像を N で表すと,これは RxxX1 , . . . , X yy のイデアルであり,チェイン複体 pRxxX1 , . . . , Xm yy, δq の 0 次元のホモロジーは H0 pRxxX1 , . . . , Xm yy, δq “ RxxX1 , . . . , X yy{N と表示することができる.このようにして,Θ によって,ホロノミー準同型 写像
Θ0 : Rπ1 pM, x0 q ÝÑ RxxX1 , . . . , X yy{N が導かれる.この写像は,1 次微分形式の反復積分の無限和
Θ0 pγq “ 1 `
8 ż ÿ k“1
γ
ω 0 ¨ ¨ ¨ ω0 looomooon k
で与えられる.添加写像 ε : Rπ1 pM, x0 q ÝÑ R の核を J とおく.また,
RxxX1 , . . . , X yy についても,定数項が 0 になるようなベキ級数全体からな る添加イデアルを Jp で表す.次の定理が成り立つ. 定理 5.3.1 ホロノミー準同型写像 Θ0 は,R 上の代数としての同型
Rπ1 pM, x0 q{J k`1 – RxxX1 , . . . , X yy{pN ` Jpk`1 q
5.3 基本群のホロノミー表現
159
を導く. [証明] 3.4 節で定義した F pC˚ q について F pC˚ qR “ F pC˚ q b R とおく. フィルトレーションを保つ準同型写像
Θ ˝ μ : F pC˚ qR ÝÑ RxxX1 , . . . , Xm yy から導かれるスペクトル系列の間の写像を考える.E 0 項の次数 0 の部分よ り,線形写像
k â
C 0 pM ; Rq ÝÑ Jpk {Jpk`1
が得られる.このスペクトル系列の E 1 項の次数 0 の部分より,線形同型 k â
H1 pM ; Rq ÝÑ Jpk {Jpk`1
が得られる.ここで,
H0 pF pC˚ qR q – H0 pΩM ; Rq – H0 pRxxX1 , . . . , Xm yy, δq は,フィルトレーションを保つ同型であることを用いると,上のスペクトル 系列の E 8 項に導かれる同型写像より,求める結果が得られる.
[ \
射影極限をとって,群環の完備化を k`1 Rp π1 pM, x0 q “ lim ÐÝ Rπ1 pM, x0 q{J
で定義すると,次の系が得られる. 系 5.3.2 ホロノミー準同型写像により,R 上の Hopf 代数としての同型
Rp π1 pM, x0 q – RxxX1 , . . . , X yy{N が得られる.
Hopf 代数については 5.4 節であらためて説明する. 例 5.3.3 M を R2 から相異なる 個の点 p1 , . . . , p を除いた領域とする.de 1 Rham コホモロジー群 HDR pM q の基底を与える 1 次閉微分形式を ω1 , . . . , ω q とする.ここで,HDR pM q – 0, q ‰ 0, 1 である.上の ω1 , . . . , ω の表すコ
ホモロジー類と双対なホモロジー群の基底をとり,これらに対応する不定元 を,X1 , . . . , X とする.このとき,ホモロジー接続は
ω“
ÿ i“1
ω i Xi ,
δXi “ 0,
1ďiď
160
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
で与えられる.基本群 π1 pM q は,ランク の自由群となるが,その群環の完 備化は
Rp π1 pM q – RxxX1 , . . . , X yy と表される. 例 5.3.4(種数 g の閉曲面) Σg を種数 g の向き付けられた閉曲面とする.
Σg の適当な Riemann 計量に関する体積要素を σ として,de Rham コホモ 1 ロジー群 HDR pΣg q の基底を与える 1 次微分形式 ω1 , ω2 , . . . , ω2g´1 , ω2g を,
ω1 ^ ω2 “ ¨ ¨ ¨ “ ω2g´1 ^ ω2g “ σ となるようにとる.微分形式 ω1 , ω2 , . . . , ω2g´1 , ω2g , σ の表すコホモロジー類 と双対なホモロジー群の基底に対応する不定元を,X1 , X2 , . . . , X2g´1 , X2g , Y とする.ホモロジー接続は
ω“
2g ÿ
ωi Xi ` σY
i“1
で与えられる.微分演算子 δ は
δXi “ 0,
1 ď i ď 2g,
δY “ ´
g ÿ
rX2i´1 , X2i s
i“1
で定まる.ここで,rX2i´1 , X2i s は Lie ブラケットで
X2i´1 X2i ´ X2i X2i´1 を示す.基本群 π1 pΣg q の群環の完備化は
Rp π1 pΣg q – RxxX1 , . . . , X2g yy{N řg と表される.ただし,N は Lie ブラケットの和 i“1 rX2i´1 , X2i s で生成さ れるイデアルを表す.イデアル N の生成元が Lie ブラケットで表されること から,基本群 π1 pΣg q の群環の完備化は,X1 , . . . , X2g で生成されて,関係式 řg i“1 rX2i´1 , X2i s “ 0 で定義される Lie 環の普遍展開環によって記述するこ ともできる.次節で,このような方法を一般的に説明する. 例 5.3.5 上半三角行列
¨ 1 ˚ g “ ˝0 0
˛ x z ‹ 1 y ‚, 0 1
x, y, z P R
5.3 基本群のホロノミー表現
161
からなる行列群を G として,このような行列で,成分 x, y, z が整数であるも の全体からなる部分群を GZ とおく.GZ の左作用による G の商空間 G{GZ を M とする.M は 3 次元多様体の構造をもち,ベキ零多様体の一例である. ホモロジー群は
$ ’ ’ &Z, Hq pM ; Zq “ Z ‘ Z, ’ ’ % 0,
q “ 0, 3 q “ 1, 2 それ以外の場合
となることが確かめられる.このとき, 上の g P G に対して
¨ 0 dx ˚ g ´1 dg “ ˝0 0 0 0
˛ ´x dy ` dz ‹ dy ‚ 0
の各成分は GZ の左作用で不変であり,M 上の 1 次微分形式を定める.1 次 1 元 de Rham コホモロジー HDR pM q は,ω1 “ dx, ω2 “ dy で代表される.
このとき,ω12 “ ´x dy ` dz とおくと,
ω1 ^ ω2 “ ´dω12 となり,ω1 ^ ω2 の表す 2 次元 de Rham コホモロジー類は 0 である.2 次元 2 de Rham コホモロジー HDR pM q は,ω1 ^ ω12 , ω2 ^ ω12 で代表される.こ こで,微分形式 ω1 , ω2 , ω1 ^ ω12 , ω2 ^ ω12 の表す de Rham コホモロジー類 と双対なホモロジー群の基底に対応する不定元を, それぞれ,X1 , X2 , Y1 , Y2
とおく.平坦性の条件
δω ` dω “ εpωq ^ ω を満たすように,ホモロジー接続 ω, δ を求めてみよう.まず,ω は
ω “ ω1 X1 ` ω2 X2 ` pω1 ^ ω12 q Y1 ` pω2 ^ ω12 q Y2 ` ¨ ¨ ¨ の形に表される.ここで,平坦性の条件の右辺のはじめの項を計算すると Lie ブラケット rX1 , X2 s “ X1 X2 ´ X2 X1 を用いて,
εpωq ^ ω “ ´ω1 ^ ω2 rX1 , X2 s ` ¨ ¨ ¨ の形になる.関係式 ω1 ^ ω2 “ ´dω12 を用いると,ω の X1 , X2 についての
2 次の項は ´ω12 pX1 X2 ´ X2 X1 q “ ´ω12 rX1 , X2 s
162
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
となることがわかる.また,
δX1 “ δX2 “ 0 となる.再び,平坦性の条件を使って,δY1 , δY2 を計算すると
δY1 “ rrX1 , X2 s, X1 s,
δY2 “ rrX1 , X2 s, X2 s
となることがわかる.最終的なホモロジー接続の形は
ω “ ω1 X1 ` ω2 X2 ` pω1 ^ ω12 q Y1 ` pω2 ^ ω12 q Y2 ` ω12 rX1 , X2 s となる.以上より,基本群 π1 pG{GZ q の群環の完備化は
Rp π1 pG{GZ q – RxxX1 , X2 yy{N と表される.ただし,N は Lie ブラケット rrX1 , X2 s, X1 s, rrX1 , X2 s, X2 s で 生成されるイデアルを表す.
5.4 降中心列と Lie 代数 まず,次数付き Lie 代数の概念について説明する.次数が定義された線形空 間L“
À
Lp を考える.ここで,p は非負整数で,Lp は次数が p の斉次の 要素で生成される L の線形部分空間である.L が次数付き Lie 代数 (graded Lie algebra) であるとは,次の条件 (1), (2) を満たす双線形形式 p
r¨, ¨s : Lp b Lq ÝÑ Lp`q が定義されていることである.
(1) (次数付きの可換性) rX, Y s “ ´p´1qpq rY, Xs,
X P Lp , Y P Lq
(2) (Jacobi 等式) rX, rY, Zss “ rrX, Y s, Zs ` p´1qpq rY, rX, Zss, X P Lp , Y P Lq , Z P L
上の rX, Y s は X, Y の次数つき Lie ブラケットとよばれる.とくに,n ‰ 0 のとき Ln “ 0 とすると,L は通常の意味の Lie 代数の構造をもつ.この節
5.4 降中心列と Lie 代数
163
では L が実数体 R 上の線形空間である場合を扱う. 線形空間 L で生成されるテンソル代数
TL “
¯ k à ´â L kě0
に,L の次数から定義される次数を入れる.次数付き代数 T L の
rX, Y s ´ tXY ´ p´1qpq Y Xu,
X P Lp , Y P Lq
の形の要素全体で生成されるイデアルを I として,
U L “ T L{I とおく.U L は次数付き代数の構造をもち,Lie 代数 L の普遍展開環 (universal
enveloping algebra) とよばれる. 普遍展開環 U L について, Δ : U L ÝÑ U L b U L を X P L に対して
ΔpXq “ X b 1 ` 1 b X となるような代数としての準同型写像とする.この準同型写像 Δ を余積 (co-
product) として,U L は余代数 (coalgebra) の構造をもつ.さらに,U L は : U L ÝÑ R,
S : U L ÝÑ U L
が,pXq “ 1, SpXq “ ´X, X P L によって定義され,これらによって,
Hopf 代数の構造をもつことが示される.Hopf 代数については [43] などを 参照されたい.一般に,次数付きの非可換代数 A が,A に含まれるある次数 付き Lie 環 L の普遍展開環,すなわち,A “ U L であるとき,P A “ L で表 し,P A の要素を Lie 型とよぶ.とくに,P U L = L である. 次数付きの Lie 代数 L に対して,降中心列 (lower central series) L “ Γ1 L Ą Γ2 L Ą ¨ ¨ ¨ Ą Γk L Ą Γk`1 L Ą ¨ ¨ ¨ を帰納的に,
Γ1 L “ L,
Γk`1 L “ rΓ1 L, Γk Ls,
k “ 1, 2, . . .
によって定義する.ここで,rΓ1 L, Γk Ls は,rX, Y s, X P Γ1 L, Y P Γk L に よって生成される L の部分 Lie 代数である.L がベキ零 Lie 代数 (nilpotent
164
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
Lie algebra) であるとは,ある自然数 n が存在して,Γn L “ 0 となることで ある. 降中心列 Γk L を Γk で表すと,商として得られる Lie 代数 L{Γk , k “
1, 2, . . . は,ベキ零 Lie 代数である.降中心列によって,ベキ零 Lie 代数の 拡大列
0 Ð L{Γ2 Ð L{Γ3 Ð ¨ ¨ ¨ Ð L{Γk Ð ¨ ¨ ¨ が得られる.ここで,L{Γk`1 ÝÑ L{Γk は全射であり,
0 ÝÑ Γk {Γk`1 ÝÑ L{Γk`1 ÝÑ L{Γk ÝÑ 0 は完全列となる. 第 4 章で,X1 , . . . , Xm を生成元とする,次数付きの非可換多項式環 A “
RxX1 , . . . , Xm y を扱った.その場合も余積 Δ : A ÝÑ A b A を X1 , . . . , Xm に対して
ΔpXi q “ Xi b 1 ` 1 b Xi ,
1ďiďm
となるような代数としての準同型写像とする.X1 , . . . , Xm で生成される 自由 Lie 代数 (free Lie algebra) を LpX1 , . . . , Xm q で表す.自由 Lie 代数
LpX1 , . . . , Xm q の次数がそれぞれ p, q の要素 X, Y の Lie ブラケットは rX, Y s “ XY ´ p´1qpq Y X で与えられる.このとき,P A “ LpX1 , . . . , Xm q であり,その普遍展開環は, 非可換多項式環 RxX1 , . . . , Xm y と一致する. 自由 Lie 代数 LpX1 , . . . , Xm q に対して,
p 1 , . . . , Xm q “ lim LpX1 , . . . , Xm q{Γk LpX ÐÝ とおき,これを完備化された自由 Lie 代数とよぶ.ここで,
p 1 , . . . , Xm q Ă RxxX1 , . . . , Xm yy LpX とみなすことができる.非可換ベキ級数環 RxxX1 , . . . , Xm yy の要素 x が Lie
p 1 , . . . , Xm q であることと定め 型であるとは,上の包含関係の意味で x P LpX る.また,形式的ベキ級数接続 ω P A˚ pM qxxX1 , . . . , Xm yy に対しても,同 様に Lie 型の要素を定義する.
4.2 節で,可微分多様体 M の de Rham 複体の分解 A˚ pM q “ H ‘ dB ‘ B に対応して構成したホモロジー接続 pω, δq について,次が成立する.
5.4 降中心列と Lie 代数
165
補題 5.4.1 ホモロジー接続 pω, δq において,ω は Lie 型である.また,ホ モロジー群 H˚ pM ; Rq の基底 Xi , 1 ď i ď m について,δpXi q は Lie 型で ある. [証明] 4.2 節と同様に
ω“
m ÿ i“1
ωi b Xi ` ¨ ¨ ¨ `
ÿ
ωi1 ¨¨¨ik b Xi1 ¨ ¨ ¨ Xik ` ¨ ¨ ¨
i1 ¨¨¨ik
と表し,X1 , . . . , Xm についての次数が k 以下の項の和を ω pkq とおく.また,
δpXi q の次数が k 以下の項の和を δ pkq pXi q とおく. 補題の主張を次数 k につ いての帰納法で示す.まず,k “ 1 のときは δ p1q pXi q “ 0 となり,成り立っ ている.ここで,ω を 1 次の項と 2 次以上の項に分けて ω “ ω p1q ` ϕ と表 しておく.構成より,ωi P H で,k ě 2 について ωi1 ¨¨¨ik P B である.平坦 性の条件を次数 k までの部分で打ち切って表すと dϕ ` δω p1q ` δϕpk´1q “ εpω pk´1q q ^ ω pk´1q
mod Jpk`1
(5.16)
となる.左辺の 3 項目が ϕpk´1q からの寄与になっているのは,δpXi q P Jp2 であることによる.ここで,帰納法の仮定より ω pk´1q が Lie 型であることを 用いると,右辺 εpω pk´1q q ^ ω pk´1q は Lie 型となることがわかる.これは,
ω pk´1q の各項 ϕ1 U1 , ϕ2 U2 に対して εpϕ1 qU1 ^ ϕ2 U2 ` εpϕ2 qU2 ^ ϕ1 U1 “ pεpϕ1 q ^ ϕ2 qrU1 , U2 s となることからしたがう.式 (5.16) に帰納法の仮定を用いて,dϕ ` δω p1q が
Lie 型となることが得られる.ここで,dϕ, δω p1q の係数の微分形式は,それ ぞれ,dB, H の要素である.したがって,A˚ pM q “ H ‘ dB ‘ B が直和分 解であることから,dϕ, δω p1q ともに Jpk`1 を法として Lie 型となる.このこ とからとくに,δpXi q についての主張が得られる.また,dϕ の各項は微分形 式と Xi , 1 ď i ď m についての Lie 型の要素のテンソル積で表されることか ら,ω が Jpk`1 を法として Lie 型となることがわかる.以上で補題が示され た. [ \ 5.3 節では,基本群の de Rham ホモトピー理論を考察する過程で,多様体 M の 1 次元のホモロジー群 H1 pM ; Rq の基底に対応する生成元 X1 , . . . , X をもつ非可換多項式環の完備化 RxxX1 , . . . , X yy のイデアル N を,微分作 用素 δ の像として構成した.ここで,X1 , . . . , X の次数は 0 である.イデア ル N に関する商をとって,
166
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
U pM qk “ RxxX1 , . . . , X yy{pN ` Jpk`1 q とおく.U pM qk に対しても,余積 Δ : U pM qk ÝÑ U pM qk b U pM qk が,
ΔpXi q “ Xi b 1 ` 1 b Xi , 1 ď i ď を満たす,代数の準同型写像として定 義される.補題 5.4.1 より,イデアル N は Lie 型の要素で生成される. U pM qk の Lie 型の要素全体は余積 Δ を用いて gpM qk “ tx P U pM qk | Δpxq “ x b 1 ` 1 b xu と表される.これは,次のようなベキ零 Lie 代数の構造をもつ.完備化され
p 1 , . . . , X q を RxxX1 , . . . , X yy の部分集合とみなして, た自由 Lie 代数 LpX
p 1 , . . . , X q とおくと, I “ N X LpX
p 1 , . . . , X q{pI ` Γ p k`1 q, gpM qk “ LpX
k “ 1, 2, . . .
p 1 , . . . , X q X Jpk`1 である.Lie p k`1 “ LpX と表すことができる.ここで,Γ 代数 gpM qk の普遍展開環は U gpM qk は U pM qk と同型になる.したがって,
5.3 節の定理 5.3.1 より,代数としての同型 Rπ1 pM, x0 q{J k`1 – U gpM qk が導かれる. このようにして,ベキ零 Lie 代数の拡大列
0 Ð gpM q1 Ð gpM q2 Ð ¨ ¨ ¨ Ð gpM qk Ð ¨ ¨ ¨ が得られる.この拡大列についての射影極限
p gpM q “ lim ÐÝ gpM qk を M の基本群の Malcev 完備化 (Malcev completion) あるいは R 上のベ キ零完備化 (nilpotent completion) とよぶ.補題 5.4.1 で扱った,イデアル
p 1 , . . . , X q の要素とみなすことができる.これらで生成 N の生成元は,LpX p 1 , . . . , X q のイデアルが上の I であり,M の基本群の Malcev 完 される LpX 備化は
p 1 , . . . , X q{I p gpM q “ LpX と表すことができる.また,普遍展開環 U gpM qk について,射影極限をとる と,代数としての同型
Rp π1 pM, x0 q – lim ÐÝ U gpM qk
5.4 降中心列と Lie 代数
167
が得られる.
5.3 節で扱った例について,それぞれ,対応する Lie 環を記述してみよう. 例 5.4.2 M を R2 から相異なる 個の点 p1 , . . . , p を除いた領域とする.M の基本群は,ランク の自由群である.例 5.3.3 の結果より,M の基本群の
Malcev 完備化は,自由 Lie 環の完備化として p 1 , . . . , X q p gpM q – LpX で与えられる. 例 5.4.3(種数 g の閉曲面) Σg を種数 g の向き付けられた閉曲面とする.例
5.3.4 の結果を用いると,Σg の基本群の Malcev 完備化は, p 1 , . . . , X2g q{I p gpΣg q – LpX řg と表される.ただし,I は i“1 rX2i´1 , X2i s で生成されるイデアルとする. 例 5.4.4 M を例 5.3.5 で扱った 3 次元ベキ零多様体 G{GZ とする.基本群 の Malcev 完備化は,
p 1 , X2 q{Γ3 p gpG{GZ q – LpX と表される. 次に,基本群の降中心列との関係を述べる.G を有限生成の群とする.G に対して,Γk G, k “ 1, 2, . . . を帰納的に
Γ1 G “ G,
Γk`1 “ rΓ1 G, Γk Gs,
k “ 1, 2, . . .
で定義する.ここで,群 G の部分群 H1 , H2 について,rH1 , H2 s は交換子群, つまり,xyx´1 y ´1 , x P H1 , y P H2 で生成される部分群を表す.このように して,G の正規部分群の列
G “ Γ1 G Ą Γ2 G Ą ¨ ¨ ¨ Ą Γ k G Ą ¨ ¨ ¨ が得られる.これを,群 G の降中心列 (lower central series) とよぶ.
K を実数体 R または複素数体 C とする.群 G の K 上の群環 KG に対し て,添加写像 ε : KG ÝÑ K の核を J とおく.KG には,J のベキによる フィルトレーション
KG Ą J Ą J 2 Ą ¨ ¨ ¨ Ą J k Ą ¨ ¨ ¨
168
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
が定まる.群 G の部分群 Gk , k “ 1, 2, . . . を
Gk “ tx P G | x ´ 1 P J k u で定義する.ここで,1 は G の単位元を表し,x ´ 1 は群環 KG の要素と考 える.Gk は G の正規部分群となり,部分群の列
G “ G1 Ą G2 Ą ¨ ¨ ¨ Ą Gk Ą ¨ ¨ ¨ が得られる.降中心列との関係は次のように述べられる. 補題 5.4.5 正規部分群の列 Gk , k “ 1, 2, . . . について,
rGk , G s Ă Gk` が成立する.また,降中心列 Γk G, k “ 1, 2, . . . は,Γk G Ă Gk を満たす. [証明] Gk の要素 x と G の要素 y に対して,
xyx´1 y ´1 ´ 1 “ tpx ´ 1qpy ´ 1q ´ py ´ 1qpx ´ 1qux´1 y ´1 と変形すると,これはイデアル J k` に属することがわかる.したがって,
xyx´1 y ´1 P Gk` が得られる.降中心列については,Γ2 G “ rG, Gs Ă G2 , Γ3 G “ rG, Γ2 Gs Ă rG, G2 s Ă G3 となる.これを繰り返して,すべての k に対して Γk G Ă Gk が得られる. [ \ 一般に群 G が捩れ (torsion) をもたないとは,G の要素で位数が有限とな るのは単位元のみとなることである.ここで,x P G の位数とは,xn が単位 元 1 となるような最小の自然数 n である.Gk による商群 G{Gk はベキ零群 であり.次の補題が成り立つ. 補題 5.4.6 群 G{Gk , k “ 1, 2, . . . は捩れをもたない. [証明] G の要素 g が g P G となるような最小の は ă k を満たすとす る.また,ある自然数 n に対して,g n P Gk となっているとする.群環 KG において
1 g n ´ 1 “ npg ´ 1q ` npn ´ 1qpg ´ 1q2 ` ¨ ¨ ¨ ` pg ´ 1qn 2 と表される.仮定より,g n ´ 1 P J k であり,また,上の式の右辺の 2 項目以 降の和は J 2l に含まれる.したがって,g ´ 1 P J `1 となる.これは, の 最小性に反するので,g n P Gk となるような自然数 n は存在しない.つまり,
G{Gk において g の位数は有限でないことが示された.
[ \
5.4 降中心列と Lie 代数
169
Ş Gk , k “ 1, 2, . . . の共通部分 kě1 Gk を G8 とおく.G8 “ t1u が満たさ れるとすると,G の単位元以外の任意の要素 x は,十分大きい k に対して, x は射影 pk : G ÝÑ G{Gk の核に含まれない.一般に,群 G が捩れのない 剰余ベキ零群 (residually torsion free nilpotent group) であるとは,G の単 位元ではない任意の要素 x に対して,ある捩れをもたないベキ零群 N と準同 型写像 f : G ÝÑ N が存在して,x が f の核に含まれないようにできること である.上で説明したように,G8 “ t1u であれば,この性質は満たされる. 有限生成の群 G について,次の (a), (b), (c) は同値であることが知られて いる.証明については文献 [17] などを参照されたい. Ş (a) kě1 J k “ t0u (b) G8 “ t1u (c) G は捩れのない剰余ベキ零群である. 基本群の降中心列と反復積分の関係を説明するため 1.3 節の例をもう一度 とりあげてみよう.D を複素平面 C から原点 O と z “ 1 を除いた領域とし て,D 上の 1 次微分形式
ω0 “
dz , z
をとる.D の基点 x0 として,z “
ω1 “
dz 1´z
をとる.領域 D の基本群 π1 pD, x0 q は
1 2
ランク 2 の自由群である.1.3 節では,微分方程式の解のモノドロミー表現 として,π1 pD, x0 q の表現 ρ : π1 pD, x0 q ÝÑ G を構成した.ここで,G は対 角成分が 1 であるような,複素上半行列全体のなす群である,ρ は反復積分 を用いて,
¨
1 ˚ ρpαq “ ˝0 0
ş
ω0 1 0
α
ş
˛ ω0 ω1 ‹ ω α 1 ‚ 1
α ş
で与えられる.ここで,α は x0 を基点とする D のループである.ループの 合成について,ρpαβq “ ρpαqρpβq が成立していることから,ρ は群の準同型 写像であることが確かめられる.さらに,反復積分の長さが 2 以下であるこ とから,この表現は Γ3 π1 pD, x0 q 上では自明になっていて,準同型写像
ρ : π1 pD, x0 q{Γ3 π1 pD, x0 q ÝÑ G を誘導することが確かめられる.実際,α, β P π1 pD, x0 q に対して,その 交換子 x “ αβα´1 β ´1 をとり,さらに,γ P π1 pD, x0 q について,交換子
170
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
xγx´1 γ ´1 を考えると,命題 1.1.4 を用いて, ż ż ż ż ż ω0 ω1 “ ω0 ω1 ´ ω1 ω0 “ 0 xγx´1 γ ´1
x
γ
x
γ
が得られる.このような計算を帰納的に繰り返して,一般には,ω0 , ω1 の長 さが k 以下の反復積分は Γk`1 π1 pD, x0 q 上では 0 になっていることを示すこ とができる.反復積分から抽出される基本群の非可換な情報は,降中心列と 深く関わっている.今後,この関係を系統的に理解するための枠組みを構成 していく. 一般的に群 G の降中心列 G “ Γ1 G Ą ¨ ¨ ¨ Ą Γk G Ą ¨ ¨ ¨ から,次のように
Lie 代数を構成する.まず, à
Gr G “
Γk G{Γk`1 G
kě1
とおく.ここで,右辺は加群の直和である.加群 Γk G{Γk`1 G の要素 x と
Γ G{Γ`1 G の要素 y に対して,rx, ys を xyx´1 y ´1 P Γk` G{Γk``1 G と おくことにより,双線形形式
r¨, ¨s : Gr G ˆ Gr G ÝÑ Gr G が定義され,交代性と Jacobi 等式を満たすことが確かめられる.R をテン ソルして
à
pGr Gq b R “
pΓk G{Γk`1 Gq b R
kě1
とおくと,これは実 Lie 代数の構造をもつ.群環 RG についても添加写像
ε : RG ÝÑ R の核を J として, Gr RG “
à
J k {J k`1
kě0
とおく.ここで,J 0 “ RG とする.Lie 代数 pGr Gq b R の普遍展開環を
U pGr Gq b R で表す.ここでは,証明は与えないが,Quillen [66] により, 代数としての同型
U pGr Gq b R – Gr RG が成立することが知られている. 多様体 M の基本群の場合に戻ろう.G “ π1 pM, x0 q として上の同型を適 用する.基本群の群環の完備化は
Rp π1 pM, x0 q – RxxX1 , . . . , X yy{N
5.4 降中心列と Lie 代数
171
p Ip のベ の形に表されることを示した.ここで,同型はそれぞれのイデアル J, キによるフィルトレーションを保つので,
Gr Rp π1 pM, x0 q – Gr RxxX1 , . . . , X yy{N が得られる.また,Gr Rp π1 pM, x0 q – Gr Rπ1 pM, x0 q であることをあわせ ると,同型
U pGr Gq b R – Gr RxxX1 , . . . , X yy{N が得られる. 以上の考察から,前節の基本群のホロノミー準同型写像の核に関する次の 結果が得られる.ここで,基本群 π1 pM, x0 q は有限生成と仮定し,その群環
Rπ1 pM, x0 q の添加イデアルを Jπ とおく. 定理 5.4.7 基本群のホロノミー準同型写像
Θ0 : Rπ1 pM, x0 q ÝÑ RxxX1 , . . . , X yy{pN ` Jpk`1 q について,Ker Θ0 “ pJπqk`1 となる. 系 5.4.8 ホロノミー準同型写像
Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ RxxX1 , . . . , X yy{pN ` Jpk`1 q の核は π1 pM, x0 qk`1 である. 系 5.4.9 基本群 π1 pM, x0 q が有限生成で,π1 pM, x0 q8 “ t1u を満たすな らば,
Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ RxxX1 , . . . , X yy{N は単射である. 前節で扱った例について,基本群のホロノミー準同型写像が単射かどうか を述べよう. 例 5.4.10 M を R2 から相異なる 個の点 p1 , . . . , p を除いた領域とする. このとき,基本群 pM, x0 q は,ランク の自由群である.基点を x0 として, 点 p1 , . . . , p のまわりを正の向きに一周するループを γ1 , . . . , γ とすると,こ れらが基本群の生成元を与える.ホロノミー準同型写像は
Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ RxxX1 , . . . , X yy
172
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
となる.具体的には,Θ0 は次のように与えられる.まず,de Rham コホモ 1 ロジー群 HDR pM q の基底を与える 1 次閉微分形式 ω1 , . . . , ω を
ż
ωj “ δij ,
1 ď i, j ď
γi
となるようにとる.これを用いて,基点を x0 とする任意のループ γ に対して
Θ0 pγq “ 1 `
ÿ´ż i
¯ ¯ ÿ´ż ωi X i ` ω j ω k X j Xk ` ¨ ¨ ¨
γ
j,k
γ
となる.とくに,
Θ0 pγi q “ 1 ` Xi ` Ri pX1 , . . . , X q,
1ďiď
の形のベキ級数が得られる.ここで Ri は X1 , . . . , X についての 2 次以上の 項を表す.ここで,
αpXi q “ Xi ` Ri pX1 , . . . , X q,
1ďiď
で定まる RxxX1 , . . . , X yy の自己同型写像 α は行列で表示すると対角成分が
1 の下半三角型になり,逆変換をもつ.この逆変換を β として,μ “ β ˝ Θ0 とおくと,μ : π1 pM, x0 q ÝÑ RxxX1 , . . . , X yy は μpγi q “ 1 ` Xi ,
1ďiď
で定まる準同型写像になる.これは,いわゆる Magnus 展開にほかならな い.古典的な組み合わせ群論でよく知られているように,1 ` Xi , 1 ď i ď
は RxxX1 , . . . , X yy においてランク の自由群を生成する([57] など参照). このことから,Θ0 は単射であることがわかる.一般に,有限生成自由群 G について,G8 “ t1u が成立する. 例 5.4.11 (種数 g の閉曲面)Σg を種数 g の向き付けられた閉曲面とする. ホロノミー準同型写像は g M´ ÿ ¯ Θ0 : π1 pΣg q ÝÑ RxxX1 , . . . , X2g yy rX2i´1 , X2i s i“1
と表される.基本群 G “ π1 pΣg q については,Baumslag [6] により,G8 “
t1u が成立することが知られている.したがって,Θ0 は単射である. 例 5.4.12 M を例 5.3.5 で扱った 3 次元ベキ零多様体 G{GZ とする.M の 基本群は GZ と同型であり,ベキ零群となる.降中心列について
GZ “ Γ1 GZ Ą Γ2 GZ Ą Γ3 GZ “ t1u
173
5.5 リンクの補集合の基本群への応用
が成立する.また,pGZ qk “ Γk GZ , k “ 1, 2, 3 となる.したがって,ホロ ノミー準同型写像
Θ0 : π1 pM q ÝÑ
RxxX1 , X2 yy prrX1 , X2 s, X1 s, rrX1 , X2 s, X2 sq
は単射である.
5.5 リンクの補集合の基本群への応用 この節では,反復積分の S 3 内のリンクの補集合のトポロジーへの応用を 紹介する.S 3 内の互いに共通部分をもたないなめらかな閉曲線 L “
Ťm
i“1
Li
をリンク (link) または絡み目とよぶ.ここで,各々の Li はなめらかな埋め 込み写像 f : S 1 ÝÑ S 3 の像として表されるとする.L1 , . . . , Lm をリンク
L の成分とよぶ.とくに,成分数が 1 のリンクを結び目 (knot) とよぶ.S 3 Ťm Ťm 内のリンク L “ i“1 Li と L1 “ i“1 L1i が同型とは,向きを保つ同相写像 h : S 3 ÝÑ S 3 で hpLi q “ L1i となるものが存在することである. L “ L1 Y L2 を 2 つの成分からなるリンクとする.L の成分 L1 , L2 に は,それぞれ,向きが与えられているとする.L1 と L2 の絡み数 (linking number) は,以下のようないくつかの方法で定義される.これらの定義が一 致することなどの詳細は,例えば Bott–Tu [10] を参照していただきたい. (1) (ダイアグラムの交差の符号和)D “ D1 Y D2 をリンク L “ L1 Y L2 の ダイアグラムとする.つまり,Di , i “ 1, 2 は図 5.1 のように Li を平面に射 影して得られる閉曲線で,D “ D1 Y D2 は横断的に交わる 2 重点のみとす る.D1 , D2 に,それぞれ,L1 , L2 から定まる向きを入れ,図 5.1 のように, 正の交差点と負の交差点を区別して表示する.D1 と D2 の交差点について, 正の交差点の個数を n` , 負の交差点の個数を n´ とおいて, 1 lkpL1 , L2 q “ pn` ´ n´ q 2 を L1 と L2 の絡み数とよぶ. (2) (Seifert 曲面との交差数)リンク L “ L1 Y L2 について,L1 を境界とし てもつような S 3 内に埋め込まれた向きの付いた曲面を Σ1 とおく.ここで, Σ1 が境界に定める向きは L1 に与えられた向きと一致しているとする.この ような曲面 Σ1 を L1 の Seifert 曲面とよぶ.L1 と L2 の絡み数は,Σ1 と L2 の交差数 IpΣ1 , L2 q で与えられる.ここで,交差数 IpΣ1 , L2 q は次のように定 義される.Σ1 と L2 は横断的に交わっていると仮定し,p P Σ1 X L2 につい て,Tp Σ1 ‘ Tp L2 の向きが Tp S 3 の向きと一致するときは,Ip pΣ1 , L2 q “ 1,
174
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
図 5.1 リンクダイアグラム
正の交差と負の交差
一致しないときは,Ip pΣ1 , L2 q “ ´1 とおく.交差数 IpΣ1 , L2 q は,このよ うな局所的な交差数の和として
ÿ
IpΣ1 , L2 q “
Ip pΣ1 , L2 q
pPΣ1 XL2
と表される.定義が曲面 Σ1 などの選び方によらないことは,S 3 内の向きの 付いた閉曲面と閉曲線の交差数が 0 となることから導かれる.
(3) (Gauss 写像の次数)S 3 を R3 の 1 点コンパクト化とみなし,リンク L の成分 Li , i “ 1, 2 はなめらかな埋め込み写像 fi : S 1 ÝÑ R3 の像として表 されるとする.Gauss 写像 g : S 1 ˆ S 1 ÝÑ S 2 を gps, tq “
f1 psq ´ f2 ptq }f1 psq ´ f2 ptq}
として定める.ここで || ¨ || はユークリッドノルムを表す.このとき,g の写 像度 deg g を用いて,
lkpL1 , L2 q “ deg g と表される.写像度は,微分形式を用いて次のように表すことができる.S 2 の正規化された体積要素
σ“
1 px1 dx2 ^ dx3 ` x2 dx3 ^ dx1 ` x3 dx1 ^ dx2 q, 4π ż
をとる.これを用いて
deg g “
x21 ` x22 ` x23 “ 1
g˚ σ
S 1 ˆS 1
と表される.写像度のホモロジー群を用いた定義については [31] などを参照 していただきたい. ここで,定義 (2) の微分形式による記述について説明するため,一般的な Thom 形式と Poincar´e 双対性について,少し述べておこう.N を可微分多
5.5 リンクの補集合の基本群への応用
175
様体,M Ă N を部分多様体とする.M, N はともに連結,コンパクトで向 き付けられているとして,次元をそれぞれ m, n とおく.部分多様体 M Ă N の管状近傍 νpM q は,M 上のファイバーが pn ´ mq 次元のディスクとなる ようなファイバー束の構造をもつ.ファイバー束の射影を p : νpM q ÝÑ M として,x P M について p´1 pxq “ Dx とおく.部分多様体の管状近傍につ いては文献 [39] などを参照していただきたい.ここで,Thom 形式 uM は次 の性質 (1), (2), (3) をもつ N 上の pn ´ mq 次閉微分形式である.
ş (1) Dx uM “ 1, x P M . (2) 微分形式 uM は νpM q の境界 BνpM q の近傍で 0 で,補集合 N zνpM q 上, 恒等的に 0 である. (3) 微分形式 uM の νpM q への制限の表す de Rham コホモロジー類は H n´m pνpM q, BνpM q; Zq – Z を生成する. 多様体 N についての Poincar´ e 双対性により,同型
Hp pN ; Zq – H n´p pN ; Zq が成立する.包含写像 i : M ÝÑ N による M の基本ホモロジー類 rM s P
Hn pM ; Zq の像 i˚ rM s P Hn pN ; Zq は,上の Poincar´e 双対同型により,コ ホモロジー類 ruM s P H n´m pN ; Zq に対応する. リンク L “ L1 Y L2 について,S 3 の部分多様体 L1 , L2 に対応する Thom 形式を,それぞれ,u1 , u2 とおく.微分形式 u1 , u2 は S 3 で完全形式となり, dμ1 “ u1 ,
dμ2 “ u2
を満たす S 3 上の 1 次微分形式 μ1 , μ2 が存在する.この微分形式を用いて,
Seifert 曲面 Σ1 と L2 の交差数は IpΣ1 , L2 q “
ż S3
μ1 ^ u2
で与えられる.証明の詳細は,例えば Bott–Tu [10] に述べられている.
Thom 形式は,次のように境界のある多様体とその部分多様体の場合に拡 張することができる.上の部分多様体 M Ă N の状況で,M , N が境界付き の多様体で,BM Ă BN となり,さらに,M は境界 BM において,BN と横 断的に交わるとする.この場合も同様に Thom 形式 uM が構成できて,その コホモロジー類 ruM s P H n´m pM ; Zq は,Poincar´ e 双対同型
176
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
Hp pN, BN ; Zq – H n´p pN ; Zq によって,M の基本類 rM, BM s P Hm pN, BN ; Zq に対応する.
S 3 内のリンク L に対して,L の管状近傍 νpLq をとり, EpLq “ S 3 zνpLq とおく.EpLq はトーラスの和集合を境界とする多様体である.また,リンク の成分 Li を境界とする Seifert 曲面を Σi とすると,Σ1i “ Σi X EpLq は,上 の条件を満たす EpLq の部分多様体である.次の補題は Mayer–Vietoris 完 全系列などの標準的な手法によって示すことができる. 補題 5.5.1 S 3 内の成分数が m のリンク L “
Ťm
i“1 Li の補集合について, $ ’ Z, q“0 ’ ’ ’ ’ &Zm , q“1 H q pS 3 zL ; Zq “ ’Zm´1 , q “ 2 ’ ’ ’ ’ % それ以外の場合 0,
が成立する. ここでは,上のコホモロジー類を表す微分形式について見ておこう.まず, 同型
H q pS 3 zL ; Zq – H q pEpLq; Zq – H3´q pEpLq, BEpLq; Zq に注意して,境界付き多様体 EpLq 上の Thom 形式によって,これらのコ ホモロジー類を記述する.まず,q “ 1 の場合,リンクのそれぞれの成分の Seifert 曲面に対して,pΣ1i , BΣ1i q の Thom 形式 ωi , 1 ď i ď m は,EpLq 上 1 の 1 次閉微分形式を定め,de Rham コホモロジー群 HDR pEpLqq の基底を 与える.これらは,図 5.2 に示したリンクのそれぞれの成分のメリディアン μi に対して, ż
ωj “ δij ,
i, j “ 1, . . . , m
μi
を満たす.次に q “ 2 の場合,H1 pEpLq, BEpLq; Zq の基底を与えるチェイン を,図 5.2 のように,EpLq の境界をつなぐ pm´1q 本のアーク γ1j , 2 ď j ď m としてとる.これらに対応する Thom 形式 η1j , 2 ď j ď m が,de Rham コホ 2 モロジー HDR pEpLqq の基底を与える.絡み数とコホモロジー環 H ˚ pS 3 zL ; Zq
は,次のように関連している.
5.5 リンクの補集合の基本群への応用
177
図 5.2 アーク γ12
命題 5.5.2 L “ L1YL2 を S 3 内の成分数 2 のリンクとする.絡み数 lkpL1 , L2 q を 12 とおく.アーク γ12 に適当な向きを与えると Thom 形式の表すコホモ ロジー類について
rω1 ^ ω2 s “ 12 rη12 s が成立する. [証明] Thom 形式 ω1 , ω2 のウェッジ積 ω1 ^ ω2 は,Seifert 曲面 Σ11 , Σ12 の 交差に対応する Thom 形式となる.Seifert 曲面 Σ11 , Σ12 は互いに横断的に交 わるようにとると,交差 Σ11 X Σ12 は,BνpL1 q と BνpL2 q をつなぐ | 12 | 本の アークとなり,γ12 に適当な向きをつけると,
rΣ11 X Σ12 s “ 12 rγ12 s と表される.したがって,Thom 形式の de Rham コホモロジー類について,
rω1 ^ ω2 s “ 12 rη12 s が得られる.
[ \
上の命題から,絡み数とリンクの補集合に対するホモロジー接続との関係 が,次のように導かれる.Thom 形式 ω1 , ω2 , η12 の表すコホモロジー類に 双対なホモロジー類を X1 , X2 P H1 pS 3 zLq, Y P H2 pS 3 zLq とする.絡み数 を 12 とすると,命題 5.5.2 より,
ω1 ^ ω2 “ 12 η12 ` dω12 を満たす微分形式 ω12 が存在する.このことから,ホモロジー接続 ω, およ び曲率 κ は
ω “ ω1 X1 ` ω2 X2 ` η12 Y ` ω12 rX1 , X2 s ` ¨ ¨ ¨ κ “ pdω12 ` ω1 ^ ω2 qrX1 , X2 s ` ¨ ¨ ¨ の形となり,微分演算子 δ は
178
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
δY “ ´ 12 rX1 , X2 s ` ¨ ¨ ¨ と表されることが得られる.このようにして,δY の 2 次の項の係数として 絡み数が現れることがわかった.次に絡み数が 0 になるようなリンクの例に ついて,反復積分から得られる,リンクの補集合の基本群に関する情報につ いて見ていこう.以下の記述では,EpLq とリンクの補集合 S 3 zL のコホモロ ジー群を区別せずに述べることがある. 例 5.5.3 図 5.3 に示した成分数が 3 のリンク L “ L1 Y L2 Y L3 は,異な る 2 つの成分の絡み数がすべて 0 であり,ボロミアン (Borromean rings) と よばれている.これを図 5.4 のように表示して,Seifert 曲面 Σ1 , Σ2 , Σ3 をは り,対応する Thom 形式を ω1 , ω2 , ω3 とする.絡み数が 0 であることから, これらのウェッジ積のコホモロジー類は
rω1 ^ ω2 s “ rω2 ^ ω3 s “ rω3 ^ ω1 s “ 0 を満たす.リンクを図 5.4 のように表示すると,Seifert 曲面 Σ2 , Σ3 は互いに 交わらないようにとれることから,Thom 形式は微分形式として ω2 ^ ω3 “ 0 を満たすことがわかる.また,
ω1 ^ ω2 “ dω12 , ω1 ^ ω3 “ dω13 を満たす微分形式 ω12 , ω13 が存在する. コホモロジー類 rω1 s, rω2 s, rω3 s の Massey 積 xrω1 s, rω2 s, rω3 sy は微分形 2 式 ω12 ^ ω3 で代表される.これが,HDR pS 3 zLq の要素として 0 でないこと
が次のように示される.まず,図 5.4 のように Σ1 , Σ2 の交差として表される アークを α12 とする.また,Seifert 曲面 Σ2 のうち,図で示した α12 の上側 の部分を σ12 とおく.ウェッジ積 ω1 ^ ω2 は,アーク α12 に対応する Thom 形式とみなせる.また,微分形式 ω12 は曲面 σ12 の Thom 形式としてとれ る.さらに,ω12 ^ ω3 は,交差 σ12 X Σ3 に対応する Thom 形式と考えら
図 5.3 ボロミアン
5.5 リンクの補集合の基本群への応用
179
図 5.4 ボロミアンの Seifert 曲面
れる.ここで,σ12 X Σ3 は, L1 と L3 をつなぐアーク γ13 であり,これは
H1 pEpLq, BEpLqq の 0 でない要素を与える.以上の考察から,コホモロジー 2 類 rω12 ^ ω3 s P HDR pS 3 zLq は rγ13 s の Poincar´e 双対であり,0 でないこと 2 がわかる.同様にして,コホモロジー類 rω13 ^ ω3 s P HDR pS 3 zLq も 0 でな いことが示される. ˚ 以上をまとめて,de Rham コホモロジー群 HDR pS 3 zLq の基底を次のよう
1 に記述することができる.まず,HDR pS 3 zLq の基底として,rω1 s, rω2 s, rω3 s 2 がとれる.また,HDR pS 3 zLq について基底として,
rω12 ^ ω3 s, rω13 ^ ω3 s がとれ,それぞれ,Massey 積 xrω1 s, rω2 s, rω3 sy, xrω1 s, rω3 s, rω2 sy で表され る.これらと双対なホモロジー群の基底を
X1 , X2 , X3 P H1 pS 3 zLq, Y13 , Y12 P H2 pS 3 zLq で表す. これを用いてホモロジー接続を計算すると
ω “ω1 X1 ` ω2 X2 ` ω3 X3 ` pω12 ^ ω3 qY13 ` pω13 ^ ω3 qY12 ` ω12 rX1 , X2 s ` ω13 rX1 , X3 s ` ¨ ¨ ¨ の形となり,微分演算子 δ は mod J4 で
δY13 ” ´rrX1 , X2 s, X3 s, δY12 ” ´rrX1 , X3 s, X2 s で与えられる. したがって,リンク L の補集合の基本群 π1 pS 3 zLq の群環の完備化は
180
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
Rp π1 pS 3 zLq{J 4 –
RxxX1 , X2 , X3 yy
xrrX1 , X2 s, X3 s, rrX1 , X3 s, X2 sy ` Jp4
を満たす.この例では,Rp π1 pS 3 zLq を定義するイデアルに,3 次の項が現れ ている.これは基本群の群環の完備化が,コホモロジーのカップ積の構造だ けでは決まらないことを示している.ここでは,非自明な Massey 積が存在 することが本質的である. 成分数が 3 の自明なリンクの補集合の基本群は,ランク 3 の自由群 F3 で
p 1 , X2 , X3 q である.ボロミア あり,その Malcev 完備化は,自由 Lie 環 LpX ンの補集合の基本群の Malcev 完備化が上のように表示されることは,ボロ ミアンが成分数が 3 の自明なリンクと同値でないことの 1 つの証明を与えて いる.G “ π1 pS 3 zLq の降中心列については,4 番目のステップ Γ4 G まで見 ることにより,自由群と区別できる.つまり,G{Γ4 G は,自由群 F3 に対す る F3 {Γ4 F3 と同型でないことがわかる. 例 5.5.4 図 5.5 に示した成分数が 2 のリンク L “ L1 Y L2 は,Whitehead 1 リンクとよばれる.絡み数 12 は 0 である.ボロミアンと同様に HDR pS 3 zLq
2 の基底を表す 1 次閉微分形式 ω1 , ω2 をとり,HDR pS 3 zLq の基底を求める.
まず,ω1 ^ ω2 “ dω12 を満たす ω12 が存在する.さらに,ω12 を Thom 形 式としてもつ曲面と Seifert 曲面 Σ2 の交差を見ることにより,
ω12 ^ ω2 “ dω122 を満たす ω122 が存在することがわかる.これを用いて,ω1 ^ dω122 のコホ 2 モロジー類が HDR pS 3 zLq の基底を与えることが示される.例 5.5.3 と同様
にホモロジー接続を計算するとリンク L の補集合の基本群 π1 pS 3 zLq の群環 の完備化は
図 5.5 Whitehead リンク
5.6 Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群
Rp π1 pS 3 zLq{J 4 –
181
RxxX1 , X2 yy
rrrX1 , X2 s, X2 s, X1 s ` Jp4
を満たすことが導かれる.
5.6 Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群 Sullivan による極小モデルは,これまでに説明してきたループ空間のホモロ ジーの代数構造に関する Chen のホモロジー接続の方法と双対関係にあり,基 本的に多様体に関する同等の情報を与える.この節では,両者の関係を述べる とともに,多様体の有理ホモトピー理論について瞥見する.Sullivan の極小モ デルによる有理ホモトピー理論の詳細については森田 [61], Felix–Halperin–
Thomas [30] を参照していただきたい. まず,いくつかの基本的な定義からはじめよう. 定義 5.6.1 次数付き微分代数 (differential graded algebra) とは,次数付き の線形空間
A“
à
Ap
pě0
であって,次の性質 (1), (2), (3) を満たすものである.
(1) 線形写像 d : Ap ÝÑ Ap`1 で d2 “ 0 を満たすものが存在する. (2) 積 Ap ˆ Aq ÝÑ Ap`q は,次数付き可換 (graded commutative),つ まり
xy “ p´1qpq yx, x P Ap , y P Aq を満たす.
(3) Leibniz 則 dpxyq “ dx y ` p´1qp x dy, x P Ap が成り立つ. 可微分多様体 M の de Rham 複体 A˚ pM q は,ウェッジ積について上の意 味の次数付き微分代数である.また,コホモロジー環 H ˚ pM ; Rq も,d “ 0 として,次数付き微分代数とみなすことができる. 定義 5.6.2 次数付き微分代数 A は,次の条件 (1), (2) を満たすとき極小代 数 (minimal algebra) であるといわれる.
(1) A は次数付き微分代数として自由である.
182
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
À p ` ` (2) A` “ pą0 A とおくと,dpAq Ă A ¨ A が成り立つ.ここで, A` ¨ A` は,A` の要素の積の線形結合全体である. 上の条件 (1) は,A が偶数次の生成元のなす多項式環と奇数次の生成元の なす外積代数のテンソル積として表示されることを意味する.以下では,A は R 上の代数で,A0 “ R が成り立つと仮定する.次数付きの線形空間 V が生成する単位元をもつ自由な次数付き可換代数を ΛpV q で表す.とくに V の基底が斉次で次数が k のとき,ΛpV q を ΛpV qk と書くこともある.次数付 き代数 ΛpV qk は,k が偶数のときは V が生成する多項式環,また k が奇数 のときは V が生成する外積代数とみなすことができる. 次数付き微分代数 A, B の間の包含写像 ι : A ÝÑ B が Hirsch 拡大 (Hirsch extension) であるとは,B が次数が斉次 k のある線形空間 V を用いて,
B “ A b ΛpV qk と表され,微分作用素 d が dpV q Ă Ak`1 を満たすことと定義する.ここで,
ιpaq “ a b 1, a P A としている.Hirsch 拡大 ι1 : A ÝÑ B1 , ι2 : A ÝÑ B2 が同型であるとは,次数付き微分代数の同型 ϕ : B1 ÝÑ B2 で A に制限する と恒等写像であるものが存在することと定める.Hirsch 拡大において,x P V に dpxq P A の定める A の pk ` 1q 次コホモロジー類を対応させることによ り,写像 d : V ÝÑ H k`1 pAq が定まる.A の線形空間 V による Hirsch 拡 大 A b ΛpV qk の同型類は写像 d : V ÝÑ H k`1 pAq と 1 対 1 に対応することが示される. 定義 5.6.3 次数付き微分代数 A の極小モデル (minimal model) とは,上の 意味の極小な次数付き微分代数 M と,コホモロジー群の同型を導く準同型 写像 ρ : M ÝÑ A の組である.ここで次数付き微分代数の間の準同型写像 とは,次数を保つコチェイン写像であって,代数としての準同型写像である ものをいう. この節の目標は,可微分多様体 M に対して反復積分を用いて構成した複体 pT H` pM ; Rq, δq のホモロジーと,M の de Rham 複体の極小モデルを比較 することである.まず,簡単な例で実際に極小モデルを構成してみよう.以 下,次数付き微分代数の斉次な要素 x の次数を |x| で表す.また,線形空間 V の基底が斉次で次数 k の要素 x1 , . . . , xm で与えられるとき,ΛpV q “ ΛpV qk
5.6 Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群
183
を Λpx1 , . . . , xm q と表すこともある.極小モデルにおける演算は,要素の偶 奇によらず,つねに記号 ^ で表す. 例 5.6.4 球面 S n , n ě 2 について,de Rham 複体 A˚ pS n q の極小モデル は,次のように記述される.例 3.3.4 で与えた S n の体積要素を σ P An pS n q とする. (n が偶数のとき)Mn “ Λpxq, |x| “ n, dx “ 0 とおき,ρn : Mn ÝÑ
A˚ pS n q を ρn pxq “ σ で定める.このとき Mn における積 x ^ x は ρn px ^ xq “ ρn pxq ^ ρn pxq “ σ ^ σ “ 0 を満たすが,H 2n pMn q の 0 でない要素を与える.これを消すために Mn を 拡大して,
M2n´1 “ Λpxq b Λpyq, |x| “ n, |y| “ 2n ´ 1, dx “ 0, dy “ x ^ x とおき,ρ : M2n´1 ÝÑ A˚ pS n q を ρpxq “ σ, ρpyq “ 0 で定義する.こ のようにして構成した ρ : M2n´1 ÝÑ A˚ pS n q は,コホモロジー群の同 ˚ 型 ρ˚ : H ˚ pM2n´1 q – HDR pS n q を導く.したがって,M “ M2n´1 は
A˚ pS n q の極小モデルを与える.
(n が奇数のとき)上と同様に Mn “ Λpxq, |x| “ n, dx “ 0 とおき,
ρn : Mn ÝÑ A˚ pS n q を ρn pxq “ σ で定める.この場合には,ρn がコホモ ˚ ˚ n ˚ n ロジー群の同型 ρ˚ n : H pMn q – HDR pS q を導き,M “ Mn が A pS q の極小モデルとなる. 一般に次の命題が成立する. 命題 5.6.5 A は H 1 pAq “ 0 を満たす次数付き微分代数とする.A の極小モ デル ρ : M ÝÑ A が存在する. [証明]次の条件 (1), (2) を満たす極小な次数付き微分代数 Mk と準同型写 像 ρk : Mk ÝÑ A を帰納的に構成する.
(1) Mk は次数付き微分代数として自由で次数が k 以下の要素で生成される. (2) 準同型写像 ρk がコホモロジー群に誘導する写像 ρjk : H j pMk q ÝÑ H j pAq は j ď k のとき同型で,j “ k ` 1 のとき単射である.
184
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
まず,k “ 0 のとき M0 “ R とする.また,H 1 pAq “ 0 より,M1 “ M0 ととれる.Mk が (1), (2) を満たすように構成されたとして,Mk の Hirsch 拡大 Mk`1 “ Mk b ΛpVk`1 q を次にように定める.Vk`1 を
Coker ρk`1 ‘ Ker ρk`2 k k とおき Vk`1 の基底に次数 k ` 1 を与える.次に V の要素の d による像,お よび写像 ρk`1 : Mk`1 ÝÑ A を定める.Coker ρk`1 に含まれる x について k は,dx “ 0 とする.さらに x に対応する H k`1 pAq の要素を代表するコサイ クル ξ P Ak`1 をとり,ρk`1 pxq “ ξ と定める.Ker ρk`2 の要素 y を代表す k るコサイクル ϕ P Mk をとり,dy “ ϕ とする.また,ρk pϕq “ dη となるよ うな η P Ak`1 が存在するので,このような η を用いて,ρk`1 pyq “ η と定 める.以上より,d : Vk`1 ÝÑ Mk と ρk`1 : Vk`1 ÝÑ Ak`1 が定義された. このとき,すべての x P Vk`1 に対して
ρk pdxq “ dρk`1 pxq が成り立つことが確かめられる.これらを用いると,Mk にすでに与えられた
d と ρk を拡張して,Mk`1 の微分作用素 d と次数付き微分代数の準同型写像 ρk`1 : Mk`1 ÝÑ A が定まる.この構成を振り返ってみると,まず,Mk に Coker ρk`1 の要素を添加したことから,ρk`1 は j “ k ` 1 におけるコホモ k ロジー群の同型を導くことがわかる.さらに,Ker ρk`2 の要素を添加したこ k とで,次数が k ` 2 の余分なコホモロジー類が消され,ρk`1 は j “ k ` 2 に おけるコホモロジー群の単射を導くことが示される.ここで,構成から Mk は次数 1 の要素を含まないことに注意する.このようにして得られた増大列 Ť M0 Ă M1 Ă M2 Ă ¨ ¨ ¨ Ă Mk Ă ¨ ¨ ¨ を用いて M “ kě0 Mk とおくと M は求める極小モデルとなる. [ \ 極小モデル M は同型を除いて一意的に定まることが知られている.証明 については,[35] などを参照していただきたい.命題 5.6.5 の証明のように 構成された極小モデル M の部分代数の Hirsch 拡大による増大列によるフィ ルトレーション
M0 Ă M1 Ă M2 Ă ¨ ¨ ¨ Ă Mk Ă ¨ ¨ ¨ に対して,次のように次数付き Lie 代数を構成することができる.まず,M の分解不可能な要素全体を商代数
IpMq “ M` {pM` ^ M` q
5.6 Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群
185
として定める.IpMq の次数が k ` 1 の部分が,Hirsch 拡大に現れる線形空 間 Vk`1 である.Vk`1 の双対空間を Lk とおき,Lk の基底に次数 k を与え る.このとき,
L“
à
Lk
kě0
に,以下のように次数付き Lie 代数の構造を入れる.極小モデル M の微分 作用素 d から定まる写像
d : IpMq ÝÑ IpMq ^ IpMq の双対写像として,Lie ブラケット
r¨, ¨s : Lp b Lq ÝÑ Lp`q が得られる.実際 M の次数付き可換性より,双線形写像 r¨, ¨s は 5.4 節の次 数付き Lie 環の定義の条件 (1) を満たす.また,d2 “ 0 より,Jacobi 等式が 導かれる.このようにして定めた L を極小モデルの双対 Lie 代数とよぶ. 以下,この節では M を単連結な可微分多様体でホモロジー群 H˚ pM ; Rq は有限次元とする.4.3 節で,M のホモロジー接続を用いて,チェイン複体
pT H` pM ; Rq, δq を構成した.ホモロジー群 H˚ pT H` pM ; Rq, δq に対して ΔpXi q “ Xi b 1 ` 1 b Xi , 1 ď i ď m で定まる余積を入れて,Δ について の Lie 型の要素全体を P H˚ pT H` pM ; Rq, δq とおくと,これは次数付き Lie 代数の構造をもつ. 定理 4.3.1 の同型で双方の Lie 型の要素全体をとることにより,
P H˚ pΩM ; Rq – P H˚ pT H` pM ; Rq, δq
(5.17)
が成立する.以下,次数付き Lie 代数 P H˚ pT H` pM ; Rq, δq と極小モデルと の関連を述べる.そのために,4.2 節で導入したホモロジー接続の概念を極小 モデルに拡張しておこう.多様体 M の極小モデルを ρ : M ÝÑ A˚ pM q と する.極小モデルに値をもつホモロジー接続 ω ˜ とは,MxxX1 , . . . , Xm yy の 要素で,平坦性の条件
d˜ ω ` δω ˜ “ εp˜ ωq ^ ω ˜ など,4.2 節で述べたホモロジー接続と同様の条件を満たすものと定義する. 写像 ρ によって,ω ˜ はホモロジー接続 ω にうつされる.極小モデルに値をも つホモロジー接続の存在は,命題 4.2.5 と同じ手法によって示される.さら に,補題 5.4.1 と同様にして,ω ˜ は Lie 型の要素であることが示される. 次に,いくつかの例について,極小モデルに値をもつホモロジー接続を具
186
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
体的に記述する. 例 5.6.6 球面 S n の極小モデルは,例 5.6.4 で示したように,n が奇数のと きは
M “ Λpxq, |x| “ n, dx “ 0 n が偶数のときは M “ Λpxq b Λpyq, |x| “ n, |y| “ 2n ´ 1, dx “ 0, dy “ x ^ x で与えられる.ホモロジー群 Hn pS n q の生成元を X で表す. まず,n が奇数のとき,極小モデルに値をもつホモロジー接続は
ω ˜ “ xX,
δX “ 0
で与えられる.また,極小モデルの双対 Lie 代数は X を生成元とする 1 次元 の可換 Lie 代数である. 次に n が偶数のとき,極小モデルに値をもつホモロジー接続は
ω ˜ “ xX ` yX 2 “ xX `
1 yrX, Xs 2
で与えられる.ここで,δX “ 0, δY “ 0 である.実際,ω ˜ が平坦性の条件を 満たすことは,
d˜ ω “ px ^ xqX 2 δω ˜“0 εp˜ ωq ^ ω ˜ “ pxX ´ yX 2 q ^ pxX ` yX 2 q “ px ^ xqX 2 より確かめることができる.双対 Lie 代数は LpXq{Γ3 と同型で,基底は
X, rX, Xs, deg X “ n ´ 1 と表される.
˜ によって,極小モデ 上の例では,極小モデルに値をもつホモロジー接続 ω ルと双対 Lie 代数 L との間のペアリングが与えられている.他の例でも調べ てみよう. 例 5.6.7 M を奇数次元の球面の直積 S n ˆ S n とする.極小モデルは外積 代数
M “ Λpx1 , x2 q, |x1 | “ |x2 | “ n, dx1 “ dx2 “ 0
5.6 Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群
187
である.ここで,x1 , x2 , x1 ^ x2 の ρ : M ÝÑ A˚ pM q による像と双対なホ モロジー類を,それぞれ,X1 , X2 , Y で表すと,極小モデルに値をもつホモ ロジー接続は
ω ˜ “ x1 X1 ` x2 X2 ` px1 ^ x2 qY, δX1 “ δX2 “ 0, δY “ ´rX1 , X2 s で与えられる.双対 Lie 代数は,可換 Lie 代数 LpX1 , X2 q{Γ2 となる. 次は非自明な Massey 積が存在する例である. 例 5.6.8 M を例 5.3.5 で扱った 3 次元ベキ零多様体 G{GZ とする.微分形 式 ω1 , ω2 , ω12 およびホモロジー群の基底 X1 , X2 , Y1 , Y2 を例 5.3.5 と同様に とる.M の極小モデルは
M “ Λpx1 , x2 , x12 q, dx1 “ dx2 “ 0, ρpx1 q “ ω1 ,
|x1 | “ |x2 | “ |x12 | “ 1
dx12 “ ´x1 ^ x2
ρpx2 q “ ω2 ,
ρpx12 q “ ω12
となる.極小モデルに値をもつホモロジー接続は
ω ˜ “x1 X1 ` x2 X2 ` px1 ^ x12 qY1 ` px2 ^ x12 qY2 ` x12 rX1 , X2 s ` ¨ ¨ ¨ δX1 “ δX2 “ 0, δY1 “ rrX1 , X2 s, X1 s, δY2 “ rrX1 , X2 s, X2 s で与えられる.双対 Lie 代数は,ベキ零 Lie 代数 LpX1 , X2 q{Γ3 で,基底と して X1 , X2 , rX1 , X2 s がとれる. これまでの例で見てきたように,極小モデルに値をもつホモロジー接続に よって,極小モデルの双対 Lie 代数と複体 pT H` pM ; Rq, δq のホモロジー群 の Lie 型の要素全体の対応を記述することができる.この対応は一般的には,
p 1 , . . . , Xm q の要素 x で 次のように述べられる.自由 Lie 代数の完備化 LpX δx “ 0 を満たすもの全体からなる部分空間を ZpX1 , . . . , Xm q と表し,射影 p 1 , . . . , Xm q ÝÑ MbZpX p LpX p π : Mb 1 , . . . , Xm q p は完備化されたテンソル積を表す.極小モデルに値 を固定する.ここで,b をもつホモロジー接続 ω ˜ の上の射影による像 πp˜ ω q は,極小モデルの分解不 可能な要素全体 IpMq と P H˚ pT H` pM ; Rq, δq の間の非退化なペアリング を与えることが示される.このことから,次の定理が得られる.
188
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
定理 5.6.9 M を単連結な可微分多様体でホモロジー群 H˚ pM ; Rq は有限 次元とする.M の de Rham 複体 A˚ pM q の極小モデルの双対 Lie 代数は
P H˚ pT H` pM ; Rq, δq と同型である. 次にこのようにして構成される Lie 代数と M のホモトピー群 πn pM q との 関係を説明する.まず,ホモトピー群に関する定義と基本的な性質を述べて おく.詳細は代数的位相幾何学の教科書 [24] などを参照していただきたい.
X を位相空間として基点 x0 をとる.また,S n の基点 p を固定する.S n から X への連続写像 f で,f ppq “ x0 を満たすもの全体を MappS n , Xq0 で 表す.MappS n , Xq0 の要素 f, g が基点を保つホモトープであるとは,連続写 像 H : S n ˆ I ÝÑ X で, Hpx, 0q “ f pxq, Hpx, 1q “ gpxq, Hpp, tq “ x0 , 0 ď t ď 1 を満たすものが存在することである.この同値関係による同値類の集合を
πn pX, x0 q “ MappS n , Xq0 { „ で表す.π1 pX, x0 q にはループの合成により群の構造が入る.これは M の基 本群にほかならない.πn pX, x0 q, n ě 2 に対して,次のように積構造を入れ る.I n を n 次元キューブとする.MappS n , Xq0 の要素 f を f : I n ÝÑ X で f pBI n q “ x0 を満たすものとして表す.このような f, g について,積 f ¨ g を
$ &f p2t , t , . . . , t q, 0 ď t1 ď 12 1 2 n pf ¨ gqpt1 , t2 , . . . , tn q “ %gp2t1 ´ 1, t2 , . . . , tn q, 1 ď t1 ď 1 2
で定める.この積によって,πn pX, x0 q には群の構造をもち,これを X の
n 次のホモトピー群 (homotopy group) とよぶ.ホモトピー群 πn pX, x0 q は n ě 2 のとき可換群となる.ホモトピー群の基点は省略して書くことがある. ホモトピー群のいくつかの基本的な性質を挙げておこう.3.2 節で定義した ファイバー空間 p : E ÝÑ B においてファイバーを F とすると,ホモトピー 群の完全列
¨ ¨ ¨ ÝÑ πn`1 pBq ÝÑ πn pF q ÝÑ πn pEq ÝÑ πn pBq ÝÑ ¨ ¨ ¨ が存在する.ループ空間のホモトピー群について,次の補題が成り立つ. 補題 5.6.10 X の基点を x0 とするループ空間 ΩX “ MappS 1 , Xq0 のホモ トピー群は,
πn pΩXq – πn`1 pXq, n “ 1, 2, . . .
5.6 Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群
189
を満たす. [証明]写像の空間の間の同型
MappS n , MappS 1 , Xq0 q0 – MappS n`1 , Xq0 から求めるホモトピー群の同型が構成される.
[ \
球面 S n の n 次元ホモロジー群 Hn pS n q – Z の生成元を固定して,これを
rS n s で表し S n の基本ホモロジー類とよぶ.連続写像 f : S n ÝÑ S n に対し て,f の写像度 deg f は,f がホモロジー群に誘導する写像 f˚ : Hn pS n q ÝÑ Hn pS n q を用いて f˚ rS n s “ deg f rS n s を満たす整数として定まる.球面のホモトピー群に関する次の事実はよく知 られている. 命題 5.6.11 球面 S n について,k ă n ならば πk pS n q “ 0 となる.また,
k “ n のとき πn pS n q – Z で,同型写像は f : S n ÝÑ S n に対して f の写像 度を対応させることによって与えられる. ホモトピー群の構造を決定することは一般に困難で,球面についてもホモ トピー群の全貌は理解されていない.ここでは,反復積分の手法によるルー プ空間のホモロジー群の代数構造についての結果から,πk pM q b R の構造 が抽出されることを説明する.ホモトピー群についての次の積構造が重要な 役割を果たす. 定義 5.6.12 基点付き位相空間 pX, x0 q のホモトピー群について写像
w : πm pX, x0 q ˆ πn pX, x0 q ÝÑ πm`n´1 pX, x0 q を次のように定義する.ホモトピー群の要素 α P πm pX, x0 q, β P πn pX, x0 q が,それぞれ,f : pI m , BI m q ÝÑ pX, x0 q, g : pI n , BI n q ÝÑ pX, x0 q で表さ れているとする.このとき,
S m`n´1 – BI m`n – I m ˆ BI n Y BI m ˆ I n とみなして,f Y g : S m`n´1 ÝÑ X を I m 上では f , I n 上では g に一致す るような写像とする.ここで,BI m , BI n は f, g によって基点 x0 にうつされ るので f Y g は連続写像となる.写像 f Y g のホモトピー類を wpα, βq とお く.これを α と β の Whitehead 積とよぶ.
190
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
上の定義で m “ n “ 1 の場合には,rα, βs は基本群における交換子 αβα´1 β ´1 にほかならない.また,m ` n ą 2 の場合には,Whitehead 積は分配則を満たし,交換関係
wpα, βq “ p´1qmn wpβ, αq が成立する.ここで,m, n ą 1 として wpα, βq “ p´1qm rα, βs とおくと,
rα, βs “ ´p´1qpm´1qpn´1q rβ, αs が成り立ち,さらに,γ P π pX, x0 q について,Jacobi 等式
rα, rβ, γss “ rrα, βs, γs ` p´1qpm´1qpn´1q rβ, rα, γss を示すことができる.したがって,直和
à
LpXq “
πn pXq
ną1
は πn pXq の要素の次数が n ´ 1 となるような,Z 上の次数付き Lie 代数の構 造をもつ.補題 5.6.10 で示したように πn pΩXq – πn`1 pXq となるので上の 次数付き Lie 代数 LpXq を π˚ pΩXq と表すこともある.また,
à
π˚ pΩXq b R “
rπn pXq b Rs
ną1
は,R 上の次数付き Lie 代数の構造をもつ.この Lie 代数は Chen のホモロ ジー接続と次のように関連している. 定理 5.6.13 定理 5.6.9 の状況で M のホモロジー接続から定まる次数付き
Lie 代数 P H˚ pT H` pM ; R, δqq は,π˚ pΩM q b R と同型である. 上の定理は Cartan–Serre–Milnor–Moore の定理として知られている同型
π˚ pΩM q b R – P H˚ pΩM ; Rq と 4.3 節で示した Hopf 代数としての同型
H˚ pT H` pM ; Rq, δq – H˚ pΩM ; Rq の帰結である.Cartan–Serre–Milnor–Moore の定理については文献 [30] な どを参照していただきたい.この結果は,極小モデルを用いると次のように 述べることができる.まず,いくつかの記号を準備する.極小な次数付き微 分代数 M に対して,
IpMq “ M` {pM` ^ M` q
5.6 Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群
191
とおく.IpMq は,M` の要素で正の次数の要素の積の和に分解されないも の全体を表す.また,IpMq の次数が j の部分を I j pMq で表す,M から定 まる次数付き Lie 環を L “
À
Lj とすると次数 j の部分 Lj は,I j`1 pMq の 双対空間 rI j`1 pMqs˚ と同型である.定理 5.6.13 と定理 5.6.9 をあわせると, 次の結果が得られる.M についての仮定は定理 5.6.9 と同じとする. 定理 5.6.14 M の de Rham 複体 A˚ pM q の極小モデルを M とすると,同型
πj pM q b R – rI j pMqs˚ が成り立つ. この節では,Chen のホモロジー接続の理論を用いて,ループ空間のホモロ ジーの代数構造をとらえ,さらに,その Lie 型の要素から,Cartan–Serre– Milnor–Moore の定理を用いて πj pM q b R についての情報を抽出した.上 の定理 5.6.14 は,このようにして得られる次数付き Lie 代数と,M の極小モ デルの双対性から導くことができる.一方,Sullivan の理論においては,多 様体を三角形分割して,有理多項式を係数とする微分形式の空間から極小モ デルを構成し,定理 5.6.14 の内容が有理数体上で示されている.ホモトピー 群との関連は,多様体の Postnikov 分解を用いることによってなされている. いくつかの例について,πj pM q b R を記述してみよう. 例 5.6.15 球面 S n の極小モデルは,すでに示したように,n が偶数のとき には
M “ Λpxq b Λpyq, |x| “ n, |y| “ 2n ´ 1, dx “ 0, dy “ x ^ x で与えられる.したがって,
$ &R, I j pS n q “ %0,
j “ n, 2n ´ 1 j ‰ n, 2n ´ 1
となる.このことから,
$ &R, j “ n, 2n ´ 1 πj pS n q b R “ %0, j ‰ n, 2n ´ 1
が導かれる. また,n が奇数のときの極小モデルは
M “ Λpxq, |x| “ n, dx “ 0
192
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
となり,ホモトピー群について
$ &R, πj pS n q b R “ %0,
j“n j‰n
が導かれる.
ahler 形式を τ とすると,de Rham コホ 例 5.6.16 複素射影空間 CP n の K¨ 2 モロジー類 rτ s は,HDR pCP n q – R の基底を与える.また,コホモロジー
環 H ˚ pCP n q は rτ s で生成され,関係式 τ n`1 “ 0 をもつ.CP n の極小モデ ルは
M “ Λpxq b Λpyq, |x| “ 2, |y| “ 2n ` 1, dx “ 0, dy “ xn`1 で与えられる.de Rham 複体への写像 ρ : M ÝÑ A˚ pM q は,ρpxq “
τ, ρpyq “ 0 で定まる.したがって,CP n のホモトピー群について, $ &R, j “ 2, 2n ` 1 πj pCP n q b R “ %0, j ‰ 2, 2n ` 1 が得られる.また,rτ k s, 1 ď k ď n に双対なホモロジー群の基底を Xk ,
1 ď k ď n とすると,ホモロジー接続から得られる複体 pRxX1 , . . . , Xn y, δq は,例 4.2.3 で示したように,
δX1 “ 0 δXk “
ÿ
Xi Xk´i ,
k “ 2, . . . , n
1ďiďk´1
で与えられる.この複体のホモロジーの Lie 型の要素からなる次数付き Lie 環 L “ P H˚ pT H` pM ; R, δq は 2 次元で,基底
X “ X1 , Y “
ÿ
Xi Xn`1´i
1ďiďn
をもつ. 定義 5.6.17 M を可微分多様体とする.M がフォーマル (formal) である とは,M の de Rham 複体 A˚ pM q の極小モデルが,M のコホモロジー環
H ˚ pM ; Rq の極小モデルと同型となることである. 球面,複素射影空間はともにフォーマルな多様体の例である.フォーマル であるという性質は,ホモロジー接続の概念を用いると,次のように言い換 えることができる.
5.6 Sullivan の極小モデルと有理ホモトピー群
193
命題 5.6.18 M がフォーマルであることは,M が 4.3 節の意味で 2 次のホ モロジー接続をもつことと同値である. [証明] A をコホモロジー環 H ˚ pM ; Rq とし,A の分解不可能な要素全体を
IpAq “ A` {pA` ¨ A` q で表す.M の de Rham コホモロジー類を代表する 微分形式 ω1 , . . . , ωm をこれまで同様にとり,コホモロジー環の積構造の構造 定数 ckij を ÿ rεpωi q ^ ωj s “ ckij rωk s k
で定める.M がフォーマルであるとすると,M の極小モデルはコホモロジー 環 H ˚ pM ; Rq の極小モデル ρ : M ÝÑ A で与えられる.このとき,M に 値をとるホモロジー接続を構成すると,微分演算子 δ は,コホモロジー環の 積構造の構造定数を用いて,
δpXk q “
ÿ
ckij Xi Xj
(5.18)
i,j
で定まる.したがって,M は 2 次のホモロジー接続をもつ. 逆に,M が 2 次のホモロジー接続をもつとすると,4.2 節で示したよう に,δ はコホモロジー環の積構造の構造定数によって式 (5.18) で与えられ る.ここで,δpXk q は Lie 型の要素であり,IpAq の双対空間 IpAq˚ の要素 の Lie ブラケットで表すことができる.M の極小モデルの双対 Lie 代数は
LpIpAq˚ q{ Im δ と表される.ここで,LpIpAq˚ q は IpAq˚ で生成される自由 Lie 代数を示す.よって,δpXk q の形から,M の極小モデルは,コホモロジー 環 H ˚ pM ; Rq の極小モデルと同型であることがわかる.以上で命題が証明さ れた. [ \ 可微分多様体がフォーマルであるとき,その極小モデルはコホモロジー環 のカップ積のみで定まり,Massey 積はすべて 0 になる.M をコンパクト
K¨ ahler 多様体とする. 4.4 節の定理 4.4.10 は次の定理のように表すことがで きる.これは,Deligne–Griffiths–Morgan–Sullivan [25] によってなされた 定式化である. 定理 5.6.19 コンパクト K¨ ahler 多様体 M はフォーマルである.
M がフォーマルであることの直接的な議論は,M の de Rham 複体 A˚ pM q の部分複体 A を A “ tϕ P A˚ pM q | dc ϕ “ 0u
194
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
および、コホモロジー群
Hdc pM q “ A{dc A˚ pM q に微分 d “ 0 を入れた複体を考えることによってなされる. 定理 4.4.10 で示 したように 2 つの自然な写像
A˚ pM q ÐÝ A ÝÑ Hdc pM q は,それぞれコホモロジー群の同型を導く.したがって,de Rham 複体 A˚ pM q の極小モデルはコホモロジー環 H ˚ pAq – H ˚ pM q の極小モデルと同型であ ることが導かれる.つまり,M はフォーマルである.
5.7 基本群と 1 次極小モデル この節では,ホモロジー接続の反復積分による基本群のホロノミー表現の 手法と極小モデルとの関連を述べる.以下,M は必ずしも単連結でない可微 分多様体として,基点 x0 を固定する.また,M のホモロジー群 H˚ pM ; Rq は有限次元であるとする. まず,5.3 節で述べた基本群のホロノミー表現と反復積分についての主な結 果をまとめておこう.記号は 5.3 節と同様である.ホモロジー接続の反復積 分の次数 0 の部分から,ホロノミー準同型写像
Θ0 : Rπ1 pM, x0 q ÝÑ RxxX1 , . . . , X yy{N が定まる.RxxX1 , . . . , X yy の添加イデアルを Jp として,
U pM qk “ RxxX1 , . . . , X yy{pN ` Jpk`1 q とおくと,5.3 節で示したように,ホロノミー準同型写像は同型
Rπ1 pM, x0 q{J k`1 – U pM qk を導く.さらに,射影極限をとって,Hopf 代数としての同型
Rp π1 pM, x0 q – RxxX1 , . . . , X yy{N が得られる.ここで,Rp π1 pM, x0 q は基本群の R 上の群環の添加イデアルの ベキについての完備化を表す.また,U pM qk の余積 Δ についての Lie 型の
p 1 , . . . , X q として, 要素全体を gpM qk とおくと,I “ N X LpX p 1 , . . . , X q{pI ` Γ p k`1 q, gpM qk “ LpX
k “ 1, 2, . . .
5.7 基本群と 1 次極小モデル
195
p 1 , . . . , X q は,X1 , . . . , X で生成される と表すことができる.ここで,LpX 自由 Lie 代数の完備化である.以上の構成により,ベキ零 Lie 代数の拡大列
0 Ð gpM q1 Ð gpM q2 Ð ¨ ¨ ¨ Ð gpM qk Ð ¨ ¨ ¨
(5.19)
gpM q “ lim gpM qk は が得られる.M の基本群の Malcev 完備化 p ÐÝ
p 1 , . . . , X q{I p gpM q “ LpX と表すことができる. 基本群の Malcev 完備化と極小モデルとの関係を説明するため,1 次極小 モデルを次のように定義する. 定義 5.7.1 A “
À
Ap は H 0 pAq “ R を満たす次数付き微分代数とする. 極小な次数付き微分代数 Mp1q が A の 1 次極小モデル (1-minimal model) であるとは,次の条件 (1), (2) が満たされることである. pě0
(1) Mp1q は次数 1 の要素によって生成される外積代数である. (2) 次数付き微分代数の準同型写像 ρ : Mp1q ÝÑ A で,コホモロジー群の同 型 ρ˚ : H 1 pMp1qq – H 1 pAq と単射準同型 ρ˚ : H 2 pMp1qq ÝÑ H 2 pAq を導くものが存在する. 一般に次の命題が成立する. 命題 5.7.2 A は H 0 pAq “ 0 を満たす次数付き微分代数とする.A の 1 次極 小モデル ρ : Mp1q ÝÑ A が存在する. 上の命題の証明は前節の命題 5.6.5 と同様で,帰納的に Hirsch 拡大の列
R “ Mp1q0 Ă Mp1q1 Ă Mp1q2 Ă ¨ ¨ ¨ Ă Mp1qk Ă ¨ ¨ ¨ Ť が構成され,これらの和集合 Mp1q “ k Mp1qk が 1 次極小モデルとなる. とくに,Mp1q1 はコホモロジー群 H 1 pM ; Rq で生成される外積代数と同型 である.ただし,この場合は生成元の次数が 1 であることから,Hirsch 拡大 の列は無限に続く可能性があることに注意しよう.1 次極小モデル Mp1q は 同型を除いて一意的に定まることが知られている. 前節と同様に 1 次極小モデル Mp1q についても,その双対 Lie 代数を定義 することができる.具体的には,次のように構成される.上の Hirsch 拡大を
Mp1qk “ Mp1qk´1 b ΛpVk q
196
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
と表す.V1 ‘ ¨ ¨ ¨ ‘ Vk の双対空間を Lp1qk とおき,Lp1qk に,以下のよう に Lie 代数の構造を入れる.Lp1qk の基底 tX u について,その双対基底を
tx u として,Mp1q において dx “
ÿ
cij xi ^ xj
i,j
となるとき,Lie ブラケットを
rXi , Xj s “
ÿ
cij X
で定める.このようにして,Lp1qk に Lie 代数の構造が入る.射影極限
Lp1q “ lim ÐÝ Lp1qk を 1 次極小モデル Mp1q の双対 Lie 代数と定義する. 以下,M の de Rham 複体 A˚ pM q の 1 次極小モデルを単に M の 1 次極 小モデルとよぶ.次に基本的な例について,1 次極小モデルを記述しよう. 例 5.7.3 M を R2 から相異なる 個の点 p1 , . . . , p を除いた領域とする.de 1 Rham コホモロジー群 HDR pM q の基底を与える 1 次閉微分形式を ω1 , . . . , ω とする.1 次極小モデル Mp1q のフィルトレーション Mp1q0 Ă Mp1q1 Ă Mp1q2 Ă ¨ ¨ ¨ について,Mp1qk “ ΛpV1 ‘ ¨ ¨ ¨ ‘ Vk q と表すと.Mp1q1 は 1 HDR pM q で生成される外積代数 Mp1q1 “ Λpx1 , . . . , x q であり,ρ は
ρpxj q “ ωj , 1 ď j ď , ρpVk q “ 0, k ě 2 と与えられる.V2 の基底は dxij “ ´xi ^ xj , 1 ď i ă j ď を満たすような
xij で与えられ,これは,自由 Lie 代数 LpX1 , . . . , X q の 2 次のブラケット rXi , Xj s, 1 ď i ă j ď
の双対基底となる.Mp1q2 については,
x1 ^ x12 , x1 ^ x23 ` x12 ^ x3 , . . . などの Massey 積が H 2 pMp1q2 q の 0 でない要素を与えるので,次のステッ プの V3 はこれらに対応して
dx112 “ ´x1 ^ x12 , dx123 “ ´x1 ^ x23 ´ x12 ^ x3 などを満たす x112 , x123 , . . . を基底にもつ.V3 は LpX1 , . . . , X q の 3 次のブ
5.7 基本群と 1 次極小モデル
197
ラケット全体からなる空間の双対空間とみなせる.この例については,ρ は コホモロジー群の同型 ˚ ρ˚ : H ˚ pMp1qq – HDR pM q
を導き,1 次極小モデル Mp1q は,それ自身 M の極小モデルを与えている. 次の定理は Sullivan の極小モデルの枠組みでも証明できるが,ここではホ モロジー接続を用いた議論の概要を述べる.具体例としては前節の例 5.6.8 を 参照されたい.また,Sullivan の理論による証明については,文献 [35] など をご覧いただきたい. 定理 5.7.4 可微分多様体 M の 1 次極小モデル Mp1q の双対 Lie 代数は,M
gpM q と同型である. の基本群の Malcev 完備化 p [証明]まず,1 次極小モデル Mp1q の双対 Lie 代数が複体 pTpH` pM q, δq の
0 次元のホモロジー群の Lie 型の要素全体 P H0 pTpH` pM q, δq と同型である ことを示す.この節では,以降,ホモロジー群の係数 R を省略して表すこ とがある.方法は,5.6 節と同様で,極小モデルに値をもつホモロジー接続 p 1 , . . . , Xm q を用いる.自由 Lie 代数の完備化 LpX p 1 , . . . , Xm q p LpX ω ˜ P Mb の要素 x で δx “ 0 を満たすもの全体を ZpX1 , . . . , Xm q と表し,射影 p 1 , . . . , Xm q ÝÑ MbZpX p LpX p π : Mb 1 , . . . , Xm q をとる.とくに,次数 0 の部分に注目すると,πp˜ ω q は 1 次極小モデル Mp1q の分解不可能な要素全体 V1 ‘ V2 ‘ ¨ ¨ ¨ ‘ Vk ‘ ¨ ¨ ¨ と
p 1 , . . . , X q{ Im δ P H0 pTpH` pM q, δq – LpX との間の非退化なペアリングを与えることが示される.したがって,Mp1q
の双対 Lie 代数は,P H0 pTpH` pM q, δq と同型である.これを系 5.3.2 で示し た Hopf 代数としての同型
Rp π1 pM, x0 q – RxxX1 , . . . , X yy{ Im δ の両辺の Lie 型の要素全体をとりだすことによって得られる同型
p 1 , . . . , X q{ Im δ p gpM q – LpX とあわせて,定理が証明される.
[ \
198
第 5 章 基本群と de Rham ホモトピー論
定義 5.7.5 多様体 M のカップ積写像
Y : H 1 pM ; Rq ^ H 1 pM ; Rq ÝÑ H 2 pM ; Rq の双対写像を η : H2 pM ; Rq ÝÑ H1 pM ; Rq^H1 pM ; Rq とする.H1 pM ; Rq の生成する自由 Lie 代数を LpH1 pM ; Rqq で表し,H1 pM ; Rq ^ H1 pM ; Rq を H1 pM ; Rq の 2 次の Lie ブラケットが生成する LpH1 pM ; Rqq の部分空間 と同一視する.このとき,Im η が生成する LpH1 pM ; Rqq のイデアルを a と して,
hpM q “ LpH1 pM ; Rqq{a とおき,これを M のホロノミー Lie 代数 (holonomy Lie algebra) とよぶ. ホロノミー Lie 代数の完備化を
p hpM q “ lim ÐÝ LpH1 pM ; Rqq{pa ` Γk q で表す.これまでの構成から,次の定理が成立する. 定理 5.7.6 M が 2 次のホモロジー接続をもつならば,M の基本群の Malcev
gpM q は,ホロノミー Lie 代数の完備化 p 完備化 p hpM q と同型となる.
多様体が 2 次のホモロジー接続をもつことの定義については,4.3 節をご 覧いただきたい.命題 5.6.18 を用いると,上の定理の言い換えとして,M が フォーマルならば,同型 p gpM q – p hpM q が成立することがわかる.とくに,
M がコンパクト K¨ ahler 多様体のとき,定理 5.6.19 とあわせて次の定理が成 り立つ. 定理 5.7.7 M がコンパクト K¨ ahler 多様体ならば,M の基本群の Malcev 完備化とホロノミー Lie 代数の完備化は同型である. したがって,コンパクト K¨ ahler 多様体 M については,基本群の Malcev 完備化はカップ積写像 H 1 pM ; Rq ^ H 1 pM ; Rq ÝÑ H 2 pM ; Rq によって決 定されることがわかる.
Stallings による次の結果は,Chen のホモロジー接続の手法により示すこ とができる. 定理 5.7.8 多様体 M が H2 pM ; Rq “ 0 を満たすならば,M の基本群はラン クが b1 pM q の自由群を部分群として含む.ここで,b1 pM q “ dim H1 pM ; Rq である.
5.7 基本群と 1 次極小モデル
199
[証明]仮定より,境界準同型 δ : TpH` pM q1 ÝÑ TpH` pM q0 の像は t0u と なり,
H0 pTpH` pM q, δq – RxxX1 , . . . , X yy が得られる.ここで, “ b1 pM q である.したがって,ホロノミー準同型写 像は
Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ RxxX1 , . . . , X yy と表される.可換化写像 π1 pM, x0 q ÝÑ H1 pM ; Rq によって,H1 pM ; Rq の基底 X1 , . . . , X にうつされる基本群の要素 γ1 , . . . , γ をとると Θpγi q “
1 ` Xi ` ¨ ¨ ¨ , 1 ď i ď の形となり,これらは,RxxX1 , . . . , X yy において, ランク の自由群 F を生成する.したがって,全射 Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ F が得られる.ここで,準同型 ι : F ÝÑ π1 pM, x0 q で Θ0 ˝ ι “ id となるも のをとると,ι は単射となりその像はランクが b1 pM q の自由群である. [ \ 一般に,カップ積写像から得られる基本群の情報について,以下の命題が 成立する. 命題 5.7.9 多様体 M が 2 次のホモロジー接続をもち,カップ積写像
Y : H 1 pM ; Rq ^ H 1 pM ; Rq ÝÑ H 2 pM ; Rq が零写像ならば,M の基本群はランクが b1 pM q の自由群を部分群として含む. [証明]カップ積写像が零写像であるから,ホロノミー Lie 代数を定義する a は零イデアルとなる.さらに,多様体 M が 2 次のホモロジー接続をもつので, 定理 5.7.7 より M の基本群の Malcev 完備化は階数 の自由 Lie 代数の完備 化と同型である.したがって,ホロノミー準同型写像は Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ
RxxX1 , . . . , X yy の形となり,定理 5.7.8 と同じ議論で命題が証明される. [ \
ୈ
6 ষ ແݶখΈͻؔࣜͱ ͦͷԠ༻
6.1 超平面配置のバー複体 一般に,有限次元の線形空間の余次元 1 の部分空間を超平面 (hyperplane) と いい,有限個の超平面からなる集合を超平面配置 (hyperplane arrangement) とよぶ.超平面配置は,反復積分が有効に用いられる対象の 1 つである.この 節で述べる,反復積分の超平面配置への応用は,文献 [49] に述べられている. 複素線形空間 Cn の超平面配置 tH1 , . . . , H u をとる.ここでは,原点を 通るような超平面のみを扱うことにする.また,Hj , 1 ď j ď を定義する 線形形式を fj : Cn ÝÑ C とする.つまり,Hj “ Ker fj である.超平面
H1 , . . . , H の和集合の Cn における補集合を M “ Cn
Iď
Hj
j“1
とおく.まず,M のコホモロジー群について知られている基本的な事実を まとめておこう.詳細については Orlik–Terao [64] などを参照していただき たい. 線形形式 fj に対して,M 上の 1 次微分形式 ωj を
ωj “
1 ?
2π ´1
d log fj “
dfj , 1ďjď
2π ´1 fj 1 ?
(6.1)
で定める.Brieskorn [11] によって,コホモロジー環 H ˚ pM ; Zq は,微分形 式 ωj の定める de Rham コホモロジー類 rωj s P H 1 pM ; Zq, 1 ď j ď によっ て生成されることが知られている.超平面 Hj1 , . . . , Hjm が従属 (dependent) であるとは,条件
codimC pHj1 X ¨ ¨ ¨ X Hjm q ă m が満たされることとする.微分形式 ωjk , 1 ď k ď m の間には次のような関
202
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
係式が成立する. 補題 6.1.1 従属な超平面 Hj1 , . . . , Hjm に対して,関係式 m ÿ
p´1qk´1 ωj1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ ω pjk ^ ¨ ¨ ¨ ^ ωjm “ 0
k“1
が成立する. [証明]超平面 Hj1 , . . . , Hjm が従属であることから,適当に番号をつけか えて,
fjm “ α1 fj1 ` ¨ ¨ ¨ ` αm´1 fjm´1 と線形結合で表されるとしてよい.したがって,
ω jm “ が得られ,この式を
1 pα1 dfj1 ` ¨ ¨ ¨ ` αm´1 dfjm´1 q fjm
řm
k“1 p´1q
k´1
ω j1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ ω pjk ^ ¨ ¨ ¨ ^ ωjm に代入する [ \
ことにより,求める結果が示される.
補題 6.1.1 の特別な場合として,3 つの超平面 Hi , Hj , Hk が
codimC pHi X Hj X Hk q “ 2 を満たすとき,関係式
ω i ^ ωj ` ωj ^ ωk ` ωk ^ ωi “ 0
(6.2)
が成立する.この関係式は,M の 2 次のコホモロジーの記述に用いられる.
M 上の複素数に値をとる微分形式全体からなる de Rham 複体を A˚ pM q として,単位元 1 と ω1 , . . . , ω で C 上生成される A˚ pM q の部分代数を A とおく.A は次数付き微分代数の構造をもつ.ここで,A において d は恒等 的に 0 である.V を基底 v1 , . . . , v をもつ C 上の線形空間として,ΛpV q を V で生成される外積代数とする.超平面配置 tH1 , . . . , H u において,線形 従属な超平面からなる部分集合 tHj1 , . . . , Hjm u に対して m ÿ
p´1qk´1 vj1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ vpjk ^ ¨ ¨ ¨ ^ vjm
k“1
を対応させ,これら全体で生成される ΛpV q のイデアルを J とおく.準同型写 像 ρ : ΛpV q ÝÑ A˚ pM q を ρpvj q “ ωj , 1 ď j ď で定める.Orlik–Solomon
[63] により,ρ は次数付き微分代数としての同型 ΛpV q{J – A
6.1 超平面配置のバー複体
203
を導くことが知られている.また,包含写像 i : A ÝÑ A˚ pM q はコホモロ ジーの同型
H ˚ pAq – H ˚ pM ; Cq を導くことが示される.ここで,A において d “ 0 であることから,H ˚ pAq “
À q A となる.超平面配置に対して定まる次数付き微分代数 A “ qě0 A を Orlik–Solomon 代数とよぶ.次数 0 の部分 A0 は C である.Orlik–Solomon À q 代数 A “ qě0 A は 3.3 節のはじめに述べた条件 (1), (2) を満たしている. 3.3 節と同様に,Orlik–Solomon 代数に対して,被約複体 A を,次数を 1 ず $ &0, qă0 q A “ %Aq`1 , q ě 0
らして,
˚
で定義する.また,被約バー複体 B pAq を,A で生成されるテンソル代数 ˚
B pAq “
¯ k à ´â A kě0
˚
として定める.B pAq は自然に次数付き代数の構造をもち,コバウンダリー 作用素は
dpϕ1 b ¨ ¨ ¨ b ϕk q “
k´1 ÿ
p´1qνj `1 ϕ1 b ¨ ¨ ¨ b pϕj ^ ϕj`1 q b ¨ ¨ ¨ b ϕk
(6.3)
j“1 qj
で与えられる.ここで,ϕj P A ˚
で νj “ q1 ` ¨ ¨ ¨ ` qj とした.反復積分を
用いて,準同型写像 I : B pAq ÝÑ B ˚ pM q が
ż
Ipϕ1 b ¨ ¨ ¨ b ϕk q “
ϕ 1 . . . ϕk ˚
によって定義される.3.5 節で述べたように,被約バー複体 B pAq のフィル トレーションを ˚
F ´k pB pAqq “
¯ à ´â A ďk
で定める.次の定理が成立する. ˚
定理 6.1.2 複素超平面配置の補集合 M に対して,I : B pAq ÝÑ B ˚ pM q はコホモロジー群の同型
204
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用 ˚
H ˚ pB pAqq – H ˚ pB ˚ pM qq を導く. [証明] 3.5 節の Chen の主定理の証明と同様のスペクトル系列を用いた議論 ˚
によって証明する.被約バー複体 B pAq のフィルトレーションと B ˚ pM q の 反復積分の長さによるフィルトレーションについて,I はフィルトレーショ ンを保つ次数付き微分代数の準同型写像である.3.5 節で示したように,この フィルトレーションから導かれるスペクトル系列の E0 項の間に導かれる写 像は Orlik–Solomon 代数と,de Rham 複体 A˚ pM q の被約複体の間の包含 写像
i : A ÝÑ A˚ pM q である.ここで,i はコホモロジーの同型を導くことを用いると,スペクトル 系列の E1 項における同型が得られる.したがって,E8 項における同型が 導かれ,求める結果が得られる.
[ \
上の定理により,M のバー複体のコホモロジーは,Orlik–Solomon 代数か ら計算することができる.とくに 0 次のコホモロジーについて, ˚
H 0 pB pAqq – H 0 pB ˚ pM qq が得られるので,第 5 章で述べた基本群についての Chen の基本定理を用い ˚
ると,H 0 pB pAqq に導かれるフィルトレーションについて次の結果が得ら れる. 定理 6.1.3 Orlik–Solomon 代数 A の被約バー複体について同型 ˚
F ´k H 0 pB pAqq – HompZπ1 pM, x0 q{J k`1 , Cq が成立する.
5.7 節で定義したホロノミー Lie 代数は,複素超平面配置の補集合 M に対 しては次のような構造をもつ. 補題 6.1.4 M のホロノミー Lie 代数は自由 Lie 環の商として
hpM q “ LpX1 , . . . , X q{a と表される.ここで,X1 , . . . , X は超平面 H1 , . . . , H と 1 対 1 に対応し, イデアル a は,
codimC pHj1 X ¨ ¨ ¨ X Hjm q “ 2
6.1 超平面配置のバー複体
205
であるような超平面の極大な集合 tHj1 , . . . , Hjm u に対応して
rXjp , Xj1 ` ¨ ¨ ¨ ` Xjm s, 1 ď p ă m で生成される. [証明] Orlik–Solomon 代数 A の次数 k の部分を Ak で表す.M のホロノ ミー Lie 代数は A1 の双対空間 pA1 q˚ で生成される自由 Lie 環の商として表さ れる.pA1 q˚ の基底として,X1 , . . . , X をとる.ここで,A2 の基底は,関係 式 (6.2) を用いると,補題の条件を満たす超平面の極大な集合 tHj1 , . . . , Hjm u それぞれについて
ωjp ^ ωjm ,
1ďpăm
を対応させることによって構成することができる.したがって,外積により 定義される写像 A1 ^ A1 ÝÑ A2 の双対写像の像として,
rXjp , Xj1 ` ¨ ¨ ¨ ` Xjm s, 1 ď p ă m [ \
が得られる.以上で補題が証明された.
複素超平面配置の補集合のホロノミー Lie 代数の例を挙げておこう.Cn の 座標関数を z1 , . . . , zn とする. 例 6.1.5 Cn の超平面 Hj , 1 ď j ď n を zj “ 0 で定める.補集合 M の基本 群は階数が n の自由加群である.このとき,codimC pHj1 X ¨ ¨ ¨ X Hjm q “ 2 であるような超平面の極大な集合は tHi , Hj u, 1 ď i ‰ j ď n であり,
hpM q “ LpX1 , . . . , Xn q{a と表すと,イデアル a は,rXi , Xj s, 1 ď i ă j ď n で生成される.したがっ て,ホロノミー Lie 代数 hpM q は X1 , . . . , Xn で生成される可換 Lie 代数で ある. 例 6.1.6 Cn の超平面 Hij , 1 ď i ă j ď n を zi “ zj で定める.補集合
Mn “ Cn
I
ď
Hij
1ďiăjďn
は,複素平面上の相異なる順序のついた n 個の点の配置空間 (configuration
space) とよばれる.Mn の基本群は純粋組みひも群 (pure braid group) と よばれ,Pn で表す.純粋組みひも群については 6.3 節であらためて取り上げ
206
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
る.このとき,codimC pHj1 X ¨ ¨ ¨ X Hjm q “ 2 であるような超平面の極大な 集合は,
tHik , Hij , Hjk u, (i, j, k は相異なる. ) tHij , Hk u, (i, j, k, は相異なる. ) と表される.ホロノミー Lie 代数 hpMn q は Xij , 1 ď i ‰ j ď n で生成され, 関係式
Xij “ Xji , 1 ď i ‰ j ď n rXik , Xij ` Xjk s “ 0, (i, j, k は相異なる. ) rXij , Xk s “ 0, (i, j, k, は相異なる. ) で定義される.Mn のホロノミー Lie 代数を定める上の関係式は無限小組み ひも関係式 (infinitesimal pure braid relations) とよばれる. 次に複素超平面配置の補集合 M のホモロジー接続について考察しよう.す でに見たように,Orlik–Solomon 代数 A は包含写像 i : A ÝÑ A˚ pM q が同 型 A – H ˚ pM ; Cq を導くという性質をもつ.また,A はホモロジーの次数 が正の部分 H` pM q の双対空間とみなせる.ここでは,ホモロジー群の係数 は C とし,これまでと同様に,Hp pM q の要素に次数 p ´ 1 を入れて,テン ソル代数 T H` pM q を次数付き代数とみなす.M のホモロジー接続は,tϕj u を A の基底,tZj u をその双対基底として
ω ˜“
m ÿ
ϕj Zj
j“1
で与えられる.ここで,微分作用素 δ : T H` pM qp ÝÑ T H` pM qp´1 はコホ モロジー群のカップ積写像の双対写像から導かれる.具体的には δ を次のよ うに定める.Orlik–Solomon 代数において
ϕ i ^ ϕj “
ÿ
ckij ϕk
k
と表されるとき,
δZk “ ´
ÿ
p´1qpi ckij rZi , Zj s
(6.4)
k
とおく.ここで,pj “ deg ϕj とする.このとき,複体のレベルで次が得ら れる.
6.1 超平面配置のバー複体
207
˚
命題 6.1.7 バー複体 pB pAq, dq はチェイン複体 pT H` pM q, δq の双対複体 である. [証明] Orlik–Solomon 代数 A はホモロジー群 H˚ pM q の双対空間であるか ら,双対ペアリング ˚
x¨, ¨y : B pAq ˆ T H` pM q ÝÑ C が得られる.このペアリングに対して
xdϕ, Zy “ xϕ, BZy,
ϕ P A, Z P H` pM q
を証明すればよい.これは,バー複体における外微分作用素の定義式 (6.3) と 式 (6.4) を用いて,直接計算によって示される.
[ \
とくに,チェイン複体 pT H` pM q, δq の 0 次ホモロジー H0 pT H` pM q, δq ˚
はバー複体の 0 次コホモロジー H 0 pB pAqq の双対空間となる.ホモロジー 接続の次数が 0 の部分は
ω“
ÿ
ωj Xj
(6.5)
j“1
の形にとることができる.ここで,ωj は式 (6.1) で定まる対数微分形式であ る.さらに,M は 2 次のホモロジー接続をもつことから 5.7 節の結果を用い て,M の基本群の Malcev 完備化 p gpM q はホロノミー Lie 代数 hpM q の降中 心列に関する完備化 p hpM q と同型であることが得られる.
ホモロジー接続から定義される M の基本群のホロノミー表現は,以下の ように記述される.超平面配置 tH1 , . . . , H u に対して,X1 , . . . , X を変数 とする非可換形式的ベキ級数 CxxX1 , . . . , X yy をとり,N を
codimC pHj1 X ¨ ¨ ¨ X Hjm q “ 2 であるような超平面の極大な集合 tHj1 , . . . , Hjm u に対応して
rXjp , Xj1 ` ¨ ¨ ¨ ` Xjm s, 1 ď p ă m で生成される完備なイデアルとする.M の基本群のホロノミー表現
Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ CxxX1 , . . . , X yy{N は,式 (6.5) の ω を用いて,
Θ0 pγq “ 1 `
8 ż ÿ k“1
γ
ω¨¨¨ω loomoon k
208
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
で与えられる.さらに,この写像は,基本群の群環との間の完備な Hopf 代 数の同型
Cp π1 pM, x0 q – CxxX1 , . . . , X yy{N を導く. これを用いて,対数微分形式 ωj , 1 ď j ď の反復積分の線形結合が,ホ モトピー不変となるための条件を以下のように書き下すことができる. 定理 6.1.8 複素超平面配置の補集合 M 上の対数微分形式 ωj , 1 ď j ď の 反復積分の線形結合
ż
ÿ
ωj1 ¨ ¨ ¨ ωjk , aj1 ¨¨¨jk P C
aj1 ¨¨¨jk γ
j1 ¨¨¨jk
が基点を x0 とするループ γ のホモトピー類のみによるための必要十分条件 は,対応 Xj1 . . . Xjk ÞÑ aj1 ...jk が線形写像 U hpM q b C ÝÑ C を定めるこ とである. [証明]上の反復積分をループ空間 ΩM 上の関数とみなして,条件
ż
ÿ
ωj1 ¨ ¨ ¨ ωjk “ 0
aj1 ¨¨¨jk d
(6.6)
γ
j1 ¨¨¨jk
となることが,対応 Xj1 ¨ ¨ ¨ Xjk ÞÑ aj1 ¨¨¨jk が線形写像 U hpM q b C ÝÑ C を定めることと同値であることを示せばよい.反復積分によって定まる写像 ˚
ι : B pAq ÝÑ A˚ pΩM q ˚
は単射であるから,条件 (6.6) は B pAq における等式
ÿ
aj1 ¨¨¨jk dpωj1 b ¨ ¨ ¨ b ωjk q “ 0
j1 ¨¨¨jk
と同値である.さらに,命題 6.1.7 で示した双対ペアリングにより,この条 件は,すべての Z P T H` pM q1 に対して
ÿ
xaj1 ¨¨¨jk ωj1 b ¨ ¨ ¨ b ωjk , BZy “ 0
j1 ¨¨¨jk
が成立することと同値である.この条件を書き下すと,求める結果が得られ る.
[ \
定理 6.1.8 の反復積分を M の基点 x0 から x に沿って行って,これを x の
6.2 ホロノミー Lie 代数と基本群の表現
209
Ă上 関数とみなすと,これは M 上の多価関数,つまり,M の普遍被覆空間 M Ăq とおくと,反復積 Ă 上の C 8 級関数全体を C 8 pM の C 8 級関数である.M 分によって,写像
˚ Ăq F ´k H 0 pB pAqq ÝÑ C 8 pM
が得られる.この写像の像を Fk pM q とおくと関数の空間の増大列
C “ F0 pM q Ă F1 pM q Ă ¨ ¨ ¨ Ă Fk pM q Ă ¨ ¨ ¨ が得られる.ここで,F1 pM q は対数関数 log fj , 1 ď j ď で生成される線 形空間である.また,Orlik–Solomon 代数の次数 1 の部分を A1 で表すと,
A1 は,対数微分形式 ωj “
1 ? 2π ´1
log fj , 1 ď j ď で生成される線形空間
であり
dFk`1 pM q Ă Fk pM q b A1 ,
k “ 0, 1, 2, . . .
が成り立つ.このようにして,超平面配置に対して,多重対数関数の一般化 が得られる.
6.2 ホロノミー Lie 代数と基本群の表現 前節と同様に tH1 , . . . , H u を複素線形空間 Cn の超平面配置とし,補集合 を M “ Cn z
Ť
Hj とおく.超平面 Hj , 1 ď j ď を定義する線形形式を fj : C ÝÑ C として,対数微分形式を ωj “ 2π?1 ´1 d log fj で定める.M j“1
n
の基本群のホロノミー準同型写像
Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ CxxX1 , . . . , X yy{N は,ω “
ř j“1
ωj b Xj を用いて, 8 ż ÿ
Θ0 pγq “ 1 `
k“1
γ
ω¨¨¨ω loomoon k
で与えられる.ここで,N は codimC pHj1 X ¨ ¨ ¨ X Hjm q “ 2 であるような 超平面の極大な集合 tHj1 , . . . , Hjm u に対応して
rXjp , Xj1 ` ¨ ¨ ¨ ` Xjm s, 1 ď p ă m
(6.7)
で生成される完備なイデアルとする.
V を有限次元の複素線形空間として,V の線形変換全体を EndpV q で表す. 一般に複素 Lie 代数 g の V への線形表現とは,線形写像 ρ : g ÝÑ EndpV q
210
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
であって,
ρprX, Y sq “ ρpXqρpY q ´ ρpY qρpXq, X, Y P g を満たすものである.この節では, 個の EndpV q の要素 A1 , . . . , A に対し て,EndpV q に値をとる微分形式
ω“
ÿ
Aj ωj
j“1
を扱う.E を M 上のファイバーが V の自明なベクトル束とすると,ω は 4.1 節で説明した意味で,E の接続形式とみなすことができる.ここでは,主と して ω のホロノミーを扱う. 線形変換 A1 , . . . , A が,式 (6.7) に対応して関係式
rAjp , Aj1 ` ¨ ¨ ¨ ` Ajm s “ 0, 1 ď p ă m を満たすと仮定する.つまり,対応 Xj ÞÑ Aj , 1 ď j ď がホロノミー Lie 代数の表現 r : hpM q b C ÝÑ EndpV q を与えるとする.このとき,接続形 式ω “
ř
j“1
Aj ωj は ω ^ ω “ 0 を満たし,可積分である.さらに,ω のモ
ノドロミー表現 θ : π1 pM, x0 q ÝÑ GLpV q は,ホロノミー準同型写像 Θ0 に おいて,Xj “ Aj , 1 ď j ď と代入することによって得られる. 上の条件を満たすような可積分接続の典型的な例として,KZ 接続を挙げて おく.これは,複素単純 Lie 代数 g とその表現 ρj : g ÝÑ EndpVj q, 1 ď j ď n に対して定まる
Mn “ tpz1 , . . . , zn q P Cn | zi ‰ zj , i ‰ ju 上の接続で,次のように定義される.Lie 代数 g の Cartan–Killing 形式に 関する正規直交基底を tIμ u とし,Ω “
ř
b Iμ とおく.表現空間 Vj , 1 ď j ď n のテンソル積 V1 b ¨ ¨ ¨ b Vn の線形変換 Ωij , 1 ď i ‰ j ď n を μ Iμ
Ωij pv1 b ¨ ¨ ¨ b vn q ÿ “ v1 b ¨ ¨ ¨ b ρi pIμ qvi b ¨ ¨ ¨ b ρj pIμ qvj b ¨ ¨ ¨ b vn μ
と定める. 例えば,g を sl2 pCq つまり,トレースが 0 となるような 2 次の複素正方行 列全体とするとき,Cartan–Killing 形式は
xX, Y y “ TrpXY q, X, Y P sl2 pCq
6.2 ホロノミー Lie 代数と基本群の表現
で与えられる.また,sl2 pCq の基底として,
˜
H“
1 0
¸ 0 , ´1
˜
E“
0 0
¸ 1 , 0
˜ F “
0 1
211
¸
0 0
がとれ,
1 H bH `EbF `F bE 2 ř と表すことができる.複素単純 Lie 代数 g に対して,C “ μ Iμ Iμ は Casimir 元とよばれ,普遍展開環 U pgq のすべての要素と可換であることが知られて いる.一般的な複素単純 Lie 代数 g の場合についての詳細は Lie 代数につい ての標準的な教科書 [41] などを参照していただきたい. このように定めた Ωij は,無限小組みひも関係式を満たす.すなわち,次 Ω“
の補題が成立する. 補題 6.2.1 複素単純 Lie 代数 g とその表現 ρj , 1 ď j ď n に対して,上のよ うに定まる Ωij は,関係式
p1q Ωij “ Ωji , 1 ď i ‰ j ď n p2q rΩik , Ωij ` Ωjk s “ 0, (i, j, k は相異なる. ) p3q rΩij , Ωk s “ 0, (i, j, k, は相異なる. ) を満たす. [証明]関係式 (1), (3) はテンソル積の定義からただちにしたがう.以下,関 係式 (2) を示す.余積 Δ : U pgq ÝÑ U pgq b U pgq を ΔpXq “ X b 1 ` 1 b X, ř X P g を満たす代数としての準同型写像として定めると,Ω “ μ Iμ b Iμ は Casimir 元 C を用いて 1 Ω “ pΔC ´ C b 1 ´ 1 b Cq 2 と表すことができる.ここで,U pgq の任意の要素 X は,C と可換であるこ とから
rΔpCq, ΔpXqs “ 0, X P U pgq が成り立つ.したがって,U pgq b U pgq b U pgq において関係式
” ı ÿ ΔpCq b 1, ΔpIμ q b Iμ “ 0 μ
が得られる.上の Ω の Casimir 元 C による表示とあわせると,
rΩ12 , Ω13 ` Ω23 s “ 0
212
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
が示される.このようにして,関係式 (2) 得られる.
[ \
補題 6.2.1 とこれまでの構成をあわせると,複素パラメータ λ に対して
ω“λ
ÿ
Ωij d logpzi ´ zj q
iăj
は,Mn 上の可積分接続を与えることがわかり,ω のモノドロミー表現
θλ : π1 pMn , x0 q ÝÑ GLpV1 b ¨ ¨ ¨ b Vn q が,反復積分の無限和
θλ pγq “ 1 `
8 ż ÿ k“1
γ
ω ¨ ¨ ¨ ω, loomoon
γ P π1 pMn , x0 q
k
で与えられる.基本群 π1 pMn , x0 q は n 本のひもからなる純粋組みひも群 Pn である.複素単純 Lie 代数 g とその表現に対応して,パラメータ λ をもつ純 粋組みひも群 Pn が得られる.接続 ω “ λ
ř
iăj
Ωij d logpzi ´ zj q を KZ 接
続とよぶ.KZ 接続の水平切断の満たす微分方程式
dΦ “ Φω を偏微分方程式系で表すと
ÿ ΦΩij BΦ “λ , Bzi z ´ zj j,j‰i i
1ďiďn
と表される.この微分方程式系を,KZ 方程式とよぶ.KZ 方程式は Knizhnik–
Zamolodchikov [45] によって,Riemann 球面上の共形場理論における n 点 関数の満たす方程式として発見された.KZ 方程式のモノドロミー表現につ いては,文献 [26], [47] などをご覧いただきたい. 一般に Riemann–Hilbert 問題とは,与えられた基本群の表現に対して,こ れをモノドロミー表現としてもつような,可積分接続を構成する問題である. この節では,複素超平面配置の補集合について,基本群のベキ単表現を与えた 場合の Riemann–Hilbert 問題を考察する.M “ Cn z
Ť
j“1 Hj を超平面配置 d log fj とおく.V を有限 次元の複素線形空間とする.V の線形変換 u : V ÝÑ V がベキ単 (unipotent) であるとは u ´ 1 がベキ零であること,つまり,ある自然数 m が存在して
の補集合とする.これまでと同様に,ωj “
1 ? 2π ´1
pu ´ 1qm “ 0 となることである.このとき,u の固有値はすべて 1 となり,u は逆変換を
6.2 ホロノミー Lie 代数と基本群の表現
213
もつ.GLpV q の部分群 U がベキ単部分群であるとは,U の任意の要素 u が 上の意味でベキ単となることである. 基本群の線形表現
ρ : π1 pM, x0 q ÝÑ GLpV q が,ベキ単表現 (unipotent representation) であるとは,π1 pM, x0 q の任意の 要素 γ に対して,ρpγq がベキ単となることである.このとき,Im ρ は GLpV q のベキ単部分群となる.次の定理は,ベキ単表現に関する Riemann–Hilbert 問題を解決するものであり,青本 [4] により示された. 一般的な定式化につい ては Hain [36] も参照されたい. 定理 6.2.2 超平面配置の補集合 M “ Cn z
Ť j“1
Hj において,基本群のベ
キ単表現
ρ : π1 pM, x0 q ÝÑ GLpV q が与えられているとする.このとき,可積分接続
ω“
ÿ
Aj ωj , Aj P EndpVj q
j“1
で,それぞれの Aj がベキ零であるものが存在して,ω のモノドロミー表現 は ρ と一致する. [証明]基本群のベキ単表現 ρ : π1 pM, x0 q ÝÑ GLpV q に対して,十分大き い整数 k をとると,C 上の代数の準同型写像
ρr : Cπ1 pM, x0 q{J k`1 ÝÑ GLpV q ř が導かれる.一方,ホモロジー接続 j“1 ωj b Xj のホロノミー準同型写像 Θ0 : π1 pM, x0 q ÝÑ CxxX1 , . . . , X yy{N は,定理 5.3.1 と同様にして同型写像
θ : Cπ1 pM, x0 q{J k`1 – CxxX1 , . . . , X yy{pN ` Jpk`1 q を導く.ここで,準同型写像
α : CxxX1 , . . . , X yy{pN ` Jpk`1 q ÝÑ EndpV q を α “ ρr ˝ θ´1 で定義し,Aj “ αpXj q, 1 ď j ď とおく. このとき,
214
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
Ak`1 “ 0 となり,線形変換 Aj はベキ零である.さらに,ρr “ α ˝ θ より, j 基本群の表現 ρ は,Θ0 に Xj “ Aj と代入することにより得られる.以上で, 定理が証明された. [ \
6.3 配置空間と組みひも群の有限型不変量 まず,組みひも群についての基本的な事項を述べる.前節と同様に,複素 平面 C 上の順序のついた n 個の異なる点の配置空間を
Mn “ tpz1 , . . . , zn q P Cn | zi ‰ zj , i ‰ ju とおく.配置空間 Mn には座標の入れ替えによって,n 次の対称群 Sn が 右から作用する.この作用による商空間を Mn {Sn で表し,自然な射影を
p : Mn ÝÑ Mn {Sn とするまた,p による基点 x0 の像を y0 とする.基本 群 π1 pMn {Sn , y0 q を n 本のひもからなる組みひも群 (braid group) とよび, Bn で表す.Bn の要素は x0 を始点とする Mn の道 γ : r0, 1s ÝÑ Mn で終点 が ppγp1qq “ y0 を満たすもので代表される.組みひも群についての基本的な 文献は [9] などがある. Bn の要素は図 6.1 のように,n 本のひもからなる図式で表される.Artin [5] によって,Bn は図 6.2 に示した組みひも σ1 , . . . , σn´1 で生成され,基本 関係式
σi σi`1 σi “ σi`1 σi σi`1 , σi σj “ σj σi ,
i “ 1, . . . , n ´ 2
|i ´ j| ą 1
で定義されることが知られている.
図 6.1 n 本のひもからなる組みひも
(6.8) (6.9)
6.3 配置空間と組みひも群の有限型不変量
215
図 6.2 Bn の生成元 σi
配置空間 Mn の基本群 π1 pMn , x0 q が,純粋組みひも群 Pn である.射影
p : Mn ÝÑ Mn {Sn は被覆空間の構造を持ち,p が基本群の間に誘導する写 像から,群の完全列
1 ÝÑ Pn ÝÑ Bn ÝÑ Sn ÝÑ 1 が得られる.純粋組みひも群 Pn は,引き起こす置換が単位元になるような
Bn の要素全体にほかならない. 次に,純粋組みひも群 Pn は配置空間 Mn の基本群であることを用いて 得られる Pn の性質を挙げる.配置空間 Mn に対して射影 pn : Mn ÝÑ Mn´1 を pn pz1 , . . . , zn´1 , zn q “ pz1 , . . . , zn´1 q で定める.Mn´1 の点 a “ pa1 , . . . , an´1 q の逆像 F “ p´1 n paq は複素平面から pn ´ 1q 個の点を除いた 集合 Czta1 , . . . , an´1 u となり,pn : Mn ÝÑ Mn´1 は,F をファイバーと するファイバー束の構造をもつ.ここで,πj pF q – 0, j ě 2 であることと, 上のファイバー束のホモトピー完全列を用いると,帰納的に
πj pMn q – 0,
jě2
が示される.一般に,X が πj pMn q – 0, j ě 2, π1 pM q – π を満たすとき,
X を Kpπ, 1q 空間という.配置空間 Mn は π “ Pn となる Kpπ, 1q 空間であ る.さらに,基本群の完全列
1 ÝÑ π1 pF q ÝÑ π1 pMn q ÝÑ π1 pMn´1 q ÝÑ 1
(6.10)
が導かれる.ここで,π1 pF q は階数 pn ´ 1q の自由群 Fn´1 と同型であるこ とより,完全列
1 ÝÑ Fn´1 ÝÑ Pn ÝÑ Pn´1 ÝÑ 1
(6.11)
が得られる.ファイバー束 pn : Mn ÝÑ Mn´1 の重要な性質は,切断をもつ こと,つまり,埋め込み sn : Mn´1 ÝÑ Mn で pn ˝ sn “ id となるものが存
216
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
在することである.このような sn は,線形な埋め込み写像として構成するこ とができる.切断 sn の存在により,完全列 (6.10) は分解することがわかり, 純粋組みひも群の半直積による表示
Pn – Fn´1 ¸ Pn´1
(6.12)
が得られる.この半直積の構造は,底空間 Mn´1 の基本群 Pn´1 のファイバー の基本群 Fn´1 の作用によって記述される.Fn´1 の生成元を y1 , . . . , yn´1 と すると,x P Pn´1 の作用は
sn pxqyi sn pxq´1 “ wi py1 , . . . , yn´1 q
(6.13)
の形で表される.ここで右辺は Fn´1 の要素を表す.半直積の構造 (6.11) に よって,帰納的に純粋組みひも群 Pn は
γij “ σj´1 ¨ ¨ ¨ σi`1 σi2 σi`1 ¨ ¨ ¨ σj´1 ,
1ďiăjďn
(6.14)
で生成されることが示される.また,作用 (6.13) を用いると,生成元 γij ,
1 ď i ă j ď n に関する Pn の表示を導くことができる. 一般に群 G の降中心列を Γk G, k ě 1 として Grk G “ Γk G{Γk`1 G とお く.上の Pn´1 のファイバーのホモロジー群への作用は自明であることを用 いて,Falk–Randell [29] によって,式 (6.11) が誘導する 0 ÝÑ Grk Fn´1 ÝÑ Grk Pn ÝÑ Grk Pn´1 ÝÑ 0
(6.15)
は加群の完全列であることが示された.さらに,切断 sn によって,加群の直 和分解
Grk Pn – Grk Fn´1 ‘ Grk Pn´1
(6.16)
が与えられる.自由群については Grk Fn´1 は自由加群であることはよく知 られているので,帰納的に次の補題が示される. 補題 6.3.1 純粋組みひも群の降中心列について,Grk Pn は自由加群である.
Grk Pn のランクを φk とすると 8 ź k“1
p1 ´ tk q´φk “
1 p1 ´ tqp1 ´ 2tq ¨ ¨ ¨ p1 ´ pn ´ 1qtq
が成立する.これについては文献 [46] を参照されたい. 組みひも群 Bn 上の複素数に値をとる関数 v : Bn ÝÑ C が,Vassiliev
6.3 配置空間と組みひも群の有限型不変量
217
図 6.3 2 重点をもつ組みひも
[72] の意味の有限型不変量であるという概念を定式化する.そのために,ま ず,図 6.3 のように有限個の横断的な 2 重点をもつ組みひもの図式 β を考え よう.2 重点を p1 , . . . , pk とする.これらの 2 重点を j “ ˘1, 1 ď j ď k に 応じて,正または負の交差で置き換えて得られる組みひもを β 1 ¨¨¨ k として, v : Bn ÝÑ C を ÿ v˜pβq “ 1 ¨ ¨ ¨ k vpβ 1 ¨¨¨ k q (6.17) j “˘1,1ďjďk
によって,2 重点をもつ組みひもに拡張する.高々k 個の 2 重点をもつ n 本 のひもからなる組みひも全体を Sk pBn q で表す.増大列
Bn Ă S1 pBn q Ă ¨ ¨ ¨ Ă Sk pBn q Ă ¨ ¨ ¨ が得られ,式 (6.17) によって,v : Bn ÝÑ C は,v˜ : Sk pBn q ÝÑ C に拡 張される.このとき,v : Bn ÝÑ C がオーダー k の有限型不変量であると は,m ą k ならば,Sm pBn q 上 v˜ がつねに 0 となることである.組みひも 群 Bn の複素数に値をとるオーダー k の有限型不変量全体を Vk pBn q で表す. Vk pBn q は複素線形空間となり,増大列
V0 pBn q Ă V1 pBn q Ă ¨ ¨ ¨ Ă Vk pBn q Ă . . . が得られる.純粋組みひも群 Pn についても,2 重点をもつ純粋組みひもを用 いて,Pn のオーダー k の有限型不変量の概念が同様に定義される.Pn の複 素数に値をとるオーダー k の有限型不変量全体を Vk pPn q で表す.この節で 述べる組みひもの有限型不変量についての結果は,文献 [48] による.
Pn の群環 ZPn の添加イデアルを J として,Vk pPn q は次のように記述さ れる. 補題 6.3.2 Pn のオーダー k の有限型不変量全体 Vk pPn q について,同型
Vk pPn q – HompZPn {J k`1 , Cq
218
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
が成立する. [証明] Vk pPn q の要素を自然に群環からの写像 v : ZPn ÝÑ C に拡張 し,v が添加イデアルのベキ J k`1 上で 0 になることを示す.そのために は g1 , . . . , gk`2 , x1 , . . . , xk`1 を Pn の要素として
w “ g1 px1 ´ 1qg2 px2 ´ 1q ¨ ¨ ¨ gk`1 pxk`1 ´ 1qgk`2 の形の要素について,vpwq “ 0 となることを確かめればよい.ここで,
x1 , . . . , xk`1 は式 (6.14) の形の Pn の生成元として示せば十分である.生 成元 γij について,適当な g, h P Pn によって γij ´ 1 “ gpσi ´ σi´1 qh と表されることから,vpwq “ 0 がしたがう.逆に,v が J k`1 上で 0 である とする.Pn の要素 β について,群環 ZPn における和
ÿ
1 ¨ ¨ ¨ m β 1 ¨¨¨ m
j “˘1,1ďjďm
は適当な x1 , . . . , xm`1 P Pk を用いて
x1 pσi21 ´ 1qx2 pσi22 ´ 1q ¨ ¨ ¨ xm pσi2m ´ 1qxm`1 の形に表される.これは m ą k のとき J k`1 に含まれるので v の値は 0 とな
[ \
る.以上で補題が証明された.
補題 6.3.2 を定理 6.1.3 とあわせると,Vk pPn q は Orlik–Solomon 代数の被 約バー複体を用いて次のように表される. ˚
命題 6.3.3 Mn の Orlik–Solomon 代数の被約バー複体を B pApMn qq とお くと,同型
˚
Vk pPn q – F ´k H 0 pB pApMn qq が成り立つ.
6.1 節で示したように,配置空間 Mn のホロノミー Lie 代数 hpMn q は Xij , 1 ď i ‰ j ď n で生成され,無限小組みひも関係式 Xij “ Xji , 1 ď i ‰ j ď n ) rXik , Xij ` Xjk s “ 0, (i, j, k は相異なる.
6.3 配置空間と組みひも群の有限型不変量
219
rXij , Xk s “ 0, (i, j, k, は相異なる. ) で定義される.また,hpMn q の C 上の普遍展開環 U hpMn qC は Xij , 1 ď
i ‰ j ď n を不定元とする非可換多項式環 Un の無限小組みひも関係式で生 成されるイデアル N による商として表すことができる. 生成元 Xij , 1 ď i ‰ j ď n の単項式を図 6.4 のような図式で示すことが ある.ここで,U hpMn qC における積は,図式を縦方向につなぐことによっ て表示される.図の水平方向の点線をコード (chord) という.例えば,関係 式 rXik , Xij ` Xjk s “ 0 は,図 6.4 のように示される.これは,4 項関係式 (4 term relation) とよばれる.このような図式を水平なコードをもつコード 図式 (chord diagram) とよぶ.コード図式において,水平なコードを 1 点に つぶすと,図 6.5 に示したように,2 重点をもつ純粋組みひもの図式が得ら れる.
図 6.4 水平なコードをもつコード図式のよる 4 項関係式の表示
図 6.5 水平なコードを 1 点につぶして得られる 2 重点をもつ組みひも
pn の添加イデアル Xij , 1 ď i ‰ j ď n を不定元とする非可換ベキ級数環 U を Jp で表すと,定理 5.3.1 より同型 pn {pN ` Jpk`1 q CPn {J k`1 – U が成立する.これを Mn のホロノミー Lie 代数の表示とあわせると,次の定 理が成り立つことが示される.
220
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
定理 6.3.4 純粋組みひも群のオーダー k の有限型不変量 Vk pPn q について, 同型
pn {pN ` Jpk`1 q, Cq Vk pPn q – HompU が成立する.
pn {pN ` Jpk`1 q ÝÑ C をウェイト系 (weight system) とよ 線形写像 w : U ぶ.定理 6.3.4 における同型は,写像
pn {pN ` Jpk`1 q, Cq φ : Vk pPn q ÝÑ HompU によって次のように与えられる。 図 6.5 左に示した m 本の水平なコードをもつコード図式 Γ に対して,図
6.5 右のように水平なコードを 1 点につぶして,m 個の 2 重点をもつ純粋組 みひもを対応させる.ここで,m ď k とする.純粋組みひものオーダー k の 不変量 v に対して式 (6.17) と同様に ÿ wpvqpΓq “ 1 ¨ ¨ ¨ m vpβ 1 ¨¨¨ m q j “˘1,1ďjďm
pn {pN ` Jpk`1 q ÝÑ C を定め,オーダー k とおく.これは線形写像 wpvq : U の不変量 v が定めるウェイト系とよばれる.写像 φ は v に対してウェイト系
wpvq を対応させることにより得られる. 写像 φ の逆写像 pn {pN ` Jpk`1 q, Cq ÝÑ Vk pPn q ψ : HompU は反復積分によるホロノミー準同型写像を用いて次のように記述することが できる.対数微分形式
ωij “ を用いて ω “
ř
1 ?
2π ´1
d logpzi ´ zj q,
1ďiăjďn
(6.18)
1ďiăjďn ωij Xij とおく.このとき,ホロノミー準同型写像 pn {pN ` Jpk`1 q は Θ : Pn ÝÑ U 8 ż ÿ Θpγq “ 1 ` ω ¨ ¨ ¨ ω , γ P Pn loomoon k“1
γ
k
で与えられる.これを用いて,線形写像
pn {pN ` Jpk`1 q ÝÑ C w:U
6.3 配置空間と組みひも群の有限型不変量
221
に対して,ψpwqpγq “ wpΘpγqq とおくと,ψ は φ の逆写像を与えることが 確かめられる. このようにして,純粋組みひも群 Pn のオーダー k の有限型不変量は線形 写像
pn {pN ` Jpk`1 q ÝÑ C w:U と 1 対 1 に対応することが示された. 次の例に示すように,複素単純 Lie 環とその表現を用いてウェイト系を構 成することができる. 例 6.3.5 複素単純 Lie 環 g とその有限次元表現 V1 , . . . , Vn をとる.これを 用いて,非負整数 k に対して,準同型写像
pn {pN ` Jpk`1 q ÝÑ EndpV1 b ¨ ¨ ¨ b Vn q r:U を rpXij q “ Ωij で定める.ここで,Ωij は 6.2 節で KZ 接続の定義に用いた ものと同じである.V1 b ¨ ¨ ¨ b Vn の要素 v と双対空間 pV1 b ¨ ¨ ¨ b Vn q˚ の 要素 w に対して,
wpDq “ xrpDqv, wy,
pn {pN ` Jpk`1 q DPU
で定めると,w はウェイト系を与える.
5.4 節と同様に,群 G に対して Gk “ tx P G | x ´ 1 P J k u とおく.また, G “ Pn の降中心列を Γk G, k “ 1, 2, . . . で表す. 定理 6.3.6 純粋組みひも群 G “ Pn について以下が成立する.
Ş (1) Gk の共通部分 G8 “ kě1 Gk は単位元のみからなる. Ş (2) 降中心列の共通部分 kě1 Γk G は単位元のみからなる. (3) 降中心列 Γk G, k “ 1, 2, . . . は Γk G “ Gk を満たす. [証明] 5.4 節で証明した系 5.4.8 より,(1) を示すにはホロノミー準同型写
p hpMn q – U pn {N が単射であることを示せばよい.ここで, 像 Θn : Pn ÝÑ U
p hpMn q は Mn のホロノミー Lie 代数の完備化を表す.この節のはじめに述 U べたファイバー束 pn : Mn ÝÑ Mn´1 を用いて帰納的に Θn の単射性を証明 する.ファイバー束 pn : Mn ÝÑ Mn´1 のファイバーを F とし,包含写像 を ι : F ÝÑ Mn で表す.このとき,ホロノミー準同型写像からなる次の可 換図式が得られる.
222 第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用 1 ÝÝÝÝÑ π1 pF q ÝÝÝÝÑ π1 pMn q ÝÝÝÝÑ π1 pMn´1 q ÝÝÝÝÑ 1 § § § § § § Θn´1 đ Θn đ ι˚ Θn đ p hpF q ÝÝÝÝÑ U p hpMn q ÝÝÝÝÑ U p hpMn´1 q ÝÝÝÝÑ 0 0 ÝÝÝÝÑ U ここで,それぞれの完全系列はともに sn : Mn´1 ÝÑ Mn から導かれる切断 をもつ.帰納法の仮定より Θn´1 は単射で,また,π1 pF q は自由群であるこ とから,ι˚ Θn は単射となる.したがって,半直積の構造を用いて,Θn が単 射であることが得られる.以上で (1) が示された.補題 5.4.5 で示したよう に,一般に群 G について Γk G Ă Gk が成り立つので,(2) は (1) よりただ ちに導かれる.Quillen [66] によって,Γk G{Γk`1 G がすべての k “ 1, 2, . . . について自由加群であれば,Γk G “ Gk が成立することが知られている.し
[ \
たがって,補題 6.3.1 より (3) が得られる.
定理 6.3.7 純粋組みひも群 Pn の有限型不変量について以下が成立する.
(1) Pn の要素 γ について,γ P Γk G であることは,すべての v P Vk pPn q に 対して vpγq “ vp1q であることと同値である. (2) Pn の要素 γ1 , γ2 について,すべての v P Vk pPn q, k “ 1, 2, . . . に対して vpγ1 q “ vpγ2 q となることは,γ1 “ γ2 であることと同値である. [証明]補題 6.3.2 より,γ P Pn について,すべてのオーダー k 不変量 v :
Pn ÝÑ C に対して vpγ ´ 1q “ 0 が成立することは,γ ´ 1 P J k`1 と同値 である.これは,γ P Gk が成り立つことである.また,定理 6.3.6 (3) より, G “ Pn について Gk “ Γk G となるので,(1) が示された.次に (2) を証明す る.5.4 節で述べたように,群 G について G8 が単位元のみからなることは Ş 群環 ZG の添加イデアル J について kě0 J k “ t0u が成立することと同値 Ş である.よって,定理 6.3.6 (2) より,Pn について kě0 J k “ t0u が得られ る.Pn の要素 γ1 , γ2 について,すべての v P Vk pPn q に対して vpγ1 q “ vpγ2 q とすると γ1 ´ γ2 P J k`1 となる.したがって,すべての k “ 1, 2, . . . につ Ş いてこれが成り立つとすると, kě0 J k “ t0u より γ1 ´ γ2 “ 0 が得られ る. [ \ このようにして構成した,純粋組みひも群 Pn の有限型不変量は,次のよ うに組みひも群 Bn に拡張される.以下
pn {pN ` Jpk`1 q, Dn,k “ U
pn “ U pn {N D
対称群 Sn の C 上の群環を CSn として,半直積 Dn,k ¸ CSn を
6.3 配置空間と組みひも群の有限型不変量
Xij ¨ σ “ σ ¨ Xσpiqσpjq ,
223
σ P Sn
によって定める.ここで,Xij “ Xji とする. 定理 6.3.8 Bn のオーダー k の有限型不変量全体の空間 Vk pBn q について, 以下が成立する.
(1) 線形空間としての同型 Vk pBn q{Vk´1 pBn q – HompDn,k ¸ CSn , Cq が成り立つ.
(2) 反復積分によるホロノミー準同型写像 pn ¸ CSn Θ : Bn ÝÑ D は単射で,すべての Vk pBn q の要素 v は,あるウェイト系
w : Dn,k ¸ CSn ÝÑ C を用いて,vpγq “ wpΘpγqq, γ P Bn と表すことができる.
pn は,コード図式を用いて次の [証明]ホロノミー準同型写像 Θ : Bn ÝÑ D ように記述することができる.組みひも群 Bn の要素が,配置空間 Mn の道
γptq “ pγ1 ptq, . . . , γn ptqq,
0ďtď1
で表されているとする.式 (6.18) で表される対数微分形式 ωij の γ による引 き戻しを
γ ˚ ωij “ αij ptq dt とおく.これを用いて Θk : Bn ÝÑ Dn,k ¸ CSn を
Θk pγq “
ÿ´ż P
0ďt1 﨨¨ďtk ď1
¯ αi1 j1 pt1 q ¨ ¨ ¨ αik jk ptk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk DP
で定める.ここで,P “ pi1 j1 ¨ ¨ ¨ ik jk q は,1 ď ir ă jr ď n, 1 ď r ď n を満たすすべての組 pi1 j1 q ¨ ¨ ¨ pik jk q をわたる.また P に対応して,t “ tr ,
1 ď r ď k において,曲線 γir , γjr を選び,図 6.6 のように γir ptr q, γjr ptr q を水平のコードで結んで得られるコード図式を DP で表す.ここで,DP は Dn,k ¸ CSn の要素とみなす.このような Θk を用いて Θpγq “
8 ÿ
Θk pγq,
γ P Bn
k“0
と表される.
[ \
224
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
図 6.6 コード図式 DP
上の証明に現れた組みひも上のコード図式は, 半直積への分解 w : Dn,k ¸ CSn にしたがって,図 6.6 右のように,置換を表す部分と,これまでに純 粋組みひも群に対して用いた水平コード図式の合成として表すことができる,
pn ¸ CSn を,Apn とおく.ここで構成した,反復 完備化された非可換代数 D 積分によるホロノミー準同型写像
Θ : Bn ÝÑ Apn は,KZ 方程式のモノドロミー表現の考察において,重要な役割を果たす.
6.4 Kontsevich 積分 結び目に対する Kontsevich 積分は,前節で構成した,反復積分による組 みひも群からのホロノミー準同型写像 Θ の自然な拡張ととらえることができ ることを説明する. まず,組みひもの場合と同様に結び目の Vassiliev [72] の意味の有限型不変 量を定義しよう.円周 S 1 に向きを指定し,M を S 1 から S 3 への C 8 級写 像全体とする.また,Σ を M の要素で埋め込みではないもの全体とする.補 集合 MzΣ は,向きのついた結び目全体の空間とみなすことができる.結び 目 K1 , K2 が同型であることは,それぞれの結び目を定義する埋め込み f1 , f2 がイソトープであること,つまり,埋め込みの連続な族によってうつりあう ことと同値である.これは K1 , K2 が MzΣ の同じ連結成分に属することに ほかならないので,0 次元コホモロジー群 H 0 pMzΣ; Cq の要素は,結び目の 位相不変量とみなすことができる.これは,関数 v : MzΣ ÝÑ C で,それ ぞれの連結成分で一定の値をとるものとして表すことができる.Σ の要素で, 高々k 個の横断的な 2 重点をもつもの全体を Σk で表す.結び目の位相不変 量 v を Σ1 Ă Σ2 Ă ¨ ¨ ¨ に次のように拡張する.まず,有限個の横断的な 2 重 点をもつ結び目 K の図式を考えよう.2 重点を p1 , . . . , pk とする.これらの
6.4 Kontsevich 積分
225
2 重点を j “ ˘1, 1 ď j ď k に応じて,正または負の交差で置き換えて得ら れる結び目を K 1 ¨¨¨ k とする.結び目の位相不変量 v : MzΣ ÝÑ C を ÿ v˜pKq “ 1 ¨ ¨ ¨ k vpK 1 ¨¨¨ k q (6.19) j “˘1,1ďjďk
によって,Σk に拡張する.ここで,v が結び目のオーダー k の Vassiliev 不 変量であるとは,m ą k ならば Σm 上に拡張された v˜ がつねに 0 となること である. 結び目の複素数に値をとるオーダー k の Vassiliev 不変量全体のなす線形 空間を Vk で表すと,線形空間の増大列
V 0 Ă V1 Ă ¨ ¨ ¨ Ă V k Ă ¨ ¨ ¨ が得られる.ここで,V0 “ C であり,V0 “ V1 となることが示される. 図 6.7 のように向きのついた円周上に,2k 個の点をとり,これらの 2 つ ずつを弦で結んだ図式を,k 本の弦をもつコード図式 (chord diagram) とよ ぶ.コード図式は,円周の向きを保つ同相写像で移り合うものは同一視する. コード図式は,図 6.7 右に示したように,横断的な 2 重点をもつ結び目のモ デルを与える.コード図式において弦で結ばれた点を同一視すると横断的な
2 重点をもつ結び目の射影図が得られる.D を k 本の弦をもつコード図式と し,弦で結ばれた点を同一視して得られる 2 重点をもつ結び目を KD とする. このとき,オーダー k の Vassiliev 不変量 v に対して wpDq “ v˜pKD q とお くと,v がオーダー k で 2 重点の個数が k であることから,この値は KD の 交叉の上下にはよらずに,D のみによって定まる.弦の本数が k であるよう なコード図式全体と 1 対 1 に対応する基底をもつ複素線形空間を Γk とおく. 上の構成により,線形写像
図 6.7 コード図式
w : Vk ÝÑ HompΓk , Cq が得られる,この wpvq, v P Vk の満たす関係について考察する.まず,図
226
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
6.8 に示したように,円周上の矢印で示した円弧上に端点をもつ弦について, 4 通りの位置関係を考え,これら以外の弦は一致しているようなコード図式 を,それぞれ,S1 , S2 , S3 , S4 で表す.ただし,矢印で示した円弧上に端点を もつような弦は,これら以外にはないとする.また,図 6.8 右のように,円 周上のとなりあう 2 点を結ぶ弦をもつコード図式を,孤立した弦をもつコー ド図式とよぶ.次の命題が成立する.
図 6.8 4 項関係式を与える弦の位置関係と孤立した弦をもつコード図式
命題 6.4.1 結び目のオーダー k の Vassiliev 不変量 v に対して,wpvq は次 の関係式 (1), (2) を満たす.
ř4 (1) j“1 p´1qj wpvqpSj q “ 0 (2) 孤立した弦をもつコード図式 S について,wpvqpSq “ 0 が成り立つ. [証明]関係式 (1) については,式 (6.19) にしたがって wpvqpSj q を 2 つの 2 重点を正の交差点と,負の交差点に置き換えて得られる 4 通りの図式に対す る wpvq の値の交代和を計算することにより示される.関係式 (2) は v が結 び目の不変量であり,図 6.9 に示した Reidemeister 移動 I で不変であること
[ \
による.
結び目の管状近傍の,2 次元円板をファイバーとするファイバー束として の自明化をフレーミングとよぶ.Reidemeister 移動 I による不変性は,結び 目のフレーミングによらないことと同値である.命題 6.4.1 (2) の条件は,不 変量 v が結び目のフレーミングによらないことと対応している.
図 6.9 Reidemeister 移動 I
6.4 Kontsevich 積分
227
図 6.10 コード図式の積
命題 6.4.1 の関係式 (1) は,前節の組みひもの場合と同様に 4 項関係式と よばれる.線形空間 Γk を上の関係式 (1), (2) に対応する部分空間 R で割っ て得られる商空間を Ak “ Γk {R とおく.円周上のコード図式に適当な基点 を定めて切り開き図 6.10 右上のように直線上のコード図式を得る.直線上の コード図式の積を図 6.10 下のようにコード図式を横に並べることにより定義 する.円周上のコード図式についても基点で開いて,直線上のコード図式と しての積をとり,両端を閉じて再び円周上のコード図式にもどす操作は,部 分空間 R を法として,基点のとり方にはよらないことが示される.このよう にして,コード図式の積
Ak ˆ A ÝÑ Ak` が定義され,直和
À kě0
Ak は,この積について可換な代数の構造をもつ.
これまでの構成により,単射
Vk {Vk´1 ÝÑ HompAk , Cq が得られる.Kontsevich [51] は,反復積分を用いて,この写像の逆写像を構 成し,次の定理を示した. 定理 6.4.2 結び目のオーダー k の Vassiliev 不変量の空間 Vk について,同型
Vk {Vk´1 – HompAk , Cq が成り立つ. この定理を示すために,対数微分形式
ωij “
1 ?
2π ´1
d logpzi ´ zj q
228
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
の反復積分を用いて,無限直積
p“ A
8 ź
Ak
k“0
に値をとる結び目の不変量を以下のように構成する. まず,図 6.11 のように C ˆ R 内の向きの付いた結び目 K を考える.R 方向の座標関数を t として,結び目 K 上,関数 t の臨界点はすべて非退化で あるとする.このような結び目の表示は Morse 結び目とよばれる.結び目
K を高さ関数 t の極大点と極小点を結ぶような曲線 γi ptq, i “ 1, 2, . . . の和 集合で表す.図 6.11 の例では,結び目は i “ 1, . . . , 4 の 4 本の曲線に分割さ れる.前節と同様に
αij ptq dt “
1 ? d logpγi ptq ´ γj ptqq, 2π ´1
iăj
とおく.以上の準備のもとに,K 上の反復積分
Zk pKq “
´ż ÿ p´1q pP q P
t1 﨨¨ďtk
¯ αi1 j1 pt1 q ¨ ¨ ¨ αik jk ptk q dt1 ¨ ¨ ¨ dtk DP
を考える.これは,前節の組みひもに対する Θk の結び目への拡張である.組 みひもの場合と同様に,P “ pi1 j1 ¨ ¨ ¨ ik jk q は,1 ď ir ă jr ď n, 1 ď r ď n を満たすすべての組 pi1 j1 q . . . pik jk q をわたる.このような P に対応して,
t “ tr , 1 ď r ď k において,曲線 γir , γjr を選び,図 6.11 のように γir ptr q, γjr ptr q を水平のコードで結んで得られるコード図式を DP で表す.ここで, DP は Ak の要素とみなす.また,pP q は DP のコードの端点で K の向きが 下向きになっているものの個数を表す.例えば,図 6.11 では,コードの端点 p1 , q1 , p2 , q2 において K の向きが下向きになっているのは p1 , q1 の 2 個なの で,pP q “ 2 である.次の補題のように Zk pKq は Ak の要素として定まる. 補題 6.4.3 Zk pKq は Ak の要素として収束し,結び目の図 6.12 に示す水平 方向のイソトピーによる移動に関して不変である.
[証明] Zk は前節で定義した組みひもの不変量 Θk の拡張であるが,結び目 上の積分としての収束性については,Morse 結び目の臨界点で発散しないこ とを示す必要がある.これは,命題 6.4.1 の関係式 (2) よりしたがう.Morse 結び目の水平方向のイソトピーに関する不変性については,図 6.12 に示した
3 通りの局所的な変形についての不変性を示せばよい.図 6.12 の上の2つに
6.4 Kontsevich 積分
229
図 6.11 Morse 結び目
図 6.12 水平方向のイソトピー
ついては,前節における,無限小組みひも関係式に基づいて,ホモロジー接 続ω r“
ř
ωij Xij の可積分条件を用いた組みひもの不変量 Θk の構成と同 様の手法で,示される.図 6.12 下の結び目の臨界点を通過するイソトピーに i,j
関しては,臨界点がある結び目の不変量を幅の十分小さい組みひもの不変量 で近似することにより,やはり,ω r の可積分条件の帰結として示される. [ \ 図 6.12 の上の 2 つの操作は,それぞれ,Reidemeister 移動 II, III とよば れる. このようにして定義された Zk pKq を用いて,ZpKq を
ZpKq “
8 ÿ
p Zk pKq P A
k“0
p の要素とみな で定める.ここで,ZpKq は無限個の形式和であり無限直積 A す.実は,ZpKq は図 6.13 に示したような 2 つの臨界点の相殺の操作に関 して不変ではなく,結び目の不変量を構成するためには,次のような補正が
230
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
図 6.13 2 つの臨界点の相殺
必要になる.K0 を図 6.13 右のような 4 つの臨界点をもつ自明な結び目とす る.Morse 結び目の図式の一部に図 6.13 の操作を施して得られる K, K 1 に ついて
ZpK 1 q “ ZpKqZpK0 q が成立することが示される.Morse 結び目 K の極大点の個数を mpKq として
r ZpKq “ ZpKq ¨ ZpK0 q´mpKq`1 r とおく.ZpKq は結び目の水平方向のイソトピーによる移動,および図 6.13 r の臨界点の相殺の操作に関して不変である.このことから,ZpKq は結び目 r の位相不変量であることがしたがう.さらに,ZpKq を展開して r ZpKq “
8 ÿ
rk pKq, Z
Zrk pKq P Ak
k“0
rk pKq は k 階の反復積分で と表す.前節の組みひもの不変量 Θk と同様に,Z 表されることからオーダー k の位相不変量であることがわかる.このように して,Kontsevich [51] による次の定理が証明された.
r p に値をもつ結び目の位相不変量である.また,Zrk pKq 定理 6.4.4 ZpKq はA は Ak に値をもつオーダー k の有限型位相不変量である.
r を結び目の Kontsevich 積分とよぶ.補正に用いた Zk pK0 q は,対 ZpKq 数微分形式
ω0 “
dz , z
ω1 “
dz 1´z
の反復積分を用いて表示することができる.Zk pK0 q は,図 6.14 に示した型 のコード図式の線形結合で表される.ここで,p1 , q1 , . . . , ps , qs は,それぞれ 水平コードの本数を示し
p1 ` q1 ` ¨ ¨ ¨ ` ps ` qs “ k
6.5 Drinfel1 d 結合子と多重ゼータ値
231
図 6.14 K0 のコード図式
である.また線形結合の係数は ω0 , ω1 の反復積分を用いて
ż1
ω1qs ω0ps ¨ ¨ ¨ ω1q1 ω0p1 0
と表される.1.4 節で述べたようにこの反復積分は多重ゼータ値を用いて表 示することができて,次節で述べる Drinfel1 d 結合子と関連している.
6.5 Drinfel1 d 結合子と多重ゼータ値 Drinfel1 d 結合子は,KZ 方程式のモノドロミー表現を解析する過程におい て,[26] で導入された.不定元 X, Y についての複素係数非可換形式的ベキ 級数全体を CxxX, Y yy で表す.複素平面において,微分方程式 h ´X Y ¯ ? Gpzq (6.20) G1 pzq “ ` z´1 2π ´1 z を考える.ここで,h はパラメータであり,以後,h “
h ? 2π ´1
とおく.この
微分方程式は z “ 0, 1, 8 において確定特異点をもつ.複素平面から,半直 線 p´8, 0s および r1, 8q を除いた領域を D とする.領域 D は単連結であり, 基点 z0 P D において初期値 Gpz0 q “ a0 P CxxX, Y yy を指定すると z “ z0 のまわりで
Gpzq “ a0 `
ÿ
an pz ´ z0 qr ,
ar P CxxX, Y yy
rą0
と展開されるような z について解析的な解が D 上,一意的に存在する.領 域 D で定義された,微分方程式 (6.20) の解 G0 pzq, G1 pzq を z Ñ 0 および
232
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
z Ñ 1 における漸近挙動 G0 pzq „ z hX ,
zÑ0
G1 pzq „ p1 ´ zq
hY
,
zÑ1
によって定める.ここで,z hX “ expphX log zq, p1´zqhY “ expphY logp1´
zqq であり,漸近挙動の正確な意味は次の通りである.解 G0 pzq は,z “ 0 の まわりで解析的なベキ級数
P pzq “ 1 `
ÿ
Pr z n ,
Pr P CxxX, Y yy
rą0
を用いて G0 pzq “ P pzqz hX と表される.同様にして,G1 pzq は z “ 0 のま わりで定義され Qp0q “ 1 を満たす解析関数 Qpzq を用いて
G1 pzq “ Qp1 ´ zqp1 ´ zqhY と表される.このような G0 pzq, G1 pzq が一意的に存在することは,次のよう に示される.解 G0 pzq の場合について説明する.G0 pzq “ P pzqz hX が微分 方程式 (6.20) を満たすとすると
zP 1 pzq ´ hrX, P pzqs “ ´hY
zP pzq 1´z
となる.この式の両辺を z についてベキ級数展開して係数を比較すると
rPr ´ hrX, Pr s “ ´hY pP0 ` P1 ` ¨ ¨ ¨ ` Pr´1 q
(6.21)
が得られる.ここで P0 “ 1 である.次に,CxxX, Y yy の作用素 ad X を
ad XpW q “ rX, W s,
W P CxxX, Y yy
で定める.作用素 r id ´h ad X は可逆であり,逆元は i 1ÿh pad Xqi r iě0 ri
と表される.したがって,式 (6.21) を用いて帰納的に P1 , P2 , . . . を決定する ことができる.ベキ級数 P pzq の収束性は,確定特異点をもつ常微分方程式 の形式解が収束することからしたがう.文献 [40] などを参照されたい.なお, ここでの議論は X, Y を不定元とした CxxX, Y yy における解であり,X, Y が 具体的な行列で与えられているときには,このような形の解の存在を保証す
6.5 Drinfel1 d 結合子と多重ゼータ値
233
るためには,それらの固有値が整数差をもたないといった条件が必要である.
G0 pzq, G1 pzq はともに領域 D で定義された,微分方程式 (6.20) の解なの で,ΦpX, Y q P CxxX, Y yy が存在して G0 pzq “ G1 pzqΦpX, Y q と表される.ここで,ΦpX, Y q は z にはよらずに定まる.ベキ級数 ΦpX, Y q を Drinfel1 d 結合子 (associator) とよぶ. 次に Drinfel1 d 結合子が
ω0 “
dz , z
ω1 “
dz 1´z
の反復積分で表示されることを説明しよう.実数 a を 0 ă a ă 1 を満たすよ うにとり,Ga pzq を微分方程式 (6.20) の解で Ga paq “ 1 を満たすものとす る.このような解は領域 D で一意的に定まる.次の補題が成立する. 補題 6.5.1 Drinfel1 d 結合子 ΦpX, Y q は
ΦpX, Y q “ lim a´hY Ga p1 ´ aqahX aÑ0
と表される. [証明]微分方程式 (6.20) の解の一意性より,Ga pzq “ G0 pzqG0 paq´1 と表 される.ここで,G0 pzq “ P pzqz hX を用いると
Ga pzq “ G0 pzqa´hX P paq´1 が得られる.したがって,
a´hY Ga p1 ´ aqahX “ a´hY G0 p1 ´ aqa´hX P paq´1 ahX となる.ここで,G0 p1 ´ aq “ G1 p1 ´ aqΦpX, Y q, G1 p1 ´ aq “ QpaqahY を代入すると
a´hY Ga p1 ´ aqahX “ pa´hY QpaqahY qΦpX, Y qpa´hX P paq´1 ahX q がしたがう.ここで,a Ñ 0 とすると P paq Ñ 1, Qpaq Ñ 1 より,求める結 果が示される.
[ \
234
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
ここで,
´X
ω“h
z
`
Y ¯ dz “ hpXω0 ´ Y ω1 q z´1
とおくと,微分方程式 (6.20) は,全微分方程式
dG “ ωG と表すことができる.したがって,1.3 節で説明した微分法方程式の解の逐次 近似を用いると,反復積分を用いて Ga p1 ´ aq を表示することができる.こ こで,上の全微分方程式の右辺において微分形式 ω が左から掛けられている ので,解の逐次近似の反復積分表示においては 1.3 節の式 (1.8) に対応する 順序を採用する必要があることに注意しよう.0 以上の整数 p1 , q1 , . . . , pk , qk に対して
Ja pp1 , q1 , . . . , pk , qk q “p´1q
q1 `¨¨¨`qk p1 `q1 `¨¨¨`pk `qk
ż 1´a ω1qk ω0pk ¨ ¨ ¨ ω1q1 ω0p1
h
a
とおくと
Ga p1 ´ aq “ 1 `
ÿ
Ja pp1 , q1 , . . . , pk , qk qX p1 Y q1 ¨ ¨ ¨ X pk Y qk
となる.ここで,和は少なくとも 1 つが 0 にならないような p1 , q1 , . . . , pk , qk ,
k ě 1 についてとる.また,ω0 , ω1 の反復積分に関する記法は 1.4 節と同様 である.ここで,a Ñ 0 とすると,積分 Ja pp1 , q1 , . . . , pk , qk q は,p1 “ 0 ま たは qk “ 0 のときに限り発散する.つまり,対応する単項式が Y で始まる か,または X で終わるときに発散する.このような発散積分を扱うために, 次のような構成を用いる. 非可換形式的ベキ級数環 CxxX, Y yy を Λ とおき,Λ1 を X で始まって Y で終わる単項式全体で生成される部分加群とする.射影 π : Λ ÝÑ Λ1 を X で始まって Y で終わる単項式 M については,πpM q “ M とし,Y で始ま るか,または X で終わる単項式 M については,πpM q “ 0 として定義す る.Λ 上,互いに可換な変数 A, B で生成される多項式環を ΛrA, Bs とおく. ここで,A, B は Λ の任意の要素と可換であるとする.ΛrA, Bs の単項式は 0 以上の整数 p, q を用いて B q M Ap と一意的に表すことができる.線形写像 j : ΛpA, Bq ÝÑ Λ を
jpB q M Ap q “ Y q M X p
6.5 Drinfel1 d 結合子と多重ゼータ値
235
で定める.また,これを用いて f : Λ ÝÑ Λ を
f pP pX, Y qq “ jpP pX ´ A, Y ´ Bqq,
P pX, Y q P Λ
で定義する.以下,X で始まって Y で終わる単項式を収束型,Y で始まる か,または X で終わる単項式を発散型とよぶことにする,発散型の単項式
QpX, Y q P Λ については,f pQpX, Y qq “ 0 が成立する.また,単項式 M P Λ に対して,f pM q は発散型の単項式の和 N を用いて M ` N と表されるので, f ˝ f “ f が成り立つ. Ga p1 ´ aq は a Ñ 0 のとするとき発散するが,射影 π をほどこして,Λ1 に おいて極限をとると収束して,極限は
Γ“1`
ÿ
ÿ
J0 pp1 , q1 , . . . , pk , qk qX p1 Y q1 ¨ ¨ ¨ X pk Y qk
kě1 p1 ,q1 ,...,pk ,qk ě1
となる.ここで,
J0 pp1 , q1 , . . . , pk , qk q “ lim Ja pp1 , q1 , . . . , pk , qk q aÑ0
で,p1 , . . . , qk ě 1 のときこれは収束する.この Γ と f : Λ ÝÑ Λ を用いて,
Drinfel1 d 結合子は次のように記述される. 命題 6.5.2 Drinfel1 d 結合子 ΦpX, Y q は
ΦpX, Y q “ f pΓq ÿ ÿ “1 `
J0 pp1 , q1 , . . . , pk , qk qf pX p1 Y q1 ¨ ¨ ¨ X pk Y qk q
kě1 p1 ,q1 ,...,pk ,qk ě1
と表される. [証明]補題 6.5.1 より,
˘ ` f pΦq “ f lim a´hY Ga p1 ´ aqahX aÑ0
となる.ここで,Λ に含まれる任意の単項式 M に対して f pY M q “ 0 およ び f pM Xq “ 0 が成立することを用いると,
` ˘ f pΦq “ f lim Ga p1 ´ aq “ f pΓq aÑ0
が得られる.したがって,命題を証明するためには f pΦq “ Φ を示せばよい. このために,微分方程式
´X ´ A Y ´ B ¯ Hpzq ` z z´1
H 1 pzq “ h
(6.22)
236
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
を考える.微分方程式 (6.20) の解 G0 pzq, G1 pzq を用いて
Hi pzq “ z ´hA p1 ´ zq´hB Gi pzq,
i “ 0, 1
とおくと,H0 pzq, H1 pzq は上の微分方程式 (6.22) を満たすことが確かめら れる.さらに,z Ñ 0 および z Ñ 1 における漸近挙動は
H0 pzq „ z hpX´Aq ,
z ÝÑ 0
H1 pzq „ p1 ´ zq
hpX´Bq
,
z ÝÑ 1
となる.したがって,
ΦpX ´ A, Y ´ Bq “ H1´1 H0 が得られる.ここで,A, B は X, Y と可換であることを用いて
H1´1 H0 “ G´1 1 G0 “ ΦpX, Y q となり,ΦpX, Y q “ ΦpX ´ A, Y ´ Bq がしたがう.以上より,
f pΦpX, Y qq “ jpΦpX ´ A, Y ´ Bqq “ jpΦpX, Y qq “ ΦpX, Y q が得られる,このようにして,f pΦq “ Φ が示され,命題が証明された. [ \ 上の命題と,1.4 節で示した反復積分 J0 pp1 , q1 , . . . , pk , qk q と多重ゼータ値 との関係を用いると Drinfel1 d 結合子の多重ゼータ値を用いた表示が得られ る.X, Y についての 4 次までの項を計算すると 2
3
ΦpX, Y q “1 ´ ζp2qrX, Y sh ´ ζp3qrX, rX, Y ssh ´ ζp3qrY, rX, Y ssh 4
4
´ ζp4qrX, rX, rX, Y sssh ´ ζp4qrY, rY, rX, Y sssh 1 4 4 ´ ζp1, 3qrX, rY, rX, Y sssh ` ζp2q2 rX, Y s2 h ` ¨ ¨ ¨ 2 となる.偶数におけるゼータ関数の値
ζp2q “
π2 , 6
ζp4q “
および多重ゼータ値
ζp1, 3q “
π4 360
を用いて,Drinfel1 d 結合子 Φ を表示すると,
ΦpX, Y q
π4 90
3
6.5 Drinfel1 d 結合子と多重ゼータ値
237
1 ζp3q ζp3q ? ? rX, rX, Y ssh3 ´ rY, rX, Y ssh3 rX, Y sh2 ´ 3 24 p2π ´1q p2π ´1q3 1 1 ´ rX, rX, rX, Y sssh4 ´ rY, rY, rX, Y sssh4 1440 1440 1 1 ´ rX, rY, rX, Y sssh4 ` rX, Y s2 h4 ` ¨ ¨ ¨ 5760 1152
“1 `
と表される.
Drinfel1 d 結合子 Φ は,z Ñ 0 において正規化された解 G0 pzq と z Ñ 1 に おいて正規化された解 G1 pzq との間の接続を記述していて,これを図 6.15 の ように概念図として表すことにする.ここで,3 点 a1 “ 0, a2 “ z, a3 “ 1, 0 ă z ă 1 の相対的な近さを表すため,G0 については,pa1 a2 qa3 , G1 につ いては,a1 pa2 a3 q と,括弧をつけた表示を用いる.また,Drinfel1 d 結合子 ΦpX, Y q において,X “ X12 , Y “ X23 とおいて,Φ を 6.3 節の最後に定義 p3 の要素とみなそう.Drinfel1 d 結 した,水平コード図式のなす非可換代数 D p3 合子 Φ は,定数項が 1 となるような X12 , X23 の非可換ベキ級数であり,D の可逆元を定める. G1 Φ G0 図 6.15 Drinfel1 d 結合子の概念図
Drinfel1 d 結合子の満たすいくつかの重要な性質を,水平コード図式のなす 非可換代数における関係式としてとらえてみよう.水平コード図式において
i 番目の縦線を 2 重にして i, i ` 1 番目の縦線に置き換える作用素 Δi : Apn ÝÑ Apn`1 ,
1ďiďn
が定義される.ここで,コードについては,i 番目の縦線へ接続しているコー ドが k 本のとき,図 6.16 に例を示したように,これらのコードを i, i ` 1 番 目の縦線へ接続する 2k 個の和をとる.
p4 において関係式 命題 6.5.3 (ペンタゴン関係式)Drinfel1 d 結合子 Φ は,D pΦ b idq ¨ pΔ2 Φq ¨ pid bΦq “ pΔ1 Φq ¨ pΔ3 Φq を満たす.
238
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
図 6.16 作用素 Δ1
ここで,Φ b id “ Φ123 , id bΦ “ Φ234 は,それぞれ,Φ の最初の 3 つの 成分,および最後の 3 つの成分への作用を表す.ペンタゴン関係式は 4 つの 文字列についての 5 通りの括弧のつけかたに対応した,4 点の相対的位置の 間の解析接続の一意性を示している.
ppabqcqd FF x FF x 123 xx FFΔ1 Φ Φ xx FF x FF x x FF x # {xx pabqpcdq papbcqqd 44
44
44
Δ2 Φ 44
Δ3 Φ 4
Φ234 / appbcqdq apbpcdqq 図 6.17 ペンタゴン関係式
p2 の要素として 次に組みひも σ1 の作用を表す R を A R “ t12 exp
´h
¯ X12
2 2 n ¯ h h 2 h n ` ¨ ¨ ¨ ` n X12 ` ¨¨¨ “ t12 1 ` X12 ` X12 2 8 2 n! で定義する.ここで,tij は i, j の置換を表す. ´
p3 において関係式 命題 6.5.4 (ヘキサゴン関係式)Drinfel1 d 結合子 Φ は,A Φ ¨ pΔ2 Rq ¨ Φ “ pR b idq ¨ Φ ¨ pid bRq を満たす.
6.5 Drinfel1 d 結合子と多重ゼータ値
239
ヘキサゴン関係式もペンタゴン関係式と同様に,解析接続の一意性から導 かれる.また,次の性質が成り立つ. 補題 6.5.5 Drinfel1 d 結合子 Φ は,関係式
Φ´1 “ t13 ¨ Φ ¨ t13 を満たす.
apbcq
Φ tttt t t ztt
pabqc
JJ 12 JJR JJ JJ $
Δ2 Φ
pbcqa
JJ JJ JJ Φ JJ$
bpcaq
t tt tt 23 t t zt R
pbaqc Φ bpacq
図 6.18 ヘキサゴン関係式
次に Drinfel1 d 結合子と組みひも群のホロノミー準同型写像について考察 しよう.Drinfel1 d 結合子の定義に,z Ñ 0 において正規化された解 G0 と
z Ñ 1 において正規化された解 G1 を用いた.組みひも群 B3 について,σ1 の作用は G0 に対しては,R12 で記述される.一方,σ2 の作用は G1 に対し ては,R23 で記述される.2 つの解 G0 , G1 が G1 “ G0 Φ を満たすことをあ p3 は わせると,G0 への B3 の作用 α : B3 ÝÑ A αpσ1 q “ R12 αpσ2 q “ Φ ¨ R23 ¨ Φ´1 で与えることができることがわかる.一般の組みひも群については次の定理 が成立する.
pn への写像 α を Bn の生成元 定理 6.5.6 組みひも群 Bn から非可換代数 A に対して
αpσj q “ Φj ¨ Rj,j`1 ¨ Φ´1 j ,
1ďj ďn´1
240
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
で定義する.ここで,Φj は Drinfel1 d 結合子を用いて,
´ j´1 ÿ
Φj “ Φ
¯ Xkj , Xj,j`1 ,
ją1
k“1
pn は単射準同型である. で定め,Φ1 “ 1 とする.このとき,α : Bn ÝÑ A Drinfel1 d [26] で展開されている理論においては,6.3 節で構成したホロノ pn と α が表現として同値になることが重要な ミー準同型写像 Θ : Bn ÝÑ A pn を複素数体 C 上で考えてきたが, 役割を果たす.これまでは,非可換代数 A 1 Drinfel d [27] では,この節で説明した Drinfel1 d 結合子の性質,つまり,可 逆性,ペンタゴン関係式,ヘキサゴン関係式,および補題 6.5.5 に対応する 性質を満たす有理数係数の 2 変数非可換ベキ級数 ΦQ が存在することを証明 した.これを Drinfel1 d 結合子として用いることにより, 有理数体上の非可換 pn pQq への単射準同型写像 代数 A α : Bn ÝÑ Apn pQq を構成することができる. この節では,3 点 0, 1, 8 に確定特異点をもつ常微分方程式を扱ったが,反 復積分を用いた解の表示は次のような微分方程式に拡張することができる. 一般に,V を線形空間,A1 , . . . , An P EndpV q, a1 , . . . , an を複素平面の相 異なる点として,常微分方程式 n ÿ d Aj Y pxq Y pxq “ dx x ´ aj j“1
(6.23)
を考える.微分形式 ωj を
ωj “
dx , x ´ aj
j “ 1, . . . , n
で定める.補集合 Czta1 , . . . , an u に基点 x0 をとり,x0 から x に至る道 γ に
ż
沿った反復積分
Lpaj1 ¨ ¨ ¨ ajr |xq “
ω jr ¨ ¨ ¨ ω j1
(6.24)
γ
をとると,Y px0 q “ id を満たす微分方程式 (6.23) の解は,
Y pxq “ id `
ÿ
ÿ
Lpaj1 ¨ ¨ ¨ ajr |xqAj1 ¨ ¨ ¨ Ajr
rě0 1ďj1 ,...,jr ďn
と表される.式 (6.24) の形の対数関数の一般化は Poincar´ e [65] においてす でに考察され,Lappo–Danilevsky [52] で詳しく研究された.
6.6 配置空間のループ空間
241
6.6 配置空間のループ空間 この節では,配置空間のループ空間のホモロジーの記述に,無限小組みひ も関係式がどのように用いられるかを述べる.一般に空間 X に対して,X 上 の順序のついた n 個の異なる点の配置空間を
Cn pXq “ tpx1 , . . . , xn q P X n | xi ‰ xj , i ‰ ju で定める.X の n 個の直積 X n において,対角集合を
Δij “ tpx1 , . . . , xn q P X n | xi “ xj u とすると配置空間は
Cn pXq “ X n
Iď
Δij
iăj
と表される.6.3 節で扱った配置空間 Mn は Cn pCq とも表される. この節では,ユークリッド空間 Rm , m ě 3 の配置空間 Cn pRm q の基点付 きのループ空間 ΩCn pRm q のホモロジーの代数構造を記述する.まず,ホモ ロジー Hm´2 pΩCn pRm q; Zq の要素を次のように構成する.対角集合 Δij の 管状近傍の境界は直積 Δij ˆ S m´1 とみなすことができる.球面 S m´1 の上 の直積の第 2 成分への包含写像を用いて,埋め込み
γij : S m´1 ÝÑ Cn pRm q が得られる.ここで,S m´1 をサスペンション ΣS m´2 とみなすと,埋め込 み γij は,写像
αij : S m´2 ÝÑ ΩCn pRm q を導く.写像 αij がホモロジーに誘導する写像
pαij q˚ : H˚ pS m´2 ; Zq ÝÑ H˚ pΩCn pRm q; Zq による基本類 rS m´2 s P Hm´2 pS m´2 ; Zq の像を Xij P Hm´2 pΩCn pRm q; Zq で表す.
3.1 節で説明したように,ループの合成写像 ΩCn pRm q ˆ ΩCn pRm q ÝÑ ΩCn pRm q はホモロジー H˚ pΩCn pRm q; Zq に積構造を誘導する.以下,このホモロジー の代数としての構造を述べる.
242
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
例 6.6.1(n “ 2 のとき) 配置空間 C2 pRm q は球面 S m´1 とホモトピー同値 であり,代数としての同型
H˚ pΩC2 pRm q; Zq – ZxX12 y が成立する.ここで,右辺は X12 で生成される整数係数の 1 変数多項式環を 表す. 一般に,n ě 3 とすると,Xij , 1 ď i ă j ď n の間には次のように無限小 組みひも関係式が成立する. 命題 6.6.2 上のように構成した Xij P Hm´2 pΩCn pRm q; Zq は,m ě 3 の とき,関係式
rXij , Xik ` Xjk s “ 0,
iăjăk
を満たす.ここで,Xij の次数は m ´ 2 であり,r¨, ¨s は次数つきの Lie ブラ ケットを表す. [証明]配置空間 Cn pRm q の要素は Rm の互いに異なる点 x1 , . . . , xn を表す. ここで,i ă j ă k として,図 6.19 のように,xi は固定し xj を }xi ´ xj } “ 1 となるように動かす.また,xk を }xi ´ xk } “ 2 となるように動かす.ここ で,x , ‰ i, j, k は固定する.このようにして,球面の直積からの写像
ϕ : S m´1 ˆ S m´1 ÝÑ Cn pRm q が得られる.直積 S m´1 ˆ S m´1 の成分は,それぞれ xj と xk の動きに対 応する.ここで,S m´1 の基本類 rS m´1 s P Hm´1 pS m´1 ; Zq を α で表すと,
xj の動きに対応する球面は中心が xi であり,また xk の動きに対応する球面 は内部に xi , xj を含むことから,ϕ がホモロジーに導く写像 ϕ˚ は ϕ˚ pα ˆ 1q “ αij ,
ϕ˚ p1 ˆ αq “ αik ` αjk
図 6.19 球面上を動く 2 点 xj , xk
6.6 配置空間のループ空間
243
を満たす.次に ϕ がループ空間のホモロジーに誘導する写像
Ωϕ˚ : H˚ pΩpS m´1 ˆ S m´1 q; Zq ÝÑ H˚ pΩCn pRm q; Zq を考える.ホモロジー H˚ pΩpS m´1 ˆ S m´1 q; Zq は,α ˆ 1, 1 ˆ α に対応す る要素 A1 , A2 P Hm´2 pΩpS m´1 ˆ S m´1 q; Zq によって,代数として生成さ れる.さらに,次数付きブラケット rA1 , A2 s で生成される ZxA1 , A2 y のイデ アル I を用いて,次数付き代数としての同型
H˚ pΩpS n ˆ S n q; Zq – ZxA1 , A2 y{I が成立する.対応する R 上の結果は例 4.3.3 で説明した.ここで,A1 , A2 は 次数 m ´ 2 である.また,
Ωϕ˚ pA1 q “ Xij ,
Ωϕ˚ pA2 q “ Xik ` Xjk
が成り立つことから,求める関係式
rXij , Xik ` Xjk s “ 0,
iăjăk [ \
が導かれる. さらに,Cohen–Gitler [20] によって,次の定理が示された.
定理 6.6.3 ホモロジー H˚ pΩCn pRm q; Zq は次数 m ´ 2 の要素 Xij , 1 ď i ‰
j ď n で生成され関係式 rXij , Xik ` Xjk s “ 0, (i, j, k は互いに異なる. ) rXij , Xk s “ 0, (i, j, k, は互いに異なる. ) Xij “ p´1qm´2 Xji ,
iăj
を満たす次数付き Lie 代数の普遍展開環と同型である. 上の表示では,関係式を見やすくするために形式的に生成元 Xji , i ă j を 導入した.Xij P Hm´2 pΩCn pRm q; Zq が実際にこのような関係式を満たすこ とは命題 6.6.2 の方法で示される.定理 6.6.3 の証明の詳細はここでは述べな いが,H˚ pΩCn pRm qq が Xij で生成されて,定理に述べられている関係式で 十分であることは,およそ次にように示される.まず,m “ 2 の場合に 6.3 節で述べたことと同様に.m ě 3 のときについても,自然な射影
π : Cn pRm q ÝÑ Cn´1 pRm q
244
第 6 章 無限小組みひも関係式とその応用
はファイバー束の構造をもち,切断が存在する.つまり,
s : Cn´1 pRm q ÝÑ Cn pRm q で π ˝ s “ id を満たす s が存在する.射影 π のファイバーを F とすると,F は Rm から pn ´ 1q 個の点を除いた空間であり,S m´1 の pn ´ 1q 個の 1 点 共有和のホモトピー型をもつ.上の切断の存在から,加群としての同型
H˚ pΩCn pRm q; Zq – H˚ pΩCn´1 pRm q; Zq b H˚ pΩF ; Zq が得られる.この同型を用いて,求める結果は n についての帰納法によって 示される.
ୈ
7 ষ ෮ੵͱମੵ
7.1 球面幾何と双曲幾何からの準備 Euclid 空間 Rn`1 の単位球面 S n “ tpx1 , . . . , xn`1 q P Rn`1 | x21 ` ¨ ¨ ¨ ` x2n`1 “ 1u に,Rn`1 の Euclid 計量から導かれる Riemann 計量を入れる.上半球に
b ˘ ` ppx1 , . . . , xn q “ x1 , . . . , xn , 1 ´ x21 ´ ¨ ¨ ¨ ´ x2n
によって,局所座標を導入し,この座標について S n の Riemann 計量を表 すと
gij “
A Bp Bp E xi xj “ δij ` 2 , Bxi Bxj xn`1
となる.微分形式 ω を
ω“
1 rn`1
n`1 ÿ
p´1qj´1 xj dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxj´1 ^ dxj`1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn`1
j“1
b x21 ` ¨ ¨ ¨ ` x2n`1 とする.微分形式 ω は,Rn`1 か ら原点を除いた領域で定義された閉形式で,スケール変換 px1 , . . . , xn`1 q ÞÑ λpx1 , . . . , xn`1 q, λ ą 0 に関して不変である.包含写像 i : S n`1 ÝÑ Rn`1 による ω の引き戻し i˚ ω は,この Riemann 計量に関する S n の体積要素を 与える.微分形式 dr が とおく.ここで,r “
r dr “ x1 dx1 ` ¨ ¨ ¨ ` xn`1 dxn`1 を満たすことを用いると,関係式
rn dr ^ ω “ dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn`1
(7.1)
246
第 7 章 反復積分と体積
が得られる. ここで,Gauss 積分
ż I“
2
Rn`1
2
e´x1 ´¨¨¨´xn`1 dx1 ¨ ¨ ¨ dxn`1
を考える.体積要素の関係式 (7.1) を用いて,
ż I“
2
Rn`1
e´r rn dr ^ ω “ Vn pS n q
ż8
2
e´r rn dr
0
と表される.積分 I は,
ż8
2
´8
を用いて
I“
´ż 8
e´x dx “
2
e´x dx
?
π
¯n`1
´8
“π
n`1 2
と計算される.また,ガンマ関数の定義より,m ą 0 のとき
Γpmq “
ż8
´x m´1
e
x
dx “ 2
0
ż8
2
e´r r2m´1 dr
0
となる.これらをあわせて,単位球面 S n の体積の公式 n`1
Vn pS n q “
2π 2 Γp n`1 2 q
(7.2)
が導かれる.例 3.3.4 で与えた S n の正規化された体積要素 σ と ω との関係は
σ“
1 i˚ ω Vn pS n q
である. このような体積の積分表示の手法は,球面単体の体積にも拡張することが できる.H1 , . . . , Hn`1 を Rn`1 の原点を通る n 次元線形部分空間とし,こ れらは一般の位置にあると仮定する.Hj , 1 ď j ď n ` 1 を定義する線形形 式を fj : Rn`1 ÝÑ R とする.Rn`1 の錐状領域 C を
C “ tpx1 , . . . , xn`1 q P Rn`1 | fj px1 , . . . , xn`1 q ě 0, 1 ď j ď n ` 1u で定め,球面単体 Δ “ S n X C を考える.次の補題が成立する.
7.1 球面幾何と双曲幾何からの準備
247
補題 7.1.1 上のようにして定まる球面単体 Δ の体積は
Vn pΔq “
ż
2 Γp n`1 2 q
2
2
e´x1 ´¨¨¨´xn`1 dx1 ¨ ¨ ¨ dxn`1 C
で与えられる. [証明]体積要素の関係式 (7.1) を用いると,
ż
2
2
e´x1 ´¨¨¨´xn`1 dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn`1 “
ż
C
2
e´r rn dr ^ ω
C
となる.ここで,右辺の積分は
Vn pΔq
ż8
2
e´r rn dr “
0
´n ` 1¯ 1 Vn pΔq Γ 2 2
に等しいことから求める等式が得られる.
[ \
次に双曲空間のいくつかのモデルについて述べる.双曲幾何学の詳細につ いては,[8] などを参照してほしい.以下,n は 2 以上の自然数とする.Rn の上半空間
Hn “ tpx1 , . . . , xn q P Rn | xn ą 0u に Riemann 計量
dx21 ` ¨ ¨ ¨ ` dx2n x2n
ds2 “
(7.3)
を入れたものを上半空間モデル (upper half space model) とよぶ.この計量 により,Hn は定曲率 ´1 をもつことが知られており,双曲空間の 1 つのモ デルを与える.Hn の体積要素は
ω“
dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn xnn
である.上半空間モデル Hn の測地線は,次の 2 種類である.
(1) Rn の超平面 xn “ 0 と直交する半円. (2) x1 , . . . , xn´1 が定数として定義される半直線. Rn の超平面 xn “ 0 に無限遠点を付け加えて一点コンパクト化した n 次元 球面を無限遠球面とよび,S8 で表す.上半空間モデル Hn の超平面は,次 の 2 種類である.
248
第 7 章 反復積分と体積
(1) Rn の超平面 xn “ 0 と直交する半球面 a xn “ r2 ´ px1 ´ a1 q2 ´ ¨ ¨ ¨ ´ pxn ´ an´1 q2 . (2) 1 次式 b1 x1 ` ¨ ¨ ¨ ` bn´1 xn´1 “ c, xn ą 0 で定義される xn “ 0 と直交 する pn ´ 1q 次元部分空間. これらは Hn の全測地的な pn ´ 1q 次元部分多様体である. 次に双曲面モデルについて説明する.ベクトル空間 Rn`1 に双線形形式を
xx, yypn|1q “ x1 y1 ` ¨ ¨ ¨ ` xn yn ´ xn`1 yn`1 ,
x, y P Rn`1
で定める.このような双線形形式が与えられたベクトル空間を Minkowski 空間とよび,Mpn|1q で表す.Minkowski 空間 Mpn|1q の双曲面 Hn を
´x21 ´ ¨ ¨ ¨ ´ x2n ` x2n`1 “ 1,
xn`1 ą 0
で定義する.双曲面 Hn の点 x の接空間 Tx Hn は Mpn|1q の部分空間として,
Tx Hn “ ty P Mpn|1q | xx, yypn|1q “ 1u と表される.双曲面 Hn の点 x は xx, xypn|1q “ ´1 を満たすので,双線形形式
x¨, ¨ypn|1q の接空間 Tx Hn への制限は正定値であり,これは Hn の Riemann 計量を定める.Hn の座標系を b ˘ ` ppx1 , . . . , xn q “ x1 , . . . , xn , 1 ` x21 ` ¨ ¨ ¨ ` x2n で与えると,Riemann 計量は
gij “
A Bp Bp E xi xj , “ δij ´ 2 Bxi Bxj pn|1q xn`1
で定まる.この構成によって得られた Hn の Riemann 計量は双曲空間のモ デルを与える.これを双曲面モデル (hyperboloid model) とよぶ.
Mpn|1q の p “ p0, . . . , 0, ´1q を基点とする超平面 xn`1 “ 0 への立体射影 π : Hn ÝÑ Rn を πpx1 , . . . , xn`1 q “
1 px1 , . . . , xn q 1 ` xn`1
で定義する.射影 π は Rn の単位円板の内部
Dn “ tpx1 , . . . , xn q | x21 ` ¨ ¨ ¨ ` x2n ă 1u
7.1 球面幾何と双曲幾何からの準備
249
の上への微分同相である.この微分同相によって,Dn に Hn の計量から導 かれる計量を入れたものを Poincar´ e の単位円板モデル (unit disk model) と よぶ.このようにして定まる Dn の Riemann 計量は
ds2 “
4 pdx21 ` ¨ ¨ ¨ ` dx2n q p1 ´ x21 ´ ¨ ¨ ¨ ´ x2n q2
と表される.Rn のベクトル en を p0, . . . , 0, 1q として,ι : Dn ÝÑ Rn を
ιpxq “
2px ` en q ´ en }x ` en }2
で定める.写像 ι は,上半空間 Hn の上への微分同相である.この写像によっ て,単位円板モデルの計量から導かれる Hn の Riemann 計量は,式 (7.3) で 定義した双曲空間 Hn の計量と一致することが確かめられる.このようにし て,双曲空間の 3 通りのモデルとして,上半空間モデル,双曲面モデル,単 位円板モデルが定義された.これらの空間の間には距離を保つ微分同相写像 が存在する.上半空間モデルにおける超平面はすでに述べたが,これらは双 曲面モデルでは,Rn`1 の n 次元線形部分空間と双曲面 Hn の空でない共通 部分に対応する.また,単位円板モデルでは無限遠球面 S8 が,Rn の単位 球面と同一視される.この場合の超平面は単位球面に直交する pn ´ 1q 次元 球面として表される.体積要素についてもそれぞれのモデルで記述すること ができる.双曲面モデルの体積要素を座標 px1 , . . . , xn q で表すと,
σ“
dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn xn`1
(7.4)
となる. 次に,双曲面モデルを用いて,双曲単体の体積を記述する.H1 , . . . , Hn`1 を Rn`1 の原点を通る n 次元線形部分空間とし,これらは一般の位置にある と仮定する.さらに,双曲面 Hn に対して,H X Hj ‰ H, 1 ď j ď n ` 1 が 満たされているとする.球面単体の場合と同様に Hj , 1 ď j ď n ` 1 を定義 する線形形式を fj : Rn`1 ÝÑ R とする.Minkowski 空間 Mpn|1q の錐状領 域Cを
C “ tpx1 , . . . , xn`1 q P Rn`1 | fj px1 , . . . , xn`1 q ě 0, 1 ď j ď n ` 1u で定め,双曲単体 Δ “ Hn X C を考える.次の補題が成立する. 補題 7.1.2 上のようにして定まる双曲単体 Δ Ă Hn の体積は
Vn pΔq “
2 Γp n`1 2 q
ż
2
2
2
e´p´x1 ´¨¨¨´xn `xn`1 q dx1 ¨ ¨ ¨ dxn`1 C
250
第 7 章 反復積分と体積
で与えられる. [証明] Minkowski 空間 Mpn|1q の錐状領域 D´ を
D´ “ tx P Mpn|1q | xx, xypn|1q ă 0u で定める.また,
ρpxq “
b ´xx, xypn|1q
とおく.式 (7.4) の体積要素を用いて
dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn ρn´1 xn`1
ω“
とおくと,ω は D´ 上定義された微分形式で,スケール変換 x ÞÑ λx, λ ą 0 に関して不変である.双曲面 Han を
Han “ tx P Mpn|1q | xx, xypn|1q “ ´a2 u で定め,Δpaq “ Han X C とおくと,ω がスケール変換について不変である
ż
ことから
Vn pΔq “
ż ω“
Δ
ω,
aą0
Δpaq
が成り立つ.関係式
ω ^ ρn dρ “ dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn`1 を用いると,
ż
2
2
2
e´p´x1 ´¨¨¨´xn `xn`1 q dx1 ^ ¨ ¨ ¨ ^ dxn`1 “
C
ż
2
e´ρ ω ^ ρn dρ
C
となる.ここで,右辺の積分は
Vn pΔq
ż8 0
2
e´ρ ρn dρ “
´n ` 1¯ 1 Vn pΔq Γ 2 2
に等しいことから求める等式が得られる.
[ \
まず,2 次元の場合に測地線で囲まれた 3 角形の性質をまとめておこう. 例 7.1.3 双曲平面において図 7.1 に示した内角が α, β, 0 であるような測地 線で囲まれた 3 角形を Δ とする.ここで,弧 P Q は原点を中心とする半径 1 の半円の一部である.Δ の 1 つの頂点は無限遠にある.図 7.1 の頂点 P , Q
7.1 球面幾何と双曲幾何からの準備
251
の x 座標をそれぞれ x1 , x2 とする.双曲平面の面積要素は dx dy{y 2 である ことから,Δ の面積 ApΔq は
ż ApΔq “ Δ
dx dy “ y2
ż x2 x1
?
dx “ pπ ´ αq ´ β 1 ´ x2
となる.すべての頂点が無限遠にあるとすると,α “ β “ 0 で,面積は
ApΔq “ π となる.このような 3 角形は 2 次元理想単体 (ideal simplex) と よばれる.一般に,双曲平面内の,内角が α, β, γ の測地 3 角形 Δ の面積は ApΔq “ π ´ α ´ β ´ γ となる.これは,図 7.1 のように Δ の面積を,1 つの頂点が無限遠にあるよ うな 3 角形の面積の差として表すことにより確かめられる. 球面の場合,測地線は大円の弧である.単位球面上の内角が α, β, γ の測地
3 角形 Δ の面積は ApΔq “ α ` β ` γ ´ π となる.測地 3 角形 Δ について,内角 α, β, γ の対辺の長さをそれぞれ a, b, c とすると,関係式
cos α “
cos a ´ cos b cos c , sin b sin c
cos a “
cos α ` cos β cos γ sin β sin γ
(7.5)
が成立する.これは古典的な球面三角法でよく知られた公式である.双曲平 面の測地 3 角形で対応する公式は
cos α “
´ cosh a ` cosh b cosh c , sinh b sinh c
cosh a “
cos α ` cos β cos γ sin β sin γ
図 7.1 双曲平面の測地 3 角形
(7.6)
252
第 7 章 反復積分と体積
図 7.2 球面 3 角形と双曲 3 角形
となる.証明は例えば [7] に述べられている.
3 次元双曲単体の体積については,7.4 節で詳しく扱う.ここでは,頂点が 無限遠にある単体の体積を中心にして,いくつかの例を計算してみよう. 例 7.1.4 単位円の内部にあって
0 ď x ď b,
0 ď y ď x tan α
で定まる 3 角形を T とする.上半空間 H3 内の 3 次元単体 Σ を
Σ “ tpx, y, zq P H3 | px, yq P T, z ą
a 1 ´ x2 ´ y 2 u
で定める.ここで,b “ cos β, 0 ă β ă π{2 とおく.また,α˚ “ π{2 ´ α とする.Σ は図 7.3 に示したように,1 つの頂点が無限遠にあり,3 つの面角 が π{2 で,それ以外の面角が α, α˚ , β となるような双曲単体である.Σ の体
ż
積は
V pΣq “ Σ
dx dy dz 1 “ 3 z 2
ż T
dx dy 1 ´ x2 ´ y 2
と表される.まず,y についての積分
ż x tan α 0
´ ?1 ´ x2 ` x tan α ¯ 1 1 ? dy “ log ? 1 ´ x2 ´ y 2 2 1 ´ x2 1 ´ x2 ´ x tan α
を行って,さらに x “ cos θ, β ď θ ď π{2 と置換することにより,
1 V pΣq “ 4
ż π{2 log β
´ sinpθ ` αq ¯ sinpθ ´ αq
が得られる. 式 (7.7) は,積分
żx Λpxq “ ´
log |2 sin u| du 0
dθ
(7.7)
7.1 球面幾何と双曲幾何からの準備
253
図 7.3 双曲直交単体
で定義される関数 Λpxq を用いると
V pΣq “
1 pΛpπ{2 ´ αq ´ Λpπ{2 ` αq ´ Λpβ ´ αq ` Λpβ ` αqq 4
(7.8)
と表すことができる.Lobachevsky は,双曲単体の体積を表すために関数
żx
Lpxq “ ´
log | cos u| du
(7.9)
0
を用いた.関数 Lpxq は Lobachevsky 関数とよばれる.Lobachevsky 関数 は,7.4 節であらためて取り上げる.Lpxq と Λpxq の間の関係は
Lpxq “ x log 2 ` Λpx ` π{2q
(7.10)
である.文献によっては,Λpxq を Lobachevsky 関数とよぶこともある.関 数 Λpxq は
Λp´xq “ ´Λpxq,
Λpx ` πq “ Λpxq
を満たす.これを用いると式 (7.8) は
V pΣq “
1 pΛpα ` βq ` Λpα ´ βq ` 2Λpα˚ qq 4
(7.11)
と書き直すことができる.ここで,α˚ “ π{2 ´ α とおいた.とくに,α “ β のときには,
V pΣq “
1 Λpαq 2
(7.12)
となる.
3 次元双曲空間 H3 において,4 つの頂点が無限遠球面 S8 上にあるような 理想単体を考える.単体を平面 z “ 0 に射影すると,図 7.4 のように Euclid 平面の 3 角形が得られる.この 3 角形の内角を α, β, γ とする.これらは理想 単体の 3 つの面角に対応する.図 7.4 に示したように,α, β, γ 以外の 3 つの
254
第 7 章 反復積分と体積
面角を α1 , β1 , γ1 とすると,無限遠にある頂点のまわりの 3 つの面角の和が
π であることから, α1 ` β1 ` γ “ π,
α1 ` β ` γ1 “ π,
α ` β1 ` γ1 “ π
となり,これより
α “ α1 ,
β “ β1 ,
γ “ γ1
がしたがう.このような理想単体の体積について,次の定理が成り立つ. 定理 7.1.5 図 7.4 に示した面角が α, α, β, β, γ, γ であるような 3 次元双曲空 間の理想単体 Σ の体積は
V pΣq “ Λpαq ` Λpβq ` Λpγq と表される.
[証明]まず,α, β, γ が鋭角であると仮定する.図 7.5 の内角が α, β, γ の 3 角形を,図のように 6 個の直角 3 角形に分割する.ここで,
α˚ ` β ˚ “ γ, α˚ “ π{2 ´ α,
α˚ ` γ ˚ “ β, β ˚ “ π{2 ´ β,
β˚ ` γ˚ “ α γ ˚ “ π{2 ´ γ
である.この分割により,理想単体 Σα,β,γ は,体積がそれぞれ Λpαq, Λpβq, Λpγq であるもの 2 個ずつに分けられる.したがって,式 (7.12) を用いて求 める結果が得られる.角度 α, β, γ に鋭角ではないものが含まれる場合は,こ の結果を解析接続すればよい.以上で定理が証明された. [ \
図 7.4 双曲空間の理想 4 面体
7.1 球面幾何と双曲幾何からの準備
255
関数 Λpxq と 2 重対数関数
żx 8 ÿ xn logp1 ´ uq Li2 pxq “ “´ du, 2 n u 0 n“1
|x| ď 1
との間には関係式
Li2 pe2ix q “ 2i Λpxq `
1 2 π ´ xpπ ´ xq, 6
0ăxăπ
が成立する.証明は 7.4 節の Lobachevsky 関数に関する補題 7.4.7 と同様に なされる.上の式の両辺の虚数部分を比較して,Fourier 展開
Λpxq “
8 1 ÿ sin 2nx 2 n“1 n2
が得られる.また,三角関数についての等式
2 sin nθ “
´ kπ ¯ 2 sin θ ` n k“0
n´1 ź
の両辺の対数をとって積分すると,関数 Λpxq についての n 倍角の公式 n´1 ÿ ´ Λpnxq kπ ¯ Λ x` “ n n k“0
が示される.関数 Λpxq は,x ‰ nπ, n P Z では実解析的である. 次に 3 次元双曲理想単体の体積と 2 重対数関数との関係についてふれておこ う.3 次元双曲空間 H3 の無限遠球面 S8 を,Riemann 球面 CP 1 “ C Y t8u
図 7.5 理想単体の射影として得られる 3 角形
256
第 7 章 反復積分と体積
と同一視する.無限遠球面 S8 上の 4 点 a0 , . . . , a3 を頂点とする理想単体を
Δ とする.H3 の等長変換は無限遠球面 CP 1 の 1 次分数変換 gpzq “
az ` b , cz ` d
a, b, c, d P C,
ad ´ bc “ 1
を誘導するので,Δ の体積は,非調和比
z“
pa0 ´ a2 qpa1 ´ a3 q pa0 ´ a3 qpa1 ´ a2 q
によって一意的に定まる.つまり,Δ の体積は,CP 1 上の t8, 0, 1, zu を頂 点とする理想単体の体積に等しい.ここで,z の虚部 Im z は正とする.定理
7.1.5 に基づいて計算すると,Δ の体積は Dpzq “ Im Li2 pzq ` log |z| argp1 ´ zq
(7.13)
で与えられることが確かめられる.ここで,´π ă argp1 ´ zq ă π とする. 関数 Dpzq は Dpzq “ ´Dpzq を満たすように,Czt0, 1u に,実解析関数とし て拡張することができる.Dpzq を Bloch–Wigner 関数とよぶ.Dpzq は
Dp1 ´ zq “ Dp1{zq “ ´Dpzq を満たす.
3 次元双曲空間 H3 の無限遠球面 S8 の 4 点 a0 , . . . , a3 を頂点とする理想 単体の体積を V pa0 , . . . , a3 q で表すと,コサイクル条件 4 ÿ
p´1qi V pa0 , . . . , api , . . . , a4 q “ 0
i“0
が成立する.これは,5 点 a0 , . . . , a4 を頂点とする双曲多面体を,双曲単体 の和に分割する方法を,図 7.6 のように 2 通り考えることによって得られる. このコサイクル条件から,Bloch-Wigner 関数についての関数等式
Dpxq ´ Dpyq ` Dpy{xq ´ Dpp1 ´ yq{p1 ´ xqq ` Dpp1 ´ y ´1 q{p1 ´ x´1 qq “ 0 (7.14) が導かれる. 関数等式 (7.14) は,2 重対数関数の 5 項関係式
Li2 pxy{p1 ´ xqp1 ´ yqq “ Li2 px{p1 ´ yqq ` Li2 py{p1 ´ xqq ´ Li2 pxq ´ Li2 pyq ´ logp1 ´ xq logp1 ´ yq の帰結としても得られる.詳細は [28] などを参照されたい.
(7.15)
7.2 Schl¨ afli の等式
257
図 7.6 多面体 xa0 , . . . , a4 y の単体の和への 2 通りの分割
7.2 Schl¨ afli の等式 この章の主な目的は,n 次元の球面単体または双曲単体体積を面角の関数 として,反復積分で表すことである.球面幾何,Euclid 幾何,または双曲幾 何における単体 Δn の pn ´ 1q 次元面を E1 , . . . , En`1 とする.また,Ei と
Ej が Δn を囲む面角を θij とする.Δn の Gram 行列 A “ paij q とは,成 分が
aij “ cospπ ´ θij q “ ´ cos θij で与えられる pn ` 1q 次の正方行列である.Gram 行列は対称行列で,対角成 分はすべて 1 である.ここで,対角成分がすべて 1 であるような,pn ` 1q 次 の実対称行列全体の集合を Xn で表す.Xn は npn ` 1q{2 次元のアフィン空 間とみなすことができる.Xn の要素で正定値であるもの全体の集合を Cn` で 表す.また,Xn の要素で,n 次の主小行列がすべて正定値であるもの全体の 集合を考え,これを Xn` で表す.このとき,Cn` Ă Xn` が成り立つ.Milnor
[60] で述べられているように,Xn の要素が,球面幾何,Euclid 幾何,双曲 幾何の単体に対応するための条件は,以下のように表される. 命題 7.2.1 Xn の要素 A が球面単体の Gram 行列を表すための条件は,A が正定値となることである.A が Euclid 単体の Gram 行列を表すための条 件は,det A “ 0, A P Xn` で A の余因子行列の成分 cij が,すべて cij ą 0 を満たすことである.また,A が双曲単体の Gram 行列を表すための条件は,
det A ă 0, A P Xn` で A の余因子行列の成分 cij が,すべて cij ą 0 を満た すことである. [証明] Xn の要素 A “ paij q に対して,基底を e0 , e1 , . . . , en とする pn ` 1q
258
第 7 章 反復積分と体積
次元線形空間 V をとり,さらに,V の内積を xei , ej y “ aij で定める.Cn` に 属する行列 A “ paij q は正定値なので,上のように定めた内積は V の Euclid 内積である.S n を上の内積から定まる計量についての V の単位球面として
Hi´ “ tx P V | xx, ei y ď 0u とおく.このとき,Δn “ S n X H0´ X ¨ ¨ ¨ X Hn´ は Gram 行列が A となるよ うな球面単体となる.また,球面単体 Δn の頂点は xei , e˚ j y “ δij となるよう ˚ ˚ ˚ な双対基底 e˚ 0 , e1 , . . . , en を用いて vi “ ´ei {}ei } で与えられる.逆に,す
べての球面単体はこのようにして構成されることも確かめられる.したがっ て,n 次元球面単体の Gram 行列は Cn` の要素と 1 対 1 に対応することがわ かる. 次に,A を n 次元 Euclid 単体の Gram 行列とする.このとき,A P Xn` で
det A “ 0 が成り立つ.逆に,Xn` に属する行列 A “ paij q で det A “ 0 を満 たすものをとり,A が n 次元 Euclid 単体の Gram 行列として実現されるため の条件を考察しよう.内積が xei , ej y “ aij を満たし det A “ 0 であることか ら,e0 , . . . , en は 1 次従属で n 次元線形空間を生成する.ベクトル e0 , . . . , en ř ř の間の線形関係を i αi ei “ 0 で表す.これに対応して i αi aij “ 0 が成り 立つ.このとき,α0 , . . . , αn はいずれも 0 ではない.さらに,α0 , . . . , αn が 同符号であるときに限って,xei , xy ď 1, 0 ď i ď n によって単体が定義され, 与えられた Gram 行列 A をもつ.以下,αi ą 0, 0 ď i ď n とする.Gram ř 行列 A の ij 余因子を cij とすると,det A “ 0 より j aij cjk “ 0 が成立す る.これより,α0 , . . . , αn を適当に正規化すると,cij “ αi αj と表される. したがって,cij ą 0 が得られる.逆に,このような pcij q から比 α0 : ¨ ¨ ¨ : αn が定まり,上のように Euclid 単体を構成することができる. 最後に A P Xn` で det A ă 0 の場合を考える.このとき,e0 , . . . , en を基底 とする線形空間 V には xei , ej y “ aij で定まる符号数 pn, 1q の Minkowski 内 積 x¨, ¨ypn|1q が与えられているとする.双曲面 xx, xypn|1q “ ´1 のそれぞれの 連結成分は,双曲幾何のモデル空間となる.球面幾何の場合と同様に,双曲面 上 xx, ei ypn|1q ď 0, 0 ď i ď n, を満たす領域として,頂点が vi “ ´e˚ i {}ei } である単体を構成することを試みる.ここで,}x} “
b
|xx, xypn|1q | であ
る.このとき,頂点がすべて双曲面の同じ連結成分上にあるための条件は
xe˚i , e˚j ypn|1q がすべて負となることであり,xe˚i , e˚j ypn|1q “ cij {D を用いる と,この条件は,余因子 cij がすべて正と言い換えることができる.以上で 命題が証明された. [ \
7.2 Schl¨ afli の等式
259
上で示したように,Cn` の要素は n 次元球面単体の Gram 行列と 1 対 1 に 対応する.また,n 次元 Euclid 単体および双曲単体の Gram 行列全体を,そ れぞれ,Cn0 , Cn´ で表し,Cn “ Cn` Y Cn0 Y Cn´ とおく.
Mκ を曲率が一定値 κ であるような n 次元の球面幾何,Euclid 幾何,ま たは双曲幾何のモデル空間とする.7.1 節で説明したように,κ ą 0, κ “ 0,
κ ă 0 に応じて,対応する幾何は,それぞれ,球面幾何,Euclid 幾何,双曲 幾何である.Mκ において,パラメータ付けられた n 次元コンパクト多面体 の族 tP u を考える.多面体 P の n 次元体積を Vn pP q として,これを上のパ ラメータの空間上の関数とみなし,その全微分を dVn pP q で表す.また,P の pn ´ 2q 次元面 F に対して,F の pn ´ 2q 次元体積を Vn´2 pF q とおき,F で交わる P の pn ´ 1q 次元面のなす面角 (dihedral angle) を θF で表す.こ のとき Schl¨ afli の等式 1 ÿ κ dVn pP q “ Vn´2 pF q dθF (7.16) n´1 F が成り立つ.ここで,和は P のすべての pn ´ 2q 次元面 F に対してとる.と くに,n “ 2 の場合には,V0 pF q は頂点の個数を表すものとする.この等式 は Schl¨ afli [68] によって,球面幾何の場合に示され,その後,他の定曲率空 間に拡張された.以下,体積を表す記号 Vn において,次元が明らかなとき には添字 n を省略することがある. 例 7.2.2 Schl¨ afli の等式は n “ 2 の場合には次のように記述される.球面
S, Euclid 平面 E または双曲平面 H の多角形の族 tP u に対して P の面積を ApP q とおく.多角形の頂点 v のおける内角を θv とすると,Schl¨ afli の等式 より,
κ dApP q “
ÿ
dθv
v
が成り立つ.ここで,和は多角形の頂点 v についてとる.この式の両辺を積 分して
ÿ
θv “ κ ApP q ` C
v
が得られる.ここで,C は定数である.極限 ApP q Ñ 0 の状況を考えると,
ř
θv は Euclid 平面の m 角形の内角の和 pm ´ 2qπ に近づくことから,定数 C は pm ´ 2qπ となることがわかる.このようにして,2 次元の場合の Schl¨ afli の等式から Gauss–Bonnet の等式 ÿ θv “ κApP q ` pm ´ 2qπ v
v
260
第 7 章 反復積分と体積
が導かれる. 例 7.2.3 Euclid 空間 Rn`1 の単位球面 S n の体積について,Schl¨ afli の等式 を用いた考察をしてみよう.Rn`1 の原点を通る超平面 H0 , H1 をとり,これ らを定義する線形形式を,それぞれ f0 , f1 とし,Hi` “ tx P S n | fi pxq ě 0u,
i “ 0, 1 で定める.このとき, Ln “ S n X H1` X H2` とおき,Ln を S n の多面体とみなす.Ln は,2 つの pn ´ 1q 次元面 E0 , E1 をもち,これらの共通の境界 E0 X E1 は pn ´ 2q 次元球面である.E0 と E1 の囲む面角を θ とおく.Ln を θ をパラメータとする多面体の族とみなして
Ln pθq で表す.Schl¨ afli の等式より,Ln pθq の体積について dVn pLn pθqq “
1 Vn´2 pS n´2 q dθ n´1
となる.これを積分して
Vn pLn pθqq “
1 Vn´2 pS n´2 qθ n´1
が得られる.とくに,θ “ 2π とすると球面の体積についての漸化式
Vn pS n q “
2π Vn´2 pS n´2 q n´1
が得られる.V0 pS 0 q “ 2, V1 pS 1 q “ 2π と上の漸化式から,7.1 節で求めた 球面の体積の公式
V2 pS 2 q “ 4π, V3 pS 3 q “ 2π 2 , V4 pS 4 q “
8 2 π ,... 3
が確かめられる.
Schl¨ afli の等式の証明については,Milnor [60] などを参照されたい.
7.3 球面単体の体積の反復積分表示 この節では,P として pn ` 1q 次元ユークリッド空間内の単位球面 S n の n 次元単体 Δn をとる.球面単体 Δn の pn ´ 1q 次元面を E1 , . . . , En`1 とする.
Ei と Ej が Δn を囲む面角を θij とすると,Δn の Gram 行列 A “ paij q は aij “ ´ cos θij で与えられる.球面単体 Δn の pn´1q 次元面 Ei , 1 ď i ď n`1 は,Rn`1 の超平面 Hi を用いて,Ei “ S n X Hi と表される.面角 θij は Hi
7.3 球面単体の体積の反復積分表示
261
と Hj のなす角度である.とくに n “ 1 の場合,Δ1 の 2 つの端点のなす面 角は,Δ1 の定める S 1 の弧の長さと定めておく.Gram 行列 A は,対角成分 が 1 の対称行列で正定値である.ここで,7.1 節と同様に,Cn` を pn ` 1q 次 の実対称行列で,対角成分がすべて 1 で正定値であるもの全体の集合とする. 7.1 節で述べたように,Cn` の任意の要素は,ある n 次元球面単体の Gram 行列として実現され,球面単体の体積 V pΔn q は,Cn` 上の関数とみなすこと ができる.Schl¨ afli の等式を用いると,この関数は 1 次閉微分形式の反復積 分を用いて表すことができる.このような手法は青本 [3] によって展開され た.まず,いくつか記号を準備する. 自然数 m に対して,I “ t1, 2, . . . , n ` 1u の部分集合の増大列
I0 Ă I1 Ă ¨ ¨ ¨ Ă Ik Ă ¨ ¨ ¨ Ă Im で |Ik | “ 2k となるものをとる.ただし I0 “ H であり,|Ik | は集合 Ik の要 素の個数を表す.このような列 pI0 ¨ ¨ ¨ Im q 全体の集合を Fm rns で表す.こ こで,2m ď n ` 1 である.Fm rns の要素 pI0 ¨ ¨ ¨ Im q に対して,
č
ΔpIk q “
Ej ,
k “ 1, 2, . . .
jPIk
とおくと,これは単体 Δn の pn ´ 2kq 次元の面となる.また,
Ik “ ta1 , b1 , . . . , ak , bk u, k “ 1, 2, . . . とするとき,面 ΔpIk´1 q X Eak と ΔpIk´1 q X Ebk の囲む面角を θpIk´1 , Ik q で表す.とくに,θpI0 , I1 q は Ea1 と Eb1 の面角である.このようにして得ら れる θpIk´1 , Ik q を Cn` 上の関数とみなして,
ωpIk´1 , Ik q “ dθpIk´1 , Ik q とおく.これは Cn` 上の 1 次微分形式を与える.球面単体の体積の反復積分 表示を述べるために,0 ď m ă
n`1 2
に対して定数 cn,m を,球面 S n´2m の
体積 V pS n´2m q を用いて
cn,0 “
V pS n q 2n`1
1 V pS n´2m q ¨ n´2m`1 , pn ´ 1qpn ´ 3q ¨ ¨ ¨ pn ´ 2m ` 1q 2 n`1 1ďmă 2
cn,m “
262
第 7 章 反復積分と体積
で定める.また,n が奇数で m “
cn,m “
n`1 2
のとき,
1 1 “ pn ´ 1q!! pn ´ 1qpn ´ 3q ¨ ¨ ¨ 1
とおく.次の定理が成り立つ. 定理 7.3.1 正定値 Gram 行列 A に対応する n 次元球面単体 ΔpAq の体積は
V pΔpAqq ´
ÿ
“ cn,0 `
żA
ÿ
cn,m
¯ ωpIm´1 , Im q ¨ ¨ ¨ ωpI0 , I1 q
E
pI0 ¨¨¨Im qPFm rns 1ďmďr n`1 2 s
で与えられる.ここで,反復積分は単位行列 E から Gram 行列 A に至る Cn` の道に沿って行う.
afli の等式 (7.16) より, [証明] Schl¨ dV pΔpAqq “
1 ÿ Vn´2 pΔI1 qωpI0 , I1 q n´1 I 1
となる.ここで,和は |I1 | “ 2 となるような I “ t1, 2, . . . , n ` 1u の部分集 合 I1 全体についてとる.この式の両辺を単位行列 E から Gram 行列 A に至 る Cn` の道にそって積分する.単位行列 E を Gram 行列とする球面単体に ついては
V pΔpEqq “
V pS n q 2n`1
となることを用いて,
V pΔpAqq “
V pS n q 1 ÿ ` n`1 2 n´1 I 1
żA Vn´2 pΔpI1 qqωpI0 , I1 q E
が得られる.さらに,Gram 行列 A に対する Vn´2 pΔpI1 qq に Schl¨ afli の等式 を適用すると
V pS n´2 q 1 ÿ Vn´2 pΔpI1 qq “ ` 2n´1 n´3 I 2
żA Vn´4 pΔpI2 qqωpI1 , I2 q E
となる.ここで,和は |I2 | “ 4, I2 Ą I1 となるような I の部分集合 I2 全体 についてとる.このようにして,反復積分による表示
V pΔpAqq “ cn,0 `
ÿ I1
żA
ωpI0 , I1 q
cn,1 E
7.3 球面単体の体積の反復積分表示
`
1 pn´1qpn´3q I
ÿ żA 1 ĂI2
263
Vn´4 pΔpI2 qqωpI1 , I2 qωpI0 , I1 q
E
が得られる.さらに,Vn´4 pΔpI2 qq に対して Schl¨ afli の等式を適用する.こ れを繰り返すと,最終段階は n が偶数のときには m “ はm“
n`1 2
n 2,
n が奇数のときに
として
V2 pΔpIm´1 qq “
ÿ żA π ωpIm´1 , Im q ` 2 I E ĂI m´1
m
で与えられる.したがって,求める反復積分表示が得られる.
[ \
定理 7.3.1 では,単位行列を基点とする反復積分を用いたが,Cn` の境界 上に基点をとって表示を簡略化することができる.球面単体の Gram 行列の
Cn` の境界上の点に収束する列 Ak , k “ 1, 2, . . . で lim det Ak “ 0,
kÑ8
lim V pΔpAk qq “ 0
kÑ8
を満たすものをとる.直観的には,球面単体を小さく縮めて Euclid 単体に収 束させていく操作に対応する.極限 limkÑ8 Ak として表される Cn` の境界 上の点を x0 とおき,これを基点として固定する.定理 7.3.1 の反復積分表示 は,以下のように書き換えることができる. 定理 7.3.2 n 次元球面単体 ΔpAq の体積は,m “
V pΔpAqq ÿ “ pI0 ¨¨¨Im qPFm rns
1 pn ´ 1q!!
“ n`1 ‰ 2
として,反復積分
żA x0
ωpIm´1 , Im q ¨ ¨ ¨ ωpI0 , I1 q
で表される. [証明]定理 7.3.1 の証明において,積分の始点を x0 にとると,この点に対 応する単体の体積は 0 とみなすことができる.したがって,極大な列 I0 ¨ ¨ ¨ Im の項のみが残り,求める等式が得られる.
[ \
I “ t1, 2, . . . , n ` 1u の部分集合 J “ t1, 2, . . . , ku を rks で表す.とくに r0s “ H とする.差集合 IzJ の相異なる要素 p, q に対して,ΔpJq X Ep と ΔpJq X Eq の囲む面角を θp,q rks で表す.次の命題が成立する. 命題 7.3.3 球面単体 Δn の Gram 行列 A に対して,次の条件 (1), (2), (3) を満たす pn ` 1q 次の正方行列 T “ ptij q が存在して一意に定まる.
264
第 7 章 反復積分と体積
(1) i ą j ならば tij “ 0. (2) 対角成分は tii ą 0, 1 ď i ď n ` 1 を満たし,とくに t11 “ 1. (3) t T T “ A. さらに,
tk,k tk´1,k
“ ´ tan θk´1,k rk ´ 2s,
k “ 2, . . . , n ` 1
が成立する. [証明]まず,n “ 2 の場合に示す.条件より,
t12 “ ´ cos θ12 , t22 “ sin θ12 , t13 “ ´ cos θ13 となる,辺 E1 の長さを 1 とおくと,球面三角法の公式を用いて,
t23 “ ´
cos θ23 ` cos θ12 cos θ13 “ ´ sin θ13 cos 1 sin θ12
となる.したがって,
t23 “ ´ sin θ13 cos θ23 r1s, t33 “ sin θ13 sin θ23 r1s が得られる.一般の場合もこのような計算を繰り返して,k ě 3 について
tk´1,k “ ´λk´1,k cos θk´1,k rk ´ 2s, tk,k “ λk´1,k sin θk´1,k rk ´ 2s と表される.ここで,
λk´1,k “ sin θ1,k sin θ2,k r1s ¨ ¨ ¨ sin θk´2,k rk ´ 3s である.以上で命題が示された.
[ \
この命題からただちに次の系がしたがう. 系 7.3.4 面角 θk´1,k rk ´ 2s は,行列 T の成分を用いて
? ´ ´t ´1tk,k ¯ 1 k´1,k ` ? ? log θk´1,k rk ´ 2s “ 2 ´1 ´tk´1,k ´ ´1tk,k
と表される. 次にこの面角が Gram 行列の小行列式を用いて表せることを示す.そのた めに,線形代数の補題を準備する.次の補題は行列式についての Jacobi 等 式として知られている.
7.3 球面単体の体積の反復積分表示
補題 7.3.5 正方行列 A が
˜ A“
265
¸ Q S
P R
のように,P, S を正方行列とするブロックに分割されているとする.また,
A の逆行列を
˜ ´1
A
“
W Y
X Z
¸
のように,同じサイズのブロックに分割する.このとき,
det A det Z “ det P が成り立つ. [証明] P, S の次数をそれぞれ m, n とする.ブロックに分割された行列の 等式
˜
P R
Q S
¸˜
Im O
X Z
¸
˜ “
P R
O In
¸
が成り立つ.ここで,Im , In はそれぞれ,次数が m, n の単位行列,O は成分 がすべて 0 の行列を表す.この等式の両辺の行列式をとると,求める Jacobi
[ \
等式がしたがう.
Jacobi 等式の応用として次の補題が得られる. 補題 7.3.6 Jacobi 等式において,n “ 2 のとき,行列 A の ij 余因子を cij で表すと
det A det P “ cm`1,m`1 cm`2,m`2 ´ cm`1,m`2 cm`2,m`1 が成り立つ. [証明]余因子 cij は,定義より行列 A から i 行と j 列を除いて得られる小 行列式 dij を用いて,cij “ p´1qi`j dij と表され,ij 成分が cji で与えられ る余因子行列 C は
A´1 “
1 C det A
を満たす.したがって,
det Z “
1 pcm`1,m`1 cm`2,m`2 ´ cm`1,m`2 cm`2,m`1 q pdet Aq2
266
第 7 章 反復積分と体積
となり,Jacobi 等式 det A det Z “ det P とあわせると,求める結果が得ら
[ \
れる.
球面単体 Δn の Gram 行列 A の場合にもどろう.I “ rn ` 1s の部分集合
J, K で |J| “ |K| となるものに対して,A から J に対応する行と K に対応 する列を取り出して得られる小行列式を DJ,K で表す.とくに,J “ K のと き DJ,J “ DpJq とおく.さらに J “ rks のときは,小行列式 DpJq を Drks と略記する. 命題 7.3.7 行列 T の成分は Gram 行列の小行列式を用いて,次のように表 すことができる.
Dt1,...,u,t1,...,´1,ku a , ăk Dr ´ 1sDr s a Drks “a Drk ´ 1s
t,k “ tk,k
とくに, “ 1 のときは t1,k “ a1,k となる. [証明]まず,k “ 2 のとき,命題 7.3.3 の条件 (1), (2), (3) よりただちに
t11 “ 1,
t12 “ a12 ,
t22 “
a Dr2s
が得られる.また,k “ 3 の場合も同様に計算して,t13 “ a13 ,
Dt12u,t13u 1 pa23 ´ a12 a23 q “ a t23 “ a Dr2s Dr2s となる.次に補題 7.3.6 で示した Jacobi 等式より,小行列式の間の関係式 2 Dt12u,t12u Dt13u,t13u ´ Dt12u,t13u “ Dt1u,t1u Dt123u,t123u
が成り立つことを用いると,
t233 “ 1 ´ t213 ´ t223 “ Dt13u,t13u ´ Dt123u,t123u “ Dt12u,t12u
2 Dt12u,t13u
Dt12u,t12u
7.3 球面単体の体積の反復積分表示
267
となり,t33 に関する求める結果が示される.一般に,Jacobi 等式より,k`1 ă
p, q ď n ` 1 について Dt1,...,k,k`1u,t1,...,k,k`1u Dt1,...,k,pu,t1,...,k,qu ´Dt1,...,k,k`1u,t1,...,k,pu Dt1,...,k,k`1u,t1,...,k,qu “Dt1,...,ku,t1,...,ku Dt1,...,k,k`1,pu,t1,...,k,k`1,qu となる.これを用いて帰納的に計算すると命題が得られる.
[ \
ここで,この節のはじめのように I “ rn`1s の部分集合の増大列 I0 Ă I1 Ă
¨ ¨ ¨ Ă Ik Ă ¨ ¨ ¨ Ă Im で |Ik | “ 2k となるものをとり,Ik “ ta1 , b1 , . . . , ak , bk u とする.上と同様に Ik に対応する行と列からなる Gram 行列 A の小行列式 を DpIk q とおく.ただし,DpI0 q “ 1 とする.また,Ik´1 Y tak u に対応す る行と Ik´1 Y tbk u に対応する列からなる A の小行列式を DpIk´1 , Ik q で表 す.以上の記号の準備のもとで,次の命題が成り立つ. 命題 7.3.8 1 次微分形式 ωpIk´1 , Ik q “ dθpIk´1 , Ik q は,Gram 行列の小行 列式を用いて
a ´ ´DpI ´DpIk´1 qDpIk q ¯ 1 k´1 , Ik q ` a d log ωpIk´1 , Ik q “ ? 2 ´1 ´DpIk´1 , Ik q ´ ´DpIk´1 qDpIk q ¯ ´ aDpI k´1 qDpIk q “d arctan ´ DpIk´1 , Ik q
で与えられる. [証明]系 7.3.4 より,
? ´ ´t ´1tk,k ¯ 1 k´1,k ` ? d log ωpIk´1 , Ik q “ ? 2 ´1 ´tk´1,k ´ ´1tk,k
と表される.また,命題 7.3.7 より
tk,k tk´1,k
a
“
DpIk´1 qDpIk q DpIk´1 , Ik q
となり,これを上の式に代入して求める結果が得られる.
[ \
上の命題を定理 7.3.1 とあわせると,Gram 行列 A に対応する球面単体
ΔpAq の体積 V pΔpAqq は,A の小行列式から定まる対数微分形式の反復積 分として表されることがわかる.体積 V pΔpAqq を Gram 行列 A の関数とみ なしたものを Schl¨ afli 関数とよぶ.
268
第 7 章 反復積分と体積
例 7.3.9 球面 S 2 上の測地線で囲まれた 3 角形で内角が α, β, γ であるもの を Δpα, β, γq とする.ここで,α ` β ` γ ą π である.球面単体 Δpα, β, γq の Gram 行列 A は
¨
1 ˚ A “ ˝´ cos α ´ cos γ
˛ ´ cos γ ‹ ´ cos β ‚ 1
´ cos α 1 ´ cos β
となる.Δpα, β, γq の面積は
V pΔpα, β, γqq “ α ` β ` γ ´ π であるが,これを定理 7.3.1 を用いて確かめてみよう.I “ t1, 2, 3, 4u の部分 集合 I0 “ H, I1 “ t1, 2u に対して
DpI0 , I1 q “ ´ cos α,
DpI1 q “ 1 ´ cos2 α
となる.したがって,命題 7.3.8 より ?
´ e ´1α ¯ 1 d log ´?´1α “ dα ωpI0 , I1 q “ ? 2 ´1 e が得られる.I の部分集合 t1, 3u, t2, 3u についても同様に計算して,定理
7.3.1 を適用すると,単位行列 E から A に至る道に沿った積分により, żA π V pΔpα, β, γqq “ ` pdα ` dβ ` dγq 2 E ´ π¯ ´ π¯ π π¯ ´ ` β´ ` γ´ “ ` α´ 2 2 2 2 “α`β`γ´π が得られる.ここでは,単位行列 E を始点とする積分路をとったが,Gram 行列の空間 C2` の境界を考えて,Euclid 単体から出発する積分で表示しても よい.このときは,球面 3 角形の Gram 行列の列 Ak で limnÑ8 det Ak “ 0 となるものをとると,対応する球面 3 角形について,面積は 0 に,また内角 の和は π に収束することを用いる. 一般に,球面単体 Δn の pn ´ 1q 次元面を E1 , . . . , En`1 とし,Ei と Ej が
Δn を囲む面角を θij とする.I “ rn ` 1s の部分集合 I1 “ ti, ju に対して, 上の例の計算と同様に,
ωpI0 , I1 q “ dθij
7.3 球面単体の体積の反復積分表示
269
が確かめられる. 次に 3 次元球面単体の場合について,少し詳しく調べてみよう.4 次の
Gram 行列 A に対応する 3 次元球面単体 Δ3 pAq の体積 V pΔ3 pAqq を面角 θij , 1 ď i ă j ď 4 の関数として表すことを考える.Gram 行列 A は正定値 であり,その行列式 D “ det A は D ą 0 を満たす.次の定理が成立する. 定理 7.3.10 3 次元球面単体 Δ3 pAq の体積 V pΔ3 pAqq は面角 θij の関数と して
´ sin θ ?D ¯ 1 ÿ ij dθij dV pΔ3 pAqq “ arctan ´ 2 1ďiăjď4 Dij
を満たす.ここで,Dij は小行列式 Dpti, ju, t1, 2, 3, 4uq を表す. [証明]定理 7.3.2 と命題 7.3.8 より,n “ 3 の場合には,
1ÿ V pΔ3 pAqq “ 2 I 1
1ÿ “ 2 I 1
żA x0
ωpI1 , I2 qωpI0 , I1 q
´ aDpI qDpI q ¯ 1 2 dθij arctan ´ DpI1 , I2 q x0
żA
となる.ここで,I2 “ t1, 2, 3, 4u で,I1 “ ti, ju とおいた.さらに,DpI1 q “ sin2 θij を用いると, ż ´ sin θ ?D ¯ 1ÿ A ij dθij V pΔ3 pAqq “ arctan ´ (7.17) 2 iăj x0 Dij
[ \
が得られる.この式より定理が示される. 互いに直交する 3 つの面を持ち,面角が
θ12 “
π π ´ α, θ23 “ β, θ34 “ ´ γ 2 2 θ13 “ θ14 “ θ24 “ 0
を満たす球面単体は 3 次元直交球面単体 (spherical orthosimplex) とよばれ る.ここで,
0ďαă
1 π, 2
とする.対応する Gram 行列は
0 ă β ă π,
0ďγă
1 π 2
270
第 7 章 反復積分と体積
¨
´ sin α 1 ´ cos β 0
1 ˚´ sin α ˚ A“˚ ˝ 0 0
0 ´ cos β 1 ´ sin γ
˛ 0 0 ‹ ‹ ‹ ´ sin γ ‚ 1
と表される.また,A の行列式は
D “ cos2 α cos2 γ ´ cos2 β となり D ą 0 を満たす.さらに A の 3 次の主行列式が正となる条件から,
α ă β,
γăβ
が得られる.Gram 行列式 A に対応する球面単体を Σpα, β, γq とおき,その 体積を V pΣpα, β, γqq として,
dV pΣpα, β, γqq “ f dα ` g dβ ` h dγ
(7.18)
と表すと,定理 7.3.10 より,
´ ?D ¯ 1 f “ ´ arctan 2 cos α sin γ ? ´ D tan β ¯ 1 g “ arctan 2 sin α sin γ ´ ?D ¯ 1 h “ ´ arctan 2 sin α cos γ
となる.体積関数 V pΣpα, β, γqq については,Coxeter [22] などによって詳 しく研究されている.ベキ級数 Spα, β, γq を
Spα, β, γq “
8 ÿ p´Xqn pcos 2nα ´ cos 2nβ ` cos 2nγ ´ 1q ´ α2 ` β 2 ´ γ 2 (7.19) 2 n n“1
で定める.ここで
? sin α sin γ ´ D ? X“ sin α sin γ ` D
(7.20)
とする. 定理 7.3.11 体積関数 V pΣpα, β, γqq は,ベキ級数 Spα, β, γq を用いて
V pΣpα, β, γqq “ と表される.
1 Spα, β, γq 4
7.3 球面単体の体積の反復積分表示
271
[証明]ベキ級数 Spα, β, γq について,
dSpα, β, γq “
8 ÿ p´Xqn pcos 2nα ´ cos 2nβ ` cos 2nγ ´ 1q d log X n n“1
´2
8 ÿ p´Xqn psin 2nα dα ´ sin 2nβ dβ ` sin 2nγ dγq n n“1
´ 2pα dα ´ β dβ ` γ dγq となる.ここで,等式 8 ÿ yn 1 (7.21) cos 2nx “ ´ logp1 ´ 2y cos 2x ` y 2 q, |y| ď 1 n 2 n“1 8 ´1 ` y ¯ ÿ yn sin 2nx “ arctan tan x ´ x, 0 ď x ď π, |y| ď 1 (7.22) n 1´y n“1
を用いて,上の式を計算すると
´1 ´ X ¯ ´1 ´ X ¯ 1 ´ dSpα, β, γq “ arctan tan α dα ´ arctan tan β dβ 2 1`X 1`X ´1 ´ X ¯ ` arctan tan γ dγ 1`X
となる.これを式 (7.18) の形と比較して
dSpα, β, γq “ 4 dV pΣpα, β, γqq が得られる.次に,初期条件として,Gram 行列が単位行列であるとき,つ まり α “ 0, β “
π 2,
γ “ 0 のとき,S “ 4V を示す.α “ 0 のとき X “ ´1
となり,Fourier 展開によって示される等式 8 ¯2 ÿ cos 2nx ´ 1 1 “ ´ π2 , π ´ x 2 n 2 12 n“1
を用いて,
´1
Sp0, β, γq “ ´
π´β
¯2
2 となり,とくに α “ 0, β “ のとき,
`
´1
0ďxďπ
(7.23)
¯2
` β 2 ´ γ 2 “ πpβ ´ γq (7.24) 2 π π 2 , γ “ 0 のとき,S “ 2 が導かれる.一方, こ π´γ
´ π ¯ V pS 3 q π V 0, , 0 “ “ 2 16 8 となり,Gram 行列が単位行列のとき S “ 4V が示される.以上で定理が証 明された. [ \
272
第 7 章 反復積分と体積
Coxeter [22] では上の Spα, β, γq を Schl¨ afli 関数とよんでいる.Spα, β, γq のいくつかの性質を導いてみよう.級数 Spα, β, γq は
0ďαď
1 π, 2
0 ď β ď π,
0ďγď
1 π, 2
において,|X| ď 1 が満たされるので収束する.以下,D ě 0 つまり,
cos2 α cos2 γ ě cos2 β と仮定する.定義より,Spα, β, γq は α, γ について対称で,
Spα, β, γq “ Spγ, β, αq が成立する.また,β を π ´ β で置き換えても X は変わらないので,
Spα, π ´ β, γq ´ Spα, β, γq “ pπ ´ βq2 ´ β 2 “ πpπ ´ 2βq
(7.25)
となる.さらに,次の補題が成り立つ. 補題 7.3.12 Spα, β, γq は次の等式を満たす.
´ ¯ ´1 ¯´ 1 ¯ 1 S α, π, γ “ 2 π ´ α π´γ 2 2 2 ´ ´ 1 1 ¯ 1 1 ¯ 1 S 2α ´ π, π ´ α, π “ 4S α, π, π , 2 2 6 3 6 ´ ¯ ´ 1 ¯ 1 S α, π ´ 2α, α “ 6S α, π, π , 0 ď α ď 3 6
(7.26) 1 1 π ď α ď π (7.27) 4 3 1 π (7.28) 3
[証明]式 (7.18) の dV の表示に現れる f, g, h は
1 cos α sin γ f “ ´ arccos a 2 cos2 α ´ cos2 β g“
1 sin α cos β sin γ a arccos a 2 2 cos α ´ cos2 β cos2 γ ´ cos2 β
1 sin α cos γ h “ ´ arccos a 2 cos2 α ´ cos2 β と変形できる.上の f, g, h によって
dS “ 4pf dα ` g dβ ` h dγq と書ける.この表示を以下の証明で用いる.式 (7.26) は α “ γ “ 0 のとき
273
7.3 球面単体の体積の反復積分表示
成立することは定理 7.3.11 の証明の中で示した.したがって,式 (7.26) を示 すためには
´ ¯ 1 dS α, π, γ “ p2γ ´ πq dα ` p2α ´ πq dγ 2
を確かめればよい.これは,上の f, g, h の表示から計算で示すことができる. 式 (7.27), (7.28) については,D “ sin2 α sin2 γ のとき X “ 0 より
Spα, β, γq “ ´α2 ` β 2 ´ γ 2 が得られることと,すでに証明した式 (7.24), (7.26) を用いて,α “
π 4
のと
きに成立することが確かめられる.したがって,両辺を外微分したものが等 しいことを示せばよい.ここで,
ϕ “ arccos ?
cos α 4 cos2 α ´ 1
とおく.上の f, g, h の表示から
´ 1 1 1 ¯ dS 2α ´ π, π ´ α, π “ ´8ϕ dα 2 2 6 ´ 1 ¯ 1 dS α, π, π “ ´2ϕ dα 3 6 ´ ¯ dS α, π ´ 2α, α “ ´12ϕ dα [ \
となることから求める結果が得られる.
ここで示した Schl¨ afli 関数の性質を用いて,いくつかの α, β, γ について Spα, β, γq の値を具体的に計算することができる.例えば,式 (7.25) から得 られる
S
´1
´1 1 1 ¯ 1 2 1 ¯ π, π, π ´ S π, π, π “ π 2 6 3 6 6 3 6 3
と,式 (7.28) で α “ 16 π とおいた
S
´1
´1 1 1 ¯ 2 1 ¯ π, π, π “ 6S π, π, π 6 3 6 6 3 6
をあわせると,
S
´1
1 1 ¯ 1 2 π, π, π “ π 6 3 6 15
(7.29)
がしたがう.これは,
α“
π π ´ , 2 p
β“
π , q
γ“
π π ´ 2 r
(7.30)
274
第 7 章 反復積分と体積 表 7.1 S 3 の正胞体分割 正胞体の種類 正 5 胞体 正 16 胞体, 正 8 胞体 正 24 胞体
正 600 胞体, 正 120 胞体
Schl¨ afli 記号 tp, q, ru t3, 3, 3u t3, 3, 4u, t4, 3, 3u t3, 4, 3u t3, 3, 5u, t5, 3, 3u
V pΣpα, β, γqq 1 2 π 60 1 π2 192 1 π2 576 1 π2 7200
|G| 120 384 1152 14400
とおくと,p “ q “ r “ 3 の場合である. ここで,S 3 の正胞体分割について少しふれておこう.3 次元空間にはよく 知られているように 5 種類の正多面体が存在し,これは,S 2 の合同な多角 形による分割を与える.各頂点の周りに正 p 角形が q 個集まっているとき, 正多面体を Schl¨ afli 記号 tp, qu で表す.これを,S 3 の正胞体分割に拡張する と,表 7.1 のように 6 種類の正胞体が存在することが知られている.ここで,
Schl¨ afli 記号 tp, q, ru は,各辺の周りに tp, qu 型の正多面体が r 個集まって いて,各頂点のまわりで十分小さい球面との交わりとして得られる S 2 の多 角形分割が tq, ru 型であることを表している.S 3 の合同変換で tp, q, ru の 正胞体分割を不変にするもの全体を G で表すと,G は有限群となりその位数 は,表 7.1 のように与えられる. また,G の S 3 への作用の基本領域は,tp, q, ru から式 (7.30) で定まる角 度 α, β, γ で表される直交球面単体となる.したがって,この直交球面単体の 体積は
V pΣpα, β, γqq “
2π 2 |G|
で定まる.また,正胞体が 6 種類しか存在しないことを示す上で重要な役割 を果たすのは,Gram 行列の行列式 D が正になることから得られる式
sin
π π π sin ą cos p r q
である. 表 7.1 の p “ q “ r “ 3 の場合は,S 3 を 4 次元単体の境界とみなした分割 である.対応する直交球面単体の体積は式 (7.29) に示した,Schl¨ afli 関数の 値からも計算される.表 7.1 のその他の群の作用に対する基本領域として得 られる直交球面単体の体積は Schl¨ afli 関数の値で表すと,それぞれ,
´1
1 1 ¯ π, π, π “ 6 3 4 ´1 1 1 ¯ S π, π, π “ 6 4 6 S
1 2 π 48 1 2 π 144
(7.31) (7.32)
7.3 球面単体の体積の反復積分表示 275 ´3 ¯ 1 1 1 2 S (7.33) π, π, π “ π 10 3 6 1800 となる.これらの値は,Schl¨ afli 関数についてこれまでに示した性質を用い ても,直接計算することができる.さらに,式 (7.33) と式 (7.28) をあわせ
ると,
S
´3 2 3 ¯ 1 2 π, π, π “ π 10 5 10 300
(7.34)
が得られる. 上のような Schl¨ afli 関数 Spα, β, γq の値の計算結果を用いて,2 重対数関 数の特殊値の間の関係式が Coxeter [22] によって求められた.以下,その 1 つを見てみよう.式 (7.33), (7.34) を具体的に書き表すと,それぞれ, 8 ¯ ÿ p´σqn ´ 3 2 1 13 2 cos nπ ´ cos nπ ` cos nπ ´ 1 “ π 2 n 5 3 3 1800 n“1 8 ¯ ÿ p´σqn ´ 3 4 7 2 2 cos nπ ´ cos nπ ´ 1 “ π 2 n 5 5 300 n“1
となる.ここで,σ “
?
5´1 2
とおいた.つまり,
8 ¯ ÿ σn ´ 2 1 2 13 2 cos nπ ´ cos nπ ` cos nπ ´ cos nπ “ π 2 n 5 3 3 1800 n“1 8 ¯ ÿ σn ´ 2 1 7 2 2 cos nπ ´ cos nπ ´ cos nπ “ π 2 n 5 5 300 n“1
(7.35) (7.36)
が得られる.また,式 (7.26) において,α “ π{5, γ “ π{10 を代入すると 8 ¯ ÿ σn ´ 2 1 1 2 cos nπ ` cos nπ ´ cos nπ ´ 1 “ π 2 n 5 5 25 n“1
(7.37)
となる.式 (7.36), (7.37) より 8 8 ÿ σn 2 19 2 1 ÿ σn cos p1 ` 2 cos nπq ` nπ “ π 2 2 n 5 3 n“1 n 900 n“1
“
1 2 19 2 Li2 pσq ` Li2 p´σq ` π 3 3 900
が成立することがわかる.一方,cos 23 nπ の値を具体的に書き下すことより, 8 8 8 ÿ xn 2 3 ÿ x3n 1 ÿ xn cos ` nπ “ ´ n2 3 2 n“1 n2 2 n“1 p3nq2 n“1
1 1 “ ´ Li2 pxq ` Li2 px3 q 2 6
276
第 7 章 反復積分と体積 8 8 ÿ ÿ xn p´xqn 1 2 cos cos nπ nπ “ 2 2 n 3 n 3 n“1 n“1
1 1 “ ´ Li2 p´xq ` Li2 p´x3 q 2 6 がしたがう.さらに,これらを式 (7.35) に代入して,関係式 Li2 pσ 3 q ´ Li2 p´σ 3 q “ Li2 pσq ´ Li2 p´σq ´
1 2 π 12
が求まる.
7.4 双曲体積への解析接続 この節では,前節で導いた球面単体の体積の反復表示
V pΔpAqq “ cn,0 `
ÿ
´
“
‰
1ďmď
n`1 2
ÿ
żA ¯ cn,m ωpIm´1 , Im q ¨ ¨ ¨ ωpI0 , I1 q
pI0 ¨¨¨Im qPFm rns
E
を双曲単体の場合に拡張することを考える.上の V pΔpAqq を A の関数とみ なして,SpAq とおく.SpAq は,n 次元球面単体の Gram 行列全体の空間 Cn` 上の実解析関数とみなすことができる.7.1 節と同様に,n 次元双曲単体の
Gram 行列全体の空間を Cn´ , n 次元 Euclid 単体の Gram 行列全体の空間を Cn0 とおく.ここで,pn ` 1q 次の複素正方行列で,対称かつ対角成分がすべ て 1 となるもの全体を Xn`1 pCq で表し,複素線形空間 CN , N “ 12 npn ` 1q と同一視する.Xn`1 pCq は,Cn` , Cn´ および,Cn0 を部分集合として含む. I “ t1, 2, . . . , n ` 1u の部分集合 J について,J に対応する行と列からな る A P Xn`1 pCq の小行列式を DpJq で表す.また,DpJq “ 0 となるような A P Xn`1 pCq 全体からなる Xn`1 pCq の部分集合を ZpJq とおく.前節と同 様に I の部分集合の増大列 I0 Ă I1 Ă ¨ ¨ ¨ Ă Ik Ă ¨ ¨ ¨ Ă Im で |Ik | “ 2k と なるものをとり,Ik “ ta1 , b1 , . . . , ak , bk u とする. 反復積分表示に現れる微分形式 ωpIk´1 , Ik q について,次の命題が成立する. 命題 7.4.1 微分形式 ωpIk´1 , Ik q は
Xn`1 pCqzZpIk´1 Y tak uq Y ZpIk´1 Y tbk uq において正則である. [証明]微分形式
7.4 双曲体積への解析接続
a ´DpIk´1 qDpIk q ¯ 1 k´1 , Ik q ` a ωpIk´1 , Ik q “ ? d log 2 ´1 ´DpIk´1 , Ik q ´ ´DpIk´1 qDpIk q ´ ´DpI
277
が正則形式でなくなる可能性があるのは,小行列式が
DpIk´1 , Ik q2 ` DpIk´1 qDpIk q “ 0 を満たす X P Xn`1 pCq の集合である.ここで,Jacobi 等式より,
DpIk´1 , Ik q2 ` DpIk´1 qDpIk q “ DpIk´1 Y tak uqDpIk´1 Y tbk uq が成り立つので,ωpIk´1 , Ik q は ZpIk´1 Y tak uq Y ZpIk´1 Y tbk uq の補集合 で正則な微分形式として解析接続される.以上で命題が証明された.
[ \
命題 7.4.1 で ωpIk´1 , Ik q は正則微分形式とみなすとき,平方根に関する多 価性を含んでいることに注意する.また,X を |J| が奇数となるような J Ă I に関する ZpJq 全体の和集合
Z“
ď
ZpJq
|J|”1 p2q
とする.命題 7.4.1 より,微分形式 ωpIk´1 , Ik q, k “ 1, 2, . . . は Xn`1 pCqzZ で正則な微分形式となる. ここで,Xn`1 pCqzZ において,単位行列 E を始点として,A P Xn`1 pCqzZ に至る道 γ に沿った反復積分
Sγ pAq “ cn,0 `
ÿ
´
ÿ
pI0 ¨¨¨Im qPFm rns 1ďmďr n`1 2 s
ż cn,m
¯ ωpIm´1 , Im q ¨ ¨ ¨ ωpI0 , I1 q
γ
を考える.反復積分 Sγ pAq の道 γ についてのホモトピー不変性を示すため に,次の補題を準備する. 補題 7.4.2 I “ t1, 2, . . . , n ` 1u の部分集合の増大列 I0 Ă I1 Ă ¨ ¨ ¨ Ă Ik Ă
¨ ¨ ¨ Ă Im で |Ik | “ 2k となるものに対して ÿ ωpIk , Kq ^ ωpK, Ik`2 q “ 0 K
が成立する.ここで,n ě 3 とし,和は Ik Ă K Ă Ik`2 で |K| “ 2k ` 2 と なるような I の部分集合 K 全体に対してとる. [証明]球面単体 Δn の面を E1 , . . . , En`1 として,J Ă I に対して,
278
第 7 章 反復積分と体積
ΔpJq “
č
Ej
jPJ
とおく.また,Ik`2 “ Ik Y tj1 , . . . , j4 u として,
Ej1 p “ ΔpIk q X Ejp ,
j “ 1, . . . , 4
とおく.このようにして定まる 4 個の面 Ej1 1 , . . . , Ej1 4 で囲まれる多面体を Pk で表す.多面体 Pk に Schl¨ afli の公式を適用すると
dVn´2k pPk q “
ÿ 1 Vn´2k´2 pΔpKqq dθpIk , Kq n ´ 2k ´ 1 K
(7.38)
が成立する.ここで,K は Ik Ă K Ă Ik`2 , |K| “ 2k ` 2 を満たす 6 通りの 場合をわたる.このような K は Pk の余次元 2 の面にそれぞれ対応する.体 積 Vn´2k´2 pΔpKqq について,
1 θpK, Ik`2 qVn´2k´2 pS n´2k´2 q 2π が成り立つ.つまり,ΔpKq の体積は面角 θpK, Ik`2 q の定数倍である.これ を式 (7.38) に代入して,両辺を外微分すると球面単体の場合について求める 等式が得られる.さらに,ωpIk , Kq, ωpK, Ik`2 q が対数微分形式であることを 用いて,これらを Xn`1 pCqzZ に解析接続すると,この等式は Xn`1 pCqzZ でつねに成り立つことがわかる. [ \ Vn´2k´2 pΔpKqq “
上の補題より次の定理が導かれる. 定理 7.4.3 反復積分 Sγ pAq は,始点と終点を固定するホモトピーについて 不変である.つまり,E から A に至る Xn`1 pCqzZ の道 γ, γ 1 について,こ れらが互いにホモトープならば,
Sγ pAq “ Sγ 1 pAq が成り立つ. [証明] A を固定して Sγ pAq を,E から A に至る Xn`1 pCqzZ の道の空間 上の関数とみなす.微分形式 ωpIk´1 , Ik q は閉形式であることに注意すると, 命題 2.4.1 より
ż
ωpIm´1 , Im q ¨ ¨ ¨ ωpI0 , I1 q
d γ
“
m´1 ÿ k“2
ωpIm´1 , Im q ¨ ¨ ¨ ωpIk´1 , Ik q ^ ωpIk´2 , Ik´1 q ¨ ¨ ¨ ωpI0 , I1 q
7.4 双曲体積への解析接続
279
となる.ここで,補題 7.4.2 を用いて
dSγ pAq “ 0 が得られる.したがって,Sγ pAq は始点と終点を固定するホモトピーについ
[ \
て不変であることが示された.
Schl¨ afli 関数 SpAq は,球面単体の Gram 行列の空間 Cn` 上で定義された 実解析関数であったが,Xn`1 pCqzZ の道 γ に沿った反復積分による表示を 用いて,次のように解析接続される. 定理 7.4.4 Schl¨ afli 関数 SpAq は,Xn`1 pCqzZ 上の多価正則関数として解 析接続される. ここで,Schl¨ afli 関数 SpAq の双曲単体の Gram 行列の空間 Cn´ への解析 接続に注目しよう.基点として,Cn` と Cn´ の共通の境界上にある x0 をと り,x0 から A P Cn´ に至る Cn´ の閉包内の道に沿った反復積分
SpAq ÿ
“
pI0 ¨¨¨Im qPFm rns
1 pn ´ 1q!!
żA x0
ωpIm´1 , Im q ¨ ¨ ¨ ωpI0 , I1 q
を考える.このようにして得られる Schl¨ afli 関数 SpAq の Cn´ 上への解析接 続は,双曲単体の体積と次のように関連している. 定理 7.4.5 双曲単体の Gram 行列 A に対して,単体 ΔpAq の n 次元双曲体 積と Schl¨ afli 関数 SpAq との間に,関係式
`? ˘n ´1 Vn pΔpAqq “ SpAq,
A P Cn´
が成立する. [証明]証明は 7.1 節の補題 7.1.1 で示した,球面単体の体積の表示と補題
7.1.2 の双曲単体の体積の表示とを比較することによってなされる.7.1 節と同 様に H1 , . . . , Hn`1 を Rn`1 の原点を通る超平面とし,これらは一般の位置に あると仮定する.さらに,双曲面 Hn に対して,Hn XHj ‰ H, 1 ď j ď n`1 が満たされているとする.超平面 Hj , 1 ď j ď n ` 1 を定義する線形形式を fj : Rn`1 ÝÑ R とし, fj px1 , . . . , xn`1 q “ uj1 x1 ` ¨ ¨ ¨ ` ujn xn ` uj,n`1 xn`1 ,
1ďj ďn`1
280
第 7 章 反復積分と体積
と表しておく.Rn`1 の錐状領域 C を
C “ tpx1 , . . . , xn`1 q P Rn`1 | fj px1 , . . . , xn`1 q ě 0, 1 ď j ď n ` 1u で定め,球面単体 Δ “ S n X C と双曲単体 Δ1 “ Hn X C を考える.補題
7.1.1 より,球面単体 Δ の体積は ż 2 2 2 Vn pΔq “ e´x1 ´¨¨¨´xn`1 dx1 ¨ ¨ ¨ dxn`1 n`1 Γp 2 q C と表される.ここで,ξ を 1 に十分近い正の数として超平面を定義する線形 形式を
fjξ px1 , . . . , xn`1 q “ uj1 x1 ` ¨ ¨ ¨ ` ujn xn ` ξuj,n`1 xn`1 ,
1ďj ďn`1
ξ
と変形し,fj ě 0, 1 ď j ď n ` 1 で定まる錐状領域を Cξ とする.ここで,
Δξ “ S n X Cξ とおくと球面単体 Δξ の体積は ż 2 2 2 Vn pΔξ q “ e´x1 ´¨¨¨´xn`1 dx1 ¨ ¨ ¨ dxn`1 Γp n`1 q Cξ 2 で与えられる.ここで,xj “ ξyj , 1 ď j ď n, xn`1 “ yn`1 と変数変換する と,上の積分は
Vn pΔξ q “
ż
2 Γp n`1 2 q
ξ n e´ξ
2 2 2 2 y1 ´¨¨¨´ξ 2 yn ´yn`1
dy1 ¨ ¨ ¨ dyn`1
C
と表すことができる.したがって,球面単体 Δξ の Gram 行列を Aξ とする と,Schl¨ afli 関数 SpAξ q は
SpAξ q “
ż
2 Γp n`1 2 q
ξ n e´ξ
2
x21 ´¨¨¨´ξ 2 x2n ´x2n`1
dx1 ¨ ¨ ¨ dxn`1
C
と積分表示できる.これは球面単体の Gram 行列の空間 Cn` の道で定義された ?
解析関数とみなすことができる.次に,ξ “ e
´1 θ
とおいて,θ を 0 ď θ ď
π 2
の範囲で変化させる.このとき,上の積分 SpAξ q は,複素化された Gram 行 列の空間 Xn`1 pCqzZ の道で定義された解析関数とみなすことができる.こ こで,θ “
π 2
のとき,SpAξ q は
SpA?´1 q “
2 Γp n`1 2 q
ż
? 2 2 2 p ´1qn ex1 `¨¨¨`xn ´xn`1 dx1 ¨ ¨ ¨ dxn`1 C
となる.一方,補題 7.1.2 より,双曲単体 Δ1 の体積は 1
Vn pΔ q “
2 Γp n`1 2 q
ż
2
2
2
e´p´x1 ´¨¨¨´xn `xn`1 q dx1 ¨ ¨ ¨ dxn`1 C
7.4 双曲体積への解析接続
281
と表される.したがって,双曲単体の体積と SpAq の解析接続との間の求め
[ \
る関係が得られる.
これまでは,球面単体,Euclid 単体,および双曲単体の曲率 κ が,それ ぞれ,1, 0, ´1 となるように正規化してきたが,体積によって補正した曲率 2 κVn pΔpAqq n , A P Cn を考えると,これはスケール変換に関して不変であ る.なぜなら,スケールを λ 倍にすると,曲率 κ は λ´2 倍になり,また体積 Vn pΔpAqq は λn 倍になるからである.定理 7.4.5 より,次の系が導かれる. 系 7.4.6 Gram 行列の空間 Cn “ Cn` Y Cn0 Y Cn´ 上で体積によって補正し た曲率 2
κVn pΔpAqq n ,
A P Cn
は,実解析関数である. 系 7.4.6 は,Milnor [60] において,別の手法で証明されている.前節では, 直交球面単体の体積を Schl¨ afli 関数を用いて記述したが,ここでは,直交双 曲単体 (hyperbolic orthosimplex) を扱う.Gram 行列は
¨
1 ˚´ sin α ˚ A“˚ ˝ 0 0
´ sin α 1 ´ cos β 0
0 ´ cos β 1 ´ sin γ
˛ 0 0 ‹ ‹ ‹ ´ sin γ ‚ 1
の形で,α, β, γ は
0ăαă α ă β,
1 1 π, 0 ă β ă π, 2 2 γăβ
0ăγă
1 π 2
および,D ă 0 より得られる条件
cos α cos γ ă cos β を満たす. 式 (7.9) で定めた Lobachevsky 関数 Lpxq の基本性質をいくつかまとめて おこう.定義からただちにわかるように
Lp´xq “ ´Lpxq となる.Lobachevsky 関数の x “ π{2 における値は,次のように計算され
282
第 7 章 反復積分と体積
る.まず
ż I“
π 2
ż log cos x dx “
0
π 2
log sin x dx
0
とおくと
żπ 2I “
log sin x dx 0
となる.また,x “ 2t とおくと
I“
ż
π 2
log sin 2t dt
0
である.したがって,I “ 12 π log 2 ` 2I となり Euler の式
´1 ¯ 1 L π “ π log 2 2 2 が得られる.次の補題が成り立つ. 補題 7.4.7 Lobachevsky 関数と 2 重対数関数との間には関係式
1 1 ´ π2 ¯ , i Li2 p´e´2iθ q “ Lpθq ´ θ log 2 ` i θ2 ´ 2 2 12 ? が成立する.ここで i “ ´1 である.
1 1 ´ πďθď π 2 2
[証明] 2 重対数関数の積分表示において u “ ´e´2iθ と置換すると
logp1 ´ uq “ log e´iθ peiθ ` e´iθ q “ log cos θ ` log 2 ´ iθ および du{u “ ´2i dθ より
Li2 p´e´2iθ q ´ Li2 p´1q “ 2i
żθ plog cos x ` log 2 ´ ixq dx 0
が得られる.また,前節の Fourier 展開式 (7.23) で x “ π{2 とおくことに より,
Li2 p´1q “ ´
π2 12
となる.これを上の式に代入して,補題の関係式が得られる. 上の補題で得られた式の両辺の実部を比較すると,級数展開
Lpxq “
8 1 ÿ p´1qn sin 2nx ` x log 2 2 n“1 n2
[ \
7.4 双曲体積への解析接続
283
が得られる. ここで,
? ´D δ “ arctan sin α sin γ
とおくと,式 (7.20) の X について,X “ e´2iδ が成り立つ.このようにし て導入した角度 δ を用いると,次の命題のように式 (7.19) の級数で定めた
Schl¨ afli 関数 Spα, β, γq と Lobachevsky 関数との関係が示される. 命題 7.4.8 直交双曲単体に対する Schl¨ afli 関数 Spα, β, γq は Lobachevsky 関数を用いて
?
´1Spα, β, γq “ Lpδ ` αq ` Lpδ ´ αq ´ Lpδ ` βq ´ Lpδ ´ βq ` Lpδ ` γq ` Lpδ ´ γq ´ 2Lpδq
と表される. [証明]まず,Schl¨ afli 関数の表示式 (7.19) において,X “ e´2iδ とおき,さ らに
cos θ “
eiθ ` e´iθ 2
を用いると,Spα, β, γq は 2 重対数関数を用いて
˘ 1` Li2 p´e´2ipδ`αq q ` Li2 p´e´2ipδ´αq q 2 ˘ 1` ´ Li2 p´e´2ipδ`βq q ` Li2 p´e´2ipδ´βq q 2 ˘ 1` ` Li2 p´e´2ipδ`γq q ` Li2 p´e´2ipδ´γq q 2 ´ Li2 p´e´2iδ q ´ α2 ` β 2 ´ γ 2
Spα, β, γq “
となる.この式に補題 7.4.7 の関係式を代入すると求める結果が得られる. [ \ 定理 7.4.9 直交双曲単体の体積 V pΣpα, β, γqq は,Spα, β, γq を用いて
V pΣpα, β, γqq “
1? ´1 Spα, β, γq 4
と表される. [証明]与えられた直交球面単体の Gram 行列に対する Schl¨ afli 関数は
SpAq “
1 Spα, β, γq 4
284
第 7 章 反復積分と体積
である.双曲単体の Gram 行列に解析接続すると,双曲単体の体積と Schl¨ afli 関数との関係は,定理 7.4.5 より
V3 pΔpAqq “
? ´1SpAq [ \
となる.以上で定理が証明された.
ここで,α “ β とすると,対応する直交双曲単体 Σpα, α, γq は 1 個の頂点 を無限遠にもつ.また,このとき,
π ´α 2 となる.したがって,命題 7.4.8 と定理 7.4.9 より, ´π ¯ ´π ¯ ´π ¯ 4 V pΣpα, α, γqq “ L ´α`γ `L ´ α ´ γ ´ 2L ´α 2 2 2 が得られる.これは,7.1 節の式 (7.11) で求めた結果にほかならない.とく に,α “ β “ γ のとき,log sin x ´ log sin 2x “ ´ log 2 ´ log cos x の両辺を δ“
積分して得られる式
´π ¯ 1 ´π ¯ ´1 ¯ L ´x ´ L ´ 2x “ π ´ x log 2 ` Lpxq 2 2 2 4
をあわせると,
4 V pΣpα, α, αqq “ 2α log 2 ´ 2 Lpαq となる.例えば
´ ´ 1 1 1 ¯¯ 1 1 ´1 ¯ V Σ π, π, π “ π log 2 ´ L π » 0.169157 6 6 6 12 2 6
となる. 一般に,自然数 p, q, r を用いて
α“
π π ´ , 2 p
β“
π , q
γ“
π π ´ 2 r
となるとき,対応する直交双曲単体を Σp,q,r で表すと,上の α “ β “ γ “ π{6 の例は Σ3,6,3 に対応する.直交双曲単体 Σp,q,r のそれぞれの面に関する鏡映 変換で生成される,H3 の等長変換群の部分群を Γp,q,r とおく.Γp,q,r は,鏡 映変換 s1 , . . . , s4 で生成され,基本関係式
s2i “ 1,
i “ 1, . . . , 4
ps1 s2 q “ ps2 s3 qq “ ps3 s4 qr “ 1 p
si sj “ sj si ,
|i ´ j| ą 1
7.4 双曲体積への解析接続
285
をもつ.鏡映変換群 Γp,q,r の基本領域が直交双曲単体 Σp,q,r である.直交双 曲単体の Gram 行列の条件を用いると,このような pp, q, rq の組は
pp, q, rq “ p3, 5, 3q, p4, 3, 5q, p5, 3, 5q の 3 通りであることがわかる.さらに,頂点が無限遠にある場合として,
p3, 3, 6q, p4, 3, 6q, p3, 4, 4q, p5, 3, 6q, p3, 6, 3q, p6, 3, 6q, p4, 4, 4q の 7 通りが存在する. これらは,双曲空間 H3 の正多面体とも密接に関わっている.例えば,無 限遠に頂点をもつ理想正 4 面体は,図 7.5 のように 6 個の直交単体 Σ3,6,3 に 分割される.Γ3,6,3 には,指数 12 の部分群 Π で,双曲空間 H3 への作用が 固定点を持たず,基本領域が上の理想正 4 面体 2 個の和集合となるものをも つ.商空間 H3 {Π は 8 の字結び目 K の補集合 S 3 zK に完備な双曲幾何構造 を入れた 3 次元双曲多様体と合同であることが知られている.詳しくは,[8] などを参照されたい.S 3 zK の体積は
´1 ¯ V pS 3 zKq “ 12V pΣ3,6,3 q “ π log 2 ´ 6 L π » 2.029883 6 となる.
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■欧文先頭和文索引
Adams のコバー構成, 79 Bloch–Wigner 関数, 256 Borel 構成, 101 BV 代数, 142 Casimir 元, 211 ˇ Cech コホモロジー, 68 Chen の基本定理, 75 de Rham コホモロジー群, 38 de Rham の直交分解定理, 126 de Rham の定理, 40 Dolbeault コホモロジー, 129 Drinfel1 d 結合子, 233 Euler–Lagrange 方程式, 44 Frobenius 代数, 142 Gauss–Bonnet の等式, 259 Gauss 写像, 174 Gram 行列, 257 Green 作用素, 130 Hesse 行列, 35 Hirsch 拡大, 182 Hochschild 複体, 99 Hodge のスター作用素, 125 Hodge の直交分解定理, 130 Hodge 分解, 132 Hopf 代数, 163 Hopf ファイブレーション, 140 Hopf 不変量, 138
Jacobi 等式, 162 Jacobi 等式(行列式の), 264 K¨ ahler 計量, 131 K¨ ahler 多様体, 131 Kontsevich 積分, 230 Kpπ, 1q 空間, 215 KZ 接続, 212 KZ 方程式, 212 Laplace 作用素, 125 Lie 型, 163, 164 Lobachevsky 関数, 253 Magnus 展開, 172 Malcev 完備化, 166 Massey 積, 135 Minkowski 空間, 248 Morse 関数, 35 Morse 結び目, 228 Morse 理論, 122 Orlik–Solomon 代数, 203 Poincar´e 双対性, 175 Poincar´e の補題, 47 Reidemeister 移動, 226, 229 Riemann 計量, 122 Riemann ゼータ関数, 26 Riemann 多様体, 122 Schl¨ afli 関数, 267 Schl¨ afli の等式, 259 Seifert 曲面, 173
293 Serre のスペクトル系列, 72 Stokes の定理, 39 Vassiliev 不変量, 225 Whitehead 積, 189 Whitehead リンク, 180 ■和文索引 ●あ行
1 次極小モデル, 195 1 次微分形式の反復積分, 8 1 の分割, 69 ウェイト系, 220 ウェッジ積, 37 エネルギー汎関数, 122
コード図式, 219, 225
5 項関係式(2 重対数関数の), 256 コサイクル, 62 コサイクル条件, 104, 256 コチェイン複体, 62 コバー構成, 79 コバウンダリー, 62 コホモロジー群, 62 ●さ行 サイクル, 39 サスペンション, 120 作用積分, 43 指数, 35
●か行
次数付き可換, 181
外積, 37
次数付き代数, 109
外微分, 37
次数付きの可換性, 162
可微分多様体, 33
次数付き微分代数, 181
絡み数, 173
次数付き Lie 代数, 162
絡み目, 173
次数つき Lie ブラケット, 162
完全形式, 38
実射影空間, 34
基本群, 13, 109
シャッフル, 12, 50
キューブ, 59
自由群, 15
キューブチェイン複体, 60
従属, 201
境界作用素, 38, 60
自由 Lie 代数, 164
極小代数, 181
自由ループ空間, 95
極小モデル, 182
巡回ホモロジー, 102
局所座標系, 33
純粋組みひも群, 205
局所パラメータ系, 41
上半空間モデル, 247
局所枠, 104
水平切断, 105
曲線の合成, 10
スペクトル系列, 63
曲率形式, 106
接空間, 35
組みひも群, 214
接続, 105
クロス積, 48, 52
切断, 103
群環, 145
接ベクトル束, 36
形式的ベキ級数接続, 110
線積分, 7
降中心列(Lie 代数の), 163
双曲面モデル, 248
降中心列(群の), 167
双対関係式, 31
コード, 219
双対 Lie 代数, 185
294
索
引
●た行
微分, 63
対数関数, 16
微分演算子, 111
多重ゼータ値, 29
微分形式, 37
多重対数関数, 26
被約バー複体, 76
単位円板モデル, 249
被約複体, 76, 150
単体, 11, 38
ファイバー, 103
チェイン, 38
ファイバー空間, 72
逐次近似法, 20
ファイバー積分, 45, 49
超平面, 201
フィルトレーション, 58, 63
超平面配置, 201
フォーマル, 192
調和形式, 125
複素多様体, 128
直交球面単体, 269
複素ベクトル束, 103
直交双曲単体, 281
部分コチェイン複体, 62
添加イデアル, 110, 145
普遍展開環, 163
添加写像, 110, 145
普遍被覆空間, 16
同型(絡み目の), 173
閉形式, 38
同変コホモロジー, 101
平坦接続, 107
特異単体, 38
ヘキサゴン関係式, 239
●な行 内部積, 38
2 次のホモロジー接続, 122 2 重シャッフル関係式, 31 2 重対数関数, 9, 16 2 重複体, 66 2 重ループ空間, 124 捩れ, 168 捩れのない剰余ベキ零群, 169
ベキ単, 212 ベキ単表現, 213 ベキ零完備化, 166 ベキ零多様体, 161 ベキ零 Lie 代数, 164 ベクトル束, 103 ベクトル場, 36 変換関数, 104 ペンタゴン関係式, 238 変分ベクトル場, 41
●は行
方向微分, 35
バー複体, 57, 76
ホモトープ, 13
配置空間, 205
ホモトピー群, 188
バウンダリー, 39
ホモトピー類(道の), 13
反復積分の積, 12
ホモロジー群, 39
反復積分(微分形式の), 49
ホモロジー接続, 112
非可換形式的ベキ級数, 110
ホロノミー, 105
非可換多項式環, 109
ホロノミー準同型写像, 113, 158
引き戻し(ベクトル束の), 104
ホロノミー Lie 代数, 198
非退化, 35
ボロミアン, 178
被覆ホモトピー条件, 72
295 ●ま行
余接ベクトル束, 37
道の空間, 40
余代数, 163 4 項関係式, 219, 227
無限遠球面, 247 無限小組みひも関係式, 206 結び目, 173 面角, 259 面作用素, 60 モノドロミー行列, 24 モノドロミー表現, 109 ●や行 有界, 64 有限型不変量, 217, 224
●ら行 ラグランジアン, 43 理想単体, 251, 253 臨界点, 35 リンク, 173 ループ, 13 ループ空間, 54 ループ積, 141 ロンスキアン, 22
余積, 163
●わ行
余接空間, 37
枠, 107
著 者
シュプリンガー現代数学シリーズ編者
河野 俊丈(こうの としたけ)
松本 幸夫(まつもと ゆきお)
東京大学大学院数理科学研究科教授 学習院大学理学部教授 1981 年,東京大学大学院理学系研究科修士課程修了. 名古屋大学理学部助手,九州大学理学部助教授など 谷島 賢二(やじま けんじ) を経て 1995 年より現職. 学習院大学理学部教授 理学博士. 専門分野:位相幾何学,数理物理学.
シュプリンガー現代数学シリーズ 第 14 巻
反復積分の幾何学 2009 年 4 月 2 日 初版発行 著 者 発行者 発行所
河野 俊丈 深田 良治 シュプリンガー・ジャパン株式会社 〒102-0073 東京都千代田区九段北 1 丁目 11 番 11 号 第 2 フナトビル TEL (03) 6831-7005(営業直通)
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ISBN 978-4-431-70669-4 C3041 c Springer 2009
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